ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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 この話が3月末を最後に更新しなかった原因です。実はこれ書きたかったエピソードの一つで、時間をかけて書いて直葉の誕生日に間に合う予定でした。しかし内容を見れば分かる通り、誕生日に更新するのを躊躇し、結果としてスランプを引き起こしました。

 結局、私の文才じゃコレが限界……。

 ◆◆◆以前が直葉視点、以後がレット視点となっております。


19.蓮と直葉

 帰りの車内。その空気はあまりに重苦しく、息が詰まりそうだった。行きは紅林君にちょっかいを出して楽しんでいた芽依さんも、この空気の原因を作ってしまった自覚があるのかどうか知らないが黙ったまま。紅林君はその芽依さんが大人しくしているため、助手席で窓の外に視線を逸らしている。かく言うあたしも、帰り際に啖呵を切ってしまい気不味くて何も喋れないでいた。

 

 結局そのまま大した会話もなく、車は目的地であるあたし達の家に到着した。着くなりすぐに降りた紅林君は、不機嫌なのを隠そうともせずにドアを強く閉める。そのまま玄関から中に入ってしまった。

 送ってもらった以上、彼のような態度を取るわけにもいかず、あたしは降りて頭を下げる。

 

「ここまで送って頂いてありがとうございました」

「ううん、いいのいいの。用事に付き合わせたのは私だから」

 

 お墓の時の威圧感とは程遠い穏やかな笑顔。あたしの中の芽依さんのイメージ通りの、年上のお姉さんのような優しい顔。彼女の本当の姿は、一体どっちなんだろう。

 

「ねえ、桐ヶ谷ちゃん。あなたは本当に理解してる?」

 

 このままお別れ、そう思った時、脈絡もなくそう言ってきた。

 その理解の矛先が誰とは言っていないが、間違いなく彼の事。その話は、あたしは何と言われようと信じる、という結論で落ち着いたはずだ。なぜ今更蒸し返す。

 

「まだ言うんですか?」

「そうじゃないよ」

 

 その口調は、言外に「聞かないなんて選択肢は与えないよ」と言っていた。

 

「最後に一つだけ忠告。

 蓮は()()()()()()()()()()()()()人間だよ。あなたの真っ直ぐで可愛らしい恋心なんて、あいつは平気な顔で踏み躙る」

 

 その視線は、あたしから言葉を奪った。反論なんかさせてくれないし、した所で彼女はそれを聞くつもりはない。そんな一方的で、何の根拠もなく、意図が分からない話。でもそれはあたしの心に、小さな棘として残った。

 

「…………紅林君は、そんな人じゃありません」

 

 あたしがそれに対して言えたのは、たったこれだけ。好きな人を貶められているのに何も言えない。今のあたしはすごく惨めで情けなかった。

 

「そっか。じゃあこれ以上は余計なお世話だったか……」

 

 言いたい事を言い終えたのか、それともこんなあたしに興味が失せたのか、冷たく呟いた芽依さんは、手元で操作してドアガラスを閉める。あたしにはそれが、やけにゆっくりに見えた。

 

「じゃあね、桐ヶ谷ちゃん。もしよければ、これからも個人的に──蓮の事とか関係なしで、仲良く出来たらいいな。そうだ、今度は2人でドライブとかどう?」

 

 あたしの答えなんか聞こうともせず、すぐに車は走り出した。その別れは、驚くほどあっさりしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 部屋の真ん中でコートやマフラーを脱ぎ、それらをハンガーに掛ける。部屋着に着替えるためにシャツのボタンを外そうと触れた所でそれをやめた。

 

 あたしはその格好のまま廊下に出て、隣の部屋──紅林君の部屋へ向かった。

 

「紅林君、ちょっといい?」

「桐ヶ谷さん? 待ってて、今開けるから」

 

 コンコンと、内側にしっかりと聞こえるようにノック。それに対して、少し驚いたような声で返事をした紅林君。続いてベッドが軋む音と、それとは違う別の物音。時間にして僅か数秒。緊張しているのか、まるで試合前のように音がはっきりと聞こえ、その数秒がもどかしくなる。

 

「……ごめん待たせて。いいよ、入って」

 

 思わず「お邪魔します」と言ってしまったのは、何となく感じる違和感故。それこそSAO以前のお兄ちゃんのような、何とも言えない空気。今の紅林君は、芽依さんとの遭遇前と明らかに何かが違う。

 始めは男の子の部屋に入るからだと思ったが、今朝入った時はあたしも彼も普通だったはず。そんな拭い切れない違和感が、刺さった棘と共にあたしの心を刺激する。

 

 やり辛い、そう思った。

 

「適当に座って」

「う、うん」

 

 彼がついさっきまでいたであろうベッドに座って部屋を見回す。彼が来るまではただの物置だったこの部屋。まだ2ヶ月程しか経っていないのに、全然違って見える。

 お兄ちゃんの部屋は、ゲームやパソコン関係の物などが多く、良くも悪くもお兄ちゃんらしい部屋。あたしの部屋はぬいぐるみや小物などを置いた、多分〝女の子〟っぽい部屋。この部屋も大きさは大体同じなのだが、その印象はまるで違う。よく片付いているからかもしれないが、生活感がないように感じる。というか、部屋から部屋主の色が見えてこない。引っ越し直後の部屋、というのが一番近い表現かもしれない。

 

「どうかした?」

「ううん。前から思ってたけど、片付いてるなぁって思って。ほら、あたしの部屋ってぬいぐるみとかあるから何となく、ね」

「俺はそうは思わないけどなぁ。桐ヶ谷さんらしい部屋だと思うけど」

「それは、あたしが子供っぽいって事?」

「ち、違うってば。女の子らしい、可愛らしい部屋だと思うって事だよ」

 

 ちょっと意地悪をしてみた。焦って慌てて訂正する紅林君は可愛いと思う。

 

「そ、そんな事より、何か話があったんだろ。どうしたんだ?」

「ああ、うん。あのね……、今日の事なんだけど……」

「──ッ! その件は、本当にゴメン。身内が迷惑かけた。あの人の言った事は桐ヶ谷さんには関係ないからさ、もう忘れてくれ」

 

 紅林君は余程この話題が嫌なのか、早口で捲し立てた。

 

「忘れるなんて無理だよ。だってあの時の紅林君、すごく怖い顔してた。それが何なのか分からないけど、触れられたくないって事は分かる。でも、無理しないで。あたし、心配だよ」

「……大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて。でもほら、全然平気だろ」

 

 あたしの言葉に、そう笑顔で答えた紅林君。でも──、

 

「全然大丈夫じゃない──ッ!」

 

 あたしは思わずそう叫んだ。

 

 それはあたしの知ってる彼のとは違っていた。不恰好な笑顔、作り笑い、そう表現するしかないような笑い方。

 何かに内側から蝕まれているような、何かに苦しんでいるような、そういう表情をしていた。

 

「ねえ紅林君、気づいてないの? 紅林君ずっと、上手く笑えてないよ」

 

 SAOからクリアされてからずっと、彼の笑顔はこんな感じだ。これが違和感の正体なのだろうか。

 

 窓から入る日差しが、紅林君の顔に影を作る。もう3時は過ぎている。

 

 紅林君は俯き、拳を強く握る。そして固く唇を噛み締めた。

 

「あ、あのさ──ッ」

「……ッ!」

 

 力任せに腕を引っ張られ、ベッドから無理矢理立たされる。そのまま正面からあたしの両肩を強く掴み、ドアの方へ押していく。

 

「──ちょっ、く、紅林君⁉︎ な、何するの⁉︎」

「……話は終わっただろ。もう出て行ってくれ。朝言ったじゃないか、これから用事あるって」

「で、でも──っ」

 

 言い切る前に、あたしは部屋から追い出された。慌てて振り向くと、紅林君が日差しをバックにあたしを見下ろしている。

 

「誤魔化せてたつもりだったんだけどな……。全然ダメじゃんか」

 

 何を「誤魔化せてたつもりだった」のか。上手く笑えてない事? SAOで妹の恵ちゃんを殺したらしい事? それとも別の事?

 

 あたしには彼が何を悔やんでるのか、何に苦しんでいるのか、全然分からない。見当がつかない。

 

「あ、あたしでよかったら聞くよ」

「桐ヶ谷さんには関係ない」

 

 でも、ここで引いてしまってはダメなが気がした。だからあたしは、彼の目を真っ直ぐに見つめてこう言った。

 

「それでも、あたしは聞きたい」

「……勝手な事言うな。何も知らないくせに」

「紅林君の事なら、あたしはそれなりに知って来たつもりだよ」

 

 「そう言う事じゃない」とでも言いたげに、彼は首を横に振る。

 

「君にはそれを話した所で、俺の気持ちなんか理解出来ない、って言ってんのさ」

 

 そして、「だって……」と続けて言う。

 

「血の繋がった人でさえ、俺の気持ちは分からなかったんだ。況してや()()()()()()()()に、それが出来るわけないじゃないか」

 

 頭が真っ白になった。視界が狭まって、辺りが無音になる。その中で、彼が言った「他人」という言葉だけが永遠と響いている。

 

「それに、自覚ないかもしれないけど、俺はずっと君が羨ましかったよ。だって君は、俺が欲しても手に入れられなかった物を沢山持ってるんだから」

 

 さっきの言葉があまりにもショックで思考がまとまらない。言いたい事があったはずなのに出て来ない。

 

「この家には温かい家族がいて、その家族から愛してもらっていて……。逆に俺は、家族からいない者扱い。そして唯一家族として接してくれた妹を殺した。本当に恵まれてるのはどっちだって話だよな。

 だから桐ヶ谷さん、()()()()()()が、()()()()()()()()を理解なんて出来っこないんだよ──ッ!」

 

 拳で思い切り壁を殴りつけた。その叫びはまるで慟哭や懇願。そのあまりの迫力に対して、あたしは何も言い返す事が出来なかった。

 

「……もう一度言うよ。これは君には関係ない事だ。もう忘れてくれ」

 

 その言葉は酷く弱々しかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そのまま部屋に戻ったあたしは、ベッドに腰掛け、脱力して背中から倒れる。

 

 他人と言われた事、あたしには理解出来ないと否定された事、彼からの嫉妬の言葉。そのどれもがショックで、あたしには受け止め難かった。

 

「──ッ!」

 

 そこまで考えて、目の下が熱くなった。すぐに堪えていたはずの涙が溢れて出して頰を伝う。拭っても拭っても止まらない。

 

 ただ彼の事が不安で心配で、ちょっとだけ信じられなくて、そんな自分がよく分からなくて、ただそれを確かめたかっただけだった。でもそれは、綺麗に彼の地雷を踏み抜いてしまったようだ。

 

「……でも、ちょっとぐらい、期待してもいいじゃん」

 

 あたしが彼を好きであるように、彼もあたしが好き、そんなご都合主義を期待したわけじゃない。

 

 いつだって何でも1人で出来てしまう彼は憧れで、そんな彼を見てあたしは寂しかった。結局大事な所で誰の事も頼らなかった彼は、沢山の友人に囲まれながらも孤独だった。そんな彼のストレスの捌け口と言うか、彼が悩みを相談出来るような存在になれたら、と思っていた。

 SAOから帰って来て、家族に捨てられていた彼は本当に孤独だった。そんな彼を見て、あたしは放っとく事が出来なかった。だから家に来ないかと声を掛けて、彼が来てくれた時は嬉しかった。もちろん、好きな人と同じ家で暮らせるという気持ちもあった。だけどそれ以上に、あたしは彼が困っている時に頼ってもらえる存在になれたと思えた。

 

「……でもあんな事言われたらあたし、どうしたらいいか分かんないじゃん」

 

 心が騒つく、というか乱れていた。思考は未だにまとまらないままだし、立ち直れたわけでもない。

 でも今ここで、これ以上泣いちゃいけない。これ以上涙を流せば、あたしはもう立ち直れなくなりそうだったから。

 

 だからあたしは、さっさと逃げてしまう事にした。現実のあらゆる柵を振り払って飛ぶ事の出来る妖精の世界──ALO(アルヴヘイム・オンライン)に。

 

 ヘッドボード上のアミュスフィアに手を伸ばし、そっと被ってベッドに横たわる。

 こんなにも荒れた心でも、こんなにも泣きたい時でも、いつも元気な〝リーファ〟なら、きっとすぐに元通りに笑えるはずだから。

 

「……リンク、スタート」

 

 これはあたしがあたしらしく、どこまでも自由に羽ばたくための合言葉。魂を飛翔させる魔法の呪文。

 

 普段ならば、この時瞼の裏に浮かぶのはどこまでも高く飛ぶ〝リーファ(あたし)〟の姿。でも今日は、彼の儚げな表情が焼き付いて離れなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 待ち合わせの時間に遅れる事10分、俺はALOにログインした。目覚めた場所は、アルヴヘイム央都《アルン》外縁に建つ宿屋の一室。昨日というか今日の早朝にログアウトした場所だ。

 

 隣のベッドには金髪ポニーテールの少女──リーファがいた。どうやら待たせてしまっていたらしい。俺がログインした事に気づいていないようなので、近づいて声をかけて遅れた事を謝ろうとしたのだが、どこか様子がおかしい。

 

「……リーファ?」

 

 驚かすつもりはなかったのだが、リーファは肩を震わせて顔を上げた。その目からは涙が浮かんでいた。彼女は俺を視界に捉えると、慌てて涙を拭い、無理して笑顔を作った。

 

「……こんにちは、レット君」

「……何かあった?」

 

 さっきの涙を見なかった事にする事も俺には出来た。でも出来なかった。泣いているリーファの姿が、現実で傷つけた桐ヶ谷さんの姿と重なったからだ。

 

「……あはは、見られちゃったか。2人が来るまでに涙が止まると思ったんだけどね……」

 

 出会ってまだ数日。たった数日でも、少しは彼女の事を知っているつもりだ。いつも元気で、笑顔が素敵な女の子。俺が知る限り、桐ヶ谷さんと同じぐらい涙が似合わない女の子。

 

「あのね……。あたし……あたし、失恋しちゃった」

 

 何か力になれればと思って尋ねた。でも、「失恋した」と言う女の子を慰める方法など、俺は知らない。俺には他人の恋心はおろか、他人の感情すら理解出来ないのだから。

 それでも、聞いた以上は何かしてやらなければいけない気がする。だから俺は、彼女の隣にそっと腰を下ろした。

 

「ごめん。気の利いた事の1つや2つ、軽く言えたらよかったんだけどね、何も浮かばないや」

「ううん、いいの。ありがとう。ルール違反だもん、リアルの事情をこっちに持ち込むのは」

 

 拭ったはずの涙は、また流れ出していた。こうして泣けるという事は、それだけリーファがその彼を好いていたという事。本気で恋をしていたという事。そんなデリケートな問題に、会ったばかりの俺が言える事など何も無い。

 

 代わりに俺は、彼女の頭を自分の胸元に抱き寄せた。

 

「──えっ、レット君⁉︎」

「別にいいんじゃない、偶には。ゲームだろうとリアルだろうと、辛い時は泣いていいと思うよ」

「レット君…………」

「俺には気の利いた事何も言えないから。これぐらいはさ」

 

 罪悪感とは少し違うけど、それに近い何か。桐ヶ谷さんを傷つけた事に対する償い、みたいなもの。つまりこの行為は、俺がリーファを慰めているのではなく、俺がリーファを桐ヶ谷さんに重ね、彼女を慰める事で自分で自分を慰めている。

 自分の行いをなかった事にするような行為を平然と出来る、そんな自分の醜さが嫌になる。そして俺は今後も、平気な顔でやり続けるだろう。本当に俺は〝偽善者〟の鏡だと思う。

 

 それからしばらくの間──と言っても時間にして2、3分程度──リーファは俺の胸を借りて泣いた。頭を撫でたり、嗚咽と共に漏れる言葉に相槌を打ったり、俺に出来たのはその程度の事。かける言葉など、何一つ思いつかなかった。

 

「……ありがと、レット君。でも、もう大丈夫だよ。ちょっと泣いたら、スッキリしたから」

 

 その表情は、最初と比べれば少しばかりマシになっている。それでもその程度。俺には無理して笑っているのが一目で分かる。

 

「そっか。なら良かったよ」

 

 しかし分かっていながら俺は、ここから先に踏み込もうとはしない。

 

「でも、また辛くなったら言ってよ。俺の胸でよければ、いくらでも貸すからさ」

 

 にも拘わらず、俺はそんな言葉をすらすらと口にする。俺の前世は詐欺師か何かだったのだろうか。

 

「ありがと、レット君。やっぱり優しいね、君は」

「そんな事ないよ」

 

 謙遜なんかじゃなくて、本当にそんな事ない。本当に違う。俺はリーファが思ってるほど、優しくなんかないんだ。

 




 前話と同じくヒロインとの密着シーンがあるのに、ここまで雰囲気が違うというミラクル。今話の題名から、遂に蓮と直葉の恋愛に発展があると勘違いした方もいるはず。ごめんなさい。ただ私には、この話にピッタリな題名を他に思いつけなかったです……。

 話には関係ないけど、今後は「◇◇◇」を場面切り替え、「◆◆◆」を視点切り替えの印として使っていきます。小説の書き方からズレたやり方ですが、web小説なので分かりやすい方がいいかと。今までの話も、FD編完結次第加筆修正と共に直していきます。
 何かアドバイスがあれば教えてください。もうすぐ執筆3年目になりますが、そこら辺はまだ勉強中なので。

 それではっ!

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