レットがどうなったのか、気になる方もいると思いますが、少しだけお待ちください。
少し今回は短めです。変な所があればお知らせください。
「はぁはぁッ」
時刻はまだ午前2時。近くに街灯もなく、辺りは真っ暗だ。昼型のプレイヤーは既に、夢の中。夜型のプレイヤーは、今頃レベリングの真っ最中だろう。
「はぁはぁッ……。まだ撒けてないのカ……」
フードを被った小柄なプレイヤーが静かな街中をひたすら走り続ける。石畳みでは、足音も消す事は出来ない。
そのプレイヤーの耳には届いていた。自分の足音とは別の、もう1人の足音が。その足音の主もプレイヤーには分かっていた。なぜなら、ついさっきまで尾行していた相手だからだ。しかし、反対側の路地裏で、その相手に見つかってしまった。いや、と言うよりも、待ち伏せられていた、と言うべきだろう。そして、この漆黒の闇に包まれた街での鬼ごっこに発展した。
「くそッ……オレっちとした事が、見つかったカ。ナー君も腕を上げたナ。なんて、言ってる場合じゃないナ」
逃げるプレイヤーの名は《アルゴ》。アルゴは《鼠のアルゴ》と呼ばれており、その名をこのアインクラッドで知らない者はいない、とさえ言われる情報屋だ。自身のステータスはAGI特化。それに加えて、鍛え抜かれた《隠蔽》スキルによる隠密行動で、多くの情報を集め、売れるものは全て売るとさえ言われている。
そんな彼女をここまで追い詰めるプレイヤー。彼もまた、このアインクラッドで知らない者はいない。
「姿を見せやがれ、鼠ィ! この近くにいる事は分かってんだ。諦めて出て来い!」
彼の名は《ナイト》。攻略組のトッププレイヤー、《純白の騎士》とは彼の事だ。AGI-STR型の彼は、序盤は避ける事に徹し、その隙に、自慢の観察眼で特徴を把握。レイド全体に指示を出しながらも、自分は積極的に攻撃参加。パリィと攻撃を絶妙なタイミングで行えるダメージディーラー。
「はぁはぁ……。(誰がノコノコと出てくるんダ。そんな奴、いるわけないダロ)」
だが、それは既に過去のものだ。今の彼は、攻略組としての名声を全てドブに捨て、アインクラッド最悪のPK集団《
「今ならいけル。転移、グランz「見ィつけた!」……ッ! しまっタ!」
アルゴはナイトによって攻撃された。圏内のため、ダメージは通らないが、かなりの衝撃があった。
「よォ、鼠。随分と逃げてくれたじゃねェか。オレは悲しいぜ、仲間にこんなに嫌われてるなんてなァ!」
ついに、路地裏に追い詰められたアルゴ。《転移結晶》の使用を妨害により、それを落としてしまう。しかも、剣を突きつけられている。
「ッ! ナー君がそれを言うのカ? 攻略組を裏切っておいて、よく平気な顔をしてられるナ」
「いやァ、オレだって辛いんだぜ。こんなオレを“仲間”と言っていたバカ共に攻撃するのはな。でもまぁ、オレにだって目的があるんだ。そのためなら、他の全てを犠牲に出来るのさ」
「……オレっちは、初めから、ナー君は少なくとも善人じゃないとは思ってたヨ。でも、善悪の判断はまともに出来ると思ってタ。失望したヨ、ナー君」
「そりゃ残念だ。まぁとにかく、オレに黙ってついて来い。そうすりゃ命だけは助けてやるよ」
だが、アルゴはニヤリと笑う。
「ナー君。最近、圏内に入ってなくて忘れてたんじゃないカ? ここで、ダメージは通らないんだヨ。でも、軽いノックバックはあるんダ!」
体術スキル《水月》。ナイトの体が大きく傾き、その隙にアルゴは自身のAGIの限界まで引き出し、走る。
曲がり角を曲がれば逃げ切れる。そう確信していたアルゴ。しかし、曲がり角の先には、荒れ果てた村があった。
「なッ……何で……村に出たんダ……。一体……何がどうなって……」
「ハイ、騙されたァ~~! ククッ……いやァ、お前最ッ高だよ。オレの予想通りの行動をしてくれるよ」
そしてアルゴは倒れる。腕にはピック。おそらく麻痺毒だろう。
「よく効くだろ。オレ自家製の毒なんだぜ」
「《回廊結晶》カ……」
「無視すんのな。まぁいいや。
なァ、鼠。お前、オレの部下になれ。お前のその情報とコミュニティの全てが欲しい」
ナイトはアルゴを誘う。最初から、彼の目的はこれだった。
「そんな事、オレっちが首を縦に振ると思うカ?」
「じゃあいいや。お前が嫌なら無理には言わねェよ。オレはお前がやりたいって言うのを待つよ」
「ナー君。ラフコフに入って、頭が悪くなったのカ?」
アルゴは無理をしつつ、余裕の表情を作る。ナイトだけには屈してはいけない。そう思っているからだ。
「《暗黒剣》……解放!」
「ッ! あああああッ!」
ナイトは黒いオーラを纏った剣を突き刺す。アルゴはその痛みに堪らず声を上げる。
「そうだ。もう1つ言う事があったんた。ちょっと、耳貸せ」
そう言うと、痛みで苦しむ彼女の耳元で何かを言う。すると、アルゴの顔色が悪くなる。
「ッ! やめロ! それだけはやめてクレ! 何でもするから、頼ム!」
「クククッ。そんなにあいつが大事かよ。鼠って、意外と優しいんだな」
「ナー君の部下でも何でもなってやル! だから……ああああッ!」
再び剣を突き刺す。
「お前、状況が分かってねェみてェだなァ。部下にしたいのはオレだ。お前が本当になりたいのはなんだ? オレは、お前の意思を尊重したいんだよ。ちゃんと、どうしたいのか、言葉にして言ってくれよ。オレ、バカだからよォ」
相手の弱みを握り、相手を追い詰めて行くナイト。これは、悪人の考え方だ。
「……ッ! 頼む。オレっちを……ナー君の駒にしてクレ。どんな命令でも聞ク。何でもやル。だから……あいつだけには手を出さないでクレ、頼ム」
「そうか、お前はオレの何でも言う事を聞く駒になってくれるのか。そうか、そうか。そりゃ嬉しいな。ちゃんと、言った事は守れよ、鼠」
「……分かったヨ」
「おっと、言い忘れてた。誰かにバラしてみろ。そいつの命はねぇからな」
「あ、当たり前ダ。だから……」
「約束は守るぜ、オレは」
ナイトはそこにアルゴを残し、《転移結晶》でどこかへ行った。麻痺が治っても、しばらく動けなかったアルゴ。自分がどんな状況に置かれているのか、理解し、これからどうすればいいのかに悩む。
「お帰りなさい、ナイトさん」
「よォ、ベルデ。助かったぜ、アルゴの接近を教えてくれてさ」
「いえ。それが俺の役目ですから」
ベルデはまだ何か、聞きたい事があるようだ。
「あの、ナイトさん。あなたの目的は何なんですか? 仲間だった人にあんな事までどうして……」
「……なァ、ベルデ。テメェがオレに尽くしてくれているのは知ってる。だがよォ、少し調子に乗り過ぎだ」
殺気を放つナイト。それに怯み、何も言えなくなるベルデ。
「いいか、オレはオレ以外の誰も信用しちゃいねェ。ホントの事は誰にも言うつもりはねェ」
ベルデを置いて奥に行くナイト。彼の目は赤から黒に戻り、纏っていた雰囲気も僅かに変わる。
「計画は、第2段階まで来た。後は、アルゴ次第だ。第3、第4は俺の番だ。後少し、後少しだ……」
コツンコツン
奥から、片手剣を腰に刺した少女がやって来た。
「あっ、ナイトさん!」
「……スファレか。どうした?」
「《鼠のアルゴ》さんの方はどうでしたか?」
「ん? 脅して何とかしたぜ。これで、攻略組の情報は大丈夫だ。お前は、本職に戻れ。中層の情報を頼む」
「了解です、ナイトさん」
《鼠のアルゴ》は人知れずラフコフの手に落ちた。それが、4ヶ月後の事件に大きく関わる事はまだ誰も知らない。
【DATA】
・no data
次回もお楽しみに!