マシュを幸せにし隊

※冒頭から6章のネタバレしているのでご注意を
※この話はpixivにも投稿しています

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明日も明後日もその先も。

 

 マシュ。

 “彼”の強くて賢く、そして可愛い大切な後輩。『先輩』と呼んでくれては、とても仲睦まじく接してくれる女の子。カルデアに来てから付き合いが長く、そして一番お互いの絆が強いと言っても過言ではない。

 いつも元気で明るく振舞ってくれる彼女。しかし、そんなに彼女の命は儚い。

 彼は彼女の出生の秘密を知り、彼女のこと、彼女に残されている時間を知った。

 知ったところで彼が出来ることは限られている。英霊でもなければ、神でもない。どこまで行っても個人の力しか持ち得ない。己が持つ力に無力さを感じながらも、彼は自分が出来ることを精一杯やるしかない。

 人理の修正。そして残された彼女の時間、彼女に悔いがないよう共にその日まで過すだけ。

 けれど、もし叶うのなら彼女と……――。

 

 

「――んぱい……先輩」

 

 彼の耳に届く聞き慣れた親しみのある声。

 先輩、と彼のことを呼ぶ者は彼が知る限りただ一人。

 

「(これは……マシュの声だ。マシュが呼んでいる)」

 

 我に返るように目を開けた。

 

「……っ」

 

「よかった、先輩。起きましたか」

 

「マシュ……」

 

「はい」

 

 目の前に後輩であるマシュが立っていた。

 非戦闘時、いつもの着ている見覚えのある私服姿の眼鏡をかけたマシュ。

 マシュがいること。いつもと変らないマシュの姿に安堵を感じると、自分達がいるここがカルデアではないことに気づいた。

 辺りを見渡せば、行き交う沢山の人と喧騒。大きな建物がいくつも見える。

 

「ここは街?」

 

「そのようです。ただ、街というよりかは都市といったほうが適切かもしれません。幸い、近くには敵性反応は感じられませんし、普通の都市のようですが」

 

「そうか。マシュも起きたらここに?」

 

 彼の最後の記憶はカルデアの自室で就寝していた記憶。

 自室から出た記憶はなかった。

 

「はい。わたしも目を覚ましたら先輩とここにいて」

 

「ということはいつものレイシフトかな……カルデア、ドクター達との連絡は?」

 

「それがやはり、繋がらなくて……」

 

「本当にいつものか……」

 

「はい……」

 

 通常のレイシフトではない、最近稀にあるタイプのレイシフトによってここにいるのだと彼らは一まず結論づいた。

 

「まあ……何とかなるか」

 

 頼りない短絡的な言葉ではあるが、決して根拠がないわけではなかった。

 体調にこれといった不安もない。魔術回路もいつも通り正常。マシュとのパスもしっかりと繋がっている。自分達がこうしてまだ何事もなくいられるということは、少なからずとカルデアとまだ繋がっているということにもなる。だとすれば、通信もその内回復して繋がる様になるだろう。

 何より、今までもこういう事態は何度もあった。そんな彼らの経験則が何とかなると言う根拠の一つであった。

 

「あの、先輩」

 

「どうかした?」

 

「何というかわたし達、目立っていませんか?」

 

 言われて、彼は今一度周囲に注意を向けた。

 すると、耳打ちするようにこっそり言ってきたマシュの言う通り、目立っていた。

 今彼らがいるのは行き交う人達が通る道の脇にある石で作られた半円状ベンチ。そこの前を行き交う人達はちらほらと彼らを物珍しそうに目で見ては通り過ぎていく。決して全員が全員というわけではないが、彼らを物珍しそうに見る人たちは多い。

 

「みたいだ。なんでまた……あっ」

 

 自分達に何かおかしなところでもあるのかと自分達の姿を確認してみた。

 すぐさま、彼は目立つ理由に突き当たった。目立っていたのは二人ではなく彼のほうであった。

 理由は彼の服装。彼が今着ているのはカルデアのマスター候補生用に支給される服型の魔術礼装。彼が普段着にしている服の一つであり、カルデアでは当たり前の制服ではあるが、今彼らがいるここはカルデアではない。

 通行人には彼が街中でコスプレしているように見え、彼もそのことに気づいた。

 

「目立つよね、この服は……」

 

「そうですか? わたしは素敵だと思います」

 

「ありがとう、マシュ」

 

 マシュの言葉に彼は嬉しさを感じながらもただ苦笑いするしかない。

 行き交う人達とでは服装が違いすぎる。もしも、自分が通行人の立場なら物珍しく見るのも無理ない。

 自分一人が目立つのは仕方ないことだとして我慢しとおせるが、問題はマシュだ。

 

「……」

 

 戦闘時ならまだしも非戦闘時である今。賑やかな街に行った事はあるが、こんなにも多くの人々に注目された経験は少ないマシュは、ほんの少し居心地が悪そうにしている。

 このままではいけない。場所を移したほうがいいかもしれない。一つの場所に留まっていれば、目につきやすいが、歩いていれば人目は避けやすくなる。

 

「目立つから代えの服を買える服屋があればいいんだけど」

 

「服屋……ここは街のようですし少し歩けばあるかもしれません」

 

「そうだろうね」

 

しかし、今の彼らはある意味遭難者。前もって、先立つ物なりあればよかったのだが、そうはいかない。

 ここがまだ古い時代ならばどうになかっていただろうが、どうみてもここは彼がカルデアに来る前にいた時代と大差ない。そういった時代はまず先立つものがなければどうしようもない。

 

「どうしたものか……これは」

 

 悩んでいるとポケットに違和感を感じた。

 中から取り出してみると、それはスマートフォンだった。

 彼がカルデアに来る前、普段使っていたものだが、カルデアに来てからめっきり使うことがなくなっていた。

 不思議なことにそのスマートフォンは充電が満タンであり、正常に動いている。ある程度入っている電子マネーも生きている。これならば、と彼は思い立った。

 

「よし、マシュ。とりあえず、ここから動こう」

 

「分かりました、先輩」

 

 二人はこの場から動き始めた。

 

 

 

 

「これでよし」

 

 カルデアでの服から彼は、今しがた買ったばかりの服へと着替え終える。

 

 先ほどの人通りの多い場所から動いた二人は、程なくして服屋へとたどり着いた。

 その服屋はどこにでもありそうなごく普通の大型チェーン店。メンズファッションは勿論、レディースファッションも豊富な品揃え。

 店内には親子連れや夫婦、カップルなどの数多くの人で大変賑わっていた。

 

「あれ、マシュ?」

 

 彼が試着室から出ると、その前で待っているはずのマシュの姿がなかった。

 一瞬、彼の脳裏にはぐれたのではないかという不安が過ぎった。

 だが、すぐに近くの服を物珍しそうに見ているマシュの姿を見つけ、彼女もまた彼が出てきたことに気づき、戻ってくる。

 

「あっ……ご、ごめんなさい! 先輩!」

 

「大丈夫。珍しいのは分かるから……それで着替えてみたんだけど、どうかな」

 

 黒のカーディガンの上着、その下には白のTシャツ。そして、紺色系のジーパン姿の彼。

 それをマシュにお披露目し、感想を伺う。

 

「……」

 

 下から上へと真面真面とマシュは、彼を見る。

 最後に目と目があったが、すぐさまマシュは彼から目を逸らした。

 

「(あれ? こういった普通の服着るの久しぶりだし変だったかな?)」

 

 マシュからの言葉を待っていたのだが、中々言ってもらえない。

 無理に言ってもらうは勿論ないが、目を逸らされると彼の胸のうちには不安がこみ上げてくる。

 

 対するマシュはと言えば。

 

「(素敵すぎて……上手く言葉が)」

 

 普段とは違う初めてみる彼の姿に言葉を失っていた。

 ただ服装を変えただけだというのに、マシュの目には今の彼の姿が普段よりも見違えるようによく見える。

 彼を見ていると、自然と胸がドキドキと高鳴り、気恥ずかしくなってしまう。何だか直視するのが気恥ずかしくて、マシュは彼から目を背けることしか出来なかった。

 無論、見たくないわけではない。むしろ、ずっと見ていたい姿で、ゆっくりと視線を彼へと戻す。

 すると、不安そうにしている彼の顔が見えた。

 

「(そうだ、感想。早く言わないと)」

 

マシュは感想を聞かれていたことを思い出し我に返り、勢いのまま言った。

 

「す、素敵です! 先輩っ!」

 

「ありがとう」

 

 勢いのあまり、簡素な感想になってしまった。

 具体的な感想。それこそ、もっとも気の利いたことを言えればよかったのにと、マシュは少しばかり悔やんだ。

 だがマシュの感想は彼にとって充分すぎるもので、嬉しそうに笑みを浮かべており、マシュもまたそんな彼の表情を見て嬉しそうに笑みを浮かべては一安心した。

 

「(あ……でも)」

 

 着替えた彼と自分を見て、マシュに不安がよぎった。

 今の彼と自分とでは何だか不釣合いな気がしてならない。彼が着替えたのは理由があってのものでそのことをマシュはよく理解している。だが、カルデアにいる時と変らない普段通りの服装の自分を見て、今の彼と自分とでは不釣合いだとマシュは感じずにいられなかった。

 そんなマシュの様子に気づいたのか、はたまたただの思いつきでなのか、彼は言った。

 

「じゃあ、次はマシュの服を選んで買おうか」

 

「え?」

 

 思ってもいなかったことを言われ、当然マシュは驚く。

 

「折角だからね」

 

「そんな悪いですよ!」

 

「でもマシュ、服着てみたいんでしょう」

 

「それは」

 

 図星を突かれたような表情をマシュは浮かべる。

 店に入ってからマシュのテンションの上がりようは凄いものだった。瞳をキラキラとさせては楽しそうに洋服を見ていた。そんなマシュの姿はやはり歳相応の女の子なのだと彼に感じていた。

 それにこんなにも沢山ある洋服を着てみたくないと云えば、それは嘘になる。マシュは迷った。

 

「それにマシュの可愛い姿みたいな」

 

「っ、ずるいです。先輩」

 

「知ってる。でも、折角だから」

 

「うっ……分かりました。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 彼からのトドメの一言に押されて、マシュは了承した。

 反論したところでニコニコとしている彼を見て、無駄だと察してしぶしぶ了承したが、実際のところマシュは満更ではない。いつもとは違う服を着てみたいかったのだ。

 そして、二人は店内を散策しながら、マシュに似合う洋服を探し始める。

 

 あれもこれもといった感じに探し始めること数分。

 女性店員に意見を聞いたり、コーディネイトを少しばかり手伝ったもらいながらようやくマシュが着る服が決まった。

 支払いを済ませ、買った服を持ってマシュは一人更衣室へと入る。

 

「本当に、いいのでしょうか……」

 

 ぽつりと不安げな声をもらす。

 買ってもらった後で今更言ったところでどうしようもないが、マシュはそう言わずにはいられない。

 何も別に服が気に入らないわけではない。店員のアドバイスを聞き、自分の数少ない好みから選んだもの。この服を一緒に選んでくれた彼も似合うと言ってくれた。

 だが、この服を着る自信みたいなものがマシュにはない。

 

「……」

 

 試着室内にある鏡をじっとマシュは見つめる。

 そこには服を着替える為に下着姿なった自分の姿が映っていた。

 胸は人並にはあるし、鍛えているから体つきには問題ないはず。だが、何だか頼りないさを感じると自分の姿を見てはそうマシュは思ってしまっていた。

 こんな自分が彼に買ってもらった服を着ても大丈夫なんだろうか。マシュの心配は募るばかり。

 

「マシュ、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫ですっ! 先輩っ!」

 

 彼の声でハッとなり、服を着始める。

 今更あれこれ迷っても仕方ない。そう考えを切り捨てた。

 

「んしょ……これで」

 

 上着にグレーのカーディガン、その下には白のブラウス。そして白く長めのスカートに身を包んだマシュ。女の子らしさを強調するかのようなふんわりとした印象を感じさせる服装。

 着替えを終え、そんな姿が映った鏡でどこか変になってしまっているところはないかと確認していく。

 変になっているところはない。始めて着るタイプの服だが上手く着ることが出来たとマシュは、一息つく。

 ただ着替えただけなのに、何だか鑑に映る自分なのに、別人の様に思えて仕方ない。そして同時に、服が素敵過ぎて何だか自分の方が服に着せられているようだと感じていた。サイズがあっているのにゴワゴワとした違和感を感じるし、それに自分にはあまりにも似合ってないんじゃないかと。

 本当に今更になって不安がこみ上げてくる。

 

「……」

 

 マシュは首を横に振ってこみ上げて来る不安を振り払った。

 

 「(折角、先輩が選んでくれたんだ。いろいろ考えるにしても感想を聞いてからにしよう)」

 

  そう思いなおし、マシュは意を決して試着室のカーテンを開けた。

 

「……お待たせ、しました」

 

 マシュは、試着室の前で待っていた彼に着替えた姿を見せ、感想を待つ。

 彼はマシュの着替えた姿を見て、感心した声をもらしていた。

 

「おお~!」

 

「ど、どうでしょうか? 先輩」

 

「いい! 凄く可愛い!」

 

 そんな心からの率直な感想を彼は言った。

 彼も、もっと具体的な感想。気の利いたことをいいたい気持ちはあったが、言った以上の言葉が見つからない。

 可愛いものは可愛い。マシュの着替えた姿を見て、彼はただその一言に尽きていた。

 

 彼からマシュに送られたなんてことのないありふれた言葉。だが、それだけでもマシュにとっては充分だった。

 しかしもう一度、彼から『可愛い』と言ってもらいたくて、マシュは聞く。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「本当だって。似合ってる。可愛いよ、マシュ」

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

 

 嬉しそうに頬を赤く染めるマシュ。嬉しさのあまりしどろもどろになってしまっていた。

 先ほどまで感じていた不安や服に着せられているといった感じが嘘のように、マシュの胸の内は嬉しさで一杯になる。

 

「(よかった、喜んでもらえたみたいで)」

 

 マシュの喜んでいる様子を見て、彼もまた嬉しい気持ちで一杯だった。

 桃色の空気が二人を包む。見ているほうが恥ずかしくなるような甘い空間を生み出していることを当の本人である二人が気づくことはなかった。

 

 その後二人は、服屋を後にする。

 店の前の通りは人でごった返していた。

 

「凄い人ですね。先輩、これからどうしましょうか? やはり、現地の調査を」

 

「そうだな。うーん」

 

 彼は眉間にシワを寄せ、少し思案する。

 今だカルデアとの通信は回復していない。周囲に敵対反応はない。それどころか、これといった異常現象も起きてない。平和そのもの。

 

「あっ、そうだ。折角、こうして二人ともいつもとは違う格好しているんだからデートしない?」

 

「えっ!?」

 

 マシュは驚いた声をあげる。

 その声に釣られて、一瞬周囲の視線が集まり、マシュは恥ずかしそうに肩を縮こませた。

 

「嫌?」

 

「嫌じゃないです! むしろ、その、嬉しいぐらいで」

 

「じゃあ、一応調査って名目になっちゃうけど、デートしよっか」

 

 彼は笑顔でマシュを誘った。

 

 デートの意味は知っているし、デートするということに憧れがないわけではない。

 いつもとは違う服を着て、豊かな街を二人で歩く。

 以前、本で見て知った知識。秘かに憧れていた。自分もこんな風を出来ればと。

 しかし、自分には縁遠いものだと思い、マシュは諦めていた。だが、それが今叶おうとしている。

 他の誰でもない淡い想いを寄せる彼と共に。

 それはまるで夢のよう。断るはずはなかった。

 

「お願い、します」

 

 嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような声でマシュは言った。

 ふと、彼からマシュに手が差し出された。

 意図が今一つ分からないマシュは、不思議そうに小首をかしげる。

 

「あの、これは」

 

「ほら、人が多いでしょう。はぐれたら大変だから」

 

「それはそうですね」

 

 彼の言うことは一理ある。

 だが、やはり恥ずかしさはある。いつもとは違う服装で、手を繋ぐということを意識すると尚更。

 しかしながら折角の機会だからとマシュを手を差し出した。

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

「うん、任せて。しっかりマシュをエスコートするよ」

 

 笑顔で彼はマシュの手を取る。

 そして、彼はそのままマシュの指と自分の指を絡めていく。

 不思議と体温が上がっていくのをマシュは感じた。

 だからなのか、マシュの頬は薄っすらと赤く染まっている。

 

「可愛いね、マシュは」

 

「可愛いって……もうっ、先輩。からかわないで下さい」

 

「からかってなんかないよ。本当に可愛い」

 

「恥ずかしいです……もう、まったく先輩って人は」

 

 口調は呆れたといった様子。

 だが、声色は満更でもなさそうで、マシュの口角は嬉しそうに緩む。

 それを更にあらわすかのように、マシュからもそっと手を握り返してきたのだった。

 

 

 

 

 新しい服を着た二人は現地調査という名のデートをしながら街を歩く。

 無論、手はしっかりと恋人繋ぎしたまま。

 

 雑貨店や本屋などに入ったりしつつ歩く街は本当に平和そのものだった。

 異常らしい異常なんてものは、その気配すら微塵もない。

 レイシフト先でこんな風に平和に過すのはもしかして初めてのことかもしれない。

 カルデア以外で感じる平和な一時を二人は楽しんでいた。

 

「どう? マシュ、楽しい?」

 

「はいっ! 街並みや風景、お店、どれも興味深くて」

 

 再びテンションの高いマシュ。

 映像や本で見るのではなく、実際的に見る現代的な街の様子に興味心身といった様子。

 一つ一つのことを楽しそうに見るマシュの姿を見るのは彼にとっても楽しいものであった。

 

「それにこんな風に過せるなんて夢みたいで」

 

 過去の世界ならまだしても現代的な街を何の事件解決に追われることなく、ただ平和に過せている。

 それは予想すらしていなかった出来事。

 ましてや、いつもとは違う格好でマシュにとって大切な彼とこうしてデートできているということは、それは奇跡のよう。これはレイシフトで見る夢の様な時間だと分かっていても。

 

 だからこそ、マシュは恐くなってしまう。

 今までは、彼がいる世界で一緒にいられるだけで、彼の傍にいられるだけで充分だった。

 例え明日別れの日が来ようとも惜しくはない。これ以上望むことは何もないと思うほど。

 だが、こうして彼とかけがえのない時を過せば過すほど、例えば明日別れの日が来るのなら恐くて仕方ない。もっと、彼といたいと、そう心の底から強く思ってしまう。

 自分は未練がましく、こんなにも我が侭だったのかとマシュは自分で自分のことに驚くばかり。

 こうした考えはとめどなく続いてしまうもの。気持ちを切り替える為に、マシュは逆に彼に聞いてみた。

 

「……先輩のほうこそ、どうです? わたしと一緒にいて楽しいですか?」

 

「何言ってるのさ。当たり前でしょう。楽しいよ。それにマシュとデートできて幸せ」

 

 それは嘘や建前のない彼の本音。

 今日一日でいろいろなマシュを新たに知ることができた。マシュの沢山の表情を見ることが出来た。表情一つ一つが彼には輝いているように思え、忘れられない。

 いつもは大切な後輩だが、今日は自分にとってマシュは大切な一人の女の子なんだと意識するほど。自分にはなくてはならない存在。

 そんな彼女の喜んだり、楽しんでいる顔がもっと見たい。彼女をもっと幸せにしてあげたいという想いを秘かに強くするほど、幸せな一時。

 

「幸せ……」

 

 彼からのたった一言がマシュの胸をきゅぅと締め付ける。

 切なくも暖かな胸の締め付けは、マシュを幸せで満たしていく。

 

 不思議だ。

 先ほどまでマシュの脳裏にあった暗い考えは何処かへ行っている。

 彼から伝わってくる暖かさと幸せ。

 死に瀕したあの日、彼に勇気づけられたことをマシュはふと思い出す。

 あの日から彼と多くの時間を過したが、今でも彼のこういうところは変ってない。

 だからこそ、マシュにとってもこの一時は幸せで満たされている。

 

「その、明日も明後日もその先も、先輩とずっとこうしていたいです。終わりの日が来たとしても」

 

「当たり前でしょう。例え、終わりの日が来ても俺とマシュはずっと一緒だ。離してやるものか。何度だって、マシュの手を握り続けていく。終わりは新たな始まり。何度だって始めて、一緒に生きていくよ」

 

 確かな言葉。

 マシュとの別れはやはり来てしまう事は彼も覚悟している。

 終わりは終わりだが、ただでは終わらない。終わりは始まり。何度だってマシュと生きていく道を始めていく。

 ただ願うのではなく、人として叶えていく。

 

「はい!」

 

 マシュの嬉しそうに頷いた。

 当然、終わりのはやって来てしまう。だけど、その日が来ても惜しくはないとマシュは思う。

 終わりは新たな始まり。彼の言ったその言葉があるから。

 終わりの先には新たな始まりがあると信じて、今を生きていける。

 

「先輩」

 

「何? マシュ」

 

「わたし幸せです、先輩っ!」

 

 マシュは顔一杯に幸せの笑顔を咲かせていた。

 



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