読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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テーマ:『歩』の資格


第二章イベント01:潰えた希望 抗う絶望(後篇)

第二章イベント01:潰えた希望 抗う絶望

 

 

 

 10

 

 

 第三層ボス部屋前。

 フィールドボスが倒されてから五日あまりでここまでやってきた。

 二層では十日でクリアだったが、今回はギルドクエストの所為で出だしが十日以上経ってしまった。

 時間的には多少遅れた感はある物の、誰も時間的な衰えは感じている様子はない。ギルドの設立は必要な事だし、100層まである事を考えれば、長い目で見て行った方が効率が良いのも必然だ。

 ただ、今回のボス戦は不参加組が案外多く見られた。元々リンド、キバオウのメンバーである計六パーティーはそのまま、しかし、残り二パーティーが殆ど存在しないと言って良い状況になっていた。スニーの様に武装やスキルの事情で不参加とせざるを得ない者も考えると、今回のボス戦は、結構な痛手を被ってると言える。

 ボス部屋直前でそれぞれが、メンバーを集めパーティーを揃えて行く中、タドコロは取り巻き退治として参加していた。

「よう、姫嬢ちゃん。やっぱ残り二パーティーはこんなもんか?」

「ですからその呼び方は………、もう良いです」

 渋い顔をしながら、ウィセはメンバー状況を確認する。

 あまりの出来た残り二パーティーの内一つは、ツカサが率いる五人パーティーで編成されていた。あまり会話をしていない人物だが、ツカサはそれなりに仲間から信頼されている様子だった。

「っで、ここにいるのはあぶれ組。正真正銘の烏合ですね」

「御尤も」

 ウィセの発言に頷いたタドコロに、皆一様に苦い笑みを浮かべた。

 ウィセ、タドコロの他に、このパーティーには、カノンとアマヤ、そして≪ビーター≫の名高い片手剣士、キリトと、最前線唯一の女性プレイヤーであった細剣使いのアスナだ。

「いきなりだったのに、入れてもらって悪かったな」

 少し視線を逸らし気味に言うキリトに対し、カノンは手をパタパタ振る。

「いえ、そんな………! 僕こそ、こんな場に来てしまって………! なんだか申し訳ないと言うか、場違いと言うかでして………!」

「………カノン、後ろ姿で口見えないけど、緊張してるのが丸解りだぞ?」

 アマヤに指摘され、カノンは余計に強張ってしまう。

 そんなカノンの姿に、アスナとキリトが、苦い顔をしてしまう。それが解ってしまうだけに、カノンの緊張は余計に悪化してしまい、視線でウィセへと助けを求めた。

「タドコロ、何か面白い事言ってください?」

「コンドルワッ!!」

 

「イヤ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!! 止めてください~~~! ごめんなさい~~~~~~! 僕が悪かったです許してください~~~~っ!!!!」

 

 カノンはトラウマを思い出し、恥ずかしさで緊張が吹っ飛ぶ。顔を真っ赤にして頭を抱え、地面を転がり、羞恥心による暴走を開始していた。

「タドコロ………、私は壊せとは言ってないはずなのですが?」

「これおっさんの所為ですかねぇ!? なんか良く解んねえけど、これって完全にこいつの問題だよなっ!?」

「どうでしょう? アマヤは何か心当たりが?」

「………知らん。お前、何か知らないか?」

 アマヤは適当にキリトに視線を向け問いかける。

「俺が知ってるわけないだろう」

「だよなぁ~~? コイツどうするかなぁ?」

 困った表情で蹲るカノンを見つめ、悶々と考えるタドコロに対し、ウィセは視線を背け、キリト達へとなおった。

「さて、これからの私達の行動についてですが―――」

「おおいっ! いいのか!? コイツいいのかこのままで!? おっさんと違うんだから優しくしてやれよ!?」

「私達の役割は取り巻き三体の≪ナイトマン・デューク≫をボスに近づけさせないと言う―――」

「せめて構ってくれ~~~? エンターテイナーにも心があるんだ~~~………」

 震えた声で送られた要求に、ウィセは仕方ないと言った表情で振り向き手招きする。

「解りましたから、カノンと一緒にこちらに来てください。話はしておかないと後が大変でしょう?」

「おお! ちゃんと構ってくれるなんと言う親切! おら行くぞ! 嬢ちゃん顔の坊っちゃん!」

「ううぅ………、変な呼び方しないでください………」

「早く来ないと『コロコロ』と『ノンノン』と呼びますよ?」

「「さあ、話を進めてくれ!」」

 瞬時に戻ってきた二人に溜息を吐きつつ、ウィセは説明を再開する。

「先程も言った通り、私達の役目は取り巻きの足止めです。取り巻きはリポップの可能性がありますので、充分な注意を。ボスの名前は≪ザ・グレートソードエンペラー≫、三段あるヒットポイントが赤に変われば、盾持ち片手剣から、両手剣装備に切り替わります。ここまでの情報は、迷宮区周辺のクエストでも確認されている物なので確実の筈です。もちろん、提示されている情報が全てではないはずです。だからこそ、私達の取るべき行動は、自分達の役割を確実にこなす事と思うのですが………、どうでしょうか?」

 ウィセの質問に誰も異を唱える者はいない。タドコロはさすがだと感心しながら、いつもの様に笑って見せる。

「さすが我らの姫様! いつもの顔ぶれじゃなくても物怖じせずに言ってくれるところがありがたい!」

「サヤやアナタの相手をする方がずっと大変です」

「嬢ちゃんと一緒にすんなよ!? おっさん、あそこまで迷惑な存在じゃねえよ!?」

「むっ、迷惑とはなんですか? タドコロさん、サヤさんはアナタの仲間でしょう? しかもリーダーじゃないですか? それを迷惑扱いはあんまりです!」

「ええっ!? なんでカノンが怒ってんだよ!? なんでおっさんこっちに怒られてんのっ!?」

 思わぬ方向から注意され、タドコロは面喰ってオーバーアクションに驚いてしまう。

 いつもならここは無視する所ウィセも、この反応には些か気になってしまった。

「カノン? フィールドボスの時も思ったのですが………、アナタ、サヤと何かありましたか?」

「え? ええっ!? な、なにも………、うん、これと言って何もありませんでしたよ?」

「目が、泳いでるんですが………」

「ほ、本当に何もありませんから! ねえ、アマヤくん!」

「………」

 

 ピロンッ!

 

「………そうだな」

「ほら! アマヤくんもこう言ってるじゃないですか!」

「待ちなさい。今、チャット操作しましたよね? アマヤに何と送ったんです?」

「そ、そうさなんて………してません………」

「慣れない嘘を吐こうとするから全部ひらがな言葉になってますよ?」

 必死に否定するカノンと、珍しく食い下がるウィセの姿に、このままではパーティーの絆に係わると判断したタドコロは、年長者として場を収めに掛る。

「お前ら! 嬢ちゃんの事よりおっさんの話題で盛り上がれ!」

「「うえっぷ………!」」

「二人同時っ!?」

 カノンは自分と同じように胸に手を当て、荒い呼吸をするウィセへと提案する。

「こ、ここで争うのは止めましょう? スニーさんやサヤさんの様なフィルターなしは辛いです………」

「解っていた事だと言うのに………、失念してました………。今ほどサヤに早く会いたいと思った事はありません」

 割と真面目に結論付ける二人の姿を見て、何かを察したらしいアマヤはタドコロの肩を軽く叩く。

「………グッジョブ」

「『生贄さんありがとう』っ!?」

 苦笑いを浮かべる面々を前に、キリトとアスナは、驚いた様に目を丸くした。

 今まで彼等が出会ってきた攻略メンバーは、皆ギスギスした雰囲気を持って、当たりの厳しい者達ばかりだった。時にはエギルの様な気の置ける相手もいたが、彼等の様に、まるでデスゲームではない普通のMMOをプレイしている様な人達とは出会った事がなかった。むしろ、SAOがデスゲームである以上、彼等の様に構えるのはとても困難に思える。それなのに、彼等は平然とした表情で『いつも通り』な姿を見せている。これは、ソロプレイが殆どの二人にとって、とてつもなく不思議な光景だった。

「なんですかキリト? 人の事をじっと見て?」

 視線に気づいたウィセに訪ねられ、キリトは慌てながらも返す。

「い、いや、向こうに比べると柔らかいイメージだったから………」

「タドコロの緊張感が無さ過ぎるだけです」

「姫嬢ちゃん!? これ以上おっさんを苛めるの止めてくれねぇ!?」

 タドコロの言葉をスルーして、ウィセは少し怒った様に言う。

「そもそも、命がかかっていると言うのなら、無駄に深刻になるべきではありませんよ」

「無駄にって………、皆命を掛けてるんだから深刻にもなるでしょう?」

 聞き捨てならなかったのか、アスナが返し、ウィセは肩を竦めて失言を詫びる仕草を見せる。

「すみません。私が言ったのはそう言う事ではなく………、命を掛けると決めて皆さんここにいるのですから、今更じたばたしても仕方ないと言っているんです。命を掛けるのが嫌なら、第一層で大人しくしてる者達と一緒に自分達の事だけ考えていればいいんです。ですけど、皆さん命を掛けるこの場に来ている。だとしたら、今更固くなったところで、実力を阻害する原因にしかなりませんよ」

 言われてみればその通り。

 ウィセは、自分達は既に博打でお金を払って賭けをした身だと言っている。既に賭けに出てしまった以上、じたばたしても始まらない。『人事を尽くして天命を待て』の言葉通り、後は成り行き任せなのだ。そのための準備もして来てしまった以上、いつも通りのスタンスを彼等が崩す必要はない。

 ウィセ達のそんなあり方が、アスナは上手く理解できない様子で、キリトは眩しそうな表情で見つめる。

「さすがは姫さん! 良い事言う! 俺達は俺達らしく行こうぜ! ってなわけで、ここで一発俺が空気を和ませるとっておきのトークを―――」

「「「「「おえっぷ………」」」」」

 キリトとアスナを含める全員の胃が持たれた。

「『満場一致』っ!?」

 タドコロと言う男の立ち位置は、どうやらパーティーメンバーが変わっても変わらないらしい。

「おいっ! お前らいい加減にしろよ!」

 突然上がった声に、視線を向けると、前線メンバー達が険しい目つきでこちらを睨んでいる。

「今回はフロアボスが相手なんだぞ!? フィールドボスとは違うんだ! そんな舐めた態度でちゃんと自分達の役割を果たせるんだろうな!?」

「ガキの御使いじゃねえんだ! 遊びならさっさと帰れ! 生半可な覚悟しかない奴等に居られても邪魔なだけだ!」

 「そうだそうだ!」と上がる声に、ウィセが呆れたように溜息を吐く。他の者達は多少居心地悪そうにしていると言うのに、彼女だけが、この罵声を意に返さない。

 考えて見れば、ウィセはどんな時でも、自分が考え、自分の力で周囲を収めてきた。それを思うと、タドコロは少しでも彼女の負担を軽くしてやれないかと思いたくなる。

 だから彼は叫ぶ。いつもの様に、普段通りの明るくバカバカしい声で。

「了解しました!! つうわけで気を付けようぜ! アマヤ!」

「………」←(聞こえてない)

「この通り、ガキも『俺の全てを掛けて反省する!』って言ってんで、許してやってください! ついでにおひねりプリーズ!」

「謝罪でお金要求する人、初めて見ました………」

 カノンが固い声を漏らすと、それが気に障った戦線メンバーが、タドコロ一人に向けてありとあらゆる罵声を飛ばす。

「うお~~~っ!? なんだお前ら!? 何故ここまで凄まじいブーイング!? お~~いっ! 助けてくれマサ~~~っ!」

「いませんって………」

 ウィセは、頭痛そうに額を押さえ、内心ではタドコロの行動に賞賛を送っていた。

(『歩』の役割、しっかり果たしてるじゃないですか………)

 現段階で、彼女にとっての最上級の評価を送られた事を、当然タドコロは知る由もない。

「ぐおわ~~~~っ!? てめえら何処でそんな空き缶とか拾ってきやがった~~~!? おいこらっ! 石を投げるな! てめえらいくら何でも遠慮なさ過ぎだろっ!? 俺のヒットポイントが減ったらオレンジだぞ!? くっそ~~、止まねえ! こうなったら最高のネタ披露してやるから黙りや―――ソードスキルの体勢に入るのは止めてくれ~~~~っ!!?」

 

 

 11

 

 

 バカな一幕はタドコロと言うスケープゴートが一頻り打ちのめされた所で終了し、いよいよ本格的にボス戦へと乗り込む。

 今回指揮を取るのはキバオウだ。この役目はまたコイントスで決めたらしいが、細かい事はどうでも良い。問題なのは、自分達が役割を果たし、何事もなくボス攻略を終えられるかどうかだ。

「私が指揮をとっても良いのですか? ここはキリトかと思っていました?」

 ウィセが当然と言いたげな疑問を口にすると、キリトの方が戸惑った表情を作る。

「よしてくれ、いくら俺が≪ビーター≫でも………いや、だからこそ、俺がパーティーリーダーなんて務めるわけにはいかないだろう?」

「誰か、≪ビーター≫反対の方は挙手してください?」

 ウィセがすかさず訪ねる。誰も手を上げる様子はない。

「≪ビーター≫って事は、色々詳しく知ってるんですよね? なら、むしろ心強いんですけど?」

「………好きにしろ」

「おっさんは自分じゃなければだれでも良いっ!!」

「私も気にしないし」

 カノン、アマヤ、タドコロ、アスナの台詞を聞いて、ウィセはキリトに向き直り首を傾げる。

「………ここはキリトかと思いました?」

「うぅ………」

 もう一度同じ台詞を返すウィセに、キリトは居心地が悪い気分を味わった。

 案外自分が思っている程≪ビーター≫の効果がないのかもしれないと思いつつ、ここで受け入れ、パーティーリーダーにでもなってしまえば、他の前線組からの当たりが更に強くなってしまう。ただでさえ疎まれているのに、これ以上疎まれる原因を増やしたくない。

 なので彼は、多少声に力を込めながら言う。

「い、いや、もう、ウィセで良いんじゃないか? 俺はソロだし、仲間を指揮するのには向いてない。その辺はウィセの方が良いだろう?」

「そこまで力を入れなくても、アナタの立場は解っていますから安心してください。今回は私が勤めさせてもらいます」

「あ、ああ、頼むよ」

「それでは皆さん、私に従って動いてください」

 ウィセが言うと返答を待たずしてボス部屋の扉が開かれた。

 いよいよ開戦の時だ。

「戦闘開始や!」

 キバオウの激が飛ぶと同時に全員がホール内に駆け込む。

 広いホールに足を踏み入れた瞬間、奥で控えていたボス、≪ザ・グレートソードエンペラー≫が立ち上がり、彼への道を塞ぐように、≪ナイトマン・デューク≫が三体出現する。

「G隊、H隊! 予定通り取り巻きを引き付けい!」

「「了解」!」

 返答を返したツカサとウィセは、それぞれのパーティーを引き連れ、先陣を切る。

「私達が二体分のタゲをとります! キリト、アスナ! 先手で二体のタゲをこちらに! タドコロ、カノン! 二人の援護を!」

「「了解!」」

「おっしゃあ! 任せろ!」

「はいっ!」

 キリト、アスナが指示に従い、攻撃を仕掛ける。≪ナイトマン・デューク≫は出現してからタゲを取るのが遅い。これはベータテスターの知識だったが、例え違ったとしても、この二人が先手なら問題はないと判断できた。

 予想通り、二人は何の苦もなく二体のタゲを取り、タドコロとカノンの援護をもらいながら、ナイトマンをボスから引き離していく。

 簡単に前線を開く事が叶い、主戦力が間を割り、ボスへと真直ぐ向かっていく。後は彼等がボスを倒すまでナイトマンを引き付けるだけだ。

「アマヤ、アナタはあくまで援護のみに集中してください。そして、出来るだけボスと戦ってる方を気に掛けておいてください。何か動きがあったらすぐに教えられるように」

 アマヤの正面に立って、口の動きを見せながら早口で言うウィセ。一瞬、早すぎたかとも思えたが、アマヤはしっかりと口を読み切ったらしく、こくりと頷き、部隊の後方に陣取った。その視線はちらちらとボス戦の方へと向けられている。

「おいウィセ! 俺達だけで二体もタゲを取り続けるのはやっぱり無理だ!」

 キリトの声に反応して全体を見回せる位置に動くと、ウィセは状況を正確に把握し、的確に指示を出していく。

「問題ありません! キリトはカノンとスイッチ! POTしてください! あまり大きな回復薬は使わない様に! アスナ、タドコロ! 無理には攻めず、時間稼ぎに徹してください! どうしてもだめな時は私がPOP時間を稼ぎますので合図を! キリト! POT終了したら本格的に攻撃を再開! カノン! 援護のみに徹し、キリトの回復が必要になった時だけスイッチを!」

 立て続けに指示を出し、全員の動きを迷わせない様に正しく導く。

 本来はG隊とH隊、どちらかがナイトマン一体を請け負い、もう片方が二体を請け負い、時間を稼ぎ、一体を相手にしている方が素早く撃破して援護に向かう。二体分の遅延がかないそうにない場合は、途中で一体だけ請け負っている方がタゲを取り、二体と一体を交換する事になっていた。

 だが、ウィセはそんなややこしい事をしなくても、自分のパーティーメンバーなら充分に二体撃破も狙えると踏んでいた。

 攻撃力に秀でたキリト、カノンペアが一体のナイトマンを徹底的に攻撃し、素早く撃破。もう片方は、素早い動きで相手を翻弄するアスナと、援護に徹させれば上手いタドコロのペアで、ともかく時間稼ぎだ。

 時々、どちらかが危なくなってきたと感じたら、ウィセは迷わず控えておいたアマヤに手で合図を出し、援護に向かわせる。声が聞こえないアマヤは、指揮を聞く事が出来ない、そのため、積極的に前衛に出させるわけにはいかない。彼には先に伝えたある程度引き付ける役割しか与えられない。指示の聞こえない彼を前衛に出すと、咄嗟の状況に対応できない場合がある。悪くすれば邪魔という結果にだってなりかねない。何よりウィセが彼の事をあまり知らないので、上手く使う事が出来ないのだ。

 それを察しているタドコロは、少しでもウィセの負担を減らす為に、時間稼ぎ役を全力で務める。

 時間稼ぎに必要な事の第一条件は、ダメージを受けない事だ。ダメージを受けない限り、いくらでも相手はできる。ヘイトを溜めるための最低限の攻撃だけを行い、敵への攻撃は全て回避か相殺で掻い潜る。

 アスナはナイトマンの剣を軽やかに躱すと、そのままソードスキルの突きを懐へと叩き込む。時より、ナイトマンがソードスキルを発動させるが、援護に徹しているタドコロが、待ってましたと言わんばかりに相殺する。

 彼の武器は槍なので、リーチが長い。そのおかげもあって、後衛からでも充分に援護が間に合うのだ。

「そらよっ!」

 タドコロは、更に状況を楽にするため、アスナが回り込もうとしている反対側に走り、ピックを投げつけ、上手くタゲを取る。

 前衛はアスナなので、ヘイトが溜まっているのはアスナの方だ。そのため、時にはタゲが取れない時はあるが、そうなると逆に自分が相手の後ろに回り込めるので、遠慮なくソードスキルを背面に撃ち込んでやった。

「これなら余裕だな!」

「油断しないで! タドコロさん!」

 アスナの警告を頷けるように、ナイトマンが何の前触れもなくタドコロに向けてソードスキルを横薙ぎに振るってくる。

「してねえよっ!」

 素早く、槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で空中に逃げたタドコロは、自分の足元すれすれを通り過ぎる刃を飛び越え≪ソニック・チャージ≫でナイトマンの顔面を撃ち抜く。

 合わせてアスナが左後方から膝裏目がけ三連続ソードスキルを撃ち込み、タドコロが着地するまでの時間を稼ぐ。

 しっかり地面に着地したタドコロは、目の前にあった膝裏目がけ、思いっきり強打。ナイトマンは両足の膝裏を叩かれ身体を揺らして倒れるのを避けようとバランスを取る。本来なら攻めどころだが、二人は時間稼ぎの役割のために距離を取る。アスナはナイトマンが復活してくる前に、素早くポーションを一つ飲んでおく事を忘れない。

「順調!」

 タドコロが叫ぶと同時に、ポリゴンの破砕音が響きわたる。隣を見やると、キリトとウィセが、ナイトマンを同時に斬り付け、倒したのが見て取れた。

「キリト! このまま私ともう一体を攻撃! カノンは一旦POTです!」

「解った!」

「はいっ!」

 間髪置かずに攻めの姿勢を維持するウィセに、タドコロは驚嘆するしかない。

(おいおい、いくら、攻撃型で揃えてたからって、たった三人でこんなにも早く一体倒しちまったのかよ? 早過ぎじゃねえか?)

 タドコロは知らなかったが、キリトとウィセは、同じベータテスター。そのため、ナイトマンの弱点は熟知しており、殆ど指示なしに合わせて動く事が出来た。カノンがスタッフによる攻撃で二人の攻撃の合間を埋めてくれるので、二人は攻撃に専念する事が出来たのだ。

「キリト、タドコロで攻撃! アスナはPOT! アマヤを一時的に入れますので皆さん注意してください!」

 手でアマヤに入ってくるように指示するウィセ。皆も応じて戦い方を変形させていく。

 アマヤがアスナの代わりにスイッチ、敵の攻撃を相殺する事に専念する。キリトがアタッカーとして最大限の活躍を見せる中、タドコロもキリトとは反対方向から絶妙な距離を計りつつ攻め込み、確実にヒットポイントを削って行く。

「行けるぞ! ミスすんなよ!」

「言われるまでもない!」

「スイッチ!」

「………!」

 アスナが再び戻り、アマヤがスイッチ。

 ウィセが一旦後方に下がり、カノンを投入。

 ウィセは周囲状況を取り込み、的確に指示を出していき、二体目のナイトマンを撃破する。

「キリトPOT! アスナ、タドコロはG隊の援護! カノンとアマヤは待機! キリト! リポップに警戒!」

 敵を倒してもウィセが気を緩める気配はない。攻めるべき場所を徹底的に攻め込み、相手に覆すチャンスを与えない。

 結局ツカサが率いるG隊のナイトマンも、ウィセが斬り付けポリゴンへと爆散させ、あっと言う間に取り巻きを全滅させた。

「G隊は本隊と合流! 指示を仰ぎ、リザーブに入ってください! 私達は一旦POT及び待機! リポップに警戒し、瞬時対処が出来る位置に移動! ボスに近づき過ぎて本隊の邪魔にならない様に!」

 次々飛ぶウィセの指示は、全てが的確過ぎて、誰も口を挟めない。いつの間にG隊までウィセの指示に従って本隊に合流してしまった。キバオウ達は、予想よりも速く取り巻きを倒してしまったG、H隊に驚きつつも、リザーブとして上手く回していく。

 少し離れた位置で警戒態勢を取るウィセに、タドコロは労いの言葉を掛けるつもりで近づく。

「………手が脆い」

 声を掛ける前にそんな声が耳に届いた。

 どうやらウィセは、本隊の戦いに不満があるらしく、指示を出せない事に少々の歯がゆさを感じている様子だった。

「今はまだこれで良いのかもしれないけど………、盾を捨てたら一気に攻撃力の高い両手剣に持ち替える………。このペースでPOTを消費し過ぎでは………。ローテーションも………いえ、いざとなれば私達で援護―――ダメ、リポップした場合は最低の筋書き………!」

「姫様よぅ、どうした?」

 一人考えを纏めようとするウィセに、タドコロは戦況を確かめつつ訪ねる。

 ウィセは渋る事無く状況を説明する。

「ボスの防御性能が前線組の攻撃性能を上回っています。私達が早くナイトマンを倒したように見えたのかもしれませんが、その実は逆です。むしろ、人数の少なさ故に、時間がかかってしまったんです」

「なる………、つまり、本隊の方がボスに効果的なダメージを与えられず、時間を掛け過ぎていると?」

「攻略会議で話していた予測時間を既に三十分もオーバーしていますが、今だヒットポイントが黄色になったばかりです。今は守りを中心とした攻撃をしているので助かっていますが、このままでは………」

「いずれ、攻撃重視に変わって隊が崩れるか?」

「………、さすがにその時は部隊指揮を取って、対応を変えるとは思いますが………、あまりに対応が下手なもので………」

 この時、ウィセはせっかくボスを追い詰めても、前線組が撤退を言い出し、自分達が巻き込まれ、せっかくのアイテムゲットのチャンスを反故にされるのではないかと警戒していた。だが、そんな事とは知らないタドコロは、皆を案じているのだろうと判断し、彼女に好感を持つのだった。

「なあに! もしもの時は任せておけって!」

「タドコロが一人で何かしても状況は―――」

「≪ビーター≫様がなんとかしてくれる!」

「俺かよっ!?」

 いきなり話を振られたキリトがツッコミを入れ、カノンとアスナが苦笑を漏らす。

 その時、事態が動いた。

 ≪ザ・グレートソードエンペラー≫が咆哮を上げ、それに合わせて≪ナイトマン・デューク≫がリポップされたのだ。

「タドコロ! ≪投剣≫でファーストアタックを一体取ってください! アマヤ、キリト! 二人で左右のナイトマンのタゲを取り、後方に持っていきます! 本隊との戦闘に巻き込ませないよう!」

 素早いウィセの判断と指示に、誰も疑う事無く瞬時に行動を移す。

 はっきりとした口調で、断言して伝えられる命令は、それだけで力があり、周囲に力を与える。まして、それが頼り甲斐のある存在からともなれば、士気は高まり、実力以上の力が発揮されていく。

 ウィセの指揮の元、ナイトマン三体を迅速に後方へと引っ張る事に成功。後は、G隊がリザーブからこちらの援護に回れば状況は有利に傾く。

 そのくらいはちゃんと解っていたらしく、キバオウがG隊に指示を出そうとする。その時、ボスのゲージが赤色に変わった。

 ウィセの表情が一瞬、疑問を表わす。

 当然だ。先程黄色になって間もなかったゲージがいきなり赤色に変わった理由が解らない。

 彼女の明晰な頭脳が、瞬時に状況を思い出し、仮定し、推測し、洗い出し、整理し、答えを導く。

(弱点攻撃!?)

 ≪ザ・グレートソードエンペラー≫には、確かに弱点があるらしい事はクエスト情報によって発覚していた。それも、かなり大きなダメージを与えられると言う話だったのも覚えている。ただし、クエストで情報を教えてくれたNPCが「奴の取り巻きを消し去るまで、決して狙ってはいかん」っと、伝えていたらしい。このNPCは、暗に、この状況にならないようにと言うアドバイスもしてくれていたのだ。

 

『リポップしたモンスターに囲まれ、攻撃力の上がったボスに襲われるなよ』

 

 その遠回しな助言を、立場上、ウィセは把握できていなかった。彼女が把握していたのは、NPCの発言により、弱点があるらしいと言うところだけだ。

 ボスは持ち替えた両手剣でソードスキルを発動し、周囲に密集している前衛部隊を根こそぎ薙ぎ払った。リンド組、キバオウ組、共に半数以上が薙ぎ飛ばされゲージを一気に赤く染めた。

「アカンッ! リザーブ組! 交替や!」

「!? 待ちなさい! こちらの援護には誰を出すつもりですかっ!?」

 ナイトマンから距離を取りながら、ウィセが声を荒げる。

 それを煩わしそうにキバオウが叫び返す。

「自分らで何とかしい! そっちはまだヒットポイントに余裕があるやろう!? こっちが回復次第G隊送ったる!」

 それでは間に合わない。

 タドコロにもそれは充分に理解出来た。当然、ウィセは何事か言い返したそうな表情をしているが、言っても聞く耳を持たないであろう相手に、掛ける言葉も見つからない。

「ウィセ!」

「姫嬢ちゃん! どうするっ!?」

 キリトとタドコロに指示を煽がれ、難しい表情で目を閉じ、一瞬逡巡………。

「タドコロ! アマヤ! 二人で一体ずつナイトマンの相手をして、時間を稼いでください! キリト、アスナ、カノンは、私と共に最後の一体を集中攻撃! 速攻で一体倒します!」

 アマヤに手振りで指示を伝えつつ叫び、返答も聞かずにナイトマンの一体に飛び掛かるウィセ。キリトとアスナが瞬時に並びつつ、声を上げる。

「おいっ!? それじゃあ二人の負担が大きすぎるぞ!?」

「そんなの解っています! これ以上に最善手があるならさっさと指示を出しなさい!」

 ウィセに言い返され、キリトは苦い顔で黙るしかない。不利な状況は重々承知の上だ。それでも、これ以外に取れる手段がない。さすがにボスの取り巻きを三体相手に六人は少な過ぎる。先程のペア攻撃も、いつでも交代できる余分な要員と、外側から正確な指示を出せる指揮官が居るからこそできた手段で、さすがにペア三組で相手をしていてはPOTローテが間に合わない。最悪、二人同時に削られる可能性だってあるのだ。

(盾装備のマサがいりゃ、違ったんだろうがな………)

 ここにいない人物を思いながら、タドコロは自分の仕事を果たす為に大声を張り上げる。

「おっしゃあっ!! 任せろ姫様っ!! おっさん、ヒーロー並みに大活躍して、Mob相手に小粋なトークで二十四時間サービス営業してやるよぅ!!」

 危機的状況に於いて、絶望的な場面に於いて、彼は誰よりも乗り気に、誰よりも早く、真直ぐ戦禍に飛び込んで行った。己が飛び込む場所こそ、死地に最も近いと言うのに、彼は恐れず嬉々として突っ込んでいく。

「嬢ちゃんよろしく………まずは突進~~~っ!!」

 如何なる状況に於いても関係なく、彼はいつもの様にふざけた声音で叫び、≪ソニック・チャージ≫でナイトマンに突っ込み、一撃を与える。瞬時にタドコロをタゲしたナイトマンは、拳の一撃で吹き飛ばす。

「おおうっ!? 嬢ちゃんの真似はおっさんには腰に効く~~~っ!?」

 一気にヒットポイントを減らしながらも、彼は地面に着地し、腰のポシェットにオブジェクト済みのポーションを取り出し一気に仰ぐ。飲み干したと同時にナイトマンの剣撃が降ってくるが、これは槍にて受け流す。

 SAOの回復アイテムは、飲んでもすぐには回復してくれない。一定の時間内に徐々に徐々に数値が回復していく物だ。そのためにソロでボスの取り巻きと戦うのは危険すぎる行為。それでも彼は変わらず、何の苦でもない様に笑って戦闘を続行する。

「おっしゃあぁ~~っ!! タドコロさん! 初の本気モードでも見せてやるかね!? 見よ! この本気の逃げ足を~~~~っ!!」

 タドコロはいつもの様にふざけた態度でナイトマンの周りを走り回り、攻撃を回避し続け、槍で受け流しつつ、隙あらばヘイトを溜めるために攻撃を仕掛ける。見た目にはタドコロがいつもの様にふざけているとしか思えないが、実際はあまりに危険なハラハラさせる行為だった。拳だけでも四割近く削られたのだ。剣の一撃を受けようものなら、深刻なダメージは間逃れない。

 そんな彼の行動に、ウィセは内心で感謝の念を送っていた。

 彼のこの行動によって、僅かだが、メンバーの士気が高まった。やってやろうと言う前向きな感情が芽生え、行動を迅速化させる。

 キリトが相手の攻撃を相殺させ、すかさずアスナが叩き込み、カノンがディレイ誘発を狙って強打。合わせてウィセのソードスキルが叩き込まれた所で、ナイトマンの剣が振り降ろされ、キリトがもう一度相殺を試みる。誰か一人でもミスをすれば最短ルートへのダメージステップから外れてしまう。単独でがんばるアマヤとタドコロのために、彼等は絶え間ない攻撃を全力で振り絞る。

「おっしゃあ~~~~っ!!」

 皆の戦いが前向きになっているのを確認しながら、タドコロは叫んで自分の戦いに集中する。

(後は自分達でどうにかしやがれ! おっさんは自分の事で精一杯なんだよ!)

 フロアボスの取り巻きは、普通のMobとアルゴリズムは変わらない。だが、圧倒的にステータスが違う。一対一で戦うとなれば、モンスターを動かすAIに戦闘パターンを解析され痛烈な一撃を貰いかねない。SAOに於いて、強力なモンスターを相手にするのは、時間稼ぎするだけでも、ほぼ不可能に近い困難さを極める。

 槍捌きはソロ並みのタドコロであっても、タドコロの動きを解析し、的確に剣を振るってくるナイトマン相手に、いつまでも持たせられる自信はなかった。

(そんでもやんだよっ!)

 己に一喝し、振り降ろされる剣を飛び込む勢いで躱す、すぐに引き上げられた剣が、タドコロを追いかける様に横に薙がれる。自分の三倍以上はある巨大なナイトマンの剣を、槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で何とか躱すが、槍が剣に当たって、予期せぬ回転を味わい、地面に倒れ込む。

「さっ、せるか~~~っ!!」

 続く振り降ろしを警戒し、確認もせずに地面を転がる。

 ナイトマンは、タドコロの警戒通り、足を振り上げ、追いかける様に地面を踏み潰していく。

 転がる勢いを利用して立ち上がり、サイドステップで攻撃を躱したタドコロは、槍の一刺しで腰の辺りを突き刺す。ソードスキルでもなければ、弱点攻撃でもないが、確実にダメージにはなっている。しかし、そんなやわな攻撃に怯むわけもなく、ナイトマンは横薙ぎに剣を振り払う。慌ててバックステップするが、躱し切れず、槍での防御越しに一撃貰って吹き飛ばされる。

「なにくそうぅっ!」

 倒れてもすぐに立ち上がりナイトマンへと向かっていく。ダウン中にタゲが変わって、ウィセ達の所に行かれても困る。だから彼は常にナイトマンと戦っていなくてはならない。

「アマヤくん!?」

「カノン! アマヤとスイッチ! アマヤにPOTを………っ!」

 叫び声が聞こえ、つい目で確認してしまうと、片手剣士のアマヤが、ヒットポイントを赤い状態にしてナイトマンと戦っている姿が見えた。かなりギリギリの様子だが、退くわけにもいかず、必死に攻撃を仕掛けている。

 堪らず叫んだカノンに対し、ウィセはアマヤとのスイッチを指示に出す。だが、これは苦肉の策に、苦汁を混ぜる様な選択だ。四人がかりで攻撃しているナイトマンは、まだ半分近くヒットポイントを残している。三人に減ってしまった以上、更に時間がかかる事は間違いない。何より、相手をしている彼等のヒットポイントも、徐々に黄色へと近づきつつあった。

 彼等の負担をこれ以上増やすわけにはいかない。せめて自分だけでもヘマはすまい。そう思った矢先、ナイトマンが振り降ろした剣を躱した時だ。ナイトマンは振り降ろして地面に直撃させた剣を、そのまま刃を返しただけで横薙ぎに振るってきたのだ。今までなら一旦持ち上げていた過程を無視して、いきなりの横切りに慌ててバックスステップ。槍越しに一撃貰い、僅かにヒットポイントが削られる。

 衝撃で少し体が浮くが、何とか地面に着地する。そのタイミングを計っていたかのように、ナイトマンは剣を一杯に振りきり、ソードスキルを放ってくる。

 ソードスキルはシステムアシストによって、通常よりも遥かに速い速度で行動できる。そのため、常人にはソードスキルが発動してから躱す事はできない。タドコロもその例にもれず、何とか槍で受け止め、防御しようとするが、4の字状に切りつけられる三連続ソードスキル≪サルベージ・フラクラム≫を受けて、吹き飛ばされてしまう。地面を無残に転がり、ヒットポイントを一気に減らしながら、タドコロは壁にぶつかって止まる。

「く、くっそ………!」

 やはり、自分が圧倒的なステータスのある相手とやり合うのは無理だったのか?

 そんな疑問を浮かべながら、視界が霞む様な錯覚を覚える。

(こんな………、こんな事でよぅ………!)

 圧倒的な現実の前に、タドコロの頭は危機的状況と悟ったのか、過去を走馬燈のようにリピートさせ始める。

 

 

 12

 

 

 彼は諦めてなどいなかった。

 彼は必死に考え、ずっと探し続けていた。

 二度と愛しき人と一緒にいられないなど、認められない。

 どんなに現実を突きつけられたところで、この気持ちは消えたりなどしない。

 残酷な運命が現実だと言うのなら、己の消えないこの気持ちもまた現実なのだ。

 決して諦める事無く、探し続けた彼の元に、青天の霹靂(へきれき)は訪れた。

 

紗里奈(さりな)さん!」

「………浩二さん!?」

 彼は再び彼女の前に現れた。紗里奈という名前を久しぶりに呼んだ気がした。

 彼女は一瞬嬉しそうに笑みを作り、しかし、慌てて彼を部屋に招き入れる。

「早く入ってください。お父様達に見つかったら………!」

 彼女の招きに応じ、窓から部屋に上がった彼は、訊ねられる前に懐に隠し持っていた物を差し出す。

「紗里奈さん! 聞いてくれ! コイツは≪ナーブギア≫って言う、フルダイブゲーム機なんだ」

 あまり機械に詳しいわけではない彼女は、何故彼がそんな物を持ちだし、危険を冒してまで自分に再び会いに来たのか解らず、首を傾げる。そんな仕草を可愛いと思いながら、彼は捲し立てる様に伝える。

「コイツの試作ゲーム、≪ソードアート・オンライン≫って言うゲームがもうすぐ発売される。そこでは、アバターって言う自分じゃない自分を動かし、まったく別の異世界に来たような体験が出来るんだ!」

「は、はあ………?」

 彼の事は好きだが、時々自分の理解を超えた事をしてしまうので、理解できない時がある彼女。この時も、彼が一体何を伝えようとしているのか解らず、生返事を返してしまう。彼は構わず続ける。

「アバターは名前や姿も変えられて、ゲーム内じゃ、誰もアバターの正体なんて解らねえ。自分の良く知った顔がすぐ隣にいたとしても、気付かずに通り過ぎることだってあるんだ。つまり、このゲームの中では、まったくの別人になれるって事なんだ!」

「まったくの………別人………?」

「そうだ! 俺でも無い、お前でも無い。でも確かに俺達の存在が、この世界で生きて行くんだ!」

「私達だけど………、私たちじゃない………?」

 少しずつ、彼の云わんとしている事を理解し始めた彼女は、興奮気味の彼の目を見つめる。

「この中でなら、この中でならな………! 例え俺達が出会っていても、誰にも文句なんて言われねえって事だよ!? この世界には現実の地位も、家柄も、どんな事情も関係ねえっ! 何の(しがらみ)も持たない“個”の俺達として生きて良いんだ!」

「私と浩二さんが………一緒に居ても良い?」

 瞳を潤ませ、問いかける彼女に、彼は今にも泣き出しそうな笑みを向けて答える。

「このゲームにはな………男女で『結婚』できるシステムもあるんだってよ? だからさ、紗里奈さん………! ……………俺とこの世界で、結婚してくれないか?」

「――――っ!?」

 ついに決壊した涙を押し殺す事無く、彼女は彼に抱きついた。

 何度も何度も、彼の耳元で「はい」の言葉を繰り返し、愛しい人へとキスをする。

 そう、これは希望だったのだ。希望を手に入れた瞬間だったのだ。

 

 

『ごめんなさい浩二さん、やっぱり初回ロットは手に入れられませんでした………』

 初回ロット発売後、彼女からそんな知らせの電話が届いた。

 本当は電話連絡さえ危険と言える二人の関係、それでも、いつかは誰に憚る事の無い世界で、二人だけで過ごせる日がやってくる。それを信じられるからこそ、二人は最低限の連絡を繋ぎ続けた。

 いつか、現実の二人の関係は、完全に消えてしまうだろう。代わりに、SAOが二人の人生を紡いで行ってくれる。彼等はその夢に向かって奔走していた。

「そうか………、いや、まだチャンスはある。こっちも一個手に入れるのがやっとだったが、先にSAOに行って待ってる事にするさ。一足先にSAOを体験して、お前が来る時は色々教えてやれるようになっておくよ」

『はい! はい! 楽しみにしています! 必ず≪ソードアート・オンライン≫が通常販売された時は、真っ先に手に入れて、アナタの元に向かいますね!』

「おう! そういや、アバターネームはもう決めたのか?」

『うふふっ、実は「SRN」で「サリナ」にしようと思ってるんです?』

「って、それ、俺のネームのパクリじゃねえかよ!?」

『だって………、その方が、御揃いみたいじゃないですか?』

「………。………おおっ! 実に良い!」

『も、もう………!』

「………じゃあ、もう切るよ。あんまり長いと見つかった時大変だろう? ゲームはともかく、電話なんかしてたらマジで疑われるからな………」

『はい………。でも、いずれはまた………っ! 必ず………っ!』

「ああ、絶対だ。今度はSAOでなっ! “サリナ”!」

『はい“タドコロ”さん!』

 

 

『………以上で≪ソードアート・オンライン≫正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の―――健闘を祈る』

 真っ赤なローブに包まれた顔無しは、それだけ言うと、SAOの空から消え去った。

「ふざ………けんな………っ」

 彼は忘れない。

 絶望の中、必死に足掻いて見つけた希望を―――。

 その希望を、一人の男の妄念によって断たれた事を―――。

「ふざけんな! ふざけんなよっ!!」

 どんなに希望に縋っても、何度となく現実が希望を食い殺していく。

 彼は再び、絶望の檻に閉じ込められる。

 最初よりももっと酷い、絶望の淵へと………。

「ふざけんなよ! 出せ! ここから出せ!」

 彼の絶叫は、周囲で同じ暴言を吐く者達と重なり、薄れて消えて行く。

「許さねえぞ………っ! 許さねえぞ茅場ぁっ!! なんてこと………っ! なんてことしやがるんだぁ~~~~~~~~~~っ!!!」

 彼は絶対に、忘れない………。

 

 

 13

 

 

「へへ………っ、こんな時に………何思い出しちゃってんのかねぇ………っ!」

 自分へと迫るMobの気配を感じ取りながら、彼は苦い笑いを浮かべる。

 彼のピンチに気付いて、回復中のアマヤが助けようと走るが、距離的に間に合いそうにはない。

「まったくよぅ………、おっさん………、こう言うのは柄じゃないでしょう?」

 石突を地面に刺し、槍を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。

「ここに立ってんのは“俺”じゃねえ………、“タドコロのおっさん”だ。いつもふざけて嗤われて、皆に愛されなくても、たった一人が愛し続けてくれたおっさんのままでいりゃあ、それで良い………」

 だから………、っと彼は続ける。

 すぐ目の前で止まったナイトマンが、剣を大上段に振り上げ、その猛威を振り降ろす。

「舐めてんじゃ………ねえよ~~~~~~~~~~っ!!」

 体を回転させ、遠心力を利用した横薙ぎ二連続ソードスキル≪ヘリカル・トワイス≫が、ナイトマンの剣を跳ね返し、更に一撃を叩き込む。

 カウンターにより、僅かに退いたナイトマンに、硬直が解除されると同時に追い打ちを掛ける。

「ふざけんなよっ!! 追い込まれりゃあ、降参するとでも思ってんのかぁっ!?」

 懐深くに潜り込み、連続で槍を振るう。身体を薙ぎ、柄などで打撃を与え、少しも離れる事無く、次々と攻撃の猛攻を続けて行く。

「いくらでも希望を断ち切ってみやがれっ!! いくらでも絶望に沈めてみやがれっ!!」

 ≪バタフライ・トワイス≫を叩き込み、最後の突きが急所を深く抉り、ナイトマンのヒットポイントを赤色にまで減らしていく。

 だが、そこで終わりだ。一瞬のディレイに曝されながらも、ナイトマンは腕を振るい、硬直中のタドコロを跳ね飛ばす。タドコロが起き上ってくる前にモーションに入り、≪ソニック・リープ≫を発動する。

 タドコロは空中で槍を突き出し、地面に刺してブレーキを掛け、無理矢理着地する。迫ってくるライトグリーンの一撃を、勘だけを頼りに、槍を上段から斜めに構え、受け流す。勘が当たり、ライトグリーンの刃は槍にいなされ、地面に激突する寸前まで振り降ろされてストップする。それでも防御越しに攻撃を受けたと判定され、タドコロのヒットポイントは赤色に変わる。

 構わず彼は、槍を構え、一気に突き込む。

「どんな絶望の淵でも、足掻く事を止める理由なんてねえんだよっ!!」

 ≪ツイン・スラスト≫の二連続突き技が炸裂し、ナイトマンを僅かに退ける。

「大人はよぅ!! 希望がないくらいで立ち止まらせちゃくれねえんだよ~~~~っ!!」

 技後硬直とディレイが同時に解け、剣と槍が同時に振るわれる。

 タドコロの突きと、ナイトマンの振り降ろす剣。それは全く同時で、互いのヒットポイントを削り切るに()る威力だった。

 世界が緩慢になる幻視を見ながら、それでもタドコロは槍を突き込む。

(負けるかよ! 負けるかよ! 負けるかよっ!! てめえなんぞにくれてやる命なんて一つもねえんだ! こんな所で、負けてられるかよっ!!)

 矛先がナイトマンの腹に突き刺さる。刃がタドコロの肩を切り裂いて行く。

 緩慢な世界の中でヒットポイントが徐々に削られていくのが見える。

 それでも、タドコロは止まらない。

(絶対に………っ! “俺”は、アイツの元に帰るんだ! 帰って、必ず絶望を超えてやるんだよっ!!)

 如何な絶望も彼の歩みを止められない。如何に希望を断とうと彼の心は揺るがない。

 何故なら彼は、この世で最も苦しい絶望を、既に味わっているのだから。

 

 ―――だから彼は………止まらない!

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 咆哮を上げ、更に強く突き込む。

 互いの命を狩る刃が、深く身体に侵入していく。

 そして………、ヒットポイントは………、0になった。

 

 ガギィンッ!!

 

 寸前に聞こえた鋼の音と共に、仰け反ったナイトマンはポリゴンの破片となって爆散した。

 タドコロは突きの姿勢のまま、自分のヒットポイントを見上げる。HPバーには、空っぽになった様に何の色も浮かんでいない。だが、HPバーに表示された名前の隣、そこに、1ドットの赤い色彩が僅かに望める。

 HPバーの下に記載された数字を見れば1の表示が確かに残されていた。

「すまないっ! 援護が遅れた!」

 その叫び声は彼の背後から聞こえた。振り返ったそこには黒い装束に身を包む、片手剣士が焦った表情で立っている。

 彼は………、キリトは、タドコロを両断しようとしていたナイトマンの刃を、寸前のところで跳ね返し、助ける事に成功したのだ。

「タドコロ! 早くPOTしてください! キリト、早く戻ってっ!!」

 ウィセには珍しい焦り声を聞いて、キリトは素早く所定の位置に駆ける。

 条件反射でポーションを取り出しながら、確認すると、ウィセ、アスナ、カノンのヒットポイントが、全員赤色に変わっていた。回復したアマヤがカノンとスイッチして、彼は事なきを得る。キリトは駆け寄りながらポーションを素早く飲み干し、回復する前にウィセとアスナ、二人の代わりにナイトマンのタゲを取る。

 ウィセは、ポーションを取り出しながらタドコロの元まで駆け戻ると、素早く指示を出していく。

「カノン! 無理しない程度にアマヤの援護を! アスナ! そいつはキリトに任せて回復に専念してください! キリト! そいつのアルゴリズムは左からの攻撃に1フレーズ分の遅れが見られます!」

 たったそれだけの指示で戦況が有利に傾いて行く。キリトが相手にしているナイトマンは、元々複数でダメージを蓄積していた相手と言う事もあって、キリトの猛攻に耐えきれず、ほどなくポリゴン片へと爆散した。残る一体に向けて疾走するキリト。回復が不十分のカノンとアスナは、まだ加われないが、アマヤとキリトの二人だけでも充分に立ち回れる様子を示していた。

「ありがとうございますタドコロ、おかげで何とか勝てそうです」

 唐突にウィセから褒められたタドコロは、乾いた笑いを漏らしながら地面に胡坐をかいた。

「いやは………っ、おっさんに熱血はやっぱきついわ………、腰に来ちまったよ? もう二度とやらねえぞ~~………」

 疲れ切った表情で愚痴る彼に、ウィセは微笑を漏らして労う。

「成れたじゃないですか? 『と金』に」

「………あ?」

 言われた意味が解らず、変な声を漏らし、すぐにある事を思い出す。

 二層でのタッグ戦、あの時ウィセはタドコロの事を『歩』と称した。そして、『歩』は『と金』に成る事が出来ると。

 あの時、彼は「具体的にどうすればいい?」と訪ねたところで、自爆しろと言うありがたくもない御言葉を貰った物だ。

「成れたのかねぇ? おっさんだよ?」

「成れましたよ。やっぱりアナタは『歩』です。将棋の中で、一番なくてはならない『歩』と言う大切な戦力でした。私の見立ては間違ってはいませんでした」

 何処か誇らしげに言う彼女の真意を読み切れず、とりあえず褒められているらしい事だけ納得して適当に笑っておく。

 彼が笑い、二つ目のポーションを呑み終えたところで、最後のナイトマンがポリゴン片に変わった。ウィセが提案を持ちかけたのはその時だった。

「ところでタドコロ、もう少しでボスが倒されそうなのですが………」

「んあ? そうだな。もうすぐやりきれそうだな?」

「ちょっと癪だとは思いませんか? 私達だけに取り巻きの相手をさせ、あまつさえ、未だに苦戦している様子の彼等に、このまま全てを譲ると言うのも?」

 言われてみればそうだ。ボスと戦っている連中を見やれば、確かに苦戦してはいるようだが、鬼気迫っている表情の割に、自分達ほど危機的状況には立たされているようには見えない。人数も揃い、リザーブ組との連携もこなし、POTローテもしっかり回っている。ボスの攻撃力を前に攻めあぐねてはいるが、ヒットポイントが赤色になる程危険な者は見られない。むしろ、先程の自分達の方が、良く生き残れた物だと感心したくなってしまう。

「ふっ、エンターテイナーは面白くないと務まらねえんだぜ?」

「では、少し仕返ししようと思うのですが………どうです皆さん?」

 ウィセがいつの間にか集まったパーティーメンバーに視線を送りながら質問する。その瞳は冷ややかではある物の、悪戯を思いついた猛禽類の様に怪しい笑みを湛えていた。

「いいな、それ」

 キリトは面白そうに笑い、真っ先に乗っかる。

「もうっ、仕方ないなぁ………」

 不満げながらも、アスナも同意を示した。

 僅かに微笑し、頷くアマヤの隣でカノンが表情に影を落とす。

「うわぁ………、ウィセさんがスニーさんみたいに黒い………」

 恐れ気味な発言の割に、反対する様子は見られない。むしろ乗り気満々だった。

 何だかんだで全員、取り巻きを自分達だけに押し付けられた事に少なからずの怒りを持っているのだろう。

 全員の意見を聞き終えたウィセは、一つ頷き、プランを語る。

「では、タイミングを見計らってLAを奪ってやりましょう。恐らく、私の予想通りなら、もうすぐ前線はかなりの大技を喰らって、ほぼ半数が動きを止めます。そこに助けに入るふりをして、ちゃっかりLAを攫うとしましょう。この中の誰がLAを取っても恨みっこなしですよ?」

「おいおい姫様よぅ? その提案には賛成だが、『大技』なんて本当に来るのか?」

「来ますよ。私の予想通りなら、ボスの最後の攻撃となるはずです」

 それを聞いたキリトが、何かに気付いた表情でウィセを見つめる。

 意味が解らないタドコロ達だったが、自信に満ちたウィセの断言に、疑うのを止めて頷く事にした。

「よっしゃあ! じゃあタイミング頼むぜ!」

「言ってる傍から来ましたよ」

「え?」

 言われて視線をボスへと向けると、巨大な両手剣を逆さまに構え、大きく振り被っている様子が見える。どう見てもアレは地面に剣を突き刺そうとしている。

「モンスター限定ソードスキル≪ライトニング・フォール≫。二層トーラスのナミングと同じ、全範囲麻痺攻撃です。躱し方は………二層迷宮区で覚えてますよね?」

 ウィセの質問に、皆が頷き、次の瞬間には走り出していた。

 キバオウがH隊の特攻に気付くが、てっきりリザーブに加わろうとしている物と思ったのだろう、視界に捉えるだけで黙した。その次の瞬間、≪ザ・グレートソードエンペラー≫の剣が地面に突き刺さり、そこを中心に黄色いエフェクトライトが、雷の様に広がって行く。

「飛んでっ!」

 ウィセの指示に全員が一糸乱れぬ跳躍を遂行。今まで一度も使って来なかったナミングに、前線組が次々とスタンしていく中、H隊だけがそれを回避して見せる。

「ぜぇああっ!!」「………届け!」

 短い気合を迸らせ、キリトとアマヤが空中で≪ソニック・リープ≫を放ち、同時にボスを斬りつける。大技使用後の瞬間だったためか、ダメージの割には簡単に仰け反り、隙が出来た。着地したアスナが素早く三連続突き技≪ペネトレイト≫を撃ち込む。それに合わせてタドコロの投げ槍(ジャベリン)がボスに突き刺さり、僅かに遅れたカノンの一撃分の間を埋める。

 最後にウィセの四連撃ソードスキル≪ベア・ノック≫の掌打に押し出されたボスが一歩退がるが、すぐに立て直し、二連続全体範囲系のソードスキルを放つ。

 アスナ、カノン、アマヤはバックステップで範囲外へ、キリトとタドコロはしゃがんで攻撃を回避。ウィセは逆に飛び上がり、タドコロがボスに突き刺した槍に捕まってソードスキル中のボスに≪リーバー≫を叩き込む。

 刃が一周して、二撃目を放たれたところで、カノンがソードスキルで相殺し、僅かに仰け反らせる。

 ウィセは、≪セル・リッパー≫をボスに撃ち込んでから、槍を掴んだまま両足でボスの腹を蹴飛ばし、槍を引っこ抜くと、空中で走り来るタドコロに向けて槍を投げる。

「総員! ラストアタック!」

 指示を受けた全員が同時に飛び出す。

 アスナの単発突き技≪リニア―≫。

 カノンの左右に殴ってから突き込む三連続技≪ストライク・ハート≫。

 アマヤの三連続技≪サルベージ・フラクラム≫。

 ウィセの三連続技≪クレセント・トライア≫。

 キリトの体当たりから上下二度斬りの、体術スキル混成三連続技≪メテオ・ブレイク≫。

 タドコロの三連続技≪バタフライ・トワイス≫。

 六人分のソードスキルが四方を囲むようにして放たれ、今度こそボスはポリゴン片として爆散した。

 ボス撃破のシステムメッセージを確認しながら、タドコロは満足げな笑みを浮かべた。

 同時に目の前に表示された『ラストアタック・ボーナス』のシステムメッセージに、軽く驚愕さえ覚えた。

「お疲れ様です。三層クリアです」

 ウィセがタドコロを労う様に言うと、他の皆もタドコロの元に集まって笑みを向ける。

「お、おいおいなんだ? なんでおっさんの所に集まる? ここは姫嬢ちゃんの―――」

「アンタが一番の功労者だからだよ」

 キリトの割って入った言葉に、皆が頷き、タドコロは何も言えなくなって照れるしか無くなってしまう。

「さて………、これで済めば易いのですが………」

 口の中で呟く様なウィセの言葉、それを頷けるように、これで済ませられない連中が声を上げた。

「くっそ………っ! なんだよお前らっ!? 何急に割って入ってきてやがんだよっ!?」

 先程まで前線で戦っていたメンバー達が、一様に険しい眼を向けてきている。ウィセはこっそりタドコロの影に隠れながら、「やっぱり」と言いたげな呆れた表情を作っていた。

「いや~~っ! 何か前線が苦戦しそうだったんでつい………っ! 時間稼ぎのつもりが、俺達の方が早く取り巻き倒しちまったもんで、ここは早く合流しないとって思っちまってな? んで、これまた時間稼ぎのつもりで全力攻撃したらポリゴン! だぜ? こりゃあ驚いた!」

 いけしゃあしゃあと言って見せるタドコロに、キリトとウィセは内心で賞賛の声を上げる。もちろん、そんな事で納得するような連中もいないわけで、彼等は殺気だった気配を衰えさせない。

「ふざけんなよっ! お前等、≪ビーター≫と組んで、LA狙ってやがったんだろう!? だから、ボスの最後に使った技も知ってて―――」

「ボスの技については、攻略本にちゃんと記載されていましたよ? 剣を持ち変えるとナミング技を使う事があると」

 言葉の途中でウィセが割り込む。実際、攻略本にはちゃんとそれが書かれていた。ただ、剣を持ち変えても一向に使って来なかったので、誰もがそれを失念してしまっていたのだ。恐らくベータからの変更で、ギリギリまで使わないように設定し直されたのだろう。

 それで納得できるわけがないとは解っていたが、細かいところを潰しておかないと後々面倒な事になると、ウィセは解っていた。

「う、うるさいっ! そもそもなんでお前等が出しゃばってくるんだよっ!? 取り巻きを倒したのなら後方で大人しくしてればいいだろうが! 俺達は命を賭けて戦ってんだぞっ!? それを、お前らみたいにふざけた連中がLA取っていくんじゃねえよっ!!」

 彼等の言い分も尤もであり、LAを攫ったのも間違いなく仕返しだ。ウィセは、いい加減飽き飽きし始め、ここで彼等との遺恨を断ってしまおうかと口を開き掛けた時だ。

「命賭けるだぁ………? ふざけやがって………」

 今まで聞いた事の無い種類の低い声音が、大凡相応しくない人物の口から発せられた。あまりに意外な人物が相手に、ウィセだけではなく、キリトや、前線メンバー達まで目を丸くしてしまう。

 タドコロは、顔の筋肉に異様な力が入るのを感じながらズカズカと喚いた男に近寄ると、その胸倉を掴み上げた。

「軽々しく命なんぞかけてんじゃねえよっ!? “遊び”じゃねえんだぞっ!?」

 あまりにいきなりの事態に、誰も口をはさめず、思わず成り行きを見守ってしまう。

 タドコロの形相には、チンピラだの、厳ついだの、そんな生易しい表現では表わせない程に歪められている。

「てめえら生きて帰りてぇんじゃねえのかっ!? “生きて”帰ろうとしてる連中が“命”なんて賭けんじゃねえっ!! 死んでも誰にも文句言えやしねえ! 失ったらその時点で取り返しのつかねえ“命”賭けて、てめえら何を得たっ!? 横取りしただぁ? 上等だ! てめえの“命”の価値は、横取りされる程度の軽いもんって事だろうが!? 割に合わねえぇって解らねえのかっ!? そんなくだらない理由に命賭けて、くだらない言い訳して、くだらねえもん手に入れて、ふざけた事抜かしてんじゃねえよ?」

 タドコロは男を引き寄せ、相手の瞳を覗き込むようにして特大の怒気を孕んだ静かな声を漏らした。

「このくらいの理不尽はなぁ? 現実(リアル)じゃごろごろ転がって回避できねえんだよ? “俺”達大人はそんな中で生きて来てんだぞ? 一々絶望に直面したぐらいで喚き散らしてんじゃねえ若造が?」

 言い捨てたタドコロは、思いっきり男を突き飛ばし、背を向けると、手に入れたばかりのLAアイテムを装備した。

 タドコロの身体に纏わされる土色のジャケットが、まるで苦しい社会の荒波を生きた、大人の背中の様で、誰も口を開く事が出来なかった。

「さあ~~って、さっさとアクティベートにでも行こうかね~~?」

 いつもの様にふざけた口調で四階層に続く階段へと向かうタドコロに、誰も声をかける事が出来なかった。

 ただ、彼のパーティーメンバー達は、黙って彼の後を追いかける。

 ≪トレジャー・ジャケット≫に身を包む、大人の後を、子供達が追いかけるように。

 

 

 14

 

 

「………?」

「? さっきからどうしたい姫嬢ちゃん?」

 階段を上る途中、ウィセがずっとタドコロの顔を覗き込んでいたので、訊ねられた。ウィセは顔を覗き込んだまま、不思議そうに答える。

「いえ、先程のタドコロがあまりにも恰好良過ぎたので、いつの間にか偽物と入れ替わっているのではないかと?」

「何を言うかよ? おっさんはいつでも恰好良いだろう?」

 ぱちりとウインクを飛ばしながら流し目を送った瞬間、ウィセが地面に倒れ込んで苦しみ始めた。

「ど、どうしたっ!?」

 すぐ後ろに控えていたキリトが助け起こすと、ウィセは苦しそうに胸を押さえている。

「フィ、フィルターを………、フィルターをお願いします………っ!?」

「『コイツはやっぱり本物だった』っ!?」

 ショックを受けるタドコロに、キリトは「どんな顔をウィセに見せたんだよ?」っと呆れた表情を作る。

 タドコロは笑いながら「おっさんの魅力は若造には伝わらねえんだよ!」と快活に笑って見せた。

 そのいつも通りの仕草に、誰もが気持ちを軟化させた。ああ、やっぱりこの男は今まで通りだ。っと。

「ところでウィセさん、よくボスの大技が最後に来るって解りましたね? 確かに情報はありましたけど、僕も失念してましたよ?」

 カノンの質問に、キリトから離れ、なんとか立ち直ったウィセが、いつもの冷ややかな瞳を正面に向けたまま簡潔に述べる。

「前に見ましたから」

「「「え?」」」

 タドコロ、カノン、アスナの声が重なり、キリトが「やっぱり」と言いたげな表情を作る。

「前に見たんですよ。あの時は何度も連発していましたが、トーラスのハンマーと違い、技の前も後も隙が大きいので、修正されると思ってましたから」

「え? あの? ちょっと待ってください? 前に見た事があって、それが修正されると思ってたって事は………?」

「アナタ、ベータテスターだったの?」

 カノンの呟きを継ぐように、アスナが結論を述べる。ウィセは事も無げに頷いて見せる。

「はい」

「はい、って………、おっさんも知らなかったぞ?」

「言ってませんでしたから」

「なんで教えねえんだよ!? 色々役立つ情報持ってたんだろ!?」

「ベータがどういう目で見られてるかは知っていたでしょう? その所為で、二層の決闘騒ぎになった事を忘れたんですか?」

 ウィセに言われ、思い出したタドコロは苦笑いを浮かべるしかない。

 彼女は、せっかくだと言わんばかりに愚痴を呟く。

「何処かの誰かが二層迷宮区のトレジャーボックスを総取りする物ですから、仕方なくサブダンジョンで稼いだ私達にまで飛び火してくる始末ですよ」

「う………っ」

 暗に責められたキリトは、苦い顔を作り、少なからずそれに加担していたアスナも視線を逸らしてしまう。

 キリトは話を逸らす為に別の話題を振る。

「それじゃあ、なんで今話したんだ?」

「アナタは≪ビーター≫を仲間に引き入れても文句を言わないパーティーに、ベータごときを糾弾する者が居ると思ったんですか?」

「ぐうぅ………っ」

 ウィセの鋭いツッコミに、度々胸を抉られたキリトは、痛む胸を手で押さえながら黙ってしまう。

 そんな彼の姿を見て、タドコロは大いに笑い声を上げて一笑に付した。

「ちげえねぇ! 俺達の間に隠し事も遠慮も無用って事だっ!!」

「タドコロさんは隠してくださいね? また誰か倒れますよ?」

「おおいっ!? なんて事言いやがるっ!?」

 カノンの発言に突っ込むタドコロだが、八つ当たり気味にキリトから「タドコロは隠した方が良いと思う人、挙手」っと言われ、聞こえていないはずのアマヤを含む全員に手を上げられ多大なショックを受ける事になった。

「『その身ごとオブラートに包んで』っ!?」

 小さく笑い声が囁かれる中、ウィセは心の中で呟く。

(タドコロ、アナタはやっぱり『歩』なんですね。………巨大過ぎて支えきれない相手の力を一身に受け、絶望的と言う状況をその身を削って緩和させ、時には絶望を掻い潜り、敵陣深くに斬り込んで、『と金』に成り、己自身を“希望”に変える。………アナタは、真実『歩』と言う重要な戦力ですよ)

 他人を駒としてしか扱わず、他人よりも自分を優先する少女、ウィセ。

 しかし、彼女は他人を見下さない。あくまで自分を優先するだけの彼女にとって、自分より優れている相手を、“優れている”と認める事に何の恥じらいも抱かない。

 だから彼女は賞賛した。タドコロと言う男は、間違いなく、誇り高い『歩』の駒なのだと。

 

 

 15

 

 

「あうぅ………、結局3層クリアまで掛っちゃった………。皆怒ってないと良いけどな………?」

 やっとギルドクエストを終了した僕は、重たい溜息を付いて、集合場所の宿へと向かっている。

 先程、ウィセからのメールで拠点をアクティベートしたばかりの4層に移すと知らせがあった。何だか道に迷いそうな気がしたけど、幸い、この階層からは僕の知識も役に立ち始める。音声メールで教えられた場所は、それほど苦もなく到着する事が出来た。とても宿とは思えない石造りの一軒家だったけど、近くにいたNPCに話して見れば、「宿泊費を払うなら泊めてやるよ?」と言うセリフが返ってくる。値段を聞いたらかなり安値だった事は今でも記憶に新しい。

 家の戸をノックしてみると、中からマサの声で「どちらさま~?」っと返された。だから僕は「帰りました~~」っと声をかけると、すぐに伝わった。「おかえり~」の声を聞いてから、僕は扉を開けて家の中に入り込む。

「ただいま~~………! ふぅ~~、やっとクエスト終了しました~~~!」

「御帰り、サヤちゃん―――って、あれ?」

「オ?」

 マサとケンが二人して変な顔をした。

 あはは、やっぱり似合わないのかな? これ?

「どうしました? ああ、サヤが戻ってきて………え?」

 続いて奥の方からウィセがタドコロとルナゼスを連れてやってきた。

 僕は軽く手を振って挨拶してみる。

「た、ただいま………」

「えっと………サヤ? その格好は一体?」

 ウィセが質問した僕の格好と言うのは、新しく新調した装備の事だ。

 足装備の紺色の袴、体は桜色の振り袖衣装、頭には≪白狐の御面≫を引っ掛けている。

「え、えへへ………っ、似合わない?」

「いや、すっごい似合ってるよ」

「ええ、似合ってるんですが………、なんですかそのレア装備の数々は? 何処で集めてきたんです?」

 ああ、やっぱりそこが気になるよね?

「えっと………、実は、ギルドリーダークエスト専用ダンジョンで………道に迷ったんだ」

「「「「「………」」」」」

 沈黙が痛いっ!? 解ってるよ! あんなほぼ一本道のダンジョンでどうして道に迷ったのかって言いたいんでしょ! 迷ったんだから仕方ないじゃん!

「そ、それで………、あっちこっち歩き回ってたら、なんか変な道に入ったみたいで、マップに表示されない所に出ちゃったみたいでね?」

「マップに表示されない?」

 ウィセの疑問に頷きながら、僕は続ける。

「それで、気付いたら、NPCに出会って、色々聞かれて、それに答えたり、クエスト受けてたりしてたら時間掛っちゃって………。やっとクリアしたと思ったら、そのNPCさんに呼び止められて、追加クエスト受ける事になって………。全部クリアしたら装備一式貰えました」

「「「「………」」」」」

 この時、僕には皆の心情は計れなかったんだけど、なんだか皆すごく驚いた表情をしていた。もしかして僕、余計なことしちゃったのかな? って、3層クリアまで引っ張っといて、したも何もないよねっ!?

「お、遅くなってごめんなさい! これからはギルドリーダーとしてがんばらせてもらいます!」

 ぺこりと腰を折って頭を下げると、皆許してくれたみたいで微笑と共に溜息を吐いた。

「もう良いですよサヤ。アナタの迷走ぶりは第三宇宙速度を超える速度でカオスに向かうのだと良く解りました。これからは私も柔軟な思考を磨いて行きます」

 よく解らないけど、ウィセの中では何かが解決したみたい。

「ところで、ギルドの名前は決まったのですか? まだアイコンが出ていないみたいですけど?」

「あ、うん! 前から考えてて、決めてたんだ! でも、まだギルドは作らないつもり」

「え? そうなのか?」

 ルナゼスが不思議そうな顔で僕に問いかける。大凡皆も同じ疑問を抱いたみたい。

「えっと、ここにいる皆は、確かに僕にとっては大切な仲間だけど、皆ギルドに入るかどうか解らないでしょ?」

「まあ、それは先程話し合って、とりあえず全員ギルメンになる方向で承諾したんですが………」

「あ、そうなんだ! それはすっごく嬉しい! ………でも、それで仲間になってもらっても、それはじゃあダメだと思うんだ。皆に協力してもらってギルドを作るのは悪い事じゃないと思うけど、………僕はね、せめて最初の一人は、僕の力だけで仲間を作りたいと思ってる。その仲間が出来るまで、ギルドは僕一人でやって行こうと思う」

「なるほど、設定としては作っても、まだ私達をギルメンにはしないと?」

「な、なんか仲間はずれみたいな事してごめんね………。でも、これからは、“仮”じゃなくて、本当のリーダーだから、最初の一歩はちゃんとしておきたいんだ!」

 胸の前で両手をグーにして気持ちを伝えると、皆とりあえず納得してくれたみたいに笑って頷いてくれた。優しい人ばかりに包まれて、僕は幸せです!

「それで、ギルド名は何にしたんです? せめてそれくらいは教えてください?」

「あ、うん! ギルドの名前はね―――!」

 

 ギルドの名前は………ケイリュケイオン(Kerykeion)

 シンボルは、先端にそそり立つ両の白翼と翼の間に琴線のモチーフがついている杖に、一対の蛇が巻きついている。

 


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