このゲームが始まって1ヶ月が過ぎた。その間に約2000人が死んだ。にも関わらず、未だに第1層を突破出来ていない。俺はベータテスターであるナイトと組んでいるが、まだボスの部屋すら見つけられていなかった。だが、遂に今日、2022年12月2日、ここトールバーナで第1層ボス攻略会議が開かれる。
「はーい! それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす!」
青髪の片手剣使いの男がそう呼びかける。俺とナイトは少し後ろだが、全体が見渡せる位置に腰を下ろした。
「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう。俺はディアベル。職業は……気持ち的に
ディアベルのそんな冗談に集まったプレイヤーたちは緊張が解れたようだ。笑っている者や「職業システムなんてないぞ」なんて言っている奴もいた。まぁ、俺たちは違ったが。
「おい、ナイト聞いたか? 気持ち的にナイト(夜)やってます、だってよ。お前と同じだな」
俺がふざけてナイトに話しかける。ナイトのキャラネームは〝夜〟という意味の〝ナイト〟。思わずからかいたくなる。
「オレは騎士じゃなくて夜。分かって言ってんだろ。それにしても、アイツは中々いいリーダーになりそうだ。たった一言で集まった奴等をリラックスさせやがった」
ナイトの言う通り、ディアベルはいいリーダーだと思う。他のゲームではギルドリーダーだったのだろうか。これがただのゲームだったら、彼はもっと大胆に行動が出来ていたのではないだろうか。
「今日、俺達のパーティがあの塔の最上階で、ボスの部屋を発見した」
集まったプレイヤーが騒つく。攻略会議と分かっていても、中々見つからなかっただけに素直に驚く。
「俺達はボスを倒して第2層に到着し、このゲームがいつかクリア出来るって事を《はじまりの街》で待っているみんなに伝えなくちゃならない。それが、今この場所にいる、俺たちの義務なんだ。そうだろ、みんな」
実にカッコイイ。あれが作っているキャラなら相当腹が立つ。だから、元からこんなイケメン野郎なんだろう。
集まったみんなからは拍手は指笛をして、ディアベルの心意気を称える。
「オッケー。それじゃあ、早速だけど、攻略会議を始めたいと思う。6人のパーティを組んでみてくれ」
俺とナイトは取り敢えず2人で固まる。周りを見たところ、多くは仲の良い者同士で組んでいる。おそらく、俺たちが後から入れるパーティはないだろう。だから、同じく溢れ組の片手剣士と赤いローブの細剣使いに声をかけた。
「なぁ、そこの黒髪の女顔と赤いローブのフェンサーさん、オレ達とパーティ組まねぇか?」
ナイトがいきなり失礼な誘い方をする。最近、彼はとにかく失礼な奴だという事が分かった。だんだん素が出てきているのか、言葉遣いが悪くなっている。
「……女顔って…………。でも、よろしく頼む」
「……私もいいわ」
ナイトがパーティ申請を送ると、2人ともすぐに○を押した。俺の目線の左上に《Kirito》と《Asuna》という名前が追加された。
「えっと、キリトさんとアスナさん? 俺はスカーレットです。レットって呼んでください」
「よろしく、レット」
「……よろしく」
フェンサーさん改めアスナさんはあまり話してくれない。まぁ、女性プレイヤーが圧倒的に足りないこのゲームでは仕方ないだろう。
「よーし。そろそろ組み終わったかな?」
「ちょー待ってんか?」
話を進めようとしたディアべルを遮って、特徴的な髪型の関西弁の人が来た。
「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたい事がある」
名前はキバオウというらしい。つまり……〝牙王〟って事か……。
「こん中に、今まで死んで逝った2000人に詫び入れなアカン奴等がおるはずや!」
キバオウは指を指しながら、そう叫ぶ。言いたい事は理解出来た。ナイトはそうでもないが、キリトさんが少し暗い顔をしている。キリトさんは元ベータテスターなのだろう。
「キバオウさん、あなたが言う奴等とは元ベータテスターの事かな?」
「決まってるやないか! ベータ上がり共はこのクソゲームが始まってすぐ、ビギナーを見捨てて消えよった! それに奴等は旨い狩場やボロいクエストを独り占めして、ポンポン強ぉなって、その後もずぅーと知らんぷりや!」
それは違う! 少なくとも、ナイトは俺を助けてくれた! ここに来る前に会ったアルゴさんも俺たちに情報をくれた良い人だ!
そう言いたかったが、俺には言えなかった。現実世界にいた頃から、自己主張をする事をどこか諦めていた俺には、ここでそれを言えるだけの勇気はなかった。
「こん中にもおるはずやで、ベータ上がり共が! そいつらに土下座させて、溜め込んだコルやアイテムを吐き出してもらわんと、パーティメンバーとして命は預かれんし、預けられへん!」
仁王立でそう言ったキバオウの言いたい事は分からなくもない。俺も、ナイトがいなかったらあいつと同じ考えだっただろう。でも……。
ピコンッ。
「な、なんや!」
「はははっ! なんや、じゃねぇだろ、トンガリさん。オレはナイト、よろしく。つぅーかよ、お前の頭は乾いたスポンジか? いい意味で」
使い方……絶対間違ってる。
「な、なんやと!」
「よく見てみろよ。そこにはオレの溜め込んだコルやアイテムがある。もちろん、オレが普段使ってる装備もな。欲しいんだろ、やるよ」
広場全体に、衝撃が走る。ベータテスターであるナイトが本当にアイテムやコルを吐き出したのだから。俺自身も驚いている。
「でも……それを受け取るって事は……今回のボス戦は負け戦って事だよな。だって、オレはお前ら以上に情報を持ってる。戦い方も熟知している。なのにそのオレを戦力外にするんだ。今回の討伐戦、勝てる確率が大分下がったぜ」
相変わらずの高圧的な話し方。人を見下し、煽る態度。現実世界では、極力関わりたくない。
「発言いいか?」
一触即発。ナイトとキバオウの間にはそんな空気が流れていた。それを止めるためか分からないが、スキンヘッドの大男が手を挙げる。
「ああ」
「俺はエギルという者だ。キバオウさん、まずは彼にコルやアイテムを返してやってくれ」
キバオウはエギルと名乗る男の容姿にビビったのか違うのか分からないが、渋々といった様子でナイトに全てを返す。
「キバオウさん、俺たちには別に情報がなかったわけじゃない。このガイドブック、あんたももらっただろ。道具屋とかで無料配布してた」
それを聞いたキリトさんが俺に小声で聞いてくる
「なぁ、レット。ガイドブックって無料だったのか?」
「あ、はい。アルゴさんっていう人がナイトに会いに来て、俺はその時もらいました。ナイトは少し残念そうな顔をしてましたけど……」
『ナー君、久しぶりだナ。そっちの子は初めましてだナ。オレっちはアルゴダ。よろしくナ』
『よろしくお願いします、アルゴさん。俺はスカーレットです。長いのでレットって呼んでください』
『分かったヨ。オレっちは情報屋なんダ。ベータの頃から“鼠のアルゴ”で通ってタ。これからもご贔屓を、スー坊』
なんて感じの出会いをしたのを思い出した。まさか〝レット〟って呼んでと言ったら〝スー坊〟って呼ばれるとは思わなかった。いやー、いいキャラしてるなー。
隣でキリトさんは「俺は500コル取られたぞ」とか言ってるが今は気にしない。ていうか、このやり取りの間に一通り解決したらしい。
「実は先程、ガイドブックの最新版が発刊された。ボスの情報だが、この本によると、ボスの名は《イルファング・ザ・コボルトロード》。そして、《ルイン・コボルト・センチネル》という取り巻きがいるらしい。ボスの武器は斧とバックラー。4本あるHPバーの最後の一段が赤くなると、曲刀カテゴリの《タルワール》に武器を持ち変え、攻撃パターンも変わる、という事だ」
ディアベルはそう説明した。その後、作戦や各パーティの役割、アイテムや経験値の分配法などを確認した後攻略会議はお開きとなった。
俺とナイトはキリトさんとアスナさんが座っている所へ行った。
「キリトさん、アスナさん。俺も座っていいですか?」
「ああ、いいぞ。よかったらこのクリーム使うか? まだあるから」
すると、俺ではなく、あの男が反応する。
「センキュー、キリト。気が効くなー。おかげでコレ、節約出来たわ」
そう、俺たちはこのクリームがもらえるクエスト《逆襲の雌牛》を何度もやっている。なぜかって? 大の甘い物好きらしいナイトが第1層中はコレが必須だ、と言い無駄に受けまくったからだ。
「持ってるなら勝手に使うなよ!」
「いいじゃんいいじゃん。硬いこと言うなよ《ゴキブリ剣士》」
「その呼び方をするな! 何度言ったら分かるんだ、ヴァイス!ってあれ? お前……」
いきなりとんでもない呼び方をしたナイト。失礼にもほどがある。
「正解だぜ、相棒。改めて自己紹介。オレはナイト。ベータテスト時はヴァイスって名乗ってた。よろしく、そしてまた頼むぜキリト」
どうやら2人はベータ時代に知り合いだったらしい。
「……ああ、よろしく。ナイト、また一緒に出来て嬉しいよ」
「オレもだ」
2人は男同士の熱い握手を交わしている。一方、俺はというと……。
「アスナさん、俺たち空気ですね」
「そうね。レット君、あなたにお願いがあるんだけど……」
「何ですか?」
「あのクリーム、余ってるなら頂戴」
「……いいですよ。俺はどちらかと言うと辛党ですから」
こんな緩い感じだが、俺たちは明日、この世界で初のボス戦を行う。必ず勝って、この世界から帰還してみせる。
【DATA】
・no date
次回もお楽しみに!