ソードアート・オンライン 狂戦士の求める物   作:幻在

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弓兵の実力 黒の剣士の剣技

午後一時半。

桐ヶ谷直葉の学校は三年から自由登校になっていて、直葉は剣道部の部室にいた。

気楽な身分であるが故、同級生に会うと、必ず皮肉の一つを言われるので、あまり学校には来たくはないのだ。

なんだが、剣道部の顧問がこれまた熱心で、愛弟子の様子を気にせずにはいられない性格なので一日おきに道場には顔を出して指導を受けるように厳命されているのだ。

「はあ・・・」

ALOで、滅茶苦茶なチャンバラをしていて、逆に剣道の腕が落ちているんじゃないかと思ったがそうでもなく、むしろ全国上位の三十代の男性から連続二本を取ってひそかに快栽を叫ぶほど強くなっているのだ。

なんでも最近、相手の打突が見えるようになったらしい。

数日前にやった和人との試合。あれには驚いた。

直葉の本気の攻撃をことごとくかわすついでにかなり鋭い攻を繰り出す様はまるで違う時間流にいるか如くだった。

まさか仮想世界での経験が現実にでも反映されるのか・・・?

そう物思いふけりながら自転車置き場に向かう。

「リーファちゃん・・・」

「うわ!?」

いきなり横から声を掛けられる。そこにはひょろりと痩せた眼鏡の男子生徒だった。

「その名前は学校で呼ばないでって言ってるでしょ!」

「ご、ごめん・・」

「で?何の用?長田くん?」

「桐ヶ谷さんに話があるんだ」

「話って何?」

そこで長田は一旦話を切ると、本題に入った。

「シグルドたちが、今日の午後からまた狩りに行こうって。今度は海底洞窟にしようってさ、あそこはサラマンダーがあんまいないし」

「狩りの話しはメールで良いって言ったじゃない・・・・それと、今日私狩りにはいかないから」

「ええ!?なんで!?」

「ちょっと道案内するだけよ」

「まさか・・・昨日のスプリガン・・・」

直葉がキッと睨む。

「・・・もとい、君のお兄さんとあのケットシーの女の人を?」

「ええ、そうよ。アルンまでね」

「前に僕と行こうって言った時は断ったくせに・・」

「あんたと一緒じゃ、何回全滅するか分かったもんじゃないからね」

「う・・・あ」

そこで長田の視線が直葉の後ろに向き、直葉もそれにつられて後ろを見る。

すると、直葉はその表情を厳しくする。

そこには、赤がかった黒髪と、直葉よりも少し高い身長で、制服越しじゃわからないが、かなり鍛えられた体格をしている男子がいた。

恋次(れんじ)・・・」

「直葉・・・・」

しばらく見つめあっていた直葉と恋次だが、直葉は自転車に乗りはじめた。

「あ、すぐ・・・」

「それじゃあ」

直葉は彼の静止を聞かず、自転車を走らせる。

「・・・・」

それを見て、落ち込む様に俯く。

「・・・いつまで続けてるつもりなのさ」

そので長田が口を開く。

「・・・・分からない」

「君があんな事しなくちゃ、こんな事にはならかったんだよ。直葉ちゃんだって・・・失望する事は無かった。ちゃんと、事情を話していれば・・・・」

「そうだな・・・でも、もう話しを聞いてくれそうにも無いよ」

恋次は、まるで自虐するように、そう呟く。

「俺は行くよ」

「うん・・・・でも、必ず仲直りしてよ」

「ああ」

恋次は自分の自転車にまたがり走り出す。

 

 

 

 

二時少し前に桐ヶ谷家についた直葉。

そこに和人の自転車は無い。どうやら、まだジムにいっているらしい。

なんでも、向こうでの自分とあまりにも差があるのでそれを縮めようと日々頑張っているらしい。

だが、直葉の心は締め付けられていた。

その理由は、彼、氷鉋(ひがの) 恋次(れんじ)のせいだ。

「なんで来るのよ・・・・」

恋次との出会いは、中学に入学して、剣道部に入部した時の事だ。

彼は、直葉よりも、顧問でさえも倒してしまう程に強く、デビュー戦でいきなり優勝するほどだった。

さらに、それを快く思わない部長や先輩がたが、顧問が見てない所で恋次を痛めつけようとしたのだが、逆に返り討ちにしてしまうほど強かったのだ。

直葉はそんな彼を尊敬していた。

だが、そんな時、あのSAO事件が起きた。

兄の和人がその事件に囚われ、半ば錯乱していた直葉に追い打ちをかけるような事が起きた。

恋次がその一週間後に剣道をやめた。

『なんで、なんでなの?恋次!』

そんな彼に直葉は問い詰めた。だが、恋次は彼女を突き飛ばした。

『何も聞かないでくれ。一人にしてくれ』

その眼には、拒絶の色が見えた。だが錯乱していた直葉は、そんな彼の事を考えず、こう言ってしまった。

『もういいよ。もう剣道なんて二度とやるな!』

それからというもの、直葉は剣道に打ち込んだ。

運動をしていれば彼の事を忘れられる。もう考えなくてすむ。だから竹刀を振り続けた。

だが、学校で彼に会う度に、直葉の心は締め付けられ、息が苦しくなるような感覚に見舞われた。

「ッ・・・」

そんな過去を振り払うかのように頭を振る直葉。

そして、手に取ったアミュスフィアを頭に被り、ベッドに寝転がる。

「リンク・スタート」

そして、仮想の世界に向かった。

 

 

 

 

氷鉋 恋次には兄がいた。

だが、今じゃその兄はいなかった。

それは何故か?死んだからだ。あの事件が起きたから。

彼の兄、恋一(れんいち)は、運動は出来ないが頭が良い。だからネットゲーマーの中ではトップの実力をもっていた。

一方で恋次は運動は出来るが、勉強ができない、まさに正反対の兄弟だった。

恋次は剣道に打ち込み、恋一はゲームに没頭する。そんな日常があたりまえだった。

だが、それでも仲は良かった。

恋一はそこまでゲーム廃人ではなく、恋次の勉強には付き合ったり、一緒に遊んだりしていたので、恋次も兄の事が好きだった。

だけど、そんな彼らの関係を断ち切った出来事が起きた。

SAO事件だ。

その半ば一週間で彼の兄は死んだ。

向こうで何が起きたのか、何故兄が死ななければならなかったのか、そんな疑問が彼の脳内で蠢いた。

さらに剣道にも打ち込めず、無気力からやめてしまう羽目になった。

その時、彼に詰め寄ってきたのは直葉だった。

彼は説明する気にはなれず、更に、自分の事を何も知らない癖にという怒りが込み上げ、彼女を突き飛ばしてしまった。

気付いた時にはもう遅かった。

『もう二度と剣道をやるな!』

その言葉が彼の心に深く突き刺さった。

彼女のあの顔を見て、謝ろうと思ったが、彼女は話を聞いてくれず、逃げる様に彼から逃げ始めた。

では、何故そんな事になったのに、彼から兄を奪ったVRMMOを始めたのか。

ただ単に、彼の愛したゲームという物を知りたくなっただけなのである。

半年後に発売されたアミュスフィアとアルヴヘイム・オンラインを買い、それを始めてみると、一瞬でたったワンプレイでそのゲームの虜になってしまった。

空を飛ぶ爽快感。クエストをクリアする達成感。それらが彼を魅了した。

親には、説明してみると、諦めたかのように。

『ごはんはちゃんと食べるのよ』

と、許可をくれた。

だが、そんなある日、彼は一人のシルフを仲間から助けたのだ。

それが原因で、彼は自分の領地であるサラマンダー領を追い出される事になったのだが、そのシルフの少女が、とても直葉に似ていたから、助けたのかもしれない。

「また、あいつに会えるかな・・・」

今は、シルフ領の領主に許可を貰って住ませてもらっている。

そして、毎回あいつに会える。

そんな感情を胸に抱きながら、彼はアミュスフィアを被った。

「リンク・スタート」

恋次こと、レンは、仮想の世界に向かった。

 

 

 

 

キリトがログインする。

その三十分後にシノンがログインした。

「あれ?キリト買い物したの?」

「ああ」

キリトの手には、竜殺しの剣なみに大きな黒い大剣が握られていた。

名前は《ブラックアイアングレートソード》というらしい。

「そうなんだ。あんたもその装備じゃきついだろ?」

「わかったわ。えっと・・・このユルドって奴が単位なのよね?」

「そうですけど・・・まさかないとか?」

「いや、あるにはあるわよ、結構」

そうシノンがウィンドウを開き、所持金を確認した。

「じゃああそこの武具店でなんか買ってこいよ」

「分かったわ」

そうしてシノンは武具店に入り、動きやすい皮装備一式に、矢を計五百本を買い、更にはかなり強い弓を買った。

「お、終わらせてきて・・・って弓でか!?」

「あ~、お前あっちじゃそんくらいでかい弓使ってたな・・・」

「そうなんだ・・・」

若干顔が引きつっているレンとリーファ。

「それじゃあいきましょうか」

「そうだな」

「あ、それならこっち」

リーファに着いていき、向かった先はこのスイルベーンの塔だった。

「なんで塔なんだ?」

「長距離を飛ぶ時は、この塔のてっぺんから行くのよ。高度を稼げるからね」

「ああ、なるほど」

納得するキリトとシノン。

そこでレンはある事に気付いた。

領主館に旗が無いのだ。

それはおそらく、ここに領主がいないことを指す。

――まあ、サクヤさんには後で連絡すればいいか。

そう思い、レンはリーファの方に向かおうとしていたのだが・・・

「リーファ」

レンでもなければ、キリトやシノンでもない。

それはレンがよく知っている声だった。

「シグルド・・・」

シルフにしては背丈が高すぎる男だ。

名前はシグルド。このシルフで超アクティブプレイヤーという事で有名な男で、シルフ領の領主、サクヤの側近としても、政治的にも有力なプレイヤーなのでもある。

「パーティを抜ける気なのか?」

「うん、まあね。貯金もだいぶできたし、しばらくのんびりしようと思って」

「勝手だな。残りのメンバーが迷惑すると思わないのか?」

「ちょ、勝手って・・・」

「おい待てよ」

そこでレンが割り込む。

「リーファはあんたたちのパーティに入る代りに、参加するのは都合のいい時だけで、抜けるのはいつでもいいって言ってたじゃないか!」

「黙れレネゲイド。お前はリーファに免じて入れているだけで、お前には口出しする権利などないんだ。それに、リーファは俺のパーティの一員として名が通っている。そのお前が理由も無しに抜け、他のパーティに入ったりなどしたら、こちらの顔に泥がつくだろう」

「な・・・お前・・!」

「だから黙ってろといっただろう、()()()()()

シグルド程度の圧力は、元全国二位のレンには簡単に退けられるだろうが、《レネゲイド》という単語によってどうしても逆らえない。

「ユイ」

「なんでしょうパパ」

「《レネゲイド》ってなんだ?」

キリトがユイに聞く。

「レネゲイドっていうのは、自身の領主を捨てた、あるいは追放されたプレイヤーの事を指します。そのプレイヤーは自身の領地に近付けなくなり、また同族の方から攻撃を受けるようになります。レンさんの場合は、追放されたというのが理由かと」

「そうか・・・」

そこでリーファが声をあげる。

「レネゲイドレネゲイドって・・・シグルドにレンの何がわかるって言うの!」

「知らないし、知りたくもない。さあリーファ、こっち戻ってくるんだ」

「この・・・ッ!」

身勝手すぎるシグルドの行動に、更に抗議しようとしたリーファ。だがその声は次に聞こえた声によって遮られる。

「仲間はアイテムじゃないぜ」

「え?」

その言葉を発したのはキリトだ。

「なんだと・・・!」

「あんたの大事な武器や防具と同じ様に、アイテム欄にロックしとく事は出来ないっていったのさ」

「きッ、貴様・・・!」

シグルドが自分の武器(えもの)に手をかける。

「おっと~、ここでこのスプリガンを攻撃しようとするなら、まずは私を殺してからにしなさい。最も、今のシルフとケットシーの関係を崩した張本人になりたいなら話は別だけどね」

その間にシノンが割り込む。

現在、シルフとケットシーの中はとても友好的であり、ここでシノンを殺せば、シルフとケットシーの関係は崩れ、最悪戦争に発展するかもしれないのだ。

「ぐ・・・」

「わかったらここは退きなさい。私たちは、貴方に気を取られてる暇は無いの」

「この・・・ッ!」

シグルドは剣を抜けない。

当然だ。領主の側近である彼が、友好な種族を無抵抗に殺せば、その地位が一気に落とされる。

「もういいでしょシグルド」

「!? リーファ・・・!」

「このスプリガンは私のお兄ちゃんなの。だから、兄妹でパーティを組んでもなにも可笑しくないでしょ?」

「何!?」

シグルドは視線をリーファからキリトに変え、その顔をまじまじと見る。

そして、またリーファに向き直ると。

「今俺を裏切れば、いずれ後悔するぞ」

「とどまって後悔するよりは幾分かマシよ」

「土下座の練習でもしておくんだな・・・」

怒りに燃えた眼差しをキリトとシノンとレンに向け、立ち去っていくシグルド。

そして、四人は、塔の上に上った。

「うおー、すっげぇ・・・」

「すごい・・・」

「でしょ。この空みてると、ちっちゃく見えるよね、全ての事が」

「そうだな・・・」

リーファの呟きに反応したのはレンだった。

「そういえばよかったのか?アレ」

「いいのよ。良いキッカケになったし。それに、穏便にいけるとは思ってなかったから」

「そうか・・・」

と、空が明るくなっている方に視線を向けるキリト。

そこで後ろから声をかけられる。

「リーファちゃん!」

「レコン」

「レコンじゃねぇか。どうした」

「レンもいたんだ・・・とにかく、パーティを抜けるって本当なのリーファちゃん?」

「ええ。あんたはどうするの?」

「もちろん僕も行く・・・と言いたい所だけど、少し気になる事があってね。それを調べてからにするよ」

そこで話を切るレコン。

そしてキリトに詰め寄る。

「キリトさん。リーファちゃんはトラブルに突っ込んでいく癖があるので、そこは兄としてしっかりと見てくださいよ。それと、リーファちゃんを僕にギャア!?」

レコンが何かを言いかけた途端、いきなり叫び声をあげる。

リーファがレコンの足を踏んだからだ。

「よ、余計な事は言わなくていいの!ほら!みんな行くよ!」

「お、おう・・・」

「あ、僕もなんとか追いつくからねー!それと、レン!リーファちゃんに変な事しないでよー!」

「しねぇよ!!するか!」

最後に釘を刺され、飛び立つ四人。

「やっぱ良いわね、飛行は!」

「ああ、なんていうか、ずっとこのまま飛んでいたいよ」

「私も最初はそう思ったわ、時間制限が無ければよかったのにね」

「それは俺も思った。というか、誰もがそう思うだろうよ」

前を飛ぶリーファが後ろにいるキリトとシノンに顔を向ける。

「さあ、一回の飛行であの湖を超えるよ!」

そうして、彼らの旅は始まった。

 

 

 

 

「・・・来たわね」

「ああ、あの人のいう通りだ」

「たしか、あの水色のケットシーだったわよね」

「あいつ、SAOに行ってたみたいだけど、どうせ後ろでびくびくしてたんだろ?」

「違いない。それじゃあ、打ち合わせ通りにね」

「分かった」

 

 

 

 

一回目のフライトは、時間切れになったので、途中の浮島で休み、現在二回目のフライトをやっていたキリト、シノン、リーファ、レンの四人。

「うおおお!!」

「やあああ!!」

キリトが剣を豪快に振り、シノンが短剣を踊るように振るう。

どちらも引く事はせず、キリトはダメージを追ってもお構いなしに、シノンは空中でステップを踏むようにかわし、またしても攻撃する。

「・・・」

「すごいな・・・」

そして戦闘が終わる。

「ちょっと危険すぎない?普通はヒット&アウェイあのに、お兄ちゃんやシノンさんはヒット&ヒットしかやってないじゃない」

「いいんだよ。だが俺はともかくシノンが前に出るなんて予想外だったけどな」

「私はもともと短剣使いよ。弓を射るだけが能じゃないの」

「だよな」

そうして、また進みだす四人。

ここまでは、戦闘しては回復して進むだけの事だったが、ふとシノンは、地面の方から何かが近づいてくるのが見えた。

「ん・・・?」

ぐっと目を凝らしてみる。

なんだろう・・・?

そこでユイが声をあげる。

「プレイヤーがまっすぐこちらに向かってきます!物凄い勢いです!」

『!?』

その声と同時に視線の先にある紫色の何かを視認すると、猛烈に嫌な予感に襲われ、すぐさま腰の短剣を引き抜く。

「・・・・ぅぅぅぅぉぉおおおらあぁぁぁぁぁああ!!」

「うわああああぁぁぁあああ!?」

咄嗟に短剣で突進してきた何かの攻撃を防ぐ。

「シノン!」

「あれは・・・闇妖精(インプ)!?なんで!?」

今だに押し込まれているシノン。

「こ・・・のぉ!!」

「な!?」

SAOのステータスを引き継いでいるのか、その何かの突進を無理矢理弾き飛ばす。

「ッ・・・誰!」

シノンはその何か、紫色の女性プレイヤーに叫ぶ。

武器は打撃武器のメイス。それは右手に装備しており、右手には(バックラー)

防具は動きやすくするためか、軽金属装備だ。

「チッ」

舌打ちが聞こえた。

「あー、なんで防いじゃうのかなぁお前はぁ」

「どういう意味よ・・・」

するとその女性はまたしても、その手に持ったメイスで殴りかかってくる。

「ぐ・・」

「なめた口聞いてんじゃねぇぞ()()ァ・・!!」

「!?」

――こいつなんで私の名前を・・!?いや、この喋り方は・・・

「お前・・・夕子!?」

「人の名前を気安く呼ぶんじゃねぇよ!」

メイスによる連撃。それを全てかわすシノン。

「避けるなぁ!」

「無理な相談よ!」

夕子、もとい、プレイヤーネーム《エリザ》はメイスをシノンに向かって振り上げる。

それをシノンは迎え撃つように突っ込む。

エリザは、シノンはそこまで戦闘に慣れていないと思い込んでおり、狂気に満ちた笑みでシノンに殴りかかる。

だが、いざ接触しようとした瞬間、シノンの体が()()()

「な!?」

本来、空中では細かい動きは出来ず、急な方向転換は出来ない。

だが、まさかリーファやレンよりも、この随意飛行の事を理解していたシノンが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を編み出したなんて事は誰が予想できただろうか?

シノンは、一瞬でエリザの頭上から後ろに回り込み、逆さまの状態で、エリザの背中を斬る。

「ぐあ!?ッこの!」

エリザが後ろに向かってメイスを振る。

だが、シノンの姿がまるで残像の様に消える。

「なぁ!?」

「遅い!」

またしても後ろを取られる。

(な、なんだこいつ!?)

シノンの事だから余裕と思っていたが、まさかここまで強いとは思ってもみなかった。

(このまま・・・!)

勝負を決めに行こうとしていたシノンが、突然謎の違和感を覚えた。

()()()()

そこでリーファの言葉が蘇る。

『時間が迫ると、だんだんとスピードが落ちて、やがて自由に飛べなくなるから注意して下さいね』

 

――制限時間ッッ!!

 

「まずい!」

シノンは一気に後退し、地面に向かって急降下する。

その行動で、エリザはにやける。

「おいおいどうした朝田ァ!」

なんとか下の森に辿りついたシノン。

その後ろをエリザが追いかける。

「ふふふ・・・」

「・・・」

シノンは、『ナイト・オブ・ナイツ』を持った右手を前にして、体を全体的に横にするような構えを取る。

「あんた・・・なんで・・・」

「ふん、あんたに教える事なんて一つも無いよ。でもまあ、一個ぐらい教えてやってもいいかしら?」

するとエリザは太い枝の上に降り立つと、そこからシノンを見下しながら、言い放つ。

「お前を世界樹に近づけさせるなって、ある人に頼まれたんでねぇ。私は、あんたをボコれるならいいんだけど」

そこでエリザは顔を大きく歪め、喚き散らす。

「どうして抵抗して私に攻撃するかなぁ!お前はさぁ!!お前は一生地べたで這いつくばる様な生き方してればいいんだよ!!お前が蒼穹の近くにいるってだけでいっつもいっつもイライラしてたんだよ!!お前の様な人殺しがあいつの隣になっちゃいけないんだよ!!だからお前はここで殺す!何があっても殺す!絶対に殺す!!」

「・・・・」

シノンは、そんなエリザを、さぞ呆れた様な眼差しで見る。

「・・・なんだよその眼は」

 

「・・・くっだらない」

 

エリザの主張を思いっきり一蹴した。

「なん・・・・だと・・・」

「そんなにイライラしてたんなら、私から蒼穹を奪えばよかったでしょ。それなのに、貴方はいったい何してたの?ただ陰でひそひそとストーカーしてただけじゃない。話の一つや二つをしてたみたいだけど、あんた、一度も蒼穹の気を引くような事しなかったわよね?それなのにイライラしてたって、よくいえたもんだわ」

そして、シノンは、更に強い眼差しをエリザに向ける。

「それは、貴方の心は結局は、()()()()だけじゃない」

 

ブチ

 

もしこの場でシノンの言葉が終わった瞬間に、漫画みたいな効果音がついたなら、こんな音が聞こえただろう。

「テメェぇぇぇぇえええええぇぇえぇえぇえ!!」

その言葉から逃げるように、怒りに燃えた顔で、シノンに襲い掛かる。

 

 

 

 

一方でキリトたちの方では。

「ぐお!?」

キリトたちは足止めされていた。

「こいつ・・・魔法の扱いが上手い・・・!?」

「っというか、なんでこんなに魔法を連発できんだよ!?」

その理由は、レンと同じサラマンダーのメイジの魔法に翻弄されていたからだ。

「ちょっとあんた!絶対チートツール使ってるでしょ!」

チートツールとは、本来のルールを無視してとんでもない行動を起こせるプログラムの事だ。

「それがどうしたぁ!俺はお前らを世界樹まで近づけさせなければいいんだよ!特にキリト!」

「なんでだよ!?」

謎のサラマンダー。その正体は詩乃が病室で出会った七人の内の一人、砂重(すなしげ)勇也(ゆうや)だ。

彼は記憶力だけは唯一の取柄で、一度見た物は、興味が無ければ忘れる事は無いほどだ。

そして、彼は今、『依頼主』から渡されたチートツールで、現在、初期の魔法から最上級魔法までの全ての魔法を使いたい放題なのだ。

そして、彼の操るアバター《トリスタン》は、新しく魔法の詠唱を始める。

「させるか!」

そこへキリトが突っ込む。

だが、それよりも一歩早く詠唱を終えたトリスタンが、新たに炎の槍を造りだし、キリトに向かって放つ。

更にホーミング式だから避けられる筈もなく・・・

「ぐああ!?」

「お兄ちゃん!く・・・」

リーファがすぐさま回復魔法の詠唱を始める。

すると、キリトのダメージが瞬時に回復する。

「あぶねぇ!」

「え!?」

そこへレンがリーファを突き飛ばす。そこへ電撃が襲い、レンを襲う。

「ぐあああ!?」

「レン!」

「チッ、外したか」

回復担当のリーファを狙ったらしく、流石に誰かに庇われるとは思っていなかったらしい。

「まあ良い、次は仕留める」

詠唱を始める。

今度は、攻撃力最大の炎属性の魔法だ。

「まずい・・・!」

「パパ!」

「なんだ!ユイ!」

リーファがレンを抱えながら、その詠唱の内容に気付き、そこへユイがキリトの胸ポケットから出てくる。

「私に続いて下さい!」

「え?何を!?」

「いいから!」

そこへユイが何かを喋り始める。

それに慌てて続くキリト。

トリスタンの詠唱が余裕たっぷりに詠唱をゆっくりと紡ぐ。どうやら、直撃させる自身があるようだ。

そして、キリトが、ユイの言った言葉を言い終えた途端、キリトの姿が消えた。

「な・・・!?」

 

影妖精初期魔法《カモフラージュ》

 

一時的に自分の姿が消える魔法なのである。

「パパ!今です!」

そして、そのわずか三秒後、トリスタンの目の前に現れる。

「何!?」

「おおお!!」

片手に持った剣がうなる。

 

片手直剣単発剣技《ソニックリープ》

 

上段から繰り出される突進技。

それはトリスタンが咄嗟に後退した事で浅い。

更に魔法の詠唱が失敗する。

だがそれで止まるキリトではない。ソードスキル使用後の硬直が無いのなら瞬時に次の攻撃を叩き込める。

 

片手直剣四連撃技《バーチカル・スクエア》

 

正方形に繰り出す四連撃を更に叩き込みにかかる。

だが今度はバリアらしきにものに防がれる。

「まだ・・だぁ!!」

 

重攻撃単発技《ヴォ―パルストライク》

 

かつてSAOの中で名をはせた『黒の剣士』が最も得意としたソードスキルだ。

その突きは、トリスタンのバリアを貫き、その体を貫く。

「悪いな。俺たちは、こんあ所で立ち止まっている暇はないんだ」

「くっそ・・・だったら・・!」

トリスタンが早口に詠唱を始める。

「!? お兄ちゃん逃げて!自爆よ!」

「な!?」

リーファの言葉を聞いて急いで剣を引き抜き離れようとするキリトだったが、トリスタンがその手を掴んで離さない。

「くそ!離せ!」

キリトはなんとか離そうとするが、なかなか抜けない。

「お兄ちゃん!!」

「キリトさん!!」

リーファとレンの悲鳴に似た叫び声が聞こえる。

(くそ!俺は、こんな所で!!)

そして、トリスタンの体が、赤い炎となって爆発する・・・

 

 

 

数分前。

「があああああ!!」

「・・」

メイスを振り回すエリザの攻撃をギリギリで避けるシノン。

その途中、足を滑らせ、後ろに倒れる。

それを見た瞬間、その顔をにやつかせるエリザ。

「貰ったァァァァァアアアア!!」

そしてそのままメイスを振り下ろそうとした瞬間、急激に違和感を覚えた。

なぜ、シノンは笑っている。

「引っかかったわね」

腹に感触が伝わる。

「な・・・」

そこにはシノンの短剣が突き刺さっていた。

「て・・めぇ・・・誘ったなァ!」

全てギリギリで躱したのはエリザにシノンに余裕が無いと思いこませる為、そして転んだのも技と。

ならば、それに誘われた敵をあとはカウンターで攻撃すればいいだけの事。

ただ、おおきく踏み込んでいたので狙いがそれて腹にあたってしまった訳だが。

エリザは大きく飛び退る。

「このヤロォ・・・」

エリザは怒りで大きく顔を歪める。

だがシノンは至って真剣だ。慢心などしていない。

ソラとの特訓が頭に思い浮かぶ。

 

 

 

「いいかシノン。もし、対人戦になっちまった時の事だけど、その時は決して油断しない事だ」

「油断?」

「ああ、さっきのデュエルでお前、俺が作った隙に食いついただろ?」

「ええ・・・ってあれ技となの!?」

「ああ、相手を油断させて渾身の一撃を叩き込む。いわば、取ったと思った瞬間が一番油断している時なんだ」

「へえ・・・」

「覚えておくと、結構役に立つぞ」

「分かったわ」

 

 

(ここでソラから教えて貰った事が役にたった!)

心の中で歓喜しながらも、油断しないシノン。

しっかりと、敵の様子を伺う。

「この・・・この・・・クズ野郎がぁ・・・」

完全に歪んだ顔で、シノンを睨みつけるエリザ。

「このクズ野郎がぁぁぁぁあああ!!」

半ば悲鳴にも似た雄叫びを揚げ、シノンに突っ込むエリザ。

だが、シノンはそれを涼しい顔でメイスを避けると、首にダガーを滑り込ませ、斬る。

「あ・・・・」

「ごめんなさい。でも、私は立ち止まるわけにはいかないの」

エリザの体がリメインライトとなって消滅する。

「よし、それじゃあ・・・て羽使えないんだった・・・」

半ば落胆しながらも、キリトたちがいるであろう方向に顔を向ける。

そこでは、剣を突き立てているのに明らかに様子のおかしいキリトと、腹を刺されながらもその腕を離さないサラマンダーがいた。

「何をして・・・・」

猛烈に嫌な予感に襲われたシノンは、本能的に弓を構える。

そして、白銀に光る矢を思いっきり引き絞る。

目標は、キリトにしがみついているサラマンダー。

そしてシノンは矢を放つ。

それは、真っすぐにキリトたちの方向に飛んでいき・・・

 

 

 

「なん・・・だと・・・!?」

トリスタンのこめかみに突き刺さる。

「うお!?」

それに驚いたキリトだったが、トリスタンは赤いリメインライトとなり、消滅した。

「おいおい・・・この距離であてるか?普通」

「いや、ありえないでしょ?魔法の射程より遠くに飛ばして当てるなんて・・・シノンさん何者?」

「ああ、そういえばシノンはお前と同い年だぞ」

「ええ!?」

そんな会話をしていた二人だったが、いきなり下降し始めた事に気付いた。

「なんだ!?」

「あ、もう時間切れか・・・下に降りようお兄ちゃん」

「あ、ああ」

「それとレン。もう動けるでしょ?離れて」

「ああ、分かった」

そうして下降していく三人。

それを迎えるのは先に下に降りていたシノンだ。

「待たせたな」

「ええ」

「あいつらは一体なんだったんだ?」

「ソラの同級生だった奴らよ」

「え!?」

それに驚いたのか、キリトのみならずリーファやレンも驚く。

「どういう事だ?」

「依頼されたって言ってた。大体検討がつくんだけど・・・いや、間違いないわね」

「おい、一体なにが間違いないんだシノン!」

レンが問いただす。

「・・・ソラのお母さん、地条 綾香だと思う」

「な・・・」

その名前は、かつて詩乃を町から追い出した、張本人の事だった・・・

そして、かつての、アーガスのメンタルモニタシステムを作った人物だ。

 

 

 

 

 

 

世界樹の上に存在する、鳥かごの中・・・・

「・・・」

そこには、栗色の長い髪をした少女がいた。

その少女の顔は不安の色が見える。

ふと、その少女は立ち上がり、鉄格子のそばに立ち、呟く。

「キリトくん・・・・」

少女、アスナはここにいる。

 

 

 

 




次回

世界樹の上に囚われているのはアスナ。
そんな彼女を捉えたのは、オベイロンこと須郷伸之だった。
彼は、記憶を消す事は可能だと言い放つ。
それがどういう事かアスナは理解出来なかった。だが、その疑問は、ソラのありさまを見て理解する。

「もう既に、彼は彼女の物だ」

「こんなの・・・こんなの酷すぎるわ!」

「ソラは永遠に私のも・の♡」

「君は・・・誰だ・・・?」

次回『囚われのお姫様と記憶を失った番犬』

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