今回の【DATA】にて、アクアの容姿などを簡単に紹介します。これで残るは主要オリキャラはベルデだけとなりました。
きっかけは、ほんの些細な事だった。
僕はいつも通り、48層にある風車のついた家を訪ねる。ここは《リズベット武具店》。ピンクの髪に鍛冶屋とは思えない服装をした正真正銘のマスタースミス。訪ねる時間はいつも決まって閉店間近。店の中で閉店まで待ち、その後、彼女自身に作ってもらったこの槍のメンテをしてもらう。
しかし、今日は違った。訪ねた時、彼女は既に店外にいた。
「リズ、どうしたんだ? 普段なら、まだ店をやってる時間じゃないか?」
「あー、うん、そうね。でも、今日はもう閉める事にしたの」
「そうなのか? じゃあいつも通り、槍のメンテを頼むよ」
僕はいつも通り、槍を手渡す。しかし、リズは微妙な顔をし、それを受け取ろうとしない。
「ホントごめん! 今日はちょっと無理そうなの。ずっと前から探してた値を超える鉱石の仕入れがあるのよ。だから、今日は無理なんだ。ホントごめん。前もって言っておけばよかったね」
明日は、いつもより早めに迷宮区に行く事になっている。今日は無理そうだし、明日の朝も悪い。仕方ない、今日はNPCの所に行くか。
「いやいや、そんなに謝んなくていいよ。リズの客は僕だけじゃない。その人のための鉱石だろ。それ、上手く手に入れられたらいいな」
「うん、ホントごめんね」
「いいって別に。気にしないで。もう夜遅いから、気をつけろよ」
「うん、ありがと」
そう言って、リズは転移門の方へ駆けて行った。僕もまた、そこを目指し、NPC鍛冶屋の元へ行く。本来なら、ギルド所属の鍛冶屋にお願いするべきだが、おそらくギルド本部にはもういない。
だが、それが僕の大きな間違いだった。
「お疲れ様、アクア君」
「そっちこそお疲れ、アスナ」
迷宮区の攻略を終え、ギルドに戻る僕たち。ギルドに戻ると、そこには見慣れた顔がいた。
「あっ、リズー!」
最近、レモンの影響でリズに飛びつく癖らしき物がついたアスナ。他の男メンバーから見れば、目に保養なのだろうが、リズにとってはいい迷惑だろう。
「ちょっとアスナ。レモンじゃないんだから離れなさいよ。あんたそっちの気があるんじゃないでしょうね。そうだったらこの世の男共が泣くわよ」
「もう、そんなんじゃないってば!」
実に微笑ましい光景だろう。男同士の場合はただ、気持ち悪いだけだが。
「アクア、やっと帰って来た。結構早くから行ってたのね」
「ん? 僕に用?」
「そうに決まってるじゃない。昨日、メンテしてあげられなかったから、やってあげようと思って来たのよ。まだ、メンテ出来てないんでしょ」
何か誤解しているようだ。彼女はまだ、僕が槍のメンテをしてないと思っている。
「まだ耐久力には余裕あるしいいよ。昨日やったばかりだしね」
「えっ、ギルドの人にやってもらったの?」
「違う。NPCだよ。君ほど腕は良くないけど、一応現時点で一番のNPCに……」
リズの様子がおかしい。何か、まずい事でも言ったのだろうか?
「あたしが作った槍を、NPCにメンテさせたの?」
「そうだけど……。なんかまずかった?」
「当たり前じゃない! 確かに、誰にメンテさせようとあんたの勝手だけど、だからって、NPCはないじゃない!」
リズが声を荒げ、僕を責める。だが、誰のせいでそうしたと思っているんだ。
「仕方ないだろ! 今日はホント朝早くから迷宮区に行く予定だったんだ。なのに、君が昨日やってくれないから。だから僕はNPCの所に行ったんだよ。いつもあの時間に行ってるんだから、その時間は空けといてくれないと困るだろ!」
「……何よそれ。それじゃあ、鍛冶屋は毎日迷宮区攻略でお疲れの攻略組のために、自分の予定よりも優先しろって言うの! あたし達は、黙ってあんた達の武器を手入れしてればいいってわけ?!」
「誰もそんな事言ってないだろ!」
「あんたが言ってるのはそういう事なのよ!」
僕とリズはそれが原因となり口論になる。別に、僕はそこまで言っていない。向こうが勝手に勘違いしただけだ。そう、僕は悪くない。
「もういいわよ! NPCの所でも、別の鍛冶屋でも、好きな所にでも行けばいいわ! その代わりアクア、あんたはもう、ウチの店には出入り禁止よ。あんたの武器のメンテも、ましてや作るなんてこっちからお断りよ!」
「……分かったよ。じゃあ、好きな所に行かせてもらう」
僕はそう言って、血盟騎士団の白いコートを靡かせるように後ろを向き、本部に向かう。
「みんな、僕が団長に報告はしておくから、アイテムの売却なり武器のメンテなり、やっとけよ」
みんなの方は一切見ずにそれだけ言う。アスナを始めとする血盟騎士団のメンバーは僕に対し、心配するような、呆れているような、責めるような視線を送る。だが、リズ自身はそっぽを向いているので、今は気にしない事にした。
どうして、あんな事を言ったのか、自分でもわからない。心の底から思っていたわけじゃない。でも、出てしまった。多分、いつまで経っても気持ちに気づいてくれないせいで、溜まっていたあいつへの不満が、あの瞬間に爆発したのだろう。
現実では、友達と一緒に学校のイケメンやかっこいい教師の話で盛り上がった事は多々ある。あいつの事好きかも、なんて事もあったけど、この世界に来て、所詮はそこ止まりの感情なのだと気づいた。初めてあいつに会った時、体温が上がり、心臓の音がうるさくなったような気がした。勘違いじゃなかった。あれからあいつと話したり、一緒に何かやったらする度に、同じように感じた。あいつと一緒にいる時に感じた感情こそが、“恋”なんだと思う。
「……初恋って実らないんだよね」
確か、ジンクスとか言った気がする。
アクアと喧嘩の後、店に帰ったあたしの目からは涙が溢れた。今までの、あいつとの思い出が一気に蘇った。楽しい事、悲しい事、悔しかった事、嬉しかった事、ワクワクした事、楽しかった事、楽しかった事、楽しかった事……。今は、客の前で笑えない。思い切って今日は、店は開けなかった。
翌日、このままではダメだ、そう思ったあたしは、溜まっていた仕事を終わらせるためにハンマーを握る。
そういえば、このハンマーも、アクアと一緒にインゴットを取りに行って新調したんだっけ。そんな思い出を頭の奥にしまい込んで、ハンマーをインゴットに向かって……、
「リズー!」
突然の訪問者に手元が狂い、見事にインゴットからズレて、机に当てる。ハンマーを持つ腕を特有の痺れが襲いかかる。
「ちょっと! あんた、いつになったら……って、どうせまた平謝りされるんだからいいわ」
「何よその言い方……」
「別にインゴットはまだ叩いてなかったしいいわよ。で、どうしたの?」
すると、その友人アスナは、俯いて話しづらそうにする。そこであたしは察した。耳にはイヤリングをつけ、全体的に装備も綺麗だ。それに、どこか顔を赤らめた様子の彼女。
「ふ~ん。そういう事ね。別に、あたしに気は使わなくていいわよ。で、どこの誰なのよ。こーんな美女に想われてる幸せなオトコは」
「もう、リズ! そんなんじゃないってば!」
「はいはい、アスナの気持ちはよーく分かったから。ほら、剣貸して」
あたしはアスナから《ランベントライト》を受け取る。あたしの作った細剣の中では最高傑作の業物。攻略組の中でも5本の指に入ってもおかしくない名剣だと自負している。
あたしは武器のメンテを始める。別に、雑にやっても出来栄えは変わらない。それでもあたしは、お客さんから受け取った剣を1本1本丁寧に心を込めて研ぐ。これは、あたしが鍛冶屋としてやっていく上で大事にしている事であり、この店をやる上で、お金を一緒に出してくれた人、紹介してくれた人に誓った事だ。
「……リズ。ホントにそのままでいいの?」
「……何が?」
「アクア君との事」
「えっ……うわっ、キャァッ!」
「ちょっ、どうしたのリズ!」
思わず、手元が狂い、アスナの剣のメンテを失敗する所だった。これを現実でやっていたら、間違いなくこの剣は、あっという間に鈍刀になるだろう。まぁ、現実で鍛冶屋をやる気はないが。
「あはは、ごめーん。ちょっとミスった。でも大丈夫。剣は無事よ」
「もう。リズが怪我したかと思ったじゃない」
「この世界じゃ、怪我なんかしないわよ」
無事メンテも終わり、アスナに剣を返す。まだ少しだけ時間があるようなので、椅子に腰掛けてもらう。
「ホントごめんね、アスナ。せっかくあのインゴットも探してもらったのに」
「別にいいよ。ウチの鍛冶もそのインゴットを探してからそのついで。それに、それで槍を作って仲直りすればいいのに」
「無理無理。あたしがあいつを出禁にしたのよ。これあげるから仲直り、なんていかないわよ。それに、アクアは頑固だから、そう簡単には許してくれないと思うわ」
手元にあるアイテム・ウィンドウには《シーライト・インゴット》の文字。青く輝く、海のような輝きを放つ鉱石。パラメータ的にも色的にも、あいつにピッタリだとは思ったんだけどね。これはストレージの肥やしになるか、換金しないとかな。
「そんな事よりあんたの話よ、アスナ」
「えぇっ!」
なぜ、この状況で自分に話が振られないと思ったのだろう。
「かの有名な《閃光》のアスナ様をオトしたプレイヤーって誰なのよ。ほらほら、言っちゃいなさいよ。楽になるわよ」
あたしは、何かに突き動かされるように、ノリノリで聞く。アスナは顔を染めて、俯き加減で口を開く。
「もう、だからそんなんじゃないってば。別に彼とは、そんなんじゃないし……」
「へぇ、これでレモンっていう線が消えたわね。よかったわ、これで世の男はアスナがレズじゃないって安心するわ」
このままいけば、名前も案外楽に知れるかも。アルゴやレモンに売れば儲かるかもね。言わずに弄るネタにしてもいいわね。
「あたしの予想だと、アスナはきっと自分より強い奴を選んでると思うのよ。《血盟騎士団》のNo.2よりも強いとなると、かなり絞れてくるのよね」
それを聞いたアスナは一瞬ビクッとなり、「そんな事ないよー」なんて言ってる。全く説得力はない。これはいける。
「ヒースクリフ……はないわね。アスナがおじさま好みとは思えないし。となると……他ギルドにそんな強い奴いたかな……」
あたしは脳内の攻略組名簿をめくり、名前を探す。しかし、ヒットする者は中々現れない。これで中層プレイヤーならば、あたしでは当てる事は出来ない。
「レットとか? いや、でもそれはないかー。強さ的には、アスナと同じかそれ以下って感じでしょ。それに、あいつはどっちかって言うと、恋人より弟だもんね。あの子、ホントいい子よねー」
「ホントだよね。レット君が作るお菓子は最高だよ。それに、レット君と一緒にずっと取り組んでた調味料が完成間近なの。今度味見してよ」
「いいわよ。確か醤油よね。ここでその味に出会えるなんて……って、話を逸らすんじゃないわよ」
「……すいません」
危ない危ない。うっかり話題を変えられる所だった。
「うーん、後は……。全然分かんないわ。ヒント頂戴、ヒント」
「ヒント……? えっと、じゃあ1つだけだよ」
よし、来た!
「上から下まで真っ黒で、剣まで黒。ホントに真っ黒」
「何それ、あんたのギルドの影武者かなんか? それとも、黒装備にありがちな《隠蔽》へのボーナスに頼るぼっちなコミュ障さんって事?」
「あははは、後者かな? まぁ、影武者並みに危ない事もするけど……」
すると、アスナは席を立ち、扉の方に向かう。
「リズ、私はそろそろ時間だから行くね。今度は別のやつもよろしく」
「待ってるわよ。それと、アスナが片想いする、その黒いコミュ障さんに、ウチの店の宣伝、よろしく!」
「リズはちゃっかりしてるなー。わかったわよ。ちゃんと言っておく」
そして、突然の来訪者は店を出て行った。
「……いいな、アスナは」
アスナは以前まで《攻略の鬼》と言われるほどの人物だった。おそらくその噂の彼は、そんな彼女の心を溶かしたのだろう。
「あたしは、そのフラグを自分で折っちゃったからなー」
一度、その雑念を全てあたまの奥深く、もう二度と出て来られない所に押し込んだ。
リズと喧嘩した日から、今日で2日目。仲直りなんてしているわけもなく、僕はギルドにある自室にいた。その事もあり、他のメンバーが気を遣って団長に僕に休暇を与えるよう頼んだらしい。嬉しいが、寧ろ何もしない方が、逆に悩んでしまう。
「はぁ、あんな事を言うつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「だったら、謝りに行けばいいのに」
「うわっ! ノックしてから入れよ、アスナ!」
僕の席の後ろにいたのはアスナ。攻略を終えて帰って来たのだろう。
「したわよ。アクア君が気づかなかっただけ。解錠出来たから入っちゃった」
「……無用心ですいませんでしたね。で、どういう意味?」
僕は少し不機嫌になりながら問いかける。アスナはそれを気にする様子もなく、答える。
「そのままよ。今からリズの所に行って、謝るの。リズも、仲直りしたがってるわよ、きっと」
「謝っただけじゃ許してくれないって。リズは結構頑固だから。自分が言った事はそう簡単には撤回しないよ」
それが問題だ。彼女は頑固。つまり、一度謝って許してもらえなかったら、もう二度とこちらからは何も出来ない。向こうが謝ってくれる可能性は低いので、関係の修復は見込めない。
「……もう、焦れったいわね! つべこべ言わずに行くわよ、アクア君!」
「えっ、ちょっ! 僕まだやる事あるんだって! あっ、首締まってる! 離せって! っていうか、どこにそんな力あるんだよ!」
アスナのステータスを無視した力により、僕は部屋から引っ張られる。その光景を見ていた団員もいるわけで、これは面倒な事になりそうだな、なんて場違いな事を考えていた。
「じゃあアクア君、準備はいい? 自分の気持ちをそのままリズに言うんだよ」
「……分かってるよ。僕も男だ。ここまで来たらちゃんとやるよ。失敗したら、フォローよろしくな」
「そうやって保険をかけないの。アクア君、ちゃんとしてるのにどこか女々しいよね」
「今この状況で女々しいとか言う? 自信無くなって来たんだけど……」
しかしアスナはそれには答えず知らんぷり。もうここからは、自分の力でやれと、そういう事かよ。
「よしっ! じゃあやってやんよ! 男アクア、「ストップ!」……なんだよアスナ」
気合を入れようと、どこかの野武士面リーダー風に言おうとした僕を止めるアスナ。今度は何なんだ……。
「なんか、クラインさんはアクア君に合わないよ。いつも通りがいい」
「ああもう! じゃあどうすりゃいいんだよ! クラインはダメで、女々しいから僕もダメなんだろ。じゃあ誰だよ!」
「だからそれそれ。そのツッコミ風な感じ? アクア君はそれがいいよ。私好きだよ、それ」
もうどうにでもなれ……。
しかし、ドアは開かない。店は閉まっていた。
「あれ? どうしたんだろ?」
「いないの?」
「そうみたい」
出端をくじかれた感じで調子が狂う。何気なくウィンドウを開き、フレンドリストからリズの居場所を探す。しかし、そこに表示されたのは《unknown》の文字。
「……嘘だろ」
フレンドリストから探せない場合は3種類ある。1つは非表示設定になっている場合。2つ目は迷宮区またはそれに似たエリアにいる。3つ目は、考えたくもなかった。
「私、黒鉄宮に行ってくる」
アスナがそう言って転移門に向かった。線は引かれていないという知らせはすぐに来た。僕とアスナは、リズの無事を信じ、この広大なアインクラッドを探し回る事にした。
「ごめんキリト。多分、今のあたしじゃ、あんたが望む程の剣は作れそうにないわ」
あたしは、キリトの手にあるインゴットを受け取らず、そう言った。我ながら、実に惜しい事をした。こいつの実力は攻略組トップクラス。こいつの剣を作れば、この店の評判は上がるはずだ。でも、今のあたしにはそれを作る自信がない。
「言ったでしょ。アクアと喧嘩したって。あいつがいたから、頑張って来れた。でも、自分の気持ちを伝える前に、関係自体が壊れちゃった。仮想世界のデータの中で、初めて確かなものだと思えた。そんな私情で武器を作らないなんて、鍛冶屋失格ね、あたし」
キリトはインゴットを持った左手を下ろす。俯き加減で表情は分からないが、怒っているのだろう。一緒に採りに行かせといて、武器を作らないんだから。
「確かに、リズの言う通り、この世界は所詮データの集合体だ。俺とリズがここで会っていても、現実世界の俺達の体はベッドの上だ」
キリトは、顔を上げてそう言った。
「リズとアクアの出会いだって、そんなデータの1つに過ぎない」
多分、気持ちを伝えられなかった原因の1つにはそれがあるのだろう。
「でも俺と君は、確かにここで出会って、一緒に冒険した。リズは、アクアと会って、大事な事を学んで、頑張ってた。そして恋をした」
普段なら、説教とは少し違うけど、そういう事を言われるのは嫌いだ。でも、今はその言葉1つ1つが胸に染みる。
「それは、間違いなくデータじゃない。リズは確かにここにいる。そして、抱いた気持ちは本物だ。俺が、リズと冒険して楽しかった事も、一緒に生き延びて嬉しかった事も」
「アクアと会って、楽しかった事も、嬉しかった事も、悲しかった事も、好きになった事も……?」
あたしは、キリトの言葉に続けるように、そう呟く。小声だったが、キリトには聞こえていたようで、「そうだ」と言って頷く。
「そして、その時に感じた暖かさとか、鼓動とか、それは全部本物なんだ」
ここに来てくれる事が当たり前で忘れてた。あたしは、ずっとあいつの暖かさを感じてたかったんだ。だから、毎日のように来てと頼んで、色んな話をしていたんだ。あの鼓動が、すごく心地よくて、ずっと感じてたかったんだ。
「喧嘩しても、また仲直りすればいい。関係が崩れても、また築けばいい。リズなら、必ず出来るよ」
「うん……!」
その時、ドアが大きく開いた。
「リズ……ッ!」
ドアが開けっぱなしな事などお構いなしに店に飛び込んできた青。それはあたしと目を合わせるとすぐにこちらに来た。そして、
「えっ……!」
ギルド任務外の時にいつも装備する青いコートを身に纏ったアクアとあたしの距離は数ミリもない。文字通りあたしは、アクアに抱きつかれている。その時、何者かが中に入り、そっとドアを閉めたのが見えたが、あたしは今それどころではない。
「ちょっ……アクア……?」
これが攻略組トップギルドNo.3のSTR値の高さかぁ、なんて感想を考える事さえ出来ない。いきなりの出来事に動揺しているのか、それともアクアだからなのか、身動き1つとれず、とる気にもならない。
「……よかった。ホントっ……よかった」
普段から、どこか弱々しい所があるアクアだが、今日の彼は一段とそうだった。声は今にも消えそうで、ここからは見えないが、表情も容易に予想出来る。
「……離してよアクア。恥ずかしいし、それに……」
「もう少しだけ、このままでいさせてくれ」
アクアがこんな事を言うのは初めてだ。いつも彼は、必要以上に踏み込んで来ない、そんな印象だった。
セリフ、雰囲気はこの状況にピッタリだが、それを汚す唯一の存在《ハラスメント警告》。それが今の、あたしの視界には出ている。指は動かせる。つまり、あたしが《Yes》を押せば、アクアはこのまま監獄エリアに直行だ。でも、あたしはアクアに気づかれないようにそっと《No》を押した。
しばらくして満足したのか、離れようとするアクア。あたしもアクアの背中に手を回し、それを阻止する。
「……なぁリズ。今更だけどさ、ハラスメントのやつ、出てんだろ。嫌だったら、押していいんだからな」
なんて、本当に今更な事を言うアクア。せっかく、少しは積極的な所もあるなぁ、なんて思ったのに。
「じゃあ、押させて頂きますね」
「えっ、ちょっ、そりゃ勘弁してくれ! 今すぐ離れるから!」
面白いぐらいに焦るアクア。流石にその勢いはあたしでは止められず離れた。それでも、アクアの熱がまだ残っている気がする。
「……えっと、その……。ごめん、色々と。あっ、色々って言うのは、今の抱きついたやつの事で….…。この間のやつは……ホントマジで、反省してる」
焦りからか、照れからか、いつもは考えられないほど、思考が追いついていないアクア。
「はははっ、嘘よ。とっくにそんなの消したわよ」
「よ、よかったぁ……」
安心した表情のアクア。しかし、そんな彼に向けて放たれた言葉があった。
「アクア君、ここまで来て、やらないはなしだよ」
いつの間にかキリトの横にいるアスナ。同時に、キリトがアスナの想い人だと気づく。
「……わかってるよ。よしっ……」
自分を鼓舞したアクアは、真剣な表情であたしを見る。
「恥ずいから一度しか言わない。よく聞いてくれ」
「う、うん」
いつもとは違う雰囲気に少しドキドキする。その顔は何かを決意した顔だ。
「リズ。僕は、君の事が好きだ。僕と、結婚して欲しい」
…………。えっ?
「ええぇぇぇぇッ!」
いきなりの告白。その言葉があたしに向けてだという事さえ、理解するのに時間がかかった。一瞬でキャパオーバーになってしまう。
「ど、どういう事? 結婚してくれって聞こえたんだけど……」
「だから、そう言ったんだよ」
「でも、何で……。他にも素敵な子は、ギルドにもいっぱいいるでしょ」
あたし、何言ってんだろ。嬉しい、嬉しいはずなのに。初恋で、ずっと好きだったのに。
「何でって、好きだから。これ以外に理由いる?」
「でも、あたし
初恋だからこそ、信じられなかった。あたしにとって、好きになる事は、憧れでもあった。憧れは、自分にとって遠い存在。その相手に告白されるなんて、思うはずがない。
「勝手に、人の好みを決めるなよ。それに、
目頭が熱くなった。するとすぐに頬を雫が伝う。嬉しかった。本物だ。あたしが、この世界で求めたもの。
「….あたしもッ、好き。あんたが、アクアだからッ。だから…………よろしくお願いします」
結婚を申し込まれた時の返しなんて分からないから、自信がない。でも、もう一度アクアは抱き締めてくれた。ちゃんと、伝わったはずだ。
「アクア、渡したいものがあるんだ。今なら、ちゃんと出来ると思う」
そう言うと、あたしはストレージを操作しながら炉と向き合う。オプジェクト化した青黒い鉱石。中に入れ、取り出すとオレンジに光り、熱を帯びているのが分かる。
「キリト。あんたの作るの、後ででいい?」
「ああ。作ってくれるならそれでいい。今は、アクアにな」
「頑張って、リズ!」
2人も応援してくれている。まだ、アクアの熱を感じてる気がする。キリトから言われた事、すごく分かる。そういうのをシンプルに全部込めてハンマーを振り下ろす。
何回、叩いたのだろう。途中から、数えるのはやめていた。ただ直向きに真っ直ぐ、気持ちを込める。そうすれば想いは必ず形になってくれる。
「……出来た」
以前、アクアに作った《オルトロス》を超える輝きの深い青。ランスをそのまま小さくしたような形の《片手槍》。
「アクア、受け取って。今まで使った槍の中でも、断トツの出来よ」
「……! いい槍だ。これ以上の言葉が見つからないよ。流石リズだ。ありがとう」
「名前は《
「大事にするよ。この槍で、必ず君を現実に返してみせる」
「うん。待ってる」
キリトとアスナが拍手をしてくれる。普通に照れ臭いが、嬉しい。
「リズ。結婚式的なのは、やらなくてもいいかな?」
「……別に、いいけど、どうして?」
「君のウェディングドレス姿は、ちゃんと、現実で見たいから。やりたいなら、何とかするけど」
「ううん。あたしもそれがいい」
あたしは、アクアに思いっきり抱きつく。
「アクア、大好きッ!」
「うん。僕もだよ、リズ」
【DATA】
・アクア(Aqua)
二つ名:流水の槍兵
年齢:16(2024年6月現在)
身長:169cm
体重:51kg
誕生日:2008年
容姿:織斑一夏(IS)の髪を濃い茶色にした感じ。
次回もお楽しみに!