ソードアート・オンライン 紅鬼と白悪魔   作:grey

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前回のアルゴを手中に収めたナイトの話ではなく、レット視点に戻ります。

そして、暴食な彼女もいよいよ本格参戦。アインクラッド編で一番やりたい討伐戦に向けて、キャストのキャラを確立させていきます。この話の前半、ふざけてるわけじゃないんですよ。全て彼女のキャラのためですから。


19.災いの種は逆棘の槍

「うおぉぉぉぉぉッ!」

 

 《炎刃(えんじん)オニマル》専用ソードスキル《鬼炎斬》。

 

 真紅色の炎に包まれた刃が、植物型のフィールドボスを斬る。ボスの体はポリゴンと化し四散した。

 

「「「「「ワアァァァッ!」」」」」

 

 59層のフィールドボスは、こうして倒された。共に戦った攻略組の皆は勝利に歓喜し、同時に俺を賞賛した。

 

 唯一の属性ダメージを与えられる武器《炎刃(えんじん)オニマル》を手に入れた俺は、特に植物型のMob相手に大きな戦力となっている。悪い気はしない。だが、これを振ると、どうしても思い出してしまう。

 

『……お兄ちゃん。頑張ってね、私の永遠のヒーロー。ずっと、憧れだったよ。だから今度は、この世界のみんなのヒーローに。みんなに、希望を与えてね。大好きだよ、お兄ちゃん!』

 

「……ッ! まだだ。もっと、強くならないと……、何も守れない…………」

 

「おー疲れー! 元気ないな~レット! 大活躍だったのに、そんな顔してちゃダメじゃん!」

 

「レモンさん……。すいません。どうも、気分が乗らなくて……」

 

 背中に、彼女の身長と同じぐらいの大剣を背負い、屈折のない笑みを向けてくる。

 

「辛かったら休みなよ。気張ってるだけじゃ、休まるものも休まないよ」

 

「いえ。俺は大丈夫です。この刀を持っている以上、俺は誰よりも戦わないといけないんです。それに、約束したんです。皆に希望を与えられるプレイヤーになるって」

 

 自分でヒーローとは言わない。でも、なれるものならなってみたい。誰かの役に立てるなら、認めてもらえるなら、何だってやってやる。

 

「そっか。じゃあさ、今度の迷宮区攻略、ウチと一緒に行かない?」

 

「えっ……。俺がレモンさんとですか? アルゴさんは……」

 

「最近忙しいみたいなんだよね。それに、全然護衛とかもお願いして来ないし。ウチも情報は結構集めてるし、アルゴちゃんも休めばいいのに……」

 

 明るくはない話題を断ち切るかのように、パンッと手を叩き、ウィンドウを操作し始める。

 

【Lemonからパーティに誘われています。承認しますか?

 《Yes》《No》】

 

 俺の目の前にそう表示された。俺はレモンさんの顔を見る。相変わらずの笑顔。これを見ると、裏表なんかなくて、世の中の理不尽さも何1つ知らないようにさえ思える。

 

「……よろしくお願いします」

 

 俺はその笑顔に負け、《Yes》をクリック。右上に《Lemon》という名前とHPケージが追加された。

 

 別に嫌なわけじゃない。パーティーだって組んだ事はある。でも、基本はエギルさんやアクアさんも一緒にいて、コンビというのは今回が初めてなのだ。

 

「よろしく!」

 

 

 59層迷宮区。レモンさんとの攻略も今日で3日目。そろそろ慣れてきたと思ったのたが……

 

「やぁぁぁッ!」

 

 《両手剣》ソードスキル《ライトニング》。連続で振られる刃がモンスターをポリゴンに変える。

 

「イェーイ! レット、ウチ倒したよ、褒めて褒めて!」

 

「……流石ですね、レモンさん。でも……モンスターハウスでそれはやめてください!」

 

 俺たちがレモンさんが見つけた隠し部屋に入ると、それは見事なモンスターハウスだった。たちまちモンスターに囲まれ万事休す。流石に死ぬわけにはいかないので俺たちは必死で戦っていた。なのに、レモンさんはこのテンション。しかも余裕で倒している。

 

「はあぁぁッ! 次ッ!」

 

「レット、避けて!」

 

「へっ?」

 

 《両手剣》範囲技《サイクロン》。俺たちを囲んでいたモンスターが一気に減る。

 

「……レモンさん……。そういうのをやめてくれって言ってるんですよ!」

 

「ごめんごめん。次から気をつける! というわけでレット。もう一回やるから避けて!」

 

「全然分かってない!」

 

 こんなゴチャゴチャしていたが、無事生還。意外と俺たちのコンビは相性が悪くないらしい。

 

「見て見て、レット! 宝箱出たよ!」

 

 どうやら、モンスターハウスをクリアすると出現するタイプらしい。

 

「開けるよ、開けちゃうよ。うわぁ、ドキドキするね!」

 

「早く、開けてください」

 

「はーい。わぁ、カッコいい! えっと……固有名は……《トイフェルキラー(悪魔殺し)》……だってさ。何か物騒な名前」

 

「へぇ、武器カテゴリやステータスはどんな感じですか?」

 

 う~ん、と言いながら、ウィンドウを操作していたが、それをやめ、俺の方を見た。

 

「カテゴリは《片手用直剣》。ステータスは…………すごい! これ魔剣だよ魔剣! 見たの初めて!」

 

 まるで子供のようなはしゃぎっぷり。とはいえ、魔剣を手に入れたとなれば仕方ない。

 

「レモンさん、使うんですか?」

 

「まぁね。《両手剣》使う前はこれだったし。あ~でも、アルゴちゃんに怒られるなぁ。でも、ソロの時ぐらいはいいよね~」

 

 後半の意味が分からない。おそらく、頭の中でも会話は繰り広げられ、その一部が口から出たのだろう。

 

「レモンさん、そろそろ戻りません? 結構耐久値がヤバいんですけど……」

 

「えー、せっかく使おうと思ったのに~。まぁでも、ウチもバックラー持って来てないしね。じゃっ、戻ろっか。ストレージも溜まってるし、先にエギルんとこ行こ」

 

「了解です」

 

「やっほーエギル! 買い取ってー!」

 

「分かった、分かったから暴れるな。店が潰れる」

 

「レモンさん、少しは大人しくしてください」

 

 流石の俺も注意する。レモンさんに対して、敬語は外れる事はないと思うが、その内、口調は荒くなるだろう。

 

「おお、レットもいるのか。珍しいな。コンビって初めてじゃないか?」

 

「そうですね。エギルさんやアクアさんが一緒でしたしね」

 

「そういえば、この間のフィールドボス、大活躍だったらしいな。もう、吹っ切れた、ってわけじゃあなさそうだな」

 

「……まぁ、そうですね。でも、ずっと引きずるわけにもいきませんから。どこかで、メグミは死んだ、と割り切らないと……」

 

「何かあったら、1人で抱え込むなよ。そういう時は大人にちゃんと頼れよ。レモンに頼るなんて、以ての外だ」

 

 店をひたすら物色し、干物みたいなのを見つけて目を輝かせていたレモンさん。エギルさんの言葉に反応した。っていうか、何の干物だよ……。

 

「ちょっと、エギル! ウチだってそれぐらい出来るよ!」

 

「ホントか?」

 

「ホント!」

 

「悪い悪い、子供扱いして悪かったな。お詫びに、これをやる。仕入先からもらったんだ」

 

 そう言って、エギルが出したのは黄色い球体。俺たちは現実世界で、それを“飴玉”と呼んでいる。そして、それで喜ぶのは子供だけだ。

 

「わぁ! 飴だぁ! もらっていいの?」

 

「いいぜ。お前はレットの相談に乗ってやれる()()なんだからな」

 

「ありがと、エギル!」

 

 キラキラ目を輝かせているレモンさん。あの人、年下なのかな……。アクアさんが俺の2つ上だから、レモンさんは1つ上のはずなんだけど……。

 

「な、面白いだろ」

 

 エギルさんはこういう所がある。でも、嫌いじゃないし、好感も持てる。

 

「……ですね」

 

 レモンさんの方を見ると、頬を押さえながら美味しそうに味わっている。レモンさんは何でも美味しそうに食べる。俺も作ってあげる事があるが、とても見ていて気持ちが良い。彼女こそ、アルゲードで食べられる混沌の味を気に入る者なのではないだろうか。

 

「ねぇ、エギル。さっきまでの攻略で手に入れたアイテムを売りたいんだ。いい?」

 

 レモンさんがまだ口の中で飴玉を転がしながら尋ねる。

 

「ああ、いいぜ。儲けはレットと山分けか?」

 

「うん! それと、ウチの分の儲けは全部、この《フロッグリザードの干物》に変えてくれる? レットは?」

 

 そんな事より、《フロッグリザード》って何? カエルトカゲ? 気持ち悪ッ!

 

「えっと……じゃあ半分だけポーションに変えてください」

 

「はいよ。ほらっ、《フロッグリザードの干物》。俺も食べたんだが、食感がどうもな。少し炙ってから酒と一緒にならそこそこ美味いぞ」

 

 そして、酒のつまみとしてなら美味いらしい。この世界の飯はどうなってるんだ。GMコールが使えれば、真っ先に飯の事を言っていたのに。

 

「レット。これはポーションな。それと、後3つだけ余っても困るからやるよ。サービスだ。仕入れる際に0を多くし過ぎたんだが助かった」

 

「……ははは。ど、どうも」

 

 正直いらない。エギルさんも、返すな、と言いたげな表情だ。だったらこんなもの仕入れないでくださいよ。

 

「じゃあウチらはお酒買って来るよ! またその内売りに来るよ!」

 

「おう。まいどあり」

 

 

 そして俺たちは、酒を買うために、最前線より2つ下の主住区《マーテン》にいた。《アルゲード》程ではないが規模もそこそこあり、店の種類や質はそこを遥かに上回る。

 

「ねぇ、レット。お酒買う前にさ、ちょっと食べて見ない?」

 

 目的語が抜けているが、分かる。あの謎の干物の事だろう。見た目はヤモリの干物を3回りぐらいデカくした感じ。確か、こんなモンスターいたな。結構最近の層で出て来て、速くて小さいせいで倒しずらかった覚えがある。これを干物にするには、あの使い勝手の悪い、モンスター捕獲用アイテムを使う必要がある。正直、使う価値なんてないと思っていた。

 

「…………嫌です」

 

「いや何で? こんな美味しそうな物!」

 

「料理する者として、これは生理的に受け付けません。この3つもあげます!」

 

「ありがと。でも、美味しそうなのに……。じゃあさ、ちょっと食べてみたいな。レット、これ炙りたいからさ、あれお願い。えっと……そう! ナントカ波!」

 

「か○はめ波じゃなくて気○斬! そしてそれも違くて《鬼炎斬(きえんざん)》! 音は同じだけど! っていうか、人のソードスキルをガスバーナーかなんかと一緒にしないでください!」

 

 久々にこんなに連続でツッコんだ。伏せ字も沢山。ヤバい。

 

「じゃあ何で炙ればいいの? 火起こすのダルいじゃん。料理しないといけないじゃん」

 

「それを俺の前で言います、普通?」

 

 俺は一度ため息をつく。

 

「レモンさん、後で俺がやってあげますから。先、飯行きません?」

 

「う~ん……でもなぁ、食べたいなぁ……」

 

「……じゃ、じゃあ……俺が奢りま「行く!」早っΣ!」

 

 そして俺は、今のがとんでもない悪手であった事に気付く。だが、もう遅い。

 

「奢り、奢り、レットの奢りー! 奢り、奢り、レットの奢りー!」

 

 今度、迷宮区に篭って、コル稼ごう。後、リズさんにお金返してもらうのを少し早めてもらおう。じゃないと、飯を作るための材料も買えなくなる。

 

「さっ、早く行こッ!」

 

 着いた店は、ここが最前線だった頃、キリトさんに連れて行ってもらった店だ。魚が美味く、値段も馬鹿みたいに高いわけではない。

 

「ここにしよ!」

 

「……はい」

 

 少しホッとしただけで、気持ちは沈んだままだ。数分前の自分を恨みたい。でも不思議と、3日前まで抱いていた喪失感は消えはせずとも軽くなっていた。自分のやりたい事が、ようやく見えた気がした。たまには、レモンさんの奇想天外な行動に付き合うのも悪くない。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 NPCウェイトレスの声が聞こえたのを確認して、俺は席を探す。しかし、俺よりも先にレモンさんが何かを見つけた。そして、そこへ向かって走る。

 

「ちょっ……レモンさん!」

 

 そして、ある席に座ってる人に飛びついた。

 

「何やってんですかΣ!」

 

「アスナちゃーん! 話すの久々だね~!」

 

「れ、レモンちゃん? ちょっと……は、離して……。あっ……っ……ど、どこ……ていれ……てる……のよっ……んっ……あっ……」

 

 うん、ヤバイ。これはマズイ。俺は急いでレモンさんを引き剥がす。

 

「何やったんですか。ここはレストランです。変な事しないでください」

 

「だ、大丈夫か……///」

 

 キリトさんが俯きながら聞く。多分、顔は真っ赤だろう。

 

「う、うん……///」

 

 アスナさんも耳まで赤く染めていた。

 

 

 こんな事はあったものの、レモンさんがアスナさんに謝り、それをアスナさんが許した事で解決。加えて、お互い呼び捨てで呼ぶ事にしたなど、むしろよかった?ようだ。

 

「で、キリトさんとアスナさんが一緒に飯ってのも珍しいですね。俺が見たのは一層でパン食べた時が最後ですよ。今日は、どういう風の吹き回しですか?」

 

「ああ、それはなアスナが「ストップ!」……あ、はい」

 

 ホントに、何があったのだろう。

 

「そう言うレット君も珍しいと思うんだけど。レモンと一緒にご飯なんて」

 

「レットって優しいよね~。だって、ウチに『何でも食べていいよ、俺の奢りだから』って言ってくれたんだよ」

 

 キリトさんとアスナさんが俺に驚いた顔を向ける。

 

「そ、そんな事言ってませんよ!」

 

「すいませーん。このページ、上から下まで全部お願いしまーす! 支払いは彼がするのでお構いなくー!」

 

「レモンさんΣ!」

 

 キリトさんはサラダにスパイス?をぶっかけながら、アスナさんは野菜を食べながら、俺を憐れみの目で見る。お願いだから、そんな目で見ないでください。

 

「あーもう! もうこうなったらヤケクソだ! すいません! 俺も、上から下……上から……うえ……やっぱサラダをお願いします……」

 

 流石に無理だった。

 

 NPCが持って来てくれたサラダにスパイスをかけ、フォークで刺して頬張る。

 

「ねぇ、何で……モグモグ……3人は……モグモグ……野菜食べてる……モグモグ……の?」

 

「喋るか食べるか、どっちかにしてください」

 

 魚を食べながら喋るレモンさんに注意する。

 

「でも確かに、栄養とか関係ないのに何で食ってるんだろうな?」

 

「えー、美味しいじゃない」

 

「少なくとも、キリトさんがよく食べる超激辛料理よりはマシです。あれは辛すぎです。俺も辛党ですけどあれは無理です」

 

「ウチは辛い物も甘い物も野菜でも魚でも肉でも何でもイケるよ~」

 

 多分、俺たち3人はこう思っていただろう。「知ってる」と。

 

「あの店の料理を食えない奴を、俺は辛党だとは認めない」

 

「じゃあ辛党じゃなくていいです」

 

 何か、話が逸れて来た。レモンさんは今、スペアリブを食べている。

 

「えっと、何の話だっけ?」

 

「確か、何で野菜を食べるのか、って話ですよ」

 

「そうだった、そうだった。でもさ、不味くはないんだけどさ、何か足りないよな。例えば、マヨネーズとか」

 

「あー、思う。それは思う」

 

「俺は後、ソースとかケチャップとか欲しいですね。料理する側としては、味噌なんかもあるといいんですけど」

 

 スペアリブを食べ終えたレモンさんが、口の周りを拭こうともせず、言った。

 

「ねぇ、ウチさ、あれが欲しいんだよねー。何にでも使えて、とにかく万能で、日本人が大好きな……」

 

「「「「醤油!」」」」

 

 4人は同時に言い、顔を見合わせて吹き出した。

 

 だがその瞬間、遠くから悲鳴が聞こえた。

 

「……きゃあああああ!」

 

 明らかに恐怖が現れた声だ。俺は壁に立て掛けておいた刀を腰に差し、立ち上がる。キリトさん、アスナさんも抜刀の準備オッケーという感じで立つ。しかし、レモンさんは違った。

 

「……店の外。位置は広場の北の方。だとするとあの教会風の建物!」

 

 《閃光》顔負けのスピードで店の外に走り出した。レモンさんはSTR特化のはずなのに、なんてスピードだ。あれが、《狐のレモン》なのか。

 

「行くわよ、キリト君、レット君!」

 

 表通りに出ると同時に、再び悲鳴が聞こえた。やはり、レモンさんの言う通り、広場の方だ。

 

「2人とも、もっとスピード、上げられるよね」

 

「もちろん」「はいッ!」

 

 角を東へ曲がり、円形広場に飛び込む。

 

 そこには、教会のような石造りの建物。その2階中央の飾り窓から1本のロープが垂れ、先端の輪に男が1人ぶら下がっていた。男はフルプレート・アーマーを全身に着込み、ヘルメットを被っている。

 

 ロープは首元に食い込んでいる。しかし、この世界でロープによる窒息死は存在しない。この広場にいるプレイヤー、そして俺たちを驚かせ、恐怖させている原因は、男が着ている鎧を貫く短槍(ショートスピア)

 

 男はそれを掴んでいるが抜ける様子はない。それどころか、傷口から赤いエフェクトが出ている。

 

「《貫通継続ダメージ》……。嘘だろ…………」

 

 《貫通継続ダメージ》は一部の貫通(ピアース)系武器にのみ設定されているものだ。あの黒い短槍は、それに特化したものらしい。柄の途中に無数の逆棘が生えている。

 

「早く抜け!」

 

 キリトさんが誰よりも早く状況を把握して、叫んだ。

 

 男もそれを聞き、力を入れて抜こうとするが、抜けない。力が足りないというより、力が入らないという感じだ。

 

 ジャンプでは届かない。切るしかないな。

 

「アスナ、一緒にこっち来て! キリトとレットは下で受け止める準備!」

 

 レモンさんが、塔の裏から出て来た。何で上にいなかったんだよ。

 

「何で、「レット、今はこっちが先だ!」ッ……はい!」

 

 2人が登って行く。俺とキリトさんは下で構える。

 

 しかし、男は空中の一点を見つめる。まるで、何かに怯えるように。……まさか!

 

「レモンさん、アスナさん、急いで!」

 

 だが、そんなのが間に合うはずがなかった。無数のグラスが砕け散る様な音とともに、青い閃光が広場を照らした。ポリゴンの欠片は爆散し、一瞬、広場の誰もが動きを止めた。

 

「……嘘……だろ…………」

 

 ロープが壁面に当たった。黒い短槍が地面に落ち、重い金属音を響かせる。

 

 多くのプレイヤーの悲鳴が聞こえる。

 

「「みんな! デュエルのウィナー表示を探して(くれ)!」」

 

 レモンさんとキリトさんが同時に叫ぶ。

 

 しかし、俺も含めて誰も見つけられない。

 

「アスナ、どうだ、見つかったか?」

 

「無いわ! 何もないし、誰もいない!」

 

「おかしいだろ。何で、いやそんな事ありえない!」

 

「レット、そんな事言ってないで手伝って。《索敵》全開にして逃げるプレイヤーを探して。《転移結晶》さえ使わせないで。キリト、アスナ、上はよろしく。他のみんなはこの広場から誰も出さないで」

 

 俺はレモンさんに引っ張られ、広場を離れる。

 

「ちょっと待ってくださいよ。レモンさん、何で先にロープを切らなかったんですか?」

 

「……はぁ。分かってないなぁ。レット、ここは圏内だよ。本来、死ぬ事なんてありえない。デュエル以外にはね。でも、あれだけ目立つ事をするんだから近くにはいない。だからあの男の対戦相手を探してたの」

 

 レモンさんはあの一瞬でそこまで考えたのだ。俺が、今まで思いつかなかった事さえ、あの一瞬だ。

 

「……すいません」

 

「いいの、いいの。レットの言う通り、あんな事になるなら先にロープを切るべきだった。でも、後悔なんてしてないで探すよ」

 

 

 結論から言うと、見つからなかった。でも、収穫はあったらしい。キリトさんたちが第一発見者の話を聞き、アスナさんはその人とフレンド登録をしたらしい。

 

「キリト、アスナ、レット。これからどうしようか?」

 

「手持ちの情報を検証しましょう。特に、ロープとスピアね」

 

「《鑑定》スキルが必要だな。お前ら、持ってる……わけないな」

 

「当然、君もね。……ていうか……、その《お前》っていうのやめてくれない?」

 

「へ? ……あ、ああ……じゃあ、えーと……《貴方》? 《副団長》? ……《閃光様》?」

 

「普通に《アスナ》でいいわよ。さっきそう呼んでたでしょ」

 

「りょ、了解」

 

 キリトさんは、アスナさんの凍てつく氷の様なオーラに怯み、話題を強引に戻した。

 

「で、《鑑定》スキルだけど……フレンドとかにアテは……?」

 

「んー」

 

 アスナは一瞬考え込んでから、すぐ首を振った。

 

「友達に武器屋やってる子が待ってるけど、今は時間的にね」

 

 リズさんの事だろう。だが、確かにこの時間はまずいだろう。それに、アクアさんの武器のメンテもその後だ。

 

「じゃあさ、エギルに頼もーよ。ウチもキリトもレットも仲良いじゃん。アスナも知らない仲じゃないし」

 

「そうだな。少し熟練度に不安があるが仕方ないだろ」

 

 キリトさんがエギルさんにメッセージを送った。返事が帰って来たのを確認してから俺たちはアルゲードのエギルさんの店に向かった。




【DATA】

・レモン(「19」時点でのデータ)
レベル:76
二つ名:《?》→《狐のレモン》
武器:《ヴィクトアールファンタジア》……リズが鍛え上げた大剣。《エクスキャリバー》よりも霞んだ金色をしている。スペックは、攻略組が所有している《両手剣》中最高。
主なスキル:《両手剣》、《片手剣》、《索敵》、《隠蔽》、《武器防御》、《戦闘時回復》、《軽金属装備》、《軽量盾装備》etc


次回もお楽しみに!

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