ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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 本当は昨日投稿の予定だったのですが、色々事情が今日投稿します。
 今回もまた、何やら暗~い雰囲気が漂っています。まあでも、今章のテーマにも関わって来るので、今は我慢してください。きっと、後々生きてくるはずです。また、今話にはSAOで出会った人が全部で三人、話の中だけに一人。もちろん、キリトも出て来ますが、彼を除いてです。

 それでは、第二話スタートです!


02.不信感は崩壊を招く

「あれ、桐ヶ谷さん、和人さん?」

 

 帰宅し、リビングに顔を出すが、二人の姿は見えない。二人してどこに行っているのだろう。

 

「仕方ない。少し竹刀でも振るか」

 

 もちろん、俺が以前使っていた竹刀は捨てられていてここにはない。そのため剣道場に取りに行く。

 

「めぇぇぇぇん!」

 

 気合の入った掛け声と、少し遅れて、ばしーん!という気持ちのいい音が聞こえてきた。そこにいたのは、剣道着を着た桐ヶ谷さんと和人さん。この様子だと、和人さんが負けたのだろう。さすがは全中ベストエイトの剣道少女。あのヒースクリフを倒した剣士相手に、生身とはいえ勝利してしまった。

 

「お疲れ様でーす。見事な負けっぷりでしたよ、和人さん」

「あ、紅林君」

「うるさいな……。ステップだけなら上手くいってたんだよ」

 

 和人さんが、剣を左右に切り払って背に持って行く。だが、もちろんそこに鞘はなく、ついでに言うと、その手にあるのも剣ではなく竹刀。彼のSAOでの姿を知らない桐ヶ谷さんは、自分の攻撃の当たり所が悪かったのかと思ってしまう。

 

「お兄ちゃん、やっぱ頭打ったんじゃ……」

「ち、違う。長年の習慣が……」

 

 何言ってんだこの人。おそらく、桐ヶ谷さんは理解出来ないだろう。

 

「じゃあ、俺が朝飯作りますね。二人は着替えたら来てください」

「ああ、頼むよ」

「ごめんね」

「いいよ全然。じゃあ、先戻ってるよ」

 

 キッチンに入り、適当に冷蔵庫から食材を取り出す。二人をあまり待たせないよう、簡単なものを作る。翠さんはもう家を出ているため、三人だけでの食事。誰かと一緒に食べるなんて、二年前の俺からは考えられないことだ。

 

 食事を終え、後片付けは桐ヶ谷さんがやってくれた。俺は和人さんの後にシャワーを浴びる。部屋に戻り、病院を訪れる支度をする。上は黒いシャツ、下はデニムを履く。その上から赤のマウンテンジャケットを着込む。

 

「お待たせしました、和人さん」

「おう。じゃあ行くか。蓮はいつ以来だっけか?」

「そうですね。この前は、峰高さんが戻って来るより前だから……、一か月以上前ですね」

 

 俺達は、ひと月ほど前に新調した――住む家はなくても金はあるので――マウンテンバイクにまたがって家を出た。向かうは、埼玉県所沢市郊外にある総合病院。この病院で、和人さんの想い人であるアスナさんが眠っている。

 だが、俺はあまりここを訪れたくはない。どうしても、会いたくない奴がいるのだ。

 

 そんなことを考えている間に、病院に到着した。何度も来て慣れた和人さんに連れられて、俺は中に入る。ロビーで通行パスをもらい、エレベーターで最上階の十八階まで上がる。廊下を南に歩く。突き当りに薄いグリーンの塗装が施された扉が見えてくる。すぐ横のネームプレートには《結城明日奈 様》という文字。それが、アスナさんの本名だ。キャラネームに本名を使っているのは彼女だけな気がする。

 

「アスナ……」

 

 和人さんは涙を堪えながらアスナさんの手を握る。和人さんのアスナさんを見る目を見ていて、何だかこっちまで悲しくなってきてしまった。

 

 

「そろそろ帰るよ、アスナ。またすぐ来るから」

「さようなら、アスナさん。また来ますね」

 

 俺と和人さんは、見舞いから帰ろうと腰を上げる。その時、病室のドアが開いた。

 

「おお、来ていたのか桐ヶ谷君。度々すまんね」

「こんにちは、お邪魔しています、結城さん」

 

 彼は結城彰三。《レクト》のCEOだ。そして……

 

「いやいや、いつでも来てもらって構わんよ。この子も喜ぶ。それと、そっちの君は初めましてかな」

「あ、はい。初めまして。紅林蓮です。よろしくお願いします、結城さん」

「おや、紅林? まさか……」

 

 結城さんは何かに気付いたようだ。

 だがそんな時、ドアが開いてさらに三人の人物が入って来た。

 

「俺の息子だ、彰三。まあ、出来損ないで、息子だとは思ったことはないがな」

「蓮次郎。そうか、この子が剣道の……」

「いや。それでさえ、こいつは満足に結果が出せていない」

 

 だから来たくなかった。この男、紅林蓮次郎――俺の実の父親に会いたくなかったから。その後ろには二人の青年。眼鏡をかけた方は知らないが、もう一人は俺の兄の蓮音だ。

 

「まさか、生きて帰って来るとは。運だけはいいんだな」

「うるせえよ。お前こそ、どうしてこんなところに」

「親に向かってその口の利き方はなんだ。共に会社を支えてきた仲間の娘さんの見舞いに来て何が悪い」

 

 病室は、突然の親子げんかで異様な空気に包まれる。そんな中、兄貴が動く。親父に耳打ちをして、俺達を外へ誘導した。アスナさんの病室からやや離れた場所まで行く。そこには、俺と親父の二人だけ。

 

「それで。外に出たってことは、何から何まで喋ってくれるってわけか」

「まさか。もう家族ですらない奴に、話すことなど一つもない」

 

 こいつの瞳には、この俺――紅林蓮の姿が確かに映っている。だが、こいつに俺は見えていない。もう、ずっと前から。最後に映ったのがいつだったかも定かではない。いや、初めから、見るつもりはなかったのかもしれない。

 

「……じゃあ、俺がまだ家族なら、……何か一つでも言うのかよ」

「確かにそうだ。これは一本取られた。お前が家族であろうとなかろうと、話す意味も価値もあるはずがなかったな」

 

 ああ、そうだった。この男は、初めからそうだった。こいつは何一つ変わっちゃいない。変わろうともしていない。変わっていたのは俺だ。家族なんてどうでもよかったはずなのに、俺は今、それを心の底から求めてる。俺が帰還したことを喜んでほしい。それを言葉にして伝えてほしい。あいつが、恵が、死ぬ間際に望んだたった一つのこと。

 

 ――一度でいいから、みんなで一緒にご飯が食べたいな。

 

 本来なら、子供なら、望む必要もなく与えられるはずであるそれ。ただ食べるわけじゃない。家族みんなで、仲良くお喋りしながら食卓を囲む。今日学校で何があったか、次の休みにどこに出かけたいか。そんな何気ない会話を、笑って話す、家族だけの普通の時間。

 言い換えれば、恵は家族になりたかったのだ。周りからのプレッシャーとか、変なプライドに縛られない、普通の家族。金なんかなくていい、名声もいらない。ただ家族で笑い合えるなら、他には何も望まない。それを最後の願いとして口にしてしまうことが、どれだけ哀れであることか。

 

「…………俺に対して、何か言いたいことってあるか」

 

 親父は何も答えない。俺は拳を固く握り目を瞑る。目を開けて、親父の目を真っすぐに見つめ、言い方を変えて再び問う。

 

「……俺を……、俺を捨てたことに、罪悪感はあったか――」

「感じてない。感じるはずがない。弱いお前が悪い。強く在れなかったお前の責任だ」

 

 俺は、親の言葉だとは思えなかった。そしてその言葉が、恵の死を侮辱しているようにさえ感じた。

 

「じゃあ、恵はどうなんだよ! お前は、あいつに対しても、面と向かって同じことが言えるのか!」

「人の上に立つには、常に己が強者でなければならない。だが、例え強者であっても、時には足元をすくわれる。大事なのは、いかにその隙をなくすかだ」

「質問に答えろッ!」

 

 俺のイライラは頂点に達した。固く握った拳を武器とし、目の前のこいつに殴りかかる。あの世界で何度も使って慣れている。《体術》基本技《閃打》。

 しかし、俺の拳がこいつに届くことはなかった。なぜなら、突如間に割り込んできた奴によって、俺の体が宙を舞い、床に叩きつけられたからだ。

 

「……兄貴ッ!」

 

 俺の攻撃を阻んだのは、小さい頃から柔道に邁進してきた兄貴だった。俺は無様にも床に横たわり、親父と兄貴、そして眼鏡をかけた青年を見上げている。

 

「伸之、彰三はもう外か」

「はい。社長は僕らよりも先に」

「そうか。ではあまり彰三を待たせるわけにはいかないな」

 

 親父が、一人エレベーターの方へ向かう。俺は、まだ痛む体を無理矢理起こす。

 

「待てよ! 俺の問いに答えろ!」

 

 結局、親父が俺の問いに答えることはなかった。そのまま、親父の姿は俺の視界から消えた。

 

「《紅鬼》のスカーレット君、だったかな、君は」

「この人は須郷伸之。レクトのフルダイブ技術研究部門の主任をしている。俺はその助手だ」

 

 随分と出世したものだ。確かに兄貴は俺より遥かに優秀だが、恵ほどではなかったはず。俺とは違い、その悔しさをバネにして親父達に認められたということか。

 

「さっきの桐ヶ谷君もだが、ゲーマーっていうのはみんなこんな感じなのか」

「さあな。まあ、落ちこぼれの出来損ないのこいつは仕方ないだろ」

 

 久々の再会だっていうのに、一言目がそれか。そういえば、さっきは手加減なしで投げてきたっけ。

 

「でも、俺は親父とは違うぜ。評価すべきポイントはちゃんと評価する。もちろん、お前のことだってな」

「……何?」

「死者は約四千人。あのデスゲームの最前線で二年間生き続けたお前は、十分評価に値する。さっさと死んだ、恵とは違ってな」

 

 信じられないことを言いやがった。親父だけじゃない。こいつもそういう人間か。

 

「何だと? もう一度言ってみろ!」

「何度でも言ってやるさ。俺達にとっては、あんな妹より、お前に価値があるんだ。コレ、やるよ。俺の名刺だ。もしもお前に、もう一度ナーヴギアを被る度胸があるなら連絡してくれ。お前にピッタリな仕事を与えてやるよ」

 

 兄貴は、俺の手に自身の名刺を握らせ去って行った。すれ違いざまに肩を叩いていった。

 

「では、僕も行くよ。いい返事を期待しているよ。もっとも、この申し出を断るということは、君に残された最後の、強者へ至る道を閉ざすことになることを、よぉく、覚えておきたまえ」

 

 須郷もまた、俺の肩を叩いていく。俺は、持っていた名刺を握りしめた。そして、少しだけ迷いながらポケットに突っ込んだ。

 

「まだ、和人さんいるかな」

 

 病室に戻ると、和人さんが泣いていた。どうやら、俺が入って来たことにも気づいていないようだ。

 

「……和人さん」

「……蓮か……」

 

 一度だけこちらを見たが、彼はすぐに視線を落とす。

 

「俺達ってさ、こっちじゃ、何も出来ないんだな……」

 

 和人さんの、誰に向けたか分からない呟きに、俺は答えることが出来なかった。俺もまた、同じ思いを抱いていたからだ。SAOでなら、俺が勝てない相手はほんの数人だけだった。でも、こっちに戻ってくれば、そんな奴ばかりだ。親父や兄貴には、全てにおいて勝てる気がしなかった。

 

 その時、俺のスマホに一通のメールが届いた。差出人は《浅黄陽梨(あさぎひな)》となっている。俺は、和人さんに声をかけてから病院を出た。マウンテンバイクを駅前に停め、東京に向かった。

 

 

 

 彼女との待ち合わせは都内にある病院。そこに彼女はいた。

 

「陽梨さん」

「やっほー、蓮。久しぶりだね。年末以来かな」

 

 彼女こそがメールの差出人、浅黄陽梨。知り合ったキッカケはSAO。彼女こそ、あの城で俺に散々迷惑をかけてくれた情報屋《狐のレモン》なのだ。まあ、あの頃の元気は、今ではなりを潜めているのだが。

 

「それで、湊さんは……」

 

 陽梨は無言で首を横に振った。彼女はそのまま病室に入って行った。そこには、俺より二つ学年が上の青年。髪も伸び、体もやせ細っている。だが、誰もがイケメンだと評するその見た目に変わりはない。

 

「湊、蓮が来てくれたよ」

「お久ぶりです。お邪魔してます湊さん、いえ、アクアさん」

 

 彼はSAOで《流水》と呼ばれていたトッププレイヤー、アクアさん。本名は《清水湊(しみずみなと)》。初めて知った時は、とにかく水が入った名前だなあ、と思った。どうやら、親の再婚でこうなったらしい。

 

 そして彼もまた、アスナさん同様、現実世界への帰還を果たしていない。彼らを含めて、約三百人のプレイヤーが未だに、あのナーヴギアに縛られたままだ。

 

「ねえ、蓮。何で、なのかな。何で湊が、スイがこのままなの? リズちゃんも、すっかり塞ぎ込んじゃって。この間様子見に行ったけど、また痩せちゃってる。見てて、ホントに可哀想。ウチも、いつまで耐えられるか分からない」

 

 湊さん――アクアさんと、SAOで結婚していたリズさんは、彼の今の様子を見て、精神的に参ってしまっているようだ。無理もない。愛する人が目を覚まさないというのは、非常に耐えがたいものだろう。和人さんもそうなのだ。いつか彼も、リズさんのようになってしまってもおかしくない。

 そして、陽梨さん――レモンさんも、このままでは……。

 

「ねえ、レット。何で? 何で、SAOをクリアしたのに、こんな風に苦しまなくちゃいけないの。こんな風に苦しむなら、ウチはあのままの方がよかった! 誰かを待つことが、こんなに辛いなんて、知らなかったよ!」

 

 陽梨さんは、無意識にレットと呼んでしまっている。

 

 俺達は、あのゲームをクリア――正確には和人さんが――したはずだ。それならば、茅場晶彦は最低限、ログアウトという報酬は支払わなければならない。それこそが、俺達が戦った理由であり、与えられるべき対価なのだから。

 

「陽梨さん、大丈夫です。必ず、みんな目を覚まして、元通りになりますよ。俺達は、あの城を戦い抜いたんですから」

「じゃあ蓮は、全部そうなったの? 違うでしょ! 蓮も、元通りにはなってない。死んだ人は生き返らない。湊だって、いつそうなるか分からない!」

 

 俺は何も言えなかった。だって、俺もまた、彼女が言った通り、あのゲームによってあらゆるものを失ったのだから。

 

「……ごめん。蓮に当たっちゃいけなかったね。ホントにごめんね。ウチから誘ったのに」

「……いいですよ別に。俺だって、そうやって荒れましたから。俺でよければ、いつでも聞きますよ」

「蓮は、こっちでも優しいんだね。ウチの方が年上なのに、情けないな……」

「安心してください。俺は、あなたを一度も年上だなんて思ったこと、ありませんから」

「うわあ、酷ッ!」

 

 俺達は、その後軽く言い合って笑い合った。陽梨さんはさっきのお詫びとして、缶コーヒーを奢ってくれた。そして、俺達は駅で別れた。

 

 

 

「……言い忘れちゃったな。荒れてた、じゃなくて、荒れてる、だった」

 

 俺は、ポケットから丸めた名刺を取り出した。そして、飲み終わった空き缶をその場に捨てた。

 

 ねえ、陽梨さん。俺は、あなたみたいに、悩む時間さえ、与えられてないんですよ。何の前触れもなく、あらゆるものを奪っていくんです。それを、指を咥えてみているだけ。自分が嫌いになって、何も信じられなくなるのは時間の問題でした。

 

「……自分のことが、何一つ、信じられないんです」

 

 あの世界での強さは紛い物、仲間との絆は偽物、抱いた感情は錯覚。それはやがて、現実の俺――紅林蓮への不信感にも繋がっていく。

 

「あ、おかえり、紅林君」

「ただいま」

「あれ、お兄ちゃんは」

 

 そして――

 

「いや、途中で別れたから分かんないや」

 

 自分が信じられなければ、見て、触れて、感じたものも信じられなくなる。いつの間にか俺は、かつて抱いた恋心に対してさえ、疑問を感じてしまっていた。

 

「そっか。まあ、そのうち帰ってくるよね」

 

 そもそも、こんなことを考えている時点で、俺はいよいよ、手遅れなのかもしれない。

 




 前書き通り、暗かったでしょう。さて、本当にヒロインと結ばれるのか心配になります。ですが安心してください。次回はALOにようやくログインします。ヒロインとも出会う予定です。
 ですが、一つだけ困ったことになりました。皆さんの中にもお気づきの方もいるかもしれません。そうです、レットの種族です。イメージカラーは赤系統、武器は刀、属性は火。どう考えても種族は火妖精(サラマンダー)ですし、自分もそうする予定でした。ですが、これでは《スイルベーン》に入れません。とりあえず、思いついているものはあるんですが、何かあれば感想でもメッセージでもいいので教えてください。

 多分、次の更新は、【一番星は輝かない】になると思います。出来る限り、早く更新できるよう頑張ります。

 お気に入り登録をしてくださっている皆さん、ありがとうございます。今後も応援、よろしくお願いします。
 まだの方も、良ければポチっとお願いします。感想や評価、お気に入り待ってます。もちろん、批判なども大歓迎です。今後の作品の向上に役立てていきたいと思います。

 それではっ!

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