ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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 今回は久々の番外編です。主人公は本作のヒロイン桐ヶ谷直葉です。

 本編を早く進めろ、という方もいるでしょうが、ここらで一度挟んだ方が、より今後の話が面白くなる……なって欲しい……なったらいいなぁ、です。

 今話は全て直葉視点でお送りします。違和感があれば、感想欄やメッセージで教えてくださると幸いです。


フェアリィダンス
番外編1 時既に遅し


──変わらないものなんて何もない。

 

 四字熟語でいうと〝諸行無常〟。誰もが聞いた事のある言葉で、それが当たり前の世の中。ありきたりなこの言葉は、良い意味でも悪い意味でも昔から言われてきた。

 

 あたしはそれを理解したつもりでいたけれど、本当は何も分かってはいなかったのだ。

 だからあたしは、いつの間にか変わってしまったお兄ちゃんとの関係も、ずっと前から抱いていた彼への〝気持ち〟も、先延ばしにし続けてしまった。

 

 そしてその日は、そんなあたしの都合なんて1つも考えずに突然やって来た。

 11月6日──《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始される、その日が。

 

 

 

「ヤバい! 後、30分しかねぇ! ゴメン、桐ヶ谷さん! 俺急ぐから! また明日!」

「あっ──ちょっと、紅林君っ!」

 

 あたしと彼との間に、精神的な距離があるのは薄々気づいていた。一緒に話している時も、一緒に練習をしている時も、あたしの姿は彼の瞳には映っていない──そんな感覚。

 そして今日、別れ際に伸ばした手も、慌てて出した声も、意中の彼には届かない。

 

 あたしと彼は、ごく普通の異性の友達。同じ〝剣道〟を嗜んでいる者同士だから、実際は友達というより、〝仲間〟や〝ライバル〟と言った方が合っているのかもしれない。

 そもそも最初は憧れから始まったのだ。自分と同い年で、周りと上級生と比べると背も低い。それなのに、彼はその速さで他を圧倒していた。決して大きいとは言えないあたしにとって、その動きは理想だった。

 それを考えると、偶然彼が転校して来て、それから色々あった末、これだけ仲良くなり今こうやって一緒に下校出来る関係になっただけでも奇跡と言える。

 

「……はぁ。……卵と、文房具だけ見て帰ろうかな」

 

 確か、シャーペンの芯がなかったはずだ。ルーズリーフも足しておいた方がいいのかもしれない。このように、他にも色々と見ている内に本当に必要な物の存在を思い出し、愛用しているメーカーのそれを買う。

 その後も、同じクラスの子が持っていたメモ帳や、可愛いと思ったキーホルダーなど、目移りする物も多かったが、とりあえず切り上げて、スーパーに寄って帰る事にした。

 

 紅林君の事を考えないようにする、という当初の目的だけは達成できた。出来たけど、かえって自分が望む結果からは離れてしまう。

 仲の良い〝友達〟のままでいれば、今のこの楽しい時間は続く。でも、あたしがこの気持ちを伝えれば、あたしの好きなあの心地良い空間は壊れてしまう。

 

「……はぁ」

 

 周りの友人達からは「いつになったら告るの?」とか、「このまま勢いで言っちゃいなよ」とかよく言われる。まるであたしが彼のこと事が好きというのが確定しているかのように。

 

──……まあ、確かに好きなのは間違ってないんだけどね。

 

 後は勇気だけ。頭では分かってはいるけど、その一歩が踏み出せない。

 このまま、気持ちを伝えないまま終わるのだけは嫌だから、あたしはいつかベタな屋上や体育館に彼を呼び出し、この想いを打ち明けるのだと思う。その時はちゃんと、誰に背中を押してもらうんじゃなくて、自分の意思で行きたいな。

 

「お兄ちゃん、ただいまー」

 

 あたしは午前中に部活があったが、お兄ちゃんは休みのはず。もし学校があったとしても、今日だけは意地でも行かないだろうけど。

 だって、今日はお兄ちゃんがずっと楽しみにしていたSAOというゲームが始まるからだ。普段は距離のあるあたしとお兄ちゃんだけど、一度だけその話題を振ってみたら、とんでもない熱と圧力と共に語ってくれた。あまりに長かったので、あたしはほとんど覚えていないのだけど。

 

 要するに、今日は絶対にそれをやめない。本人の意識ごとゲームに飛ばすフルダイブは体を揺する程度では意味がない。だからご飯の時間になったら、お兄ちゃんの頭からゲーム機を強引に外してやろうと思っている。

 

「あっ、アイス食べよ」

 

 あたしは買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、ついでに冷凍庫からお徳用のアイスを取り出す。近くから大きなスプーンを取り、そのまま直接口に運ぶ。たちまち口の中にバニラアイスの甘さと冷たさが広がる。

 普段ならばはしたないとお母さんに怒られるけど、帰って来るのは今日も遅いし、ちゃんと片付ければバレない。部活の後のこの直食いが、実はあたしの密かな楽しみなのだ。もちろん、毎日部活や家で竹刀を振っているから、太る事はないだろう。そろそろ成長期だから、多少の増加は仕方ないし。

 

 後で見た時にバレない程度に食べ、あたしは自室に入った。隣の部屋ではお兄ちゃんがまさにゲームをやっている最中だろうが、今は放っておく。

 これだけゲームをやっているのに、お兄ちゃんの成績は文句なしだからムカつく。紅林君も部活以外はゲームばかりなのに定期テストはいつも高得点。どうしてゲーマーのくせにこんなに勉強が出来るのだろう。偏見なのは分かっているが、どのタイミングで勉強をしているのか分からない。

 

「宿題終わらせちゃおっと」

 

 部活は頑張ってるけど、そのせいで勉強がダメだなんて言われたくない。部活を言い訳にしたくない。だから最低限の成績は取らないといけない。

 あたしは鞄から教科書とノートを取り出し机の上に広げた。宿題は苦手意識を持っている数学だ。時間がかかる事を覚悟して、あたしは勉強を始めた。

 

 

 

「んーっ、終わったぁ~」

 

 平面図形の問題を解き終わり、おまけに明日の授業の予習まで済ませてしまう充実ぶり。何事も諦めずに根気よくやれば上手くいく、なんてカッコつけてみたりする。それぐらい上手くいった。

 

「あっ、もうこんな時間。ご飯作らないと」

 

 数学をやった後なのに、珍しくあたしは上機嫌。お気に入りの曲を口ずさみながら、包丁で野菜を切っていく。

 

 お母さんが仕事で遅いのは、我が家ではよくある事だから、あたしとお兄ちゃんは交代で家事をやっている。

 すると必然的に家事スキルはどんどん上がっていくわけで、今ではそれなりには出来るようになっている。ただ、あくまでも家で作る簡単な感じのものしか出来ないので、誰かに手作りを振る舞う、という事はしない。でもまあ、いつかは……なんて思っている。

 

「よしっ、今日も美味しく出来たかな」

 

 盛り付け方には何の工夫もない。出来たものを、家にあるお皿に適当に乗っけただけの、食べれば見た目なんて一緒な料理。これでは、好きな人に食べさせるどころか、見せる事すら躊躇してしまう。だから紅林君は、あたしの料理の腕についてはよく知らない。家庭科の授業で活躍出来る程度という認識なのではないだろうか。

 ちなみに、紅林君の料理の腕は結構いい。作る品はお手軽な家庭料理なのだが、その過程と見栄えがすごい。料理の出来る男子はカッコいいけど、本気で恋をするとなるとそのハードルはかなり高い。

 

「お兄ちゃん、ご飯出来たよ!」

 

 おそらくまだプレイの途中だろうが、ダメ元で大声で呼ぶ。もちろん返事はなし。

 

「全くもう。今日のは結構自信あったのに──見た目以外は……」

 

 出来立ての温かいのを食べてもらえないのは残念だが、好きなものに没頭する気持ちは分からなくもない。仕事で遅くなるお母さんの分と一緒に、渋々お兄ちゃんのもラップに包んで置いておく。

 せっかくのいい出来なので、あたしはすぐに食べ始めた。アイスを食べたとはいえ、それは別腹。夕食には何の問題もなかった。うん、我ながら本当によく出来た。

 自分の分を食べ終わると、食器をシンクに運び、洗い物を終わらせてしまう。全部まとめて一回で済ませるでもいいのだが、こういうのは終わった順にさっさとやる方がいいとあたしは思っている。

 

「……まだやってるのかな」

 

 洗い物を終えて時間は8時過ぎ。お兄ちゃんは下に降りて来る気配はまだない。

 

「流石に声かけた方がいいかな……」

 

 今までも何度か、ご飯の時間になってもお兄ちゃんが自室から出て来ない事はあった。その時はヘッドホンをつけてやっていたようで、あたしの声が聞こえなかったらしい。それでも、8時頃には自分で気づいて慌てて降りて来るのだが、今日に限ってはそれもない。

 倒れているとか、そんな事はないはずだけど、万が一があってはいけない。そんな思いであたしはお兄ちゃんの部屋に向かった。

 

「……本当にまだやってるの?」

 

 ノックしても反応がなかったので、勝手に中に入らせてもらうと、そこにはヘルメットのようなものを被ったお兄ちゃんの姿。確かこれがゲーム機のはずだ。

 

「お兄ちゃん、もう8時だよ。ご飯食べないの?」

 

 声をかけても起きない。ゲームをやっているのか、寝ているのか全然分からない。

 

「本当に大丈夫かな?」

 

 これだけ揺すっても起きないのだ。いよいよ心配になってきた。これを無理矢理にでも外して、確認すべきなのではないだろうか。

 

「ゴメン、お兄ちゃん。これ、外す──」

「──直葉ッ!」

「お、お母さん……?」

 

 あたしがお兄ちゃんの頭からゲーム機を外そうとした瞬間、息を切らしたお母さんが部屋に飛び込んで来え、大声で言った。

 ただあたしは、お母さんのその切羽詰まった様子に驚いた。

 

「和人のナーヴギア、外してないわよね」

「えっと、な、ナーヴギア? これの……事、だよね。外してないよ、今からやろうと思ってたけど……」

「……そう。間に合ってよかったわ」

 

 お母さんの様子がおかしい。今の言葉も普段のハキハキしたものとは違い、どうにかして捻り出したかのような、そんな感じ。一体何があったのだろう。

 

「直葉、下でテレビを見てみなさい。そうすれば分かるわ」

 

 そう言うと、お母さんはベッドの横に座り、お兄ちゃんの右手を強く握りしめた。

 

 あたしは言われた通りテレビをつけた。そういえば今日は珍しくまだテレビを見ていなかったな、と思う。

 

「ゴメンね、直葉。急に怒鳴ったりして」

「ううん、大丈夫。でも、本当に何が……」

 

 テーブルの上のリモコンを取り、テレビの電源を入れる。「何チャン?」と訊こうとすると、普段はバラエティをやっているはずがニュースをやっていた。そしてキャスターが手元の原稿読み上げた。

 

「………………うそっ」

 

 それを聞いて、どうにか発した言葉がそれだ。

 

 SAOにお兄ちゃんを含めた1万人が囚われ、理不尽なデスゲームを強いられている。ゲームでHPがゼロになる、またはナーヴギアを外そうとすると、そのプレイヤーは死ぬ。

 だからプレイヤーからナーヴギアを外すな、キャスターはそう言った。続けて、死亡者は既に200人を超えていると伝える。

 

「あたしっ……今、お兄ちゃんを……」

 

 そう考えただけで、全身の震えが止まらなくなった。あたしは、ようやく今お兄ちゃんの身に起きた事を理解したのだ。

 

「大丈夫。大丈夫よ、直葉。和人はまだ死んでないわ」

 

 お母さんが、あたしを強く抱きしめてくれた。

 

 どれくらい、抱きしめてもらっていたか分からない。実際はそんなに時間は経っていないはずだが、その時間は永遠のようだった。

 もう大丈夫と言い、お母さんに離してもらう。お母さんは携帯を取り出し、お父さんにかけると言って廊下の方へ行った。あたしはテレビを点けっぱなしのままお兄ちゃんの部屋に入る。

 

「……お兄、ちゃん?」

 

 お兄ちゃんが置かれている状況は理解した──理解せざるを得なかった。でも、それを受け入れられるかどうかは別だ。

 目の前にいるお兄ちゃんは、寝ている時と全く同じだ。まつ毛が長くて、線の細い顔。あたしと一緒だと姉妹と間違えられる事もある女顔。なのにお兄ちゃんは、死の一歩手前にいる。信じられるわけがない、──信じられない。

 

「──あっ、紅林君っ!」

 

 紅林君もまた、同じゲームをやると言っていた。彼の安否も心配だ。

 携帯を取り、彼番号にかける。だが、何コールしても電話に出ない。自宅に電話したが、こちらも出てくれない。最悪の事が起こっているのかもしれない。

 

「……嫌。そんなの嫌。そんなの……っ、いやだよ……、そんなのってないよ……っ」

 

 紅林君が果たしてどうなったのか。それをちゃんと知ったのは、翌日の担任の言葉。

 この言葉は、壊れかけのあたしの心を砕くには十分過ぎるものだった。

 

 

 

 ──変わらないものなんて何もない。

 

 あたしはこの時それを思い知った。

 

 時間は待ってはくれない。時に早く感じたり、時に遅く感じたり、感じ方に誤差はあっても、絶えず時間は進み続け、気づけばもう今は過去になり、未来は今になる。

 

 お兄ちゃんとの距離を詰めようにも、肝心の本人はいない。お兄ちゃんが剣道をやめてから、時間をかけてゆっくりと出来た溝は、徐々に大きくなり、そして今日それは穴となった。

 時間が作った穴。今のあたしでは、決して埋める事の出来ない大きな大きな穴。埋めようとしても、底無しの穴の暗闇に消えて行くだけ。

 

 紅林君と交わした最後言葉は「また明日」。そして、その明日は予定通り来なかった。

 またねが、別れの挨拶のように感じる。心の距離はさらに離れ続け、もう届かない所まで行ってしまった。翅があったとしても、あたしはもう追いつけない、もう届かない、もう見つからない。

 

 変わらない事に甘えて、変わる事から目を背けて、あたしは何1つ答えが出せないまま時間だけが過ぎて行った。お兄ちゃんが、彼が、時間が、あたしだけを置いて先に行く。

 それに気づいた時、あたしは目の前が真っ暗になった。




 うん、暗い。超シリアス。自分が書きたいのは、直葉と主人公の仲睦まじい様子なのに!
 まあ、絶対これが今後生きてくるはず。

 ただ、皆さんも分かっていると思いますが、これ次回も続きます。まだ途中なのですぐに投稿は出来ませんが、必ずや1月中には。

 まだまだ先は長いですが、頑張っていきます。早く読んでくださっている読者に砂糖を吐かせたい! 応援よろしくお願いします。

 それではっ。

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