「サンキュー、ベルデ。ロイにティル、フェザーもな」
「……いえ、ナイトさんの頼みですから、聞かないわけには……」
「はい。わ、私たちでよければ……いつでも……」
「で、では、ボクたちはもうここら辺で。失礼します」
3人はオレとベルデを置いて、先に帰った。3人ともベルデと同じく、街にアイテムを仕入れに行ったり、他ギルドの偵察などをしている奴等だ。
「ナイトさん。あんまり威嚇しないでって言いましたよね、俺。ホント何、やってんだよ、アンタ!」
「んなつもりはねぇよ。これがオレの普通だ」
「ナイトさんは、元々嫌われてるんですから。それに、平気で人を裏切る、このアインクラッドでは、あなたはそういうイメージなんです」
「…………そうか、忘れてたわ」
「後悔してるんですか?」
背の低いベルデはオレの顔を下から見上げている。正直、コイツの顔は何でラフコフにいるんだ、ってぐらい童顔だ。人なんか殺せそうにもない。
「してねぇよ。この世界は、オレの現実だ。オレはこの世界で生き続けたいだけだ。それに……後悔なんかしてたら、ブラッキーや紅鬼に攻撃しねぇよ」
「……そうですか。でも、何かあれば、相談に乗りますよ」
「生意気言うな、このクソガキ。テメェは竜使いの所にでも行ってりゃいいんだよ」
「なッ……。い、今は関係ないだろ! それ!」
「敬語、忘れてんぞ」
「……ほっといてくださいよ」
今は、こういうやり取りが何気に楽しい。オレが過ごしたかった日常や、生きたかった現実は、こういうのなのかもしれない。なんて、似合わねぇ事考えちまうのは、あの2人に会ったからかもしんねぇな。
「……ベルデ、今すぐ結晶でどっかに行け」
「えっ?」
「早く!」
「は、はい!」
ベルデは《転移結晶》を使い、移動する。カルマ回復クエストを受けた場所の近くには、オレしかいない。いや、見えるのはオレだけだが、その周りを取り囲んでいる奴等がいる。
「コソコソしてねぇで出て来いよ。バレてんのに隠れ続けるってのはちょっと、ダサ過ぎじゃねぇか?」
そう言うと、目の前の木々の陰からは白と赤の服装で統一された奴等。背後の陰からは銀や青系統の色が多い奴等が現れる。
「《隠蔽》だけかと思ってたけど、《索敵》も高いんだね」
「……まだ1週間経ってねぇぞ。流石にお腹いっぱいになっちまうよ」
「確かに、君はよく食べるからね。食べ過ぎは良くないよね。……でも、こういうどんどん出て来るのも、嫌いじゃないだろ」
右手に青黒い槍を持ち、自身の後ろやオレの背後の奴等を従えている青年。
「相変わらず、性格の悪い奴だな、《流水》」
「君だけには言われたくないよ、ナイト」
オレもかつては属していた、この城を制覇するために最前線で戦い続ける集団《攻略組》。そのトップギルド《血盟騎士団》副団長補佐《流水の槍兵》アクア。それが、オレの目の前にいる男の名だ。
「で、何の用? 《血盟騎士団》に《聖竜連合》まで引っ張って来て。もしかして、《攻略組》を抜けたオレのお別れ会? いやー、嬉しいねェ。友達少ねぇオレにとってはたまんねぇなァ」
「そんなわけがない事ぐらいは、君が一番よく分かってるはずだけどね」
仕方ない。殺るしかねぇか。俺は剣を抜く。《流水》に向かって剣先を向ける。
「イッツ・ショウ・タイムだ!」
~アクアside~
ナイトがヴァイス、ラフコフのサブリーダー、そう聞いた時、信じられなかった。あいつは、僕が見た限り、良い人ではない。でも、間違った事ーーこの世界においてならPKーーだけはしない奴だと思っていた。
なのに、僕はそいつと今、武器を向け合っている。
「ダメよ、アクア君! ナイト君がそんな事するはず「分ってる!」……ッ!」
「分かってるけど……僕は《攻略組》。《血盟騎士団》の副団長補佐だ。そして、目の前にいるのは、紛れもなく、ラフコフのサブリーダー」
「早くしろよ、流水。それに閃光もな。《聖竜連合》だっていいぜ。ほらっ、オレを殺すんだろ」
ダメだ。ナイトのペースに乗れば、間違いなく、勝機はない。だが、
「ッチ! この裏切り者がァ!」
《聖竜連合》の1人がその挑発に耐えられず、突っ込んで行く。
「ククッ、バカだなぁ。でも、こういう奴の絶望の顔ってのも、結構悪くねぇんだよな」
ナイトはそのプレイヤーに向かってソードスキル《ホリゾンタル》を放つ。せっかくグリーンにしたはずのカーソルはすぐにオレンジに戻り、ナイトの顔はまさに悪人。
「くそっ、下がれ! 《血盟騎士団》《聖竜連合》! 今回は僕が指揮を執る! ナイトを殺すな! 生きて捕らえるぞ!」
そもそも、この作戦はナイトを捕らえる事が目的だ。全カルマ回復クエスト受注エリアに攻略組メンバーを配置。やって来た所にメンバーを集め、クエスト終了後に捕まえる。
だが、その目論見は失敗した。あいつに《隠蔽》を見破られた。だが、システム的にそれは不可能のはずだ。こちら側は全員マントとハイドポーションを飲んでいる。見つかった理由はただ1つ、システム外スキル《聴音》。もちろん、対策はしていたつもりだが、本当に気づかれると思ってはいなかった。
「作戦通り行くぞ! アタッカー4人と僕はナイトを。他はアスナの指示に従い、その周りを囲め。アタッカーたちは前衛のHPがイエローになったらすぐにスイッチ、いいな!」
僕はテキパキと指示を出し、陣形を整える。
「ナイト、僕は君が改心しようが関係ない。まずは君を捕らえる。そしてラフコフ自体を壊滅させ、この城を攻略する」
「お前じゃ無理だ。お前ら、お利口さんの攻略組じゃあ……」
「じゃあ、何なんだ? 僕は、別にプレイヤー相手でも武器は振れる。君の方こそ、この人数相手で、逃げ切れると思うなよ」
そこからはもう大変だった。今回のメンバーはアスナやこの作戦の《聖竜連合》側のトップを除けば全員、PvPが得意な連中だ。つまり、殺さなくてもプレイヤー相手でも攻撃出来る。
だが、ナイトも流石だった。これがレッドプレイヤーか、と納得せざるを得ないやり方で攻撃を回避。麻痺毒つきのナイフやピックでこちらのメンバーにデバフを与えて来た。
「早くスイッチしろ! 死にたくなきゃ早く!」
ただ、状況はいたって分かりやすい。1vs30。人数なら僕らの圧倒的有利。なのに、未だにイエローゾーン。こっちは何度もレッドに突入している。
「殺す勇気もねぇのに、よくオレに挑めたなァ、お前ら。なぁ、まさかこれで終わりとか言わねェよなァ!」
くそっ……ダメなのか。
確かに今回のメンバーはあくまでもデュエルが得意な奴等で来た。人は殺さない。でも制圧するつもりで来たから大丈夫だと思ってた。でもダメだった。ナイトは僕たちを殺すつもりで攻撃して来る。そのつもりのないこっちは勝ち目がない。
~アクアside out~
~アスナside~
今、目の前で起きている惨劇が信じられない。ついさっきまで、何度HPが減ろうと、回復させて戦い続けて来たプレイヤーたちが、動く事さえ出来ず痛みに苦しんでいる。もちろん、あのアクア君まで。
「……ナイト君! あなた、何をしたの!」
「お前もこっちに来て受けてみれば分かるさ。オレのこの剣をな」
白く赤いラインの入った剣《クリムゾンヴァイス》。しかし、今はまともに見る事が出来ない。なぜなら、その剣は黒いライトエフェクトに包まれているからだ。眩しいわけではない。ただ、その禍々しさに恐怖を感じる。
その現象が起きたのは、今からほんの数分前だった。
「ナイト……。どうして、ラフコフに入ったんだ?」
「なんだよ。ブラッキーや紅鬼だけでなく、お前まで聞くのかよ」
「当たり前だよ。君の正体が明かされる直前まで、一緒に迷宮区の攻略をしてたんだ。なのに、新聞を見たら、その君がラフコフのサブリーダーだって言うんだから驚いたよ。レモンやアルゴに確認したけど間違いないって言うしな。全く、何があったんだ?」
アクア君の気持ちはよく分かる。それを聞いた時、私も思わず、攻略の事が一瞬頭から抜けた。
「理由か……。じゃあ、これ以上クエスト受ける度に襲撃されちゃァ困るからなァ。少しだけ教えてやるよ」
ナイト君の雰囲気が少し変わった。不気味で、寒気がして、踏み込んではいけない場所に入ってしまったかの様な感じ。
「全員、気をつけろ! 何か来るぞ!」
ナイト君は手に持っていたピックを全て腰にしまい直し、剣先を地面に突き立てる。
「さァ、テメェらの希望が絶望に変わる瞬間だ! もう後戻りは出来ねェぞ!」
「ッ! アクア君!」
私はそう叫びながらアクア君に近寄る。何か来る。アクア君たちが危ない。このゲームで以前とは比べ物にならないくらい、磨かれた勘がそう言っている。
「アスナ、絶対に来るなよ」
えっ……。アクア君は私に来るなと言う。もちろん、他の団員たち全員にも言っている。
「《暗黒剣》……解放!」
たったの10音。《挑発》スキル並みの大声で叫ばれた言葉と共に、ナイト君の左手にある剣を黒いライトエフェクトが縁取る。
「はっ……何だそれ。無名の《エクストラスキル》かなんかか? ビビらせやがって」
《聖竜連合》のプレイヤーが自身の大剣を手にナイト君に向かって行く。
するとナイト君は剣を持った左手を後ろに引く。すると、剣を縁取っていた光が強くなり、赤黒い光となる。
「ソードスキルよ! 躱して!」
でも、あの構えでは何のソードスキルか分からない。見た目は《ヴォーパル・ストライク》に似ている。でも、少し違う。
「ウワアァァァァアアアアアッッッ!」
今までの叫び声とは違う、リアルな叫び。まるで、本当に痛がっている様な、そんな声。
「……ッ……怯むな! あんなハッタリに騙されるな!」
「やめろ!」
アクア君の声も虚しく、プレイヤーたちは次々とナイト君に向かって行く。しかし、皆最初のプレイヤーと同じ様に一度斬られただけで痛がり、その場に倒れ、中には気絶した者まで。
「ねぇ、ナイト。何をしたんだい?」
「ん? 気になるなら、お前も来いよ。味あわせてやるよ。《暗黒剣》の力をな」
ナイト君は《暗黒剣》と言った。そんなの聞いた事もないし、もちろん武器の名前でない事も確かだ。
「ダメだよ、アクア君。危ない。あれが何なのかも分からないで突っ込むのは……」
「そんな事は知ってる。でも、仲間を傷つけられて、何もせずに逃げ出すのだけは僕は嫌だ。せめて、あれの正体ぐらいは確かめる」
つまり、アクア君は自分であれを受けると言うのだ。
「ダメだよそんなの!」
「頼むよ副団長殿。先に、みんなを率いて逃げてくれ。幸い、まだ犠牲者は出てない。だから……」
「それじゃアクア君が!」
「ただで負ける気はないけど、危ないだろうね。でも、仲間を傷つけられて黙ってるなんて、僕には出来ない!」
そう言うと、アクア君は単身ナイト君に突っ込んで行った。
槍がライトエフェクトを纏う。ソードスキル《ソニック・チャージ》、突進技だ。
「おもしれェ! 閃光を置いて1人でねぇ。……でもさ、今時そういうの、流行んねェから」
すると、ナイト君の剣がアクア君の槍にぶつかる。普通なら、ただ当てただけの剣は勢いのある槍に弾かれるはずだ。しかし、
「なッ……」
アクア君の槍が急に勢いを失くし、ライトエフェクトも消える。その後、アクア君の体はスキル後硬直に襲われる。つまり、スキルが中断された。
「捨て身のヒーローも、残念ながら、《暗黒剣》の前じゃ無力だ!」
さっきと同じ、ソードスキルをアクア君は受け、文字では表せない様な叫び声を上げる。
「アクア君ッ!」
「ハハッ……。はぁ……つまんねェ。つまんねェ! お前らホントにトッププレイヤーかよ。よっぽど、最前線のモンスターの方が学習するぜ」
「ッ! ナイト君! 次は私が「……やめろ、アスナ」……アクア君」
「気絶せずに持ち堪えたか……。じゃあ、そのご褒美に教えてやるよ。オレのシステム外スキルと《暗黒剣》について少しな」
いつでも攻撃出来る様に、私は細剣に手をかける。
「システム外スキルは《
私はそれを聞いて驚く。だって……
「……それ…………PK用のスキルみたいだな……」
アクア君も私と同じ感想だ。現実と同じ痛みなんて、モンスター相手には意味がない。
「そういう事さ。じゃあ、更に出血大サービスだ! お前らの事をここで見逃すか、ここで死ぬか選ばせてやる。もちろん前者を選べば誰1人殺さねェ。その代わり、この俺《純白の悪魔》ナイトと《暗黒剣》の存在を情報屋に売れ。いいな」
一体、何が目的なのだろう。さっぱり分からない。でも、
「分かったわ。情報屋に売るわ。その代わり、見逃してくれるのよね」
「オレは嘘は吐かねェ。ってわけだ。オレはここで帰らせてもらうぜ。転移! サンドロ」
そして、それほぼ同時、アクア君は倒れた。
55層グランザム《血盟騎士団》本部
「……ッ……ここは……。ってぇ!」
「アクア君!」
「……アスナか…………。はっ……ナイトは! 他のみんなは!」
アクア君は目を覚ました。ただ、まだ体が痛むようで、ベッドから起きれていない。
「大丈夫だよ。みんな、アクア君のおかげで生きれたよ」
「そうか……」
結局、《血盟騎士団》、《聖竜連合》合同で実行したナイト君を捕らえるという作戦は失敗した。更に、それに加えて彼の言った第2のユニークスキル《暗黒剣》の存在がこの世界に広まった。団長の《神聖剣》の強さが圧倒的だった事もあり、第2のユニークスキル使いは皆が望んでいたが、それは最悪の形で実現してしまった。これから、ラフコフの活動は更に激しさを増してしまうだろう。
【DATA】
・システム外スキル《
ナイトの編み出したシステム外スキル。相手が使ったソードスキルを中断させ、スキル後硬直によって動きを止めるスキル。ソードスキルに合わせて、相手の武器の先端に武器を当てて軌道をずらす。
キリトの《
・《暗黒剣》
ナイトが持つユニークスキル。「《暗黒剣》……解放!」と言う事で発動する。武器から手を10秒以上離すと解除される。
発動中、使用者と使用者によってダメージを与えられた者は現実と同じ痛みを受ける(ダメージ量によって痛みは変わり、場合によっては気絶したり、数日経たないと痛みが引かない場合もある)
発動すると、HPが最大値の半分になり、最高値が半分で固定される。
【ソードスキル】
・《デスペレイション》
《暗黒剣》単発重攻撃。《ヴォーパル・ストライク》より射程が長く、威力は低い。構えはやや腰を落として腕を引く。
次回もお楽しみに!