ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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 前回、投稿時間を間違えてしまいました。どうもすいませんでした。これからは6:00投稿を目安に、定期的な更新も出来たらなとは思っています。

 今回は8000字オーバーです。普段より少し長めです。でも多分、そんなに内容はキツくないはず。


13.決意

「──今日の夕方かな。ジータクスさん、さっきのメイジ隊のリーダーなんだけどさ、あの人からメールで呼び出されて入ってみたら、たった三人を十何人で狩る作戦だっていうじゃん。イジメかよって思ったけど、昨日カゲムネさんとキヤーナをやった相手だっつぅからなるほどなって……」

「キヤーナは分かるけど、そのカゲムネってのは誰だ?」

「ランス隊の隊長だよ。シルフ狩りの名人なんだけどさ、昨日は珍しくコテンパンにやられて逃げ帰って来たんだよね。キヤーナも悪い奴だけど強いのにさ、同族の初心者(ニュービー)に負けたって言ってたし。それってお前だろ」

 

 サラマンダーは俺を指差しながら言ってきた。俺はその問いに渋々ながらも頷く。

 間違ってはいない──間違ってはいないのだが、今回の襲撃の原因は俺にもあったという事だ。久々の仮想世界で浮かれて調子に乗らなきゃよかったと、今更ながら後悔している。せめて、リーファが彼らを撃退出来るようアシストする程度にしておけばよかった。いや、それは流石に自信過剰というものか。

 

「……で、そのジータクスさんはどうしてあたし達を狙ったの? キヤーナの個人的な恨みを晴らすため、なんて事はないでしょ」

「当たり前だろ。誰がキヤーナなんかのために戦うかよ。あいつ、パーティーメンバーだろうと平気で見捨てる奴だぜ。強いけど、やり方がセコいんだよ。

 それに、モーティマーさんにも取り入ってよ、今じゃサラマンダーの幹部だし。俺じゃあ文句の一つも言えねーんだよ」

 

 それにしてもコイツ、やけに饒舌だな。人の悪口を言っている今なんて、すごい顔してたぞ。

 だが、このまま放っておくと、いつまでもキヤーナの悪口を言ってそうだ。とりあえずここら辺で一度やめさせ、質問の続きをする。

 

「で、結局誰の命令なんだ?」

「ん? あー、そうそう、その話だったな。よく分かんねーけど、ジータクスさんよりは上の命令だぜ。なんか《作戦》の邪魔になるとか……。

 そんでキヤーナの奴は、それに乗っかってお前を殺そうとしたわけ。あんな戦法を提案したのもキヤーナだぜ。それだけは理解してくれよ」

 

 付け加えるようにそう言った彼。とりあえず、俺達の知らない間で何かが動いている事だけは分かった。

 

「それで……、その作戦っていうのは?」

「マンダーの上の方でなんか動いてるっぽいんだよね。俺みたいな下っ端には教えてくれないんだけどさ、相当でかい事狙ってるみたいだぜ。今日入った時、すげえ人数が北に飛んでくのを見たよ」

 

 俺は、まだ少ししか覚えていないALOの全体図を思い浮かべる。サラマンダー領はその中でも南東に位置しているから、北というとやはり《世界樹》だろうか。

 

「……世界樹攻略に挑戦する気なの?」

 

 リーファの問いに、男はぶんぶんと首を振った。

 

「まさか。流石に前の全滅で懲りたらしくて、最低でも全員が古代武具(エンシェントウエポン)級の装備じゃないとって(ユルド)貯めてるとこだぜ。おかげで、最近の狩りのノルマがキツいんだよ。俺らがこんだけ苦労してんのに、まだ半分も貯まってないらしいぜ」

「ふうん……」

「ま、俺の知ってるのはこんトコだ。──さっきの話、ホントだろうな?」

「取引で嘘は吐かないさ」

 

 爽やかな笑みを浮かべ、男にそう答えたキリトさん。ウィンドウを操作し、約束のアイテムとコルを渡す。受け取った男もそれを見て嬉しそうにしている。そして、「少し遠回りして帰る」と告げ、帰って行った。

 

 それにしても、やはりキリトさんはすごい。何がすごいかというと、本人からそれが伝わって来ない事だ。あれほどの戦闘を演じておきながら、今の彼からはその迫力も何も感じない。

 

「……さっき大暴れした悪魔って、キリト君なんだよねえ?」

「んー、多分ね」

「多分、って……サラマンダーがモンスターの見た目に騙されて混乱するかもって作戦じゃないの?」

 

 いや、作戦とはいえそこまでは考えてない。今まで通りの物理攻撃では通用しないため、魔法を織り交ぜただけなのだ。俺の場合は使える魔法が火属性だから、サラマンダーが相手では戦況を変えられるほどではない。ただそれだけだったのだ。

 

「いやー、俺たまにあるんだよな……。戦闘中にブチ切れて、記憶が飛んだりとか……」

「うわ、こわ。もしかして……レット君も?」

「……だから、何でリーファは俺をこの人と一緒にしたがるんだよ」

「自分がどれだけ失礼な事言ってるか分かってるよな、レット」

 

 俺はキリトさんから目を逸らし、その事については無視する事を決めた。

 

「まあ、さっきのは何となくだけど覚えてるよ。ユイに言われるまま魔法使ったら、自分がえらく大きくなってさ。剣もなくなって、仕方ないから手掴みで……」

「ぼりぼり齧ったりもしてましたよー」

「ユイちゃん、そんなに楽しそうに言う事じゃないよ」

 

 父親譲りの呑気さは、見ていて中々微笑ましいのだが、内容が内容だけに楽しそうに注釈を加えられても困る。この親あってこの子ありだと、心の底から思う。

 

「ああ、そう言えば。モンス気分が味わえて中々楽しい体験だったぜ」

 

 案の定、こちらもかなりお楽しみだったご様子。

 ただ、個人的にあのシーンは若干見ていて複雑な気分だった。理由は……、出来れば察してほしい。

 

「その……、味とか、したの?」

「……ちょっと焦げかけの焼肉の風味と歯ごたえが……」

「──き、キリトさん。これ以上は……」

 

 個人的にその話はこれ以上聞きたくない。

 俺は手をぶんぶん振って、キリトさんの言葉を遮る。

 

 ──しかし、

 

「がおう!」

「ギャァァァ────ッ!」

 

 

 

「うう、いててて……」

 

 腹部を両手で押さえながら、俺達の後ろをついて来るキリトさん。俺はそれを見ながら、鞘に手を添えて睨みつける。

 

「さっきのはキリト君が悪いよ!」

「自業自得です、パパ!」

 

リーファとその肩の上のユイちゃんが、叱られた子供のようなキリトさんにそう言った。すると彼はこう反論した。

 

「殺伐とした戦闘の後の空気を和ませようというウィットに満ちたジョークじゃないか……」

「……どうやら、今度は鞘じゃなくて切り刻まれる事をお望みのようですね」

 

 俺は刀身を鞘から僅かに出す。キリトさんが首を横に振るのを確認すると、それを戻してため息を吐いた。

 

「流石にさっきのは同情するわ。あの話の後にやられたら、シルフのあたしでも悲鳴をあげるだろうから」

 

 俺の気持ちを理解してくれた事を嬉しく思うのと、キリトさんへの殺意を緩めるのは別問題だ。だが、いつまでもこんな状態でいるのもやり辛い。とりあえず、もう一度だけ謝ってもらい、この件は()()()()終わりにした。

 

「あたし、流石に1時前には落ちるわ。どんなに遅くても、その時間までにはやめるようにしてるの。同行をお願いした身としては申し訳ないんだけど、大丈夫かな?」

「うん、問題ないよ」

 

 とりあえず、ログアウトするにも中立域であるここでは宿屋が必須だ。俺達は目の前にそびえる《ルグルー》に足を踏み入れた。

 

「へえー、ここがルグルーかぁー」

 

 街の規模は《スイルベーン》に比べれば小さい。だが、目抜き通りの両サイドには様々な店が立ち並ぶ。武器屋、万屋、アクセサリーショップ、そしてレストランなどの様々な店舗が密集しており、その様は実に見事だ。

 

「新しい街って、テンション上がりますよね」

「それは分かる。ていうか、上がらない奴を俺はゲーマーとは認めない」

「……はははっ」

 

 キリトさんとどうでもいい事を話しながら、ルグルーの街を歩く。見た事のない景色に、ユイちゃんもまた目を輝かせながら、忙しなく首を動かしている。

 リーファもこの街は初めてらしく、歓声を上げて出店の武器屋を見ている。剣の陳列棚から気になった一本を手に取ると、様々な角度からそれを見る。

 

「そういえばさあー」

 

 すると突然、キリトさんがのんびりした口調でリーファに呼びかけた。

 

「ん?」

「サラマンダーズに襲われる前、なんかメッセージ届いてなかった? あれは何だったの?」

 

 そういえばそんなのあったな。サラマンダーとの戦闘のせいで完全に忘れていた。

 

「……あ」

 

 彼女はそう声を漏らすと、こちらを振り向いた。「忘れてた」と言いながら慌ててウィンドウを開いた。

 

「何よ、寝ちゃったのかな」

「落ちてるのか?」

「ええ」

「一応向こうで連絡取ってみたら?」

 

 リーファは少し考える仕草をした後、顔を上げてこう言った。

 

「じゃあ、ちょっとだけ落ちて確認してくるから、二人共待ってて。あたしの体よろしく。──ユイちゃん」

 

 そして、俺の肩の上のユイちゃんにも声をかける。

 

「パパがあたしにイタズラしないように見張ってて。それと、レット君の事も守ってあげてね。何をやらかすか分からないから」

「りょーかいです!」

「あ、あのなあ! 俺だって、時と場合は考えるぞ!」

「……どの口が言ってるんですか?」

 

 俺達のやり取りを笑って見ていたリーファは、近くのベンチに腰掛け、左手を下に振る。そしてログアウトボタンを押し、アバターを残し向こうの世界に戻った。

 

「……なあ、レット」

「どうしたんですか?」

「結構楽しいな、ALO」

 

 ベンチに腰掛けたキリトさんは、こちらを見ずにそう言ってきた。

 

「そうですね。アスナさんを助けた後、みんなでやりたいなって、思ってます」

「レモンとかナイトとか、すごく生き生きしそうだよな」

「あの二人、多分リアルでも身体能力高そうですからね」

 

 レモンさんから、リズさんの事は聞いた。アクアさんが目覚めてないから、落ち込んで少し塞ぎ込んでいるらしい。レモンさん自身もあまり調子が良くなさそうだった。クラインさんを始めとする他の人も、現実との折り合いで一苦労している。

 

「また気心知れた仲間と、今度はちゃんとしたゲームで遊びたいよな」

「そのためにもアスナさんを」

「ああ」

 

 俺達の二年間はまだ終わっていない。終わらせて、次に進まなくちゃならない。そうでないと、俺達が戦ってきた意味がない。

 

「……それにしても、なんか小腹が空かないか?」

「せっかくいい感じのシリアスだったのに……」

「ちょっと屋台見てくるよ」

 

 そう言ったキリトさんが買って来たのは所謂〝串焼き〟。それも、トカゲの様な爬虫類の。

 そんな彼を、俺は殴っても文句は言われないと思う。むしろ、このまま斬ってしまってもいいのではないだろうか。

 

「……キリトさん、あなたはよっぽど斬られたいみたいですね」

「えっ? 一体何の事だよ。もしかして、お前も食べたかったか?」

「そうじゃないですよ! むしろその逆! よくもまあ、このタイミングでトカゲなんか食えますね!」

 

 あの時は、俺もかなり本気で叫んだ。あんなの思い出したくもないし、そもそも経験したくもなかった。それをこの男は……。思い出してしまっただけで、鎮めたはずの殺意が蘇ってきそうだ。

 

「た、タイムっ! あの話は俺が謝って終わったはずだろっ!」

「終わりましたよ! 終わりましたけど! それを蒸し返したのはあんたでしょうがっ!」

 

 遂に俺は刀を抜くために、その柄に手を掛ける。

 

「ゆ、ユイっ! 何とかしてくれっ!」

「それは私にも出来ませんっ!」

 

 刀を抜こうと右手に力を入れたその時、リーファが目を見開き、勢い良く立ち上がった。

 

「…………えっと、お取り込み中だった?」

「……いや。助かったよ、リーファ〜」

 

 今にも抜刀しそうな状態で固まっている俺。情け無い声で自身の名を呼ぶキリトさん。若干の涙目で自身の肩に座ったユイちゃん。リーファは、そんな様子を理解出来ていない。

 リーファの帰還により、俺も少し頭が冷えた。許すつもりはないが、とりあえず殺意を鎮め、刀からも手を放す。そしてため息を吐いて、気持ちを整理する。

 

「お帰り、リーファ」

「……っ。──ごめんなさい」

「……えっ?」

 

 普通に言っただけなのだが、なぜかリーファに謝られた。

 

「あたし、急ぎの用が出来ちゃった。説明してる時間もなさそうなの。多分、ここにも帰って来れないわ」

 

 俺達はリーファの様子を見て、彼女の言葉が嘘ではない事、そして残された時間も少ない事を悟った。

 

「そうか。じゃあ、移動しながら話を聞こう」

「え……?」

「どうせ、ここから出ないといけないだろ」

「……分かった。じゃあ、走りながら話すね」

 

 俺達は、さっき通った門とは逆側を目指して目抜き通りを走る。《ルグルー》を出て、湖が見える辺りまでやって来た。

 

「──なるほど」

「はあ……。このゲーム、ほのぼの要素ゼロだな。現実世界よりよっぽどリアルだ」

 

 俺がやらかしてしまった二人目の相手である《シグルド》の事。《シルフ》と《ケットシー》の同盟の事。それをシグルドがサラマンダーにリークした事。その結果、今サラマンダーの大部隊がシルフ、ケットシー両領主の首を狙っている事。それらをリーファから手短に伝えられた。

 

「いくつか訊いていいか?」

「どうぞ」

「領主を襲うと、サラマンダーにはどんなメリットがあるんだ?」

「えーっと、まずはその同盟を邪魔出来るでしょ。シルフとケットシーが同盟を結べば、ALOにおけるパワーバランスは逆転するわ。サラマンダーとしては、それは何としても阻止したいんだと思うよ」

 

 俺達は湖に架かる橋を越え、洞窟の中へと入って行った。

 

「後は、領主を討つってだけで、すごいボーナスがあるの。その時点で、討たれた側の資金の3割を入手出来るし、10日間、領内を占領して自由に税金を掛けられる。これだけで、ものすごい金額よ。サラマンダーが今最大勢力なのは、昔シルフを罠に嵌めて殺したから。領主はあまり中立域に出ないから、領主が討たれたのは後にも先にもその一回だけなの」

「そっか」

 

 どうやら、ALOの運営は相当性格が悪いらしい。強さや利益得るために他人を蹴落とす事を推奨している。ゲーマーの性をよく理解しているとも言えるが、それではゲームの本当の楽しさは味わえない。

 

「だからね……キリト君、レット君、よく聞いて」

 

 リーファが徐々にスピードを緩め、そして止まった。俺達もそれにつられて走るのをやめた。リーファはゆっくりとこちらを向くと、諭すようにこう言った。

 

「これは、あたし達シルフ族の問題だから。……これ以上、君達が付き合ってくれる理由はないよ。多分、あたしと一緒に会談場まで行けば、生きては帰って来れない。そうしたら、またスイルベーンから出直しで、何時間も無駄にする事になるわ。──ううん、もっと言えば……」

 

 リーファが顔を歪める。この先彼女が何を言おうとしているのか、分かってしまった。

 

「君達の目的のためには、サラマンダーに協力するのが最善かもしれない。サラマンダーがこの作戦に成功すれば、装備を整えて万全の体制で世界樹攻略に挑むと思う。同じ種族のレット君はもちろん、スプリガンのキリト君も一緒に傭兵として雇ってくれるかもしれない。

 だから──」

 

 リーファは、また言葉を切った。彼女の魅力であった明るさが鳴りを潜め、表情はどんどん暗くなっていく。

 

「だから……、今ここであたしを斬っても、文句は言わないわ」

 

 こんなリーファの表情を、俺は見たくなかった。分かっていて、その言葉を言わせてしまった自分に腹が立つ。

 

「……嘘吐くなよ。すごく辛そうな顔してるじゃんか。本当は斬られて、文句ないわけないだろ」

 

 俺は一歩前に出て、そう切り出した。

 

「確かに、昔の俺なら『じゃあ遠慮なく』って、リーファの事斬ってたかもしれない。でもさ、今は違う。この世界で出会った人達から、大事な事を沢山教えてもらった。たかがゲームだけど──いや、ゲームだからこそ、守らなきゃいけないものがあるんだ」

「……レット君」

「リーファは今、そのために走ってるんだろ。守りたいから。守らなくちゃいけないから」

 

 リーファは「……でも」と呟いたが、その先の言葉が出てこない。俯いたまま、何も言わなかった。

 

「リーファが守りたいもの、俺達にも守らせてくれよ」

「……だけど、二人には何の関係も……」

「俺達、もう友達だろ。仲間だろ。俺は勝手にそう思ってる。だったら関係ないなんて事はないさ。それに、君はもう俺達を助けてくれてるじゃないか。会ったばかりの俺達に、ここまで同行してくれた」

 

 リーファが顔を上げた。その表情には困惑の色が見えるが、先ほどまでの暗さはなくなっている。

 

「だからさ、頼ってよ、俺達の事」

 

 体の前で握っていた手から、力が抜けている。表情も大分マシになったようだ。

 

「……ありがとう」

 

 その笑顔が見たかった。やはりリーファは、そうやって笑っていてくれなくては。それが一番、リーファには似合っているのだから。

 

「流石はレット。良い事言うな〜」

「──ッ! か、からかわないでくださいよっ!」

「すごくカッコよかったですよ〜!」

「ゆ、ユイちゃんまで……」

「大丈夫だよ、レット君。カッコよかったよ。ホントありがと。すごく嬉しかった。あたし、二人に頼ってもいいの?」

 

 俺とキリトさんは互いの顔を見て、そして頷いた。

 

「──あっ、ごめん。時間、無駄にしちゃった……」

「じゃあ走るか。ユイ、ナビよろしく」

「りょーかいです!」

 

 キリトさんはユイちゃんが頷くのを見て、俺に向かって、

 

「レット。リーファの事、任せたぜ」

「何する気なんですか、あなたは……」

「ん? まあ、見てなって。ユイ、中には今プレイヤーはいないよな」

「はいっ。現在、洞窟にはプレイヤーはいません。抜けるなら今です!」

 

 普段なら絶対にやらないやり方だが、非常事態だから仕方がない。俺はまだ分かっていないリーファに近づいた。

 

「少しの間だから、我慢してくれよ」

「え、あの……レット君──」

 

 俺は呆気に取られているリーファの右手を掴む。異性と手を繋ぐなんて、妹とすらした事のない俺だが、今はそんな事を言っている場合ではない。なんせ、少しでも遅れれば、スイルベーンまで直行してしまうからだ。

 

「遅れるなよッ!」

「──もちろんですっ!」

「……えっ?」

 

 リーファがこの展開について行けていないのを無視して、俺達は猛烈なスピードで駆け出した。飛行中とはまた違う衝撃音が聞こえてくる。

 

「わあああ⁉︎」

 

 俺とキリトさんは、2年間で鍛え上げた敏捷力に物を言わせて全力疾走。手を繋いでいるリーファは、ほとんど水平に浮いてしまっている。僅かなカーブを曲がる度に左右に振られ、堪らず声を上げる。

 

「舌噛むから気をつけろよ」

「そんな事言われても──ッ!」

 

 前方の少し開けた場所に、敵対mobを表す大量の黄色カーソルが点滅している。この洞窟を住処とするオーク達だ。

 

「ね、ねえ……、モンスター、見えてるよね……」

「キリトさんッ!」

「──ああ! スピード上げるぞ──ッ!」

「い、いやアァァ────ッ!」

 

 前からはオークの鳴き声。背後からはリーファの悲鳴。それをBGMに、俺達はオークの攻撃を躱して駆け抜ける。

 

 ユイちゃんの的確なナビのおかげで、俺達は地図も見ないで疾走する。エンカウントしたモンスターの間を縫って走り、その度にリーファの声は大きくなる。

 やっている事は非マナー行為である《トレイン》。もし他のパーティーになすりつけてしまえば間違いなく大惨事だが、それはあらかじめユイちゃんにチェックしてもらっている。俺達はただ、彼女の指示に耳をすませて走り続けるだけだ。

 

「出口が見えてきましたよ!」

「そうだな。よしっ、ラストスパートだ!」

 

 後ろへ流れて行く岩肌が消え、視界が一瞬真っ白に染まる。足元から地面が消え、洞窟の外に飛び出してた。翅を思いっきり動かし、ダッシュの勢いそのままに飛行する。

 

「ひええぇぇっ⁉︎」

「リーファ、落ち着けって。もう外だ」

「ふえっ?」

 

 俺に言われてようやく気づいたのか、慌てる様にして翅を広げ、滑空体勢に入った。

 

「どうだった、リーファ。中々面白かっただろ」

「そんなわけないでしょっ! 寿命が縮んだわよ!」

「ショートカットになっただろ。今度リーファが一人で来る時は、ぜひ試すといいぜ」

「そんな事しませんっ!」

 

 しばらくはぶつぶつと文句を言っていたが、少し落ち着いたのか、周囲を見回している。

 俺もつられて周りを見ると、下には広大な緑が広がっているのに気づく。湖が所々にあり、それを繋ぐ様に川が流れている。そして、そのずっと先には──

 

「……あれが、世界樹」

 

 この世界に来て、あれ以上の木は見ていない。幹と呼ぶには育ち過ぎているそれは、SAOの迷宮君タワーを思い出す。

 

「急ぐぞ、レット、リーファ!」

「はいっ!」

 

 今はそんなのを見ている場合ではない。リーファが守りたいもの──シルフ族とその仲間であるケットシー族を、サラマンダーから守るんだ。

 翅を動かすスピードが僅かに上がった気がした。




 原作ではリーファでしたが、今作ではレットに被害に遭ってもらいました。せっかく同じサラマンダーなんですからね。ただ、キリトにそっちの気があるのではなく、本人の言う通りジョークだという事は忘れずに。

 リーファに色々と言うシーンも、レットにやってもらいました。レットらしいセリフなのではないかと思っています。キリトとの性格や経験の差は表現出来ていると思ってます。

 先日、ようやくバーに色がつきました。今まで評価してくださった方、お気に入り登録をしてくれた方、読んでくれている方、ホントにありがとうございます。
 最近は、色がついた事に喜びつつ、お気に入りの数の増減の度にテンションが上下する毎日を送っています(笑)

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