二人の話   作:属物

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第三話、三人でお出かけの話(その七)

通りの喧噪をBGMに三人は駅に向かって並んで歩いていく。全員が物を口にしているせいか互いに交わす言葉はない。無言が三人の合間を満たしている。そしてその黙りこそが、正太が頭を抱える悩みの種である。

 

 詰まる処、何を話して良いのかさっぱり判らないのだ。

 

 以前の虐め以降、正太は一言でコミュ障である。長い付き合いの家族や何のかんのいってノリの判る蓮乃ならば兎も角、初対面に近い友香相手だと無駄に神経を使って固まってしまう。それでも相手が子供のためか、今はそこそこ滑らかに口が動いてくれている。

 だが、誰もが口を閉じている現状では話が別だ。黙りこくっているからと言って何か悪いわけでもないが、静寂を共有できるほど正太はコミュニケーション能力が高くない。むしろ低い。

 沈黙の重さに耐えきれない正太は脳味噌をこねくり回してウンウン悩む。しかして経験値が決定的に不足しているために上手いこと雑談をする方法が何も思い浮かばない。一体全体どーしたもんか。

 

 --とりあえず蓮乃に振るか

 

 足りない頭の中身をひっくり返して出てきた案は、とりあえずビールの代わりに蓮乃で話題づくりという実に情けない代物だった。そして情けない以外にも問題が一つある。当の蓮乃が何処にも見あたらないのだ。蓮乃に声をかけて話の起点にしようとしても、居ない人間から話を初めてもらえるはずもない。

 あの無重力自由飛行娘は一体全体何処に行きやがった。無言を堪えきれない自分を棚に上げて、苛ついた目つきの正太は辺りを見渡す。妹分はあっさり見つかった。何やらざわつく人だかりに見覚えのある長い黒髪がへばりついている。看板から見るに人だかりの中心は楽器屋の入り口らしい。楽器屋で人だかりと来れば音楽関連と相場は決まっている。

 事実、耳をそばだててみれば思わずリズミを取りそうな軽妙なサックスが聞こえる。どうやら蓮乃はこのサキソフォンに興味津々のようだ。誰かしらのプロが奏でているのだろうか。

 

 楽しむのは良いとして、氷川さんを置いていくなと言ったはずだろうに。友香に待っていてくれと告げて、溜息一つこぼしながら正太は演奏に夢中の蓮乃を突っついた。誰がつついたと疑問半分、今良いとこなのにと不満半分で振り返る蓮乃の前にメモを一枚突きつける。

 

 『氷川さんをほっといて何やってんだ、お前?』

 

 そう言えばそうだった、うっかりしていた、友香ちゃんに悪いことした。メモを読んでびっくり顔から納得顔で反省顔と百面相を演じる蓮乃。表情を見てようやく判ったかと太い鼻息を吹き出す正太。

 

 そんな二人のやりとりを友香は何とも言い難い目つきで見つめている。表情は笑顔だが目付き一つで笑っていないことは丸わかりだ。残りの鯛焼きを口に放り込むとチーズのような風味が広がった。もっとも本物のチーズを食べた記憶は友香にはないが。

 

 --蓮乃ちゃんはずるいなぁ

 

 第三者な友香の目から見ても、蓮乃は思うがままに我が儘に動き回っている。正太に誉めて欲しいとの欲求はあるが、だからといってそのために必死に努力している訳でもない。一応、言われたことはちゃんと聞くがその程度だ。

 なのに蓮乃は皆に好かれる。天真爛漫と天衣無縫を体言した蓮乃を嫌う人はいない。馬鹿みたいに楽しそうな蓮乃と比べると、頑張って演技して笑顔を作る自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 

 『もうちょっとだけ、ダメ?』

 

 『そういう問題じゃない。俺がお前をほっぽりだして勝手してたら嬉しいか?』

 

 夕日色した髪を弄びつつ考え込む友香を余所に二人の話は続いている。予想外の蓮乃の行動で正太の予想通りに話題ができたがてんで嬉しくない。一緒に遊ぼうと呼んだ相手を放置している点が問題なのだ。妹分の我が儘っぷりに正太の胃袋が重くなる。

 それでも例を挙げてみれば、蓮乃はぶぅと膨れた頬で頷いて見せた。頭では判っているが、感情が納得していないのだろう。なら感覚でも理解できる水準で得心いくまで説明するしかない。疲れた顔の正太は長い息を吐き、お説教を兼ねた説明に取りかかろうとした。

 

 普通ならきっちり説明すれば蓮乃は判ってくれる。手間と時間は食うがそれで終わりだった。だが、それは常の蓮乃の話だ。今日の蓮乃は初めての友達とお出かけで思考回路もいつも異常もとい、いつも以上に特別仕様な繋がり方をしている。

 

 --兄ちゃんの言うとおりそれは嬉しくない。でも音楽は聴きたい。どーしたもんだろ

 

 言いたいことは判った。だがこっちにもやりたいことがある。具体的に言うとこの音楽を聴きたいのだ。どーしたものかと首を捻ってひたすら考える。そして蓮乃は自分の欲求と周りの望みを天秤に掛けて……全部まとめて放り出した。

 

 「なーっ! もーっ!」

 

 「ちょっと待てぇ!」

 

 「ちょっとちょっと蓮乃ちゃん!」

 

 みんな一緒に聞けばみんな楽しいはずだと、ニ択問題で第三案をぶち上げて見せた蓮乃は二人の手を握ると途端に駆けだした。唯我独「走」な勢いで二人の手を引っ張って行く先は、当然人だかりの中心で音楽の出所に他ならない。ただし、人だかりというのだからそこには大量に人が集まっている。

 年の割にも細すぎやしないかと正太が心配するくらいに細い蓮乃は、するすると人だかりの隙間に滑り込む。さほど蓮乃と変わらない体型の友香もそれに続いて人と人との合間に体をねじ込んでみせる。しかし背丈の小ささは兎も角、蓮乃二人分並の横幅がある正太が通り抜けられるはずもなかった。

 

 「ぶつかってすみません。家の娘がすみません。ほんとすみません」

 

 --あんのジャイロ未搭載固体ロケット娘が!

 

 最外周のお人に思いっきりぶつかって、迷惑とかかれた目を叩きつけられた正太は引っかかった大人にひたすら頭を下げる。水飲み鳥を繰り返しながら正太はあいつは後で泣くまで説教してやると腹の底で恨み節を唄っていた。

 米搗きバッタな正太を取り残して蓮乃と友香が大人たちをくぐり抜けてみれば、堂々とした女性演奏家がアルトサックスを響かせていた。蜘蛛糸繊維のビロードが敷かれたお立ち台の上で奏でられるジャズソングを蓮乃も友香も知らない。しかしスタンダードナンバーは演奏家を変えて世界中で何度となく演奏されるものだ。蓮乃でもそのメロディーとリズムは知っている。

 

 「~~~♪~~~~~~♪~~~♪」

 

 だから当然と蓮乃は歌い出した。蓮乃に他人の目を気にするという発想はない。そして他人の迷惑という発想は非常によく頭からすっぽ抜ける。楽しそうな音楽が奏でられていて、それが自分も知っている曲で、何だか自分も楽しくなった。それだけで蓮乃が歌い出すには十分な理由なのだ。

 サキソフォンの奏者は飛び入り参加の歌声に強く驚いた表情を浮かべた。単に子供が歌っているだけなら少しばかり顔を綻ばせて終わりだったろう。しかし蓮乃は歌声が天使じみて大変によろしく、その上リズム感までメトロノーム級に非常によろしく、ついでに外観が人形めいてとてもよろしい。一切生かす気はないといえ、プロのアーティストでも驚く才能の固まりなのだ。

 それは場を盛り上げるにももってこいの人材でもある。エンターティナーでもある演奏家は即座にアドリブを聞かせて蓮乃を伴奏に仕立て上げた。サックスと合わせて耳に心地よい透明なソプラノが響きわたる。

 それは二人に遅れてチョップで人だかりをかき分ける正太の耳にも届いた。チョップ連打の速度を急加速して、視線の温度を急低下させながらも遂に正太は中心にたどり着いた。そして全部を見渡した正太は無言で空を仰いだ。

 

 --あいつは何にも考えてねぇ、俺は何にも考えたくねぇ

 

 目に入るのはお立ち台の真ん前に飛び出して、ステップを踏んで手拍子取りながら心地よさそうに音楽を奏でる蓮乃の姿。華やかで透き通った歌声を空と同じ快晴の笑みを浮かべて体中で歌い上げている。とびっきりの美少女が耳に快い美麗な歌声で、満面の笑顔と共に歌い上げているからか、嫌がる人も迷惑がる人も一人もいない。

 それどころか色々計算していたはずの友香ですら、人種レベルで白い肌を興奮で紅潮させて曲を口ずさんでいる。拍子を取って両手を叩く姿は、蓮乃と同年代であることはよくわかる。

 

 友香の内面を知らない正太ではあるが彼女が蓮乃と比べて格段に大人なことは理解している。だから、暴走したときは蓮乃のブレーキとして機能してくれることを内心期待していた。

 だが、今の彼女はアクセルベタ踏みで加速する一方だ。事態の大きさにもう怒ってどうにかなる状態じゃないと確信した正太は、もう今は楽しむしかないとヤケクソの気分で音楽の輪に加わった。

 

 

 

 

 

 --太陽は何であんなに赤いんだろう

 

 現実逃避と何も変わらない思考を暮れる夕空にたれ流し、疲れ切った正太は街灯に背を預けた。精神的な疲労困憊で死にそうな正太とは裏腹に、蓮乃は薄紅に色づいた頬を興奮で上気させている。そんないつも以上に躁状態な蓮乃とお疲れで鬱気味な正太に対して、友香は平時と変わらぬ笑顔を保っている。ただしまとう雰囲気は常のフラットな空気から遠く外れ、重苦しく難しい印象となっている。

 

 蓮乃が乱入したライブショーの後、正太は正月の餅つき大会を超える速度で楽器屋や奏者の方に謝り倒し、興奮冷めやらぬ蓮乃を引きずって帰路に着いたのだ。その際、飛び入り参加の蓮乃と保護者の正太を関係者が引き留めようとしたのだが、これ以上の面倒はごめん被ると正太は上下運動連打で逃げ出している。

 後から考えてみればしっかりと事情聞いてお叱り受けて謝罪した方が良かった気が多々するがもう終わったことは仕方ない。そう思おう。今から誤りに行くのはさすがに辛い。でも後で家に連絡きたらどうしよう。だけど名前や連絡先は告げてないし大丈夫。多分、きっと、そう思う。

 

 荒い呼吸が整う頃にはいい加減現実逃避と自己欺瞞の言い訳もやり終えて、正太も周囲に目をやれるくらいの余裕は出てくる。角度を落とした太陽が示すように、「となりまち公園図書館前広場」の時計は夕方の時間帯を指している。太陽は光量を落としたオレンジに変わり、まだ日は明るいが影は随分と伸びている。子供達の姿もここに集合した昼時よりも随分と少ない。

 

 「腹減ったなー」

 

 ボールを抱えて公園の出口へと歩く少年たちから風に乗って声が届いた。正太は思わずふくよかと言うにしては太い腹周りに手を当てる。飯を腹一杯食って甘いものも口にしたが、あれだけ疲れると何かしら欲しくなる。具体的には水分と休憩が欲しい。疲れた。すごく疲れた。とても疲れた。帰って飯食ってさっさと寝たい。

 その原因はと正太が視線を向けた先の蓮乃は、温度の高い鼻息を繰り返し吹きだし引っ張り出したノートになにやらガシガシと書き込んでいる。多分、睦美さんと帰ってから話すことを先んじて書いているのだろう。文字を綴る顔にも「楽しかった!」と巨大な文字が綴られている。実際、蓮乃はすごく楽しかったしとても楽しかった。帰ってご飯食べてお母さんと沢山お話ししたい気分で一杯だ。

 

 残る友香は笑顔を解いて酷く複雑な表情を夕日に向けている。今日は色々収穫があった。特にお兄さんの魔法は探し続けていたものに限りなく近い。上手くいけば、お兄さんを盾にしつつ『あいつ』に蓮乃ちゃんを押しつけられる。そう、蓮乃ちゃんに『あいつ』を押しつける訳で……

 

 --私、何考えてんだろ。

 

 夕日より濃い色のお下げを握りしめ、青い瞳でオレンジの空を睨みつける。初めからそのつもりだったのだ。何を後悔しているのか。それとも蓮乃ちゃんを慮って『あいつ』の好きにされた方がいいと?

 それが嫌だから『あいつ』の好き勝手を防ぐ手段と、『あいつ』の身勝手の身代わりになる相手を探し続けたのだ。それが手に入った今、下らないマリッジブルー擬きに煩っている暇はない。いい子を演じれば大抵は騙せる。後は実行あるのみ。

 

 三者三様の表情を浮かべつつ、三人は思い思いの動きをする。とにかく疲れた正太はラジオ体操めいたストレッチを始めて全身を解す。友香は青から紺に色を変えた空へと視線を上げ、堅い顔で覚悟を確認するように静かに頷く。蓮乃は先から変わらず楽しかった記憶を勢いに任せてノートに書き写し続ける。

 大体伝えたいことを走り書きと落書きにし終えたのか、筋を延ばす正太に併せて蓮乃も延び始めた。両手が伸びるのが気持ちいい。正太の野太い低音と蓮乃の清廉な高音が不協のようで不協でない和音を響かせる。

 

 「おぉぉぉ~~~ふぅ」

 

 「もぉぉぉ~~~ふー」

 

 周囲に人がいれば息を抜くタイミングまで一緒の二人を見て、柔らかい笑いを大いにこぼすだろう。こんなんやっているから周囲の注目を浴びて恥ずかしい思いをすることになるのだが、蓮乃はもとより正太もびたいち理解していない。

 意識していないシンクロストレッチを終えて周囲に目が向いたのか、友香の様子に気づいた蓮乃は声を投げかけた。随分と難しい表情をしている友香は、蓮乃からは正太同様に酷く疲れているように見えたのだ。

 

 「なーも?」

 

 『大丈夫? 疲れたの?』

 

 不意に蓮乃から突き出されたノートとその表情を見て、ようやく友香は自分がしていた表情の色合いに気がついた。ニコニコ笑顔を浮かべてさえいればそれで納得してくれる扱いやすい相手とはいえ、笑み一つ浮かべられないなら当然不審に思うだろう。本当に疲れているのかもしれない。今日は早めに寝よう。

 

 『大丈夫、ちょっと考え事してただけ』

 

 出来る限り優しげで平時の平気な微笑みを形作る。柔和を表情にしたような笑顔に多少安心できたのか、心配げな蓮乃の表情も幾らか緩んだ。二人の様子はストレッチング体操を終えた正太にも見えた。

 改めて時計を見ればもう五時を過ぎている。もう夕方で、いい加減日も暮れる。蓮乃のエンジンはまだフルスロットルのようだが、自分も氷川さんも燃料切れだ。今日はここらで仕舞いと結論づけた正太は、友香に本日の終わりを告げた。

 

 「氷川さん、今日は一日お疲れさま……じゃなくて楽しめたよ。蓮乃を誘ってくれてありがとう」

 

 「どういたしまして。私もすごく有意義で、すごく楽しめました」

 

 口にした言葉は社交辞令じみていたが、間違いなく友香の本音でもあった。『あいつ』への対抗手段が見つかったのは大きな意義があった。もし蓮乃ちゃんが『あいつ』並のロクデナシだったとしても、休日半日を使ってお釣りがくる言い切れるくらいだ。それに少々不本意ではあるが楽しめたのも事実だ。

 

 『今日はここまで。氷川さんとさよならして、そろそろ家に帰るか』

 

 「んっ!」

 

 これでお開きとの正太の言葉に、蓮乃は上半身全部で頷くと何やら刻んだノートを友香に差し出す。そして、そのまま受け取ろうとした友香の手を握りしめ大波小波とブンブン振り回し始めた。

 

 「なーもーうっ!」

 

 「うん、楽しかったね!」

 

 初めてなら大いに驚くところだが、先日やられたばっかりなので友香も笑面を崩さず冷静に対応している。その光景を苦笑気味に眺めていた正太だが、横合いから目に入ったノートの文面に頭痛が痛そうにげんなりと表情を崩した。

 

 『友香ちゃん、今日はすっごく楽しかった! また明日会おうね!』

 

 --いや、明日は遊ばないから。睦美さんその話聞いてないから。つーか俺疲れているから。

 

 蓮乃が遊びに行く時には、「母である睦美から許可を得て」「正太も遊びに同行する」という取り決めがされている。明日遊ぶ約束をされても睦美の許可はまだ得ていない。それに正太は今日半日頑張ったのだ。明日一日休ませてもらってもいいじゃない。

 これ見よがしにため息をついた正太は、いつまでも握手を振り回していそうな蓮乃の肩をつついて親指で時計を示した。もう時間である。時計の文字盤と正太の顔を見て、蓮乃は大きく頷くと細くて白い手を振り回すのを取りやめた。その間に友香もささっとノートに一文を書いて蓮乃へ手渡す。

 

 『蓮乃ちゃん、明日は無理だけどまた今度会おうね!』

 

 「ぅんっ!」

 

 全力の笑顔を浮かべた蓮乃は全身を使って頷いた。年に見合わぬ文章を読む正太は、まっことよくできた子と子供全開な蓮乃と比べそうになる。他人は他人で余所は余所と口の中で繰り返して、正太は二人を脳内の天秤から心の棚に並べ直した。

 何とか心の平衡を取り戻した正太は、当の蓮乃が差し出した手を握った。小さく細く指が無駄に太くて短い自分のそれに引っかかる。蓮乃の体温が高いのか指先だけでも熱く感じる。

 

 「改めて今日はありがとう。それじゃ、さようなら」

 

 「まーのっ!」

 

 「本当に今日は楽しかったです。蓮乃ちゃん」

 

 手を振る友香へと別れの挨拶を交わして正太と蓮乃は帰路へと付いた。公園の入り口を過ぎてからも、名残惜しいのか蓮乃は何度となく振り返っては繋いでいない方の手を振る。落ちる太陽よりも明るい笑顔を浮かべて犬の尻尾よろしく全力で振り回す。余りにも勢いよくぶん回すので、思わず正太はすっぽ抜けて飛んでいかないかと杞憂を回しかける程だった。

 

 「なーもーっ!」

 

 「じゃーねーっ!」

 

 友香も満面の笑顔を浮かべ大きく手を振って応える。それは互いの姿が視界から外れるまで続いた。二人の姿が見えなくなり友香は腕が痺れるほど振った手を下ろした。

 腕を下ろすにあわせて浮かべていた笑顔は揮発し暗い能面だけが顔に残る。オレンジに満ちる世界の中、茜の髪は夕日にとけ込み白い肌は橙色に塗りつぶされる。瞳だけが空と同じ青より暗い色を帯びてくっきりと浮かび上がった。その視線は紺に染まる空ではなく、黒紅色に照らされた地面に張り付いていた。

 友香は色のない顔でじっと足下を見つめる。徐々に太陽由来の暖色は失われて、青い夜の感触が広場を上書きしていく。不意に友香は口を開いた。

 

 「……蓮乃ちゃんには友達ができる。何かあったらお兄さんが動く。それでいい、それでいいじゃない。全部今更よ」

 

 誰に言い聞かせているのも判らないほど小さく呟き、友香もまた薄暗い宵の口を歩き出した。既に太陽は空の何処にもなく、西の果てに僅かな名残が残るだけだった。

 

 

終わり


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