ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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思ったよりも時間がかかってしまいました。そして気づけば、暗殺教室含めても初の1万字越え。そりゃ時間がかかるわ。

というわけで、1万字越えのレットの過去編です。初めてプロローグを投稿した9月から、約半年ぶりの直葉登場です。何気に、レットの本名を出すのは初めてだったりします。恵も久々に登場です。あんまりいい扱い受けてませんが。

アンケートはまだまだ実施中です。気軽な気持ちで参加してみてください。


33.全ては真紅色から始まった

「えっ……」

 

 不意に加えられた力に踏み止まる事は出来ず、俺は横断歩道に飛び出す。その刹那、衝撃と共に浮遊感が俺の体を襲う。その後、叩きつけられ、視界の一部に真紅色が映った。俺が覚えているのはここまでだ。

 

 気づいたら、俺は白い部屋に寝かされていた。こんな天井を俺は知らない。鼻の奥がツンとする匂い、消毒液だろうか。

 

「あっ、大丈夫ですか、紅林さん。今、先生を呼んで来ますね」

 

 初めて見る女性の声。その格好、そして「先生」という存在。ここは、病院だと、俺はようやく理解した。

 

 やってきた先生からの話によると、当たりどころがよく、割と軽傷で済んだらしい。2ヶ月もあれば、事故に遭う前の事はある程度出来るまでに回復するそうだ。

 

 しかし、それからが大変だった。それは、この俺、紅林(くればやし) (れん)の家庭環境に問題があったからだ。

 

 無事退院し、自宅に戻って来た俺に、居場所なんてなかった。紅林家は、親戚も含めれば、学者や政治家、スポーツ選手に研究者など、ありとあらゆる方面へ著名人を輩出している名家だ。そして、俺の父、紅林 蓮次郎(れんじろう)は俺の母と結婚し、婿養子として迎え入れられた。上昇志向やプライドが高く、完璧主義者なエリート。彼の活躍により、紅林家はより一層有名となった。つまり、こいつが全ての元凶なのだ。

 

「ただいま」

 

 俺が退院して帰宅した。実の事を言うと、入院中、家族は誰一人お見舞いに来なかった。来たのはお手伝いさんだけだった。そのため、会うのはかなり久しぶりだ。しかし、

 

「……なぁ、帰って来たんだから、おかえりぐらい言ってくれたっていいだろ」

 

「黙れ、紅林家の恥晒し! あれだけ、注目されていたにも関わらず、事故にあって出られなかっただと! 俺達がどれだけ恥をかいた事か」

 

 父の前に行くと、いきなり頬を殴られ、怒鳴られ、雷を落とされた。

 

「……ってぇな! いきなり何すんだよ!」

 

「俺に口答えするな! いいか、蓮、よく聞け。お前が、ここにいる誰よりも才能で劣っている事は紛れもない事実だ。それは、何度も言って知っているはずだ。それでもお前は、本家も驚く程の努力を積み重ねて、紅林家として恥じない行いをしてきた」

 

 そんな事、一度足りとも聞いた事がない。俺は生まれてこの方、この男に褒められた事がないのだ。

 

「だが、お前はそれだけやって、ようやくスタートラインに立てるんだ。お前は、その大会で優勝し、初めて、蓮音(れおん)芽依(めい)がいるステージに登る資格を得る事が出来たんだ。にも関わらず、お前はそれに調子に乗って、こんな事になった。分かっているのか! もうお前は、二度と、誰からも期待される事はないんだぞ!」

 

 それは、ずっと言われて来た事だ。俺は、周りと比べれば才能はあったのかもしれない。でも、身内の才能が圧倒的過ぎたのだ。天才とはコイツの事だと誰もが納得する天才の兄、何をやらせても一番を取る姉、そして何よりも、挫折や敗北なんて彼の辞書にはないとさえ思える父。こんな奴等と日々比べられて来た俺は、どう考えても落ちこぼれなのだ。そして、毎日のように、紅林家に恥じない行いをしろと言われ続けて来た。才能がないなりに努力して、期待を裏切らないようにと努めて来た。でも、今の言葉は、そんな努力はこれ以上無駄だ。もうお前を誰も必要としていない。そう言われているのと同じなのだ。

 

「俺はもう、お前を息子だとは思わない。中学までは、金だけは出してやる。高校からは、俺達と縁を切って家から出て行け。そして二度と敷地を跨ぐな。それから、飯も衣服も何もかも、渡した金だけでこれからはやってもらう。お前に僅かでも期待した俺が馬鹿だった」

 

 そう言って、小学4年生に渡すには明らかに多過ぎる額の金を封筒に入れて投げて来た。それと一緒に、俺の保険証や通帳なども放って来た。そんな俺を、母達は黙って飯を食いながら、見ようとさえしなかった。ただ一人、妹の(めぐみ)だけが、心配そうに見ていた。今の俺には、それが一番惨めで悔しかった。

 

 その日俺は、自分の部屋に行って、布団の中に潜った。自分の全てが否定された気がして、何をするにもやる気が起きなかった。別に死んでも良かったけど、それが出来るだけの勇気なんて、俺にあるはずもなかった。どうせなら、あの事故で死ねばよかったのに、とさえ思ってしまう。

 

 翌日、父は俺を通っていた私立から転校させる手続きをしに行った。もう俺のために、高い教育費を払う理由がなくなったからだ。俺は今度から、近くの公立小学校に通う事になる。まぁ別にどうだっていい。元から学校に友達なんかいない。正直、私服で学校に行ける事は割とありがたい。

 

 

「えー、今日はみんなに転校生を紹介する。紅林、入ってくれ」

 

 転校の手続きから一週間も経ってからの初登校。俺は担任に促され教室に入る。

 

「わぁ、カッコいい!」

「イケメン転校生!」

「漫画みたい!」

 

 一部の女子から、そんな声が聞こえるが正直どうでもいい。

 

「えっと、どうも初めまして。紅林 蓮です。よろしくお願いします」

 

「みんな、紅林にどんどん話しかけてやってな。紅林も、なかなか慣れないとは思うが、ゆっくりみんなと仲良くなってくれ。席は……、桐ヶ谷の隣が空いてるな。桐ヶ谷、案内してやってくれ」

 

「あ、はい! 紅林君、こっちだよ」

 

 黒髪を眉の上と肩のラインでカットした少女が、手を挙げて場所を教えてくれる。

 

「ありがとう。えっと、桐ヶ谷さん? であってるかな」

 

「う、うん。合ってるよ。あたしは桐ヶ谷 直葉、よろしくね」

 

 桐ヶ谷さんは、俺を見ながら首を傾げる。何か気になる事でもあるのだろうか。

 

「……桐ヶ谷さん? 俺の顔、何かついてる?」

 

「えっ、ううん。どっかで見た事ある顔だなぁって思っただけ。紅林君カッコいいし、テレビに似た有名人とか出てたのかもね」

 

 はにかみながら、何かを誤魔化すように答える桐ヶ谷さん。別に、俺が気にする事でもないし、どうでもいいか。

 

 そんな感じに自己完結して、この場は終わる。その日の授業は、前の学校でとっくの昔にやった事ばかりだった。退屈だが、授業中でも先生が軽く冗談を言ったり、生徒同士で少し会話する程度の余裕があったり、常にシャーペンを動かす必要もなく、楽でどこか楽しかった。

 

 

 学校が終わると、俺は足早に家に帰る。自分の家を知られれば、親父の事など、色々と知られてしまうかもしれないからだ。

 

「ただいま……」

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

 俺は、帰って来るなり満面の笑みで迎えてくれた妹を無視して、自室に入る。

 

「あっ、ちょっと待ってよお兄ちゃん! お父さん達、今日は遅くなるって言ってたよ。だから別に……」

 

「だから何? それが、俺とお前が会話する理由になるわけ?」

 

 俺が、入院している間に、彼女はピアノのコンクールで入賞したり、全国模試で1位を取ったりなど、その才能を次々と開花させていた。元々、その才能に嫉妬していただけに、余計に苛つく。

 

「……そんなに、避けなくてもいいじゃん。私、お兄ちゃんに何かした?」

 

「うるさい! 理由は色々あるに決まってんだろ。でも、1番の理由は……、俺が元々、お前の事が大ッ嫌いだからだよ」

 

 そう吐き捨てるように言ってから、部屋の入り口の所に立っていた恵を突き飛ばしてドアを閉める。鍵をかけ、ベッドの横に置いてあるヘッドホンをつける。音楽プレイヤーに入っている曲をランダムに自動再生し、ベッドに横たわる。今度の学校は、大した宿題も出てない。そのため、何も気にする事なく、俺は現実逃避する事が出来たのだった。

 

 

 冬休みも明け、学校にも慣れ、周りからの圧力も減って楽しい日々を送っていた。そして、小4最後の登校日も終わり、今は春休み。両親は仕事、兄は大学のサークル、姉は部活で家には俺と恵だけ。つまり、

 

「……ねぇ、お兄ちゃん。い、一緒に遊ばない? あの、これ、お父さんに買ってもらったんだ。この間お父さんの会社から発売されたゲーム。結構人気なんだよ。だから、一緒に……」

 

 ドアの外から話していた恵。その鬱陶しさにドアを開けて、追い返そうとする。

 

「何? 俺に喧嘩売ってんの? 自分は俺とは違って好きなもの買ってもらえるんですよー、ってか?」

 

「ち、違うよ。ただ、一緒に遊びたいだけで……」

 

 徐々に声が小さくなる。

 

「だから、それを喧嘩売ってるって言うの。親父の会社のゲーム? 考えただけでも反吐が出る。こんなのが、人気なんて、世の中物好きが多いんだな」

 

 そんな時、俺はある事に気付く。そして、それが俺をさらに苛立たせる。

 

「その服、見た事ないな。買ってもらったのか?」

 

「う、うん。昨日……お母さんに……」

 

 恐る恐る教えてくれる恵。明らかに怖がっている。

 

「よかったな、新しい服を買ってもらえて。そういや、先週も新しいの着てたな。羨ましいねぇ、親に愛されてる子は」

 

 俺の服と言えば、最近は下はジーパンで上はTシャツにパーカー。そのパーカーも洗濯のし過ぎで小さくなってきている。同じ親から生まれ、同じ家で育ってもこれだけ違う。

 

「で、何の用でここに来たんだっけ? もう一回言ってくれない?」

 

 ビクッとなって、手に持っていたゲームを後ろに隠す。下を向いて、震えながら答えた。

 

「……な、何でもない。ご、ごめんね、邪魔しちゃって……」

 

 そのまま、彼女は隣にある自分の部屋に戻った。ベッドにダイブした音が聞こえ、その後、小さな嗚咽が聞こえる。

 

「……ゲームか。そういや、やった事なかったな」

 

 クラスでも、やっている奴は結構いた。少しだけ興味はあった。こんな機会じゃないとやってみようとは思わないだろう。まぁ、キッカケが恵というのは、気に入らないが。

 

「さてと、とりあえずどうするかな?」

 

 俺の部屋にゲーム機なんてない。あるのはパソコンぐらいだ。とりあえず、無料で簡単にプレイ出来るMMORPGを1つダウンロードしてみる。公式サイトで情報収集をし、必要な情報を入力して、ゲームスタート。

 

 

 気づけば、もう陽が傾いていた。パソコンの左下には19:30と表示されている。俺は今日、こんなに簡単に、ゲームの楽しさに魅せられてしまったのだった。

 

 その後もそのゲーム以外にも色んなジャンルや数のタイトルをプレイした。時には中古ゲームを求めて街を彷徨ったり、ネットショッピングをしたりもした。幸い、金はある。気になったものは全てプレイした。

 

 そして、この頃からだ。俺が、自分を偽り始めたのは。現実でも、ゲームのように誰かの理想となる俺を演じるようになった。優しくて、正義感が強くて、悪い事なんて出来ない、そんな人間であろうとしたのだ。

 

 そして、新学期になり、夏休みが明ける頃には、俺は立派なゲーマーになっていたのだった。この頃の俺がハマっていたのは、初めてプレイしたジャンルである《MMORPG》だ。学校から帰って来たら、プレイして、飯の時は簡単に自分で作って食べる。そして、風呂やトイレを除けばずっとやっていた。気づいたら、もう朝なんて事も珍しくない。レベル制ばかりをやっていた事もあり、常に上位ランカー。レベルや装備のランクの高さを見て、周りのプレイヤーは皆、俺を必要としてくれる。嫉妬もあっただろうが、それは慣れっこだ。

 

「やっぱ、ハルさんとパーティー組むと違うなぁ。【Haruさん、俺はもう今日落ちますね。またよろしくお願いします】と」

 

 今入れてもらっているパーティーのリーダー《Haru》さんにチャットで挨拶する。するとすぐに返って来た。

 

「【こちらこそ、またよろしく。レットさんなら、いつでも大歓迎ですよ】、か。ホント、いい人だなぁ」

 

 まだお昼前だ。なのにゲームやめたのには理由がある。もう、俺の分の材料が底を尽きてるのだ。買いに行かなければ、飯が食えなくなる。ゲームをやっていて、栄養失調とは情けないからな。

 

 

 買い物を終え、ついでに寄り道をした。中古ゲームを売っている店で、この間出たばかりのパッケージを見つけたのだ。これはツイてると即決で買った。もう一度言おう。これはツイてる。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「女のクセに生意気なんだよ!」

「たった一度で勝ったつもりか!」

 

「べ、別にあたし……そんなつもりは……」

 

 何だ、イジメか?

 

 帰り道に剣道の道場があった。おそらく、そこの生徒だろう。もう俺には、二度と関係ない場所だが。そんな所を通りたくないと思いつつ、関わらないようにそっと通る。

 

 だが、そのイジメられている方には見覚えがあった。いや、見覚えというレベルではない。転校初日、席を教えてくれた少女、進級しても同じクラスで出席番号も前後の彼女、桐ヶ谷 直葉だった。彼女は、剣道をやっていたのか……。

 

「あたしは別に、試合をやろうって言われてやっただけで……。あたしも、まさか勝てるなんて……」

 

 しかし、そんな風に言う桐ヶ谷さんに向かって竹刀を寸止めで振る男子。見た感じ歳上だろう。防具なしで竹刀を受けるのは痛いに決まっている。寸止めと分かっていてもビビってしまう。

 

「気に食わないんだよ、お前。女で、まだ小5だろ。県大会でベスト16の俺達に恥かかせやがって!」

 

 今度は、寸止めでやる気はなさそうだ。全力で、竹刀を桐ヶ谷さんに向かって振り下ろす。桐ヶ谷さんは、恐怖からか、目を瞑ってしゃがみこんだ。

 

「ってぇ。やっぱ、素手で掴むモンじゃないなぁ、竹刀って」

 

 俺は、何かに突き動かされるようにその竹刀を素手で掴む。カッコつけたが、やはり痛い。

 

「あァ? 何だお前!」

 

「紅林……君?」

 

 やや涙目になりながら、上目遣いで俺を見てくる。そんな彼女に、俺はレジ袋とパッケージの入った袋を渡す。

 

「これ、持っててくれ。それと、その竹刀、ちょっと借りるよ」

 

 俺は、桐ヶ谷さんの持っていた、カピバラのストラップのついた竹刀袋から竹刀を取り出す。久々に握った竹刀は少し重かった。それでも、握った瞬間に気持ちが引き締まり、彼ら3人の動きがよく見える。

 

「お前、俺らとやるのか?」

 

「やり合うつもりはありませんよ。ただ、その竹刀を桐ヶ谷さんに向けるのをやめろ、と言いたいだけです」

 

「こいつは、俺らに恥をかかせたんだぞ。仕返ししないと気が済まねぇんだ」

 

 くだらない。そして、腹立たしい。

 

「お前らやるぞ!」

 

 リーダー格の少年の掛け声と共に3人が竹刀で攻撃してくる。俺は、それをよく見て冷静に捌く。避けたり、受けたり、どれも大したレベルではない。半年以上のブランクがあっても、負ける相手ではない。そして最後に、竹刀を巻き技で飛ばす。小学生では、ほとんど使われる事のない技。対処なんか出来るわけがない。

 

「なっ……!」

 

「何なんだよ、お前……」

 

「そんなのどうだっていいだろ。そんな事よりお前らだ。女の子に男が3人でかかるとか、超ダサくね」

 

「あァ? ンだと!」

 

 俺が竹刀を突きつけているため、彼らは落とした竹刀を取りには行こうとしない。

 

「試合の結果を、終わった後もずっと引きずるのは、それだけ悔しかったって事だから、まぁいい事だ。でも、だからって、防具もつけてないのに、竹刀で攻撃しようとするのは褒められた事じゃないな」

 

 敬語はとっくに取れている。

 

「彼女に勝ちたかったら、こんな事してないで、帰って素振りでもしてろ。勝つための努力もせずに、こんな事をするなら、剣道なんか辞めちまえ!」

 

 そう言うと、彼らは一瞬たじろぎ、竹刀を拾って走り去って行った。彼らが今後、心を入れ替えてくれるなら、俺も体を張った甲斐があるというものだろう。

 

 さて、知り合いが絡まれていたという事もあり、カッコつけて撃退したのはいいのだが、色々とマズい。そもそも、学校では割と真面目なキャラで通っている俺が、中二病拗らせたみたいな登場の仕方と台詞を言ってしまった。そして、俺自身が剣道経験者である事が知られてしまった。

 

「あの……えっと、大丈夫か、桐ヶ谷さん。荷物、持っててくれてありがとな。それと、竹刀返すよ。勝手に使って悪かったな」

 

 俺の選んだ選択肢、それはこのまま何事もなかったかのように去る。幸い、買い物という当初の目的は果たしている。このまま全力ダッシュで帰っても何の問題もない。

 

「待って、紅林君」

 

 どうやら、そう上手くはいかないらしい。

 

「えっと……何? もしかして、俺って余計な事してた?」

 

「ううん。そんな事ないよ。助けてくれてありがとう」

 

 この笑顔ヤバい。元々顔は結構可愛いとは思っていたが、笑顔はそれを遥かに上回っている。

 

「ねぇ、紅林君ってもしかして、去年の県大会で優勝した、あの紅林君?」

 

 やっぱり、気づかれてしまった。いや、初めて会った時から、彼女は気づいていたのかもしれない。全国に出なかったのと、変なタイミングでの転校で、気を使ってくれていたのかもしれない。

 

「……多分、そうだよ。多分、俺が県大会で優勝した、紅林」

 

 何を言われるのかと、少し構える。しかし、

 

「やっぱり! あたし、憧れてたの! 同い年なのに、自分よりも年も背も上の人達を相手にして全戦全勝! 立ち回りも、技も、全部憧れてたんだ! 特に、さっきの巻き技! 小学生であんなに出来る人はそうはいないって、先生も褒めてたよ!」

 

 どうやら彼女は、自分の好きな事には一直線らしい。流石はスポーツ少女だ。

 

「お、おう。ありがとう。じゃあ尚更、全国に出なかったのは、失望させちゃったかな……」

 

「そりゃね。また全国でも、凄い活躍するんだろうなぁ、って思ってたよ。でも、割とすんなり受け入れられたかな。だって、つまんなそうに見えたから、紅林君」

 

 俺が、つまんなそうに見えた? そんな事を言ってきたのは、彼女が初めてだ。

 

「それ、どういう事か詳しく聞かせてくれない?」

 

「えぇ! えっと……、あたしの気のせいかもしれないよ」

 

 俺はそれでも聞かせて欲しかった。

 

「勝った後、防具を脱いでも、紅林君、全然嬉しそうじゃなかった。むしろ、辛そうだったかなぁって。あ、ゴメンね! そんな事ないと思うけど!」

 

「いや、その通りかもしれない」

 

 剣道は、父が自分もやっていたという理由から入れられた。でも、それが本当に楽しかった。一本取るだけで嬉しくなって、毎日そればかり考えていた。でも、次第に増えていく期待と、それに比例して大きくなるプレッシャー。いつの間にか俺は、剣道が嫌いになっていた。

 

「ねぇ、紅林君。よかったら、あたしと試合してくれない? 嫌なら、いいけど……」

 

 でも、さっき竹刀を握った時に感じたあの高揚感は、初めて剣道をやった時とほとんど同じだった。もう一度、竹刀を握った事を、身体が喜んでいるようだった。

 

「嫌じゃないよ。俺でよかったら、一戦頼むよ」

 

 そう答えると、桐ヶ谷さんの表情がパァッと明るくなる。

 

「ホント! やった!」

 

「あ、でも……、今道具持ってないから、取りに行ってもいいかな? 捨ててるかも、しれないけど……」

 

「いいよ。じゃあ、行こっか!」

 

 というわけで、俺の家に道具をとりにいくことになった。いや、本当にどこにやったっけな?

 

 

「じゃあ、桐ヶ谷さん。ちょっと待っててくれるか?」

 

「うん、分かった」

 

 俺は自分の部屋に向かう。ありそうな場所を片っ端から探すが見つからない。一度部屋から出て、裏にある倉庫を見てみる。

 

「あった……!」

 

 しかし、そこにあったのは血で汚れた道着と、折れてしまった竹刀。あの時の事故が原因だろう。そういえばあの時、俺は誰かに押された。練習の帰りだったはずだ。もしかしたら、あれは同じ道場の奴等によるやり過ぎたイジメだったのかもしれない。だが、そんな事を考えたのは一瞬だけで、今は桐ヶ谷さんとの試合が先だ。

 

「悪い、桐ヶ谷さん。ここまで付き合わせたのに、なかったわ。悪いんだけど、貸してくれるか?」

 

「うん、いいよ。防具とかも、おじいちゃんが使ってたのがあるはずだから」

 

 そんな会話をしながら、俺達は桐ヶ谷さんの家に向かう。時刻は12時半過ぎ。腹は減ったが、向かう途中でコンビ二で何か買えばいいだろう。

 

「蓮、あなた何をしているの? さっきも倉庫で何やらゴソゴソやってたけど」

 

「……!」

 

 最悪だ。母親がきちんとした服を着て出て来た。

 

「……あんたには関係ないだろ」

 

 桐ヶ谷さんは、何かを感じ取ったようで不安そうな顔をしている。

 

「ええ、関係ないわ。今から、恵のコンクールに行ってくるわ。まぁ、あの子の金賞は約束されたようなものだし、そのまま蓮次郎さん達と合流して外食してくるわ。あなたは、勝手にしてなさい」

 

 そして、そのままスタスタと行ってしまった。

 

「……紅林君?」

 

「……お袋だよ。俺もお袋も、お互い事を親子だとは思ってねぇけどな」

 

 ジーパンのポケットに手を突っ込み、桐ヶ谷さんの隣を歩く。

 

「妹さんのコンクールなんでしょ。仲が悪くても、それぐらい……」

 

「いいんだよ。お袋だけじゃなくて、家族は誰一人俺を家族とは思ってないからな」

 

「でも、妹さんは紅林君の事、好きだと思うよ。きっと、見に来て欲しいと思ってるよ」

 

 どこか、自分の事ように話す桐ヶ谷さん。でも、俺の考えが間違っている間違っていないの問題ではない。もう二度と、俺達は元には戻れない。

 

「……そういうもんかね」

 

「そうだよ。あたしも、お兄ちゃんがいるんだ。昔は、すっごく仲が良かったんだよ。でも……」

 

「今はそうじゃない、と」

 

「うん。引き篭もりってわけじゃないんだけど、必要最低限しか外に出ないっていう感じでさ。今じゃあ、醤油とって、みたいな事しか話さないんだ」

 

 どの家にも、それなりの問題があるんだと気付いた。妹っていうのは、こういう風に考えているものなのだろうか。まさか。あいつも、あいつらもみんな、そんな事考えているはずがない。

 

「諦めればいいのにな、って、前の俺なら答えただろうな。その内、桐ヶ谷さんの気持ちは伝わるよ。少しずつ、距離を詰めていけばいいさ」

 

「……うん、ありがと。出来る限り、やってみるよ」

 

 そんな、小学5年生がするにはシリアス過ぎる会話をしながら、目的地に到着した。俺の家にも劣らない程の広い家。しかも、剣道場もあるというオマケ付き。俺の家とは対照的な和風の家。開放感があって、息苦しくならなそうな、実に素敵な家だ。

 

「デカイな」

 

「紅林君の家ほどじゃないよ。剣道場はこっちだよ」

 

 剣道場も実に立派だった。手入れも行き届いていて、使っている人の道具や場所への愛が感じられる。

 

「はい、これが道着。さっき教えてもらったサイズのやつだから大丈夫だと思うよ」

 

 その後、桐ヶ谷さんは道場の中で、俺は家の陰で着替えた。

 

「ん?」

 

 その時、二階の窓から誰かが見ていた。

 

「あれが、桐ヶ谷さんのお兄さん……?」

 

 少ししか見えなかったが、かなり痩せ型の体型だと分かる。線も細く、下手すりゃ女の子に見えてもおかしくないかもしれない。

 

「紅林くーん、あたしはオッケーだよ!」

 

「わかった! 今行く!」

 

 彼もカーテンを閉めたので、俺は気にする事をやめ、道場に向かう。

 

「よしっ、じゃあやるか!」

 

 

 久々の剣道は本当に楽しかった。また、剣道を始めてもいいと思った。

 

「全然勝てないよ。ブランクなんて、本当にあったの?」

 

「当たり前だろ。半年以上、竹刀すら握ってないよ」

 

「でも、すごく楽しそうだったよ、紅林君」

 

「……そっか。まだ、剣道をもう一度やる気にはならないけどさ、いつか、また楽しく剣道やりたいな」

 

 俺は、心からそう思った。

 

「うん! 待ってるよ。今度は、一緒にやろ!」

 

「今度じゃなくて、これからも、だろ。桐ヶ谷さんさえよければ、ここでまたやろうぜ」

 

 

 月日は流れ、俺は中学1年生になった。かといって、それほど変わる事はなかった。今まで通り、ネットゲームに熱中し、桐ヶ谷さんと剣道をやる。遅くまでゲームをやっているせいで、今では遅刻の常習犯だ。

 

「あぁ! また遅刻だぁ!」

 

 ニュースでは、東京で起こった殺人事件や、《ナーヴギア》の流行やスポーツ界に期待の超新星現る、とか色々なニュースが流れている。

 

「ったく、また《Kirito》かよ! あの人、PvP強過ぎだろ!」

 

 最近やっているネットゲームのPvPの大会では、彼に全く勝てない。そのためにも、俺はゲームに時間を費やさなければいけない。

 

 

 もちろん、学校には遅刻。当然の如く怒られた。そして、その後も反省せずに居眠りを繰り返した。まぁ、勉強は余裕だが。

 

「おーい、慎一! βテスト、当選したか?」

 

「まさか。するわけないじゃん」

 

「よかった、俺もだよ。もし、慎一が当選してたら、ボコボコにしてでも奪うとこだったよ」

 

「ちょっ、蓮! 君のそれはシャレになんないんだけど……」

 

 隣のクラスの長田 慎一。俺と同じゲーマーだ。話した瞬間即意気投合した。

 

「紅林君! 部活休みだからってサボらないでよ! 今日はウチで練習でしょ!」

 

「あっ、すぐは……じゃなくて、桐ヶ谷さん!」

 

「あ、長田クン。紅林君、借りてくね」

 

 桐ヶ谷さんは俺の襟を掴んで引っ張って行く。普通に苦しいから。

 

「分かった、分かったからやめてくれ!」

 

 俺は、桐ヶ谷さんに放してもらい、ちゃんと自分で歩く。

 

「慎一、今日夜8時からな。忘れんじゃねーぞ!」

 

「……もう、またなの? 蓮、ほとんど毎日じゃん」

 

「毎日やんないと勝てないんだよ、あの人には」

 

 俺はこのまま、自転車に乗って桐ヶ谷さんの家まで行く。中学に上がって変わった事と言えば、俺が剣道部に入った事だ。もうすぐ大会もあり、桐ヶ谷さんも俺も張り切っている。部活がない日も、桐ヶ谷さんの家で練習。どうやら、父も再び俺に期待し始めているようだが、どうでもいい。

 

「ほら、紅林君、行くよ!」

 

「わかってるよ!」

 

 この日から約5ヶ月後、俺は《Scarlet(スカーレット)》としてあの忌々しいデスゲームに身を投じていく事になる。だが、この時点でそれを知っていたのは、開発者の茅場晶彦、ただ一人だった。

 




【DATA】

・no data

とはいえ、今回の話には今後の話に特別関わるわけではありませんが、原作キャラやオリキャラの過去の姿も出ていたりします。分かりやすいのもあれば、話が進まないとわからないものまで。是非探してみてください。

次回もお楽しみに!アンケートへのご参加よろしくお願いします!

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