ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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レット回三話目です。今回はタイトル通り、レットに再び試練が襲いかかります。そして、最後の方に《ホープフル・チャント》で出て来た話を入れております。せっかくなら入れよう、的なノリでしたが。

そして、久々にアクア、リズ夫妻も登場です。見せ場って程の見せ場でもないですが。


35.一難去ってまた一難

「いてて……。ん? おお、レットか。早いな」

 

 続いて、他のみんなも起きて来る。そして皆、頭を押さえて痛そうにしている。カルーさんの言った通り、二日酔いになっている。

 

「皆さん、おはようございます。どうぞ、席に着いてください。朝食、今そっちに持って行きますから」

 

 俺は、ついさっき出来上がったばかりの朝食を持って行く。彼らが起きる時間を予想して、それに合わせて作っておいたのだ。

 

「はい、どうぞ。召し上がれ」

 

「おぉ! こ、これは、フレンチトーストじゃねぇか!」

 

 クラインさんを始め、《風林火山》のみんなが驚き、歓喜する。

 やっぱり料理は、誰かのために作って、それを食べて喜んでくれるのを見れた時が、一番嬉しいと思う。料理を始めて5年ほど経ったが、それに気づいたのが、このゲームに来てからというのは、皮肉なものだ。

 

「朝から随分洒落てるじゃねぇか、レット。これ、どうしたんだ? 見た目、食感、味、フレンチトーストそのものじゃねぇか!」

 

 俺が席に着いて、皆が食べ始める。よりリアルのフレンチトーストに近づけるため、色々な苦労をした甲斐があった。我ながら会心の出来だと思う。

 そう自画自賛していると、クラインさんが、テンション高めで聞いて来た。

 

「喜んでもらえてよかったです。でもこれ、実は店売りのパンなんですよ。それを人数分、そして卵や砂糖、牛乳を混ぜたやつですね。そんで、上にかかってるのは、コレを使いました」

 

「それって……ハチミツか? でも……、この世界のハチミツって、ちょっとリアルと違うんだよなぁ。どことは言えねぇけど、何かが」

 

「俺も、それが気になったんですよ。そこで、この《女王蟻の蜜》っていうアイテムです。61層で受けられるクエストの報酬なんですよ。ですから、ハチミツというより、アリミツですね」

 

 全員が、自分が食べていたそれを凝視する。その反応に、つい笑ってしまう。

 同じ虫の蜜でも、蟻蜜はメジャーではない。でも確か、おやつとして食べている国はあったはずだ。

 

「そしてこの蟻蜜に、《サークルリーフの蜜》を数滴入れると、より現実のハチミツに近づくんです。どうですか? こっちの方が、現実のフレンチトーストに近づいてると思いませんか?」

 

 これも、アスナさんと一緒に、醤油作りをした成果の一つだ。味覚再生エンジンに与えるパラメータを、全部解析する、なんて言い出した時には流石に揉めたが、それの副産物として、色んな調味料が出来た。

 

「おい、レット! お前、これのレシピ、誰にも教えてないだろうな!」

 

 クラインさんが、俺に顔を近づけて言った。なんだろう、この圧力は。

 だが、レシピを知っているのは、一緒にやったアスナさんと、味見担当のリズさんだけだ。二人とも、ペラペラと喋るタイプでもないため、きっと俺らしか知らない。

 

「なぁ、レット! 俺らでコレ売ろうぜ! 絶対、儲かるからよ!」

 

 ……苦笑いしか出来ない。まぁ、売れると思うし、あんなバカ——じゃなくて素敵な試みは、俺達以外、誰もやろうともしないだろう。

 

「え、えっと……」

 

「——いや、やっぱりダメだ! 俺らの分がなくなる!」

 

 この人達も、食い意地張ってんなぁ。まるでキリトさんみたいだ。

 

「あははは……」

 

 朝食を終え、支度を済ませる。この後行くのは、迷宮区のマッピング。

 彼らと——一時的ではあるが——同じパーティーとして、俺も一緒に行く事になっている。久々に袖を通したコート。クラインさんから、ついさっき返してもらった《炎刃(えんじん)オニマル》を、鞘から抜いて、その感触を確かめる。

 

「……久しぶりだな、オニマル。悪かったな、放ったらかしにして」

 

 あの時は、オニマルのあまりの強さに、振り回されていた。それにもかかわらず、俺はこの刀を使いこなそうと、躍起になる事はなかった。まさに、力に溺れていたのだ。

 

「また、俺に力を貸してくれ、オニマル」

 

 ホームの外で、クラインさん達が呼んでいる。俺は、オニマルを鞘に戻し、彼らの元に向かった。

 

 

「はあぁぁっ!」

 

 俺が、Mobを切り裂き、その体は光の欠片となって四散した。そして、刀を右に払って腰の鞘に戻す。

 二週間ぶりの迷宮区は、実践感覚が戻るのに手間取ったものの、ここまでは順調過ぎるぐらいだ。やはり、《風林火山》のみんなと共に攻略しているからだろう。ソロプレイで鍛えたステップとパリィで、Mobの攻撃をいなし、危なくなればスイッチ。《戦闘時回復(バトルヒーリング)》も取っているため、後ろに下がった隙に、HPは全快出来る。

 

「ナイスだ、レット」

 

「クラインさんもナイスアタックです」

 

 俺とクラインさんはハイタッチをする。ダメージを受けた時、少しだけ体が重くなったような気がしたが、今は大丈夫。きっと、久々の実践で疲れただけのはずだ。

 

「おっし。みんな、ここで休憩にするぞ!」

 

 クラインさんの声で、全員が地面に腰を下ろす。そして、俺はストレージからお弁当を出す。とはいえ、昨夜と今朝の残りを使って作ったBLTサンドっぽいやつだが。

 

 食べ終わると、再び攻略が再開される。

 俺は、先ほどの戦闘中に感じた違和感が、ないかどうか確認する。手を握って開いたり、鞘から刀を抜いて、少し振ってみたり。急に来たダルさはもう感じず、俺の思い過ごしだろうと、納得した。

 

 

「いくぞ、レット! スイッチ!」

 

「はいっ!」

 

 クラインさんが相手の攻撃を弾き、その隙に俺は飛び込む。カタナカテゴリの居合技《辻風》を使う。

 

「ふう、こっちは片付いたな」

 

「そうですね」

 

 鞘に刀を戻し、息を吐く。やっぱり、やや鈍い気がする。

 

「何だよ、レット。もっと、動きが硬くなってるかと思ってたのによ、全然問題ねぇじゃねぇか」

 

「いえいえ。皆さんがいたからです。一人じゃとても無理ですよ」

 

 もちろん、俺の言葉は本心だし、とても助かっている。ただ、何かが違う。ダメージを受けると、急に体が重くなる。今までだって、HPが減ればヤバいとは思ったが、明らかにそれとは別物だ。

 念のため、クラインさんにも言っておいたほうがいいかもしれない。

 

「あの——」

 

「来たぞ!」

 

 自分の違和感を、クラインさんに話そうとした瞬間、モンスターがリポップした。俺は既にしまってしまった刀に手をかける。

 ったく、タイミングが悪い。

 

 Mobの名は《Blanche knight(白騎士)》。右手には、白く大きめのブロードソード、左手に盾を装備している。小柄だが、甲冑を着込んでおり、どちらかと言うと、パワー寄りだと思われる。

 

「レット! こいつは俺らで片付けるぞ!」

 

 後ろにいる仲間達も、目の前の騎士に似たモンスターと対峙している。

 向こうは大丈夫なはずだ。俺達は、こいつを倒す事に専念すればいい。

 

「スイッチ!」

 

 クラインさんが、自身の刀で奴の剣を上に弾く。一時的なスタン状態になり、しばらく動けない。

 俺は、まだ鞘の中の刀の柄に手をかけ、そのままソードスキルを使おうとする。さっきも使った、《辻風》だ。

 しかし、

 

「ッ!」

 

 俺が奴に向かって繰り出したのは、空の右手だけだった。抜くはずだった刀は、未だ鞘の中。

 

 スタンが解けた騎士は、ソードスキル《スラント》を使う。その刃は、何者にも遮られる事なく、俺の左肩から右腰まで、鮮やかなダメージエフェクトを刻んだ。

 

「うわああぁぁぁぁッ!」

 

 ヤバい……、HPが、もう3割しか残ってない。早く、早く逃げないと……。

 そう思えば思うほど、俺の体は言う事を聞かない。

 

 再び、騎士は俺に向かって剣を振り下ろす。立ち上がった俺に出来る事は、刀で受ける以外にはなかった。なのに、その刀が鞘から抜けない。元の鈍刀に戻って、錆びついてしまったのかと錯覚してしまうが、すぐにそんな事はありえないと、そんな考えを振り払う。でも、実際に俺は、刀を抜く事が出来ていない。

 

「レット!」

 

 クラインさんの声が聞こえる。次第に焦りが出て来て、逃げるという選択肢を見失ってしまう。

 逃げる隙を失えば、もう防御するしかない。鞘が抜けないなら、鞘で受ければいい。

 

「はあッ!」

 

 ベルトから急いて鞘を外し、両端を持って、騎士の剣をその真ん中で受け止める。

 

「——くッ!」

 

 元々そう高くはない鞘の耐久値はあっという間にゼロになり、砕けた。騎士は再び剣を持ち直し、振り下ろす。

 俺はそれを迎撃するため、下からの切り上げから始まる連続技、《浮舟》のモーションに入る。

 

 しかし、やはりライトエフェクトは出ず、ただの切り上げになる。

 おそらく、焦って無理な体勢でやってしまったのだろう。その結果、ソードスキルが発動されなかった。そうに違いない。

 

「——ッ!」

 

 何とか、受け止める事には成功した。でも、パワーが違う。徐々に腕が下がってしまう。ダメージも蓄積され、もうすぐレッドゾーン。

 

 とりあえず、このままじゃ押し込まれる。何とかして、この剣を弾かないと。

 俺は、柄を強く握り直す。そして、騎士の目を強く睨みつけた。

 

「やあぁぁぁッ!」

 

 ありったけの力を込めて、刀を上方に向かって振り抜く。俺の体勢はもちろん崩れるが、騎士も剣を上に弾かれ、バランスを崩す。

 

「クラインさんッ!」

 

 それまで、どう割り込んでいいか掴めていなかったが、俺の言葉を聞いて、走り出す。

 

「「スイッチ!」」

 

 俺は、後方に跳ぶというより、後ろに倒れ込むようにして離れ、クラインさんと場所を変わる。そして、クラインさんの刀が騎士のHPを削り切った。

 

「リーダー、レット、大丈夫か?」

 

「おう、問題ねーよ。どうだ、立てるか、レット」

 

 クラインさんが、俺に手を出してくる。それを黙って握り、立たせてもらう。

 

「すいません、迷惑かけて」

 

「別に……、迷惑っつぅわけじゃねぇんだがよ。ただ……、どうしちまったんだ、お前。急に変なミスばっかり」

 

 顔を逸らす。自分でも、何か変だとは思ってはいたが、今のは明らかに酷い。変なミスとはいえ、この世界では命取り。よく分かっているはずなのに。

 

「どうする? もう結構潜ったし、今日は終いにするか? お前も、久々で疲れが出て来たんだろう。もう、帰ろうぜ」

 

 俺は、それに黙って頷く。そして、刀を右に払って、左腰の鞘に戻そうとして、やめた。鞘が壊れていた事を忘れていた。

 

 結局、帰り道にエンカウントしたMob相手に、一度も刀を振る事が出来なかった。戦う前は、もうあんなミスはしないと意気込むのに、いざ戦うと、全く動けなくなる。

 一体、俺の体に何が起こっているのだろう。その疑問の答えが、出る事はなかった。

 

 

「ふぅ。なぁ、レット」

 

 帰って来て、手に入れたアイテムのチェックをする。チラホラと、そこそこの需要のあるアイテムも見受けられる。

 

「どうしました、クラインさん」

 

「お前はどうする? 俺らは、今からエギルんとこ行ってこようと思ってんだけどよ。お前も行くか?」

 

「いえ、俺は残って晩飯の準備をしてます。じゃあこれ、俺の分もお願いします」

 

「分かった。別に、無理してんなら飯だって作る事ねぇんだぞ。今日は、お前も疲れただろうし」

 

 クラインさんは本当に優しい。でも、だからって俺の役割を放棄していい理由には、決してならない。

 

「いえ、大丈夫です。料理は好きでやってるんですから。あ、そうだ。何か果物あったら買って来てくれませんか?

 後……、少し、遅く帰って来ても、大丈夫ですよ……」

 

「……おう」

 

 そう言って、クラインさん達は五十層のエギルさんの店に向かった。俺は、彼らの姿が見えなくなるまで、玄関で見送っていた。

 

「……、行った、よな」

 

 俺はメニューを呼び出し、メッセージを送る。返信が来るまではもう少し時間がかかるだろうから、その間に晩飯の用意を軽くしておく。

 メニューを決め、それに必要な材料を買い出しに行く。何だかんだやっている内に、返信が来た。

 

【全然OKよ。素材は用意しておくから、今からでもいいわ。でも大丈夫? 鞘が壊れるような戦い方なんて、レットらしくないじゃない。】

 

 俺は、今朝の残りの材料でフレンチトーストを作り、ストレージに入れる。鞘のないオニマルもしまい、俺は《風林火山》のホームを出た。

 

 

「リズベット武具店へようこそ! ってね。ほら、上がって上がって」

 

「お、お邪魔します」

 

 店の前には【close】の文字。わざわざ俺のために店を閉じてくれたのだろうか。

 リズさんは、「ついでにメンテもしてあげるわよ」と言い、オニマルも受け取ってくれた。それを工房に置いた後、二階に上がった。

 

「それにしてもよかったわ。アクアも心配してたのよ」

 

「ホント、すいませんでした」

 

「いい、レット。今度は一人で抱え込まず、アクアやあたしにも相談するのよ。次やったら、あたし怒るからね」

 

「は、はい!」

 

 リズさんは、まるで姉のような存在だ。普段から俺にもよくしてくれるし、相談にも乗ってくれている。実の姉とは大違いだ。

 

「あ、そうだ。フレンチトースト、作って持って来たんですよ。よかったらどうそ」

 

「ホント⁈ わぁ、嬉しい! 食べていいの?」

 

「どうぞどうぞ、是非食べてください。まあ、朝の残りの材料で作ったんですけどね」

 

 リズさんが早速フレンチトーストを食べる。彼女も、俺が例のアリミツを作っているのは知っているはずなのだが、本当に美味しそうに食べてくれる。

 

「ただいま、リズ」

 

「あ、帰って来た。レット、ちょっと待っててね」

 

 そう言うと、リズさんは急ぎで下に降りて行く。

 

「おかえりー、アクア!」

 

「ただいま、リズ。おっ、レット、久しぶり。もう大丈夫か、って、色々やらかしたんだっけ?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 白に赤のラインの入ったコート。《血盟騎士団》で統一されている白赤のやつだ。

 

「じゃあ、アクア。あたしはレットの鞘作ってるから。レットも、ゆっくりしてってね」

 

 リズさんは、俺とアクアさんに紅茶を淹れた後、ストレージからハンマーを出しながら工房に入っていく。ウェイトレス姿の鍛冶屋なんて、初めて会った日は珍しいと思ったが、今では見慣れている。

 

「よし、じゃあ……、話を聞こうか」

 

 そんな彼が、急に食べるのをやめて聞いて来たから、少し戸惑う。

 

「あ、はい」

 

 俺は、今日の攻略で自分の身に起きた事を細かく話す。アクアさんは、淹れてもらった紅茶を飲みながら聞いてくれる。時々頷いたり、考え込んだりしながら、真剣に対応してくれている。

 

「うーん。聞いてみた所、あんまり症状はよくないかもな」

 

 まずは、オブラートに包んだりせずに言われた。その一言で、自分に起きた出来事の異常性を改めて認識させられる。

 

「ここからは、僕の推測なんだけど、聞いてもらえる?」

 

「もちろんです。そのために来たんですから」

 

 アクアさんは、残り一口のフレンチトーストを食べ終え、ティーカップを口に運ぶ。

 

「……、レット。お前はもしかしたら、軽度のFNCみたいな状況なのかもしれない。

 

 FNC。それはフルダイブ不適合の略だ。その名の通り、脳とナーヴギアとの接続に何らかの不具合が発生する事だ。重度であれば、フルダイブすら出来ない事もある。

 

「でも俺、今までそんな事は……」

 

()()()()()()って言っただろ。根本的な原因は、FNCじゃない。でも、心的な問題で、一時的に脳の命令が、コードに変換されないんじゃないかと思う」

 

 心的な問題か……。

 

「話を聞いている限り、その原因は、戦闘に対する恐怖だと思う。掠った程度のダメージなら、違和感は感じても、すぐに《戦闘時回復(バトルヒーリング)》でなんとかなる。でも、例の白騎士から受けたダメージは大きかったからね。怖くなっても仕方ないよ」

 

「で、でも——、最初の攻撃を受けた時、俺はまだダメージ受けてませんでしたよ」

 

「それは、白騎士の見た目だよ。全体的に白く、武器は白いブロードソード。盾持ちだったり、右手で剣を持っているのは違うけど、それ以外は似てる。ほら、誰かを思い出さないか?」

 

「——ナイト……!」

 

 アクアさんは黙って頷く。俺の脳裏に、あの日の出来事が蘇る。

 

「あの時、ナイトにやられた光景がフラッシュバック。それがキッカケで、お前は動けなくなった。その結果、白騎士から攻撃を受け、自分の死に対して、脳からの命令が上手く伝わらないほどの恐怖を感じた。それに加えて、お前の死についての経験が、それを更に強くしている」

 

 初めてのボス戦で死んだディアベルさん。二十五層のボスに殺された《軍》のメンバー。目の前で死んだメグミ。俺が殺したオレンジプレイヤー。そして、ナイトの攻撃で死にかけた、俺自身。

 死の瞬間は、俺の中に数多く存在する。死に対する負のイメージは、俺の中で、日々肥大化している。

 

「過剰な死のイメージは、人の行動を制限する。多分、レットは今、こういう状況なんじゃないかな?」

 

「もし……、このままなら、俺は……?」

 

「死ぬよ。クライン達に守ってもらうには、お前の症状は重過ぎる。かと言って、閉じ篭もれば、大きくなるイメージに支配され、精神的に危ないね。一番ベストなのは、恐怖を乗り越えられるだけの希望を持つ事。無理なら、死とは無縁の世界で、別の生き方をする、かな?」

 

 アクアさんの落ち着いた声が、かえって不安にさせる。

 

「レット。昔、うちのギルドに、今のお前と似たような症状の奴がいた。彼は軽度のFNCでさ、ボス戦になると体が言う事を聞かなくなったんだ。あいつは、ソードスキルの出の速さも当て勘もよかった。レベルがもっと上がれば、攻略組でもトップクラスの実力者になったかもな。ただ、そんな彼でも、FNCだけは克服出来なかった。結局、第四十層のボス攻略後、あいつは《血盟騎士団》を去ったんだ」

 

 その事実を聞いて、俺は絶望する。もう、俺はまともに戦えないんだ。

 

「でも、お前の場合はFNCじゃない。恐怖に打ち勝てる何かを見つければ必ず」

 

 俺は、机を思いっきり叩いた。ティーカップの中の紅茶が揺れ、アクアさんが俺を驚いたように見る。

 

「——そんなの無理ですよ! もう俺に、恐怖に勝てるだけの自信も、長所もありゃしないんです! キリトさんみたいな規格外の反応速度があるわけでもない。アスナさんみたいな脅威的なセンスや責任感もない。ナイトみたい、柔軟な発想もない。どんなにそつなくこなしても、誇れるものはないんですよ!」

 

「……レット」

 

「やっと、仲間ともう一度やり直せると思ってたのに! 何だよそれ! あんまりだろ……。俺みたいな奴には、仲間と戦う資格もないって事かよ!」

 

 アクアさんが心配そうにこちらを見る。

 つい感情的になってしまった。リズさんも何事かと様子を見に来た。その手には、新しい鞘に収まったオニマルがあった。

 

「……ッ! アクアさん、相談に乗ってくれてありがとうございました。リズさん、鞘、ありがとうございます」

 

 俺は黙ってオニマルを受け取り、この家から出て行った。その時のアクアさんの悔しそうな表情は、忘れる事が出来ない。でも、それに触れられるほど、今の俺に余裕はなかった。

 

 ◆◆◆

 

 俺が帰って来たら、既に食卓に晩飯が用意されてあった。

 

「おぉ! 今日は一段と美味そうじゃねぇか!」

 

 やっぱり、何ともなかったんだな、レットは。

 

「でしょ。せっかくなので、近くの店で色々買って豪華にしちゃいました。さぁ、冷めないうちに食べちゃってください!」

 

 いや、全然何ともなくなかった。明らかに無理してやがる。必死に笑顔作って、泣くのを堪えているような、そんな感じだ。

 飯を食ってる時も、こいつこんなに話したっけ、ってぐらい俺らと会話していた。まるで、何かを忘れようとするかのように。

 

 飯が終わったぐらいに、アクアの奴からメッセージが来た。

 

【レット、大丈夫そうか? 多分、このままじゃレットは壊れる。僕も出来る限りの事をするから、クラインも気にかけてやってくれ。】

 

 その後、レットとアクアの会話が録音された《記録結晶》が送られて来た。そこには、今のレットがどんな状況なのかが分かる言葉が多く録音されていた。

 

「レット……」

 

 俺は、まだキッチンで後片付けをしているレットの元へ向かった。

 

「ん?」

 

 何か、変な音が聞こえる。

 

「……!」

 

 レットが、拳を固く握り締めて泣いていた。あんなに、悔しそうなレットは初めて見た。

 俺は、あいつの力に全然なれていなかったんだ。あいつの抱える闇に、全く気づいてやれなかった。そして今日は、その闇を引っ張り出しちまった。

 

 俺は、そんなレットを見て、キッチンから静かに離れた。何もしてやれない。それがそんなに苦しいなんて思わなかった。




【DATA】

・《嬢王蟻の蜜》
蟻蜜。現実世界のハチミツに近いのは、蜂蜜よりもこの蟻蜜という独自設定。次話にも軽く当時します。


というわけで、恐怖で体が動かなくなるが果たしてそんな感じなのかは分かりませんが、少し絡めてみました。アクアにこんな長台詞喋れせたのが久々で大丈夫かな?
そして、最後のクラインside、何かクラインっぽくない。

P.S.
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