二人の話   作:属物

20 / 74
第四話、正太と休日の話(その五)

 五月晴れという言葉があるとおり、五月の天気は基本的に晴れ模様だ。ついでに言うなら初夏という言葉の通り、五月は夏の入り口でもある。つまり図書館から帰宅中の正太がなにを言いたいかというと、まだ五月だってぇのに何でこんなに暑いんだこん畜生が、ということだったりする。燦々と燃える太陽のおかげで、サイズの合わない野球帽にねじ込まれた正太の頭は、まるで蒸籠で蒸される小龍包だ。こんなに暑いのならかぶらない方がましだった。

 

 ふと正太は、小龍包という言葉に思いを馳せる。そういえば小龍包なんて一度も食ったことないなぁ。我が家はそんなに金がないから本物の豚肉使った中華料理なんてそうそう食えないしなぁ。でも一生に一遍くらいは満干全席フルコースで頂いてみたいもんだなぁ。

 小龍包という単語をきっかけに、湯立ちかけた脳味噌が北京・上海・四川・広東ほか正太が中華料理(だと正太が思っているもの)を無駄に高精度かつ高彩度で脳裏に映し出してゆく。湯気の立つエビチリに肉のゴロゴロ入った酢豚、鳥骨出汁が香る白湯ラーメンにさっぱりと歯切れよい杏仁豆腐。それも合成食品で作ったモドキじゃない、全部本物の中華料理だ。

 

 自分の想像で生唾を飲み込んだ正太は、腹の空き具合を確かめるように太い腹周りをさすった。あー畜生、料理描写の出てくる小説なんて読むんじゃなかった。昼飯食ってから二時間もたってないのに腹が減ってきたぞこん畜生。よし決めた! 今日は帰ったら、とりあえずラムネの大瓶飲んで、さらに焦がし醤油味の(デンプン)チップス摘んで、加えて図書館で借りた新作を読んでやろう。それも床に寝っ転がりながらだ! そう本日は自堕落日和に決定されたのだ!

 実にみみっちい決意を固めた正太は、空手の左手を降りあげて無意味な気合いを自分に入れた。その拍子に逆の右手にぶら下げられた布袋が振り回されて、中身が中へと飛び出しかけた。

 

 「うぉっとっとと」

 

 バランスを崩しかけながらも正太は中身の保護を試みる。中には図成町図書館で借りた読書予定の小説が詰まっているのだ。汚したりしたら容赦ないペナルティーが下されてしまう。

 新聞も電子化されて久しい昨今、図書館の書籍もとうの昔に電子情報化されている。今や図書を借りるのに図書館に行く必要すらない。公共(コモ)ネットを通じて図書館のサイトに移動すれば、そこで図書データへのアクセス権を借りることが出来るのだ。それでも正太のような実物本好みは少なくなく、税金の無駄と罵られながら図書館は実物本を貸し出している。そういった事情もあって、実物本への汚損・紛失のペナルティーは、定価での買い取りに加えて三ヶ月の貸し出し禁止と中々に厳しい。

 さらに言うなら完全な趣味の品となった実物本は決して安くない。金のない中学生である正太にとって、図書館は新作の生命線だ。図書館無しでは、小遣いが入るまで読み尽くした家の書籍をまた読み直すしかなくなってしまう。いや、正太としてはそれはそれで味があるのだが、やっぱり新作は読みたい。

 そういうわけで、正太は飛び出しかけたハードカバーの小説を片足立ちになりながら布袋ごとつかみ直した。

 

 「危ない危ない」

 

 小説に地面の汚れが絡みつくのを避けた正太は、危機一髪と冷や汗と脂汗を一緒に拭う。ついでに頭皮を蒸し上げている野球帽を外して、蒸れに蒸れた頭を帽子で扇ぎだした。五月の日差しが髪の毛を焦がし不快指数を増大させるが、それよりも頭をくるんだ汗の蒸気が吹き飛ばされるのが心地いい。飽和水蒸気量の汗を含んだ空気が、皐月の薫風と入れ替わってゆく。

 

 こりゃ家に帰ったらキンキンに冷やしたラムネが必須だな。そうだ、三時のおやつはチップスじゃなくてアイスキャンディーにしよう! キンキンに冷たくしたラムネにキリっと冷えたアイスキャンディー。こりゃ腹を冷やし過ぎて下しちゃうかもしれないなぁ。

 先日父が買ってきたアイスキャンディーがまだ残っているのかもわからないくせに、正太は随分と気の早いことを夢想する。一人上手な想像に感極まったのか、煮込み過ぎたカボチャのように相好を崩した。

 上機嫌に日差しの中を練り歩く正太。その脳内では「オレンジ味」「ブドウ味」「練乳味」「メロン味」など各種フレーバーのアイスキャンディーが浮かんではまた消えている。氷菓に満ちた頭の中とは裏腹に、その顔はカレーのジャガイモめいて妄想に煮くずれていた。

 

 だが信号に差し掛かったところで唐突に、その眼差しと脳内は同じ氷点下四度の低温を帯びた。眉の間には日本アルプス級のシワが寄り、口は出涸らしを噛みしめたような苦々しい「への字」に歪む。そして冷凍庫並に冷めた視線の先には、とてもとても見覚えのある整った顔が、両手を振り回して自己アピールに心血を注いでいた。

 

 「なぁーーーもぉーーーーっ!」

 

 宇城正太、向井蓮乃と本日三度目のエンカウントである。

 蓮乃との一日あたり遭遇回数の最高記録を更新した正太は、「げんなり」とくっきり書かれた表情で、信号の向こうの蓮乃を見つめた。そんな正太が気付いたことに気付いたのか、蓮乃の両腕はさらなる高速で回転しだした。

 

 「にぃーーーーー!」

 

 ついでに雄叫びならぬ雌叫びを上げて、蓮乃は甲高い声で自己主張を続ける。テンション上昇一方のその様を見て、正太の気分は真逆の方向に突っ走っていた。

 別段自分は蓮乃のことを嫌っているわけではない。しかしながら、あの活力過剰暴走娘の相手をするのは随分なエネルギーを要するのだ。それが日に二度三度目ともなれば流石に疲労困憊になるのはしょうがない。そう、しょうがないのだ。

 何に対して言い訳ているのか当人すらわからないが、正太は胸の内でひたすら弁明を続ける。そんな正太を後目に、いやある意味注目しつつ蓮乃は信号の切り替わりと同時に飛び出しかけ……引き戻された。後ろから強く腕を引っ張られたのだ。バランスを崩しかけた蓮乃は、複雑にたたらを踏んで平衡を何とか維持した。

 蓮乃には自分の腕を引っ張る人間なんて一人しか思いつかない。「いいところだったのに」と不平と怒りを発散する蓮乃が振り返ると、視線の先には痣が残りそうなくらい強く自分の腕を握りしめた睦美の姿がそこにあった。

 

 「ぬぅー!」

 

 どこぞの世紀末覇王よろしく眉にしわ寄せ、蓮乃は母親へ向けて不満を表現する。もっとも日本人形じみた外観の美少女が唇を尖らせながらやっても、「かわいい」以外の印象は与えられなさそうだ。あとはせいぜい「あざとい」ぐらいだろうか。

 だが、睦美にそのどちらの印象も受けた様子は見られなかった。ただ能面じみた虚ろな表情のまま信号向こうの正太へと顔を向ける。その顔を見た瞬間、蓮乃に対する疲労感も借りた本への期待感も、正太の中から消えて失せた。思わず正太は呼吸を止めていた。

 

 光を重ね過ぎれば無色の「白光」になるように、

 

 色を重ね過ぎれば無彩の「黒色」になるように、

 

 睦美の顔は感情を煮詰めきって焦げ付いた、あまりに激烈な無表情を浮かべていたのだ。

 そして睦美は凍り付いた正太へと深くお辞儀をすると、蓮乃を引きずるようにして曲がり角へと姿を消した。正太は半ば呆然としたまま、信号が再び赤へ変わりもう一度青になるのを見ていた。

 

 「……どーしたもんなんだよ、一体全体」

 

 凍り付いた全身を内から溶かすように、正太は頭を振りながら初夏の空気を繰り返し深呼吸する。だが、何度頭を振っても睦美が見せた「焼け野原のような無表情」は正太の脳裏にこびりついたまま離れようとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 自宅である間島アパート一〇四号室のある戸小と、区役所のある図成町はそう遠い距離ではない。子供の足でもせいぜいが二~三〇分という所だろう。大人が早足で歩けばさらに時間は縮まる。

 それでも、移動中強く握られたまま引き摺り回された蓮乃の二の腕には、真っ赤な痣が残ってしまっていた。

 

 「う~」

 

 一〇四号室の居間に腰を下ろした蓮乃は、腕を振っては繰り返しさする。赤い手形となった痣と痺れる痛みを取ろうとしているのだ。しかし、一〇分以上握られっぱなしだった二の腕は、一向に様子を変えようとしない。さらに道中では腕を引っ張られ続けていたため肩も痛みを訴えている。我慢できないほどではないが非常に不快である。蓮乃はその原因である睦美へと顔を向ける。当然その顔には不満と文句が満載されていた。

 

 「む~~に~~」

 

 じっとりした半目の間には皺山脈が築かれており、現在の不機嫌をこの上なく分かりやすく表現している。が、表情だけで全てが伝わるわけではない。なので、蓮乃はウサギ型のバックからノートを取り出すと、表情に過積載された不平と文句を文章へと移設した。

 

 『お母さん、腕が痛かった! それに兄ちゃんと話そうとしてたのに何で引っ張ったの!?』

 

 蓮乃としては腕が痛い以外に、正太と話そうとしたところを連れ帰られたのがご不満のようだ。そして蓮乃はすっくと立ち上がると、照明も付けぬまま廊下に立ちすくんだ睦美の眼前にノートを突き出す。しかし、睦美の反応はない。まるで津波直前の引き潮のように静かだ。

 

 『お母さん聞いてるの!?』

 

 正しく言えば、「聞く」ではなく「読む」なのだが、興奮している蓮乃に気がつく様子はない。そして睦美の雰囲気にも気がつく様子はない。

 

 「まーっ!」

 

 不機嫌度向上中の蓮乃はさらに声を荒げて睦美へのアピールを繰り返した。それでも睦美は動かない。ただ床を見つめてうつむいた小刻みに震えているだけだ。

 

 「ゔゔゔゔゔ~~~~」

 

 蓮乃の口から文句を通り越して、飛びかかる寸前の野犬ような唸り声が漏れ出始めた。さらに(目の前にいるが)親の仇と言わんばかりにフローリングの床を踏みし抱き始める。もはや蓮乃のご機嫌は、蓮乃史上ワースト一位を更新しつつある。地団太を踏んでいるのは、アピールではなく苛立ちの表現でしかないだろう。

 目の前で繰り広げられる娘の奇行が、いい加減目障りだったのだろうか。岩戸の前で天鈿女命(アマノウズメノミコト)に踊り狂われた天照大御神(アマテラスノオオミカミ)のように、ゆっくりと睦美は顔を上げる。無反応だった睦美が反応して、いくらか怒りが収まったのか蓮乃の声は襲撃寸前の野生動物から不満げな子供程度に戻った。

 

 「む~~、ぅ?」

 

 だがその声も途絶えた。蓮乃は今更になって睦美の様相が異様であることに気が付いた。蓮乃は見上げるようにして血の気の失せて青ざめた、それでいて血の色の中身が弾けそうな睦美の表情を見る。

 

 ――お母さんの顔はなぜ青ざめているのだろうか?

 

 続いて痙攣したように震える睦美の足に視線をやった。

 

 ――お母さんの体はなぜ震えているのだろうか?

 

 そして鞭のように振りかざされた睦美の右手を呆けた表情で眺めていた。

 

 ――お母さんの手はなぜ振り上げられているのだろうか?

 

 後半秒しないうちにその手が振り下ろされて、蓮乃の頬を打ち据えるだろう。少なくとも二人を横から眺めていたなら誰でもそう思うような状況だった。

 だが、振り上げられた手は突如として力を失い、風の止んだ吹き流しのように垂れ下がった。先の蓮乃以上に呆然とした表情で、睦美は自分の手と蓮乃の顔を繰り返し見やる。一〇秒の後、瘧(おこり)を起こしたと錯覚するほどに睦美の体が震え出した。その顔はついさっきまでの決壊寸前のダムに似たそれとは異なり、ダム決壊の瞬間を眺める職員を思わせる「現実に打ちのめされて呆然とした」表情であった。

 

 してはならないことをやってしまった。

 

 取り返しの付かない失敗をしてしまった。

 

 睦美の表情はそう物語っていた。

 

 「あっ……」

 

 睦美の無表情というダムにひびが入り、感情の濁流が両目と唇から溢れだした。両の目からは涙が滴り、口からは嗚咽がこぼれる。抑えるように両手で顔を覆うが、溢れる感情は収まる様子を見せない。息を呑むように荒い呼吸を繰り返しながら、声を上げて睦美は泣きじゃくった。

 それを見ていた蓮乃の目尻にも涙が山を築き始めた。程なくして涙の鉄砲水が蓮乃の頬を伝わり落ちる。目の前で涙を流し嗚咽をあげる母の姿に、訳も分からずに悲しくなった蓮乃は声を上げて泣き出した。

 生まれたばかりの赤ん坊はただひたすらに泣き叫ぶ。それは人間の持つもっとも根源的な精神の発露であり、言葉も知らず体も動かない乳幼児にが唯一持つコミュニケーションの手段だ。だから、感情が飽和して溢れだした睦美も、混乱の極地で何も出来なくなってしまった蓮乃も、赤子のように泣きじゃくる以外に出来ることはなかった。

 

 涙と嗚咽の親子二重奏が一〇四号室の居間に響く。午後の日差しに照らされた部屋の中は、驚くほど濃い影に半ば塗りつぶされていた。

 

 

 

 

 

 

 まんじりともせずベッドの上で寝っ転り、ただひたすら天井を眺める。視線の先の有機EL板照明が目に眩しい。正太は目を細めて手でひさしを付けた。

 子供部屋の扉からは、父が居間で見ているネットテレビの音が漏れ聞こえてくる。夜九時のニュースによれば、北京自由政権と南京臨時政府の戦闘は一進一退の膠着状況と化したそうだ。このままだと近隣国家による横やりで、中東やアフリカよろしく紛争状態が常態となるかもしれない、らしい。

 聞くともなしに中華諸国の情勢を聞き流しながら、正太は図書館からの帰りに顔を合わせた向井親子のことを思い返した。

 

 「一体全体どーしたもんなんだろなぁ」

 

 あの時に見た、否、見てしまった睦美の無表情。「表情」が「無い」から「無表情」と言うものの、あの顔は虚ろや乏しいと表現できるものではなかった。

 まるで色を塗り重ね過ぎて真っ黒にひび割れたキャンパス、光を重ねすぎて真っ白に焼け付いたスクリーン。それとも噴火寸前の火山のような、台風直前の凪のような、「堪えて耐えて我慢して、何かが弾ける一瞬前」を思わせる無表情だった。

 きっと「なんか」あったのだろう。「なんか」が何か知らないが。そして、その「なんか」が腹の底から溢れだしかけたから、あんな顔をしていたのだろうか。

 

 「あーもー、こんちくしょうが」

 

 何がなんだかよくわからん。訳の分からない状況に文句が漏れた。正太は頭を抱えて意味もなくベッドの上を転がる。ベッドは朝方と同じくギシギシと文句を立てた。

 

 「どしたの?」

 

 正太が漏らした文句か、はたまたベットが立てた文句か、それともその両方に気がついたのか。部屋の反対側でベッドに腰掛け読書中だった清子がふと顔を上げて、正太の方へと視線をやった。

 

 「いや、あ~その、なんだ」

 

 正太は歯切れ悪く答えになっていない返答を返した。視線も空中三回転半ひねりのウルトラCをやっている。何せお隣の家庭の事情に関する話である。今日の天気よろしく、気軽に話せる話題ではない。

 

 「事情があるなら聞かないけど?」

 

 「いや、聞いてくれ。ただし他言無用で頼む」

 

  兄の様子に何かを察した清子は、好奇心を抑えて正太に尋ねる。しばらく正太は渋い顔で顎をさすっていたが、意を決したように口を開いた。

 

 「心配しなくても人様に言い辛い話を、スピーカーみたいに放送する趣味はないよ」

 

 「それなら安心だな」

 

 清子はその人柄故か、同年代の女子たちの相談(という名の愚痴聞き)を受ける事が多い。噂話とゴシップが大好物の思春期女子の中で相談を任せられる事自体が、清子の口の堅さを証明していると言えるだろう。

 

 それを了解している正太は、清子へと事情を話し出した。口にするのは、主に草むしり中の会話と図書館帰りの睦美の印象についだ。無論、草むしり中に口走った余計な内容はおくびも出していない。そして、一通りの話を聴き終えた清子は、唇に指を当てて話の中身を吟味する。

 

 「ん~~~~判断に困るね、これ。そもそもが兄ちゃんの印象でしかないわけだし」

 

 「まぁそういわれればその通りなんだが」

 

 清子の言うとおり結局のところ、この話の大本は「正太がそう感じた、考えた」がほとんどだ。確たる証拠はどこにもない。だったらどうすべきか。

 

 「いっそ蓮乃ちゃんに聞いてみたら。睦美さんは無理だとしても、蓮乃ちゃんなら問題ないんじゃない?」

 

 「でも人様の家庭の事情を聞き出すってのも、なぁ」

 

 清子の躊躇無く本丸を攻める発想に、正太が渋柿をかじった顔で答えた。他人様の事情をゴシップめいた話の種にすることは、「してはならぬ事」と両親から強く躾られている。この件を蓮乃から聞き出すのは、どう考えてもパパラッチの行いだ。趣味がいいとは到底言えない。

 

 「じゃあ聞かなきゃいいじゃない」

 

 前言をあっさり翻して、清子は身も蓋もない返答を投げ返した。先に清子が言ったように、この話は正太の印象でしかないのだ。何か頼まれた訳ではないし、何らかの被害を受ける訳でもない。確かめる必要性もまたどこにもない。

 

 「その通りではあるんだが」

 

 「結局さ、『兄ちゃんが気になる』のが全てでしょ。それに関してお隣さんから何かがあったわけでもないし」

 

 頭を抱えた正太に、清子は手心無く追撃をかけた。清子の言うとおり、全ては正太の印象に過ぎず、向井家から何かあったわけではない。強いて言うなら毎日のようにやってくる蓮乃くらいだ。

 正太は頭を抱えたまま、喉の奥から豚のような唸り声をあげる。言われるとおり「自分の印象」でしかないのは確かだ。そうだからと無視する気になれないなら、出来る方法で確かめて自分で判断するしかない。

 正太は抱える手を離すと頭を大きく振り回して、首の筋をのばした。パキパキと音を立てて間接液に気泡が生まれる。

 

 「そうしてみるかね」

 

 「そうしてみたら?」

 

 正太の答えへ清子は打てば響くように軽く返す。そしてこれで話はお終いと全身を伸ばして凝りをほぐした。そのまま反動を付けて清子はベットから飛び降りる。

 

 「先お風呂もらうね~」

 

 子供部屋を後にする清子に、「おう」と返して正太はベッドに寝転がった。居間から漏れるテレビの音を聞けば、ニュースはいつの間にかに終わり、天気予報に変わっていた。梅雨前線は沖縄を過ぎ、そう遠くないうちに本州へと上陸する予定だそうだ。

 窓のない部屋の壁を見つめながら、正太は明日の天気と蓮乃の様子をぼんやりと考えていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。