アンケートも行なっています。是非活動報告にてお願いします。
背中に吊った剣がやけに重い。《ヴァイス》として、ラフコフのサブリーダーとして、活動していた頃から使っていたはずなのに。それどころか、体もダルいし、頭も痛い。
「今までは、人だって平気で殺せたのに、PoHを殺すとなると出来なくなるのかよ」
言葉にすると、余計そんな気がして来た。足まで震え始めている。今まで、殺しはPoHに信頼されるための“手段”でしかなかった。でも、今はPoHを殺そうとしている。殺しが“目的”に変わった瞬間、自分のやろうとしている事の重さに気づく。
「……今更、何を怖がってんだ。もう遅いんだ。オレに、これ以外の道は残されてねェ。もう、引き返せねェんだよ!」
そう叫んで、自分に言い聞かせる。オレの進むべき未来は、もうここしかないんだ。
自分自身の中にあった恐怖は全て取り払った。あとは、やるべき事をやるだけだ。別に、オレが勝つ必要はない。鼠が、攻略組を率いて来てくれるまで持ち堪えればいいのだ。
「よう、ナイト」
PoHだ。オレの世界を壊した男。アインクラッドの悪の根源。こいつが全てを裏で操り、煽動して来た。にも関わらず、自分は高みの見物。こいつを排除しない限り、プレイヤー同士が殺し合うという悲劇は終わらない。
「やって来るだろうとは思っていたが、まさか剣まで抜いて戦闘準備万端で来るとはな」
「分かっていたなら、なぜ逃げようとしなかった?」
PoHは、リスクの高い事はやらない男だ。殺しに来ると分かっていてなぜ、ここにいるのか。
「逃げる必要がないからさ。俺を殺すにはお前は役不足だ。せめて、キリトぐらい連れて来れば、状況は変わっていたかもな」
オレがブラッキーに劣る、そう面と向かって言われた。腹は立つが、激情するほどでもない。オレ自身も、あいつには勝てないと思っているのかもしれない。
「じゃあ、いつから気づいていた? オレがお前を殺そうとしていると」
「最初から」
予想外でもない。だが、それならなぜ、オレを生かしておいたのか?
「初めて会った時から、お前の目に光はなかった。お前は、こちら側の人間だと思ったさ。それに、《暗黒剣》は利用価値がある。邪魔になったとしても、消そうと思えばいつでも出来た」
ナメられている。でも、それが出来るだけの強さを、こいつは持っている。
「でも、オレの目的が分かっても、いつ殺しに来られるか分からないだろ。なぜそんな事が出来た?」
「スファレさ」
この名前は鼠からも聞いた。オレの部下だが、オレの知らない所で好き勝手やってやがった。
「あいつは、スパイだ。お前の部下として潜入させ、お前の動きを監視してもらっていた。つまり、オブザーバーさ」
全部繋がった。スファレの目的は、オレの監視。オレの部下ではなく、PoHの部下だった。それなら紅鬼に手を出したのも頷ける。PoHもまた、紅鬼に何か似たものを感じていたからだ。
「つまり、オレの動きはスファレのおかげで筒抜け。お前の実力なら、簡単に殺せる相手だと。オレなんか、恐れるに足りないと言いたいわけか」
「Wow。自分をそんなに蔑む事ないじゃないか。これでも俺は、お前を高く評価しているんだぜ。裏切らなければ、これからも行動を共に出来る、最高のパートナーになれると思ってるんだぜ。今ここで、土下座でもして謝れば、これまでの事は水に流してやってもいい」
よくもまァ、こんなセリフをスラスラ言えるもんだぜ。これじゃァ、オレンジ達が従うわけだ。ヒースクリフとは真逆の悪のカリスマってわけだ。正直言えば、ヒースクリフは嫌いだが。
「お前が求めてるのはオレ自身じゃねェ事ぐらい、この一年で分かってるつもりだ。本当にお前が欲してんのは、オレが持つ《暗黒剣》の力だって事はな」
「素晴らしい分析力だな。ナイト、俺はお前のそういう所も評価してるんだぜ。でもお前の言う通り、そのスキルが手に入るなら、別にお前じゃなくてもいいんだがな」
もしも、オレがこのスキルを手に入れておらず、PoHが手に入れていたらどうなっていたのだろう。タラレバ話とはいえ、想像する事すら怖い。
「お前が思っているほど、このスキルは楽じゃないぜ」
「見れば分かるさ。お前がどれだけ苦労しているかってことはな。そんなに大変なら、俺が代わってやろうか?」
手に入れたばかりのオレなら、喜んで手放しただろうな。なんて事を考えつつ、オレはこのスキルがどうしてオレに与えられたかを考えてしまう。これは、初めて《暗黒剣》の文字を見た時から、ずっとオレの中にある疑問だ。
「確かに、代わってもらえんならそうしてほしいが、お前だけには渡せねェな。お前に渡したら、攻略どころじゃなくなっちまう」
「なんだ、お前もこの世界から出たいのか? この世界は、合法的に殺人が出来る世界だ。楽しまなきゃ損だろ。そんな世界を終わらせるなんて、勿体無いだろ」
「確かに、この世界が永遠になれば、なァんて思った事は一度や二度じゃねェ。正直な所、オレも人を殺して快感を得ていた事が否定出来ねェ以上、そっち側の人間なんだろうよ。でも、オレが本当に望んでるのはそんな事じゃねェ」
「へぇ。言ってみろよ」
「この世界で生きて、この世界で死ぬ事。一人の剣士《ナイト》として、この世界で永遠になる事さ」
「お前、死にたがりか?」
「さァな。そうなんじゃねェの?」
オレは、この世界に来れて良かったと思った。《これは、ゲームであっても遊びではない》。そんな世界に憧れていた。こんな世界を待っていた。夢も希望もなくなったクソみてェな日常を、SAOが変えてくれるはずだった。そんな中、デスゲームの開始が宣言された。所詮は、この世界もリアルなんだと気付かされた。結局は、この世界にだって、希望なんかありゃしない。
「……なァ、PoH。お前と初めて会った日、マジで怖かった。本当に死ぬかと思った。でも、お前は殺してくれなかった」
「お前の苦しむ顔が見たかったからさ」
「だろうな。でも、オレにとっては一つの転機だったよ。テメェのせいで、オレの世界は崩壊した。だから今、オレはここにいる!」
何で、《暗黒剣》を手に入れたのか。その答えは、PoHと出会って、PoHに世界を壊されて、初めて気づいた。それと同時に、《暗黒剣》と共に託された使命を悟った。
「もし、《暗黒剣》が本当にPK用のスキルなら、これを持つのはオレじゃない、お前だ。だから、これがオレに与えられた時点で、このスキルはPK用に作られたものじゃねェって事だ」
PoHは無言でオレの話を聞く。地面に突き刺したままの《クリムゾンヴァイス》。そいつを一瞥してから視線を戻す。
「壊すため。このスキルは、全てを壊すためにある。それと同時に、ゼロから何かを生み出すためのスキルだ」
「もう少し、分かりやすく言ってくれよ。お前の考え方は難しいからな」
オレの話を興味深そうに聞くPoH。オレは、急かされるように話す。
「このスキルの1番の特徴は、お互いにダメージを受けた時にリアルな痛みを伴うという点。ここからはオレの勝手な想像だが、この剣の本質は、その痛みで、現実を認識させる事だと思う。仮想世界であれ、現実世界であれ、オレがいる場所こそが、オレ自身にとってのリアル。これは、現実に絶望し、仮想に希望を求める、なんていう間違った考え方を改めるものだ」
現実世界と仮想世界という意識下の境界線の破壊。2つの世界は、本質的には何も変わらないという事。
「《暗黒剣》は、オレのような間違った認識を破壊し、絶望のどん底に叩き落とす。そこにあるのは、まさに辺り一面暗闇の暗黒世界」
PoHに負けた直後のオレはまさにそうだった。全てが破壊し尽くされ、何を信じていいのか、何が真実なのか見失っていた。
「そんな闇の中、たった一つの何かを、手探りで探し続けるなんて不可能だ。だから、探すんじゃない。自分の手で生み出すんだ。この世界、そして現実世界のどちらでも通じる物を。《暗黒剣》はそのための鍵に過ぎない。そして、オレが手に入れたたった一つの答えが、“
紅鬼はまさに、その関係に自信を持てていなかった。偽りの仮面を被り接して来た事が、その関係に確信を持つ事への足枷になっただけだ。その確信が持てれば、あいつはまた一つ強くなる。自分に足りないモンを埋めればいい。って言っても、オレにはもう見れねェけど。
「そりゃ傑作だ。つまりお前は、自らその絆を断ち切り、俺の前に現れたわけだ。そんなに絆が大事なら、その仲間と共に、俺を殺せばいいだろう」
「お前には理解出来ねェよ。誰一人信用せず、平気で切り捨てる。何の犠牲も払わずに、人の人生を簡単に壊す。そんなお前が、オレの考えを理解してたまるか!」
オレの仮説は間違っているのかもしれない。でも、オレにとっての《暗黒剣》はそれだ。
「《暗黒剣》は、“破壊”と“代償”の剣だ。そして、その先にある“大事な物”を掴むためのモンだ」
柄を握る左手に力が入る。この先に言うべき言葉は、もう意識しなくても言える。前髪を思いっきり搔き上げる。力が流れて来る気がする。
「ここがお前の墓場だ、なァんて言うつもりはねェ。オレがお前をぶっ壊す。
《暗黒剣》……解放!」
今日は、より一層黒が濃く感じる。眼の赤もより深くなり、自分の中から大事な何かが薄れていく感覚。オレの使命は、今日ここで完結する。
「さァ、準備はいいか? 壊し、壊され、立ち続けた奴が勝ちだ。この戦いに、善も悪も関係ねェ。勝った者こそが正義だ」
PoHも無言で短剣《
「「イッツ・ショウ・ターイム!」」
「強くなったじゃないか、ナイト。だが、所詮はその程度か」
「余裕ぶっこいてんじゃねェぞ!」
ソードスキル《デスペレイション》。《暗黒剣》の専用ソードスキルだ。
「余裕じゃないさ。流石は、元攻略組だな」
「喋りながら躱せんだから余裕だろうが」
くそッ。どんなに知恵を使ってもPoHに決定打が与えられない。こうなったら、使うしかない。《暗黒剣》に与えられた最強の切り札を。
「何を考えているんだ? 俺をもっと楽しませてくれるんなら大歓迎だぜ」
「へっ、あんまりナメめてっと怪我するぜ」
「これから、ようやく本気を出すと?」
「ああ。気づいたら死んでるから、気をつけろよ」
オレは、剣を強く握りしめ、決意を固める。成功率は未だ20%以下。失敗すれば、オレは一方的にやられてしまう。だが、リスクを冒さずにPoHには勝てない。
「いくぜ!」
《暗黒剣》単発重攻撃《デスペレイション》。黒いライトエフェクトを纏った剣をPoHに向かって突き出す。
「さっきと同じじゃないか」
「まだだァ!」
《暗黒剣》単発技《ダーク・ブロウ》。システム外スキル《
「はあぁッ!」
更に、3連撃の《クライムクロス》。下からの斬り上げから水平切り、そして交点への突き。それに続けて再び《ダーク・ブロウ》。これで合計6連撃。
「何ッ!」
このまま、繋げられる所まで繋げる。最高までやれば、大型Mob相手でも通用する威力となる。
「うおおぉぉッ!」
4連撃ソードスキル《エンドレスペイン》。加えて《ダーク・ブロウ》。これで11連撃。
「くッ!」
PoHの手から、武器が弾かれる。既に丸腰だ。
「はああぁぁぁッ!」
最後に、5連撃の奥義《ソードオブデッドリー》。全て合わせて16連撃。最後のスキルは全てヒットし、ポンチョの耐久値が切れ、PoHの素顔があらわになる。
それと同時に、オレの剣から禍々しいオーラが消える。ソードスキルの連続使用は《暗黒剣》の限界時間を短くしてしまう。その後、回復に3時間要し、その間、オレはペインアブソーバーが常にオフになる。だが、これで終わりだ。
「へェ、中々イケメンじゃねェか」
「ありがとよ」
「これで、お前も終わりだ」
オレは剣を大きく振りかぶって、勢いよく下ろす。その刃がPoHを捉えるその一瞬、オレの体が揺れた。PoHの目はまだ笑っていた。
「Niceだ、スファレ」
「残念だったね、ナ・イ・ト・さんッ」
オレの腹部には真紅のダメージエフェクト。背後には、大きな鎌を持った女。
「――スファレ、テメェッ!」
「フフフ。終わるのはどっちだろうね」
いつの間にか立ち上がり、新たなポンチョを装備したPoH。形勢逆転。まさに、絶体絶命だ。
【DATA】
・no data
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