一周年記念とはいえ、特に特別な事はありません。いつも通りです。
それでは、第9話ですっ!
「何か珍しいな、お前がバテるなんて。リハビリやジムに行った時、いつも余裕そうなのに」
「腕も足も限界ですよ。はぁ、疲れた……」
明日は筋肉痛間違いなしだろう。
「そういえば、何か分かりましたか?」
「いや、何も」
即答だった。でも確かに、それが見つかるなら今頃グランドクエストはクリアされているだろう。
「だけど、一つだけ分かった事がある」
「何ですか?」
「《黒天使》はナイトであってナイトじゃない、そう思った」
哲学みたいだな。そして意味が分からない。
「ナイトに似てるし、多分中身はそうだと思う。けど、少しだけ違和感があったんだ。どこかぎこちないというか、動きが固いというか」
「……言われてみれば、そう思う気もします。でも、その程度じゃ…………」
「後は、どれだけALOの戦いに慣れられるかどうか、って所だな」
そのために、剣道部に顔まで出したんだ。一つ気がかりなのは、切り札の再現に至っていない事。これが使えば勝てる、そう思える精神的支柱が俺にはない。
《黒の剣士》キリトのような反応速度も、《閃光》アスナのような速さと正確さも、《白悪魔》ナイトのような観察眼も分析力も、俺にはありゃしない。
それでも俺はもう一度、あの世界で戦わなければいけない。あの戦いを終わらせるために。自分の中の何かに決着をつけるために。
「……じゃあ、そろそろですね」
「ああ。また向こうで」
和人さんと別れ、俺は自室に戻る。中は綺麗過ぎるぐらいに片付いている。
何て、生活感のない部屋なんだろう。最低限の物しか置いていない。かつての自分の部屋には、遅くまでやっていたゲーム機が置いてあったり、パッケージが転がっていたりと、だらしない部屋だった。だが、この部屋には本当に何もない。
「……まあ、それを分かってるから、翠さんも桐ヶ谷さんも、ナーヴギアがバレないんだけどな」
ナーヴギアを被る事に、今更躊躇はしない。やると決めたからにはやる。それが、本来の〝紅林蓮〟であるはずなのだから。
俺は、一つの箱をベッドの下から取り出した。中を開けて、ナーヴギアを取り出す。しっかりと被り、そのままベッドに横たわる。
「リンク・スタート」
「あ、二人とも待った?」
俺がダイブすると、ほんの数秒の差だろうが、キリトさんが先に来ていた。それから一分後、もう一人の同行者であるリーファが《すずらん亭》に入って来た。
「待ってないよ。今来た所」
「そっか。ちょっと買い物してたから、待たせちゃったかと」
女子の買い物は長い。俺はその事を、現実世界では桐ヶ谷さん、仮想世界ではレモンさんに教わった。二人とも、気になった物を見つける度に、嬉しそうな表情で見ていた。その表情が見れるのなら、待った甲斐があるというものだ。
多分リーファも、そういう顔でショッピングを楽しんでいたのだろう。
「買い物か……。俺たちも色々と準備しないとな。こいつじゃ頼りなくて……」
「キリトさんに丁度いいのがあるといいんですけどね」
キリトさんは自身の得物には結構うるさい方だと思う。彼が求めるのは、一撃重視の重めの片手剣、それも大剣並みのだ。50層のLAボーナスの《エリュシデータ》、リズさんが鍛えた業物《ダークリパルサー》は、彼にとって理想のふた振りだったわけだ。
「じゃあ武器屋に行こうか。その隣に防具屋もあるばすだから。お金大丈夫そう? なさそうならあたしが……」
「このユルドってやつがそうだよな」
「そうだよ」
「俺は結構ある」
「俺も大丈夫」
「なら行こうか」
お金もSAOの最終所持金だろう。75層のボス戦後に確認はしてないが、おそらくこんなもん。余程拘らなければ、武器と防具屋一式は買えるはずだ。
「ほら、ユイ起きろ。行くぞ」
可愛らしく欠伸をして、ユイちゃんがキリトさんのポケットから出て来た。俺を見つけるとこちらへ飛んで来て、挨拶をしてくれた。俺もユイちゃんに挨拶を返す。
「……レットさん」
「ん? どうしたの、ユイちゃん」
「私の勘違いならいいのですが……、何か悩んでる事があったら言ってくださいね。きっと、役に立てると思いますよ」
鋭いな、ユイちゃんは。そんな簡単に気づくレベルなのかね。
「うん、ありがとう。じゃあ早速いいかな」
「はい、何ですか?」
「キリトさん、SAO時代からの悪癖で怪しげなアイテムとか結構買うんだよ。だから、ユイちゃんに見ててほしいな」
「……分かりました」
本当に、キリトさんの事が好きなんだな。
そんな事を思ってると、どこかワクワクしているキリトさんと、そんな彼を見て呆れ顔のリーファが俺を呼んでいた。ユイちゃんに頼んだのは正しかったと、数秒前の自分を褒め称える。あの人、気づいたらお金なくなってるからな。
「軽いな……。もっと重い剣で」
武器屋では、キリトさんが店主から渡される剣を、持っては返すを繰り返していた。危惧した通り、彼の感覚に近い剣となるとそう簡単には見つからないのだろう。
「レット君。キリト君って、いつもあんな感じなの?」
「前のゲームでは、魔剣クラスの化け物を使ってたからな。似た感じの剣は、ちょっと厳しいかも」
「レット君は何にしたの?」
「赤いロングコートだよ。後は、魔法に耐性のあるマジックアイテム。武器はこれ」
俺は、腰に下げた刀を見せる。柄の部分が赤く、少し重め。ステータス的には、オニマルの前に使っていた《菊一文字》に似た感じだ。ALOでは刀は珍しいのか、値段が高かったのが痛かったが。
「あれ、その鞘ってプレイヤーメイド?」
「ああ。さっき作ってもらって来た」
「鞘なんかにお金かけたの? もっと他の買えたかもしれないのに」
「これは、俺自身への戒めなんだ。もう二度と、武器に振り回されないっていうな。前やってゲームで色々やらかしてさ」
俺はSAOで、鞘もプレイヤーに作ってもらっていた。理由はその戒め。キッカケは、ナイトにボロクソに負けた事。もう二度と負けない、二度と力に溺れない、二度と自分を見失わない。そう誓ったのは、そう昔の事ではない。
あの北欧神話に出て来るエクスカリバーも、その力の根源は鞘にあるという。どんな物でも斬る事が出来る刀が、唯一斬る事が出来ない物、それがその刀の鞘。意外と蔑ろにされているが、鞘はそれだけすごい物なのだ。
「で、どこでそんな素材を? ちょっとした素材なら売ってるけど、元となる金属はないと思うんだけど」
「昨日拾った槍だよ。ほら、俺が最初に倒したサラマンダーの」
「うわー、人の武器溶かしたんだ。さっきの言葉、少しでもカッコいいと思った過去の自分を殴ってやりたいよ」
そんな事を話している内に、キリトさんの長い長い剣選びも終了したようだ。その結果、彼が背負っているのは、長さが背丈程ある大剣。一応、分類上は片手剣らしいが、決して大きくはないスプリガンが使うにはデカ過ぎる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「おう」
リーファが俺らを連れて向かったのは、昨日キリトさんが激突した塔。キリトさんはその事を思い出していたらしく、若干顔が引きつっている。
「何でここなんだ?」
「長距離を飛ぶ時は、塔から飛んで出発するの。その方が高度が稼げるから」
「そっか、飛べる時間にも限界があるもんな」
「そういう事」
「さ、早く行こ。夜までに森は抜けたいからね」
塔に入り、正面にあるエレベーターホールに向かう。
「二人とも、こっちこっち!」
周りの目線が刺さる。これも仕方ないだろう。片や珍しいスプリガン、片やローブに身を包んだ不審者。
「リーファ!」
背後から聞こえてきた男の声。振り返ると、端正な容姿をしたシルフがいた。その両隣にもシルフがいる。三人とも、それなりにランクの高い装備だ。かなりのヘビーユーザーなんだろう。
「こんにちは、シグルド」
「パーティーから抜けるつもりなのか、リーファ」
確か、昨日会ったレコンも言ってたな。多分、リーファとレコンのパーティーメンバーだろう。俺が来る前に殺された奴らっていうわけか。まあ、謝んなくてもいいよな。
「うん、まあね。お金も貯まってきたし、ちょっとね」
「残りのメンバーに迷惑がかかるとは思わないのか?」
「パーティーに参加するのは、都合のつく時だけ。それが入る時の約束だったでしょ」
「だが、お前は俺のパーティーの一員として既に名が通っている。何の理由もなく、突然抜けられると、こちらの面子に関わる」
聞いてて気分が悪くなる。こういう自己中な奴を、俺は山ほど見てきた。
「仲間はアイテムじゃないぜ」
「何っ⁈」
キリトさんがとうとう我慢出来なくなったらしい。まあ、俺も同じなのだが。
「他のプレイヤーを、お前の大事な剣や鎧みたいに、装備欄にロックしておく事は出来ないって言ったのさ」
リーファを庇うように、前に出ながらそう言ったキリトさん。俺はまだローブを被ったまま、黙っているのだが、シグルドの態度に苛立ちを覚えている。
「貴様ッ! 屑漁りのスプリガン風情がつけあがるな! どうせ、領地を追い出されたレネゲイドだろうが! そっちのローブもどうせ同じだろう!」
「そんな事言わないで! 彼らは新しいパートナーよ!」
「リーファ。お前、領地を捨てるつもりなのか?」
「……ええ、そうよ。あたし、ここを出て行くわ」
まずいな。別に俺は、自分を悪く言われるのは構わない。だが、それがリーファに飛び火してしまっている。レネゲイドは領地を捨て、他のプレイヤーから蔑まれている。そして、もうこのスイルベーンには戻って来れない。彼女は、この街を愛している。そんな事にはなって欲しくはない。
「……子虫が這いまわる程度なら捨て置こうと思ったが、泥棒の真似事とは調子に乗り過ぎたな。のこのこと他種族の領地に入ってくるからには斬られても文句は言わんだろうな」
シグルドが剣を抜いた。そして、それをキリトさんに向かって振り下ろす。
「なッ――――!」
「……悪い、リーファ。流石に我慢出来なくなった」
俺は《辻風》を再現し、シグルドの剣を弾く。手元から離れた剣は、シグルドの斜め後方に飛んで行った。
「サラマンダーだとッ!」
俺の全体的に赤い姿が晒される。当然、シグルドだけでなく、塔の中にいたプレイヤーの多くが俺を見る。
「ちょっと、レット君!」
「リーファは一回黙ってて。
なあ、あんたシグルドとか言ったっけ? 俺さ、自分の事を悪く言われるのは慣れてるからいいけど、仲間を悪く言われるのは腹立つんだよな」
刀の先をシグルドに向けて、思いっきり睨みつける。
「貴様ァッ!」
「シグさん、ヤバいっすよ。ここにいるって事はレネゲイドだし、仕掛けたのはこっちからですよ」
「チッ……。精々、外では逃げ隠れするんだな、リーファ。いずれ、俺を裏切った事を後悔する事になるぞ」
どこか重い空気になった。俺に対する視線も、明らかに鋭さを増している。
リーファが謝りながら、上へと引っ張って行く。
「すごい眺めだな」
「でしょ、この空を見てると、ちっちゃく思えるよね、色んな事が」
俺達三人の間には、ぎこちない空気が流れている。
「……いいキッカケだったよ。いつかはここを出て行こうと思ってたの。一人じゃ、中々決心出来なくてね」
「ゴメン。結局、喧嘩別れみたいになっちゃった……」
「あの様子じゃ、多分抜けられなかったよ」
そこから先は、独り言みたいだった。弱々しく、答えを求めているように感じた。
「何で、ああやって、縛ったり縛られたりしたがるのかな……。せっかく、翅があるのにね……」
俺には答えられない。
「フクザツですね、人間は」
代わりに答えたのは、キリトさんの娘、ユイちゃんだった。
「ヒトの求める心を、何でややこしくするのか理解出来ません」
「求める……?」
「他者の心を求める衝動が人間の基本的な行動原理である事は分かります。それが、私のベースメントでもあるのですが、私なら……」
ユイちゃんはキリトさんの頰に手を添え、可愛らしくキスをした。
「こうします。とてもシンプルで明確です」
キリトさんとアスナさん、ユイちゃんに変な事教えてないだろうな……。
俺がキリトさんに疑いの目を向けている時、リーファは呆気に取られていた。まあ、そうだろうな。
「そんなに単純じゃないんだよ、人間界は。そんな事したら、ハラスメントでバンされちゃうよ」
「手順と様式ってやつですね」
「キリトさん、ユイちゃんに何覚えさせてるんですか」
「俺はそんな事教えてないって」
リーファはどこかスッキリしたような、逆に謎が増えたような、複雑な表情をしていた。
「…………ヒトを求めるの心、かぁ……」
何かを考えていたようだが、特にツッコミはしない。こういう話題はデリケートだ。下手に首を突っ込むと怪我をする。
「……さ、そろそろ出発しよっか」
リーファの指示に従い、展望台の中央のロケーターストーンに戻り地点をセーブする。これで、死んでもここからやり直せるらしい。
四枚の翅を広げ、軽く震わせる。いざ、飛び立とうとしたその時、後ろから声がした。
「リーファちゃん!」
「あ、レコン」
「ひ、酷いよ、一言声かけてから出発してもいいじゃない」
「ごめーん、忘れてた」
扱い酷いな。SAOでの女性陣のクラインさんへの対応みたいだ。
「リーファちゃん、パーティー抜けたんだって?」
「ん……。その場の勢い半分だけどね。あんたはどうするの?」
「決まってるじゃない。この剣は、リーファちゃんだけに捧げてるんだから」
レコンが短剣を腰から抜き、掲げたのだが、
「えー、別にいらない」
あっさり撃沈。この二人の会話、コントみたいで面白いな。なんて、レコンにとっては可哀想な事を思ってしまう。
「もちろん僕も行くよ、と言いたい所だけど、ちょっと気になる事があって、シグルドのパーティーに残るよ」
気になる事ねえ。確かに、最後の台詞。後悔する事になる、だっけ。流石に大袈裟な気がする。後悔といえば、キヤーナの奴も同じ事を言ってたっけ。まあ、それでももう二度と会う事はないだろうしな。
「キリトさん、レットさん。彼女、トラブルに飛び込んで行く癖があるから、気をつけてくださいね」
「大丈夫だよ。例えリーファでも、キリトさんには敵わないから」
「いやいや、レットの方がすごいって。なんせ、トラブルに愛されてるからな」
何てしょうもない争いなんだろう。でも、俺はトラブルに愛されてなんてない。断じてない。
「それと、特にレットさん。言っておきますけど、彼女は僕のンギャッ!」
何を言おうとしたのかは分からないが、まあいいか。早く行かないとリーファに置いて行かれてしまう。
「しばらくは、中立区域いると思うから。もしも何かあったら連絡してね」
「あっ、ちょっと、リーファちゃんっ!」
リーファが展望台の床を蹴り、宙に飛び出して行った。すぐに翅を震わせて飛行に入る。俺とキリトさんもそれに続く。
「……リーファ。あいつ、おもしろいな」
「全然頼りにならないけどね」
どこか名残惜しそうにスイルベーンを見ていたリーファ。こういう時は、無理に何か言おうとせず、触れないでやるのがベストだろう。
「二人とも、急ご。一回の飛行であの湖まで行くよ!」
レット、やっちゃいました。剣は抜かなかったキリトとは違い、まだまだ精神的には子供なんです。まあ、普段はキリトより大人っぽい部分も多いんですがね。
装備も、レットはすんなり決まりました。後は、鞘にこだわったぐらいですね。つい、拾った槍を溶かしちゃいました。きっと、あのサラマンダーはショックでしょう。本来、装備していたら大丈夫ですが、レットに落とされてたので拾われちゃいました。
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