やはり俺を中心とした短編集を作るのはまちがっている。 作:Maverick
自分は雪女推しです、皆さんはどうでしょう?カナ?それともゆら?まさかまきさん?はたまた毛倡妓?もしや…羽衣狐?
どんなアニメにも美人美少女が多くて困ります、推しがなかなか決まらないアニメも多々あるものです。
では、どうぞ。
突然だが、皆はぬらりひょんというものを知っているだろうか。
ぬらりくらりとあらゆる家や店に入っては人知れず盗みや無銭飲食を働くクソ野郎の妖だ。
少なくとも奴良八幡、齢八歳であるこの少年は、言葉遣いこそ少し緩くも、真にそう思っていた。
しかしそれも仕方の無いこと、事の発端は数日遡ることとなる。
*****
この日は八幡の通う小学校の、夏休みの自由研究の発表会だった。皆既に小学二年生。身も蓋もない話をするなら、クラスの殆どの者はサンタは存在しないし、妖怪とかもいるはずないと信じている。否、信じ込んでいる。
しかし世には奇妙な輩がいるのが常、このクラスでそれは、材木座義輝その人が当てはまる。彼の発表を事細かに書き連ねるのも無駄、言ってしまえば彼は、妖がいないと認知しながら敢えて妖に関する研究をしてきたのだ。
その発表に食いつくは八幡。彼は皆とは逆に妖はいると信じる者、どころか妖はいると知る者であった。
彼の出生について、記述しよう。
彼の祖父にあたるものの人としての名はない。それでも彼は人々にこう呼ばれる。
魑魅魍魎の主、ぬらりひょん…と。
それ故に彼の家はとても大きい日本家屋で、いつでもどこでも妖が跋扈している。けれども彼は、妖の黒い部分をまだ知らなかった。
そのため、無邪気に無知に無防備に義輝に反してしまう。なればその後は想像に難くない。さらに自分の祖父はぬらりひょんと声高らかに宣言する。すれば義輝がぬらりひょんの説明を、悪意敵意皮肉込み込みで力説した。となると、クラスメイトから弾劾されるがオチだ。
その夜、ぬらりひょんが総大将である妖団体、奴良組の集会に初出席した八幡は、彼らの悪行に失望した。
なんだ、自分が憧れていた奴らはクソ野郎どもか…そう思った彼は、幼い頃からの側近及びよく世話してくれた数人以外を拒絶するようになった。このあとの話は、また別の機会に。
結局のところ彼は学校で孤立、家でも極力引きこもるようになった。
*****
そんな日が数ヶ月続いた、ある秋風が吹き抜ける日。
昨日強制的に三代目候補に立てられそうになった八幡のイライラは、今日の放課後まで続いていた。
下校のチャイムが学校を走り回る。特に急ぐこともない、いつも通り下校のバスが混まない頃まで教室で読書してから、帰ろうとする。
校庭を俯きながら歩いていると、後から声をかけられた。
「おーい!奴良くーん!」
この声は…またか。
ため息をつくもそこまで嫌そうでない彼は、声のする方へ振り返った。
そこに居たのは明るい茶色の、しかし地毛のショートヘアの左にちょこんとテールを結んだ美少女──名を家長カナと言う──がいた。
最近…というか、八幡が弾劾されたあの日から、こうしてたまに話しかけてくる。
そのうち八幡も、学校ではカナにだけ、少しだけれども、心を開くようになった。軽い会話は出来るが、ほぼ毎日この時間に頼まれることだけは、拒否し続けてきた。
「一緒に帰ろ?」
「やだ、先帰れ」
「もうっ!…もう秋なんだから夜になるの早いし、あのバスの次はまだまだだよ、乗ろ?」
今日はしつこい。いつもなら一言やだと言えば諦めてくれるのに。
そのせいか、八幡も少しムキになってしまった。彼なりの大声で叫ぶ。
「やめろよ!もう俺に関わるな、俺はひとりが好きなんだから…いい加減にしてくれ!」
この言葉に彼の本音はほんの少し、ひとりが好きということのみだった。
けれどもカナは愚直で、八幡が本心を叫んだと勘違いし、涙目で何も言わず走っていってしまった。
胸糞悪くなった八幡は気を落ち着かせるためにと思って家まで歩いていこうと、狂った名案を実行した。
結局八幡はその一時間後に祖父の配下である鴉天狗に捕まって運ばれるんだが。
夜の帳が降ろされた頃に、家に着く。
「はあ、ただいま」
「おかえりなさいませ、若!ご心配しました〜〜〜!!」
「ああ、雪女。どうした、そんなに騒いで」
家に入るなりすっ飛んできた目の前の美少女は、八幡が信じる者達のひとり、雪女だ。
毎日毎日こうして来てくれるが、今日はまた一段と激しい。少し落ち着いた雪女から、衝撃の事実を告げられる。
「今ですね、若が乗るはずだったバスが事故にあったというニュースが─」
「なにっ!?どういうことだよっ!」
雪女の報告を最後まで聞かずに、だだっ広い家に唯一あるテレビまで全速力で走る。部屋に入ればコタツでぬくぬくしながらテレビを眺めていた祖父がいた。
『つい先程入ったニュースです。今日夕方、○○小学校の児童を乗せたバスがトンネルの崩落事故に巻き込まれました。死傷者は不明、救急隊員が駆けつけるも、迂闊に手を出せない状況で──』
少しわからない言葉もあったけれども、なにかやばいと感じた八幡は昨日の集会を思い出す。
そう言えば幹部にひとり、尋常じゃないほどの恨みを向けるやつがいたな。なら、そいつの仕業か。
冷静に分析しながらも、頭の中は助けに行くことでいっぱいだった。
庭に出て側近たちを呼ぶ。
「雪女、青田坊、黒田坊、首無、河童、毛倡妓」
「はっ!」
呼んだ瞬間全員が集まる。そしてまた、全員が状況を把握していた。八幡は一息吸って奴らに告げた。
「今から助けに行くぞ」
「待て」
家の方から声をかけられる。見ればそこに、ぬらりひょんの側近がいた。冷酷にかつ淡々と、奴は言った。
「妖が人を助けるなど言語道断。言っては行けぬぞ、八幡」
「なんだとっ!お前、若に楯突くのか!」
そこから始まる論争は全くの平行線でとても無駄だった。しかし両者ヒートアップしてしまい終わりが見えない。
八幡はイライラしていた。
こんなところで時間くってる暇なんてねえんだよ。いいから付いてくるやつだけ付いてこいよ。老害たちは黙ってろ。俺は四分の一しか妖じゃねえよ、一緒にすんな。急がせろよ、早く行かせろよ。
様々な怒りが溜まり、限界を超えた。
刹那空気が変わる。
「──黙れ、お前ら」
その言葉は確かに八幡の口から出たものだった。が、声色は八幡とは似てすらなかった。
周りのものが八幡に注目する。見てないのは、総大将のみ。
男子小学生の平均的な長さだった髪は、八幡の胴と同じくらいに後頭部に伸び、真っ黒だったのが、白と黒のハイブリッド使用になっている。しかしながら、アイデンティティのアホ毛は健在だった。
人間不信になってから徐々に腐り始めた目が、雰囲気と相まってとても鋭く、恐怖するほどの目を形成していた。
普通の洋服を着ていたはずなのに、いつの間にか和服になっている。腰には刀までついていた。
「ぎゃんぎゃんうっせえんだよ。勝手にさせろ、てめえら老害が俺を制限すんじゃねえよ」
「なんだと──っ!」
続けて説法しようとしたやつも、出来なかった。
彼からすれば八幡は決して強くないが、それでもさっきまでただの人の子だった生物が放つ畏に、驚愕を隠しきれなかった。
その隙に八幡は家を出た。少し遅れて雪女たちや、名を呼ばなかった八幡を慕う妖も後を行った。
庭に残るは微妙な空気の沈黙。やがて総大将が口を開く。
「ほっとけい、八幡なら大丈夫じゃろ。ほれほれ、飯じゃ飯。お前ら散った散った」
*****
トンネルに着いた頃には野次馬がうじゃうじゃいた。
仕方なく妖の一匹が人々を眠らせる。
目撃者がいなくなった環境で八幡の配下のひとり、青田坊が崩落した瓦礫の山の前に仁王立ちする。
「ふんっ──うぉぉぉぉおおおおお!!!!!」
気合いの声とともに入るは腕のちから。
大きく振りかぶり拳を瓦礫にぶつける。すれば起こる事象は、彼が妖であることを差し引いても信じられないことだった。
トンネルの入口を塞ぐほど大量の瓦礫が、瞬く間に霧散した。暗闇だったトンネルに光が指す。中にいるは奴良組の幹部が一人。ガゴゼだった。
「おう、やはりお前か」
このガゴゼこそが、前述した幹部だった。
八幡の方を向いたガゴゼが不敵に不気味に不愉快に笑う。周りにはガゴゼの組の妖たちがたむろしていた。
「へへっ、若様じゃありませんか」
「てめえ、何するつもりだ」
八幡は大破しているバスを一瞥する。
八幡たちがいる場所からは中の人の安否が確認出来ない。それをむず痒く思う八幡は内心焦っていた。けれどもそれを表に出せば相手に呑まれると本能的に察していた八幡は耐えていた。
「もちろん、妖としての仕事をこなすだけです…このバスに乗る子供をみんな、地獄に送るだけですよ。ヒヒッ」
「──させねぇ!」
その一喝を合図に八幡が駆ける。そして、八幡の配下たちもそれぞれ自分の領分で働く。
交戦するもの、戦意を削ぐもの、怪我人を離脱させるもの、これ以上被害が出ないようにするもの、十人十色の働きをする。
八幡はガゴゼに迫る。両者の距離が五メートルに満たなくなった時八幡は刃を抜いた。
そのまま兜割りのごとく刀を振る。
「──せいっ!」
「ふふっ!」
不敵な笑みを浮かべその剣戟を弾くガゴゼ。弾かれた方向に──バスの近くに飛ばされた八幡は空中で体勢を整え着地する。
しばらく睨み合って微動だにしない二人、その沈黙を破ったのはガゴゼだった。
「どうして若様は私を止めるのですか。妖ならば人を襲い恐れさせるが生業というもの、ならばむしろ喜ばしいことではないのですか!?」
それは妖としては当然の感覚だった。それもそうだろう。
妖は常に陰陽の陰であり、完全に陽に出ることは、永き妖の生涯でも一度あるかないかである。中には確かに人に紛れ生活する妖もいる。けれどもしかし彼らも所詮は陰の住人、夜になれば妖の性分を現す。本当の意味で人として過ごす妖など、一人たりともいない。
そうであるなら、妖にとって人とは、人にとっての猿と変わらないのだろう。なら人は絶対に猿を襲わないと言えるだろうか。さらに言えば妖は本能的に人を襲うのだ。もし、もしもだが、人に猿を襲うという本能があったとしても、誰も止めることはしない。それと同じ、妖は他の妖の本能を止めない。
ただこの史上にふたり、ぬらりひょんの息子とぬらりひょんの孫を除いて。
「知らねえよ、俺は四分の三は人だ。四捨五入って知ってるか?それすりゃ俺は人なんだよ…尤も今は妖なんだが」
言葉が詰まる八幡は、癖で頭をガシガシ掻いた。
その仕草を目撃したのはガゴゼと、まだいた。バスの中にいる同級生たち。その中に、その行動が意味することを知っている人がいた。
寸分違わないその仕草に、その者は動揺する。
「え──奴良、くん?」
その声に引かれ少し後ろを向く。ただしガゴゼへの警戒は解かない。
案の定というか、ヒロインとしての摂理か、そこには家長カナが涙目をして全身恐怖で震えさせながらいた。
罪悪感を覚えた八幡はカナに言った。
「カナ、怖かったら──目ぇ瞑ってな」
不敵に笑うその顔に、見蕩れるカナ。
八幡の絶対な自信に人々は安堵を感じ始める、それが気に食わないガゴゼ。より一層獰猛になる。
「フフフ、若様を殺して…私が三代目を継ぐのだ!!」
「させねえよ──」
言った途端に、八幡の全身の輪郭が有耶無耶になる。ところどころに黒いモヤがかかって、数秒後には跡形もなく、まるで最初からそこには何も無かったかのように、消えた。
「なっ、これは!ぬらりひょんの畏…どこだ、若あああああ!!!」
もはや様もつけないほど動揺し暴走し始めるガゴゼ。
バスに向かって走り出し右手でカナの頭を思い切り掴もうと右手を前に突き出す。
けれども、掴む指がない──否、掌が切り落とされていた。
「うっ──うぎゃあああああああ!?!?」
「てめえみたいな極悪野郎にカナたちを殺させはしねえ」
どこからともなく聞こえる声は、妖の八幡の声、はっきりと聞こえるのにどこにいるのか分からない。
その事が、ただ祖父と同じことをしているだけの事が、ガゴゼを混乱させる。幾度と総大将で見飽きているはずなのに、いざ自分がやられるとこうなるのか…ガゴゼの心中の冷静な部分はそんなことを思っていた。
「これでしめえだ…じじいには悪いがな」
ガゴゼの頭上の空間から突如黒いモヤと刃が生え、頭頂から一刀両断する。
断末魔をトンネル中に響きわたらせながら、ガゴゼが絶命し、黒い粒子となって遺体が残ることはなかった。
刃が出てきたモヤがだんだん広がり、八幡を吐き出す。姿を現した八幡だったが、周りを見渡しガゴゼがいないことを確認すると、その場に倒れ込んでしまった。
*****
翌朝、まだ日が昇りきらないうちから、八幡は目を覚ましていた。普段使い慣れた布団で起きた時には、人の姿に戻っていた。
布団の端を摘んで顔を半分だけ出している彼は、目が腐っているからとても不気味だが仕方ない。彼が顔を半分しか出してないのは、口を覆いたいからであり、なぜ口を覆いたいかは叫びたいからだ。
「うあああああ!!!死にたい死にたい死にたい死にたいなんだよ昨日の俺カッコつけすぎだろたしかに妖の姿はちょっとかっこいいかなあとか思うけどそれでもナルシストすぎだろ黒田坊もびっくりするレベルだわ大体やべえよ勢いとはいえ幹部一人殺しちゃったよじじいに何言われるかわかったもんじゃねえようわあどやされる!勘当されて路頭に迷ってガゴゼ組の残党に殺されて明日には烏に全身喰われてるわやべえ終わった俺の人生奴良組もついでに終わったわ」
「若あ!朝からなんです!」
八幡は顔をすべて布団から出した。
「お、おう…雪女か」
「お隣の部屋からでも聞こえますよ、若の声」
布団を挟んでも隣の部屋まで届く声とは、小学二年生が出せる声量ではない気がする。
「…死にたいんだよ、ほっておいてくれ」
「ええっ!?わ、若!はやまらないでください!この私、雪女に出来ることならなんでもしますからあ!」
「お前が落ち着け」
雪女の取り乱し方がすごくて八幡が冷静になる。
「冗談だよ、それほど恥ずかしいのは本当だが」
「確かに、昨日の若は普段からは想像出来ないくらいクサイセリフ言ってましたからね」
「ヴッっ」
八幡に八万のダメージ。
そこで黒田坊が部屋に入ってくる。
「ええ、なんせ昨日の若は、私よりも!カッコつけてましたからね」
「グサリ」
八幡に八万のダメ以下略。
次は毛倡妓が入ってきた。
「なんだっけ、同級生の子に言ってたの。『怖かったら──目ぇ瞑ってな』だったけ?かっこよかったわねえぇ」
「カハッ」
八幡に八万の以下略。三人がくすくす笑っていると、布団の上で白くなっていた八幡が再起動して叫ぶ。
「お前らっ!いい加減に、しろぉぉおおおおお!!!」
八幡の、人生最大ボリュームの叫びだったと雪女は後に語るその咆哮は、奴良組内で『八幡怒りの覚醒』として、伝聞されていく。
ちなみに八満は、これも黒歴史だと、今夜頭を抱えることになる。
*****
色々疲れながらも学校へ足を運ぶ八幡。ふらふらしてバス停に着くと、いつもは自分より遅いカナがそこにいた。
「あ!奴良くーん!」
自分の顔が赤くなるのが自覚できる八幡は、頭を地面に打ち付けたくなるのを何とかこらえる。
どうか昨日のが俺だと気づかれていませんように、と念じる八幡。ひとまず、返事をする。
「おう」
「昨日のって、奴良くん?」
勘づかれてるううう!!!!
顔に出ないよう下唇を噛む。冷や汗がダラダラ流れ、脇の下がすぐびしょびしょになる。
「な、何のことだよ」
そっぽ向きつつ、それなりに冷静に返せたことに一旦落ち着きを覚える八幡。そしてまた、カナも素直な子なので、そっかあ知らないかとだけ言って詮索をやめた。
「やれやれ…まったく、ひやひやさせないでくださいよ、若」
空中で警護兼監視していた、鴉天狗が呟いた。