トリスタン、エリザ戦を終えて、ルグルー回廊の入り口の近くに来たキリト一行。
「この辺りで一度ローテアウトしようか」
「ろ、ろーて・・・?」
「交代でログアウトする事っすよ。中立地帯じゃ、即落ちできないから」
「そうか・・・じゃあ、先にリーファが落ちろよ」
その言葉に目を丸くするリーファ。
「え?お兄ちゃんは?」
「人数が多い方が守りやすいだろ?それに、作り置きしてくれてた方が、手間がかからないってものだ」
「もう!」
「私は家主の人が作ってくれていると思うし、それに当分時間あるし」
「う~ん・・・分かった。それじゃあ先に」
そうすると、リーファはウィンドウを操作し、ログアウト画面でYESのボタンを押すと、その眼を閉じ、寝たように動かなくなる。
「ふう・・・さて、何して時間潰そうか?」
「そうねぇ・・・・弓の練習でもしておこうかしら?」
「いや・・・十分上手いですよシノンさん・・・」
シノンの言葉に顔を引きつらせるレン。
「そう?」
「あの距離から矢を当てられるとか神業以外のなんでもねぇよ」
そこでキリトはポーチからある物を取り出す。棒のような物だ。
「なにそれ?」
「スイルベーン特産のブツだってよ。ほら」
キリトが持っていた棒をシノンとレンに投げる。
レンは試しに吸ってみると、口の中に甘い薄荷の匂いが充満する。
「そういや、お前リーファの事好きなのか?」
「はあ!?」
いきなりキリトが突拍子も無い事を言い出す。
「なななな何言ってんすか!?それともなんすか!?兄として妹は渡さんとかそういう事っすか!?」
「それはお前次第だ」
「なんでさー!」
レンの叫び声が響く。
「落ち着いたか?」
「ええ、まあ・・・」
なんとか心を落ち着かせたレンは、神妙な表情になる。
「その話しですが・・・俺には、告白する度胸なんてありませんよ」
「それはまたなんでだ?」
「リーファが、リアルで知っている女の子と似てるんです」
そこでレンは、その女の子と何があったか、何故その様な事をしたのかを話した。
「なるほどな・・・」
あくまで、名前を伏せて。
「・・・・もし、リーファがその女の子だったら、俺は、とてもじゃないけど・・・」
「だから・・・逃げるって訳ね・・・」
「・・・はい」
否定はしない。ただ、彼にとって、リーファの傍にいるだけでいいのだ。
「それじゃあ、一生友達のままでいるって事?」
「そう・・ですね・・・いずれ彼女にも、恋人が出来て、結婚して、家庭を築いて・・・・それで彼女が幸せになれるなら、俺は・・・このままでいいです」
レンは、俯きながら、そう、自虐する様にいう。
「・・・・」
そこでシノンはレンの耳元に口に引き寄せ、囁く。
「明日、リアルで会えない?」
「え?」
「名前と住所教えるから・・さ」
「いえなんでですか!?」
「ソラに会わせてあげるから」
「え・・・?」
そんな突拍子も無い事をいわれ、一瞬フリーズするレン。
「な、なんでですか・・・?」
「彼の事を教える。もうすぐリーファが戻ってくる頃だから」
「どうして彼女が一緒だとダメなんですか?」
「彼女は明日予定あるのよ。これもある意味、縁だし。それに・・・」
シノンの表情が変わる。
「貴方は・・・・いずれその壁を超えないといけないから」
「・・・・」
そこで、レンはどうやら引き下がる気は無いのだと悟り、諦めたかのようにため息をつく。
「分かりました」
「どうも~」
「何がわかったんだ?」
「オワァ!?」
後ろから聞こえてきた声に大きく飛びあがるレン。
「き、キリトさん!」
「さっきからこそこそと・・・何を話してたんだ?」
「ああ、キリト、その事なんだけど・・・」
シノンは今度はキリトの方でこそこそと話し始めた。
「?」
「そうか、分かった。俺の方でもどうにか聞き出してみるよ」
「ええ、ただし、口は滑らせないでよ」
「OKだ」
何の話をしているんだ?
心の中でそう思ったレン。
「どうかしたの?」
「お、お帰りリーファ」
「お帰りなさいですリーファさん!」
そこでリーファが戻ってきた。
「今度はキリトが」
「そんじゃ」
今度はキリトが落ちる。
「それで、何か話してたの?」
「いいえ、何も。それでレン。さっきの事なんだけど」
「やっぱり何か話してたー!」
シノンから何を話していたのか聞き出そうとするリーファ。
その光景を茫然と見ているレン。
その膝にちょこんと、一人の小さな少女が降り立つ。
「うお!?お前、ご主人様がいなくても動けるのか?」
「はい。私は私ですので」
そういうものなのか?と思いながら膝の上にいる少女、ユイを見つめるレン。
「そういや、なんでキリトさんをパパって呼んでるんだ?」
「・・・パパは、私を助けてくれたんです。俺の子供だって、だからパパです」
「そ、そうか・・・・」
そんな性癖が・・・?
などと不埒な事を考えていると、どうにかリーファを黙らせたシノンが近付いてきて、口を開く。
「それで・・・名前なんだけど、私は朝田詩乃。貴方は?」
「・・・氷鉋恋次。場所は・・・」
よく見るとキリトがリーファを押さえつけていた。
「へえ、同じ埼玉なんだ」
「そうだったんですか・・・」
「じゃ、今度は私の番ね」
そして、シノンは落ちた。
「レン!」
「うわ!?」
リーファの顔が眼前に迫る。
「シノンさんと何話してたの!?」
「いや、何も!やましいことは何も!」
「ホント!?」
「ホントホント!!信じてくれ!」
若干ドギマギするもなんとか弁解するレン。
「はっはっは!レンと何話してたんだユイ?」
「はい。私がパパと呼ぶ理由を・・・」
「た、助けて下さいーー!!」
「レンーーー!」
シノン、詩乃は目を開ける。
「げ・・・」
時間がもう半を過ぎている事に気付き、いそいでナーヴギアを外し、一階に駆け降りる。
「あらあら、少し長かったわね」
「すみません」
「ALOは中立で落ちる事が出来ないからな、誰かとローテアウトでもしてるんだろ?」
「随分と詳しいんですね・・・」
「カウンセリングでアミュスフィアを使う事もあるからな。ある程度の知識は持っている」
「そうですか・・・」
詩乃は食卓に置かれた夕飯を急いで食べ、直ぐに部屋に戻った。
そしてナーヴギアを被ると、もう一度、あの世界に向かった。
ルグルー回廊、それは、スイルベーンからアルンまでいく道のりで必ず通らなければならない地下洞窟である。
「へー、暗視を付与する魔法かぁ。スプリガンの魔法も捨てた物じゃないわね」
「あ、それちょっと傷付くんだが?」
「ごめんごめん。それじゃあ、いこうか」
キリトのスプリガンの魔法で洞窟の暗闇を無効化し、入っていく一同。
ユイのお陰で、道に迷う事も無く、どんどん突き進んでいく四人。
その途中、十回を超えるオークとの戦闘も、キリトの規格外の攻撃力とシノンの踊るような戦い、レンの洗練された剣技で問題なく突き進んでいく。
「イグナイション・ケース・スピリット・オブ・ファイア!」
小さな火焔球が現れる。
本来なら、敵にぶつける魔法なのだが、シノンは、その炎に向かって弓を引き絞り、放つ。
銀の矢に射抜かれた炎は、矢に纏わりつき、その矢は一直線に飛んでいき、オークに直撃する。
そのオークは全身を燃え上がらせ、いずれはポリゴンとなって消滅する。
「おお!」
「すごい使い方しますねぇ・・・」
「思い付きにしては結構いけるでしょ?」
「あれで一掃してしまいましたねぇ・・・」
気付くとどうやら他のオークも巻き添えを喰らったらしく全滅していた。
すでにこの回廊から入ってから二時間が経過している。
もう十回以上となるオーク戦。
流石にそろそろついてもいいかと思う。
そこでリーファのメッセージボックスに着信が入る。
「あ、ごめんメールが入った」
フレンド登録しているのはレンとレコンしかいないので、誰なのかは見なくても解ってしまう。
メールを開いてみると、内容はこう書いてあった。
『やっぱり思った通りだった!気を付けて、s・・・』
「・・・・なにこれ?」
どうみても途中で終わっている。
何があったのだろう?
そこでユイが声をあげる。
「プレイヤーです!多い・・・十五人はいます」
「どうする?逃げるか?」
「いや、ここは隠れるのがいいだろ?」
「そうだね、ちょっと来て」
「うお!?」
「きゃあ!?」
リーファに引っ張られ、壁に押し込まれるシノンとキリト。その後をレンが追う。
そこでリーファは詠唱を始める。
隠蔽用の魔法で、これを使うと、他のプレイヤーから自分たちの姿が消えるのだ。
「お、おいリーファ・・・」
「話すときは小声で、魔法が解けちゃう」
「わ、わかったわ・・・」
そして、しばらくそうしていると、キリトが何かに気付く。
「あれ・・・なんだ?」
「え?何か見えるのお兄ちゃん」
「本当・・・なんだか・・・赤い・・・
「!?」
シノンのつぶやきを聞いたリーファがその方向に目を凝らす。
そこには、シノンが言った通り、赤く光るコウモリの様な生物がいた。
それにはレンも気付いたらしく、声を上げる。
「リーファ!」
「分かってるわよ!」
いきおいよく飛び出し、詠唱を始める。だがそれよりも速くシノンが矢を放つ。
「シノンさん!?」
「なんだか知らないけどやばい物なんでしょ!?」
「は、はい!」
「おい!?どういう事だよ!?」
「あれは高位のトレーサーサーチャーだよ!逃げないと!」
「もう一度隠れるってのは!?」
「無駄だ!もう向こうにも壊されたってのはバレてる!」
そして、もうスピードで走り出す四人。
もう敵はすぐ近くに来てるかもしれない。
気付くと洞窟のごつごつしていた地面が滑らかに整地された床へと変わり、その先には町が見える。
「あれが・・・」
「地底都市だ!」
「急ごう!」
更にスピードを上げる四人。
橋に差し掛かり、入り口までもうすぐ。そのまま駆け抜けていこうと思ったその瞬間、頭上を謎の光が通過する。
「どこを狙って・・・」
と、言いかけたリーファのセリフが次に起きた事で途切れる。
入り口の眼前でいきなり壁があらわれたのだ。
それはレンガで出来ているようなものでは無く、土を固めた様な物だった。
それを見て減速するリーファとレンとシノン。だが一人だけ、キリトだけは止まる事無く、それどころか加速し、背中の大剣を引き抜く。
「む・・・」
無駄よ、と言おうとしたが間に合わず、キリトがその剣を突進の勢いに任せて壁にぶつける。
だが、壁はびくともせず、逆にキリトの剣を弾く。
「うおわ!?」
「無駄だよお兄ちゃん。これは物理じゃ絶対に壊れない魔法なの。魔法攻撃をたくさん打ち込めばどうにかなるかもしれないけど・・・」
「その望みは薄いわね・・・」
シノンは後ろを振り向き、弓を携える。
「やるしかないか」
レンが、腰からリーファの刀の二倍はあるであろう野太刀を引き抜く。
「・・・・」
リーファも腰から刀を引き抜こうとするが、キリトが止める。
「別にお前の腕を疑ってる訳じゃないんだが、リーファは回復に回ってくれないか?その方が俺も戦いやすいから」
この中で、唯一回復が使えるのはリーファだけだ。ならばここはリーファに回復を頼んで、後の三人は攻撃に集中できる。
それを悟ったリーファは柄から手を放し、承諾する。
「わかった」
「よし・・・」
キリトとレンが前に出て、シノンが中央に、リーファが後ろに立つフォーメーションとなった。
そして、敵集団の姿が見えてきた。
「サラマンダー・・・」
その集団は、赤い髪をしており、前衛に盾装備のが三人。後衛にメイジと思われるのが数人。だが、その中に不可解な点がいくつかあった。
一番後ろに、尋常じゃないほどのサイズのハンマーを持った巨漢の男と、細剣を持った横に大きな男、更には魔女の様な服装の女性・・・・そこだけなら何も問題は無い。問題なのは・・・
「なんで他の種族が・・・・!?」
ハンマーの男はノーム、細剣の男はレプラコーン、魔女姿の女性はウンディーネなのだ。
「どうして他の種族が・・・」
「そんな事考えてる暇ないでしょ」
「そうだな!」
キリトが駆け出す。自身の黒い大剣を体がきしみそうなほど大きく振りかぶる。
そこで盾装備の三人が構える。
ここで一つ補正を加えておくが、盾装備の敵はその盾を全員が利き手と思われる右手で装備しているのだ。普通、利き手には武器を装備するのだが、それを防御しか出来ない盾だと、攻撃に支障が出る。
その理由は次に起こる出来事で理解させられる。
キリトの大剣が叩き着けられる前に、三人の男がぴったりと盾との間を隙間無く埋め、完全な防御態勢に入る。
「!?」
そのサラマンダーたちのHPが減少するも、そこまで減っていない。強力な攻撃力を持つキリトの対してこのフォーメーションは防御だけなら明らかに効果的だ。
そのサラマンダーたちのHPを、後ろにいる
さらにその後ろにいる
「く!」
それにいち早く気付いたシノンが弓を引き絞り、そのメイジ隊に向かって矢を四本同時に放つ。
システム補正はかかっていないが、これも列記としたソードスキルだ。
弓スキル四連撃《アトラスアロー》
四本の彗星が如き矢がそのメイジに向かう。
だが、その矢を用心棒よろしくなハンマー男がすべて叩き落す。
「チッ・・・」
舌打ちするも次の矢を射ぬこうと矢筒に手をかけようとした瞬間、盾の部隊の横を猛スピードで通り過ぎる影を視認するシノン。
「!?」
「あぶねぇ!」
それに気付いたレンが野太刀を振り上げ、その影が振り上げた細剣を受け止める。
「チッ」
舌打ちをし、一度下がったかと思うと、再度突進を開始するその影。
「この!」
今度はレンに標的を変更したらしく、攻撃を開始するその影。よくみると、先ほど後ろにいたレプラコーンだった。
その体ではありえない動きをするそのレプラコーンは片手剣を手慣れた動きで斬りかかる。
「ぐ、この!」
その動きは、西洋剣術の様な動きだ。
その動きを見て、シノンはある人物を連想させる。
「まさか・・・ッ!?」
いきなりキリトのいる方向で轟音が響く。
「お兄ちゃん!」
見ると、キリトの方では炎が舞い上がっていた。
その中に黒い影が一つ。
そのHPは著しく減少していた。だが、まだ死んではいない。
リーファが回復系の魔法を発動し、キリトのHPを回復させるが足りない。
「く・・・」
そこでシノンも覚えたばかりの回復系の魔法を発動させようとしたが、そこへ別の魔法がシノンの元に降り注ぐ。
「うわあああああ!?」
それは氷の槍の雨。全弾が直撃しなかったものの、HPが急激に下がる。
シノンはその魔法を放った相手の方を見る。魔女姿のウンディーネだ。その顔に写っている笑みを見て、確信する。
シノンはポーチからポーションを抜き取るとそれを勢いよく飲み干す。
「シノン!」
キリトの叫び声が響く。その理由は、後ろにいた巨漢のハンマー男がシノンに向かって突っ込んできたからだ。
レンは未だに
だがシノンはそれを予期していたかの様にポーションの瓶を加えたまま高く跳躍。ケットシーの身体能力を使って、そのハンマー男の攻撃をかわす。
そしてそのまま距離を取る。そして腰から、二の腕程はあるだろう黒光りのダガーを抜き放つ。
「二日ぶりね、いえ、ここじゃ初めましてというべきかしら?布良さん」
そこで巨漢の男はハンマーを右肩に乗せると、フッと笑う。
「ここではヘラクレスと呼んでくれ。リアルの話しはここではマナー違反だぞ」
「そうね。それにしては、結構凝った名前なのね、ヘラクレス」
「奴がしつこくてな」
「おい!いつまでもそいつと話し合ってんじゃねぇぞ!」
そこで怒号が聞こえた。レプラコーンの男だ。
「八乙女・・・」
「奴はここではバッハと名乗っている。そう読んでやってくれ」
「バッハってあの作家よね・・・って!?」
いきなり頭上から氷の槍が降ってくる。
それをなんとか避けるシノン。
「ちょっと心愛・・・今話の途中なんだけど・・・」
「うるさいいいからさっさと死になさい目障りお前を蒼穹くんの元にはいかせない絶対」
呪詛の様にそういう心愛と呼ばれた少女。
「つまり、今度の刺客はあんたたちって事ね・・・」
「ああ。そういう事だ。悪いが、お前たちの旅はここで終わりだ」
「お生憎様、そうはいかないって物よ」
シノンが重心を深く屈める。
ヘラクレスも持っているハンマーを両手で持つ。
「うおおおおお!!」
一方でキリトも盾相手に何度も剣をぶつけている。
シノンが動く。
地面を疾駆し、ヘラクレスの懐に入る。
そこでダガーを突き立てようとした瞬間、腹に衝撃がくる。
「うあ!?」
そのまま大きく吹っ飛んでいく。
(なにが!?)
すぐに理由を探す。
そこにはヘラクレスが拳を振り上げているのが、空中へ飛ばされている時に見えた。
着地する。
「武器に気を取られ過ぎたな」
「そうだったわね・・・あんた、空手二段だったっけ」
「五段だ。今は」
「それはすごいわねッ!」
シノンがもう一度走り出す。
そして、今度は跳躍。上から攻撃する気なのか。
「無駄だ!」
ヘラクレスがハンマーを思いっきり振り上げる。
シノンはその攻撃を足で受ける。そして、大きく飛びあがる。
(足でショックを吸収しただと!?)
かなりの大振りだったのか、完全な隙が出来るヘラクレス。
そこをシノンが見逃すはずが無い。シノンが空中でいきなり加速する。よく見ると風魔法のエフェクトが一瞬だが見えた。どうやら、風魔法でブーストしたのだ。
「はああああぁぁああああ!!」
そして左に持ったダガーを振り下ろす。
「ぐぅぅおおおお!!」
「!?」
ヘラクレスが大きく下がる。
そのお陰で直撃を免れるヘラクレス。
「くそ!」
「おおおおお!!」
ヘラクレスが攻撃に転じる。
シノンは大きく後ろに下がりながらかわす。だが・・・
「あぐ!?」
後ろに衝撃が響く。
炎魔法が直撃はしなかったまでも、その余波で体を崩すシノン。そこへヘラクレスの頭上に掲げられたハンマー攻撃が振り下ろされる。
「うわああああ!?」
それをなんとかバックステップでまたしても直撃は避けられたが、やはり余波で吹っ飛ぶ。
リーファの隣でなんとか止まったが、ダメージは少なくない。
「む、無理だよお兄ちゃん・・・」
そこへリーファの声が響く。
「ここで死んでも、またスイルベーンでやり直せるでしょ?だったら・・・」
「ダメだッ!」
キリトの叫び声が響く。
「俺が生きている間は、誰も死なせない。死なせやしないッッ!!」
それを聞いたシノンは、心の中で燃える物を感じた。
「そうね・・・」
「シノンさん?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
キリトが獣が如し絶叫が響き、それにビビった盾部隊の盾の隙間に剣を差し込み、無理矢理こじ開けようとする。
キリトのいきなりの豹変ぶり、それに押されたのか、レンも野太刀を前方に掲げる。
「隙だらけだぜッ!」
そこをバッハが攻撃しようと、見た目に反した動きで攻撃しようとする。
「俺は一刀の刀。どんな敵も斬り伏せ、どんな物でも断ち斬る。そこに斬る以外の概念など無し・・・」
謎の暗唱。だが、それをしたレンが謎の雰囲気を漂わせ始める。
「死ね!」
そして、その細剣が突き立てられようとした時・・・
ギャリィィィンッ!!!
いきなりその細剣が弾かれた。
「な・・・!?」
レンに表情は無い。そこに感じられる感情は、ただ『斬る』だけという、事だけだった。
「斬」
レンの野太刀が霞む。そこをバッハは自身の感だけで防いだ。
その重さは尋常では無かった。
「ぐうぅおおおおおお!?」
大きく弾かれる。
「斬、斬、斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬・・・・・」
「うぅおおおおおおおおおぉぉおおおぉぉおおお!!!!」
ありえない程のスピードで出されるレンの連撃にどうにかついていくバッハ。
バッハこと八乙女 久太はその太った体でヨーロッパ地方でフェンシングをやり、その腕はすでに世界レベルの実力にまで達している。
だがこのレンという男はそれを超越していた。
『斬』という概念だけを宿すだけで、ここまで神業にも等しい剣技を出すこの男相手にすでに防戦一方になっている。
「あ、ありえない・・・ッ!」
自身の剣が朝田の仲間如きに負けるという事は、彼にとってはありえない事なのだ。所詮は『人殺し』の仲間だと思っていたが、これは、完全に予想に反する事だった。
一方、キリトとリーファの方では・・・・
「リーファさん!次の攻撃をどうにかして防いでください!」
「え!?それってどういう・・・」
「いいからお願い!」
シノンが怒号を
キリトの方では盾の陣形を崩せそうな程に入っているのだが、敵のメイジがすでに詠唱を開始していた。
もうどうにでもなれ!とリーファは内心思いながら、自身が使える最大級の防御魔法の詠唱を始める。
いまでも噛みそうな程のスピードでスペルを言い続けるリーファ。
そして、サラマンダーたちが詠唱を終える一歩手前で自身の魔法の詠唱を終えた。
その瞬間、キリトの周りにバリアが展開される。
その次の瞬間、メイジたちの炎魔法がそのバリアに殺到。攻撃が当たる度にリーファのMPはぐんぐん減る。
魔力回復ポーションでも間に合わない。
「パパ!今です!」
ユイが叫ぶ。それに応える様にキリトが剣を掲げ、詠唱を始める。
「させるかっての!」
そこで、心愛―――プレイヤーネーム《ギネヴィア》は水魔法の攻撃魔法の詠唱を始める。
「まずい!」
あれを喰らえば、確実にバリアは壊れ、キリトが死ぬ。
「お兄ちゃん!」
リーファの悲鳴染みた絶叫が響く。
キリトのぎこちない詠唱なんかよりも速く、ギネヴィアが詠唱を終え、頭上に大きな氷が出現する。
「だめ!」
そんなリーファの叫び虚しく氷のミサイルはキリトに突っ込んで行く。
「ダメぇぇぇぇぇえぇえええッッ!!」
だが、そのミサイルは届く事は無かった。
そこへ炎の槍が直撃する。その発射源は天井。否、その途中だった。
そこには弓を構えた水色の髪の山猫が如し弓兵がいた。
「朝田ァ・・・!!」
先ほどの魔法は、シノンがオーク戦で使っていた炎を纏わせた矢での攻撃だ。
その名も・・・
システム外スキル『
そして、キリトの詠唱が終わり、キリトの体から霧が放出される。
だが、キリトが詠唱したのは自身の姿をモンスターに変貌させるものだが、それはあくまで最弱モンスターに変身してプレイヤーの眼を欺く為の物だ。
とてもじゃないが戦闘にはむいてな・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
目の前にいたのはキリトではない。モンスターである。そこまでなら良い。だが・・・・
「お兄ちゃん?」
それがまさかボスモンスター級じゃなければの話しだ。
その恐ろしさに怖気づく盾部隊。
「ば、バカ!陣形をくずすな・・・」
リーダーと思われるサラマンダーの男が言い終える前に悪魔が動いた。
ただ右腕を薙いだだけ。それだけだ。
だがその腕の餌食になった盾部隊の一人が体を貫かれ、赤いエンドフレイムとなって消滅する。
「ひ、ひぃぃ!!」
それで一層恐怖が増したのか、逃げ惑う残りの盾二人。
それを逃がさんとばかりに一人を掴み、口にくわえ、ついでにもう一人も持ち上げる。
そのサラマンダーを地面に叩き着け、くわえた方は噛み砕き、消える。
「な・・・」
そこからは一方的な蹂躙だった。
キリトがなった悪魔はメイジ部隊に突っ込むと、手で貫いて、口で嚙み砕き、足で蹴とばす。
メイジ隊の方は、魔法で反撃しようとしたが、恐怖の余り、詠唱スピードが格段に遅く、言い終える前にやられるか、詠唱が失敗し、中には無謀な事に杖で肉弾戦を率いては結局はやられる。
「チッ、役立たず共が」
その中でギネヴィアは舌打ちをし、落ち着いた表情で詠唱を開始する。
「あ、お兄ちゃん!」
それに気付くリーファ。
その声を聞いた悪魔がギネヴィアの存在を確認すると、残り二人のサラマンダーそっちのけ・・・いや、今片方が湖に飛び込み、その中にいるモンスターに滅多打ちにされたので死亡。残り一人だ。
そして悪魔はギネヴィアに猛烈な突進を繰り出し、接近する。
「死になさい」
だが、一歩間に合わず、無数の氷の槍が悪魔の体中に突き刺さる。
「お兄ちゃん!!」
リーファが悲鳴を上げる。
「アハハハ!さて、次は・・・」
ギネヴィアはヘラクレスを相手に互角に戦っているシノンに目を付ける。
「死ね、朝田ァ!」
詠唱を開始。一方でリーファは魔力がすっからかんなので支援が出来ない。
「シノンさん!」
「!?」
それにシノンが気付く。
「ふん!」
「くッ!」
だがヘラクレスに手一杯でそちらに気を反らせない。
そしてギネヴィアは狂酔した笑みを浮かべながら、一撃必殺ともいえるウンディーネ最上級魔法のスペルをどんどん読み上げていく。
そして、その詠唱が終わりかけたその瞬間。
「・・・・おおおおおおおッ!!」
「ッ!?」
悪魔の体で全身を氷の槍で貫かれた筈のキリトが、元の姿になって突っ込んできた。
そのまま片手で持っていた黒鉄の大剣を、左上段で構え、そのまま勢いを上げ突っ込む。
片手剣突進技《ソニックリープ》
システムアシストは無かろうと、キリトの体は覚えている。だからトレース出来る。
その突進技をすれ違い様に喰らうギネヴィア。
だが相当防御力が高い装備を付けているのか、ギリギリ余ってしまう。
そしてギネヴィアは詠唱を完了させる。
狙うはシノン・・・・ではなくキリトだ。
標的をキリトに変え、頭上に巨大な氷の隕石が出現する。
「うお!?」
それに驚くキリト。
「死ねぇ!」
杖を勢いよく振り下ろし、それに連動するかの様に隕石が落ちてくる。
その数分前・・・
「斬」
一方でレンは未だに無心状態に入っており、バッハを思いっきり圧倒していた。
「くそ!なんなんだよお前!」
「斬」
未だに『斬』としか言っておらず、まるで殺人マシーンにでも取りつかれたかのようにバッハに斬りかかるレン。
そこでバッハは一か八か攻勢に出る!
腰の後ろにあるバッグからある物を取り出すバッハ。
それをレンに向かって投げつける。
「斬・・・!?」
いきなりレンの視界が潰される。
これは、対象の視界を一時的に遮断する極めて悪質なマジックアイテムで、遮断されるのは一人という欠点を除いて、強力なアイテムである。
(死ね!)
ただし遮断されるのは視界だけなので、聴覚と嗅覚は使える。
だから相手が混乱している間に一撃で仕留めにかかる。
その体ではありえないスピードで繰り出される神速の突き。
貰った。そう思った。
ギャリィィィンッッ!!
「なッ・・・!?」
弾かれた。それも正確に、寸分の狂いもなく。
まさか失敗?ありえない。これはバッハ自身が作り、バッハ自身で試した物。失敗などありえない。なら何故反応された?何故、何故、何故?
レンは目を閉じている。自分から視界を塞ぎに来ている。なのになぜ見破られたのか?
レンこと恋次は、実は剣道で一度だけ、今までに二度、この『
一時的に意識を
彼は、自身に『斬』という一字に任せ、試合をした事があったのだが、結果は悲惨な物だった。
対戦相手は、彼のたった一発の面で脳震盪を起こし、更に追撃と言わんばかりに体中の関節を砕かれ、気付いた頃にはその相手は二度と剣道が出来ない体になってしまったのだ。
それ以来、封印していたこの能力だが、ある日、中学の時、まだ直葉と仲が良かった頃の話しだ。
彼は、直葉とその友達一人が不良七人に捕まっているのを見て、それを止めようとしたが、喧嘩に発展してしまい、人数の差もあってか危うく負けそうになった所、直葉が庇ったのだ。だが不良が直葉の顔を殴った瞬間、恋次の中で何かが切れ、神憑を発動させてしまい、不良全員を叩きのめした。
その時、彼は直葉にこの力の事がバレてしまったのだが、直葉は、その力の事を言わないと言ってくれたので、その力の事が露見する事は無かった。
実質、この力がバレているのは、直葉のみとなる。一緒にいた友達は、まだそれを発動させる前に直葉が逃がしていたのでバレてはいない。
そして、この世界で人が死ぬ事が無いなら、使ってもいいかも知れないと彼は思ってしまい、時々だが、その神憑の力を使う事にしている。
そして、その間は、感覚が研ぎ澄まされ、あらゆる攻撃から対応出来る様になり、今、バッハの不意打ちに対応して見せたのだ。
そして、大きく自身の剣が弾かれた事で、状態をのけぞらせ、隙だらけのバッハの動体に、レンは横一文字に一閃した。
「斬」
「くそぉぉぉぉぉ!!」
断末魔を上げ、エンドフレイムと化すバッハ。
「お兄ちゃん!」
そこへリーファの叫び声が轟き、まだ神憑状態のレンの耳にも届く。
見るといまにも巨大な氷の隕石に押しつぶされそうなキリトの姿が見えた。
「
謎の変換した言葉を発し、猛スピードでそこへ向かう。
野太刀を鞘に納め、隕石に向かって突っ込む。
「斬ッッッッ!!!!」
今度はかなりの力が籠った声を発し、そして、ライコウを超す程の居合を隕石にぶつける。
氷鉋流剣術居合《斬月》
三日月を描く刃が、デコピンの原理で抜き放たれる刃が、鞘から離れた瞬間、爆発的なソニックブームを起こし、仮想の空気を打ち抜き、氷の隕石を真っ二つに斬る。
「な」
「は」
「え」
「嘘」
「お」
「あ」
「ん」
その場にいる全員が同時にそんな風に呟いた。
氷の隕石は爆散し、消滅する。
そして、レンはギネヴィアを視界に入れると、飛び上がった状態で野太刀を叩き落す。
「斬」
氷鉋流剣術《落斬》
彼のオリジナル剣術の一つの上段切りが炸裂し、ギネヴィアの体を頭から真っ直ぐに斬る。
「・・・・嘘」
そして水色のエンドフレイムとなって消滅する。
そして残るはヘラクレスのみ。そして同時に我に返ったヘラクレスとシノンは同時に互いを向き合い、駆け出す。
「おおおおおお!!」
ヘラクレスのハンマーが左から水平に放たれる。
シノンはそれを右手に逆手で持ったダガーを、
「な!?」
その威力を円を描くように殺さず回転し、そして、ヘラクレスの喉元をすれ違い様に斬る。
「・・・・見事」
ヘラクレスは最後にそう言い、消滅した。
「せ、成功した・・・・」
この技は、SAOでソラ相手に試してみたが、全然決まらず、ついには使わず仕舞いになってしまったのだが、今、その技が土壇場で成功した。
ドッと疲れが押し寄せ、その場にへたり込むシノン。
だが・・・
「誰の命令か言いなさい!」
「こ、殺したければ殺しやがれ・・・」
リーファの声が響きそちらに向くと、リーファが持っている刀を生き残ったサラマンダーに向けていた。
「ああ、そういう事・・・・」
もう立つ気力が無いので、その流れは・・・・
「いや~戦った戦った」
キリトに任せる事にした。
サラマンダーを、先ほどの戦いで手に入れたアイテムで買収すると、知っている事を全部話してくれた。
ジータクスという先ほどのメイジ隊のリーダーから召集を受け、聞いた所によると、シルフ狩りの名人であるカゲムネという、先日リーファたちを襲っていたランス隊のリーダーがキリトとシノンにぼこされ、一人逃げ帰ってきたという事で、何か『作戦』の邪魔になるとかなんとかで、妨害したらしい。
あの三人組も、四人を狙っていたという事で、利害の一致で一時協力関係になったらしい。
あらかた話してくれたので、手に入れたアイテムを全て渡すと、そのサラマンダーはアゲアゲな気分で帰っていた。
「・・・・あの、お兄ちゃん」
「なんだ?リーファ」
「さっきの悪魔って、お兄ちゃんなんだよね?」
「んー、多分な」
頬をポリポリとかくキリト。
「多分って・・・どういう事だよ・・・」
それを訝しむ目でキリトを見るレン。
「それをいうならあんたもよ。何あれ、斬斬って言いまくってたけど」
「それはまた後程・・・」
「あ、誤魔化した」
と、橋を渡りながらそんな話をする四人。
「ぼりぼり齧ってましたよ~」
「ねえ、サラマンダーってどういう味したの?」
と、リーファが質問した所。
「焦げかけの焼肉の味が・・・」
「わー!今の無し!無しにして!」
不意にキリトがリーファの手首をつかむ。
「がおう!」
「ギャアァァァァアァァアアアアアア!!!!???」
瞬間、大きな悲鳴と共、バチコーンという音が響いた。
次回
レコンからのメッセージを見て、リアルに戻った直葉ことリーファ。
そこでレコンこと長田の電話に気付き、サラマンダーの目的を知る事になる。
そして、その事をキリトたちに話し、先に言ってくれと言うと・・・
「悪いが妹一人にそんな事させられねぇよ」
そして、サラマンダーの目的が決行される場所に急ぐ四人!
「双方、剣を引け」
「詩乃、私は貴方が憎い。だけど、嫌いじゃない」
「終わりにしよう。これが最初で最後の、本気の勝負よ」
次回『Sの意味』
お楽しみに!