二人の話   作:属物

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第二話、二人が友達と出会う話(その三)

 蓮乃がやってくるようになるまで、正太には平日の放課後にTVを見て過ごす習慣はなかった。母の帰宅前までならTVを見ていても特に文句を言われることはないのだが、実物本趣味の両親の影響もあって正太は読書の方を優先していた。

 一方、蓮乃のいる向井家では、TVにチャイルドロックがかけられているので好きな番組が自由に見れない。蓮乃の母親である”向井 睦美”は仕事であまり構ってやれない割には、そこらへんが結構厳しいのだ。正太から見てもやや強迫観念気味な睦美は、母子家庭だからこそちゃんとしなきゃいけない意識が強いらしく、宇城家に入り浸る蓮乃が愚痴るくらいには締め付けが強いそうだ。

 そう言うわけで蓮乃は、宇城家に遊びに来るとき結構な頻度でTV鑑賞を求める。視聴する番組には特に偏り無い様で、面白そうと感じた作品を節操なく見ている。自然科学専門の『WWW(ワールドワイドウォッチャー)』から、正太の好物である特撮シリーズの『装甲ライダー』や『アルティメイト』などなどジャンルが幅広い。

 

 本日も宇城家に遊びに来た蓮乃は、正太にTV鑑賞を要求した。そして現在、宇城家の居間でデンプンチップスを摘みながら優雅に番組を楽しんでいる。TV前のソファーの上でゆったりと「背もたれ」に体重を預けながら視聴するのは、『カラフルガールズ』の最新話だ。これは毎週日曜朝八時半から放映している長寿女の子向けバトルアニメ『ガールズシリーズ』の最新作で、色彩の国『パレッティア』から五色の力を受け取ったヒロインが、時に協力し時に喧嘩しながら友情を深めてと汚濁の王国『ダーティーキングダム』と戦う作品だ。

 蓮乃と一緒にTV前のソファーに腰掛ける正太は、想像以上に激しいバトルシーンに視聴前の過小評価を急上方修正している。女の子向けバトルアニメと聞いて「どーせ、キラキラ光るものを投げ合って終わりだろ」と斜めに見ていたが、そのときの自分を大いに反省せざるを得ない。バトルシーンに一区切りがついて、正太は「ほー」と詰めていた息を吐いた。そのままテーブルのお菓子の皿に手を伸ばそうとして……

 

 「むー! なー!」

 

 ……「上」の蓮乃から抗議の声をぶつけられた。正太には蓮乃の言葉の意味は判らない。だが言いたいことは判った。今いいところだから「リクライニングシート」が動くな、ということだ。正太は嘆息代わりの気のない返答を吐いて、チップスを摘むことなく体勢を戻した。

 

 「へーへー、すんませんでしたー」

 

 「むふー」

 

 正太が体勢を戻して再びご満悦に戻った蓮乃は、「正太の上で」頭をすり付けるように延びをする。膝の上に乗られた挙げ句、胸に頭をすり付けられる正太としては、心地良さそうな蓮乃とは逆に実に居心地が悪い。

 正太の背丈は今現在(必ず大きくなると信じているが)一五〇cmほどで、蓮乃より頭一つ分大きい。加えて胴長短足の正太に対し、蓮乃は身長における足の割合が大きい。なので蓮乃は正太の胸肉に頭を埋める形となっている。

 

 現在、蓮乃と正太はいつも通りソファーの上でTV鑑賞しているが、いつも通りに隣り合って視聴している訳ではない。ソファーに腰掛ける正太の膝に蓮乃が腰掛けて、その状態で蓮乃は背中を預けながらTVを見ているのだ。

 どうしてこんなことになったかというと、先日の図書館での騒動(第二部一話参照)に遡る。自分にちょっかいかけようとする少年もとい利辺から身を守ろうと、今と同じく蓮乃は図書館のソファーで正太をソファーにした。その後、利辺に意向返しと嫌みと試験を兼ねた一発を叩き込むため、正太は嫌がる蓮乃を退かそうとした。正太はその時、蓮乃に『後で何でもしてやるから』と約束して退かしたのだ。斯くして本日も宇城家にやってきた蓮乃は、その約束を盾に正太に肉のクッション、略して肉ッションになれと命じたのであった。

 

 かくして蓮乃は正太の上を満喫し、正太は蓮乃の下で不満を漏らしている。せめてもの救いは蓮乃の体重が非常に軽いくらいだろう。これで妹である”宇城 清子”並に重かったら……その場合は考えたくない。蓮乃に乗っかられてぶすくれている正太は首だけで天井を仰いだ。できるなら全身をソファーの背もたれに投げ出して、思う存分延びをしたい。だが、それをしたら膝の上のお姫様から、独自言語の文句がまたも飛んでくるだろう。正直気恥ずかしいし暑いからんで止めて欲しいんだが、止めてくれないだろうな。何で蓮乃はこうもくっつきたがるんだ?

 先日同様の疑問を胸の中でぼやき、文句代わりのため息を漏らす。当然蓮乃はそんなの知ったこっちゃないと、次のチップスに手を伸ばした。お菓子の皿に積まれていたデンプンチップスのり塩味は、すでに六割方が蓮乃の小さな体に収まっている。いくらノンフライとは言え、でんぷんは人間の燃料であり、十分な熱量(カロリー)を秘めている。

 

 --そんなに食ってると太るぞー……いや、こいつは細っこ過ぎるな。いくらか太った方がいいのかもしれん

 

 正太は胸にもたれ掛かっていい気分の蓮乃へ、食い過ぎだと嫌み混じりの警告の視線をぶつけた。だがそれは、蓮乃が延ばした両手の細さに別種の心配へと姿を変える。搾りたて牛乳を材料にした作りたてのバターのように白い二の腕は、正太の片手に収まりそうなほど細い。正太の贅肉をたっぷりとまとった二の腕とは比べものにならないほどだ。

 正太の記憶をひっくり返してみれば、お菓子中心ではあったが蓮乃は結構な健啖家だ。真珠色の頬をリスかハムスターかと思わせるほどに膨らませ、いそいそとお菓子を詰め込むことに余念がない。蓮乃と出会ってからそう長い時間は経っていないから、まだ太っていないだけかもしれない。だが、それを考慮しても正太には痩せすぎのように思えた。

 もしかして蓮乃は世界中の女性が求めてやまない、いくら食っても太らない体質という奴だったりするのか。母の遺伝子のお陰で自分同様に横幅の広い清子が知ったら、さぞかし強烈に頬をひきつらせることだろう。清子の顔を浮かべて正太は意地悪く笑う。正太が妹のことを嫌っているわけではない。大切に思っているし、尊敬すらしている。だが、口喧嘩の度に毎度毎度ぐうの音も出ないほど一方的にやりこめられるのだから、胸の内で根性の悪い想像くらいしたくもなろう。

 

 そういったどうでもいいことを現実逃避も兼ねて正太が考えているうちに、アニメはED曲を流し始めた。勇気が輝くとか友情が大切とか歌っている映像を無視して、正太は手のリモコンを操作した。途端にTVの画面は登録されたチャンネルの最新情報が並ぶ、個人ページに切り替わる。膝の上から抗議文が来ないあたり、蓮乃もEDは見る気がないらしい。

 蓮乃の望み通り体の角度を変えない操作に苦労しながら、正太は面白そうな番組を探す。宇城家のTVは結構なお年なせいか、リモコンの反応が悪いことが多い。だから、いつもならリモコンの意味がなくなりそうなくらい、センサーに密着させて操作している。しかし、今日は蓮乃が上に乗っているからやりたくてもできない。正太はお前のせいで面倒だという気持ちを視線に乗せて、腹の上で居心地良さそうな蓮乃に向けるも、当人に気付く様子は一切無い。

 しょうがないと蓮乃を意識から外して、正太は登録チャンネル最新情報の中を上から下まで眺める。不意に正太の目がある一点で止まった。最新情報の中に先日図書館で借りた小説の名前と挿し絵を見つけたのだ。『漫画活劇”殺魔忍”PV第一段』と書かれた項目を見ながら思い返してみれば、ファンである『殺魔忍シリーズ』のアニメがやると知って、大喜びでチャンネル登録していた覚えがある。

 

 「おー、もうやるのか!」

 

 「ぬーなーっ!」

 

 思いもかけない喜びに正太は思わず身を乗り出してリモコンを操作する。当然、正太に背もたれる蓮乃から抗議の文句が上がる。意識から外していた蓮乃を再度意識に上らせて、「悪い悪い」と笑って詫びながら正太は体勢を戻した。

 画面は正太が操作したとおりに殺魔忍のアニメーションPVを映し始めている。和楽器を使った軽快なロックをBGMに、文章と挿し絵にしかいいなかったキャラクターが所狭しと動き回る。その姿を大喜びで眺めながら、ふと正太の脳裏に図書館で借りた『殺魔忍シリーズ』最新巻の存在が浮かんだ。そういえば借りている最新巻の『七人の乱破』を読み終えていた。図書館で借りれる本は数が少ないし、また新しい本を借りに図書館に行こうか。でもあのクソガキにまた出合ったら面倒くせぇしな。

 先日のことを思い出し、正太の顔に微妙な渋い表情が浮ぶ。散々っぱら迷惑をかけられた相手だ。少年こと利辺のお陰で、色々な意味で図書館に行きづらくなった。次にあったら締め上げてやろうと決めてはいるが、積極的に合いたいとは全く思わない。柿渋色に染まった正太の面構えを見て、蓮乃は不思議顔を浮かべる。それに気付いた正太は、収れん味の顔から苦笑の表情に切り替えた。

 

 『図書館に行こうと思うが、またあいつに会うかもしれんからどうにも腰が重くてな』

 

 『私は行こうと思う』

 

 正太の文字をしばらく見て、蓮乃は一文を返した。意外な蓮乃の言葉に正太は目を丸くする。ちょっかいかけまくる利辺の標的というか目的は蓮乃だった。先日の図書館以前から嫌な思いをさせられてきたのも蓮乃だ。自分以上に利辺には会いたくないものだと正太は考えていた。だが、蓮乃はふんすっ!と鼻息も荒く文字を綴る。浮かべる表情は決意に堅く、拳も意志を堅く握りしめている。

 

 『ずっと怖がっているのは嫌。ちゃんと「嫌い」って言ってやるもの』

 

 その言葉に正太は図書館から帰宅する前のやりとりを思い出した。嫌いな相手である利辺に、怒りを飛び越えて憎しみ混じりの蔑みを文字にしていた蓮乃を諭した後だった。嫌いな相手でも蔑んじゃいけないと伝える正太に、蓮乃はじゃあどうすればいいのかと聞いた。その時正太は『「お前が嫌いだ」と伝えてやればいい』と答えたのだ。

 

 --ちゃんと言われたことを覚えているんだな

 

 蓮乃の言葉と気合いに、正太は歯を剥いた男臭い顔で笑った。妹分がここまで根性見せているんだ。面倒だ何だと言い訳してちゃ男が廃る。正太は胸に預けられた蓮乃の頭を乱暴に撫でながら頷いて見せる。

 

 『そうだな、ビビっているのはカッコ悪いもんな。背中はちゃんと守ってやるから、きっちり気持ちをぶつけてやれ!』

 

 「んっ!」

 

 蓮乃は元気いっぱいの返事とともに正太の上から跳ね起きた。


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