それでは、レット編のラストです。彼の復活をご覧ください!
「ははは……、全然シャレになんねぇって!」
今まさに、Mobの大群と鬼ごっこの最中です。
何が起こったか、説明すると長くなるので簡潔に。戦闘に対する恐怖を払拭するため、それに慣れるという荒治療を決行。何度もフィールドにいるMobに近づき、石を投げる。だが、いざ戦闘となっても、鞘から刀は抜けず逃げ回る事になってしまったのだ。
「アクト、カルー、行くぞ!」
その度に、こうやって《風林火山》のみんなに手伝ってもらっているわけだ。彼らの理解があるから成立する行為であり、下手するとMPKというマナー違反となってしまう。
俺と、タゲを押し付けられたように位置を変えたクラインさん達は、あっという間に倒してしまう。だが、そんなの当たり前なのだ。ここは最前線から20層近くも下の層。人が少ない時間帯を選んではいるが、これも褒められる事ではない。
あっさりと片付けたクラインさんは、俺にポーションを渡してくれる。
「ほらよ、レット。飲んで回復しとけ」
「すいません。手間、かけさせてしまって」
「いいって。お前が相談してくれた事、嬉しかったんだぜ。俺らでよかったら、いくらでも力になってやるよ。なぁ、お前ら!」
《風林火山》には良い人しかいない。だからこそ、俺は今自分が置かれている状況を彼らに話し、助けを求めたのだ。
このままこのギルドに入って、コックとして生活する事も楽しいのかもしれない。でも、それじゃあ今までの行動が全て無駄になってしまう。いつまでも、迷惑をかけるわけにはいかない。
「——もう一度、お願いしてもいいですか?」
「おう、いいぜ。でも、時間もあれだし、これでラストな。終わったら一回休むぞ」
「了解です!」
「おいおい、そんなに落ち込むなよ。確かに、全然戦えてなかったけどよ、そんな簡単な話をじゃねぇ事は分かってたじゃねぇか。またつぎ頑張ろうぜ」
「……はい」
結局、最後も今までと同じ結果だった。アクアさんに相談してから三日。一向に回復の兆しはない。
「そろそろ、飯作りますね。素材がないので、適当にシチューでも作りますね。後はパンとかでいいですか? せっかくなので、クリームやハチミツも用意しますよ」
「おう、頼むぜ」
ストレージからシチューの材料を出す。一部は、今日の狩りで入手したものもあり、俺が全く貢献出来ていない事も分かる。
「あれ? もうハチミツないや」
クラインさん達が、あのハチミツを気に入っており、最近はよく出していた。そのせいで、もうなくなってしまった。
「後で採りに……って、戦えないなら無理か。
すいません、クラインさん。ハチミツ、切らしちゃってて」
「ん? じゃあしょうがないな。近いうちに、俺らで採って来てやるよ」
「ありがとうございます」
出来上がった料理をテーブルに運び、賑やかな食事が始まった。
そんな中、クラインさんが俺に言ってきた。
「なぁレット。明日、アクアの所行かねぇか? 多分、あんな荒治療じゃお前の症状は治んねぇと思うんだ。あいつなら、もう少しマシなやり方を提案してくれんじゃねぇかな」
「でも……、アクアさんやリズさんに迷惑ですし……」
でも、それは建前だ。本音は、逆ギレのような形で家から出て行ってしまったからだ。つまり、行きづらい。
「でもよ、今日のお前を見てると、危なくて見てらんねぇんだ。その内、取り返しのつかない事になりそうで……」
「……分かりました。じゃあ、お願いします」
翌日、クラインさんがアクアさんにメッセージを送り、彼の家に行く事が決まった。他のメンバーは、その間適当にクエストをこなして時間を潰すらしい。
「いらっしゃい。久しぶりね、クライン。レットはこの間来たものね。もう大丈夫?」
俺は、やっぱり来たくなかった。心配してくれていたのに、あんな態度を取ってしまったからだ。怒っているんじゃないか、と不安になる。
「……はい。それと、この間はすいませんでした。あんな態度取っちゃって……」
「あはははっ。何、レット。あんたもしかして、それでそんなにビクビクしてたの?」
「——えっ?」
リズさんは、笑って俺の髪をグチャグチャにする。
「ちょっ……やめてくださいよ! リズさんッ!」
中々やめてくれないリズさん。そんな彼女に困っていると……、
「リズ、レットが嫌がってるだろ。やめてやれよ」
「えー。しおらしくしてるレット、可愛いんだもん。つい撫でたくなっちゃうのよ」
「それは君の都合だろ。レットが可哀想だよ。そろそろ、ホントにやめてあげなよ」
アクアさんにそう言われたリズさんは、ようやく俺を解放する。俺は髪を適当に直しながら、アクアさんの方を見る。
「よっ、レット。調子はどう?」
「……アクアさん、怒ってないんですか、俺の事」
「怒るわけないよ。あの時は、僕も悪かったと思ってるんだから。二週間ぶりの実践であんな事になって、混乱してるのはレット自身なのに、それに追い打ちをかけるような事を言っちゃったからね。僕の方こそ、ゴメン」
「い、いえ! 別にアクアさんは悪くないですよ。俺の方こそ、すいませんでした」
「いやいや、僕の方こそ、悪い」
「いえいえ。俺の方が」
アクアさんが謝れば俺が謝り、俺が謝ればアクアさんが謝る。お互いそういう性格なだけあって中々終わらない。クラインさんが、そんな俺達を見て呆れているのが見える。リズさんは、俯きながら震えている。
「どっちもいい加減にしろー!」
リズさんのメイスが俺達の脳天に炸裂した。圏内だからダメージはないが、激しい揺れと衝撃が襲う。
「痛ッ。リズ、いきなりそれはないだろ」
「見ててイライラするのよ。ほら、早く中入りましょ。それが目的なんだから」
「そうだな。じゃあ、レットもクラインも入ってくれ」
家の中は、この間来た時と同じく、よく整理されている。二人共、攻略や店で忙しく、暇な時間は少ないようだが、今日もまた時間を作ってくれた。
荒治療がダメという事で、四人で色々な案を出してみた。しかし、どれもイマイチなものばかりで、役に立ちそうなものはない。
「そもそも、レットの症状の原因って、ナイトに負けた事なんでしょ。一番手っ取り早いのは、そいつに勝つ事じゃない? まあ、それが出来たら苦労しないんだろうけど」
アクアさんの見解によると、原因はラフコフ討伐戦でのあの敗北。力の差を見せつけられ、俺自身の闇を暴かれ、肉体的にも精神的にもボロボロになった事。あの日の出来事を乗り越えなければ、症状の改善もない。
でも、何か違う気がする。確かに、今回の全ては、俺の戦いに対する恐怖が原因だ。だが、その根元にあるのは、最も大きなべつのものなんじゃないか。この症状を克服しても、本当の意味で治ったとは言えないのではないか。
「結局、荒治療って事みてぇだな」
「そうですね。こればっかりは、根性で何とかしないと、ですね」
「やっぱりそこに落ち着くのか。シンプルで悪くはないんだけどね」
「何かあれば、あたしがサポートするわよ」
手応えはないが、進歩はあった。ゴールまでの道のりは分からないが、一歩一歩進んで行くしかなさそうだ。仲間がいれば、何とかなるかもしれない。
その時、家のドアを叩く音が聞こえた。
「リーダー、レット! いるか?」
《風林火山》のメンバーだ。どうしたのだろう。
リズさんが玄関を開け、中に入れようとした。だが、その表情には焦りの色が見える。一体、何があったのか。
「すまない、リーダー。蟻蜜のクエストをやってたら、同じクエストをやってた奴等にトレインされたんだ。やっとの思いで逃げたら、クエスト中にしか出ないボス《アーミーアントレーヌ》が出て……それで」
《アーミーアントレーヌ》、その名が示す通り、現実で言う軍隊蟻の女王だ。奴には、テリトリーにプレイヤーが入ると、仲間の蟻にステータス強化のバフをかける。《アーミーアントマン》のステータスは元々高く、囲まれると安全マージンを満たしていても辛い。幸いな事に、クエスト中以外は出現率が低いため、攻略組に被害は出なかった。しかし、そのクエストの報酬が例の蜜であるため、それ目当てで挑み、死亡する者も多かった。
「分かった。案内してくれ。俺も行く」
「クライン、僕も行く。援軍は多い方がいい。それと、リズはレットとここで待っていてくれ。多分、辛い戦いにはなるけどね」
「——あたしも行くわよ! あんたを守るのは、あたしなんだから」
俺は、どうすればいいのだろう。おそらく、この中であのクエストをクリアしているのは俺だけだ。俺が行けば、奴の攻略法を教えられる。
「ダメだ。リズはレットと待ってるんだ。君のレベルじゃ、そのモンスターは危険過ぎる」
「——でも!」
リズさんを危険な目に遭わせたくないアクアさんと、そんなアクアさんを守りたいリズさん。二人は軽く衝突する。
「だったら、俺が代わりに行きます。俺なら、あのクエの攻略法も知ってますから」
「レット……」
「ダメよ、あんたは今戦えないのよ!」
アクアさんとリズさんが、心配そうに俺を見る。どう考えても、今の俺が戦力にならないのは明らかだ。
「よしっ。アクア、リズ、大丈夫だ。レットには、俺がついてるからよ。それに、レットが逃げずに言ったんだ。連れてくしかないだろ」
「分かったよ。リズ、君はここにいてくれ。必ず、みんなを連れて帰って来るから」
「……分かったわ。気をつけてね」
目指すは、六十一層の森。やや薄暗く、不意打ちの危険すらある。特に、クエスト中に出現率の上がる《アーミーアントマン》は、スピードもパワーも高く、尚且つ二、三体で出て来る。気をつけなければならない。
「おりゃあぁッ!」
「はああぁッ!」
クラインさんとアクアさんの得物がライトエフェクトと共に敵を打つ。そしてようやく、彼らが取り残された場所に辿り着いた。そこは、ちょっとした巣のようになっており、中には、十体を超える《アーミーアントマン》と、ボスの《アーミーアントレーヌ》。
「クライン、行くぞ」
「おう!」
二人は、その巣へ向かって行こうとする。
「何やってるんですか! 今のあいつらのポップ率は異常です。あそこに飛び込んだら、お二人も一溜まりもありませんよ!」
中にいるみんなには悪いが、助けられる状況ではない。ここは、彼らが自力で脱出してくれるのを待つしかない。
「確かにそうだな。でもな、男ならそれでもやらなきゃならねぇ時がある。あいつらは、デスゲームよりも前からのダチだ。あいつらを見殺しになんか出来ねぇ。そんな事したら、俺は死ぬ程後悔する。例え、それで命を落としても、俺は最後までその信念を貫くぜ」
俺とは違う。死さえも覚悟して、友のために、命をかける。俺には、真似出来っこない。
おそらく、クエストを受注した者が命を落とせば、この異常なポップは収まる。でも、それはつまり、《風林火山》の全滅を意味する。
「でも、クラインさん」
「レット、お前なら大丈夫だ。この俺が言うんだから間違いねぇよ」
クラインさんは、一人で巣の中に向かって行った。それに続いて、アクアさんも行った。
「何で、何で怖くないんだよ」
中で二人が戦っている。その隙に、彼らはポーションを飲み、少しでもHPを回復する。でも、所詮は時間稼ぎに過ぎない。クエストの達成条件は素材集め。だが、受注した所まで戻らなければいけない。つまり、ボスを倒す他ない。
「はぁはぁ……」
——お兄ちゃん。頑張ってね、私の永遠のヒーロー。ずっと、憧れだったよ。だから今度は、この世界のみんなのヒーローに。みんなに、希望を与えてね。大好きだよ、お兄ちゃん!
また、目の前で死なせるのか?
また、俺は助けられないのか?
また、自分の無力さを呪うのか?
——……お前の敗因は、偽善者でも仮面を被っていたからでもねェ。仲間を、自分を信じなかった事だ
「仲間を、自分を信じなかったから……」
——強くなりたきゃ、今の自分になにが足りないのか、もう一度考え直せ!
「何が足りないのか……」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!
俺は、腰にあるオニマルに手を掛ける。
「怖いよ、死ぬのは怖い。でも……、仲間が死ぬのはもっと怖い! 俺を信じてくれた人達が、いなくなるのはもっと怖い! 死にたくない。死んでほしくない」
俺の中で、再び何かが燃え上がった。それは、正しいやり方ではないのかもしれない。
結局俺は、何を信じればいいのか分からないし、自分に足りないものの答えが出せていない。希望も自信も、俺には足りないものだらけだ。
だからこそ、今の俺には彼らが必要だ。一緒にいてくれる仲間が。
気づけば、俺は走り出していた。
「グアッ!」
「クラインッ!」
目の前には、《アーミーアントレーヌ》が迫っている。左上にあるであろうHPバーは既に赤。傷ついた仲間を庇い、誰よりもダメージを受けていた。
「クラインさん! しゃがんでくださいッ!」
「レット……!」
クラインさんがしゃがむと同時に、俺はオニマルの柄を強く握り直す。
「鬼炎斬ッ!」
オニマル専用の七連撃ソードスキル《鬼炎斬》。刀の剣技の中ではトップクラスの連撃数を誇る炎の刃が、蟻の女王を切り裂く。
「ハアアァァッ!」
《アーミーアントレーヌ》の叫び声が、巣の中に響き渡る。だが、もう誰一人、その声に慄く者はいなかった。
「遅いんだよ、レット!」
「すみません。何か、後でお詫びをしないといけませんね」
「じゃあ、またあのフレンチトースト食わせろ。ハチミツつきでな」
「了解です」
「よし、お前ら! ザコは俺らで片付けるぞ!」
クラインさんの一言で、《風林火山》は動き出す。クラインさんの代わりに、その指揮を執るのはアクアさんだ。
「皆さんのおかげですよ。アクアさんのおかげで、原因が分かりました。リズさんのおかげで励まされました。クラインさん達《風林火山》のおかげで目が覚めました。仲間達のおかげで、俺はまた戦えます!」
クラインさんが笑顔になる。そして、俺の髪を思いっきりワシャワシャしてから槍を構え直す。
「期待してるぜ、レット!」
「任せてください!」
クラインさんが弾き、俺がソードスキルを叩き込む。刀を振るに、オニマルが徐々に軽くなっていく気がする。思考が加速し、敵の動き止まって見える。仲間の動き、敵の動き、全てが予測出来る。
「焼き尽くせ、鬼炎斬ッ!」
高速の七連撃が決まり、ボスを四散刺さる。それと同時に、取り巻き達が一斉に消えて行く。頭上には、クエストクリアの文字。どうやら、このボスを倒すのが、もう一つのクリア基準だったらしい。
俺は、クラインさんに向き合うと、笑って手を挙げる。クラインさんも同じようにすると、パチンッ、とハイタッチをした。
◆◆◆
「で、何で落ち込んでるんだよクライン」
「だってよぉ、普通、そこはそういう流れだろ。なぁ、キリの字~!」
クラインは、俺に昨日のクエスト話をしながら、やけに落ち込んでいた。
どうやら、こんな事があったらしい。
「おめでとう、レット。完全復活だな!」
レットがボスを倒し、ギルドホームに帰って祝勝会をしていた。
「いえいえ、まだまだですよ。俺は、まだ本当の意味で、過去を乗り越えていないんですから」
「そうか。でも、これからも手を貸すぜ。これからも、俺達《風林火山》は、七人で力を合わせて、頑張って行こうぜ!」
クラインは、言葉の最後と共に腕を大きく上に挙げた。しかし、
「あ、あの……、大変言いにくいんですが……」
レットが、申し訳なさそうな顔で聞いて来た。
「何だ。言ってみろって」
「えっと……、じゃあ。俺、《風林火山》、入んないです」
「まあ、だろうな」
俺はドリンクを飲みながら言う。元々あいつは、ナイトを越えるためにソロだったんだ。目標がいなくても、あいつな中ではまだ越えていない。だから入るわけがない。
「何だよ。そんなに嫌かよ、《風林火山》」
「違いますよ」
そんな時、後ろからレッドがやって来た。防具がやや消耗している。迷宮区の帰りだろう。
「店長、俺にも一杯」
そう言うと、クラインの隣に座った。
「皆さんの事は大好きですよ。でも、今はまだその時じゃないんです。自分に何が足りないのか、何が必要なのか。逆に、俺の武器って何か。それを見つけたいんですよ」
「だってよ、クライン」
「仕方ねぇな。でも、レット。また飯、一緒に食おうぜ」
「もちろんですよ」
おそらくレットは、この日を境に一皮も二皮も剥けるだろう。本人には自覚はないだろうが、声のトーンが一つ上がり、表情も柔らかくなっている。恐らく、九十層を越える頃には、俺をも遥かに越える存在になるかもしれない。
これは負けていられないな。
そんな時、先程送ったメッセージの返事が届いた。
【from:Silica
本当ですか、キリトさん! それでもいいです。是非お願いします! 会わせてください、ベルデに】
【DATA】
・no data
多少グダグダですが、レット復活です。仲間の命を守るため、再びヒーローの魂に火がついたのです。鬼炎斬も使いこなし、着実に強くなってます。
そして、《風林火山》には入りません。最初は色々考えて居たのですが、レットにはこのままソロでいてもらう事にします。それでも、おそらくレットは色んな人達と一緒に過ごす事に成るでしょうが。
最後のキリト視点。次回の番外編に向けてですね。予定では二話続けて番外編の予定です。
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