「次やったらぶった切るから」
「はい・・・」
サラマンダーとの大規模戦闘の後、キリトがふざけてリーファの手に噛みつき、それに驚いたリーファは思いっきりキリトの頬を引っ叩いたので、キリトの頬にはくっきりと手跡が残っている。
「戦闘の後の殺伐とした空気を和ませようとしたウィットなジョークじゃないか・・・」
「だからって、妹の手に噛みつくのはやりすぎなんじゃないの?」
「ははは・・・」
と、架け橋を渡る四人と一人。
そして、門をくぐると・・・
「へえ、ここがルグルーか・・・」
初めてくる地底都市の賑やかさに感嘆するリーファ。それはレンも同じだった。
「そういえば・・・」
しばらく観光している時、キリトが何かを思い出したかのように口を開く。
「サラマンダーズに襲われたとき、何かメッセージが来てなかったか?」
「あ、忘れてた」
それを聞いたリーファが、慌ててウィンドウを開く。
だが、新たな着信は来ておらず、更に、送り主であるレコンの名前がグレーになっており、オフラインになっているのだ。
「?」
首を傾げるリーファ。
「どうしたリーファ?」
レンが尋ねる。
「ああ、いや、なんか、レコンの奴落ちてるのよね。なんでだろ?」
「さあ、一度向こうにいって確かめてくればいいんじゃ・・」
「そうね。わかった。行って来る」
一旦落ちる事をキリトとシノンにも話し、リーファはログオフする。
現実に戻った直葉。
外は深夜なのでもう真っ暗で、月明りが部屋に差し込んでいる。
直葉はレコンの本体である長田に連絡を取ろうと、自分の携帯端末を手に取る。
「なにこれ!?」
そこで着信履歴を見て見ると、十二件の着信、その全てが長田からだった。
直葉は急いで電話をかけようとしたが、本日十三件目の長田からのコールがきた。
直葉はそれに出る。
「もしもし?」
『あ!やっと出た!もー、遅いよ直葉ちゃん!』
「何がもー、よ!それで、何か用?」
『あ!そうだった!大変なんだ!シグルドの奴、僕たちを・・・いや、それだけじゃない。あいつ領主を・・・サクヤさんを売りやがったんだ!』
「はあ!?それどういう事よ!」
長田から事情を聞くと、以下の通りだ。
昨夜、サラマンダーたちに襲われたリーファたち。その時、シグルドが囮となり、サラマンダーの殆どを引き受けた。結局は死んだみたいだが、ここには不可解な点が存在する。
シグルドは、指揮官としては一級品だが、独善的な性格をしており、本当なら囮は別の誰かに任せて、自分は安全な所で待機。だが、そのシグルドは自ら囮を引き受けるとは、普通ありえない。
レコンはそれを怪しいを感じ、『ホロウ・ボディ』という魔法を使って朝からシグルドをつけていたのだが、リーファたちとのいざこざの後、毒殺しようとしたのだが、シグルドを加えた三人のシルフが透明マントを被り、地下に入ったので、レコンは更について行った先で、シグルドがサラマンダーと密会している所を目撃。
本来、それぞれの領地には、かならず、ガーディアンと呼ばれる守護者がいて、領主が認めた種族以外は、即刻倒される事になっているのだ。サラマンダーなら特に。
だが、そのサラマンダーたちはパス・メダリオンという許可証を持っていたのだ。
これを持っていれば、ガーディアンに攻撃される事は無く、自由に行き来できるのだが、それを発行できるのは領主を含む、上位の権利を持つプレイヤーのみだ
。当然、領主の側近であるシグルドもその権利を持っている。
ちなみに、レンもこれを領主であるサクヤから持っている。
そして、聞き耳を立ててみると、リーファのトレーサーをつけたといい、更に本日開かれる、ケットシーとの同盟を結ぶための調印式を襲わせるとも言い出すのだ。
そこには、シルフの領主であるサクヤだけでなく、ケットシー側の領主も来るのだ。
このゲームで、領主を討つと、領の財産の一部を貰い受け、更に一ヶ月、徴税を自由にかける事が出来るのだ。
更に、そのサラマンダーが、シルフ側の差し金だと知られれば、戦争は免れない。
一つ付け加えると、最大勢力であるサラマンダーは、それに次ぐシルフとケットシーが同盟を組むと、パワーバランスは逆転してしまうため、それをどうしても阻止したいらしいのだ。
メッセージを思い出してみると、あの最後にある『S』は、『サラマンダー』『シグルド』『スパイ』の三点セットの意味があるのかもしれない。
それを聞いた直葉は、それを急いで伝えるべく、長田に場所と時間を聞き出し、すぐ様ALOにログインした。
こちらに戻ると、バッと立ち上がる。
「うお!?」
「レン!来て!」
「え!?何!?」
レンの手を引き、走り出すリーファ。
「サクヤが大変なの!」
「!? どういう事だ!」
一瞬呆気にとられていたキリトとシノンであったが、すぐに正気に戻り、二人の後を追う。
「おい!何があったんだ!」
キリトが問いかける。
「実は・・・」
リーファが三人に走りながら説明する。
「だから、お兄ちゃんたちは先に世界樹に行って。これは、私とレンの問題だから」
神妙な顔になっていたキリトが、口を開く。
「悪いが、妹が困ってるいるのに兄貴の俺がそれを見過ごす事なんて出来る訳ないだろ?」
「でも・・・」
「リーファ」
立ち止まったリーファの頭を撫でるキリト。
「俺がまだガキだった頃、お前と俺は本当の兄妹じゃないって知って、からだったか。あの頃の俺は、人との距離感っていうものが良く解らなくなっていたんだ。俺は、その時は一つの疑問が芽吹いていたんだ。目の前にいるのは本当は誰なんだろう?って。相対した人物に対して必ず起こるこの疑問を、どんなに長く付き合い、深くその相手の事をしっている家族に、お前に対しても持っていたんだ。それが俺をネットゲームに向かわせた理由なのかもしれない。俺は、偽りの姿、性格がうごめくその世界が居心地がいいとも思っていた。だけど、そんな疑問は無意味な物だったんだ。現実も仮想も、結局は同じだ。仮想世界が唯一偽りだと思えるのは、機械のスイッチ一つで離脱できるから、本質は全く同じだ。
大事なのは、俺が認識した相手が、本当の相手だって、そう信じる事だって。あの世界が教えてくれたんだ。だから、今はお前に、兄貴面させてくれ」
キリトの穏やかな、しかし一つの確信を持った声に、心が揺らぐリーファ。
だが、まだ迷いのある心で、リーファは兄に問いかける。
「・・・助けてくれる、お兄ちゃん?」
「ああ、連れて行ってくれ、その会場に」
ルグルーのキリト達が入った門とは真逆の位置にある門をくぐった五人は、キリトがリーファとレンを引っ張って、とんでもないスピードでユイの道案内に従いながら、洞窟を走り抜ける五人。シノンはなんとかついていっている。
「キャアアアアアアァァァアア!!!」
「うおおおおおおおぉぉぉおお!!!」
「ちょ、はや、すぎ!?」
後ろを見れば、大量のモンスターをトレインしてしまっている。
リーファはそれを見て青ざめるも、キリトのダッシュでそんな考えが吹き飛んでしまう。
そして・・・
「出口だ!」
とキリトがいった三秒後、大きな浮遊感に襲われる。
気付けばごつごつとした地面は無く、広大な草原が広がっていた。
「わあ・・・」
そして、その数秒後に自分は今空中にいる事に気付き、羽を出現させ、飛ぶレンとリーファ。
「ぜえ・・ぜえ・・ぜえ・・」
「大丈夫ですかねぇね?」
「キリト・・・あんた・・・はやす・・ぎ・・・」
無我夢中で走ったのか、飛びながら目を回しているシノン。
おそらく軽い酸欠状態だろう。
ここでは体力は減らないが、実は脳が物凄い程に稼働しており、酸素を必要とする為に、現実の体は激しい肺呼吸を繰り返している事だろう。
「それでリーファ。会場はどこにあるんだ?」
「あ、ええっと、あっちの方だね」
と、リーファは北西の方を指す。
「残り時間は?」
「二十分・・・」
「よし、急ごう!」
レンの号令で加速する。
しばらく飛んでいるとユイが叫び出す。
「プレイヤー反応です!前方に大集団・・・六十八人、これがおそらくサラマンダー強襲部隊です。更にその向こう側に十四人、シルフ及びケットシーの会議出席者と予想します。双方が接触するまで後五十秒です!」
それが終わると同時に視界を遮っていた雲がなくなり、眼下に無数の黒い影が見えた。五人ずつくさび型
それが向かう先には円形の更地にある白い横長のテーブル。
その両サイドには七つづつ椅子があり、それぞれのサイドにケットシーとシルフが会議を行っていた。
更にそれに夢中で、近づいてくる大集団に気付いていない。
この距離じゃあ例え危険を知らせたとしても逃げ切れる保証などない。
「間に合わなかったね・・・」
リーファは諦めたかのようにそう呟く。
だがそれは決して、逃げ切れないという事ではない。
「じゃあ、お兄ちゃんがいった通り」
「ああ、いっちょ暴れますか!」
キリトがそう叫ぶと急激に加速する。
会議組の方では今更気付いたのか、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、それぞれの武器に手をかけている。
その中に、変わった服装なのが二人。
一人はシルフにしては長身、だが深い緑色の髪とその美貌は誰もが振り向きそうな程に美しい。服装は深緑の和装だ。その腰にはリーファの刀より二寸も長い大太刀。
一方でこちらはケットシーらしく、とうもろこしに似た色に小柄な女性だ。ウェーブのかかった髪型に、その脇から突き出た三角耳はケットシーの証だ。シノンの場合は頭の上の方にあるが。小麦色の肌を大胆にさらし、ワンピースの水着にも似たその戦闘スーツに加え、両腰にあるのは三本の爪が突き出たクロー系の武器だ。
そして、キリトはそのスピードをより一層加速させる。
一触即発の場に黒い彗星が如き一閃が両者の間に落ちる。
土煙が舞い上がり、全員の視線が一斉にそちらに向く。
そして、土煙が収まり、キリトの姿が見えてきた所で、キリトが叫ぶ。
「双方、剣を引け!」
「うお・・・!?」
その音量に仮想の大気が震え、離れていた筈の三人でさえも驚く。
「すごいな、お前の兄さんは・・・」
「へへ、そうでしょ?」
嬉しそうに答えるリーファ。
「さ、私たちも行きましょう」
シノンの言葉で、二人はシルフ側だと思われる緑衣の集団の近くに降りる。
「サクヤ」
リーファが、リーダーと思われる女性に声をかける。
「リーファ!?何故ここに!?いや、それよりも、これは一体・・・」
「簡単には説明出来ない。でも、ここから先の事は、あの人次第って事になるかな」
「レン・・・」
そして、キリトが声を上げる。
「指揮官に用がある!」
そこで、空中にいる連中が誰かに道を開けるようにサイドに避ける。
そこから現れたのは、違う威圧感を見せつける男だった。
「スプリガンがこんな所で何をしている。どちらにせよ殺す事には変わりないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやる」
そこで指揮官はレンを見る。
「・・・ユージーンさん・・・」
「やはりレンか・・・まあ良い。話せ」
そしてキリトはとんでもない事を叫ぶ。
「俺の名はキリト。スプリガン=ウンディーネ同盟の大使だ。この場を襲うからには我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな」
「な・・・」
絶句するレンとリーファ。
シノンに至っては面白そうに不敵な笑みを浮かべている。
愕然とした顔でシノンを見る先ほど遠くから見たケットシー領領主、『アリシャ・ルー』に気付いたシノンは、まるで心配するなとでも言うようにウインクする。
「ウンディーネとスプリガンが同盟だと?」
流石にこれには敵主将、ユージーンも驚いた表情を隠せなかったようだ。
だがすぐに元に戻る。
「護衛の一人もいない貴様が、大使とでもいうのか?」
「ああ、そうだ。この場にはシルフ・ケットシーと貿易交渉に来ただけだからな。連れにケットシーとシルフがいるのがその証拠だ」
何故か私も入れられてる!?っと内心驚愕するリーファ。
「だが、会議が襲われたとなれば四種族で同盟を組んでお前達サラマンダーに対抗するだろう」
しばしの沈黙。そしてその沈黙を破ったのは、予想外の物だった。
「ッ・・・!」
シノンが左腕を閃かせ、何かを顔の横で止める。
『!?』
全員が驚く。
そして、シノンは、その手に持つ『矢』を見つめる。
彼女が知る中で、唯一弓に長け、更には剣術家としての名のある名家の娘。
シノンたちが立つ円形型の足場よりも高く、広い足場に、誰かが舞い降りる。
それは、黒曜石の様に、黒く、紫に光る長い髪をしたケットシーの女性。
その背丈は、シノンと同じくらいだ。
「・・・」
「なんで・・・?」
リーファが信じられないとでも言うかのように驚愕を隠せないでいる。
そこで、黒髪のケットシーが口を開く。
「この行為は、決してそこのスプリガンの言葉を否定する訳ではない。寧ろ本当です。私はただ、そこの水色のケットシーに『決闘』を申し込む為に参りました」
その言葉が示すの同じ様に、その瞳はシノンしか移していない。
「ほう・・・そこのケットシーとか?」
「はい。お初にお目にかかります、ユージーン将軍」
彼女は礼儀正しくお辞儀をする。
「良いだろう。そこのスプリガン」
ユージーンはキリトに視線を戻すと、笑みを作り、腰に差してある剣を抜き放つ。
「オレの攻撃を三十秒耐えきったら、貴様を大使として認めよう」
そしてユージーンは手に持った両手剣をキリトに向ける。
「ずいぶん気前がいいね」
そしてキリトも背中の巨剣を抜き放つ。そして空に飛び立つ。
「まずいな」
「え?」
「あの剣、レジェンダリーウェポンの紹介サイトで見た事がある。《魔剣グラム》・・・ということは・・・」
「ユージーン、サラマンダー領主、《モーティマー》の弟にして、サラマンダー最強・・・いや、このALO最強のプレイヤーだよ」
レンがサクヤの言葉を遮るついでにその先を言う。
「やはり、知り合いだったか・・・」
「俺が
「そんな事ない」
レンの答えを否定するリーファ。
「お兄ちゃんは、強い。だって、
「そうね」
シノンが、それに答え、飛ぶ。
そして、彼女は黒髪のケットシーの立つ地面に降り立つ。
「・・・」
「・・・」
そして相対する。
彼女との出会いは、私が中学に進学して一ヶ月の事だ。
彼女がソラに告白している所を、偶然にも私が目撃、更にいた事がバレてしまい、口止めされたのが始まりだ。
その時の光景を見ていたのは私だけではなかったのが、彼女の落ち度。
ソラの母親である綾香は、ソラと付き合おうとする存在を社会的に抹殺しようとする程の狂人で、ソラの妹の円華が綾香にその事を伝え、彼女の家は、理不尽な汚名を付けられ、衰退した。
そして、彼女は、それが全部私のせいだと、今でも思い込んでいる事だろう。
親が精一杯頑張ったらしく、なんとか持ち直したらしいが、彼女は私を絶対に許さないだろう。もう、ここまで淵が出来てしまったら、修復する事は出来ないだろう。
だから、ここでなら語り合える。
喧嘩も、殺し合いも許されるこの世界なら。
「・・・少し、話をしようか、詩乃」
以外にも、向こうから話しかけてくるとは驚いた。
「・・・ええ、遥」
私をそれを承諾する。特に、断る理由も無いから。
「私は貴方が憎い。でも嫌いじゃない」
「そうね」
「それは、もう昔の事だけど」
「え?」
どういう事?
「あの時、私の家が潰れかけた時、私は貴方に辛くあたった」
「ええ、あの時の剣幕は物凄かったわね」
「その時の事、蒼穹に見られてたみたいでね。本当の事を言われて説教されちゃったよ。詩乃じゃない、円華だ、て・・・」
彼女はうつむく。
「その時、凄く後悔した。言ったのは貴方じゃないのに、私はあれほど強く当たってしまった。だから、貴方は、きっと私を避けて、謝る機会なんてくれないと思ってた」
「そう・・・だったの・・・」
「だから、私は貴方をワザと遠ざけた。些細な事で突っかかって、追い払ったりして、今思えば、バカな事をしたと思ってるよ。ねえ、知ってる?蒼穹は、貴方の事が好きだったんだよ」
「ええ、知ってる」
「そう様子じゃ、もう・・・ううん、いいわ」
彼女は微笑む。だけど・・・
「だけどあなたはどうしても私たちの前に立ち塞がる」
「ええ、どうしても、あの人には逆らえないから。だから、始めに言っておくわ。ごめんなさい」
「・・・」
少し、黙ってしまう。その言葉の意味は、過去に私を酷い目に合わせた事、今立ち塞がる事、そして、あの病室で、他人のフリをしてしまった事への謝罪。
だけど、私は立ち止まる事など出来ない。
「私は前に進む」
「私はそれを止める」
「私は助ける」
「私は阻止する」
「私は倒す」
「私は守る」
「私は・・・」
「私は・・・」
「「貴方を倒す」」
最後の意見は合ってしまった。
だけど、引き下がる気は無い。
私は腰から、ナイフにしては長い、ダガーを取り出す。
遥は腰の左に差してある小太刀を抜く。その長さは、私のダガーと同じだ。
「始めよう」
これから私たちは・・・
「最初で最後の、本気の勝負を」
己の信念に駆けて、ぶつかる。
To Be Continuity―――
次回
遂に激突する
互いの感情を全身全霊で叩き込みあう二人の戦いは、どんな結末を迎えるのか。
その先にあるのは、強さか、想いか・・・
「詩乃ぉぉぉぉぉぉ!!」
「遥ぁぁぁぁぁぁ!!」
次回『弓兵と暗殺者』
「行こう、ソラを助けに!」