二人の話   作:属物

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第六話、二人が買い物にいく話(その七)

 それから十分ほど後、生体樹脂含浸セルロース繊維で出来た弾力ある籠を二つ抱え、正太はレジの少し前に立っていた。籠の中には予定していた買い物品と、蓮乃の「醤油ゴマ煎餅の特大紙袋」が入っている。

 抱えた袋で前が見辛いのか、蓮乃が二・三度他人にぶつかりかけたので、正太が取り上げて籠に移したのだ。一応ではあるが説得した上で籠に移したので、蓮乃が大泣きしたり癇癪を爆発させたりするような事態は回避できている。もっともだからといってご機嫌な顔をしているわけはないが。

 

 ――でんぷん米「かがやき四二」五kgよし、零余子芋(ムカゴイモ)・皮無玉葱(カワナシタマネギ)各五個ずつよし、酵母肉五〇〇gよし、ベルモントカレー中辛・甘口両方よし。

 

 正太は籠の中の商品を取り上げると、メモの文面を見比べている。メモと現物を確かめて買い忘れがないかチェックしているのだ。最後に蓮乃の「醤油ゴマ煎餅」の特大紙袋と清子から頼まれた「カスタード大福(八個入り)」の箱を指さして、一通り指さし確認を終えた。

 こうして改めて確認すると野菜と米がずしりと重い。バランスをとれるよう左右に分散させて持ってはいるが、両手が微妙にしびれを感じるほどである。こいつを抱えて家路につくのかと考えると気分も一緒にずっしりだ。まあ、ものの十数分だから耐えられないほどではない。で、問題は……。

 

 正太は視線を横へと向ける。そこには憮然としたとんがり唇の蓮乃の顔があった。正太を見つめる瞳も半眼で、微妙に眉根も寄っている。先にも書いたように蓮乃は、不機嫌と言うほどではないがご機嫌とは言えない。今のところは騒動を起こす気はないようで、機嫌はよくなさそうだが一応正太に付いてきている。

 だが、現在蓮乃の気分は降下角度で低空飛行中である。なぜかというと、蓮乃のお願いを正太が無碍に断り続けているからだ。

 

 『持たせて』

 

 目の前に突き出されるノートの要求に、当然と言った様子で正太の首が横に振られる。眉根の皺山脈が高低差を増し、唇がアヒルよろしくさらに延びた。さっきからこの娘は籠を引っ張っては「自分にも持たせろ」とねだるのだ。

 多少なりとも体力のある正太でもしびれを感じる重さの籠を、肉の足りない棒きれ娘に持たせるなんぞ、無茶無謀もいいところである。籠の中身より遙かに軽い「醤油ゴマ煎餅の特大紙袋」を持って人に何度かぶつかりかけていたのに、何をいうのかこの過信満々なソーメン娘は。コシを鍛えて出直してきなさい。

 なお、蓮乃がぶつかりかけたのは前が見辛いのが主な理由で、重さと特に関係はない。ただの正太の思いこみである。だからといって蓮乃に数kgの籠を気軽に持てるような腕力はないから、正太の思考も間違いというわけではない。問題はそれをちゃんと伝えないことである。筆談必須の蓮乃を相手に、両手が塞がっている正太にそれを要求するのは少々酷な話ではあるが。

 

 メモとの照らし合わせを終えた正太は、痺れる腕を休ませようと棚の柱に寄りかかると籠を床へと下ろした。両手に五kg強の重りを引っかけたまま、買い物品とメモのチェックは少しばかりキツいものがあった。軽く腕を振って電撃感を腕から振り捨てると、強ばった腕に血が通う感触と共に指の先まで熱が通っていくのを感じる。ああ、心地いい。でもこれからこいつらを持って家まで歩かなきゃならないわけで。ああ、面倒くさい。

 鼻を鳴らす豚の不満顔を作りながら、正太は繰り返し手を振って遠心力で血を指の先端まで送り届ける。腕に通う血と薄らいでいく痺れ、そしてこれからの家路で正太の頭は一杯である。

 

 だから、足下の籠へと手を伸ばす蓮乃のことにはこれっぽっちも気が付いていなかった。蓮乃はそろりそろりと手を伸ばし、籠の取っ手をつかむ。あとちょっと、もうすこし……届いた!

 コの字型をした二つの取っ手をしかと握りしめると、これまたそろりそろりと床を滑らし自分の方へと引き寄せてゆく。筋肉の強ばりが予想以上だったのか腕のストレッチを始めた正太を横目に、蓮乃はついに荷物の詰まった籠を手にした。「むふ~」と一人満足げな息を漏らすと、さっきから狙っていたことを実行すべく取っ手を掴む手に力を込めた。

 

 「ん~~~~!」

 

 籠が僅かに浮いたが、それで終いであった。そこからはわずかに左右に揺らすのが精一杯で、それ以上動く様子は全くない。一応、力は込められている。具体的に言うと蓮乃の顔が真っ赤で、真っ直ぐ延びた両手がプルプルと小刻みに振動している。元々運動になれていない蓮乃には文字通り荷が重いようだ。

 子犬の威嚇めいた文句(の音)を漏らし、蓮乃は足下へと籠を置き直す。うまく行かない、重すぎるのだ。さてどうしたものだろうか。唇を尖らせる代わりに頬を膨らませ、しかめ顔を浮かべて蓮乃は考え込む。

 とりあえず全力でやってみよう。子供らしく答えになっていない回答を自信満々で提出すると、蓮乃は力強く籠の取っ手を両手で掴みなおした。

 

 「なぁっ……もっ!」

 

 蓮乃は胸一杯に息を吸うと、腰を痛めそうな前のめり体制から、背筋力を総動員して籠を膝丈まで持ち上げにかかった。だが先より高々一〇センチ足らずしか上昇していない。これでは足りない、持ち運べない。もっとパワーを!

 

 「…………なぁぁぁぁぁーーーーーっ!」

 

 全身全霊、全力全開! 蓮乃は込められる限りの力を込めて雄叫びと共に籠を引き上げる。細い腕を震わせて、細い腰を深く落とし、細い足で精一杯踏ん張りを利かせる。徐々に徐々に、ほんの少しずつだが籠と床の距離が開いてゆく。膝丈、太股、骨盤、へそ、鳩尾。そしてついに籠は胸元まで持ち上がった!

 と、同時に重心が両足の支える範囲から飛び出した。仰け反った体勢のまま、足の裏が床から離れるのを感じる。蓮乃の血の気と一緒に重力が消えた。

 

 「っ!」

 

 声を上げる暇もない。三半規管が自由落下を訴え、小脳が耐衝撃体勢を整えろと神経パルスの警告を絶叫する。だが、ただでさえ受け身の訓練を受けたわけでもない蓮乃が、両手が塞がった状態で対応できるはずもない。

 物理法則に従って重力加速度×滞空時間=速度で、後頭部が床へと接近する。ひとたび激突すればタッパーに入れた豆腐同様に、蓮乃の脳味噌は和え物に最適な下拵え済みの代物になってしまうだろう。例えそうならなくとも、身長分の位置エネルギーは転倒時に運動エネルギーへと変換され、蓮乃の細い頸椎を容易くへし折るに違いない。哀れなことにこの少々頭脳が残念気味で幼く美麗衆目な少女は、ここで短い生を終える……ことには特にならなかった。

 

 「あっぶねぇなぁ、何やってんだコンチクショウ」

 

 なぜならば、後ろにまわっていた正太が倒れかけた蓮乃の肩を支えたからだ。

 正太は比較されたステゴザウルスが訴訟を考えるほどに鈍い。だが、流石に真横で大声で気合いを入れつつ籠を持ち上げようとする蓮乃の姿には気が付いていた。しかし、さっきから何度言っても止めようとしない、ブレーキ未搭載な道路交通法違反娘は、ここで止めたところで同じことを繰り返すだけだとも想像できる。ならば敢えて安全な範囲で自発的に大ポカをやらかせて、一度痛い目を見て学んでもらおう。バカは痛い目を実感しなければ治るまい。「前」の自分もそうだったように。

 そう考えた正太は後ろにまわって保険をかけた上で、何も言わずに蓮乃の好きにさせることとした。そして正太の想像通り『バランスってなあに? おいしい?』と言わんばかりの蓮乃は、力一杯籠を持ち上げようとして重心を崩し倒れかけたのだった。

 その結果は、正太の両手の間で少し青ざめた顔色をした、しかし怪我の一切無い蓮乃の姿だった。それとおまけに帰宅後にやらかした腰痛が少々ぶり返したが、まあ蓮乃に傷一つ内なら些細なことだ。

 

 内心安堵の息を漏らした正太は、片方の手で腰をさすりつつ蓮乃が握ったままの籠を奪い取る。転びかけたのがショックだったのか、さしたる抵抗もなく籠は正太の手に収まった。さっきと変わらず籠はずしりと重い。キロ単位の重さがわずかに正太の腰椎を疼かせる。変な持ち方するとまた腰が悲鳴を上げそうだ。こいつを考えなしで持ち上げようとするあたり一体全体何を考えているんだ。多分何にも考えていないんだろう。

 正太はドスの利いた眼差しで蓮乃を睨みつけた。睨みつけられた蓮乃は、呆けたような表情でぼんやりと正太の顔を見つめる。数瞬の間が二人の間を流れた。それを破ったのは正太の人差し指だった。

 

 「オイ」

 

 「ふなぁっ!?」

 

 正太の呼びかけと同時に、人差し指が蓮乃の額を突っついた。居眠りしている所を叩き起こされたように、バネ仕掛けで蓮乃の上半身が跳ねる。意識がようやく覚醒し混乱の最中にある蓮乃の目の前に、正太の手が差し出された。条件反射めいて蓮乃は手を見つめる。突き出された手と、それに摘まれたメモに水晶体が焦点を合わせ、蓮乃の網膜に文が映る。

 

 『「ごめんなさい」と「ありがとう」はどうした?』

 

 「?」

 

 文字の意味は解る、しかし文の意味は解らない。唐突な文章に蓮乃は小首を傾げた。理解できてない不思議顔の蓮乃に、こめかみに血管を浮き立たせつつ正太は文字を連ねる。

 

 『「危ないことしてごめんなさい」と「助けてくれてありがとう」だ。さっき徳用の煎餅買った時には「ありがとう」をちゃんと書けただろうが』

 

 半ば意図的にポカをやらかせたのは、あくまで痛い目を見せて何が良いか悪いか理解させるためなのだ。失敗を自覚できないミスでは、成長の役に立つはずがない。大事なのは失敗に対する「理解」だ。そのためには、謝罪と感謝は必要不可欠である。もしも、自分が同じことをやらかして「ごめんなさい」も「ありがとう」も忘れたら、頭蓋骨矯正処置を母が拳骨で行ってくださるに違いない。それだけ重要なことなのだ。

 しかし、十四の正太が山ほど痛い目を見てようやく解った事柄を、箱入り娘で十歳かそこらの蓮乃が全て理解できるはずもない。その上、伝えようとしていた言葉を「言え」と命じられるのは、もっとも人をムカつかせる方法の一つだ。燃料が大量投入された蓮乃の反抗心は爆発的に膨れ上がり、ついでに蓮乃のほっぺも膨れ上がった。となれば当然、ガキンチョ丸出しの意固地さ加減で蓮乃は論点のずれた反論を文字にする。

 

 『でも兄ちゃん、持つのがなんでダメか言わなかったもん』

 

 ――ふざけてんのかこのクソガキ。頭からフードプロセッサーにぶち込んで、蓮華の香るミートパテにして朝飯のパンに塗ったくってやろうか。

 

 どう見てもいちゃもん付けの文句言いにしか見えない見当違いの反論に、正太の角膜血管が充血して膨れ上がる。生来の強面と血走った目とひん剥いた歯が、まともな人間なら即座に顔を背けるような面構えを形作った。これが犬なら主人が手を離した瞬間に相手の腹を噛み破るだろう。そう思わせる異形の形相だ。

 だが正太は自分の手綱を握り直した。今現在、蓮乃は睦美さんから許可を取って預かっている。許可は信頼合ってこその話なのだ。それを裏切るような、家族に顔向け出来ない人間になりたくない。それに感情のまま拳を振るうなど年上として恥ずべきことだ。

 深呼吸だ、深呼吸の必要がある。正太は肺の隅々まで空気を吸い込み、横隔膜を緩めて全て吐き出した。憤怒の熱気が吐く息と共に体の内から抜けてゆく。一回、二回、三回、よし落ち着いた。最後にだめ押しでもう一回深呼吸をすると、正太は改めてペンを手に取った。

 

 『両手が塞がっていたからだが、確かに言わなかったのは悪かった。すまん』

 

 「……ん」

 

 人生の年長に必要なのは誠実さだと、正太はそう信じている。だから素直に謝罪を書いて頭を下げた。蓮乃にしてみれば「ただ拒否されていた」だけで、「なぜ」「どうして」は一言も告げられていないのだ。それで「相手の事情を考慮し」「なぜ拒否されているのかを考え」「自分の欲求を抑える」ことを十歳の子供に求めるのは少々期待が過ぎるだろう。しかし……

 

 『だからといっておまえがした危ないことがお咎めなしになるわけじゃないぞ。改めて聞くぞ、「ごめんなさい」と「ありがとう」は?』

 

 正太は先とは違った真摯な表情で、少なくともそう信じている顔で、蓮乃をじぃっと見つめる。一直線な視線と自分の行いに罪悪感を刺激されたのか、蓮乃はばつ悪げに視線をさまよわせる。だが正太の目は容赦なく蓮乃を見つめる。しばらくの後、いい加減観念したのか蓮乃は米粒のような小さな字でノートの隅に言葉を書いた。

 

 『危ないことをしてごめんなさい。助けてくれてありがとう』

 

 「よし」

 

 蓮乃はちゃんと謝罪と感謝が出来た。これで心配はないだろう。微妙に表情が不満げなのが気になるが、一応は謝罪と感謝を言葉にしたのだ。これ以上は必要ないだろう。正太は確認の意味を込めて静かに頷く。

 その隣で蓮乃は、籠の木繊維を白い指先で撫でさすりながら随分と微妙な顔をしている。まるで「粗相をした所を見つけられた猫」「お叱りでおやつを取り上げられた犬」のような、「自分が悪いのは解ったけど正直なところやっぱり未練たらたら」な表情だ。当人的にはやっぱり籠を持ち上げて運んでみたいらしい。他人からしてみれば何故そこまで拘るのかさっぱりだが、蓮乃からしてみれば譲れない一線があるのだろう、たぶん。

 

 蓮乃は繰り返し籠の端を摘んでは自分の腕に触れる。力がたくさんあって軽々と籠を持ち上げられたなら良かったのに。そうすれば兄ちゃんに叱られることもなかったろうし、そもそも転びかけるようなこともないだろうに。

 でも現実は籠を持ち上げるのに腕の力じゃ全然足りなくて、全身の力で無理矢理持ち上げたら勢い余ってすってんころりん。兄ちゃんが支えてくれなかったらスーパーの床とごっつんこだ。やらかしたらさぞかし痛かっただろう。ああ、ホントに力がたくさんあれば良かったのに。せめて、兄ちゃんの半分くらいでも……半分? そうだ、半分なら何とかなるかも! それに転びかけても安全だし、これならきっと大丈夫!

 

 蓮乃の脳内で六〇WLED電球が明かりを灯した。なにやら思いついた顔した蓮乃は、何かを確信したように「むん!」と鼻息荒く気合いを入れる。

 気合いたっぷりなその顔を見た正太は、「ま~たろくでもないことか」と思いっきりげんなりした。蓮乃とはここ五、六日程度の短い付き合いではあるが、正太の記憶にある限りこの手のステキな思いつきでロクな結果になった覚えがない。加えて言うならばその手の思いつきに、イの一番で付き合わされるのはこの宇城正太であり、その被害を受けるのもその後始末をするのも正太が一番多いのだ。この常時乱数機動娘は今度は何をやらかすのだろうか。

 正太の気持ちを知ってか知らずか、どちらにせよ行動に変わりはないだろうが、蓮乃はたぎる思いのままノートにペンを走らせる。

 

 『籠の取っ手は二つ有るから、二人で半分こすると安全!』

 

 不可解と書かれた顔の正太はとっくりと文字を眺めた。はて、こいつは何を言いたいのだろうか。「籠の取っ手は二つ有る」それは確かだ。「だから二人で半分こすると安全」とは如何に。二つある取っ手を半分こする、つまり一人一つずつ持つってことだろうか。それじゃぁ、むしろ不安定になって危険じゃなかろうか。俺一人で籠を持つのが一番安全だろうに、何を言っているんだこいつは。

 不可解顔の皺をさらに深めて首を傾げる正太。それを見て「わかってくれない」と不満顔になる蓮乃。さっきとは真逆の光景だ。ニブチンな正太に蓮乃の両目はさらに細まり頬はさらに膨らむ。その「不満」の二文字がでっかく書かれた蓮乃の顔を眺めて、正太の脳裏にようやく閃きが浮かんだ。

 

 ――あ、こいつまだ籠を持ちたいのか。

 

 蓮乃自身、一人で籠を持つのは危険に過ぎるとさっき転びかけたからよくわかる。しかし、籠を持ちたい気持ちに変わりはない。ならばと考えたのが『取っ手を二人で半分こ』という一見不可解な一文だったのだ。確かに蓮乃一人で持つよりも格段に安全だろうし、「籠を持ちたい」という欲求にも折り合いがつけられる。もしも蓮乃がバランスを崩したとしても、横幅の広い正太がクッションになるか籠を掴んだ手で支えられるので、怪我もさっきよりはし辛くなるだろう。

 さてどーしたもんかね。正太は不可思議顔をしかめ面に変えて顎をさする。自分一人で持つのが一番安全ではあるが、蓮乃の気持ちを全く汲まないというのも、ちょっとアレだ。こっちが叱った内容に対して蓮乃なりの対策を持ってきているんだし、これを否定するようでは蓮乃がこっちの叱責に耳を貸さなくなりかねん。ここは蓮乃の要求を聞き入れるべきだろう。

 だがしかし、正直言って恥ずかしい。いや、それをすべきだと考えたのだ。ならば武士に二言なし、まず塊より始めよ、男は黙ってサッポ○ビール。最後は違うか? まあいいや。

 

 胸の内で一応の納得をすませた正太は、指を器用に使って片手の籠の取っ手を二つから一つに持ち替えた。さらに小指に握っていない方の取っ手を引っかけると、蓮乃へと籠ごと差し出した。四、五秒の間の後、不満と書かれていた蓮乃の顔から、真夏の日差しを受けた向日葵のように笑顔の大輪が咲いた、思いっきり咲いた。

 

 「な~~う~~~~!」

 

 「大声上げんなよ」

 

 恥ずかしいだろという一言を飲み込み、正太は代わりにため息を付く。喜びすぎだろ、この娘っ子は。こんなちょっとしたことでも、まるで万願成就の時が来たと言わんばかりの喜び方をする。よほど喜びの沸点が低いらしい。もっとも怒りや悲しみの沸点も随分と低いので、ある意味バランスがとれているとも言える。何というか、全般的に感情のアップダウンが激しい傾向があるようだ。そんなだから相手してると実に疲れる、本当に疲れる。

 そんな疲れた顔の正太を後目に、蓮乃はテンション天昇なご機嫌で反対側の取っ手をぎゅぅと掴んだ。「むふー」と満ち足りた息を吐き、大満足の表情で頷く蓮乃。二人の間でバランスをとった籠は、とっ捕まえられたリトルグレイみたいにぶら下がる。そして「よけいな仕事が増えた」と嘆く連邦政府官僚のような表情の正太と、「エイリアンがこの手に!」と興奮するMIBメンバーのような顔の蓮乃はレジに向けて歩き出した。

 

 ――レジのおばちゃん、「あらあらまあまあ」って顔でこっち見るの止めてください、お願いします。


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