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俺の目の前に立ちはだかるのは、緑ジャケットを纏う短剣使い。さっきまで戦っていたエストック使いをアクアに任せて、ナイトと戦うレットの元へ向かっていた。しかし、こいつはそんな俺を邪魔するかのようにやって来た。
「《黒の剣士》キリト。お前の相手は俺だ」
「……ッ!」
こんな事をしてる場合じゃない。早く、レットの加勢に行かないと。最近のあいつは様子がおかしい。集中力がないわけじゃないが、どこか危なっかしい。そんな状態でナイトと戦えば、どうなるか分からない。
「そこを、……どけェ!」
俺は片手剣重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を使う。その勢いも利用し、彼を突破し、レットの元へ向かおうとする。
「……くッ! 何ッ……!」
そんな俺の進路に飛び出して来たプレイヤーが1人。ソードスキルの軌道は阻害され、システムアシストが止まる。
「ベルデさん、私でよければ手を貸しますよ」
「ありがとよ、ティル。じゃあ、頼む」
「分かりました」
ベルデだと……。まさか……?
「お前が、ベルデか」
「何だよいきなり」
「……シリカってプレイヤーを知っているか? 中層の、ビーストテイマーの女の子なんだけど」
明らかに、ベルデという少年の動きが止まる。やっぱりこいつだ。
「……知っていようとなかろうと、お前には関係のない事だ」
そう言って、ベルデは突っ込んで来る。短剣の突進技《ラビットバイト》だ。
俺はそれをいなしながらレットの方を見る。
頼むレット。無理だけはするなよ。こっちを片付けて必ずそっちに行く。だから持ち堪えてくれ。
「ハアァッ!」
更に後ろからティルと呼ばれた金髪の少女。曲刀の突進技《フェル・クレセント》。その刃は俺の背中を捉え、ダメージエフェクトを発生させた。
「……くッ!」
「《黒の剣士》さん。私達が相手です」
「ナイトさんの邪魔はさせない。ここでお前は終わりだ」
「はあぁぁぁッ!」
上段からの袈裟斬り。それをバックステップで躱すナイト。俺はそのまま追い討ちをかける。居合技の《辻風》。体勢の崩れている今なら、この速度の技を中断させるなど不可能だ。
「……チッ! 調子乗ってんじゃねェぞ!」
ジェットエンジンの様な効果音と共に突っ込んで来るナイト。俺の苦手な技だ。だけど、俺も苦手をそのままにはしない。ナイトが間合いを詰めるより早く、こちらが間合いを詰める。
「ーーなッ!」
狙いのズレたその剣を、下から斬りあげるソードスキル《浮舟》で迎え撃つ。武器の重さで劣る刀では威力の相殺で精一杯だが、これで十分だ。向こうにとっては俺に対する有効な技だった《ヴォーパル・ストライク》を防げたのだから。
「……へぇ、少しはやるようになったじゃねェか。オレは嬉しいぜ」
「何か余裕そうにしてるけど、気づいてるか? お前は俺に有効打を与えられてないんだよ。それに、この戦いが長引けば、他の奴等も応援に駆けつける。お前はもう終わりだ!」
ナイトが、地面に剣を突き刺せばすぐに攻撃する。あれを使われれば、ナイトは逆転が容易となる。
「……フフ、ハハハハハハッ!」
急に笑い出すナイト。とうとう狂ったか?
「何がおかしい? まさか、ここからの大逆転劇を演じてみせる、なんて言わないよな」
「そのまさかだ」
ナイトは剣を下げたまま、こちらに向かって走って来る。あの体勢から繰り出せるのは《スラント》か《ソニックリープ》だ。範囲の狭い前者なら、バックステップ。後者なら、サイドステップで避けられる。
「はあぁぁッ!」
ナイトのその声は、予想よりも早かった。思わず刀で弾こうとしてしまう。しかし、ナイトは攻撃していなかった。声だけ出すという子供騙しに引っかかったのだ。
「引っかかったな、バーカ!」
今度こそ、その掛け声と共に剣技を繰り出すナイト。既に弾こうとしたため、刀を戻す事が出来ない。予想通りの《スラント》。ギリギリ、バックステップが間に合い、ダメージの軽減に成功する。
「これで終わり、と……思うじゃん」
次の瞬間、ナイトの右手が輝く。体術スキル基本技《閃打》。システム外スキル《
「……ッ!」
「まだ、終わらないぜ!」
続けて、片手剣の連撃技、《バーチカル・スクエア》。その4撃が全て俺の体に傷をつける。
「ガハッ!」
予想外の攻撃を受け、肺の空気が全部抜ける様な感覚になる。その、俺の動きが止まった一瞬、ナイトは剣を地面に突き刺し、高らかに叫ぶ。
「《暗黒剣》……解放!」
絶望の象徴であった白い剣が、禍々しいオーラを放つ。薄い黒のライトエフェクトを纏い、静かに佇む。
「さァ、紅鬼。第2ラウンドのスタートだ。逃げるなら今だぜ」
「誰が逃げるかよ」
初めて見た。あれが《暗黒剣》。レモンさんも、あの剣により形成をひっくり返された。斬撃と共に、リアルな痛みを生じさせる《暗黒剣》。俺も含め、リアルでの痛みに慣れていないプレイヤーが大多数を占めるSAOにおいて、そのメリットがあるだけで大きな力となる。例えるなら、単身フロアボスに挑むぐらいの恐怖。
「残念だ。お前はもっと、賢いと思ってたぜ。まァ、それも仕方ねェか。そんなダメな兄貴を持ったせいで、メグミは死んだんだからな。とはいえ、ダメな兄貴もだが、そんな奴に頼ろうとする妹もバカだけどな」
どんな感情よりも先に出たのは怒り。こいつも、あの時のオレンジプレイヤーと同じだ。メグミの事をバカにしている。許せない。許しちゃいけない。
俺は、刀の先で左手を切る。すると、刀は火炎を纏い現れる。
「はあぁぁぁぁッ!」
単発技《絶空》。怒りの感情を炎に変え、勢いよく振り下ろす。
「まだまだゲームは始まったばかりだぜ。そう熱くなるなよ、紅鬼ィ。それとも、何か他に気になる事でも?」
煽っている。挑発している。乗っちゃいけない。あいつのペースに持っていかれる。でも、許しちゃいけない。
「ああ。お前はメグミをバカにした。絶対に許さねぇ。あいつをバカにする奴は絶対に!」
互いの剣が鮮やかな金属をと共に交わる。既に冷静さなどなく、俺の中は怒りと殺意で満ちていた。討伐戦?何だよそれ。俺はナイトを
「ハハハッ。そう怒るなよ、紅鬼ィ。オレも、メグミの死は悲しかったんだぜ。あいつはオレの部下でな、可愛がってやってたんだけど、ちょっと殺意がデカくてな。兄貴であるお前を殺したいようでよ。必死で止めようとしたが、ジョニーの奴が乗っちまってな。毒ナイフを教えやがったんだ」
そんな事、どうだっていい。ただ、こいつが許せないだけだ。
「そんな薄っぺらい言葉をだれが信じるか。あいつは誰よりも、悩んで苦しんで、生きようと足掻いてたんだよ。あいつの未来を奪ったお前を俺は許さない」
「オレが許されないなら、お前も同罪だろ。あの場で、妹を救えたのはお前だけだ。なのに、お前は救えなかった。自分だけ生き残って、妹を殺したんだよ、お前は」
違う。そんな事はない。あいつは、俺に生きてくれと言った。だから、俺が生き続け、強くあり続ける事こそがメグミの意思。ナイトを殺し、ラフコフに復讐する事があいつの望みだ。
「そもそも、おまえらが唆さなければよかったんだ。お前らがメグミの想いを利用しなけりゃよかったんだよ!」
「そのメグミの想いってのは、お前が向き合ってやらなかったから生まれたんだろ。テメェは、自身に現実を突きつける妹が嫌いだったんだよ」
ナイトの言葉は、俺の心に傷をつけていく。何でだ? どうしてあいつの言葉はここまで響く?
「そんなわけねぇ! あいつは、俺を唯一認めてくれた。俺はあいつと向き合っていた。あいつを殺したのはお前らだ!」
「違う。あいつを殺したのはお前だ。お前が、あいつを見ていなかったからだ。最初から向き合ってりゃ、ラフコフの門を叩く事もなかったはずだ」
どの言葉も正確に俺を攻めていく。でも、そんな言葉に騙されちゃいけない。今ここで、こいつに屈したら全てが終わる。
「黙れェ!」
水平斬りをするも躱される。ナイトは未だに余裕の笑みを浮かべている。
「それだけ必死になるって事は図星か? 分かりやすいなァ、紅鬼ィ!」
ナイトの一撃が俺を捉えた。それと共に、今まで味わった事のない激痛が走る。その痛みに耐えきれず膝をつく。
「……あァッ!」
《暗黒剣》は相手だけでなく使用者も痛みを受けると聞く。つまりナイトは、これだけの痛みに顔色一つ変えていないのだ。
「さァ、立てよ紅鬼。オレを殺すんだろ。かかってこいよ。オレがテメェを全部、ぶっ壊してやるからよ」
負けるわけにはいかない。攻略組として、メグミの兄として、1人のプレイヤーとして。
「やれるもんならやってみろ!」
再び、剣が互いの中間でぶつかる。最初の様にいなす事は無理そうだ。ここからは力と力のぶつかり合いだ。
「紅鬼、お前はオレと同じ目してんな。この世の全てに絶望している目だ。リアルに希望を見出せなくなって、仮想に逃げて来た者の目をしてる」
「お前と一緒にするなッ!」
こんな奴と一緒にされてたまるか。
何度も剣が衝突し合う。交差する度に火花が散る。
「そんなに嫌がるなよ紅鬼。オレ悲しくなっちゃうぜ」
「勝手に悲しんでろ!」
俺は、ナイトの言葉を振り払うように刀を振る。しかし、全てナイトは正確に受け、ダメージはほとんど通らない。
「もっと、自分の気持ちに正直になれよ。本当は思ってるんだろ。自分さえ良ければそれでいい、ってな」
「ッ! んなわけねぇだろ!」
脈を打つ間隔が狭くなる。背後から何者かに追われているような感覚。他の事は何も見えないし聞こえない。
「お前は、オレと似てるって言ったろ。いい加減、認めろよ」
「認めない! 俺がお前と似てる? 冗談じゃない! 俺はお前とは違う。仲間や友達を、俺は決して裏切らない!」
ナイトと俺が似てる? そんな事あってたまるか。
「嘘はいけないよ、紅鬼君。お母さんに教えてもらいませんでしたか?」
剣を交えながらも、たびたび煽りを入れてくる。これも一種の才能と言えるだろうが、ナイトのそれは別にある。
「無視は酷いなァ。オレ知ってんだぜ。ギルド《ユートピア》、そこのリーダーを焼き殺したの、お前だろ」
「……!」
「その反応は、間違いないな」
あの日、初めて人を殺した。あの感触は最近よく思い出す。
「攻略組が聞いて呆れるぜ。正義を掲げておいて、人殺しかよ。とんだ偽善者がいたもんだ」
「……偽善じゃねぇ! 俺は、他のプレイヤー達のため、あいつらの悪事を見過ごすわけにはいかなかっただけだ!」
全ては、他のプレイヤーに希望を与えるため、危険因子を排除したに過ぎない。
「……いい言葉だ。ただ聞いてる
「さっきから、偽善者だとか空っぽだとか、随分好き勝手言ってくれるじゃねぇか」
口ではそう言いながらも、俺の中で何かが崩れかける音が聞こえる。その音を振り払うように、俺は刀を振るう。
「ずっと気になってたんだ。どうして普段のお前からはそれらを感じられないのか。寧ろ、優しく、全良で、親切で、まさに正義のヒーローそのもの。完璧過ぎるんだよ、お前」
ナイトはそれをあっさりと受け止め、言葉で返して来る。
鼓動が早くなる。次第に周りの音は消えてしまう。
「やっと分かった。お前は、
また、何かが壊れた。崩壊は止まる事を知らず、時間と共に進んで行く。これ以上はまずい。俺の世界が壊れる。
「黙れ!」
「黙らねェよ。お前は、妹の死さえ利用して、妹の無念を晴らすために戦う、悲劇の主人公を演じてたんだよな。そうまでして、“正義のヒーロー”であり続けようとしたのは、自分の存在を認められたかったからだろう?」
これ以上、ナイトの話に耳を傾けてはいけない。じゃあどうすればいい? これ以上喋らせるな。殺せ。
「……ッ! 黙れェ!」
俺はここで、唯一の最強の切り札を切る。《炎刃オニマル》専用ソードスキル《鬼炎斬》。発動と共に高速の7連撃がナイトの体を襲う。奴の半減したHPバーは0に向かって減少を始め、現実の痛みが炎の熱さと共に体を蝕む。
俺の一撃目が、左腰から出て、奴の右肩目掛けて軌跡を描く。それは炎を纏い、通るべきルートの半分の位置で止まる。……えっ、止まる?
「ーーなッ! ど、どうして……」
「システム外スキル《
ナイトがそう呟く。でも、あいつはこのスキルを見た事がない。モーションも分からないのにどうして……。
「どうやら、自分の置かれている状況が理解出来てねェみてェだなァ! まァ、そのソードスキルの最中はオートパイロットみてェだし、仕方ねェか」
ナイトの煽りにすら反応出来ない。そもそも、思考が状況に追いつかない。スキル後硬直が終わっている事にさえ気づかず、俺はそのまま動かない。完全にパニック、頭の中が真っ白になっている。
「まぁまぁ、ここは一度落ち着いてくれよ。無様に地面に這いつくばりながらさ!」
剣を背中に突き立てられ、俺はうつ伏せになる。痛みで声がちゃんと出ない。
「……ッ!」
「さァ、問題です。お前のベルトに引っ掛けてあったこの袋。一体何が入っているでしょうか?」
俺は袋があったはずの場所に手を伸ばす。やはり、今ナイトが持っているのがそれだ。
「か、えせ……!」
「正解はー、実際に袋を開けてみましょう!」
おもちゃをもらった子供のように、楽しそうにその袋を開ける。そして、その中身を1つずつ俺の顔の前に落としていく。まるで、見せつけるかのように。
「あれェ、見た事あるなァ、コレ。確か、ウチの取引相手だった《ユートピア》の奴等が作ってた豆じゃなかったかなァ。そこん所どう思います、紅鬼さん」
《クレイズナッツ》。3ヶ月前の5月、おれが潰したオレンジギルドの奴等が栽培していた豆であり、依存性、幻覚幻聴作用のある麻薬。意識を失った俺が、ライトさんから残りの処分を頼まれたという経緯で手に入れた物だ。本来処分するはずのそれに、俺はなぜか手を出した。どうしてか? あの日の感触を忘れるため。思い出す度に発狂するほど俺を苦しめる。でも、これを食べれば、全部忘れられた。いつか、この記憶さえ忘れる事が出来ると思えるほどに。
「……ッ!」
「いい事教えてやるよ、紅鬼。偽善だろうと、善なのかもしれない。でも、そのために多くの犠牲を払うんじゃ、何の意味もねェ」
ナイトが出会った頃、
「お前は、信じてくれる仲間達を裏切ったんだ。もうあいつらは、お前を信頼しねェかもな」
しかし、その時とは違って、その目には怒りの色がある。
だけど、おかしいだろ。
「ーー何で、お前なんかに説教されないといけないんだよ! 俺よりも先に裏切ったのはお前だろ!」
ナイトは、俺の中で憧れだった。イライラされられる事の方が多かったけど、偶に見せる策士としての一面。どんな状況でも堂々として自分を持っている。俺には、到底真似できないと思った。
「俺が必死になって到達した領域に、既にいたお前は、それをあっさりと手放した。才能がないなりに努力して、それでも届かないものを、お前は簡単に捨てた。才能があるからこそ、そんな選択が出来るんだよな」
俺には才能がない。血の滲むような努力して、ようやく天才達と競える土俵に上がれる。そんな俺は、家族の中では落ちこぼれ。そもそも、家族として認められず、一緒に食事をした事なんて、何年前だか覚えていない。凡人には、凡人なりの悩みがある。プライドもある。
「キリトさんやアスナさん達だってそうさ。みんな、強くて才能があって、羨ましいよ。そうでもしないと、そんな奴等には勝てないんだよ!」
「じゃあ、勝つんじゃねェ! そんな事をして手に入れた力には、なんの価値もねェんだ!」
ナイトは俺の背中から剣を抜いた。そして、オニマルを俺の方は蹴ってくる。
「……さァ、取れよ。お前の偽善の仮面、クソみてェなプライド、全部纏めて砕いてやる」
俺はゆっくりと立ち上がった。でも、オニマルは手にしなかった。
「はああぁぁぁぁッ!」
《クイックチェンジ》で予備の刀を装備した。そして、ソードスキルを立ち上げる。
カタナ3連撃ソードスキル《緋扇》。
「……最後の最後で今までの力を信じねェとはな。お前には失望したよ、紅鬼」
「……なッ!」
「システム外スキル《
それは、俺が考案したものだった。以前なら奴はそれを使えなかったはずだ。俺の武器は弾かれ、遠くに飛んだ。
「……お前の敗因は、偽善者でも仮面を被っていたからでもねェ。仲間を、自分を信じなかった事だ」
ナイトは俺に対し、トドメの一撃を放つ。
《暗黒剣》奥義《ソードオブデッドリー》。黒いエフェクトの5連撃が俺の身体を襲う。同時に、俺の中にある何かが砕け散る音がした。
「うわああぁぁぁぁッ!」
俺は、仰向けに倒れる。そんな俺を見下ろすナイト。
「強さとか、オレにはよくわかんねェ。でもな、お前の考える強さは、間違ってる。強くなりたきゃ、今の自分になにが足りないのか、もう一度考え直せ!」
【DATA】
・no data
次回もお楽しみに!