七十四層の主街区。
ソラとシノンはそこの転移門から出てきた。
「ん?ああ、キリト」
「ソラじゃないか、どうした?」
「迷宮区に行こうと思ってるのよ。そういうあんたは何してるの?」
「アスナを、待ってる」
「来てないのか?」
「かれこれ十分は待ってる」
と、目をこするキリト。どうやら寝不足のようだ。
するといきなり転移門が光りだし、そこから人影が飛び込んでくる。
「きゃあああ!避けてーーー!!」
「どわぁぁ!?」
「きゃああ!?」
その人影はキリトとシノンを巻き込み、転がっていく。
「いたた・・・ん?」
不意にシノンは
「何・・・これ・・・?」
それを二三回揉んで見る。
ゴムボールようで違う。
そう、前に何処かで
「や、やーーーー!!」
「ぐほぉ!?」
すぐ近くで大きな悲鳴が聞こえた瞬間、上に乗っかっていたキリトの体が吹っ飛ぶ。
そのままオブジェクトに激突。
「え?え?」
その衝撃で掴んでいた物を離してしまうが、直ぐに起き上がり、ぶつかってきた人物の正体を知る。
アスナだ。その顔はキリトの方を見ており、顔は羞恥なのか怒りなのか解らない表情を作り、腕は胸の前で交差・・・・胸?
「!?」
弾力のある物を触った手をにぎにぎしてみて、その正体が分かってしまった。
キリトの方では、一体何故殴られたのかを理解していない。
ただ、アスナの格好で別の誰かが胸を揉んで、その濡れ衣を自分は着せられたと思っているらしい。
だが、ここでアスナに何か一言言わなければ自分の方が危ない。
「よ、よお、アスナ」
キッとその表情を更に険しくするアスナ。
「ひ!?」
ビビるキリト。
「ん?」
そして青ざめているシノンを見るソラ。
「ああ、なるほど・・・」
「カタカタカタカタ・・・」
だが、アスナはいきなり立ち上がると、キリトの後ろに隠れる。
すると転移門からクラディールが出てくる。
ソラ達はキリトの隣に立つ。
「アスナ様。勝手な事をされてはこまります」
「だ、だからって家のすぐ近くで監視する必要無いじゃない!」
「え!?」
「へ!?」
「な!?」
(それってストーカーなんじゃ・・・)
(いや、決めつけるのは・・・)
どうやっているのか、目を合わせるだけで会話しているソラとシノン。
「アスナ様の護衛として、家の監視も含まれるのは当然でしょう?」
「ふ、含まれないわよ!」
(あ、ストーカーだ)
(ストーカーね)
心の中で確信する二人。
「とにかく、帰りましょう」
「あ」
腕を掴まれ、連れて行かれるアスナ。
だが……
「悪いな。今日は副団長は貸し切りなんだ」
キリトがその腕を掴む。
「貴様・・・」
「アスナの安全は俺が取るよ。別にボス戦をしようって訳じゃないんだ。本部には、あんた一人で行ってくれ」
それを聞いたクラディールは、顔を険しくし、怒鳴る。
「ふ、ふざけるな!貴様の様な雑魚プレイヤーに、アスナ様の護衛が務まるかぁ!」
「それは聞き捨てならねぇな」
そこへソラとシノンが割り込んでくる。
「な、なんだと!?」
「あんたなんか比じゃ無い程キリトは強いわ。まあ、ソラよりは弱いけど」
「ナニソレ酷!?」
「まあ、そうじゃないにしろ、確かにキリトは強い。ここは引いた方が身の為だ」
そこでクラディールは更に顔を怒りで歪ませるが、一つ提案を出す。
「そこまで言うなら証明する事が出来るんだろぉなぁ・・・」
クラディールが指を操作すると、キリトの目の前に『デュエル申請』の表示が出た。
「ちょっとあんた・・・」
「別に良いが」
と、キリトは躊躇いなしにYESボタンを押す。
「き、キリト君・・・」
「心配するな。負ける訳じゃないし」
モードは初撃決着。これなら誰も死ぬ事は無い。
キリトが背中の黒い剣を引き抜く。
クラディールも、腰に差している両手剣を抜く。
カウントが既に始まっており、その数字がゼロになった瞬間、同時にソードスキルを発動させる。
――決まったな
ソラはそう確信した。
クラディールが放ったのは、両手剣の上位スキル、『アバランシュ』。上段から斬り下ろすこの技は、それなりに威力高く、喰らったらひとたまりもない。
対してキリトが放ったのは片手剣突進技、『ソニックリープ』。こちらも上段の攻撃なのだが、こちらの方がやや遅く発動した。
クラディールの顔が狂喜に満ちる。
このまま行けば、確実にクラディールの攻撃が先に直撃する。
だが、キリトが狙ったのはクラディール方では無く、その手に持つ両手剣だ。
そのまま、キリトの剣がクラディールの剣の横っ腹を叩くと、その両手剣はいとも簡単に砕け散る。
「・・・」
シノンは唖然としていた。
本来、武器が壊れるのは大まかに二つ。
一つ目は、武器の強化回数の上限を超えた上での強化。これにより、武器はその限度を超え、壊れる。
もう一つは、耐久値がゼロになる事だ。
鍛冶職プレイヤーに頼めば、その耐久値を回復して貰えるのだが、それを行わず、酷使すると、その強度が減少し、最終的には砕けてしまう。
だがこのクラディールが持っている両手剣は、そういう訳ではない。別に限界が来ている訳じゃ無く、おそらく新品。
なら何故壊れたのか?それは、剣の脆弱な部分を叩かれた事、そして、それは
かなりの装飾が施されているその剣は、普通、何かを斬る為では無く、飾る用の物だ。
そして、当然刀身の部分は手抜きになる訳で、そこへ脆弱な部分に衝撃を加えれば簡単に折れるという訳だ。
それに加え、これはキリトが得意としている特技でもある。
剣の弱点を叩き、強制的に相手を無力化するシステム外スキル、《
これこそが、デュエルで
「っと、いう訳なんだ」
「キリトって、本当は凄いのね」
「まあな」
「武器を取り換えてやるでもいいけど?」
キリトがクラディールにそう尋ねる。
クラディールは一度、ウィンドウを開きかけたが、意味はないと悟り、「アイ・リザイン」と呟いた。
別に「負けた」とか言えばいい話なのだが。
ただ、このままだとクラディールが可愛そうだと思ったソラは
「見世物じゃないぞ!散れ!」
と、叫んだ。
「貴様・・・殺す・・・絶対に殺す・・・」
と、呪詛の様に呟くクラディール。
そこへスッとアスナが割り込んでこう告げる。
「血盟騎士団副団長として命令します。本日を持って護衛を解任。別命あるまで本部で待機。以上」
と、威厳たっぷりに言い放つ。
「なん・・・だと・・・この・・」
何かを言いかけたクラディールだが、やがて諦めたようにフラフラと転移門へ向かい、飛んで行った。
七十四層迷宮区。
「ハアアアァ!!」
アスナが得意のスタースプラッシュを骸骨にお見舞いする。
骸骨が反撃とばかりに右手に持った曲刀をアスナに振り下ろそうとすれば、そこへシノンが矢を放ち、怯ませる。
「キリト君!スイッチ!」
「お、おう!」
若干見惚れていたキリトだったがアスナの声で現実に引き戻され、直ぐに構える。
そしてその骸骨にバーチカル・スクエアが全段ヒットする。
「ソラ!」
「スイッチ!」
今度はソラが黒い大剣・・・ではなく黄金色の両手剣を持って突っ込む。
そのまま『アバランシュ』をお見舞いし、骸骨が爆散する。
「ふぃー、終わった終わった」
「まだ、先はあるんだがな・・・」
「今回は狂戦士スキル使わないのね?」
「まあ、たまにはあいつに作ってもらった剣を使わなきゃ、あいつに殴られそうで怖いよ」
と、迷宮区を突き進む四人。
しばらくした時。
「ソラ、あれ」
「ああ」
「あれは・・・」
「うん」
『ボス部屋だ』
その呟きが指す通り、目の前に巨大な扉が立ちはだかっていた。
「偵察をするが・・・どうする?」
ソラが、スキルと武器の変更を行いながら訪ねてくる。
「一応、ボスの姿でも見ておくか」
「そうね」
「万が一の時に、転移結晶を準備しておきましょう」
と、全員が手に転移結晶を持つ。
「行くぞ・・・」
と、ソラを筆頭に、ドアが慎重に開かれる。
ドアを開けるが、誰もいない。
「?」
そこでキリトが前へ出る。
「ちょっと、キリト君」
「大丈夫、そこまで奥にはいかないって。それに、ボスの姿ぐらい、見とかないと、攻略のしようが無いだろ?」
「そうだけど・・・」
「来るぞ」
『!?』
全員身構える。
灯りがいきなり付き、奥の玉座に座っている怪物を映し出す。
その姿は、まさに怪物と言ってもいいだろう。
その上には名前がある。
『グリームアイズ』、輝く眼。
グリームアイズが叫ぶ。
「よーし、いく」
「うわあぁぁぁ!!」
「きゃあぁぁぁ!!」
「ひいぃぃぃぃ!!」
「って、えー・・・・」
いざ行かんと構えたが、次の瞬間、キリト、アスナ、シノンが物凄い勢いで逃げていく。
そのには一人取り残されたソラ。
「・・・・」
「ゴアアアァァアァ!!」
「・・・ふ」
そして、ソラはグリームアイズに背を向け、一目散に走り出し、こう叫ぶ。
「待てやゴラァァァァァ!!!!」