二人の話   作:属物

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第四話、二人が友達の家に行く話(その三)

 「ほふぅ」

 

 一通り食べ終えた蓮乃の口からご満悦の息が漏れた。お菓子食べ放題を前に飢えたるケダモノと化した厚徳園の子供達。彼らに負けず劣らずのスコーンを蓮乃は口にしている。

 

 「結局、よく食ったなお前」

 

 それを見ていた正太は、渋柿でも噛んだような呆れ顔を浮かべている。ホストがゲスト用の菓子で満足するのはどうなのか。まあ厚徳園の子らは喜んでいるしそれで良しとしよう。

 

 「ねぇねぇ!」

 

 そうやって思考を明後日の方向にぶん回している合間に、当の厚徳園の子供達が二人の側へと寄って来ていた。

 耳に聞こえるのは甲高いソプラノの声、目に入るのは色とりどりのパステルカラーの服。カッコつけていた先の男子等と異なり、今度やってきたのは女の子ばかりである。

 

 「蓮乃ちゃんって喋れないってホント!?」「へー!喋れないんだ! じゃあどうやってお話しするの?」「でもさっき喋ってなかったっけ?」「だよね? 間違いかな?」

 

 「なぅ!?」

 

 年頃の娘ほど噂とお喋りを愛する生き物はいない。フルオートで速射される質問の機関銃掃射に蓮乃は目を白黒させるばかり。

 

 「なー!」

 

 四方八方からの質問責めに、驚いた蓮乃は反射的に正太を見上げて助けを要求。蓮乃は友達作りが得意な方で物怖じしない質だがこうも一方的かつ数が多いのは初めてだった。

 それに自分から話しかけての話の主導権を握るのが蓮乃のストロングスタイルだ。他人に良いようにされる経験は少ない。

 

 「あー、すまんが蓮乃に聞きたいことはこのノートに書いてくれ。そうすりゃ伝わるから」

 

 コミュニケーションに難のある正太だが、対象が自分でなければ岡目八目する余裕も出てくる。

 しかし、それはすなわち対象が自分となれば対岸の火事処か尻に火のついた様となるということでもあるのだが。

 

 「ノート? そっか書いてお喋りするんだ!」「そーいや、おじさんって誰?」「お父さんのウキさんだよ! さっき柳先生言ってたじゃん」

 

 女三人寄れば姦しい。子供三人寄れば喧しい。それを併せ持つ女子軍団ともなればコミュ障気味の正太の手に負える相手ではない。

 

 「親子だけど全然似てないねー!」「お母さん似なんじゃない? ほらこの間のドラマでやってたじゃん」「あー、あれね! 主役が格好良かったよね」「ねー!」

 

 誰がおじさんでお父さんだ俺は14だぞと文句を言いたくとも、口を挟む暇すらなく次から次へとクチバシが突っ込まれる。

 

 「どーしたもんだろ」

 

 「なー」

 

 怒濤のお喋りを前に正太も蓮乃もたじたじになってお互いの顔を見合わせるしかない。

 

 「ハイハイ、そこまで。蓮乃ちゃんが困っているわよ」

 

 「そーそー」

 

 そこに赤と銀の助け船がやってきた。横合いから舞と友香が女の子グループの整理にかかったのだ。

 

 「えー、聞きたいことあるのに」「舞、邪魔しないでよ」「蓮乃ちゃんって髪綺麗だねー」

 

 とは言えそれで言うことを聞いてくれるなら職員の柳に苦労はない。舞の眉がぴくりと動き、子供たちの一人の肩に手を当てた。

 一瞬、電流でも流された様に子供の体がピクリと震える。注視してかつ前知識がなければ気づかないような、ほんの一瞬の小さな反応。

 

 「男子が向こうにお菓子の残りあるって言ってたわよ」

 

 「え、ホント!?」

 

 その子は先までの蓮乃への興味が嘘だったかのようにスコーンへと意識を方向転換した。

 

 「あっ、男子だけずるい!」「私も食べる!」

 

 その子につられて他の子供たちも後を追いかけ駆け出した。端から見れば、子供にはよくある興味の急ハンドルに見える姿。

 

 --舞の奴、また魔法を使ったんだ……

 

 しかし張り付た笑顔の下で歯を軋ませる友香だけは舞が何をしたかを正しく見抜いていた。舞の魔法を文字通りに身を持って知っているからだ。

 理由無く唐突にこの世に現れた超能力、俗称「魔法」は世界中をしっちゃかめっちゃかにした。未だ未知の多い超能力と言えども、最大でも短機関銃程度の火力しか持たない。

 

 にも関わらず世界をひっかき回せたのは、老若男女を選ばず唐突に与えられる力だという事と、もう一つ。魔法が起こす現象が荒唐無稽なフィクションと同じ代物で対策の取りようがなかったからだ。

 

 例えば「壁をすり抜ける魔法」を相手にどうやって盗みを防ぐのか。

 例えば「有機物を塩に変える魔法」を相手にどうやって殺人を立証するのか。

 例えば「生物を発火させる魔法」相手にどうやってテロを抑えるのか。

 

 そして「他者の精神を操る」魔法を相手にどうやって心を守るのか。

 

 舞の魔法は『精神方向操作』。接触した他人に干渉し、精神を好きな方向に「引っ張る」ことが出来る。先も肩に触れた女子の精神を「蓮乃」から「お菓子」へと引っ張ったのだ。

 

 『ありがとう!』

 

 「ありがとう、助かったよ」

 

 しかし、それを知る由もない蓮乃と正太からは単に子供たちのあしらいに長けた姿としか見えない。

 

 『皆、蓮乃ちゃんに興味津々なだけだから大目に見てやってね』

 

 『うん、判った!』

 

 元気よく笑顔で首を縦に振る蓮乃に、舞もまた微笑みと共に頷く友香も隣で無邪気な笑みを張り付けて二人を眺める。

 

 --自分の思い通りにならなきゃ直ぐに魔法で頭を弄くるくせに、何が『大目に見てやって』よ……っ!!

 

 だが、友香の胸の内は煮えるようなどす黒い嫌悪感で満ちていた。

 「子供っぽくて明るくてちょっと間の抜けた」友香と「大人びて涼やかで回転の速い」舞は対照的ながらも親友同士だ。周りから見ればそう見えるし、舞も公言してはばからない。

 だが友香の内心のように実際は異なる。舞のお気に入りである友香は、彼女が望むキャラクターを強制させられているのだ。

 もし友香が年齢以上にませた内面を見せれば、すぐさま魔法で年齢以下の振る舞いに矯正されてしまう。

 常に笑顔の仮面を外すこともできず、おバカな姿を演じさせられる日々。気づけば家族である厚徳園の面々すらそれが友香の本来であると思わされている。

 

 そうやって自分の精神を好き放題に引き回す舞を友香は蛇蝎以上に嫌悪していた。だからと言って事を明らかにも出来ない。他人の意に反した魔法使用は紛れもなく犯罪だ。一度、それが表沙汰となれば厚徳園にも火の粉がかかる。

 それは厚徳園と家族を大事に思っている友香には耐え難いことだった。しかし舞の横暴にも耐え難い。

 

 だから自分の代わりとなる蓮乃を見つけてきたのだ。

 

 根っから子供で根っから明るい蓮乃は舞の求める親友像にぴったりだ。そこに舞への抑止力になり得る正太を加えれば問題の大半は解決する。

 それを蓮乃も正太も知りもしないし、求めてもいないということに目を背ければの話だが。

 

 --初めからそのつもりだったのに、何よ今更……。

 

 友香は裏表のない笑顔を浮かべて裏側の自己嫌悪を堪える。その視線の先で、裏も表もない蓮乃は始めから裏しかない舞と幸福そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 「で、翔はどーする?」「前は凝りすぎて失敗したから今度はシンプルにいく」「前のは捻りが足りなかった気がするがな」「あんなので成功するのは兄貴くらいだよ」「あんなのってそりゃどういう意味だ」

 

 あーでもこーでもないと雑談混じりに蓮乃狙いの計画をこねくり回し、利辺とピーノは談話室へと向かっていた。不意にピーノの視線が下がり、利辺の視線が少々あがる。

 目線の先は大皿を洗いに席を外した柳がいた。

 

 「あら、翔ちゃんにピーノちゃん」

 

 「おお、柳センセ」

 

 「ええっと、その、やってきた人は?」

 

 蓮乃への恋煩いを常時発症中な利辺が、目線を泳がせ口ごもりながら言葉足らずに問いかける。

 

 「談話室にいるけど……もしかして二人とも行かなかったの?」

 

 利辺の問いかけへ何の気もなしに柳は答え、同時に気づいた。スコーン食べ放題に引き寄せられて子供達は全員談話室に行っているもんだと思いこんでいたのだが、二人ほど例外がいたらしい。

 

 「ああ、うん、その、用事があって」

 

 「蓮乃ちゃんと宇城くんが持ってきてくれたお菓子はもう食べちゃってるし、どうしましょうか」

 

 太めの眉の根を寄せて柳は考え込む。二人を『自己責任』『弱肉強食』『来なかった方が悪い』の二言三言で片づけるのは簡単だが、家族の内に差や確執を作りたくはない。

 それに蓮乃ちゃんと宇城くんは厚徳園みんなの為にスコーンを持ってきてくれたのだ。食べれない人がいるのは二人ともいい気はしないだろう。

 正太が聞いたら「むしろいい気味です」と答えそうなものだが、来館者二人と眼前二人の確執など知る由もない柳はひたすら好意的に解釈していた。

 

 「そんなんあったのか。こいつは損したな」

 

 童顔をしかめて考え込む柳同様に、スコーンの件を聞いていなかったピーノもまた整った顔立ちを歪めていた。誰にも聞こえないように口の中で舌打ちするピーノの隣で、そんなの聞いていないと利辺は大きな目を丸くする。

 何せ大好きなあの子が手ずから持ってきてくれたお菓子だ。もしかしたら手作りかもしれないのだ。思わず利辺は八つ当たりの文句を柳へとぶちまけかけた。

 

 「えー! 何でモガッ「聞かなかった俺たちが悪いんだし、そいつはしょうがないな」

 

 利辺の口から飛び出しかけた文句をピーノの手が無理矢理押し込み、代わりに柳に答える。

 

 「ピーノちゃん、翔ちゃん、ごめんね。今度はちゃんと伝えるようにするから」

 

 「いいよいいよ。それよか埋め合わせなら、柳センセがデートしてくれた方がうれしいね」

 

 「モガッ! フガッ!」

 

 頭を下げる柳に冗談半分本気半分で返すピーノ。利辺が手の中でバタバタ暴れているが気にしない。

 

 「もう! そういうのは、大人になってからにしなさい!」

 

 「体はじゅーぶん大人だけど?」

 

 「大人をからかわない!」

 

 あーいえばこーいうんだからとぶつぶつ文句を言いながら立ち去る柳の顔は赤い。

 

 --大人になればありってことか?

 

 脈はありそうだと胸の内で確かめつつ、ニヤリと笑うピーノは手を振って柳を見送る。

 姉でもあり母代わりでもある家族から手の中の利辺に目を向ければ、なんか妙にぐったりしている。顔色も紫がかり健康的とは言いづらい。

 年齢不相応に体格のいいピーノの手が口のみならず鼻も塞いだようだ。 急ぎ手を外せば、利辺は痙攣じみた咳と共に必死で酸素を取り込む。

 

 「ガハッ! ゲホッ! ゴホッ! 殺す気!?」

 

 「悪い悪い」

 

 存分に新鮮な空気を吸い込みながら利辺は当然の文句を投げつけるが、飄々と謝るピーノにはさほどの効果は無い模様だ。

 

 「代わりにお菓子持って行かせてやるから勘弁してくれ」

 

 「それ勘弁する理由になんの?」

 

 窒息させられかけた利辺は恨み節なジト目で兄をにらむ。胡散臭いと見つめる薄茶色の目に、真面目くさったピーノが説得にかかった。

 

 「考えても見ろ。皆がお菓子食べ終わった後に手ぶらでのこのこ出て行っても単なる間抜けだぜ」

 

 「まあ、それは確かに」

 

 もとより甘い顔立ちを引き締めるとそれだけで圧倒的な説得力が生まれてくる。イケメンは得である。納得の顔を見せた利辺を更にピーノは押し込む。

 

 「そこで追加のお菓子を持って行けば好感度を狙えるわけだ」

 

 「それは……そうかもしんない」

 

 口八丁手八丁のピーノにかかれば、良くも悪くも年相応に純粋な利辺などあっさり丸め込まれてしまう。

 

 「持ってきた側の蓮乃ちゃんはそう沢山食べてないだろ? そこで好きに食べられるお菓子をたっぷり渡せば、メロメロとは行かないだろうが悪い気はしないはずだ」

 

「うん、それならいけそう!」

 

 息の根を止められかけた事などきれいに忘れて目を輝かせる利辺。蓮乃が満足するまでがっつり食っていたことなど二人は知る由もない。

 

 「お菓子取ってくる!」

 

 「いってらっしゃ~い」

 

 狙い通りに喜んで面倒ごとを引き受けた利辺を、ピーノは軽薄に手のひらを振って見送った。

 

 

 

 

 

 

 「あ、翔だ」「調子でも悪かったの?」「何処行ってたんだ? もうスコーン無いよ」

 

 正太の持ってきたスコーンが子供達の胃袋に収まり、彼らの口から甘ったるい満足の息が漏れる頃、ようやっと両手にお菓子の徳用大袋を抱えた利辺が談話室に到着した。

 腹が満ちたからか、子供達の対応はずいぶんとおざなりだ。

 

 「だから、お菓子持ってきたよ」

 

 「流石翔だぜ!」「いいね!」「サイコー!」

 

 しかしお菓子は別腹である。掌が1秒でひっくり返った。現金というか即物的な他の子供達に不快感を覚えながらも、利辺はお菓子の大袋を手渡そうとする。

 それを柳の手が取り上げた。厚徳園では一日に食べられるお菓子の量は決まっているのだ。

 

 「これ以上は食べ過ぎになるからダメよ」

 

 「そりゃないよ、柳せんせー!」「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」「えー! きょーいんのおーぼーだ!」

 

 不満たらたらの子供達がブーブーと文句を垂らすが柳は一歩も引かない。

 

 「ダメ。夕飯入らなくなるでしょ?」

 

 「まーまー、少しくらいいいじゃないの」

 

 その肩を影が滲むように現れたピーノが抱く。

 注目を引く外観に反して、ピーノは人の目に留まらず動き回るのも得意だ。先に入ってきた利辺の大入り袋に気を取られている隙に食堂に滑り込んでいたのだ。

 

 「せっかくの機会だしさ、少しでいいからお願い」

 

 片手合掌で神様仏様柳様と拝みつつ、片目ウィンクも足して柳を圧す。整った外観と気さくな愛嬌が相まって大抵の女性はこれで一発KOだ。

 

 「そう言って食べ始めると最後まで止まらないでしょ。少しもちょっともダメよ」

 

 それでもやっぱり柳は退かない。長いことピーノの面倒を見ている大抵の女性でない柳には効果がないようだ。

 

 「でもさ、蓮乃ちゃんはどうかな? 食べたいんじゃない?」

 

 「なう?」

 

 ならばと話の矛先を即座に切り替える。不意に話題を向けられて、やなやつ二人を睨みつけていた蓮乃が間の抜けた声を上げた。

 同時にピーノはもう一度片目を瞑って合図を送る。

 

 --良いとこちょっとは見せろよ?

 

 ウィンクの信号を送られた利辺は大慌てでメモをポケットから引きずり出す。走り書きのメモの字面はこれまた大慌てでのたくっていた。

 

 『お、おいしいよ。食べる?』

 

 主に悪くも年相応な利辺の考えられる台詞など高が知れている。それでも格好付けなしで蓮乃のために筆談にしたのは、成長の証だろうか。

 ただし言葉を聞き取れない蓮乃にはそれ以前のピーノと柳のやり取りも判らないので、『唐突に話しかけられた』としか理解できていないのだが。

 

 「なーも、なーも」

 

 『あいつらがお菓子持ってきて、柳先生がこれ以上ダメだと言って、そんでお前さんはどうかってあいつらが話を向けてきた』

 

 という訳で現状が判らない蓮乃に正太が説明文を読ませる。

 

 『そーなんだ』

 

 --お菓子は食べたいけどやなやつはいやだな

 

 嫌なことを沢山されて大好きな兄ちゃんを散々に貶されたのだ。お菓子一つで購えるほど蓮乃の利辺に対する悪感情は少なくない。

 しかしお菓子が食べたいのもまた事実だ。なのでここは正太に聞くことにした。

 

 『兄ちゃんは?』

 

 『柳先生に賛成だな。これ以上食うと夕飯がおいしくなくなる』

 

 自分で決めろよと枕詞につけて正太が答える。

 

 『おいしくなくなるの?』

 

 『そりゃお腹一杯の所に無理矢理詰め込むご飯がおいしい筈も無いだろう』

 

 確かにその通りと納得した蓮乃は大きく頷き一文をしたためて利辺に突き出した。

 

『私はいらない』

 

 ビキリとひび割れる音を立てて利辺は固まった。崩壊寸前の石像と化した弟を眺めながら、ピーノは紅い唇を扇情的に舐めて考え込む。

 

 --さあて、どうしたものかな?

 

 惹いても推しても落とせないのは柳を除けば初めての経験だった。それだけについつい利辺の存在を忘れて熱くなってしまう。

 かわいいかわいいダメ弟の恋なのだ。自分が盗っちゃ元も子もない。

 

 そんな蓮乃を落とさせる算段を高速演算中のピーノの横を、銀色の髪が通り過ぎた。

 

 『皆も食べたがっているし、蓮乃ちゃんからもお願いしてもらえない?』

 

 舞はさらさらと書き込んだノートを返すと同時に、滑らかかつ自然な動きで蓮乃の肩に手を当てる。

 一瞬、蓮乃の体が震えていぶかしむように首を振った。舞の動作も蓮乃の反応も余りに小さく、事情を知る友香ぐらいしか気づけない。

 

 --なんかいつもの友香みたいな反応をしたな。

 

 他に気づいたのは、尖ったセンスと直感を持つピーノ。

 

 --なんで急に蓮乃が驚いてるんだ?

 

 そして常に一緒にいて蓮乃を見ている正太だけだった。

 

 『やっぱり食べたい、かな?』

 

 唐突にわき上がったお菓子欲に蓮乃自身も不思議がっている。沢山食べたし、兄ちゃんの話にも納得したのになんでだろう?

 蓮乃の疑問を余所に、舞はそれは規定事項であると押し流しにかかった。

 

 「柳先生、蓮乃ちゃんも食べたいみたいですし、今日は特別と言うことでお願いできませんか?」

 

 「うーん……一つだけよ?」

 

 締めるところは締める方だが、柳は基本的に甘い。それに客である蓮乃相手だと子供達相手のようには強く出れない。

 こういった所が好かれると同時に嘗められる原因になっているが当人に自覚はあまりないようだ。

 

 「やったぜ!」「舞、グッドだ!」「これで勝てる!」

 

 子供達両手を上げて飛び跳ねる勢いで喜ぶ。彼らはお菓子のためなら後先なんか気にしない生き物だ。

 夕食なんぞ幾ら減らしても、夕飯を食べる瞬間まで気にしないだろう。

 

 「なんとかなったぁ」

 

 大喜びする子供達の中で利辺は上手く行ったと一人息を吐く。しかし、その隣でしかめた顔のピーノは賞賛の最中にいる舞へと疑念を吐いた。

 

 「なあ舞、お前なんかやったのか?」

 

 「お願いしただけよ。お菓子食べ損ねるよ?」

 

 しかし舞は当然の顔でさらりとかわす。ピーノの勘は警告を上げているが現状証拠はないし、なにより家族を疑うのは楽しいことではない。

 

 「ねー、ピーノ兄ちゃんはどっちがいいと思う?」

 

 「俺はこっちの方がパンチが効いてて好みだなぁ」

 

 おどけた表情で胡椒煎餅を指さし、子供達とやりとりするピーノ。憮然の顔を腹の底に引っ込めてはいるが、胸の内で警戒のレベルを一つ上げた。

 一方、お客様という事でいち早く油紙にくるまれた胡椒煎餅を受け取った蓮乃はなんだか浮かない顔だ。

 

 『どーした?』

 

 『いらないって言ったのに食べたくなってまた食べたくなくなったの』

 

 訪ねる正太に余人には理解不能な返答を返す。蓮乃言語を解析すれば、急に食欲が現れてまた消えたのが不可解らしい。

 お菓子の存在を見て一時的に別腹が空いたと考えればさほどおかしくはない。先の蓮乃の様も今までそんな経験がなかったならば理屈としては一応通る。

 だがそれにしてはどうにも引っかかるものがある。何度か首を捻っても正太の内から納得できそうな答えは出てこなかった。

 

 『お菓子は別腹って言葉もあるから、お菓子見て食べたくなることもあるだろう』

 

 『そーいうもんなの?』

 

 なら見たままを理屈で解釈する他はない。正太は自分の感覚や直感を信じない。

 

 『ただ、また同じ事があるなら教えてくれ。別の原因かも知れないから』

 

 『判った!』

 

 そして自分の常識も信じない。ならば結論は目で見て耳で聞き、手で触れて確かめるしかない。

 

 『兄ちゃん、あんま食べたくないから食べて』

 

 『半分くらいは食えよ』

 

 蓮乃から突き出された胡椒煎餅を半分に割りながら正太はそう結論づけた。


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