ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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やや駆け足になりましたが、七十五層の迷宮区踏破からボス戦前までです。特に言う事はありません。後は近いうちに更新するであろう、アインクラッド編最終話で。

あえて言うなら、最終話の番号は39。何かキリ悪い。


38.偵察隊の全滅

 二人の最強によるデュエルから、既に二週間が経過した。たったそれだけの間に、様々な出来事がアインクラッドで起きた。その中でも特に大きな二つを紹介しよう。

 

 まずは、ソロプレイヤーで《黒の剣士》の二つ名を持つキリトさんが、血盟騎士団に入団。これは、例のデュエルによる約束であり、彼自身もそれほど嫌がっていない。なぜなら、彼がデュエルを受けた理由はアスナさんの一時脱退――という名目で二人っきりでイチャイチャする事――だからだ。アスナさんの職権乱用により、この目的は達成された。

 余談だが、普段は黒一色のキリトさんの血盟騎士団のユニフォーム姿は、中々笑えた。

 

 続いては、その彼らが結婚したという事。五十五層の迷宮区に訓練で出かけたキリトさん達が、クラディールというプレイヤーにPKされかけた。それを退け、キリトさんがアスナさんにプロポーズ。再びアインクラッドに激震が走った。その後彼らは、攻略を休んで二十二層に移り住み、幸せな新婚生活を送っていた。二人の間には何と娘がいたらしい。そもそも、このゲームに出産システムがあるのかさえ謎だ。俺も会った事はないので、事実かどうかは分からない。

 またまた余談。出産システム云々は知らないが、《倫理コード解除設定》なるものがオプションメニューの奥深くにあるらしい。まあ、俺がそんなものを使う機会は訪れないだろうが。

 

 

 そして、これら二つの出来事は、残された攻略組に多大なる影響を与えた。キリトさんはソロプレイヤーながら攻略組でもマップ踏破率が高く、彼が公開したマップデータは数知れない。アスナさんもまた、血盟騎士団の攻略の指揮を担っていた。この二人の離脱は、俺達への負担が大き過ぎたのだ。

 

「ったく、キリトの野郎……。今頃アスナさんとあんな事やこんな事やってるんだろうなぁ」

「あーもう、うるさいですよ、クラインさん。ボヤくぐらいなら、もっとペース上げましょ」

 

 そして今日、俺はクラインさん率いるギルド《風林火山》と共に七十五層の迷宮区を攻略している。昨日、このフロアの中ボスを倒したところであり、残るはこの最終フロアのみ。つまり、そろそろボス部屋が見えてもいい頃だ。

 

「だってよぉ、あんな可愛い奥さんなんて、羨ましいだろ! なあ、お前ら!」

 

 クラインさんの魂の叫びに、《風林火山》のメンバー達は同意を示す。正直どうでもいい。俺はただ、二人に早く戻って来て欲しいだけだ。流石に新婚の二人を呼び出すのは可哀想だが、状況が状況だ。まだ犠牲者は出ていないものの、負担が増えた分疲労も溜まり、いつ死亡者が出てもおかしくない。

 

 その時、明らかに周りの雰囲気が変わった。デジタルデータで構成された世界には似合わないような妖気。一歩進む毎に、全身の筋肉が強張っていく。

 

「ッ! 来ましたね」

「おう……。周りが重くなってきたな。お前ら、結晶は切らしてないな!」

 

 武器を構え、各種ポーションや結晶に不足がないか確認する。何度挑んでも、この緊張感には慣れる事が出来ない。

 

 真っ直ぐ進むと、そこに現れたのは巨大な二枚扉。遂に、クォーター・ポイントの七十五層のボス部屋に到達したのだ。

 

「……どうする? とりあえず、俺らで偵察するか?」

 

 HPは全快。アイテムもポーチ、ストレージ共にバッチリ。偵察戦程度なら心配いらないだろう。だが、クォーター・ポイントは一筋縄ではいかない。過去二度のクォーター・ポイントでは、彼らは想定していた被害を上回る凶悪さを見せてきた。二十五層では、当時の攻略ギルド《アインクラッド解放隊》が再起不能の大打撃を受けて戦線離脱。五十層では、レイドが半壊し、ヒースクリフの《神聖剣》がなければ全滅もありえた。

 そんな、俺達プレイヤーに毎度の如く絶望を与えてきたクォーター・ポイント。今、そこに繋がる扉が目の前にある。

 

「帰りましょう、クラインさん。クォーター・ポイントなら、入念過ぎる程の準備が必要です。ここから先、これ以上犠牲者を出すわけにはいきません」

「……おう、そうだな」

 

 一つ下の層のボス戦、俺は参加していないが、《風林火山》とキリトさん、アスナさんが参加していた。そして、そのボス部屋は《結晶無効化エリア》だったらしい。今まではトラップのみであり、ボス部屋にはなかった仕掛けだ。それもあって、ボス攻略で六十七層以来の犠牲者を出してしまった。この層はクォーター・ポイント。その仕掛けがないとも限らない。

 

「おい、レット。それは……」

 

 クラインさんが、俺の右手にある物を指差し尋ねる。

 

「《回廊結晶》ですけど……」

「使うのか?」

「はい。ここまで強力なモンスターが多かったですからね。偵察戦やボス戦のときに、疲労するわけにはいきません」

 

 それに、迷宮区のトレジャーボックスから既に二つ入手している。茅場晶彦も、そこまで鬼畜ではなかったという事だ。

 俺はその内の一つに、ボス部屋前のこの拓けた場所をワープポイントとして記録する。これで、この結晶を使えば疲弊する事なく、ここに来る事が出来る。

 

「さて、じゃあ帰りましょうか」

 

 俺達はポーチから《転移結晶》を取り出して、使用する。向かう先は血盟騎士団の本部のある五十五層グランザム。

 おそらく、中ボスを一緒に倒した彼らも戻っている頃だろう。このまま、KoBとDDAの幹部達と共に偵察戦とボス戦の会議をしよう。

 

 

 

「ご苦労だった、クライン君、レット君。キリト君とアスナ君の一時休暇は痛かったが、今回も何とかなりそうだ」

 

 俺達が持ち帰って来たボス部屋発見の報告を聞き、ヒースクリフ団長は少し力を抜く。だが、これだけで喜んでいる場合ではない。この層を突破するまで、安心出来ない。

 

「アクア君。至急、DDAのリンド君に連絡を。幹部達と共に攻略会議を開く」

「了解です。レット、クライン。お前らも出てくれ。それと、悪いんだけどさ、どっちかでいいからレモンとアルゴにメッセを」

「その心配はないヨ」

 

 アクアさんが指示を出すのとほぼ同時、話し方と顔の髭が特徴的な情報屋《鼠のアルゴ》が現れた。アルゴさんの隣には、最近攻略より情報屋の仕事を優先しているレモンさんもいる。

 

「見つけたよ、スイ。クォーター・ポイントのボスの情報」

「あの茅場晶彦も、人の子って事だナ」

 

 予想通り、七十五層のボスの情報が見つかった。過去のクォーター・ポイント二十五層、五十層共に、気休め程度の情報がクエストクリア後に手に入った。二人は、この層が解放された日から、片っ端からクエストを受注、そしてクリアし続けた。そして、ボス攻略に間に合わせてみせたのだ。

 

「スイ、ヒースクリフ。ここからは、取引の話だよ」

「もちろんだとも、アルゴ君、レモン君。いくら払えばいい? 金額を提示してくれれば、ちゃんと払おうじゃないか」

「ボス戦後に後払いでいいヨ。情報料は……そうだナ、まだ見ぬ七十六層の景色を見せてくれヨ」

「了解。ちゃんと、払うよ」

 

 無事、取引の話も終わった。そこで、アクアさんがレモンさんの方を向く。

 

「なあ、レモン。最近君が、情報屋中心なのは知ってる。でも、戦力は少しでも多い方がいい。すまないけど、ボス戦には出てくれないか?」

「もちろんだよ。スイの頼みなら聞くし、何ならウチの方から頼もうと思ってたからね」

 

 

 こうして、ボス部屋発見から間も無く、ボス攻略会議が開かれた。参加者は、KoBとDDAの幹部達、攻略組の各少数ギルドのリーダー、俺とレモンさん、アルゴさんだ。

 

「とりあえず、クエストで手に入れた情報を整理していくよ。

 ボスの名前は分からないけど、武器は、鋭利な両鎌と尻尾。全身が骨で出来たムカデ型のボス。他には攻撃力がかなり高いって事しか分からなかったよ」

 

 情報があるとはいえ、やはり量が圧倒的に少ない。偵察戦を飛ばす事は出来そうにない。偵察戦と言っても、SAOのそれはかなり危険だ。メンバーはレイドの半分以下。偵察が目的のため、攻撃パターンを知るために攻撃も防御も必須。そんな状況で、初見のボスに向かって行かなくてはならないのだ。

 

「今回は、各ギルドからメンバーを募り、計二十人で偵察戦に臨みたいと思う。もちろん、リーダーは僕がやる」

 

 アクアさんが自ら志願する。彼の姿勢に影響されたのか、各有力ギルドからも名のあるプレイヤー達が手を挙げる。危険は皆承知。それでも、この世界から出るためには、その生と死のギリギリを攻めていかなくてはならない。

 

「すまないな、みんな。偵察戦は午後に決行する。各自アイテムを揃えて、転移門前に集合。では、解散!」

 

 アクアさんの号令で攻略会議は終わる。同時に、何も言わずに次の攻略会議の日時が決まる。偵察戦が終わり、ボスと対峙するために十分な情報が集まってから。現状望める最強のメンバーを揃えてボスに挑む。おそらく、キリトさん達は来れないだろうし、来たとしても、レイドの上限には届かない。それでも、俺達は進まなくてはならない。

 

 肥大し続ける不安を抱えながら、俺は、アクアさんとレモンさんと共に、四十八層にあるリズさんの店に向かった。

 そこで、今日の会議の事、午後に行われる偵察戦にアクアさんが赴くという事を告げた。そして、それがいかに危険な事であるかを。

 

「アクア……。……必ず、必ず帰って来てね」

 

 リズさんは、言おうとした言葉を飲み込んだ。その上で、ただ一言だけ言ってアクアさんを送り出した。

 

「大丈夫だよ、リズちゃん。偵察戦だもん。今までスイは何度も経験してるんだから!」

「うん、そうね。あたし達がアクアを信じなくてどうするのよね」

 

 俺達は、お茶を飲みながら軽く話をして偵察戦の結果を待っていた。だが、明らかに遅い。俺とレモンさんの元には、偵察戦完了のメッセージが入る予定になっているはずなのだが……。

 

「「……ッ!」」

 

 ピロンという電子音が鳴る。俺とレモンさんは同時に立ち上がる。リズさんは不安でいっぱいになっている。

 俺とレモンさんは恐る恐るメッセージを開く。

 

「……嘘っ」

「…………ッ!」

 

 そこには、簡潔に「偵察隊は全滅した。偵察戦は失敗」。そんな二文が載っていた。あまりに事務的で、無機質。嫌な予感が当たってしまった。

 

「……ねえ、二人共。メッセージ来たんでしょ。アクア……帰って来るって?」

 

 ただ、続いてメッセージが送られて来て、アクアさんは無事だという事は分かった。それを伝え、リズさんを支えながら、五十五層グランザムに向かった。

 

「アクアッ!」

「…………リズ」

 

 そこにいたのは、精神的に参ってしまっているアクアさん。目線を上にやると、ヒースクリフ団長がいつもの椅子に座っている。

 

「何があったんですか?」

「偵察隊二十人を二つに分け、先にタンク中心の十人が中に入った。だが、彼らが部屋の中央に到達すると、ボス部屋の扉が閉じてしまったのだ。鍵開けスキルも直接攻撃もしたが無意味。結局、扉が開いた時には中には何もなかったらしい」

 

 アクアさんは後半の十人、アタッカー部隊の方にいて助かったのだろう。だが、責任感の強い彼の事だ。今回の事を誰よりも重く受け止め、リーダーであった自分を責めるだろう。

 

 そして、扉が閉じたという事は、実際のボス戦時も退路はないという事。事前情報がレモンさん達が入手してくれたほんの僅かなものだけ。結晶も使えないとなると、かなり絶望的だ。

 

「……ヒースクリフ団長。七十五層、一体どうするつもりですか?」

「……彼らを、呼び戻そうと思っている。二人には悪いが、今はそれどころではない。彼らの力は必ず必要だ」

 

 その意見には全面的に同意。だが、せっかく二人っきりなのに、こんな事で呼び戻して良いのだろうか。

 

「レット。こんな事じゃない。こんな事だからこそだよ。多分、ウチらだけじゃ勝てない。キリトとアスナには悪いけど、来てもらうしかないよ」

 

 二人がどれだけすれ違い続けて結ばれたか、俺は知っている。ようやく結ばれたのだから、少しでも二人の時間を与えてあげたい。……だが、もうそれどころではないのだ。アクアさんだって、リズさんとの時間を犠牲にして戦っている。そしてボロボロになって帰って来た。

 

「分かりました。では……」

「ああ。予定していたメンバーに加えてキリト君とアスナ君の二人を加えた三十五人だ。明日の午後一時に転移門広場で。二人には、私から伝えておこう」

 

 そう告げると、ヒースクリフ団長はアクアさんの方を向いて、落ち着いた声で言った。

 

「……少し休みたまえ。ボス戦までは時間がある。どうしても無理と言うのなら、今回は休んでもいいが……」

「……いえ、行きます。あいつらの、……殺されたあいつらの仇を取らなくちゃいけないので……」

「そうか」

 

 アクアさんを連れてリズさんが立ち上がる。リズさんはアクアさんを支えながら家に帰る。リズさんもアクアさんも辛そうだ。ボス戦に参加するとはいえ、あまり背負わせるわけにはいかない。

 

「レモンさん」

「うん」

 

 俺とレモンさんも一度各自家に帰る事にした。明日のボス戦、命を懸けた戦いになるのは間違いないだろう。果たして俺は、もう一度ここに戻って来る事が出来るのだろうか。不安に押し潰されそうになるが、考えるのをやめたら楽になった。

 

「……あいつは、どんな時だって逃げなかったんだ。俺だって、逃げるわけにはいかない」

 

 

 

 定刻になった。俺とレモンさんは誰よりも早く来た。クラインさん達《風林火山》やエギルさんも来た。《聖竜連合》のプレイヤー達、そしてアクアさん。

 

「大丈夫ですか、アクアさん」

「……ん、心配ないよ。僕の事より、自分の心配をしな。大丈夫。生きて帰ろう」

 

 リズさんが何か言ったのだろう。疲れの色はまだ残るが、その目には決意が宿っている。

 

 そんな時、黒と白の二人組が現れる。

 

「ほら、キリト君はリーダー格なんだからちゃんと挨拶しないとダメだよ!」

「んな……」

 

 ぎこちない仕草で敬礼する。慣れた様子のアスナさんとは大違いだ。

 

「よう!」

「やっほー、キリト、アスナ!」

 

 クラインさんとレモンさんが二人に挨拶する。俺とエギルさん、アクアさんはしなかったものの、そちらを向く。

 

「なんだ……お前らも参加するのか」

「なんだって事はないだろう! えらく苦戦しそうだって言うから、商売投げ出して来たんじゃねぇか。この無視無欲の精神を理解出来ないたぁ……」

 

 あららエギルさん。そんな事言うと……、

 

「無私の精神はよーく分かった。じゃあお前は戦利品の分配からは外していいのな」

 

 案の定、キリトさんにそう言われる。「それはだなぁ……」と情けなく口籠るエギルさん。

 それに釣られるように、俺達は笑顔になる。どこか力が入ってしまっていたのだが、今ので完全に抜けた。緊張感がなさ過ぎるのもよくないが、気張り過ぎるのはもっとよくない。

 

 そんな時、転移門よりヒースクリフ団長の血盟騎士団のプレイヤー達が現れる。

 

「欠員はないようだな。よく集まってくれた。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!」

 

 そう言うと、俺が渡した《回廊結晶》を使う。転移門広場に大きなワープゲートが開く。

 

「では皆、着いて来てくれたまえ」

 

 俺達は一番最後に入る。ゲートを抜けると、そこにはボス部屋。偵察隊を全滅させたボスがここにいる。

 

「キリトさん」

「レット。油断してヘマだけはするなよ」

「……そっちこそ」

 

 俺とキリトさんはそう言い合い、互いの拳を合わせる。

 

 ヒースクリフ団長がボス部屋の大きな扉を押す。ゆっくり開き、中が見える。ボスの強さはボス部屋の大きさに比例しており、それだけでかなりの強さだという事が伺える。

 

「――戦闘開始!」

 

 最後のクォーター・ポイントに向けて、俺達はボス部屋に突入した。いよいよ、始まる。退路はない。正真正銘の命懸けの戦い。ボスが勝つか俺達が勝つか。負けば、俺達に明日はない。




【DATA】

・no data

本当にクエストの報酬で情報がもらえるかは知りません。ですが、流石に七十五層を事前情報なしはハードモード過ぎるかと思いいれました。
アクアも危なかった。危うく死ぬ所でしたよ。そんな事すれば、リズが…………。
前書きにも書いたように、書きたい事は全て次回で。

次回もお楽しみに!

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