二人の話   作:属物

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第一話、正太と蓮乃が出会う話(その四)

 正式名称:特殊能力

 略称:特能

 俗称:魔法

 

 このけったいな代物が、小説やおとぎ話の中から現実にでてきたのは、二〇一〇年代の後半あたりからだった。 

 

 映像記録で一番古いものは、二〇一X年五月七日に収録されたドイツのローカルTV番組だ。番組内容は視聴者参加型で、素人がやった芸をプロが批評するという、そう珍しくもないものだった。その日はプロのマジシャンが素人手品に点数をつけていた。

 そこにひょっこり出てきたある青年は、人の丈ほどもある巨大な水の玉を自由に操って見せた。ギャラリーも司会者もすごい手品だと拍手を送る中、プロのマジシャン達だけは皆、血の気の引いた真っ青な顔でその光景を見つめていた。彼らはプロだった。だから、手品で「できること」「できないこと」は正確に理解していた。そして、彼らの目の前で生じている光景は、手品やマジックでは決して「できないこと」だったのだ。

 

 こうしてなんとも皮肉なことに世界初の魔法(マジック)は、奇術(マジック)として紹介されたのだ。

 これで終わりなら世界は平和だっただろう。だが、そうはならなかった。これ以後、世界中でこういうことのできる連中が次々現れ始め、犯罪に使ったりテロに使ったりして、世界中がしっちゃかめっちゃかになっていった。いつしか、こういうことは「魔法」と呼ばれるようになり、こういうことのできる連中は「魔法使い」と呼ばれるようになった。

 政府はこんな訳のわからんものなんぞ認めてたまるかと「特殊能力」「特殊能力保有者」と名付け、どうにか管理・制御しようといろんな方法を取った。

 

 その結果の一つが、正太・蓮乃両人の腕にはまっている、正式名称「特殊能力確認用携帯機器」、俗称「腕輪」である。つまり、彼らの腕についている「腕輪」は、彼らが「特殊能力保有者」=「魔法使い」であることを表しているのだ。

 

 

 

 

 

 定期検査で知らされて以来「特徴」……すなわち「腕輪」とそれが示す「魔法使い」であるということと付き合ってきた。だが、魔法使いが集まる「訓練所」と「月検診」以外で、日本人の魔法使いを見たのは初めてだ。正太の目の前にいる蓮乃は、目を輝かせながら自分と正太の「腕輪」を見比べている。

 きっと自分と同じようにその珍しさに驚いているのだろう。そう思って蓮乃を正太が見やると、その通り興味に目を輝かせて正太の「腕輪」を見ている。そうしていると蓮乃は、「おー」だの「む~」だの妙な感嘆の声を上げながら、ペタペタと正太の右手に触り始めた。

 いくら子供といえども、体をこうも気安く触られるのは、気恥ずかしいものがある。美人で異性とくれば余計だ。そう感じた正太は、蓮乃の手をつかむとぐいと横にそらす。

 それに不満げな顔を浮かべる蓮乃。しかしすぐに表情を変えると、なにやらノートに書き込み始めた。この短い時間であるが蓮乃とつきあった正太の脳裏に直感的な予感が一瞬浮かび、わずかに表情がひきつる。またろくでもないことするんじゃねぇかこいつ。

 そしてその直後に顔の前に突き出されたノートにはこう書かれていた。

 

 『あなたの魔法を教えて』

 

 別段おかしい質問ではない。ありがたいことに嫌な予感ははずれたようだ。自分にとっては色々と思い出したくもない、実に最悪な昔の記憶と直結している魔法ではある。だが、法に反しているわけでもないし、教えてみせるくらいならさほど問題はないだろう。

 そう考えて手元のメモにささっと魔法の公式名称を書き込んで見せた。

 

 『熱量操作』

 

 それを見た蓮乃の上に、疑問符が浮かぶのが見て取れた。やっぱり公式名称はわかりづらかったのだろうか。そう考える正太の頭にかつての魔法に恥ずかしい二つ名をつけて呼んで喜んでいた頃の名前が浮かぶ。その瞬間、正太は、胃の腑から食道を逆流する胃液の感触を覚えた。

 

 ――あれは恥だ、俺の恥だ、家族の迷惑だ!  そんな代物口に出すわけにはいかん! 

 

 唇を噛みしめて何かに耐える正太。その様子を見てさらに疑問符の数を増やす蓮乃。何とも表現しがたい光景がそこにあった。

 しかしそこは我慢の足りない子供のこと。いい加減焦れてしまったのか、正太の差し出したメモをひったくると、そこに頭の上に浮かんでいるものを書きたした。

 

 『熱量操作?』

 

 確かに名前だけではわかりにくかったかもしれない。しかし、細かい説明を理解するには最低でも小学校高学年並の知識は必要だろう。さて、どう伝えたものか。

 正太はしばらく思案した後、メモの端っこに書き足した。

 

 『体の熱を操作する魔法』

 

 ぽんと手を叩き大仰に頷いて、蓮乃が理解を示す。どこか動物のようなその動作を見て、時々やっている公共(コモ)ネットの自然科学チャンネル「ワールドワイドウォッチャー」で、アフリカかなんかの猿がやっていた動作に似ていると、正太には思えた。

 そして、正太への返信を書こうと蓮乃はノートに筆を走らせる。だが、途中まで書いたところで筆が止まった。不思議に思った正太が上から覗くと

 

 『私の魔法は』

 

 で言葉が切れている。正太が顔を戻して蓮乃の顔を見てみると、両目がぐるぐる回転しそうな勢いで、めまぐるしく動いている。口元と頬もひくひくと痙攣するように、表情未満の何かしらを浮かべようとしては、形にならずに失敗を繰り返す。

 おそらくではあるが、自分の魔法を忘れたのではないか。よく口に出ないものなら、記憶からあっさり離れるものだ。そして口にでないものを呼ぶときは「あれ」「これ」「それ」とかの代名詞になるものだ。実際、父と母の会話もだいたいそれだ。

 そんなことを正太が考えながら、たっぷり三十秒ほど経過した後、ようやく蓮乃はノートに何事か書き殴って、正太の前に出した。そこにはさっきの二ページ一単語の『やだ』並に元気のいい文字でこう書かれていた。

 

 『これ!』

 

 どうやら、この娘は説明を放棄したらしい。「こ」に縦線でも引いて「ど」に書き換えてやろうか。そう考えた正太の耳に『音』が響いた。

 

 

 

 

 

 

 「……IIIIIIiiiiiiiaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAA」

 

 

 それは『音』だった。その音は蓮乃の口から出ているにも関わらず、声とはまた別物だった。もしも正太に音楽的素養があるのならば、喉を楽器として使う声楽に近い発声法をしていることに気がついたかもしれない。だが、正太にそんな素養はあるはずもなく、ただ驚くほど美しい音を、蓮乃が喉で奏でている事くらいしかわからなかった。日本語でもなく、英語でもなく、どんな言葉でもない、ただ音。

 それは、正太にいつか読んだ小説の描写を思い起こさせた。魔法の水晶の塔の中、少女が忘れられた言葉で古い古い呪い歌を歌う。それはそこにいる全員にとって理解できぬ言葉であり、それはただの音となにも変わらない。だが、それ故にその音はひたすらに純粋で、そしてその歌はいつしか水晶の塔を震わせて、ついにはその歌と同じくらい古い古い仕組みを動かすのだ。

 そして目の前の蓮乃が音を奏でるにつれて、誰も腰掛けていないソファー、目の前の机、その上にあったメモや小説本までもが浮かび上がる。蓮乃の発する音にあわせて日常の諸々が重力から解き放たれる姿は、正太から現実感を失わせる光景で……

 

 ……そして蓮乃の腕についた「腕輪」から鳴り響く甲高い電子音が、退出しかけた現実感を正太の頭に叩き込んだ。

 

 「ちょっおま!  なにやって!  やめ!  すぐにやめろ!  今すぐに!」

 

 正太は即座に立ち上がると、机とソファーをつかんで床に押しつける。唐突な正太の行動に驚いたのか、蓮乃は目を丸くして音を止めた。それと同時に、正太の腕力と抗していた浮力も失われ、机の上で浮いていたハードカバー小説がひときわ大きな音を立てて床に落ちた。途端に「腕輪」が耳を刺すような電子音を止める。

 それを確認した正太は大きく息を吐いた。やっぱりろくでもないことしやがった。ノートやペンを浮かべる程度ならば法的制限はないものの、合計すれば二〇キロ以上ある机とソファーを浮かせるとなると、どう考えても三級以上の魔法だ。おもいっきり「特殊能力違法使用」。下手をしなくてもアパートの前にパトカーが止まるぞこれ。

 

 「何考えてんだおまえ!  大きな魔法は許可なしで使っちゃいかんこと知らねえのか!?」

 

 正太は蓮乃へと掴みかかり、声を荒げて怒鳴りつける。が、そこまで叫んだところで、蓮乃がこっちの言葉を理解できないことを思い出した。正太は小さく舌打ちして、ペンと一緒に床に落ちたメモを拾おうと背を屈める。

 その背中になにやらしゃくりあげるような声が聞こえた。嫌な予感を感じて視線をあげると、想像の通り小さめの目に涙をいっぱいに蓄えて、顔をくしゃくしゃに歪めた蓮乃の姿があった。

 

 ――あ、泣くなこれ。

 

 そう考えた途端、涙が柔らかな頬を伝ってこぼれだした。喘息の発作のように何度も何度も息を飲んでしゃくりあげる。ヒッヒッと切れ切れの呼吸音が喉から漏れ出ている。

 不幸中の幸いか、大声を上げて泣くタイプではないらしい。もしそうだったら近隣住民の通報で、今日の夕飯は警察署で済ますことになっただろう。そうでなかったからといって、なにか事態が好転したわけでもないが。

 

 泣きじゃくる蓮乃を前に正太は頭を抱えた。頭をかきむしりながら、ひたすら何か手はないかと考える。

 まず、先の反応、特に帰ってもらうための説得時の様子から、蓮乃は意固地になったらテコでも動かないだろうと判断できる。それに「怒った理由」を納得してもらう必要がある。そうしなければ、また同じことをやりかねないからだ。

 だが、泣きわめいている子供になにを言ったところで、「馬耳東風」か「馬の耳に念仏」だろう。というより、「泣く子と地頭には勝てぬ」を地でいく羽目になる。

 

 結局、正太は泣き止むまで待つことにした。正太は、顔をこすって泣きじゃくる蓮乃の前に腰を下ろした。何時だったか、自分もこんな風に泣いたっけな。そんな、取り留めのないことを思い浮かべながら、蓮乃の涙が収まるまでその泣き顔をぼんやりと見つめていると、ため息と一緒にグチが漏れた。

 

 「ほんっとどーしたもんだろ、これ」

 

 

 

 

 

 

 蓮乃が泣き止むまでゆうに一〇分はかかった。おかげで、落ちたペンや本を全て拾い、机とソファーを置き直す時間は十分にあった。ソファーの上で蓮乃はまだえづくような声を上げて、時々鼻をすすっている。泣いている間に何度となく目を擦ったおかげで、蓮乃の目の周りは真っ赤に色づいていた。袖口も、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。

 蓮乃が泣いている間に濡らして絞っておいたハンカチを、正太は蓮乃に手渡した。蓮乃はおずおずとハンカチをつかむと、顔をヤスリ掛けするようにごしごしと拭き始めた。ずいぶんと力を込めて顔を拭っている。あの様子じゃ、拭き終わるころには顔全体が日本猿みたいに真っ赤になることだろう。

 

 ハンカチで顔を拭っている間にも、ソファーの上の蓮乃はチラチラと正太に視線を送る。そこに、さっきまでの傍若無人な様子はない。文字通りに小さくなっている。さっきまでの態度は、こっちがあくまで叱るに留めたことと直接手出しをしなかったことから、反抗してもいい相手と考えていたのだろう。頭を軽くひっぱたいたことは、とりあえず除いておこう。

 今は、おそらく怯えているのだ。まあ、無理もない。小さい子供が、たぶん倍くらいの年の人間から怒鳴られたのだ。その上、怒鳴り言葉の内容を理解することができない、と来たもんだ。自分の外見を考慮に入れれば、でっかい人型の化け物に吠えられたのとそう違いはないだろう。そりゃビビるし、子供なら普通は泣く。

 その様子を見て、頭をかきながら正太はぼやいた。

 

 「どーしたもんかね」

 

 とりあえず、「怒った理由」を理解してもらうためにも、話を聞いてもらわなければ、言葉通り話にならない。そのためにも、ある程度機嫌を直してもらわないと困る。

 正太はしばらく唸ると、勢いよく立ち上がり庭の反対側にある台所へと歩きだした。蓮乃は赤く腫れた目のまま、不安そうに正太の行動を見つめている。台所へと至った正太は、ぶつくさと「好物だってのに」などとぼやきながら、冷蔵庫を開けてなにやら取り出した。

 

 正太の手の上には小皿があり、その上に薄黄色い小振りな大福のようなものが、ラップをかけられて複数乗っている。打ち粉をかけられた大福の表面は滑らかで、白い打ち粉が中身の薄黄色と合わさって、水彩画じみた淡い色合いを見せている。

 正太は引っ剥がしたラップをゴミ箱に放り込んで、皿を片手に蓮乃の前までやってくる。そして自由な片手で本とノートをどかすと、なにやら書き殴ったメモと一緒に皿を机の上に置いた。どこか怯えるように、同時に不思議そうに蓮乃は正太を見やる。その蓮乃へ、正太はメモをつきだした。メモにはシンプルにこう書かれていた。

 

 『食え』

 

 身も蓋もない一文である。二度三度と蓮乃の視線がメモと正太の仏頂面を往復する。焦れた正太は黄色い大福を一つ手に取ると、大きく口を開けてわずか一口で口の中に納めた。先ほど口に出したように正太の好物らしく、厳めしい顔をしていた表情が和らぐ。そして、正太が皿を蓮乃の前へと押し出すと、蓮乃はおずおずと大福を手に取り、小さく口を開けてかぶりついた。

 途端に蓮乃は形良い目を丸くして白黒させる。よほど口にあったのか、蓮乃は大急ぎで大福の残りを口の中にねじ込んだ。ねじ込んだ拍子に力を加えすぎたのか、口の横から黄色い粘液が溢れだし、口元にべっとりとへばりつく。だが、蓮乃はそれを気にした様子もなく、次の大福へと手を伸ばす。その一心不乱な様子を見て「泣いた烏がもう笑う」と正太は苦笑を浮かべた。

 

 正太が持ってきたのは、本来は自身のおやつだった「カスタード大福」だった。食糧事情が安定化して久しい昨今でも、海外に素材の多くを求める洋菓子は手に入りづらく、ケーキなどはせいぜいがハレの日のごちそうでしか食べられない。

 だがこの和洋折衷のお菓子は、和菓子由来の求肥(餅)はもちろんとして、内包されているカスタードクリームも、セルロース還元糖類・プラントスターチ・植物性脂肪・合成鶏卵など、国内で安価に手に入る食材から成っている。そのため、気軽に買える安価な洋風菓子として、多くの人間から強い支持を受けているのだ。

 そして宇城家も例に漏れずこの大福のファンであり、両親のどちらかが毎度のように買ってくる、宇城家定番のおやつでもあった。

 

 余談であるが、このお菓子を食べるときはよく冷やして、できる限り一口で一つを食べてしまうことが推奨されている。その理由は蓮乃の顔を見ればよくわかる。餡がカスタードクリームのため、下手にかじると中身が吹き出すのだ。そのため、その味わいからくる人気と同時に、服が汚れるとして悪評も意外にあったりする。

 

 甘いものを存分に食べた蓮乃は「ほふぅ」と甘い息を吐き、小さな体を柔らかなソファーに沈み込ませた。その顔に浮かぶのは満足げにとろけた笑みで、もう少し年を得れば表情だけで並みいる異性を虜にできる代物だ。しかし、正太はその表情にいっさい頓着する様子を見せない。

 なにせ、口周りをカスタードでベタベタにした子供相手では、懸想しようにも難しい。正太は鼻から下を黄色く塗りあげた蓮乃の顔と、机と皿にこぼれたカスタードを見やる。そして苦笑混じりのため息をつくと、濡らした台拭きとタオルを流しから取りに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 台拭きで机を拭き終えた正太が、濡らしたタオルを差し出すと、蓮乃はさっきのハンカチ同様に顔を力強く拭いてゆく。おかげで蓮乃の顔からカスタードの黄色は失せたものの、代わりに先ほどと併せて、顔全体が熟れたリンゴじみた赤一色になってしまった。その有様に正太は思わず苦笑を深くする。

 そうして赤く色づいた顔に正太が視線をやると、ついと蓮乃は視線をそらした。いぶかしむ様に正太が目を細めると、蓮乃の視線は天井の方向へ飛向こうへ飛びすさり、指先は難曲に挑戦するピアノ奏者の様に膝を叩いている。宙を泳ぐ視線と複雑なステップを踏む指先。一時たりとも落ち着かないその様子を見て、ようやく正太は蓮乃が非常に気まずくて困っていることに気がついた。

 

 考えてみれば当然のことだ。お菓子を与えられたとはいえ、怒られたことも泣いたこともなくなったわけではない。むしろ落ち着いてしまったせいで、どう対応して良いのか混乱していることだろう。

 正太自身にも似たような覚えがあった。母親に叱られた後なんかは特にそうだ。何を言っていいのか、何をいったらまた叱られるのか、どうしていいのかわからなくなるのだ。その時は結局、しばらく後に母がいつも通りの対応をしてくれて、ようやくこちらもいつも通りに戻れた。問題は目の前にいる蓮乃に対して、いつも通りの対応というものが存在しないことだ。なにせいつも通りも何も、本日初めてお会いした相手なのだから当然である。

 どーしたもんかと顎をかきつつ頭を捻る。思考にふける正太の視線が、右へ左へ宙を舞う。気まずい気分の蓮乃の視線も壁から天井、机へと泳ぎ回る。何とも言い難い沈黙が二人の間に流れた。

 

 沈黙を破ったのは、ペンがメモの上を走る音だった。紙をペン先が擦る音が二人の間に響く。それは直ぐに止まり、再び沈黙が周囲を満たした。ただ、先ほどのような気まずい沈黙とは別物だ。二人が二人とも、互いの間の机に置かれたメモに視線を注いでいたからだ。机の上のメモはハードカバーの小説の横に置かれ、端的な文でこう書かれていた。

 

 『読みたきゃ読め。あと落ち着いたら言え』

 

 先ほどの『食え』同様に、身も蓋もない内容である。これだけで、誰がメモを書いたがわかる。そしてメモを書いた側である正太は、ちらりとメモを渡した側の蓮乃に目を向ける。蓮乃の視線は、身も蓋もないメモと分厚いハードカバーの間を往復していた。

 どうやら興味を持ってもらえたらしい。正太はほっと胸をなで下ろした。気まずいときには、何らかの作業をするのが一番だ。それが集中を要するものならなお良い。余計なことを考えず・考えさせないなら、自然と気まずさは消え失せる。結局、意識してしまうから気まずいのだ。意識せずにいられるなら、何の問題もなくなる。いや、問題が解決したわけではないが、とりあえず問題についてウジウジ悩むことだけは止められる。

 そして蓮乃がハードカバーを抱えたのを確認すると、正太も自分が読む予定だった、「薙刀使いの和風ファンタジー児童文学」へと手を伸ばした。


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