「DDAが?」
キリトさんは昨夜、リンダースにて、ギルド《聖竜連合》に待ち伏せをされ、情報と例の槍を巻き上げていかれたらしい。
「シュミットさんと言えば、《聖竜連合》のタンク隊のリーダーですよね。あのバカみたいにデカい槍の」
「そそ。高校の馬上槍部主将って感じの」
「そんなのないですよ、キリトさん」
「あれ? 何かレット、機嫌悪い?」
「別に、何でもないですよ」
俺は顔を背けながら答えた。否定はしたが、確かに機嫌が悪い。理由は簡単だ。昨夜、散々人の胸に槍を突き刺したあの狐が盛大に遅刻しているからだ。もうすぐ1時間が経過する。
「あ、レット君。レモン、今起きたって」
ホントに一発殴ってやろうか、あの狐。
「ところでキリト君。そのシュミットさんが犯人、なんてセンはないわよね?」
「断定は出来ないけど、多分ない。最初から武器を残すわけないしな。むしろあの槍は、レットも言ってた通り、犯人のメッセージだとしか思えない」
「見せしめとしか思えない殺し方。武器の名前。PKのパフォーマンスと言うより、公開処刑だったと考えた方がよさそうね」
キリトさんがシュミットさんと会った事で、この事件が無差別ではなく、犯人と被害者に何らかの関係性がある確率が高まった。殺されたカインズさん、槍を作ったグリムロックさん、そしてシュミットさん。彼らには何か共通点があるはずだ。
「整理してみましょう。動機は、カインズさんが過去に犯した罪への復讐、もしくは制裁。そしてそれに対する罰という犯人からのアピールって事ですね」
「そう考えると、シュミットさんはむしろ、犯人ではなく狙われる側。彼はカインズさんと共に罪を犯した。そのカインズさんが殺されて焦って動いた」
俺たちが一通りの整理を終えた所で、レモンさんは到着した。
「ゴメンゴメン。目覚ましが壊れてて……」
「レモン……。SAOに目覚ましはないぞ」
「ギクッΣ!」
「言葉にはしなくていいから……」
レモンさんのボケがある程度完結した所で、昨日の実験のまとめを話してもらう。
「キリト、アスナ、聞いてもらってもいい? 実はね、昨日の夜、解散した後にレットと実験したの。これがその結果をまとめたメモで……。その下がウチなりの考察なんだけど……どうかな?」
俺ももう一度、そのメモを見る。流石情報屋、情報の取捨選択がよく出来たメモだ。とても分かりやすい。だが、メッセージとは違い、この世界のメモも紙とペンを実際に使って書くため、彼女の字が汚いのが難点だ。
「すごいな……。レモン、これで調べる内容がぐっと減ったよ。これは楽になったな」
「ホントね。ちょっと読みづらいけど……」
「う、うるさいなぁ……。アスナ、厳しいーよー」
ちなみに、俺たちは少し遅めの朝食を食べている。自作のお弁当だったため、キリトさんに食べられそうになっている。
レモンさんは今日、どうやら、例の干物を炙るための道具を買って来たらしく、今まさにやっている。
「ねぇ、レモン。それ、何? 美味しいの?」
「うん、美味しいよ! 《フロッグリザードの干物》。エギルから買ったんだ。いる?」
「ううん……いらない」
キリトさんも1つもらっていたが、何とも言えない顔をしていた。結局、美味いのか不味いのかも分からない。
「……何見てるの?」
「えっ……あ、いや……。えーと……そのドロっとした奴、美味い?」
「……美味しくない」
すると、干物を1つ食べ終えたレモンさんがアスナさんに言う。
「そういえばさ、アスナの服可愛いね! ウチ、昔から陸上ばっかりで、オシャレとかよく分かんないんだよねー。だからそういうの、憧れちゃうなー!」
レモンさんがアスナさんの服装を褒める。今日のアスナさんの服はおそらく私服だ。ピンクとグレーのストライプ柄のシャツに黒のレザーベストを重ねている。さらに、レースのフリルがついた黒いミニスカートにグレーのタイツ。おまけに靴はピンクのエナメルで、頭に同色のベレー。結構キマってるし、ファッションに疎い俺でもこれはセンスがあると思う。
「ありがと、レモン。じゃあさ、今度私の知り合いの針子さんの所行かない? 一緒に行ってあげるから」
「うん! 行きたい! ありがとうアスナ!」
何か、よく分からない約束が交わされた。現実の頃から、女子のそういうのはよく分からない。
「俺とアスナの思いついた疑問は、ほとんどレモンとレットが解決してくれたし。そろそろ、ヨルコさんの所に行こうか」
キリトさんは何を思ったのか、急に話を変え、ヨルコさんの元に向かう。何を考えていたか、顔を見れば分かるが。
俺とレモンさんはヨルコさんとは面識がない。それに4人で押しかけるのは流石にやめた方がいいという事になり、先にレストランで待っていた。
「レモンさん、どうですか? 何か分かりましたか?」
「昨日以上のは何も。アルゴちゃんにもこの事は相談したけど、さっぱり分からないって」
アルゴさんでも分からないとなると、それこそ何か、システム上の抜け道しか考えられない。
「お待たせ、レモン、レット君」
アスナさんとキリトさんがレストランに来た。その後ろにはブルーブラックの髪の女性。俺より年上、かと言って20ではなさそうな印象だ。
「えっと、ヨルコさんですよね。初めまして。スカーレットと言います。レットで大丈夫ですよ」
「ウチはレモン。よろしくねヨルコちゃん」
どうやら、レモンさんは初対面でろうと女性にはちゃん付けらしい。
「よ、よろしくお願いします」
ヨルコさんも朝食を済ませていた。唯一済ませてなかったレモンさんが食べ終えた(今回は払わせた)のを確認し、話し始める。
「まずは報告。黒鉄宮の《生命の碑》を確認してきたんだ。カインズさんは、あの時確かに亡くなってた」
キリトさんの言葉にヨルコさんは瞑目してから頷いた。
「そうですか。ありがとうございました。わざわざ遠い所まで……」
「ううん、いいの。それに、確かめたい名前が、もう1つあったから」
アスナさんがそう言った。ここからが俺たちが確認しておきたい事、本題だ。
「ねぇ、ヨルコちゃん。《グラムロック》って鍛冶職人と、《シュミット》っていうDDAの槍使い、この2人の事、何か知らない?」
俯き加減だったヨルコさんがその名前に反応した。やはり、何か関係があったのだ。
「……はい、知ってます。2人とも、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」
「失礼ですが、ヨルコさん。所属していた、という事は、今は違うんですよね。何か抜ける理由とかがあったなら……」
次は俺が聞く。4人で交代に質問しているせいで、どこか尋問じみた感じになっているが、それは仕方ない。
「いえ。私達というか、みんなです。私達のギルド《黄金林檎》って言うんですけど、その、解散したんです。ギルド内で揉め事があって、もう修復不可能なぐらいな事が……。今でも、思い出したくないぐらいの事が……」
ヨルコさんは目の前のお茶に手を伸ばし、一口だけ飲み、テーブルに戻した。
「あの、ヨルコさん。その揉め事、大丈夫なら教えてほしいんだ。すごく、言いにくいんだけど俺達、今回の事件を《復讐》や《制裁》だと思ってる。カインズさんはまさにその揉め事のせいで恨まれ、報復されたんじゃないかと……」
ヨルコさんは顔を上げ、少し目を見開いた。そして再び視線を下に戻し、静かに頷いた。
「……はい、わかりました。本当は、昨日お話するべきでしたよね。でも、思い出したくないし、そうかもと思ったりもしましたが、無関係だと信じたくて……。でも、お話しします。その揉め事、《出来事》のせいで、私達のギルドは解散、消滅したんです」
「その指輪がキッカケで、ギルドが解散。そして、今回の事件ですか……。黄金林檎のリーダーの死因とカインズさんの死因の一致。俺、偶然とは思えません」
あの後、ヨルコさんから《指輪事件》の発端からギルドの崩壊までの話を聞いた。
「そうだねー。貫通属性ダメージは、人型のmobもあんまり使う奴はいないし。どう考えてもPKだろうね」
俺たちも当時の黄金林檎のメンバーも皆、彼女は《睡眠PK》で殺された、と考えている。ラフコフ達が率先して考え出した、システム上の抜け穴。今でこそ、対策は多く考えられているが、当時はそれほど広まっていない。
「それにしても、偶然ってあるもんですね、レモンさん」
「んー? 何が?」
「名前ですよ名前。
「あーそうだねー。レットにはそういう相手っていないの?」
「へっ……な、何でそんな事聞くんですかΣ!」
レモンさんの急な質問に俺は慌てる。シリアスな雰囲気にそんな質問を打ち込まれたら誰だってこうなるだろう。
「いやぁ、だってさ。レットって結構紳士だけど、割と幼いじゃん。女の人にも慣れてる感じだけど、こういう話題どころか下ネタへの耐性もない童貞君でしょ。そういう事、考えたりしないのかなぁって」
このセリフの中に果たしていくつ俺を困惑させる言葉があったのか。とにかくテンパっていた俺にはわからない。
「そ、そりゃもちろん童貞ですし、一応男ですから、考えない事はない事もなくもない事はないわけがないですけど……」
「結局どっちなの?」
「と、とにかく! 運命の相手がいるかは知りませんけど……。す、好きな人ぐらいは……」
「うわぁ、レット可愛い~! ほれほれ、どんな子なの? どこが好きなったの? デートっぽい事とかした?」
レモンさんはここぞとばかりにグイグイ攻めてくる。アルゴさんではないから、あらぬ情報まで売ったりはしないだろうが、いい気分はしない。
「~~ッ! 俺ばっかりなんて不公平ですよ! レモンさんはないんですか? 自分の恋バナとか」
「ん? ウチ? そんなのないよ」
平然とした顔でサラリと言われた。この人、アクアさん曰く今は15歳だぞ。なのに恋バナ1つないってどういう事ですか?
「いやいや。1つぐらいありますよね? アクアさんとは幼馴染なんですよね。一回でも好きになったりとか……」
「ないね」
バッサリ即答ですか……。逆にアクアさんが可哀想。
「レットさ、スイがホントにカッコいいとか思ってる?」
「どういう意味ですか?」
「ウチだって、スイは
「例えば?」
「運動音痴。普通に音痴。そしてゲーマー。顔は良くてもねぇ、ここまで超インドア派だと、運動部でゲームとは無縁の人生を送って来たウチとは合わないんだよねー。因みに、ウチのタイプは年上の人だよー」
SAOをやっている時点で、あなたもゲーマーなんじゃ……って、俺が言えた事じゃないけど。そして年上好みらしい。
「因みに、ゲームはDS?とか言うのとかも入れてもこれが初めて。SAOはスイに誘われたんだ。ウチが陸上で伸び悩んでたからさ」
「へぇ。何か、思ってたのと大分違いますね」
「違うね。でも、ホントはあれが本来のスイなのかも。昔から変な所で行動力あったし」
レモンさんはどうやら勘違いしているようだ。
「俺が言ったのはレモンさんの方ですよ」
「え?」
「だって、レモンさんはすげぇ強いじゃないですか。ゲーム初心者で強いなんてアスナさん以外にもいたんですね」
俺は素直にビックリした。
「まぁ、ウチクラスの人間だったら、これぐらい朝飯どころか夕飯前だよ。あ、やっぱ夕飯は抜きたくないや」
普通に調子乗ってる。でも、レモンさんの才能が発揮されたのは、このゲームのジャンルがVRMMOだからだろう。
「おーい、2人共! 昼飯行こうぜ!」
ヨルコさんを宿屋に送り届けたキリトさんたちが戻って来た。
「行く! すぐ行く! 今すぐ行く!」
そして、飯と聞いた瞬間、AGI極振りのプレイヤーもビックリのとんでもない速さで反応するレモンさん。やっぱハンパないよ、この人。
「50層にある俺の知ってるメシ屋でいいよな」
50層のメシ屋と言えば、以前ナイトに連れて行かれた、胡散臭過ぎるラーメン屋擬きを思い出す。とにかく味の薄い麺料理が出てきた。そして俺はあれをラーメンとは認めない。ついでに食べたお好み焼き擬きは、食べた後しばらく、1層の頃よく食べた黒パンが美味く感じた程だ。
そんな俺の考え事なんか知りもしないキリトさんとおそらく《圏内事件》なんてすっかり忘てそうな顔のレモンさん。転移門の前で待っていたアスナさん。そんな3人+俺は50層主住区《アルゲード》に向かった。
「あのー、キリトさん。誰を待ってるんですか? もう30分経ちますけど……。それに……」
俺はアスナさんの方に目をやってから続ける。
「アスナさんがさっきからスゴく緊張してる感じで、空気が硬いんですけど……」
「まぁ、仕方ないかな。誰が来るかは来てからのお楽しみだ。お前も知ってる奴だぞ」
嫌な予感がする。もしかしてアルゴさんではなかろうか。あの人はホント面倒くさい。でも、それではアスナさんの様子が説明つかない。それに、アルゴさんなら、レモンさんはあんな風に干物を食べずに、もっとはしゃいでいるはずだ。一体誰なのだろう。
「お、来たみたいだぜ」
転移門が光り、そこにシルエットが浮かび上がる。確かに、どこかで見た姿だ。でも一体……。
「やぁ、すまないな、遅くなってしまって。さっきまで、経理のダイセン君達と会議があってね」
転移門から現れた彼の姿に、周りの人々は激しく騒めく。暗赤色のローブに銀髪気味の長髪を束ねた、まるで《魔道士》の様な姿をした、アインクラッド最強の剣士。
「ひ、ヒースクリフΣ!」
あのレモンさんが持っていた干物を落とし、あんな表情をするなんて。おそるべし、ヒースクリフ団長。
そういう俺も絶句していた。余談だが、俺は彼の持つ絶対的な強さのせいでさん付けが出来ない。そのため、メンバーでもないのに“団長”を付けて呼んでいる。
「突然のお呼び立て、申し訳ありません団長! このバ……いえ、この者がどうしてもと言って聞かないものですから……」
アスナさんは効果音が付きそうな動作で敬礼をする。あの
「何、ちょうど昼食にしようと思っていた所だ。かの《黒の剣士》キリト君にご馳走してもらえるなんて滅多にないだろうしな。それに、《紅鬼の鬼神》スカーレット君、《狐のレモン》君とお話しもしてみたかったからな。夕方からは装備部との打ち合わせにアクア君と今後の攻略についても話し合わなくてはならない。それまでなら付き合える」
あのヒースクリフ団長と一緒に飯を食べるなど、一体誰が想像しただろうか。こんな事、キリトさん以外にはやろうとする人なんていないだろう。
その後、キリトさんが人によっては失礼だと感じるような態度でヒースクリフ団長に話しかけ、メシ屋に案内する。その道中、ヒースクリフ団長から、俺の《
「……帰りもちゃんと案内してよね。私もう広場まで戻れないよ」
「大丈夫だよ、アスナ。ウチはもう道覚えたから」
レモンさんが驚異的な記憶力を告白している中、俺は驚愕する。キリトさんが連れて来た店は、あの、例の、忌々しい記憶のメシ屋だったのだ。
「き、キリトさん……。この店なんですか……?」
「どうしたレット。もしかして来た事あるのか?」
「……はい。ナイトに連れて来られたんですよ。ホントに……こんな物があるなんて……」
「……ドンマイ。そして悪い……。でも我慢してくれ」
俺は逃げようとしたが、キリトさんに捕まえられた。そのまま引っ張られるように店の中に連れて行かれる。狭い店内の4人がけと2人がけのテーブルをくっつけて5人で座った。その後、《アルゲードそば》を頼んだ。
「何だか……残念会みたくなってきたんだけど……」
「レット、顔色悪いけど大丈夫?」
「ダイジョーブダイジョーブ。ナントカナルヨ」
ほんとヤバイ。正直、トラウマレベルだ。
「まぁ何とかなるだろ。それより、忙しい団長殿のためにさっさと本題に入ろうぜ」
調子の悪い俺をほっといて、話を始めたキリトさん。アスナさんとレモンさんが昨日の事件やその考察について話す。
「では、まずはキリト君の推理を聞こう。君はどう考えているのかな?」
「まぁ、大まかには3通りだよな。正当なデュエル、既知の手段の組み合わせによる抜け道、未知のスキルまたはアイテム」
「3つ目の可能性は除外してよい」
ヒースクリフ団長が即答する。
「……断言しますね」
「想像したまえ。君達なら、そんなスキルやアイテムを設定するかね?」
「まぁ……しないかな」
「何故そう思う?」
お互い、何かを探り合うかのような視線をぶつけ合っている。やはり、この2人はこの世界で最強の2人だろう。
「そりゃ、フェアじゃないからさ。このゲームは基本的に公平を貫いている。レットのオニマルやナイトのユニークスキル、そしてあんたのもさえ除けばな」
「すいません」
思わず誤ってしまう。
「何、スカーレット君が謝る事はないさ。我々から見れば、良い事ばかりじゃないのだから」
そう言いつつもキリトさんの言葉に面白そうにしている。
その後も、レモンさんのメモを元に議論を続ける。だが、結論はほとんど変わらず、無理な可能性が高かったのが、不可能に確定しただけだ。そして同時に、ヒースクリフ団長の博識ぶりに驚く。どっかの野武士面独身カタナ使いとは大違いだ。
そんな感じで話を進めていると、ようやくラーメン擬きが
「……何なの、この料理? ラーメン?」
「まぁ、似た何かですよ」
「レット、食べた事あるの?」
「…………一度だけ」
俺たちはただ無言でラーメンを食べる。最近はこの間よりも料理スキルが上がり、美味しい物を食べていただけに、以前よりもインパクトがある。
「レット、何これ。味がスゴく薄い。ウチいらないから残りあげる」
俺のどんぶりの横にもう1つどんぶりが追加された。俺に拒否権はないらしい。キリトさんが口パクで「御愁傷様」と言った。言うなら代わりに食べてくださいよ……。
「すいませーん! この《アルゲード焼き》くださーい!」
俺とキリトさんは目を丸くした。レモンさんが頼んだのは、あの混沌の味のお好み焼き擬きなのだ。
「……お待ち」
しばらくしてそれは運ばれて来た。
「……うん! ウチこれ好きかも!」
いた。1/10000の適合者。奇跡が起きた。俺は、この日何度目か分からない絶句をする。
「……う、うん! で、団長殿は何か閃いたか?」
スープも全て飲み干し、どんぶりを置いたヒースクリフ。何を言うのかと期待して待った。
「……これはラーメンではない。断じて違う」
右に同じく。
「うん、俺もそう思う」
「では、この偽ラーメンの味の分だけ答えよう」
なぜこの人は、こんなに分かりにくい事をするのだろう。
「現時点の材料だけで
さっぱり分からない。キリトさんも同じような表情をしている。
「……? どういう意味だ……?」
「つまり……」
ヒースクリフ団長は、俺達を1人ずつ見た後、言った。
「アインクラッドにおいて直接見聞きするものは全て、コードに置換可能なデジタルデータである、という事だよ。そこに、幻覚幻聴は決して入り込まない。逆に言えば、それ以外ならば、常に幻や欺瞞である可能性が内包される。この殺人……《圏内事件》を追いかけるならば、己の脳がダイレクトに受け取ったデータだけを信じる事だ」
さっぱり分からない。
ヒースクリフ団長は「ごちそうさまキリト君」と言い、席を立つ。だがその後、こう付け足した。
「本来なら、一次情報以外は幻覚幻聴が混ざる。だが、そんなこの世界でも、ただ1つだけ不確定な物がある。それは我々人間の心だ。これだけは、どんな世界でも、変わらない。私はその可能性を信じている」
最後の最後に意味深な事を言い立ち去ったヒースクリフ団長。それでも最後の「何故こんな店が存在するのだ……」という、彼から聞いた初めての人間味のあるセリフには心から共感した。
「なぁ、さっきのセリフ分かったか、アスナ」
「……うん」
アスナさんはさっきの言葉が分かったらしい。流石は副団長だ。
「アレだわ。つまり《醤油抜きの東京夫婦醤油ラーメン》。だからあんなに侘しい味なんだわ」
「へ?」
「決めた。私いつか必ず醤油を作ってみせるわ。そうしなきゃ、この不満感は永遠に消えない気がするもの。レット君、一緒に頑張りましょ!」
「へ? あ、はい」
何か、巻き込まれた。
「……そうか。2人共頑張れ……。そうじゃなくて! 変な物食わせたのは悪かった、謝る、だから忘れてくれ。そうじゃなく、ヒースクリフの奴ら何か言ってたろ、最後。あれの意味」
アスナさんは頷いて、口を開こうとした。しかし、それに食べ終わったレモンさんが割り込む。
「つまり、伝聞の二次情報を鵜呑みにしちゃダメって事。情報と同じ。裏付け出来てない物は売り物にならないからね。今回の場合、裏付けの仕様がない《指輪事件》は信じちゃダメ。ヨルコさんの話を疑えってこと」
レモンさんの経験談も交えた見事な話は俺達を納得させた。
「でもさ、レモン。確かにヨルコさんの話は証拠はないけど筋は通ってる。裏付けか出来ないからこそ、疑っても無意味なんじゃ……」
「まぁ、それはそうだけど……」
キリトさんの正論に何も言えないレモンさん。割と珍しい光景だ。
「でも、団長の言う通り、PK手段の断定はまだ無理だわ。こうなったら、もう1人の関係者にも話を聞きましょ。《指輪事件》でカマをかければ何かぽろっと漏らすかもしれないし」
「へ? 誰?」
キリトさんはここでトボける。
「忘れたんですか? シュミットさんですよ、聖竜連合の。さぁ、そうと決まれば行きましょう」
「レット」
俺が席から立ち上がると、レモンさんにもう一度座らされる。
「何ですか、レモンさん」
「ラーメンまだ残ってる」
誰のせいだよΣ!
そうツッコみたい気持ちを抑え、伸びきったラーメン擬きを完食した。
【DATA】
・no data
次回もお楽しみに!