直葉を書き慣れていないのが、やはり1番の原因かと。レット視点なら、結構なんとかなるんですけどね。
今回は、直葉が和人との関係の真実を知った日をメインで書きました。SAOにオリキャラがいたら、こんな事もあったんじゃないかなぁ、と思っております。
あれから数週間。毎日のように増え続ける死亡者。画面から聞こえて来る名前に耳を傾け、その中にお兄ちゃんや紅林君を探し、それがない事に安堵する。
いつ死んでもおかしくない。次に名前が出るのは、もしかしたらその2人かもしれない。縁起でもない事だけれど、ないとは断言出来ない。
あたしの不安が大きくなる事はあっても、小さくなる事は決してなかった。
「直葉、そろそろ帰りましょ」
あたしは部活に顔を出す事なく学校を出て、その足で直接病院へ向かった。普段は仕事で帰りの遅くなるお母さんも、最近は早く上がらせてもらっているらしく、1時間ほど前に合流した。
「…………もうちょっと、もうちょっとだけ……」
「昨日もそうだったじゃない。あなたの方が先にダウンするわよ」
悪夢で目が覚め、最近は眠れない日が続いている。食事もほとんど喉を通らない。病室を訪れる度に泣いて目は腫れ、顔色は悪く、目の下にクマが出来ている。寝不足が続き、足元がおぼつかない。あたしもまた、病院のお世話になりそうなぐらい酷い有様だった。
「ちゃんと休んだ方がいいわよ。辛いのは分かるし、眠れないのも分かる。けどね直葉、あなたのそんな姿を見て、一番悲しむのは誰だと思ってるの?」
誰が一番悲しむか。それはお兄ちゃんと紅林君だ。2人はゲーム好きという以外に共通点はあまり見当たらない。けど、どちらもすごく優しい。
あたしの様子がおかしいのは自分のせいだと知れば、2人は間違いなく悲しむだろう。優しい2人は、自分の事よりも優先してあたしの心配をしてくれるだろう。それはすごく嬉しいけど、同時に何とも言えない気持ちになる。
「……うん」
そう言って、あたしは握っていた手を離した。
「じゃあまた来るね、お兄ちゃん」
一ヶ月も経つ頃には、あたしもようやく落ち着いてきた。部活にも復帰し始め、勘が戻ったというわけではないが、それに近いレベルまではなっていると思う。
あたしの生活がいつも通りに戻りつつある一方、最近はSAO事件のニュースが減ってきた。死亡者の報道は毎日あるが、首謀者である茅場晶彦の動向やプレイヤー達の解放の知らせはない。SAO事件について一切報道されなくなる──なんて事にはならないはずだが、いつかそれすらも日常になってしまうのだろうか。
そんなある日の事だった。
今日は学校も部活もなく、あたしは家にいた。本来ならば、朝から病院に行こうと思っていたのだが、お母さんが仕事に行く前に少し話したい事があると、あたしを呼び止めた。
「どうしたの、お母さん」
「あのね、直葉。今から言う事、驚くだろうけど、ちゃんと聞いて欲しいの」
その様子は真剣そのもの。もしかしてお兄ちゃんが……、とも考えてしまったがそれはないとすぐに否定する。だが、他に何も思いつかない。
「……あのね、あなたと和人は本当の兄妹じゃないの」
あたしとお兄ちゃんが本当の兄妹じゃない?
言っている意味がよく分からない。だって、お兄ちゃんは物心ついた頃からずっとお兄ちゃんで、あたしはお兄ちゃんの妹で。今でこそ全然会話をしなくなってしまったが、昔はとても仲が良く、その仲は近所で評判だったのだ。
「えっと……どういう事?」
「和人はね、本当は私のお姉さんの息子なの。和人が小さい頃に交通事故に遭って、姉夫婦は和人を残して亡くなったわ。それで私が、まだ幼い和人を引き取ったの」
つまり、お兄ちゃんとあたしは従兄妹だという事。そして、お母さんが嘘を言っているようには見えなかった。
「……何で? 何で、今それを話したの?」
ようやく、お兄ちゃんや紅林君がSAOに囚われたという事実を受け止められそうだった。2人がいないという事を除けば、おおよそ元の生活に戻りつつある。なのにどうして今、そんな事を言うのか。
「どうして……、どうしてもっと早く教えてくれなかったの⁈」
お兄ちゃんが急にあたしと距離を取り始めたのだって、この事を知ったからに違いない。
何も知らなかったのはあたしだけ。1人だけ除け者にされていた。
「どうして、今更そんな事教えるの⁈」
お母さんがそんなつもりで言ってない事ぐらい分かってる。お兄ちゃんが本当は従兄だって事を、嘘だと言って信じないほど幼くはない。
でも、そういう事じゃない。頭では理解はしてる。だけど心が理解してくれない。
お母さんに当たるのは間違っている事ぐらい分かってる。あたしの言動がいかにおかしく、的外れかも分かってる。
でも……でも……、
「──直葉っ!」
あたしは訳が分からなくなって、机の上に置いておいた財布とスマホを取り、上着を持って外に飛び出した。
混乱したあたしには、行くところなんて一つしかない。
「……紅林君」
お兄ちゃんと同じ病院に入院している紅林君の所だ。
事件発生当初は、あまりの辛さに訪れる事が出来なかったのだが、今は部活仲間達と一緒だったり、1人で来たりと訪れる頻度は高くなっている。
ただ、紅林のお見舞いに来る家族の姿を見た事がないのが、少し心配だ。
「……ねえ、紅林君。君も、似たような気持ちだったのかな」
彼の家の事情は、彼自身から少しだけ聞いている。彼以上の才能を持った兄弟に囲まれ、その中で劣る彼は蔑まれ、いない者として扱われる。本当に酷い話だ。
それと今のあたしを比べるのはおかしいと思っている。あたしはただ、兄だと思っていた人が本当は従兄だったというだけ。それを知らなかったのは、あたし1人だけだったという事。そもそも比べる土俵が違う。
「……っ。うぅ、うぁ……」
病室では何があっても泣かないよう努めていた。だって紅林君もお兄ちゃんも、あたしなんかよりよっぽど辛くて、大変で、危なくて、ずっと泣きたいはずなんだから。待っているあたしに出来るのは、ただ2人の生存と帰還を望む事だけ。
だから2人の前では泣かない。そう決めたばかりなのに、涙が止まらない。溢れ出して、自分の意思で止められない。
その時だった。あたしの身体は柑橘系の爽やかな香りに包まれた。続いて、女性特有の柔らかな触感。
「……っ。えっ…………」
「泣いていいよ。彼に見られたくないだろうから、私が隠してあげる。ほらっ」
あたしを抱き締めたのは、全く知らない女の人。背後からだから顔は見えないが、声の感じから年上だと思う。
「……うっ……っ、えぐっ…………ひっく…………!」
あたしは彼女の方を向いて、そのまま身体を預けて泣いた。女の人はあたしを抱き締め、ちゃんとあたしを紅林君から隠してくれた。
あの日から、誰かの目の前で泣いたのはこれが初めてだった。
「あなたは強いね。こんな分かりやすい絶望を前にして、涙をこらえてられたんだから」
そう言いながら、女性はあたしの頭を撫でてくれる。すごく安心する。彼女の雰囲気というか香りというか、なんかそういうのが、あたしをそうさせてくれる。
「でも、もう我慢したらダメよ。だって、涙は身体からのSOS。身体が感じてる痛みや辛さを教えてくれるものなんだから」
「……っ、はぃ」
返事が聞こえて嬉しかったのか、動作に手櫛を追加する彼女。だが、どこか動きがぎこちない気もする。やり慣れていないのかもしれない。
「あなたの悩み、私でもいいなら話してみて、誰かに話すだけで少しは楽になると思うわ」
初めて会う人で、名前も知らない。だからこそ、何でも話せる気がした。知ってる人が相手なら、あたしはその人に強く当たってしまう気がするから。
流石に全てを話せるわけではないけれど、あたしは今の気持ちを出来る限り話した。SAOに囚われた2人の事。それによって決定的となってしまったお兄ちゃんとの溝。初恋の相手である紅林君との距離。そして、あたしとお兄ちゃんは本当の兄妹ではない事。
所々ぼかしながら話したため、繋がらない部分もあったかもしれない。そもそもこんな話、相手がいいと言ったとはいえ、会ったばかりの他人に話していい事ではない。それでも、彼女はちゃんと聞いてくれた。
あたしが全てを話し終えると、彼女は少し考える素振りを見せてから、笑顔を見せる。そして、あたしを軽く撫でてからまた笑顔。
「……うん、思ったよりも重かった……」
彼女が見せた笑顔はそういうわけだった。
「えっと……、上手く言えないんだけどね、そんなに難しく考える必要ってないと思うよ」
「えっ?」
「SAOに大事な人が囚われたのはあなただけじゃない。私もそう。その気持ちを乗り越えるなんて事、出来るはずがない。私達に出来るのは、無事に帰って来てくれる事を祈るだけ。そうじゃない?」
あたしには、SAOにいるお兄ちゃんと紅林君を助けるなんて出来ない。もしSAOにあたしも行ければ……、そう考えた事はあるけれど、実際にはそんな事は出来ないし、出来たとしてもお母さんを更に悲しませるだけ。今のあたしには、何も出来ない。そんな無力な自分が嫌だった。
でも、そうじゃなかった。無事を願う事。それが唯一あたしに出来る事。今までも、これからも、その願いが変わる事はない。
「うん、ちょっといい顔になってきたわね。後はもう簡単。ちょっと冷静に考えるだけで、自ずと答えは出ると思うわ」
そう言うと、彼女は病室の外に視線を移す。あたしもそれに倣ってそちらを向くと、そこにはお母さんがいた。あたしを心配して追いかけてきてくれたのだろう。
「直葉、あなた……、そんな事思ってたのね」
おそらく、あたし達の話を聞いていたのだろう。だから、お母さんには全部知られている。
あたしは椅子から立ち上がり、お母さんの元へ歩いて行く。
「ねえ、お母さん。一つだけ、聞いてもいい?」
「ええ、いいわよ。一つと言わず、いくつでも」
溜まっていた膿を吐き出し、少しだけ心が軽くなった。おかげで少しだけ冷静になる事が出来ている。
聞きたい事。気になっていた事。ずっと昔から理由を知りたくて、でも分からなくて苦しんでいた事。あたしはその疑問をぶつけた。
「……お兄ちゃんがゲームばかりやってるの、あたし達から距離を置いたのって、それが原因なのかな」
するとお母さんは、「違うわよ」と言い、あたしの身体を引き寄せて抱き締めた。
「ゲーム好きなのは、どう考えても私のせいよ。昔から、相当やってましたから。それが和人にも遺伝したのよ、精神的にね」
お母さんがあたしとは違い、PC系に強いのは知っていたけど、ゲームもよくやっていたとは知らなかった。そういえば、お兄ちゃんと少しだけゲーム関係の話をしていた気もする。
「それに和人は和人で、色々思う事があるのよ。事実を知るには少し早過ぎたのね。自分の中で答えを出すまで、ちょっと時間がかかってるのよ。あの子が帰って来たら、直葉を長い間悲しませた事、ちゃんと反省させないといけないわね」
「……うん。あたしも、時間かかるかもしれないけど、ちゃんと受け止めないとね。お兄ちゃんが帰って来た時、ちゃんと向き合って話せるように」
時間が変えてしまった関係だけど、時間をかけたら修復出来る。もう少し時間はかかるけど、ちゃんと向き合おう。今もこうやって、一歩それに近づけた。
「ありがとうございます。色々と、相談に乗ってくれて……」
あたしは、こちらを微笑ましそうに見ていたお姉さんにお礼を言う。こうやって前に進めたのは、お姉さんのおかげだから。
「ん? 私は何もやってないよ。全部あなたが自分で出した答えでしょ」
「はい、ホントありがとうございました。あの、あたし桐ヶ谷直葉って言います。お姉さんの名前は……」
「桐ヶ谷直葉ちゃんか。うん、覚えた。私は
お姉さん──芽依さんは、あたしと同じ境遇の人だった。多分高校生ぐらいで、スタイルもいい。頼りになるお姉さんって感じで、ちょっと憧れる。
「あっ、そうだ。桐ヶ谷ちゃんの初恋の事なんだけど……」
「──ちょっと直葉! 何よそれ。私聞いてないわよ。後で聞かせなさいよ。ああ、私の娘にもついに春が来たのね」
芽依さんの悪気のない一言は、お母さんの好奇心を刺激してしまったようだ。あたしもその相談については聞きたかったからありがたいのだが、お母さんの前では話して欲しくなかった。だってお母さん、そういう話大好きなんだもん。
「芽依さんっ! お母さんの前で言わなくても……」
「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃありませんっ!」
お母さんはあたしの事をひじでつつきながら、ニヤニヤと楽しそうにしている。芽依さんも同じようにしているし、どうやら確信犯らしい。ここにあたしの味方はいない。
「お姉さんから一つアドバイス。好きな人の事、諦めちゃダメよ。例え何があってもね。諦めずにアタックし続ければ、もしかしたら蓮も振り向いてくれるかも。まあ、こんな健気で可愛い子に好かれてる何も思わないなんて、ゲイか相当鈍いかのどちらかよね」
その言葉は、スッとあたしの心に入ってきた。もっと積極的にアピール、それがあたしに必要な事。相手が好いてくれるのを待つんじゃなくて、こっちから動いて好きになってもらう。紅林君は多分後者だろうから、もっと大胆に行くべきかもしれない。
あれ? そういえばあたし、紅林君の下の名前教えたっけ? 病室の外のネームプレートを見たのかな?
「あ、桐ヶ谷ちゃん。私、そろそろ妹の所に行くわ。じゃあ、またね」
「えっ……あっ、はい。また今度」
「本当に、ありがとうございました」
芽依さんは、そのままエレベーターホールの方に向かった。
あたしも一度お兄ちゃんの所に行く事にした。そしてそこで、もう一度お母さんとちゃんと話をした。まだ全てを受け入れられたわけじゃないけど、ゆっくりとそう出来たらいいと思う。
例え関係が変わっても、あたしの願いは変わらない。時間が変えてしまった関係だけど、きっとそれを直せるのも時間。だけど、自分で行動しなければそれも出来ない。
紅林君の事は、また彼に会えた時に頑張ればいい。とりあえず今は、お母さんや友達からの追求をどう乗り切るか、これが重要だ。
全ては、2人が帰って来てくれないと始まらない。心配してないって言ったら嘘になるけど、2人なら大丈夫って信じてる。根拠はないけど、そう思う。
だからあたしは、これからも病室に通い続ける。例え意識はゲームの中にあっても、手を握って伝わる熱や鼓動は、ちゃんと届くって信じてるから。
だから頑張れ、お兄ちゃん、紅林君。
前回と今回は、後にフェアリィ・ダンス編の最初に移動させるつもりです。
次回からは本編に戻ります。そろそろ、あのシーンを【SO&WD】バージョンで書かねばならないのか……。