円華は、古ぼけたあるアパートの一部屋を借りて暮らしている。
家賃などはバイトなどで稼いでいるが、大体はガンゲイル・オンラインの仮想通貨換金システムで賄っている。
彼女がガンゲイル・オンラインを始めた理由は、主に新川に誘われたから。
彼の銃マニアっぷりに影響されたのもあるが、根本的な理由としては、過去を断ち切りたかったからだともいえる・・・・
「・・・・」
制服の上着を脱ぎ、Yシャツだけになる。
ふと、足を止め、机の方を見る。
「・・・」
そして机の方に歩き、
そこにあるのは、一丁のモデルガン。
GGO最大の大会、『
上位につけばつくほどいい物を貰えるのだが、彼女は二十五位だったので、参加賞品としてモデルガンを貰ったのだ。
それは、GGOにある光銃と呼ばれる物に分類されるもので、実弾銃がプレイヤー用なら、光弾銃は対モンスターの銃だ。
近未来的なデザインで、銃口からはいわばエネルギー弾という物が出てくる。
それはモンスターに有効なのだが、プレイヤーに対しては防護フィールドという物がダメージを半減させ、あまり
当然、そのBB弾は入れていない。
「・・・・・・」
円華は、その銃を眺めながら、ふと、あの頃の事を思い出した。
七年前・・・・・
まだ、円華が小学四年の頃だ。
その時は、まだ兄の蒼穹が自分に構ってくれていた時の頃だ。
その時にはとっくに彼が詩乃と一緒にいる事は知っていた。
女子を避けている兄が、女子と一緒にいる事は、妹としてもうれしい事だった。
クラスは違うが、その詩乃という少女の事には、好意さえも持てた。
だが・・・
「どういうことなの・・・・お母さん」
母、綾香の部屋にて、円華は驚きを隠せないでいた。
「簡単よ。この詩乃っていう女の子と、蒼穹を引き離してくれるだけでいいわ」
「で、でも、お兄ちゃん、やっと女の子と話せるようになったのに・・・」
「あら?逆らうの?」
「!?」
びくりと体を震わせる円華。
「そ、そんな訳じゃ・・・・」
「なら、やってくれるわよね?ま・ど・か?」
逆らう事が出来なかった。
二歳の頃から、円華は母に反撃できない様に調教されていた。
だから、円華は綾香に逆らう事が出来ない。
もともと、円華が生まれた時点で、綾香は既に利用する事にはしていたのだ。
だから調教した。
その所為で円華は綾香の操り人形だった。
円華は、とにかく演技する事が上手い。
天性の才能と言ってもいい程、全くの別人を演じ切る事が出来るから、本来の性格を封印して、兄を病んでいる程愛している妹キャラを演じ、詩乃に接触した。
学校裏に連れ込み、そこで脅迫する。
ただ、いつもなら、心までもその様に騙せる筈なのに・・・・
「何をやってるんだ」
何故、ここまで心が締め付けられるのだろうか?
何度も、何度も綾香の言う様に、詩乃と蒼穹を引き離す事を試みた。
その全てが失敗に終わった。全て、蒼穹によって。
そのまま一年が過ぎ、あの事件が起きた。
詩乃と蒼穹が、強盗を射殺したのだ。
「蒼穹はやっていないと言いなさい。そして、詩乃に全て被せなさい」
逆らう事は許されない。
だから、実行した。
廃工場に連れていき、そこでリンチにした。
笑おうとした。
罵ろうとした。
心の底から吐き出そうとした。
だけど、出てくるのは上っ面ばかりの偽りの罵声。
それを全ての人間は信じ、蒼穹は円華を殴った。
何度も殴られ、その度に心の中で謝罪した。
ごめんなさい、ごめんなさい、と。
完全に暴走した兄にその言葉が届くわけが無く、殴られるたびに、そこから痛みがジワリと滲む。
後で謝ろう。そう思った。
きっと綾香が蒼穹の罪を軽くしてくれる。そう信じた。
その予想通り、蒼穹は少年院に行く事は無く、一週間の謹慎処分となった。
円華は散々殴られたので、何日か入院する羽目になったのだが、蒼穹が見舞いに来る事は無かった。
殴ったことを後ろめたく思っているのか?
そんな都合の良い考えが頭の中に何度もよぎった。
だけど、そのたびに
長男である海利のお陰で二週間で退院出来たが、その直後・・・・
「何事も無かった様に振舞いなさい」
「・・・・・・・え・・・・?」
一瞬だけ、理解できなかった。
あの事を無かった事にしろと?
何故?何故?何故?
円華は酷く混乱した。
その行為は、つまり、
「い、いや・・・・」
その事を理解していくと共に、口からその様な掠れ声が漏れた。
「やりなさい」
だが、綾香はそれを許さない。
今度は反抗しようとした。
これ以上は耐えられない。
だからそれを口にしようとした。
だが・・・声が固まったかのように開いた口から声は一つも出てこなかった。
「!?」
何度も声を出そうとした。
人間。
その根本に座する絶対価値観はそう簡単に変えられない。
それはつまり、決定的で絶対的なトラウマはそう簡単には克服できないものだ。
円華の場合、その根本にある『命令』ともいえる絶対価値観は、『母に逆らってはいけない』。
それは、どれだけ心で抗おうとしても、赤ん坊の頃から知らぬ間に調教され続けてきた円華には絶対に覆らない、例えるなら『神から与えられた天命』なのだ。
「分かったわね」
口が動く。
(やだ・・・やめて・・・・)
必死で抗う。だけど、それとは裏腹に、身体は脳からの命令に反して、その体を強張らせ、口を自動的に動かす。
「は・・・・」
(やだやだやだ!)
必死に抗う。
(助けて!誰か!誰か!)
必死に助けを求める。
(助けて・・・・)
だが、そんな声虚しく・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
それから蒼穹が卒業して、一ヶ月たった時の事だ。
森に、秘密基地の様な洞窟を見つけ、学校で嫌な事があり、飛び出してそこに逃げ込んだ時の事だ。
「・・・・ん?」
(あれ・・・・寝ちゃってた・・・?)
体育座りで、眼が腫れている事に気付く。
「そっか・・・・あれから泣きじゃくっていたのか・・・・」
立ち上がり、ランドセルを持って、洞窟から出ようとした時、外は物凄い豪雨だった。
「どうしよう・・・これじゃあ帰れない・・・・」
ただでさえ短くも険しい山道をこんな天気に歩いたら怪我どころでは済まないだろう。
仕方なく、洞窟で止むのを待った。
―――ゴォォォォンッッ!!!!
「ひっ・・・!?」
大きな雷鳴が響き、円華を怯えさせる。
いつもなら、すぐに蒼穹に飛びつくのだが、彼は今ここにはおらず、しかも森の洞窟。しかも誰も知らない秘密の場所だ。
その考え通り、雨が止むまで、誰も来なかった。
雨が止むと、急いで家に向かって走った。
途中の山道は転ばない様に足元を注意しながら、走り抜けた。
家に着く頃には一時を回っていた。
幸い電気は付いており、鍵も開いていた。
「ただいま・・・・」
ドアを静かに開け、そう呟く。
「帰ったか」
出迎えたのは、海利だった。
「海利兄・・・・」
「その様子だと、どこかで雨宿りしていたようだな」
それだけを言うと、海利は行ってしまった。
円華は、リビングに行くと、食卓には、何も無かった。
「あ・・・・」
冷蔵庫やキッチンを見ても、調理されたようなものが何もなく、あるのは野菜やジャムだとかそれだけだった。
「・・・・・・・」
作り置きはされていなかったようだ。
そういえば、今日は、蒼穹が夕飯当番だった。
(作ってくれなかった・・・?)
そんなことを疑問に思い、冷蔵庫にあった魚肉ソーセージを食べ、自分の部屋に向かった。
その途中、蒼穹の部屋を通りかかったとき、蒼穹の部屋のドアが開いた。
「あ・・・」
そこから蒼穹が出てきた。
こんな時間まで起きているなど、何をしていたのか・・・・
「お兄・・・」
とりあえず、挨拶でもしておこうかと思った瞬間、その声が塞き止められた。
その眼がこちらに向けられ、
まるで、話しかけるなとでもいう様に・・・
「あ・・・・」
蒼穹は円華の横を通り過ぎ、トイレに入っていった。
その瞬間、円華は悟った。
自分の部屋に逃げる様に入り、ドアを勢いよく閉め、寄りかかる。
「あ・・・ああ・・・・」
あの日から終わっていた。
兄との繋がりも、感情も、投げかけられる言葉も、何もかもが、全て、全部・・・・・
その瞬間から何かが決壊した。
「ああああ・・・・・あああああぁぁぁぁぁ・・・・」
声を押し殺し、泣き出した。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
円華は叫び、その場にうずくまる。
「ごめん・・・なさい・・・ごめん・・・なさい・・・」
完全に縮こまり、まともな思考判断が出来ない。
眼の動きもままならず、唇も震える。
思い出す度に、蘇るあの光景。
それが円華の調教以上のトラウマになり、
「たすけて・・・だれか・・・だれか・・・」
助けてくれる訳が無い。こんな・・・・・『偽善者』の私を。
次回
GGOのとある荒野にて、ソラとシノンはダインの所属するスコードロンと、共に標的を襲う準備をしていた。
「戦闘、開始!」
そして、始まる戦闘。
だが、そこで大きなイレギュラーが発生する。
「ミニガンだと!?」
「二丁拳銃・・・・!?」
そこから始まるは別次元の戦い。
ソラが二丁拳銃を、シノンがミニガンを討つ!
『