やはり俺を中心とした短編集を作るのはまちがっている。 作:Maverick
今日は3月14日、一般的にホワイトデーと言われる日であり、彼女がいる身として何かしなければという義務感に襲われる日だ。
しかし、下準備どころか何を渡すかすら決めていない俺は、まさしく絶体絶命そのものだった。
「…どうするかねえ」
「んー?どったの、お兄ちゃん」
リビングで悩んでいた俺の元に愛しの妹、比企谷小町が現れた。口元がにやけてるから、ある程度察しているだろう。が、ここはなりふり構ってられない、小町に助力を頼もう。俺は座っているソファの真横を叩く。そのサインに気づいた小町がそこに座るのを待ってからことの一部始終を話す。
「ええ!まだ何にもしてないの!?もうお昼だよ、このごみいちゃん!!」
今回は返す言葉もございませんゆえもっと罵ってくださいお願いします。
じゃ、なくてだな。
「まあ、相手が相手だから手作りならあいつよりうまく作れる自信はあるんだが」
「お兄ちゃん、結衣さんの好みとか全く知らなさそうだけど?」
俺の彼女である由比ヶ浜結衣は壊滅的なまでに料理ができない。いや、あれはもはや料理と呼べるものですらない。先月は一緒に作ることで九死に一生を得たわけだが、これからあいつの料理を食うことになっていくのかね。残機足りるかな?
まあ、それは置いとくとして、女子ってそれなりに甘ければなんでも食べそうなんだが。そう言うと小町に反論された。
「甘い!甘いよ、お兄ちゃん。女の子みんなが甘いもの好きとは限らないんだよ!!」
そうなのか?一色とか大好きだけどな。
そういや、高二の文化祭の時にハニトー食ってたな。なら甘いのも大丈夫だろ。
小町もそれで納得したし、さて作り始めようか。
《11時30分。ホワイトデー終了まであと12時間30分》
とりあえずキッチンを使うためにお昼を早めに食べ、食器を洗って少し休憩する。時計を見れば1時。
小町が自室から頭悪そうな雑誌を持って…来ると思いきや本格的な料理本を持って来た。お前、そんな本も持ってたのか。
「さ、お兄ちゃん!小学生でも作れるヤツならお兄ちゃんでも作れるでしょ!」
「まあな、つか小町ちゃんお兄ちゃんのこと馬鹿にしすぎよ?」
しかし、あながち間違いでなかったりする。小町が火を使い始めたのは小4だったかね。それまでは俺が基本的にいろいろ簡単なの作ってたからな、腕がなまっててもそのへんの小学坊主には負けんよ。
「で、どれにしようか。クッキー?」
「クッキーには『あなたは友達』って意味があるらしいからダメ!かと言って飴は難しいし…う〜ん」
いつの間にか偏差値低そうな雑誌を手に持って熟読してる小町。そこに書いてあるの?馬鹿にできねぇな。
「あ、これだよ!お兄ちゃん、マカロン作ろう!!」
「は、はあ…マカロンの意味は?」
「『大切な人』だって!」
はあ、じゃ、じゃあまあそれでいいか。とりあえずマカロンのレシピを見て、俺と小町はスーパーにマカロンの材料とついでに晩ご飯の食材を買いに行った。
《1時30分。ホワイトデー終了まであと10時間30分》
買い物を終え家にたどり着く。既に太陽はかなり傾いていて、風向きも変わっていた。春の陽気を感じさせ、新年度への期待が意識せずとも積もる。
「さあさあお兄ちゃん!頑張ってマカロン作るよ!」
「へーへー…今更だけど市販でよかったじゃんか」
「まあまあ、買ってきちゃったんだから作るしかないよ!!」
そう言われてしまえばそうなのだから反論できず、俺は小町と台所に立つ。
「まずは……」
さてさて、俺は今日中に彼女に渡せるのだろうか。
《3時45分。ホワイトデー終了まであと8時間15分》
再三失敗を繰り返し、気づけばテレビでは既にバラエティが流れ出す時間となった。とすると既に時刻は7時をすぎている。渡しに行くには少し遅すぎると思うが、しかし渡さねばならぬ。俺は結衣に電話をする。
『あ、ヒッキー。どうしたの』
な、なぜだろう。彼女の言葉に棘を感じるし、いつもみたいな陽気な声はしてないし、普通はついているはずの疑問符が付いていない!!
どう考えても俺のせいです、すみませんでした。
「い、いやなバレンタインのお返しを渡したいんだが、お前今どこにいる?」
『えっ!?ど、どうしよう…』
…悪い予感しかしない。もっとも俺が悪いのだが。
『私今友達と茨城だよ!今日泊まりだし!』
予想以上に悪い状況だった。大学に入ってものの、車の免許はとってないし、もちろんバイクもない。よってここから茨城まで行くにはタクシーか電車とバスの乗り継ぎだろう。
そんでもっておおかた昼まで俺の連絡待ってたけど来なくて、入ってた予定をキャンセルするわけにもいかないから行っちゃったんだろう。だったら茨城行くって教えてくれてもいいじゃん…。
「とりあえず茨城のどこだ!」
そう言って教えてもらった場所は、記憶が正しければ最北端である。タクシーでも間に合うかわからなくなってくるな…でも行くしかない。
「今からタクシーで向かう。待ってろ」
電話を一方的に切って続けてタクシー会社に電話する。はてさて間に合うのだろうか。軽く荷造りしてタクシーを待つ。腕時計をつける。時刻は…
《8時。ホワイトデー終了まであと4時間》
ようやく茨城に入った。一度結衣に電話する。
「おい、由比ヶ浜。最寄り駅ってどこだ?」
『え、えーっと…』
結衣に最寄り駅を聞いてそれを運転手に伝える。
「ふっふっふ」
「ど、どうかしました?」
運転手に場所を伝えるといきなり運転手が笑い出した。しかもかなり不敵な笑い方だ。ちょっと、いやかなりきもい。
「まだ気付かぬか、八幡よ。我だよ」
「…なんのドッキリだよ。材木座」
タクシー運転手の名前を見てみると材木座義輝と書かれていた。なんでここにいんの?気持ち悪。
「いや、普通にバイトだ。一度タクシーに乗った時に神対応をされてな。ちょっと憧れてた」
「なんて偶然だよ。おい材木座、だいたい状況は把握出来てるか?」
「もちろん。全くホワイトデーにどこに行くのかと思えば由比ヶ浜嬢は茨城に宿泊とはな。俺も今日はそのまま茨城に泊まる、一緒に泊まるか」
普段なら嫌だとつっぱねるが、しかしここまでして貰って断るほど俺は鬼ではない。快諾はせずとも渋々了承した。
ふと視界に時計が映る。
《9時30分。ホワイトデー終了まであと2時間30分》
駅まであと少しというところで時期外れの渋滞に引っかかってしまった。時計を見ればもう時間が無いことが判る。
「材木座、悪い。ここからは走っていく、金は後でホテルで渡す」
「承知。一度チェックインしてまた戻ってきてやるわ」
「…お前いつのまにかただのイケメンじゃねーか」
材木座だとわからないくらいに痩せてるしな、こいつ。声がいい顔もいい性格はクソだが、後は小説家として売れればモテ放題な気がする。
とにかくタクシーを飛び出し、駅に向かって走る。駅まであと200m。大学生活でまともに運動してないが流石に一分とかからず着く。
「ヒッキー!!」
手を膝につき呼吸を整えているところに声がかけられる。言わずもがな結衣である。
「悪かった。ずっと考えてたらいつの間にか今日になってた」
「ヒッキー。残念だけど」
そう言って結衣は自分のスマホのロック画面を見せてくる。そこに書いてあったのは《3月15日0時2分》。
…間に合わなかったか。くそっっ!
「ごめんな、由比ヶ浜」
自己満足だが、結衣の頭を撫でる。その後耐えきれなくて右手で抱き寄せる。左手にあるマカロンが崩れぬよう結衣の身体に手を回す。
「気にしないで、ヒッキー。予定入れてた私も悪いんだから」
「いや、俺のせいだ。ちゃんと午前中に渡せる状況ならこうはならなかった」
「いやヒッキーどうせ緊張したりで間に合わないし」
返す言葉がございません。どっちにしろ俺はここまで来ていたということになる。笑えね。
「でもいいよ、そういうところも私は好きだから」
「…お、おう。なんかさんきゅ」
少しの間そのままで、その後抱擁をやめて一度離れる。3月といえども夜はまだ出歩くには少し寒すぎる。どこかで休みたくとも、この時間ではと思っていると背後からクラクションが聞こえた。
「八幡寒いだろ。タクシーでも使え」
「…お前ほんと誰だよ」
「我だよ」
「…馬鹿野郎。ほんとにかっこいいじゃねぇか」
タクシーに左肘を掛け、右手をポケットにつっこみながら材木座が立っていた。右手を出したかと思えば下から上へ振り上げるとともに光るものをこちらに投げた。それを受け取ってみると、タクシーの鍵と思しきもので、こいつの危機管理能力が少し不安になった。
「電話して呼んでくれ」
「…さんきゅー」
「ね、ヒッキーそれ誰?」
「由比ヶ浜嬢久しいな。材木座だ」
結衣の目が点になる。わからなくもない。俺も突然そう言われればそうなっただろうからな。
「え、ええ!!ちゅうに!?嘘、かっこい(笑)」
目移りしちゃ嫌よ?
「行くぞ、由比ヶ浜」
もやもやを一度振り払って結衣の手を引っ張りタクシーに乗る。材木座は闇夜に消えた…とかではなく駅の方へ歩いて行った。あそこで時間を潰すのだろう。
「とりあえずこれ。ハッピーホワイトデー…って言えばいいか」
そう言って左手に持っていたマカロンを渡す。紙袋を見た結衣は笑みを浮かべ、目を潤わせる。
「ありがと、こんなことになっちゃったけど嬉しいよ」
タクシーを照らす光は駅周辺の、ピークを過ぎた淡いものだけで、それが結衣の艶めかさを際立たせる。俺の目は結衣のピンク色の三日月から離せなくなる。
一度正気に戻り結衣に話しかける。
「俺は明日材木座と帰るだろうが、お前はどうする?」
「んー、ヒッキーと帰りたいけど友達に悪いから。帰ってからイチャイチャしたい!」
「……お、おう。そうか、じゃあ先に帰ってるな」
「うん!…最後にひとついい?」
長いことこうしてる訳にも行かないことを分かっていただろう結衣が話をクライマックスへ運ぶ。
「流石に今回の件は俺のせいだ。なんでも言うこと聞くことにする、なんだ?」
今回の件はほんと自分に全面的に非がある。
「結衣って呼んでほしいのと…は、八幡からキス、して欲しいな」
「…お、おう」
なぜ結衣がいきなり俺を八幡と呼んだのか分からなかったが、とりあえずこの二つを俺は果たさなければならない。
確かに俺はいつも由比ヶ浜と呼んでいたし、ヘタレな俺からは滅多にキスをしない、というか営みでボルテージが上がった時にしかしない。
今一度目を瞑り覚悟を決める。目を開け、結衣を見据える。俺の両の手が結衣の肩に吸い込まれ、俺達は向かい合う。少しずつ、少しずつ顔が近づいていく。途中で一度止め、可愛らしい名前を呼ぶ。
「…ゆ、結衣」
「……」
しばらく何も言わなかったが、しかし結衣は幸せを言葉にした。
「ありがとう、八幡。わたし今幸せ」
「…まあ、なんだ。俺も一緒だ」
お互いの気持ちを確認したところで俺の顔が結衣の顔にせまる。
唇と唇が触れる。そのぷくりとした柔らかい感触は何物にも言い換えられないもので、強いて言うなら「女の子の唇」とありきたりで当然のことしか言えない。
瞬間だけにするつもりだったのに、いつの間にか数十秒もそうしていた。どちらからか分からないが俺たちは離れる。
「これからもよろしくね、八幡」
「あ、ああ。こちらこそ、由比ヶ浜」
「…ふんっ」
「?……あ、ゆ、結衣」
「えへへ」
……慣れるまで時間はかかりそうだが、善処していこう。