「シノンは寝たか?」
「ああ」
二十四層。
そこはアインクラッドで一番人口が少ない階層だと言われている。
そこにソラのマイホームが存在する。
小さな集落にある家に住むソラは、案外、その街にいるプレイヤーとも仲が良かった。
六十九層に出来た亀裂から落ちてきた少女「シノン」は記憶喪失になっていた。
自分が何者なのか、自分はどこからきたのか、その何もかもを忘れていた。
勿論、ソラの事も。
ソラの家にはアスナも来ていた。
「ねえ、シノンさんとソラ君ってどういう関係なの?」
「そうだな・・・少し、昔の話をしようか」
落ちてきた時のシノンは、少し混乱しており、落ち着かせる為にソラの家に連れてきたのだ。ベッドに寝かせようとすると、何故かシノンはソラの傍にいると落ち着くと言い、完全に熟睡するまでソラはシノンの手を握っていた。
「ただし」
そこでソラが真面目な表情で、二人を見る。
「この話を聞いて、あいつを拒まないでくれるか?」
「・・・ああ、わかった」
「話して」
そして、ソラは、ポツリ、ポツリと自分とシノン、地条 蒼穹と
蒼穹は、詩乃の母親の実家のある日本の北東にある小さな町の医者の父と情報処理の仕事に就いている母の間に生まれた三人兄弟の次男だ。
兄は、高校から医学を志し、末の妹はSAOに捕らわれる前は中学一年、詩乃と同い年だ。
詩乃は父親の顔を知らない。
ある日母親の実家に向かおうとしたところ、トラックとの衝突事故で父親は意識不明の重体で母親は軽傷、当時二歳だった詩乃は無傷だったのだが、携帯が壊れ、助けを呼べず、ただ母親は父親が死んでいくのを見ているしかなかった。
それが原因で、母親の時間は巻き戻り、父親と会う前まで戻ってしまったのだ。
それが蒼穹の知る詩乃の過去。
詩乃が小学五年生、蒼穹が小学六年生の頃、蒼穹は、勉強も出来てスポーツも出来る、顔も良いという事で女子たちから人気があったのだが、蒼穹は極力女子には近付かず、本を読む程度だった。そんなとき、詩乃と出会った。
詩乃の噂を耳にしていた蒼穹は興味を持っていたのだが、当時はそれが詩乃だとわかっていなかった。
接触の機会となったのは、詩乃が取ろうとした本を自分も同時に取ろうとした事だった。
本の題名や内容は覚えていないが、ただ、年下の女の子と関わるのはそれが初めてだった。
「この本好きなの?」
そう、自然と口に出してしまった。
「・・・はい」
「そうなんだ・・・あ、俺は地条 蒼穹。君は?」
「・・・・朝田 詩乃」
それからというもの、蒼穹は詩乃と図書室で会っては本の話しで盛り上がった。
初めは鬱陶しい目で見ていた詩乃も、だんだんと打ち解けて気軽に話しかけてくれるようになった。
ただ、そんな中、ある事件が起こった。
ある日蒼穹は、当時高校に入学したばかりの兄から、父親に頼まれた資料を郵便局で投函して欲しいと言われ、郵便局を訪れた。
そこに詩乃がいた。
詩乃の方は、母親と一緒に郵便局で書類を受け取っていたらしく、蒼穹も資料を投函すると、詩乃の元へ向かい、そこで少し話した。
だが、そこで人生が大きく狂ってしまった。
強盗が入ってきたのだ。
強盗の男は、詩乃の母親を人質して金を要求し、警報ボタンを押した局員を射殺した。
「詩乃の母さんを離せ!」
蒼穹はその男に飛びかかり、詩乃の母親の頭を鷲掴みにしている手を掴み、無理矢理引きはがした。
しかし男は蒼穹を蹴り飛ばし、蒼穹はカウンターの壁まで飛んだ。
男は逆上して蒼穹に拳銃を向けるが、その手に今度は詩乃が噛みついてきた。
蒼穹は腹にくる痛みに耐えながらその光景を目の当たりにしていた。
男は痛みで拳銃を手放し、詩乃を蒼穹にいる方向に投げ飛ばす。
更にその先には男の拳銃。
詩乃は本能のままにその拳銃を拾い、それを奪い取ろうとした男に向かって発砲。
「詩乃!」
銃弾は腹に当たるが、逆にそれが男を焚き付ける原因になり、再度発砲。反動で蒼穹の所へ吹っ飛んでくる。
二弾目は右肩に。それでもまだ向かってくる男に詩乃は拳銃を向けようとする。その拳銃に重ねるように手を重ねる蒼穹。
そして、一緒に引き金を引き、その弾丸は男の眉間を貫いた。
男はそれで絶命した。
だが、残った爪痕は大きかった。
詩乃は、母親が怖がっている事に気付き、再度、自分が持っている拳銃に目を落とす。
そこには、返り血がべったり着いている手と拳銃。上に置かれた蒼穹の手は赤く染まっている。
蒼穹は手を放したが、その下の詩乃の手にも血がついていた。
更に、男の血で出来た血だまりが詩乃の恐怖を一層かりだたせ詩乃の悲鳴が郵便局中に響き渡る。
蒼穹は、そんな彼女を後ろから抱きしめ、こう言った。
「ごめん。守れなくて、ごめん」
聞こえていたかは解らない。だけど、抱きしめたら、詩乃はこちらを向き、顔を胸にうずめて泣いた。
それから、警察が来て、色々な事を聞かれた。
詩乃が、右肩が痛いと訴えてきたので、慌てて救急車に乗せたが、詩乃は繋いだ手を放さなかった。
取材陣の自主規制により、事件の詳細は語られなかったが、小さな町での事だ。
あらゆる噂が町中に飛び交った。
そこで蒼穹が一番憤怒したのは、止めは蒼穹も刺したのに、何故か、詩乃だけが『殺人鬼』と虐められている事だ。
蒼穹がやったのは何かの間違いだと、町中の人間が口を揃えてそういう。
その噂の大本は母親と妹だった。
実は、妹と母親は、蒼穹に対してはヤンデレの域に達していたのだ。
兄は高校では自分が蔑まれるのを覚悟の上で蒼穹の話した事をありのままに話した。
母親と妹は、蒼穹は悪くないといいながら、詩乃に対しては、酷く冷たい態度を取っていた。
詩乃は、あの事件があってからというもの、銃器に関する物を、酷い拒絶反応を起こす事が多くなってしまった。
それでも、蒼穹は詩乃への接触をやめなかった。
「なら、蒼穹は私を守ってくれるの?」
今思えば、このゲームを進めた妹はこうなる事は解っていたのかもしれない。
「ああ、守る、ずっと傍にいる。何があろうと守る。絶対に」
蒼穹がSAOに捕らわれれば、詩乃への攻撃を妨害される事はないと。
「だから、一緒にいさせてくれ」
告白染みた事を言ったかもしれないが、後悔は無かった。
「・・・・ありがどう」
詩乃は泣いて抱き着いてきた。
それは、蒼穹が小学校を卒業式をした日だった。
「・・・・俺は、その時の約束を破ってしまった。だから、あいつがここに来た時は、チャンスだと思った。また、やり直せるんじゃないかって」
「そんな事が・・・」
「だけど、あいつが、全部忘れた事を知って、一度は絶望しかけたよ」
「ん?しかけた?」
キリトがあるワードにくいつく。
「まあ、な。確かに絶望
「でも、そんな過去を持っているなら、忘れたままの方が・・・・」
「人間、過去と向き合わずに生きる事なんて無理だ。じゃなきゃ、また同じ
「会わなきゃいけない・・・」
「そうだ、目的は変わるが、早くこのデスゲームをクリアしよう。そして、詩乃を、会わせたい人に会わせる」
「それが、今の目標・・・」
「そうだ。手伝ってくれるか?」
ソラは、二人を見据える。
「そんなの」
「決まってるだろ」
キリトとアスナが同時に笑う。
「「当たり前だ(よ)」」
「ありがとう」
ソラは感謝の意を示して、頭を下げる。
そして、明日、シノンのこのSAOで生き残る為の訓練が始まる。