ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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 遅くなってしまったのは、もはやいつもの事になりつつありますが、失踪はするつもりはありません。

 今話はリーファ視点で進みます。原作では、三人称で書かれているので、変な箇所があればご指摘お願いします。今回は久々の戦闘なので、戦闘用BGMかなにかあればいいのですが、あまり考えていないですね。イメージソング的なのは頭の片隅にあるのですが、かけるタイミングはここじゃないです。
 ただ、ご存知の通り戦闘描写は自信がないので、上手く書けているかは分かりません。

 今話の都合により、前話を【前編】、こちらを【後編】にしました。


12.ルグルー回廊 後編

 これは〝ゲーム〟だ。これは〝遊び〟だ。

 仮想世界がどれだけリアルでも、所詮はそうなのだ。死んでも、現実の自分も死ぬわけじゃない。デスペナはあるが、本当に大事な物を失うわけではない。

 

 なのに、キリト君もレット君も、全く諦めようとしない。諦めず、必死に生存の道を探ろうとする。この時あたしは、ここが仮想世界である事を忘れていた。

 

「うおああぁぁぁッ!」

 

 仁王立ちのキリト君が、辺りの空気が振動するほどの声量で吼える。そして、敵の攻撃が止んだ途端、シールドの壁に向かって突進した。剣を右手に下げたまま、左手をシールドのエッジに掛けてこじ開けようとする。さらに、僅かに空いた隙間に剣を突き立てた。

 

「くそっ、何だコイツ……!」

 

 盾の内側から、そんな声が聞こえる。

 あたしも同じだ。こんなやり方は見た事がない。攻撃にすらなっていない方法で、壁戦士の鉄壁の防御を破ろうとするなんて、あたしでは絶対に思いつかない。ただ、ダメージは望めず、かと言ってずっと張り付いている事が出来るはずもない。

 

 だが、あたしの位置からはバッチリと見えていた。キリト君の後ろから、猛スピードで走って行くレット君の姿が。

 

「レットッ!」

「はあぁッ!」

 

 張り付いたままのキリト君を踏み台に、レット君が盾戦士の頭上を越えようとジャンプした。続け様に見せられる奇行に、サラマンダー達の反応が遅れる。

 レット君は、鞘に納めたままの刀に手を掛ける。そして、一人の盾戦士めがけてそれを抜く。

 

「だから──、無駄だって言ってんだろッ!」

 

 しかし、またしてもキヤーナだ。既に詠唱を終え、それをレット君に向けて放つ。

 空中では、その攻撃を避ける事すら困難。全弾命中し、レット君は後ろへ大きく飛ばされた。

 

「レッ──ッ!」

「チャンスは今しかありません!」

 

 あたしがレット君の名前を呼ぼうとしたその時、小さくも力強い声が耳元でした。見ると、ユイちゃんがあたしの右肩に掴まっている。

 

「チャンス……? でも、レット君が」

「これは、レットさんが作ってくれたせっかくのチャンス。不確定要素は、敵プレイヤーの心理状態だけです。残りのマナを全部使って、次の攻撃魔法をどうにか防いでください!」

 

 〝でも〟、そんな言葉を言いそうになるが、あたしはそれを飲み込む。彼女の言うチャンスとは、レット君が飛ばされて彼らが安心した今の事。彼の犠牲を無駄にしてはいけない。

 

「ッ! ──分かったわ!」

 

 頷いたあたしは、両手を上空に挙げて詠唱を始める。敵のメイジ達の方が先に詠唱を開始しているが、向こうはタイミングを合わせるためにスピードは遅い。魔法剣士として一年間もプレイしたあたしにとって、魔法の高速詠唱は朝飯前だ。

 一つでも間違えれば最初からやり直し。その場合、絶対に間に合わない。あたしは今まで以上に口の回転を上げ、立て続けにスペルワードを組み上げる。自分でも驚くほどのスピードでそれは完成し、掲げた両手から、無数の小さな蝶がキリト君を包むように飛んで行く。

 

「ふっ!」

 

 直後、敵の詠唱も終わり、火球が放物線を描きながら爆発する。

 あたしは、爆圧のフィードバックに耐えるよう歯を食い縛る。キリト君を守る魔法のフィールドが、彼への攻撃を遮断する度にマナポイントがガクンと減っていく。マナポーションを飲んでいるがギリギリだ。

 たかが一回、されど一回。キリト君とレット君なら、この僅かな時間で何かを変えてくれるかもしれない。二人なら……、そう思わせてくれる何かがある。

 

「パパ、今です!」

 

 あたしの肩の上で立ったユイちゃんが、鋭い声で叫んだ。

 

 ユイちゃんの視線の先を注意して見る。燃え盛る炎の中、キリト君が剣を真上に掲げて立っている。シルフ自慢の聴力のおかげで、微かに呪文の詠唱が聞こえる。

 スペルワードの断片から推測するに幻影魔法だ。だが、これは自身の見た目をモンスターに変えるというもの。ステータスに応じてランダムに変化するため、大抵はパッとしない雑魚モンスターになってしまう。しかも、変わるのは見た目だけで、プレイヤーのステータスには僅かな変動もない。

 

「──ッ! まずい……」

 

 遂に、あたしのMPが尽きてしまった。手持ちのポーションも切れている。だが、まだキリト君の詠唱は終わらない。

 しかし、サラマンダー達がそれを待ってくれるはずはない。残り五発。それが今、キリト君に向かって放たれている魔法の数。

 

「──キリト君ッ!」

 

 あたしはキリト君の名前を叫んだが、彼には届いていない。諦めかけたその時、後ろから飛んだ来た五本の火矢が、火球を相殺した。それを放ったのは、さっき飛ばされたはずのレット君。今のは、レット君の魔法だった。

 

「行けッ! キリトさんッ!」

 

 あたしの魔法が完全に解け、先程の爆風も巻き込んで火炎の渦を巻き起こす。そして、それが静まると──、

 

「え……⁉︎」

 

「ゴアアアアアアアッ!」

 

 炎の渦の中、大きな黒い影が動き、轟くような雄叫びを上げた。

 頭部は山羊のようで、後頭部から太い角が伸びている。目は真紅色に輝き、口元には牙が見える。肌は漆黒で、筋肉がゴツゴツと盛り上がっている。その禍々しい姿は、怪物というよりむしろ〝悪魔〟と言うのに相応しい。

 

「キリト君……なの……?」

 

 肩に乗ったユイちゃんや、敵の魔法を撃ち落としたレット君は、それほど驚いていないように見える。おそらく、これが作戦なのだろう。だが、それはあたしの予想を遥かに超えていた。

 

「ひっ! ひいっ!」

 

 サラマンダーの前衛の一人が、悲鳴を上げて数歩後退した。その瞬間、キリト君が恐ろしい速度で動く。鋭い爪の生えた右手を、シールド同士の隙間へ突き込み、その指先が重戦士の体を貫いた。そしてそれは、赤いエンドフレイムへと姿を変える。

 

「うわあああ⁉︎」

 

 たったの一撃。それだけで、悪魔になったキリト君はサラマンダーを倒した。

 この出来事に、彼らはパニックを起こす。言葉にならない声で叫び、皆が隊列を崩して逃げ始める。リーダーが怒鳴り声を上げ、体勢の立て直しを図るが、その声はもう届かない。

 

「レット君……、これは……」

「……プレイヤーの技術が入り込む余地のない、絶対的な防御。そこには、ステータスや人数といった数字と、プレイヤーの心理状態しかない。そこを突く作戦だったんだけど、……これは予想外だな」

 

 前衛の盾持ち戦士は、皆キリト君の餌食となった。その後ろのメイジ達も、鉤爪に貫かれ、地面に叩きつけられ、牙の生えた口に放り込まれ、一人、また一人とリメインライトに変えられる。

 

「こ、こんなの、やってられるかっ!」

 

 一人のサラマンダーが、巨大な悪魔になったキリト君の足元を通って逃げる。しかし、一難去ってまた一難。向かった先はあたしとレット君の場所。

 ニヤリと笑ったレット君は、刀を構えて飛び出す。そして、たった一太刀で斬り伏せた。

 

「……なんか、キリトさんに良い所全部持ってかれたなぁ。爆破され損なんだけど……」

 

 レット君がそうボヤくが、あたしは無視をする。

 さっきまであんなにピンチで、彼自身もボロボロだったというのに……。そんな事を言うなんてホント呆れる。あたしの心配を返して欲しい。

 

「……と思ったけど、まだ残ってるじゃんか」

 

 そう呟きながら、レット君はあたしに向かって刀を振るった。

 

「何だよ……。バレてんのか」

 

 正確に言うと、あたしの()()()向かって刀を振るった。突然過ぎる出来事に、あたしは身動き一つ取れない。

 だって、誰が反応出来るのか。背後から透明化して近づいて来た暗殺者(キヤーナ)に。そして、それすら容易に看破してしまう剣士(レット君)に。

 

「殺気でバレバレなんだよ、キヤーナ。出直して来な」

「ッ! その態度が気に食わないんだよ!」

 

 苛立ちを隠そうともせず、キヤーナは短剣を振り続ける。魔法が得意なのは知っていたが、剣の腕も確かとは驚きだ。

 

「奇遇だな。俺もお前のやり方が気に入らない。そうやって仲間を見捨てたり、マナー違反を平気な顔でしたり。咎める気はないが、個人的に気に食わない」

「別にいいんだよ、あいつらは。俺の目的はお前だけだ。それに、見捨てたわけじゃない。あいつらを囮にして、お前を殺そうとしただけだ」

 

 完全に、キヤーナの間合いだ。あそこまで肉薄されれば、レット君の刀は力を十分に発揮出来ない。

 

「あとさ、マナーとかモラルに則ってプレイすれば、キャラクターが強くなるのかよ。禁止されてねえんだ。やって当ぜ──ッ!」

 

 なんと、レット君が左手で腰の鞘を引き抜き、そのままキヤーナの腹を突いた。意外過ぎる攻撃に、キヤーナは全く反応出来なかった。

 あたしも、あの鞘をそんな風に使うだなんて思いもしなかった。レット君とキリト君の戦い方には驚かされる。

 しかし、鞘にはダメージ判定はないため、キヤーナのHPに変化はない。それでも、発生したノックバックにより、大きく距離を取らざるを得なかった。

 

「ルールにない事なら何でもやっていい。ゲームなんだから、遊び方は人それぞれだし、別にそこに関して怒るつもりはない。だから、ここからは俺個人の意見。俺は、お前みたいな奴が一番嫌いだ」

 

 レット君は、感情をストレートに言葉にする。割と大人びた印象の彼にしては、珍しいと思った。

 そして、この時感じた違和感。どこか既視感を覚えるのだが、その正体が分からない。

 

「まあ、俺の勝手な八つ当たりみたいなモンだと思ってくれよ」

「その態度が、最初っから気に食わなかったんだよなァッ!」

 

 鞘を元の位置に戻したレット君。刀を両手で持って構え、キヤーナだけをじっと見つめる。

 対するキヤーナは、レット君に対する苛立ちを隠そうともせず、そのまま魔法を放つ。そしてその後ろから、短剣を突き出し突っ込んで来る。

 

「──えっ?」

 

 思わず、そんな声が漏れてしまった。

 

 レット君は、放たれた魔法を全て最小限の動きで避けた。そして、キヤーナの動きに合わせるように動いてからの居合斬り。キヤーナは信じられないといった表情のまま、体と首が別れた。そして、エンドフレイムを撒き散らし、リメインライトにその身を変えた。

 

 その一連の流れが、あまりにも速過ぎた。単純な速度だけではなく、その動作そのものに違和感がない。その動きそのものに慣れているかのような、反復練習を続けたかのような、ほとんど完成された動き。

 あたしはそこに、レット君の強さの片鱗を見た気がした。

 

「……あんなに殺気撒き散らしてんのに、なんか呆気なかったなあ」

 

 今回、レット君は本気を出していなかった。いや、あたしと初めて会った時からずっとそうだった。それは、自身の強さに対する絶対的な自信故か、それとも別の理由があるのか。少なくとも、本気になったレット君にあたしが勝てるビジョンが見えない。

 

「キヤーナ、まだ聞こえてるよな」

 

 レット君は刀を納めながら、リメインライトとなったキヤーナの方を見る。

 

「そんなやり方で手に入れた力なんて、所詮はそんなものだ。次やる時は、せめて力の半分出させてくれよ。お前、筋はいいんだから、真面目にやれば強くなるぜ」

 

 歯の浮くような台詞を言うレット君。だが、不思議とその姿は様になっている気もする。

 おそらく、それが彼の本音だから。キヤーナをバカにしたわけでもなく、侮っていたわけでもなく、彼を好敵手と認めたからこそ、その強さの源を残念に思ったから。

 

「……キヤーナが、やられた……」

 

 その様子を、キリト君から逃げながら見ていたリーダーの男。キヤーナの助けを待っていたようだが、その前に倒されてしまった。

 

「た、退却! たいきゃ──」

 

 それを受け、勝ち目はないと判断したのだろう。リーダーがそう指示を出した。

 しかし、リーダーの男の言葉が終わらないうちに、キリト君は彼らの行く手を阻む。鉤爪が唸り、牙に呑まれ、サラマンダー達が次々とエンドフレイムに変わっていく。

 そんな中、器用に逃げ回っていたリーダーが、橋から湖に飛び込んだ。メイジ職の軽装が幸いし、泳いで橋から遠ざかる事に成功した。だが、忘れてはいけない。この湖には、高レベルの水竜型モンスターがいるのだ。

 リーダーは一瞬のうちに水中へ引き込まれ、無数の泡を残して消えた。その直前、ちらっと赤い光が見えた。

 

「まったく……、サラマンダーのくせに湖になんか飛び込むからだよな。後は、キリトさんが今にも潰そうとしているあいつだけか」

 

 だがここで、あたしは大事な事に気づいてしまった。手遅れにならないよう、キリト君に聞こえるような大声で叫んだ。

 

「キリト君! そいつ生かしといて!」

 

 キリト君は動きを止めて振り返り、少し不満そうな唸り声を上げる。そして、サラマンダーの体を空中で解放した。

 

「すごかったですねえ〜」

 

 あたしの肩の上でそう言うユイちゃん。

 ちょっと、呑気過ぎではありませんかね? キリト君に似過ぎじゃない? なんて感想を抱きながら、レット君と共に駆け寄る。

 

「さあ、誰の命令とかあれこれ吐いてもらうわよ!」

 

 まだ放心状態のサラマンダーに、この戦いで出番のなかった愛刀を向けた。剣先が石畳に食い込み、小さな金属音を響かせる。その音に驚き、男の体はビクッと震えた。

 自分ではそれなりにドスの利いた声を出したつもりだったのだが、それがかえって男をショックから立ち直らせた。顔を青くしながらも、首を横に振った。

 

「こ、殺すなら殺しやがれ!」

「この……!」

 

 その時、魔法が解けたのか、それとも解いたのか、悪魔は元のスプリガンのキリト君に戻った。首を動かしながら、剣を背中に納める。

 

「いやあ、暴れた暴れた」

 

 このノンビリした口調では、さっきの悪魔とこの少年が同一人物とは誰も思わないだろう。

 

「よ、ナイスファイト」

「は……?」

 

 男は唖然とし、あたしもキリト君が何をしようとしているのか分からない。しかし、あたしの後ろにいるレット君は呆れ顔、ユイちゃんは素敵な笑顔を見せている。

 

「いやあ、いい作戦だったよ。俺一人なら速攻でやられてたな」

「ちょ、ちょっとキリト君……」

 

 あたしとは対照的なキリト君。戦いが終わりスイッチが切れたのか、先程の迫力はまるでない。まあ、それはレット君にも言える事なのだが。

 

「これ、今の戦闘で俺がゲットしたアイテムと(コル)なんだけどな。俺達の質問に答えてくれたら、これ全部、君にあげちゃおうかなーなんて思ってるんだけどなぁー」

 

 キリト君はサラマンダーの男にトレードウィンドウを出しながら訊く。男は数回口をパクパクさせながら、キリト君の顔を見る。やはり、彼があの悪魔だとは思えない。

 男が辺りをキョロキョロした後、そう言った。死亡から1分が経ち、彼の仲間のリメイクライトが消えたのを確認したのだ。

 

「マジ?」

「マジマジ」

 

 ニヤッと笑みを交わす両者。そんな二人を見て、あたしは思わずため息を漏らした。

 

「男って……」

「なんか、身も蓋もないですよね……」

 

 肩で、ユイちゃんも感心したように囁いてくる。そして、二人してもう一度大きなため息をつく。だが、その声が聞こえていたレット君が、げんなりした表情を見せた。

 

「…………頼むから、この人達と一緒しないでくれ」




 終わってみれば、あまり苦戦せずに終わってましたね。キヤーナも散々引っ張った末、ちょっと本気を出したレットに瞬殺。咬ませ犬でももっと頑張るなぁ。

 鞘も今回少しだけ登場です。本来の鞘は、戦闘に使って破損してしまうと納刀に支障をきたすため、滅多に行わないらしいですが、仮想世界なので、耐久値が許す限りなんでもオッケーです。ダメージはないだけで、それで殴られれば鈍器並なはず、という安易な発想です。

 次は、もう少し早くしたい。でも、なるとは言っていない。期待せずに待っていてください。

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