読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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また添削してません。
誤字脱字は御連絡下さい。


第二章イベント01:潰えた希望 抗う絶望(前篇)

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 この世界は希望になる筈だった。

 彼と彼女の、唯一の救いになる筈だった。

 彼は一人の女性と恋に落ちた。とある会社の平社員であった彼は、とある村の開拓のため、現状視察に向かって、彼女と出会った。

 真っ白なワンピースに包まれた彼女は、とても美しく、灰色みが掛った栗色の髪は、ウェーブが掛っていて、彼女の雰囲気と同じく、ふわふわしていた。

 一目惚れと言うものだった。思わず声を掛けてしまったのは、間違い無く何処にでもいるナンパ男と変わらない思考だった。違ったのは、まったく熱が引かず、どうしてもこの女ではないとダメだと思わされる、強い欲求があったことか。

 彼は情熱だけを武器に、何とか彼女を口説こうと必死だった。

 だけど、そんな必死さなど必要無かった。

 失敗も成功も関係無く、元々彼には魅力が合ったのだ。彼女はそれを見逃す事無く、見つけてくれて、そして、本心から好意を寄せてくれた。

 彼女が身体の弱い、土地主の娘だと聞かされても驚きはしなかった。

 ただ、彼女に見合う男になろう。そんな気合だけが熱せられた鉄のように胸の内で膨れ上がるばかりだ。

 彼女の両親も、平社員でしか無い自分に心を許してくれていた。だから、彼はよりいっそう努力しようと心に誓った。

 誰でも無い、好きになった彼女のために………。

 

「浩二さん!」

 

 彼女の声が聞こえた。

 彼女は満面の笑みを向けて、土地に咲いた花を抱えて笑っていた。

 

(忘れねえ………、絶対忘れねえよ………!)

 

 彼は忘れない。彼女との幸せを、確かに二人で臨んだのだと言う事を。

 そして、希望を断ち切られた世界で、取り残された絶望を………。

 

(許さねえぞ………っ! 茅場………っ!!)

 

 彼は………忘れない。

 

 

 

 1

 

 

 

「あ~あ、まったく………、ソロなんていつ以来―――ってか初めてかねぇ?」

 第三層、フィールドを歩くタドコロは、初めてのソロプレイに、つまらなさと退屈さを感じていた。

 サヤ達が三層に昇ってしばらく。サヤが本格的にギルドリーダークエストを望む事になり、皆との距離が出来た。そう難しいクエストではないらしいが、どうもサヤは変な所で躓いているらしく、未だにクリアできていない。

 おかげで暇になったメンバー達は、それぞれが行動を起こす様になった。

 ウィセは早くからソロ狩りを続行、ルナゼスはアイリオン捜索のため聞き込みで走り回っている。マサは攻略には参加せず、サヤが帰ってくるのを待つため、町周辺のフィールドで、軽く稼いでいるだけ。ケンはいい加減≪鍛冶スキル≫が気になっていたらしく、街で熟練度上げに勤しんでいる。

 そして、タドコロはと言うと………。

「ちっ、また出やがったか………」

 リポップしたゴブリンに対し、槍を構え戦闘態勢に入る。

 彼は、この層に来てからずっと、最前線に入り込み、常に強敵と対峙する事を強要していた。

 二層ではボス戦に参加できなかった彼だが、その実力は衰える事無く、むしろ磨きがかかっている。

 現れた片手剣を使うゴブリンも、危なげなく戦い、軽く勝利して見せた。

「楽勝過ぎて飽きたぜ」

 軽口を叩きながら、彼は歩みを止めず前へと進む。

「しっかしよぅ? これで嬢ちゃんが戻ってきたら、パーティーはどうなるんだ?」

 タドコロは以前サヤとウィセが言っていた事を思い出し、一抹の不安を胸に過ぎらせた。

 果たして、このサヤを中心としたメンバーは、いつまで一緒にいられるのだろうか?

 ケンは何処かソロプレイヤーとしての気質がある。放っておくとソロに戻るかもしれない。

 ルナゼスも、このデスゲームに対し、思うところでもあるのか、ソロに戻りそうな雰囲気は漂わせている。

 自分とマサに関してはどうだろう? マサはサヤに対して思うところがあるらしく、気に掛けているので、大丈夫かもしれない。自分の方は………むしろ皆に忘れ去られないかが不安だ。

「いや、まさかさすがにそれはねえよな?」

 現在一人身状態の彼に、応える声は何処にも無い。

「ぬおおおおおっ! これは危機感からなのか!? 寂しさからなのか!? 猛烈に独り言が言いたい! まったく止められる気がしない! ってか誰か会話しようぜ!?」

 彼の独り言に、冷たい視線を送る者さえ無く、見ているのはリポップで出現してきたゴブリン兵くらいだ。

「はあ、狩りしよう………」

 

 

 2

 

 

 ウィセはタドコロより早く長くフィールドを散策し終え、ストレージに溜まっていたアイテムの整理をするために街に戻っていた。

(換金アイテムは充分、武器強化素材は………もう少し欲しいところですね。この剣は強化失敗をしたくないですし)

 ウィセは先程、偵察のつもりで入ったサブダンジョンの洞窟奥で≪ゴブリン・グル≫と言う名の太った曲刀使いのゴブリンを倒し、新しい武器を手に入れている。恐らくはレアアイテムであろう曲刀カテゴライズ≪キリンジ≫と言う名の剣だ。現在自分が持っている≪シャムシール+6≫に比べると天と地の差がある程に強い。しかも強化限界数が、まだ8も残っている。

(これだけの武器なら、上手く強化し続ければ八層まで使い続ける事が出来ます。大切に使っていかなくては)

 そう思うと同時に、彼女は元々持っていた≪シャムシール≫についての扱いに悩まされていた。普通に考えれば売ってしまうのが都合が良い。彼女的に考えても、プレイヤーに売り渡せば、相当の対価を要求できる。

 だが、ウィセは未だ自分の腰に差している≪シャムシール≫に手を添え、惜しむ様に見つめる。

 SAOに来た者の殆どが持つ葛藤。それは、ここまだ戦ってきた相棒たる、己の剣が、レベルに見合わなくなった時の対処だ。

 今より強い剣を手に入れたなら、古い剣は売るなりインゴットに変えるなりするのが建設的で実用的だ。だが、SAOプレイヤーのほぼ全員が、悩まされるのだ。

 捨てられない。

 今までずっと頼ってきた相棒を、一番信頼した剣を、ただの道具として捨て去る事が出来ない。だが強い武器に乗り変えねば、上の階には登れない。それ故の葛藤。

 ウィセもまた、同じ葛藤を心に抱いていた。

 人よりも物言わぬこの剣の方が、ずっと信頼が置ける。意思などないはずの剣が、まるで意思を持って導こうとしてくれるかの様に感じた戦いの日々、彼女にとって、この世界で最も信頼しているのは他人でも自分でさえもなく、ずっと共にあり続けた『剣』その物だった。

(方法が無いわけではないと、解ってはいるのですがね………)

 彼女の明晰な頭脳を使わなくても解る。古い剣を常に残しておくか、もしくはインゴットにして新しい剣を作れば良い。そうする事で剣を失う事無く持ち続ける事は出来る。ただし、今回はレアアイテムなのでインゴットにする意味は無い。いっそ≪キリンジ≫もインゴットにして二つ合わせて新しい剣にし直そうかとも考えたが、余計にお金が掛ってしまう。

(こんな下層で剣をインゴットから精製しても、大した物にはできないんでしょうね。そもそも、余計に掛る分のコルは私の持ち合わせにはありませんし)

 諦めたウィセは、≪シャムシール≫をこのままストレージに残していく事に決めた。

 人間らしい心が少しずれている彼女だが、それでも、こう言った感情は他の人間とは変わらないのかもしれない。

(ならば、やはり≪キリンジ≫は失敗なしで強化する必要がありますね。これ以上余計なスペースを埋めるわけにはいきませんから)

 既に≪所持アイテム容量拡大≫を会得しているウィセだが、それでもデスゲームとなったSAOでストレージに余分なアイテムを置く余裕はない。回復アイテムなどを中心に保持するのが当たり前のストレージに、使いもしない剣を置いておくのは、文字通りのお荷物なのだ。それは危険すぎる。

 これ以上、古い剣を増やしてしまわぬよう、使える剣は長く使っていきたい。彼女はそう思う。

 決めたところでウィセは、目的の場所に付いて足を止める。

 建物と建物の間に小さくできた隙間、その影に隠れるようにして、商業プレイヤーが良く使う、露店用カーペット≪ベンダーズ・カーペット≫の上に、ちょこんっ、と座っている人物がいる。身体全体をレンガ色のフードコートに身を包み、背が小さい事以外は性別の違いまで解らない。

「アナタが『鼠』の言っていた≪仕入れ屋『兎』≫ですか?」

「………っ!」

 性別不明。年齢不詳。詳細不明の≪仕入れ屋≫は、ウィセに話しかけられて、名前の通り、兎の様に身体をビクつかせた。

 『兎』はフードから顔が見えない程度に視線を上げてから、ウインドウを呼び出し、キーパネルを操作し始める。ほどなくして、ウィセの目の前にチャット用の画面が表示される。

「 私が≪仕入れ屋≫です。 御用件を窺います。 」

 パネルに表示された文章を見て、ウィセは微妙な気分になった。

(なんだか………、文字を打つのが苦手だからと言われて、やたらと音声メールばかり使っていたサヤの、逆バージョンを前にしている気分です………)

 文字の読み書きが圧倒的に遅いサヤは、離れている間の現状報告を音声メールでやり取りするようにしている。たまにウィセが文字メールを希望すると、サヤはいつもの様に素直に受け入れるのだが、書いてる内に日が暮れる事などざらにあった。

 目の前の『兎』は、逆に音声系を苦手とするかのように、目の前の相手にまでチャットを使用してくる。最近、自分は変な人間とばかり縁があるのではないかと、イヤに悩ましく思えてきた。

「依頼です。曲刀用の強化素材アイテムを収集して来て欲しいんです。数と種類、指定日時ははこちらにメモしてあるのでお願いします」

 渡されたメモを、おずおずと受け取った『兎』は、メモに目を通して少し、ビックリしたように肩を跳ねさせ、キーパネルを操作する。

「 これなら鍛冶屋で直接買い取った方が早いのでは? 」

「ええ、アナタがいくらで受けてくれるのか次第です。私は確実性と効率を考えていますので、アナタに頼んだところで高値が付いてしまうと言うのならお断りしますよ」

 冷ややかな目で見降ろされた『兎』は、迷ったように口をもごもごさせ、しばらくしてから意を決したように頷いた。

「 これくらいでどう? 」

 キーパネルに打ち込んでから『兎』は指を四本立てた。

 ウィセはすぐさま踵を返す。

「短い縁でした」

 あまりにあっさり切り上げるウィセに、『兎』の方が慌ててしまい、無意味に手をばたつかせて、立ち去ろうとするウィセの背中を見つめる。見えていない彼女の背後で、一頻り慌てた『兎』は、キーパネルを急いで打ち込み、ウィセの脚を止めさせた。

「 じゃあ、このくらいで? 」

 振り返ったウィセは三本指を立てる『兎』の姿を確認し、冷やかな瞳で見つめたまま何も反応を返さない。

 焦りを感じる『兎』であったが、彼女としてもこれ以上サービスしては商売にならない様子。ここは頑なに行くしかないと決意を表わし、フードコートの下に一杯の汗を流しながら、反応を待つ事三分弱。

「まあ、良いでしょう。それで契約と言う事でお願いします」

 ホッと息を吐いた『兎』は、≪ベンダーズ・カーペット≫を仕舞って、いそいそと路地裏に走り去って行く。どうやら今すぐ動かないと予定の日時に間に合わないと判断したらしい。

「御し難くも『悪手』無し。駒にできれば上々、出来なくとも付き合いは長く持ちたいものですね」

 彼女にしてはかなりの高評価を貰った事を、『兎』はずっと先で知る事となる。

 

 

 ウィセがアイテムを頼んだ翌日、フィールドボス攻略会議が開かれるとの情報が入る。

 現状、パーティーメンバーを一時解散しているウィセは、このタイミングでも一人なら、そこまで険悪に扱われる事も無いだろうと判断し、参加を希望する事にした。

 現在、パーティーメンバーはバラバラに活動中で、ボス攻略に参加を希望しているのもウィセくらいの物だった。

 念のため、集合場所の宿で、帰って来たサヤにボス戦の内容を話したのだが―――、

「ごめん無理………。ただ今僕は、あのクエスト用ダンジョンで迷走中でして………、中々進んでないんだよう~~~~………」

 ―――っと、涙声で逆に訴えられた。

 ギルドリーダー資格試験クエストは、確かに面倒ではあるが、それほど危険はない。専用ダンジョンを歩かされるが、道もそれほど入り組んではいないはずだ。ただ、それなりにレベルがないと、かなり面倒と言うだけの物らしい。

 サヤは一体、何処をどのように迷走しているのだろうか? 疑問に思いつつもサヤらしく予想出来たことなので、ウィセは「そうですか? では、私はボス戦に行ってきますね」と軽く受け流した。

 ケンとマサも、ボス戦には興味が無いようだった。

(っと言うか、アレはサヤが気になってる様子でしたね?)

 彼女としては認めたくない事ではあるが、やっぱりこのパーティーはサヤがいないと纏まらない。殆ど全員がソロ気質の強いメンバーなため、いつ分裂してもおかしくない。それをまとめているのは、あの天然少女の独特な雰囲気だ。

 ウィセも含め、彼女の周りにいる人間は、皆一癖も二癖もある。それなのに何故か纏まり、一つ所に寄り添おうとしている。サヤの放つそれの正体が一体何なのかは解らないが、サヤを手放す事だけはしない方が良さそうだ。

(…………、また気付いたらあの子の事を考えてませんか? 私?)

 ここ最近、自分の思考の中心がサヤに終結しつつあるような気がして頭痛が酷くなってきた。せっかく距離を置いて、思考をクリーンにしようとしているのだ。余分な思考は贅肉でしか無い。

 思考を断ち切り、攻略メンバーに合流したウィセは、睨みつけてくる一部のキバオウ派に対し、口八丁手八丁で、キバオウを誘導、ウィセの参加を彼の発言で認めさせた。もちろん、リンド派にも好印象で受け入れさせた。こちらに関しては元ディアベルメンバーとして顔が効いたので、案外あっさり通った。

「なんだったら、一時的に俺達のパーティーに入らないか?」

 とも誘われたが、これはキバオウ派に対する牽制だと解ったので、使われる前に断った。

「一度脱退した私には、攻略メンバーのリザーブで充分ですよ」

 などと、現実世界でよくやった作り笑いを添えて言うと、あっさり身を引いた。

 彼女が笑う事などあまり無いから、時たま笑って見せると、大抵の人間が是と答えてくれる。もちろん、使うタイミングと言う物を彼女は見誤らない。

「しかし………、作り笑いなんて、サヤ達と一緒にいる間は全然しなかったので、ちょっと疲れます。鏡の前で練習でもしておきましょうか?」

 彼女は必要と思った事への鍛錬は欠かさない。例え、それが作り笑いなどであってもだ。外見は、相手に先入観を与える重要な要素の一つだと言う事をよく知っていた。外見だけで、騙しきれる事もあるので、自分の容姿に気を使う事も忘れた事は無い。

 ちなみに、ウィセは自分が女性としてどれだけ魅力的なのかは、全く解っていない。ただ単に、このタイプの容姿なら、相手が好印象を持ってくれるらしいという認識だけで、その美貌を保ち続けてきた。逆に恐ろしい理由でもあるが、ある者が聞けばこう答えたであろう。「全国の容姿を判断する世間達よ! その判断基準をありがとう!」と。

 蛇足である。

「………あれ? ウィセさん?」

 不意に声を掛けられたので視線を向けると、そこには一度だけ見た事のある女顔の少年がロングスタッフを地面に付いてこちらを振り返っていた。

「カノンでしたか? 二層で一度話した程度でしたね? よく私を覚えていたものです」

「あの戦いはすごかったですから。………えっと、サヤさんは?」

 少し期待する様な、恥ずかしい様な、そんな風に視線を彷徨わせるカノン。

 一瞬、カノンの反応が以前と少し違うような気がしたウィセは、片眉を持ち上げながらも簡潔に答えておく。

「クエスト中です」

「ああ、ギルドリーダーの? ………そっか、アレからがんばってるんだ」

「?」

 カノンの表情が二層で会った時と違っている様な気がするのだが、ウィセはそれが何なのか良く解らない。

 解らないが、何故か無性に面白くない。面白くないが、理由が解らない。解らないから怒れない。そんなジレンマに、ウィセは複雑な表情を作りそうになって、素早く平常心を保った。

「おっ! 姫嬢ちゃん!」

 カノンの影からもう一人誰か声を掛けてきた。

 自分の事を、こんな呼び方にする心当たりは一人しかいない。

 ウィセは嘆息しながらもそちらに視線を向けた。

 

 

 3

 

 

 一人で狩りと言うのも味気無く、人恋しさにフィールドボス戦にリザーブとして参加していたタドコロは、そこで顔馴染みを見つけ、嬉しくなって声を掛けた。

「さてカノン、これからについて打ち合わせなんですが?」

「え? はい」

「って、おいおいおいっ!? いきなりスルーはあんまりだろうっ!? 一時パーティー解散中とは言え、その扱いは酷くねえか!?」

 捲し立てながら詰め寄るタドコロだが、彼女は彼女で、いつもの様に呆れた溜息を吐くばかりだ。

「アナタ、パーティーメンバー中でも同じ扱いだったと思いますよ?」

「『離れてみて初めて気付いた事がある』っ!?」

 雷に打たれた様にたじろぐおっさんに、カノンは苦笑いを浮かべるしかない。

「っで、リザーブメンバーはどうなっているんですか?」

「あ、それは………」

 カノンが答えようとして振り返ると、タドコロ達三人以外に、他数人のメンバーが参加している。カノンは最初に、真っ白な髪をした、中々に目立つ少年へと視線を向ける。

「あの辺でボ~~ッ、と突っ立てるのはアマヤって言う片手剣使いです。僕の知り合いで、今はパーティーを組んでるんですが、どうも耳が悪いらしく、周囲の音が聞こえないらしいです」

「それでは指示が聞こえない上に、言葉も話せないのでは?」

「はい、一応自分の声は聞こえるらしいので言葉を喋るに不自由はないみたいですけど、外の音は全く聞こえないので、会話はチャットが殆どです。一応、口の動きを見れば何を言ってるかは解るみたいですよ」

 続いてカノンは、アマヤの隣でキーパネルを操作している金髪女性を指差す。

「同じく、僕のパーティーメンバーでスニーさんです。片手剣士です」

「女性で片手剣士とは、中々豪気だよなぁ~~?」

 タドコロの言った意味が解らず、ウィセが怪訝な顔をする。気付いたタドコロが苦笑い気味に解説する。

「姫嬢ちゃんみたいに肝の据わってる奴には解らん理屈かも知れんがな? 槍と違って剣は、敵の懐に飛び込まないと攻撃できねえ。それはつまり、相手の攻撃が届く距離に踏み込まなきゃならねえって事だ? SAOがデスゲームじゃなかったとしても、普通は怖いもんだぜ?」

 言われたウィセは、「そう言えばサヤも槍装備でしたね?」と呟く。他にも、自分達が知る女性プレイヤーの殆どが、リーチの長い槍か、あるいは戦いを避けた生産系のスキルに収まっている。

 最前線唯一の女性プレイヤーと言われている『アスナ』や、現実主義者で、有言実行が出来てしまえるウィセの様な女性プレイヤーは珍しい物なのだろう。

「女性プレイヤーが必ずしも槍って事も無いですけどね? でも、リーチの長い槍か、もしくは扱いが一番簡単な短剣装備が普通ですかね?」

 カノンの補足に頷くウィセ。

 そんな彼女の事をタドコロは内心感心していたりした。

(何でも知ってる風なお姫様だったが、知らん事もあるんだな? しかもこの反応、それを自覚した上で、教えられた情報はしっかり憶えているってところか? ………頭の良い生徒と、教師みたいな絵だな?)

 この場合、頭の良い生徒はウィセで、教師はカノンである。

 カノンは続けて奥の方へと視線を向けて説明を再開する。

「向こうで≪アックス≫を持ってる男性はツカサさんと言うそうです。ソロプレイヤーらしいですが、かなり強いみたいですよ?」

 最後の男は方刃の斧を地面に付いて、何やら考え深げに空を眺めていた。

「「ふむ………」」

 図らずも、ウィセとタドコロの呟きが重なった。

 互いに自分の仲間を分析しているのだ。

 カノンとは面識はあるが、実力の程は良く解らない。当人は、二人の視線に気づいて「僕は片手棍使いですよ。吹き飛ばしとかディレイとかを得意とする打撃担当です」と答えた。

 その割には少々身軽な装いで、金属装備も、各急所を守る申し訳程度にしか装備されていない。パワーが売りの≪片手棍スキル≫の装備としては及第点だが、心許無い気もする。

 次にアマヤを確認するが、彼の装備も革装備がメインで、片手剣士でありながら盾を持っていない。防御系の担当は期待できなさそうだ。長い髪の間から見える彼の蒼い瞳は、正面に写し出されたチャット用のモニターに向けられている。

 恐らくその内容を打っているらしい女性、スニーは、これまた戦いに行くとは思えないふわふわなドレス衣装だ。薄い青と緑に飾られた明るい色のドレスは、彼女のふわふわした金色の髪に良く似合っていて、全体的に柔らかそうなイメージを持たせる。その所為か、腰にしている片手用直剣が少し小さく見える。まるでドレスを着た女剣士だ。

 スニーはこちらの視線に気づくと、ニッコリと柔らかく微笑み、軽く手を振って見せた。

「中々可愛いお嬢様だ。御令嬢って言われても疑わないぞ」

「そうでしょうか………?」

 好印象のタドコロに対し、ウィセは怪訝そうに首を傾げる。

「なんだ? あの御令嬢様に思うところでもあんのか?」

「ありませんよ。彼女は美しいです。間違いなく美少女と言って差し支えの無い方の筈です。私には基準が今一解りませんが、男性としてはそうなのでしょう? ただ、あの(ひと)が『令嬢』なのかどうかは私には解りません」

「いや、ただの比喩表現だからな?」

「そうでしたか? タドコロの事ですから素で間違えたのだとばかり」

「それはアレか? 俺がバカだと言いたいのか?」

 少々怒気を込めて問い掛けると、ウィセはとんでもないと言いたげに首を振る。

「アナタが“いつもの様にそうしようとしている”のだとばかり思ったものですから」

「お? 姫ちゃん? もしかしてエンターテイナーの姿をおっさんに見ちゃった? 困ったなぁ~~、サインなら後で―――」

「………うっぷ」

「なんで気分悪そうにしてんだよっ!?」

「普段聞き慣れていたので気付きませんでいしたが………、ケンやサヤと言うフィルターなしでアナタの相手をすると………重いです」

「おっさんは脂の良く乗った揚げ物か~~~っ!?」

「なんて適切な例えなんでしょう………」

 相変わらずの空気を放つ二人に、カノンは苦笑いを浮かべるしかない。

 そんな彼等の独特な空気が気に障ったのか、攻略メンバーのうち数人がこちらに近づいてきた。

「おい、リザーブ組だからって気抜いてるんじゃねえだろうな?」

「ここは最前線なんだぞ? 調子こいてると本当に命にかかわるぞ?」

 多少、先輩風を吹かした言葉に、辟易しそうになったウィセは、一瞬だけ、視線を逸らしてからすぐに顔を作って申し訳なさそうにして見る。

 この手の相手は話を合わせた方があとくされない。因縁を付けに来たわけでもないだろうから、適当にしておくのが一番だ。

「申し訳ありませんでした。緊張感に乏しい人がいると、多少引っ張られてしまうみたいです。緊張し過ぎるのは良くないですが、まったく無いのでは油断と同じですね。以後気をつけます」

 後輩風を装い、適切な回答をすると、男達は気を良くしたらしく、最後に一言添えてから立ち去って行った。

「俺達は本気で攻略目指してんだ。遊びのつもりでいるなら帰って良いからな?」

「………はいはい」

 彼等が立ち去ったのを頃合いに、呆れた様子でこっそり呟くウィセ。

 タドコロは、そんなウィセの態度を一部始終眺め、立派なものだと感心した。

「姫様よぅ? 大人としての世渡りって奴を良く解ってるみたいじゃねえか?」

「ああ言う手合いなんてリアルで何度も相手にしましたから」

 別に誇るでもなく、謙遜するでもなく、ただ事実として彼女は呟く。

 もう一度感心しながらも、タドコロの頭には、置き土産の言葉が反芻していた。

「『遊びのつもりなら』………か? 誰に向かって言ってやがる」

「? タドコロ?」

 タドコロの呟きを聞き付けたウィセが、声を掛けるが、彼はすぐにいつも通りの憎めないおじさんの顔で笑って見せる。

「何でもねぇよ! 大人には、大人としての悩みって物があんのさ」

 「キラリッ!」っと自分の口で言いながら流し目を送るものだから、カノンが大げさに後ずさってしまった。

「………?」

 普段と少し雰囲気の違うタドコロに、ウィセだけが首を傾げる。

 その答えが解る暇も無く、フィールドボス攻略は開始された。

 

 

 ボスの名前は≪ライオット・ビースト≫と言われる太い腕を使った四足歩行型のオークの様なモンスターだ。攻撃パターンは、角による突進の他、時々腕を振り回してくるくらいで大した脅威ではない。二層のフィールドボス同様、一パーティーでも充分に倒せるレベルだ。

 故に、リザーブ組の出番はほぼ無いと言って良い。出る機会があったとしても、タンク役のヒットポイントを回復する時間を稼ぐくらいの役回りだろう。そもそも脱落者を出してはいけないSAOでのリザーブ役とは、そのためにある様な物なので、あまり文句は言えないが、こうまで戦場の外側的空気に曝されると『緊張感』と言う言葉から離れてしまっている気配はあった。戦場が近いので『臨場感』はある。だが、参加していると言う『緊張感』には乏しい。

「なあ姫様よぅ? 正直リザーブ組には何か得があるんかねぇ? 少しは戦えるのかと思ったが、暇してるだけの様な気がするぜぇ?」

 外側の空気に飽きたタドコロが、戦場から視線を逸らさずに訪ねると、同じように戦場を眺めたままウィセが応じる。

「その呼び方は直してもらえないのかと訴えたいところなんですが………、それは置いておきます。簡潔に述べるなら、得はあります。ただ少ないだけです」

「そりゃあ、レイドに加わってるんだから経験値は入るがよ? 姫嬢ちゃんも知ってるだろう? ボス戦で最も経験値を得る方法は、ボスによりたくさんのダメージを与えることだって? これじゃあ大した特にならなくないか?」

「雑魚よりはマシです。運が良ければ攻撃のチャンスくらいありますよ」

「運が良けりゃあなぁ~。これなら連中のパーティーメンバーになった方が得なんじゃねえ?」

「止める気はありませんが、彼等は既にギルドになってますよ? サヤと違って要領が良いのでしょうね。三層が解放されて十日以上に経ちますし、早い所は既にメンバーも揃っています。あそこに入ったらギルド入りはほぼ確実ですが………入りますか?」

 ウィセに訪ねられ、タドコロは大きく声を上げて笑った。

「あっはっはっはっはっ! あそこにか? あの対立状態でギスギスしっぱなしの二大ギルド様にか? 今もMobの取り合い状態の“てい”を見せてるあの中にかよ? ………ごめんこうむるぜ」

 最後は割と真剣な表情で告げると、ウィセの方も同じ意見だったらしく、「まあ、当然ですよね~~」っと言いたげな表情で戦場を眺める。

「あそこにぁ、ゲーム的な経験値と一緒に、人生の経験値を無駄に獲得できそうだぜ? 乗り込んでいく勇気はおっさんには無いね~?」

「タドコロ、ずっと気になっていたんですが………アナタ、自分の事を『おっさん』と言う割に若く見えるのですが、幾つなんですか?」

「女性じゃねえからって年齢を訪ねて良いとは限らないぜ24歳です」

「答えてるじゃないですか―――って若い………っ!?」

 マサ達の様に声を上げて驚くオーバーアクションはしない物の、ちょっとだけ声を固くして驚いてしまったウィセ。目の前の男は絶対二十代後半だと思っていたのが前半の年齢だった事に目を丸くしてしまう。

「アナタ、まだ『おっさん』と言う歳ではないのでは?」

「じゃあ聞くぜ? 姫嬢ちゃん、これからタドコロさんの事を『御兄さん』と呼んでくれるかい?」

「…………。すみませんタドコロ、今の質問は私が全面的に悪かったです」

「だろ………」

 視線を逸らすウィセに、一応傷ついたらしいタドコロは、瞳に涙を湛え、空を仰いだ。

「御二人とも、よくこんな状況でいつも通りでいられますね? 僕は緊張して仕方ないですよ」

 いつも通りの様子を見せる二人に対し、カノンは居心地悪そうに視線を彷徨わせていた。

 それに対して、隣に立っていた金髪女性、スニーが柔らかい笑みを湛えながら励ます。

「うふふっ、カノンくん? 始まる前からその様子では、後が大変ですよ?」

「でも、こう言うのは初めてなんで………」

(わたくし)も、アマヤくんも初めてですよ? ………ねぇ? アマヤくんも緊張なんてしてませんわよね?」

 スニーは逆隣のアマヤにキーパネルを操作しながら話しかける。

 チャット画面を目にしたアマヤは、一つ頷いてから答える。

「………そう言うのを『取らぬ狸の皮算用』と言うんだ」

「「「………」」」

 意味の繋がっていない言葉に三人が黙ってアマヤを見つめる。視線の意味が解らないアマヤは首を捻る。スニーは黙ってキーパネルを操作し、アマヤに何事か伝える。確認したアマヤは蒼い顔になって後ずさった。

「………そんな趣味は俺には無い」

「スニーさん! 今、絶対アマヤくんに関係ない話しましたよねっ!? 口で言ってる事とは別の内容チャットに打ち込みましたよねっ!?」

 スニーはニコニコ顔でキーパネルを操作。ウィセは素早くパーティーチャットを呼び出す。それに合わせてタドコロが覗き込んできたので、チャット画面だけを可視化状態にして横にずらして見易いようにした。

 

「 カノンくんが、私に欲情した気持ちを押し殺す為に、アマヤくんで劣情を癒したいそうです? 」

 

「………お前はどっちでも良い派なのか!? ………俺にはそっちの趣味も無いっ!?」

「何を勘違いしてるんですかっ!? チャット画面じゃなくて僕の方を見てください! 口が読めるんでしょう?」

 スニー、素早くパネル操作。

 

「 私とのチャットばかりではなく、御自分の方を良く見て欲しいんだそうです? お幸せに 」

 

「………状況を考えろ! ………こんな状況で言うセリフじゃないぞ!?」

「いや、こんな状況だから言ってるんです! スニーさんになんて言われたかは知りませんが、変な誤解しないでください!」

 パネル操作。

 

「 ご、誤解しないでよね! 僕が好きなのは、アマヤだけなんだからね! っと言っていますわ。もう、(わたくし)に近寄らないでくださいね 」

 

「………違うスニー! ………俺にはそっちの趣味は無い! ………カノンの頭が可笑しくなっただけだ!」

「僕の所為にしないでくださいよ!? って言うか、元凶はスニーさんでしょう!?」

 操作。

 

「 うふふっ、カノンくんったら、全部(わたくし)が無碍に扱ったのが原因だなんて………。泣いちゃいそうです 」

 

「………カノン、今の台詞は男としてどうなんだ? 自分の責任は自分で負うべきだ」

「もうっ! 面倒臭いなぁ!? 一体なんて吹きこまれてるんですかアマヤくんっ!?」

 (略)。

 

「 それはそうと、少年漫画の打切りの台詞って、どんなのが定番でした? 」

 

「………『俺達の戦いはこれからだっ!』」

「何を吹き込まれたんですか~~~~っ!?」

 

「………凄いデジャブを感じるのですが?」

「奇遇だな。おっさんもだ」

 ウィセとタドコロの元前線メンバーコンビは、繰り広げられる茶番に、他人事ではない何かを見た気がした。

 その後も、スニーはキーパネルを操作して、ありとあらゆる誤報を投入していき、場を乱し、大変嬉しそうなホクホク顔をしていた。まるで即席の漫才師を作り上げる敏腕プロデューサー並みの腕に、タドコロは感心して頷いた。

「エンターテイナーとして見習いたいところだな」

「アナタはもう充分あの域ですよ」

「お? そうか?」

「ええ、アマヤと同レベルです」

「………なんとなく、解ってたけどな。………希望は捨てたくなかったぜ」

 タドコロは空を仰ぐ。目の端に光る何かは、きっと先程と同じ物が理由だろう。

「おい、戦況動いてるぞ」

 少し離れた位置で戦場を確認していたツカサが、緊張感の欠片も無い五人を嗜めるように言う。その内三人は、はっ、としたように振り返るが、タドコロとウィセは慌てる事無く簡潔に述べる。

「知ってるよ」「見えています」

 元前線メンバーの二人にとって、例えリザーブ役とは言え、戦況をある程度把握しておかないと危険な事は重々承知している。バカ話をしていても、意識はしっかりと戦場に向けられていた。

「………なあ、なんかフィールドボスがこっちに追いやられてないか?」

 タドコロが半分嬉しく、半分呆れた調子で呟く。

 どうやら、二層同様にMobの取り合いをしてしまった結果、フィールドボスがこっちに流れてきてしまったようだ。

「良かったですね。運が向きましたよ」

「いや、もうヒットポイントも残り少ないみたいだしよ? 個人的には嬉しいちゃ、嬉しいが………。ダメだろアレ?」

「ダメですね。二層での出来事を経験しておきながら、ギルドを設立してしまった所為で同じ轍を踏んでしまっています。まったく、どうしてそんな風に心変わりしてしまうのか? 私には解りません」

「同感ですわ~~? コレではリザーブ組が戦闘に巻き込まれてしまいます~? あの人達は一層からやり直した方が良いですね」

「スニーさん、黒いですね………」

「………一番売れてるラーメンが美味いなら、一番美味いラーメンはカップめんだ」

「アマヤくんはまた何を吹き込まれてるの!?」

 スニー、カノン、アマヤが会話に参加するが、緊張感が全く現れない。

「行くか?」

「あと数秒待ちましょう。そうすれば私達でボスを倒してしまえますので」

 タドコロの質問に、簡潔に答えるウィセ。その発言にカノンが「ウィセさんも黒いっ!?」とツッコミを入れていたが、もはや誰も取り合わない。

「うふふっ、(わたくし)、アナタのその考え方、大好きですわ~。私達、きっと良いお友達になれる気がします」

「そう思いますか?」

「はい~♪」

「それでは、後でフレンド登録でもしておきましょう」

「賛成ですわ~~♪」

 女性二人の会話に、タドコロとカノンは少しばかりぞっとした。

「タドコロさん? 怖い組み合わせが完成しようとしています? 止めなくて良いんでしょうか?」

「坊主、おっさんの経験談からアドバイスだ。女同士の話に男が首を突っ込むな。アイツ等は男とは根本から違う考え方をしやがる。下手に係わるな。そして覚悟しろ」

「何をですか?」

「『もはや運命は変えられない』………」

「何のフラグですかそれっ!?」

 言ってる間にボスモンスターは目前にまで迫ってくる。

 先に走ったのはウィセだ。

 瞬時に地を蹴り、腰の曲刀≪シャムシール≫に手を掛ける。

(≪シャムシール≫、アナタとの最後の戦場です)

 心で呟き、ウィセは鞘から剣を抜き放ち、同時に≪ライオット・ビースト≫と交差。ビーストの右腕部に、薄く鋭い赤いエフェクトが走り、交差と同時に斬り付けられたのが解る。

 己を斬った相手へと向き直ろうとしたビースト、その背中を、抜群のタイミングでタドコロの槍が貫く。エフェクトを纏ったソードスキルの一撃は、僅かにビーストを仰け反らせる。

 タゲがタドコロに移り、振り向き様に腕を薙ぎ払うが、身を低くした彼の頭上をかすめるに終わる。

 腕が振りきられ僅かに胸を張っている姿勢が一瞬硬直すると同時に、素早く回り込んだカノンが、膝裏を目がけて一撃を放ち、無理矢理膝を付かせる。体勢を崩されたビーストが地面に手を付くと、それに合わせてツカサとアマヤが飛び上がり、互いにソードスキルを顔面目がけて叩き込む。

 爆発する様な派手なエフェクトを撒き散らし、僅かに仰け反るビーストだが、その程度では彼を止める事は出来なかったらしく、瞬時に右腕を振るい、ツカサとアマヤを同時に薙ぎ払う。続いて、左腕で自分にまとわりつく敵を払いのけようと薙ぎ払い、カノンとタドコロを引かせる。周囲の敵を払った所で、ビーストが身を低くし、後ろ足に力を溜める姿勢を見せる。突進しようとする構えだ。この突発力は盾持ちが居なければ上手く止める事が出来ない。

「んにゃろっ!」

 タドコロが槍を投げつけ、ビーストの肩に突き刺さるが、僅かにディレイ効果を与えただけでキャンセルには至らない。

「それで充分です」

 しかし、その僅かなディレイに割り込む様に接近していたウィセが、単発ソードスキル≪リーバー≫を放つ。放たれた攻撃が、グッと力を込めた足を深く斬り付け、攻撃を見事にキャンセルさせた。

 突進をキャンセルされたビーストは、そう言う仕様なのか、盛大にバランスを崩し、前のめりに倒れ伏した。

 追撃を掛けようと、振り返ったウィセは、倒れたビーストの正面に、いつの間にか女性が立っている事に驚いた。

「うふふっ、いらっしゃいませ~~」

 嬉しそうに片頬に手を添え、呟いたスニーは、スタン状態で倒れるビースト目がけ、三連続ソードスキル≪シャープネイル≫を、赤いエフェクト光を閃かせ顔面へと炸裂させる。

 いつの間に彼女がそこにいたのか、内心驚きながらも、ウィセは淡々と倒れたビーストの背に飛び乗り、上下二連撃技≪セル・リッパー≫で背面攻撃を追加する。これだけ攻撃を受けたビーストは、やっと身体を起こし、腕を猛然と振るい、とりついた二人を薙ぎ払いに掛るが、スニーは既に何処かへと避難し、ウィセは、タドコロが刺した槍に捕まり、軽やかに攻撃を回避。敵が密集すれば、腕を払って散らそうとするアルゴリズムは、既に看破していたので慌てる必要が無い。

 槍を鉄棒に見立て、片手で一周、くるりと回り、腕攻撃を躱して、再び肩に着地したウィセは、片手に槍を掴んだまま≪リーバー≫を放ち、ビーストの首から側頭部を掛けて真直ぐ切り裂く。ソードスキルの勢いを利用し、槍を引き抜き、地面に着地すると、自分の方に走ってきているタドコロに槍をパスして、瞬転、自分が使える最強のソードスキルモーションに入る。

 ビーストが正面に迫ってくる二人に対し、素早く反応しようとするが、その背面を、アマヤとスニーが同時に≪バーチカル≫で斬り付け、ディレイさせる。結果、タドコロとウィセの攻撃が諸に正面から炸裂した。

 ウィセの体術スキル混成四連撃技≪ベア・ノック≫に合わせ、タドコロは左右から切り上げ、トドメに突きを放つ、三連続技≪バタフライ・トワイス≫を叩き込む。

 既に前線メンバーに散々ヒットポイントを削られていた≪ライオット・ビースト≫は、この連撃に耐えかね、ついにポリゴン片へと爆散した。

 タドコロは、すぐにシステムメッセージを確認してみたが、LAボーナスが表示される気配は無かった。

(ありゃりゃ、姫嬢ちゃんに取られちまったか?)

 視線をこっそり向けると、気付いたウィセは軽く瞳を閉じて済まし顔をして見せる。「偶然なのですから文句は言わないでください」と言わんばかりの表情に、タドコロは「ちげぇね!」っと、言う意味を込めて笑って見せた。

 だが、この状況に笑えない連中がいた。

 言うに及ばず、前線で戦っていたメンバー達だ。

 本当なら自分達のどちらかが手に入れていたはずのLAボーナスを、リザーブ組に取られたとあっては内心荒れもするだろう。皆一様に面白くない表情でこちらを睨みつけている。

 だが、実際に何か言ってくる物は無い。話しかけてきたリンドとキバオウにはウィセが対応していたが、こちらも何か言ってくる気配はない。ウィセはいかにも気まずそうな表情を作りながらも、LAについてはまったく口にせず、自分のストレージには何も獲得できなかったと言わんばかりの対応を取って見せる。タドコロにはそれとなく内を明かしておきながら、危険な相手にはしっかり隠し通す大人の対応に、タドコロは舌を巻くばかりだ。

(姫嬢ちゃんが味方で良かったねぇ~~。おっさんには荷の重い存在感だよ)

 心中で呟きながら、タドコロは視線を何処へとなく彷徨わせる。

(ホント………、『大人』なんて、荷が重すぎるだろう………?)

 胸の内で、黒いモヤモヤを思い出したタドコロは、つまらなそうに仮想の空を見上げるのだった。

 

 

 4

 

 

 幸せであった筈だった。

 この世の幸福を、間違い無く彼は感じていた。

 この世界には綺麗な物が存在するのだと、誰よりも確信できていると思っていた。

 

 そんな物は偽りだ。

 世界は、見えていないだけで、複雑な事情が一杯ある。

 例えそれを全て見る事が叶っても、全てを理解できる事はありえない。

 

 彼は信じていた。

 このまま幸福な未来が、必ず訪れるのだと。

 どんなに困難が待ち受けていようと、最後には必ず幸福はやってくるのだと、信じていた。

 そのための努力さえ惜しまなければ、必ずそれは維持されるのだと………。

 しかし、世界はそうはならなかった。

 婚約者となったはずの地主の娘、自分が最も愛した最高の女性。

 彼女の父が突然告げた言葉に、彼は理解など出来ようはずがなかった。

 理解なんてできるはずが無い。彼女が………、自分ではない別の男と婚約するなど、認められるはずが無いのだ。

 

 約束が違う!

 

 そう叫んだところで何も変わらない。

 男は言った。「この婚約は地主としての判断だ。あの子を君と婚約させるより、別の企業を背負っている男と婚約させた方が、土地を守れる」と。そんな、何処かの漫画で出てくるような内容で納得が出来る筈が無い。何より、彼女は自分を誰よりも愛してくれている。娘の幸せを考えるなら、間違い無く自分とに決まっている。

 だが、そんな願いも理由も、男には通じない。

 男は訊ねる「ならば君は、君と婚約した事で潰れる一部の企業を賄えるのかね? その企業が潰れた事で出る廃業者達の支援はどう考えているのかね? 金も技術も無い、愛だけの力で、当人以外の誰を救えると言うのかね?」答える言葉は見つからなかった。

 愛はもちろん大切だ。愛情が無ければ彼女を幸せにする事は出来ない。金や技術が無くとも、愛さえあれば彼女は幸せになれる。

 だが、その愛に巻き込まれた他人はどうなるのだろうか? 彼らとて、生きるために働き、必死にお金を稼いでいる。生き残るために、必死に技術を磨いている。下げたくもない頭を下げ、必死に追いすがろうとしている。中には自分の様に、誰かを、家族を守ろうとして足掻いている者もいるかもしれない。

 そんな彼等に、自分は言えると言うのだろうか?

 「俺達が幸せになるために、リストラされてくれ」などと言えるのか?

 言えるわけがない。そんな無慈悲な事を正面から言えるほど、自分は冷酷な人間になれる気はしない。

 納得できない。納得など出来る筈が無い。だけど、彼には何もできなかった。何もする事が出来なかった。

 

 だから彼は最後の手段に出るしかなかった。

 こっそりお屋敷に侵入し、彼女の部屋まで向かい、彼女と共に遠い所まで逃げ出す。それが彼にできる最後の手段だった。

「一緒に来いっ!」

 彼は叫び、手を差し伸べる。

 もう会えないと思っていた彼女は感極まった様子で手を差し出した。

 だが、その手は寸前のところで引っ込められる。

 彼女にはできなかったのだ。

 親を裏切る事にではない。

 企業を見捨てる事にではない。

 家から逃げる事でも無い。

 新しい婚約者から離れる事でももちろん無い。

 自分の愛した男を、あのいつも周囲を笑わせてくれる愛しい男を『悪役』の誹(そし)りで呼ばせる事が、何よりも耐えられなかった。

 今ここで二人一緒に逃げれば、確かに幸せは手に入るかもしれない。

 だが、それは本当に幸せだろうか?

 不幸から目を逸らし続けるのであれば、確かに人は幸福でいられる。

 でも、後ろめたさを背負い続け、逃げ続けるばかりを繰り返して、それで自分達は胸を張れるのだろうか? 自分達が逃げて作った家庭に、自分達が生んだ子供達に、胸を張って幸せだと言えるのだろうか?

 彼女にはできなかった。

 例え、ここで彼を傷つける事になろうとも、彼に謂われなき汚名を与える方が、彼女には苦しく、残酷な事に思えた。自分が理由で彼が悪役になるなど、耐えられるはずが無い。

 だから彼女は、自分達の幸せを手放した。手放すしかなかった。

 多くの犠牲で得られる小さな幸福より、小さな痛みに耐え、多くの人達を救った。彼には、そんな英雄じみた名声こそが相応しい。そうあって欲しい。

 何故なら、それが彼女の惚れた、男の姿だったからだ。

「例えこの身がアナタの傍に無くとも、この身体が誰かに弄ばれる事があろうとも、私の心は………アナタだけの物です」

 そう言って、重ねられた唇の感触を、彼は忘れない。

 彼女と初めて重ねた、とてつもなく悲しい感触を、彼は忘れたりなんかしない。

 彼は誓う。絶対に諦めないと。絶対に、二人が幸せになる方法を手に入れて見せると。

 

 ―――彼は誓う。

 

 

 5

 

 

 ウィセは街に戻り、人通りの少ない場所でLAアイテムをチェックしていた。

 アイテムの名前は≪ゲイルスラッシャー≫と言う名の剣だった。自分が装備するには不釣り合いの品に、若干肩を落とす。これは後で売るか、何かの取引に使った方が良いと判断し、すぐに気持ちを入れ替え、迷宮区攻略に戻る事にした。

(あの場に残っても他の前線メンバーに疑いの目を向けられるだけ。一旦帰って見せないと、簡単に反感を買うと言うのが面倒だったかもしれませんね………)

 だが、運は自分に傾いていた。

 タドコロとの最後の一撃は、もちろん自分がLAになる様狙っての事だったが、残りのヒットポイントは、二人がかりでやっと削りきれる量だった。どっちにLAが移っていても可笑しくはなかった。

(自分の実力を隠さなければならないと言うのは当然ですが………こんな窮屈な戦いばかりするのは正直疲れますよ)

 だが、ここはまだ下層。自分が本気でLAを取りに行きたい場所ではない。

 以前ベータの時に、彼女は知った事がある。五階層のフロアボスのLAボーナスアイテムが曲刀カテゴライズのユニーク装備だったと言う話。事実かどうかは解らないが、狙うならばそこの方が良い。

 どうせいつまでも実力を隠したりなどはできないのだ。だったら、曝すタイミングは計った方が良い。最初の内に突出すれば、≪ビーター≫の二の舞になるのだから。

(そう言えば、彼はまたフィールドボス戦に参加していませんでしたね? ………また迷宮区に宝箱が空の大群になりそうです)

 一抹の危機感を胸に、足を速めようとしたウィセは、瞬時に足を止めた。

 なんだろうか? とてつもなく嫌な感じがした。自分には感知能力に優れたシステム外スキルなど持っていない。索敵スキルにも何も映っていない。だと言うのに、自分が今正に通ろうとしていた道の影、建物と建物の間が妙に気になる。あそこに近づくのを本能が拒絶している。

 ウィセは嫌な汗が背中を流れる様な、そんな不快感を感じながら、わざわざ影から離れ、道の真ん中を歩いて、通り過ぎる。その間、その場所から絶対に視線を逸らさない。

 ゆっくりゆっくり歩いて行き、横道の影が視界に入った瞬間。

 突然カーソルが出現し、ライトグリーンのエフェクトが直前に迫った。

「………ッ!」

 腰の≪シャムシール≫を抜き放ち、迫った光を受け止める。弾き飛ばされながら後方宙返りで着地すると、迫った光の正体を確かめるべく視線を上げる。

「ん~~~………、やっぱ気付かれてからじゃ届かないか? せっかくだし試してみたんだけど?」

 相手の言葉に取り合わず、視界に移る情報だけを取り入れて行く。

 真っ赤な髪のツインテールに、ルビーの様な瞳。

 その手に持つ青い水晶の刀身を持つ剣に三層以下ではありえないレベルの上位武具。

 サヤが襲われたと言う相手にして、ルナゼスが探していると言う少女。

「アイリオン………」

 ウィセが呟くと、赤い少女が覚めた瞳で見据え、淡々とした動作でモーションに入る。

「アンタが私の名前呼ばないでよ」

 言葉と共に放たれたソードスキルを、ウィセは同じく単発系ソードスキルで相殺して見せる。続いて空いている左手で≪体術スキル≫≪閃打≫を放ち、相手の頬を殴り飛ばす。ここが圏内と言う事もあり、紫色の障壁≪アンチクリミナルコード≫が発動し、ダメージにはならない。

「あはっ! やるぅ~~!」

 笑い声を漏らしたアイリオンは、すかさず四連撃技≪バーチカル・スクエア≫を放ってくるが、既にウィセは後方に逃げている。

「連撃技の注意はしっかりしています。アナタが以前襲った槍使いの少女が、私の仲間でしたので」

「あれ? そうなの? ふ~~ん」

 あまり興味無さそうに呟いたアイリオンは、今度はソードスキル無しで飛び込み、連続で剣檄を放ってくる。ウィセはまともに受け止めたりしないよう、上手く斬り結びながら彼女に訪ねる。

「アナタに出会ったら聞いておきたい事が三つありました。質問しても?」

「あら? 私に興味があるの? 何かしら?」

「アナタを探しているという男性に会いましたが―――」

 少女の表情に影が差し、突然五連続ソードスキルを放たれた。

 ウィセは知らないその技を、肩の動きを見て何とか避けきり、溜息を吐いた。

「こちらは禁句っぽいですね。この話は止めましょう」

「賢い人は好きよ。でも、アイツに近づく女は嫌い。アイツの傍に女がいると、何かイライラするのよ」

 アイリオンはそう言いながら再び剣を振るい抜く。

 左右に避けて何とか躱すウィセだが、進路予測だけでは追い付けない速度がある。

(ステータスも異様に高いようですね。一体どんなカラクリになっているのやら)

「二つ目の質問はアナタの『仕事』と言うのは何かと言うモノです」

「それには答えてあげる。この世界に本来存在しないはずの物を取り除くこと。それが私の仕事なの」

「その仕事内容上、私に攻撃してくる理由が解りませんね? 私がアナタの言うところの『本来存在しない物』なのですか?」

「それを確かめてるの!」

 身を低くした状態から切り上げられた一撃に、後退させられながら、ウィセは僅かに歯噛みする。

 先程から彼女は攻勢に転じようとしているのにそれが全くできない。圧倒的なステータス差が、彼女の行動の何もかもを阻害している。これではこちらの思うように事を運べない。

(仕方ありませんか、ちょうど周囲に人もいらっしゃらない御様子………本気を出します)

 放たれた≪バーチカル≫を敢えて身体で受け止め、≪アンチクリミナルコード≫によって後方に吹き飛ぶ。地面に手を付き、片手倒立からジャンプするようにして着地したウィセは、≪シャムシール≫を八相に構え、最後の質問をぶつける。

「最後に聞いておきたかったんですが………」

「何かしら?」

 アイリオンは≪ソード・オブ・ローラン≫をくるくると回して見せながら笑って応じる。

 ウィセは、僅かに視線を鋭くして訪ねる。

「アナタはまた、サヤを狙いますか?」

 この質問は、アイリオンが一度襲った相手を再び襲うのかという質問だったのだが、ウィセは無意識に『サヤ』の名前は使って訪ねた。

 対してアイリオンは、少々難しげな表情をしてから、つまらなさそうに答える。

「するかもね? 可能性は少なかったっぽいけど、確認できたわけじゃないし」

「そう、ですか………」

「おしゃべりは良いでしょう? 続けようか?」

 言うが早いかアイリオンは≪ソニック・リープ≫を使って一直線に斬り掛ってくる。

 ライトグリーンに輝く片手剣が、真直ぐに少女の細い首に迫り―――寸前で後方へと逃れた。ウィセがタイミングを計って後ろに飛んだのだ。

「避けても―――!?」

 ソードスキル後の硬直から回復したら、すぐに追いかけようと考えていたアイリオンは、後ろに下がったはずのウィセが瞬時に目の前に現れ≪セル・リッパー≫を叩き込んできた。

 ノックバックで下がったところを、すかさず≪ベア・ノック≫にて吹き飛ばした。元々吹き飛ばし効果のある四連撃ソードスキルを受け、アイリオンは大きく後方に飛ばされた。

 地面を転がり瞬時に立ち上がると、片手剣を構え、眼前の敵を睨みつける。

「何今の? ソードスキルじゃ無かったよね?」

「システム外スキルです。っと言っても大した物ではなく、SAOでは皆が使っている基本技術の一つですよ」

 今ウィセが使って見せたのは『リバウンドステップ』と言われる初歩の技術だ。

 一旦後ろに下がる『バックステップ』を行い、着地と同時に瞬時前進するステップ技術の事だ。これをすると、勢いを付けた分、攻撃の威力に僅かなボーナスが付く。SAO初心者がソードスキルのモーションの次に覚える『ステップ技術』の一つだ。こんなモノは、ゲームを良く解っていないサヤや、前線メンバーとして戦っていないタカシでさえ、誰かに教わる事無く自然と覚えて行くような技術。“技”ではなく“業”なのだ。

「何故アナタが知らないのか疑問ですね? 名前は知らずとも技術は知っているのが当然でしょう? 特にこのSAOでは………。アナタは一体何者ですか?」

 強さにではなく、当たり前の知識を知らない事に疑問を抱く。

 アイリオンは取り合わず、続けて四連続ソードスキル≪ホリゾンタル・スクエア≫を放つ。ウィセを中心に煌めく四つの斬激が、四方から叩きこまれる。

 対するウィセは、肩や重心をしっかり捉え、続く攻撃を予測ししっかりと躱してく。正面からすり抜けるように放たれる横切りを、身体一つ分横に飛び退かせる『サイドステップ』で回避し、回り込んで後ろから放たれた横切りを、剣でいなすように受け流す。斜めに前進し、横合いから放たれる横切りは、しっかりしゃがみ込んで躱し、最後の四連撃目が来る前に、身体全身のばねを使って宙返りするように飛び退く。アイリオンの最後の一撃は、虚しく空を切る。

 ウィセはこの時、自分の後方に壁がある位置で宙返りをして見せた。これにより、彼女が飛び退いた先は壁となり、着地する前にぶつかってしまう。それを計算した上で飛び退き、空中で壁に足を付くと、そのまま壁を蹴って技後硬直中のアイリオンに≪リーバー≫を叩き込む。上級基本戦術『壁飛び(ウォールリバウンド)』と言われるものだ。

 弾かれ地面に強かに背中を打ちつけた赤い少女。硬直が先に解かれたウィセは、素早く剣を引き、上下二連続ソードスキルを喰らわせる。地面と剣に阻まれ、連続でバウンドした赤い少女は、まるで糸の切れた人形の様に地面に倒れる。その頭上目がけて飛び上がったウィセは、体術スキル≪踏破≫によって一気に踏み抜いた。≪アンチクリミナルコード≫によって弾ける光が、幾重にも重なりスパークする。どんなに強いソードスキルを使った所で、この紫の障壁を打ち破る事はできないと解っているが、それに迫ったのではないかと錯覚しそうな光の瞬きであった。

 少女のお腹を踏みつけたウィセは、硬直が解けると同時に飛び退く。いくらヒットポイントが減らずとも、アレだけ滅茶苦茶に叩き込まれれば大いに不快な神経ショックを受ける事になる。圏内戦闘はヒットポイントが減らないだけで、戦闘の恐怖はそのままだ。寧ろ、身体を貫通したりするのと違い、食らう度にポンポン投げ飛ばされるのだ。圏外の戦闘よりも精神的な苦痛は大きい。さすがにこれだけ断続的に攻撃を受ければ、戦おうと言う意思もなえるはず。ウィセはヒットポイントの減らない圏内戦闘では、戦う意思を先に折った方が勝つのだと既に看破していた。

 そのためにたたみ掛けたと言うのに、赤い少女はゆっくりと立ち上がると、何処か狂った様な笑みを向けて、嬉しそうに剣を構える。

「すっごい。私にここまでやっちゃう人、アナタが初めてかも? 単純なレベルじゃないよね? 本当にすごいわ」

 まるで初めて遊び相手を見つけた子供の様に、アイリオンは懲りずモーションに入ろうとする。

(子供の様な残酷さ………それでも、あの子とは全然違いますね)

 脳裏に一人の少女の姿が過ぎった様な気がしたが、ウィセは忘れるようにステップ。瞬時に赤い少女の懐に入り込む。単純な前進でありながら、アイリオンは反応できず、接近を許してしまった。その事に驚いて目を向く顔めがけ、ウィセは容赦なく≪リーバー≫を叩き込む。

 大げさに仰け反って倒れるアイリオンから再び距離をとる。

 今度使ったのは『ステップイン』と言われるステップ技術の初歩の初歩だ。先手を打つプレイヤーが、最も速く、最も見つかり難く放てる、効率の良いステップ。ケンなどは特に熟達して覚える技術だが、やはりこれも初歩であり、戦闘向けプレイヤーは誰でも使える。猪突猛進のサヤは無意識にこれを覚えているし、前線メンバーとして名を連ねる者達も、勝手に覚えて行った初歩技術だ。

「どうやってそんなレベルと装備を手に入れたかは知りませんが、アナタの様な方に、前線を生き抜く上位プレイヤーを倒す力なんてありませんよ」

 言外に諦めろと伝える。決闘でも無く、圏外でも無い、この戦いの終着点はどちらかが諦める他に無い。ウィセとしては、ここで弄られた所でヒットポイントに影響は無いので、負けたフリをしても良かったのだが、頭にはその選択肢があるにもかかわらず、逆に倒してやろうと考えていた。

(………まあ、ここで負けて見せて終わりとも限りませんし、調子に乗られても困りますから、ここで徹底的に叩いておきますか)

 先程から脳裏に誰かの姿がちらつく様な気がするが、気の所為だと判断して考えを遮断する。

 徹底的なプレイヤーとしての差を思い知らされ、もう戦う意思などないかに思えたアイリオン。だが、やっぱり彼女は立ち上がると、先程と同じ笑みを作ってウィセを見つめる。

「うふふ、うふふふふふふ・………、やっぱりアナタ、良いよね? 最高。こうじゃなきゃ、こうじゃなきゃいけないよねっ!?」

 刹那、赤い少女の姿が消え、ウィセのすぐ目の前に現れる。

(ステップイン!?)

 今、ウィセが見せたばかりの業を瞬時に操り、単発突き系のソードスキルを放つ。

 剣で何とか受け止め、直撃を避ける。軽く後ろに吹き飛ばされながらも、さらに前進しようとするアイリオンに≪リーバー≫で薙ぎ払う。しかし、アイリオンはこれを軽やかに飛び躱すと、壁を蹴って三角飛びの要領でウィセの側面から≪スラント≫を叩き込む。

 さすがにまともに受けて吹き飛ばされたウィセは、ある種の予感を感じて、無理な体勢である事も無視して、適当に≪弦月≫の蹴りを繰り出す。システムアシストにより勝手に蹴り上げられた身体は、物理法則を無視して体勢を立て直させる。上手く足で着地したウィセは、何も考えずに横に跳びに地面を転がって回避する『ローリング』を行う。

 瞬間、先程までウィセの背中があった場所に青い閃光が四つ煌めく。起き上りながらそれを確認したウィセは、自分の予想が当たっていた事を知る。

(先程、私が彼女に与えたパターンをそのまま返された。まったく技術を持っていなかった彼女が、こんなにも簡単に見ただけでまねたと言うのですか!?)

 ありえない。現実では、確かにそれが出来てしまえる天才がいる。自分も、肉体的に許される技術なら、見ただけである程度真似る事は不可能ではない。だが、このSAOは実際に自分の身体を動かすのとは少し違う。なんせ、アバターの運動神経と、リアルの肉体とでは、有する能力に差があるのだから。普通に動かすだけならともかく、技術は何度も反復行動などで覚えて行くしかない。バーチャルMMO特有のアバターを動かすという感覚を。

(彼女の様にMMOの中で見た技をそのまま真似る事が、現実的に不可能かどうかで言えば、それは可能と言えるかもしれないけど………)

 だが、その場合は、その当人がMMOに慣れ親しんでいることが条件となる。果たして、彼女はそれに類するのだろうか?

(装備やスキルから規格外の物ばかりですから、こんな事が出来ても不思議ではないかもしれませんが………)

 本物のチートがここに存在している。これは由々しき事態だ。

 それも、圏内とは言え、攻撃を仕掛けてくる性質の悪い存在。放っておくわけにはいかない。

 赤い少女が笑う。

 黒髪の少女が構える。

 二人は同時に飛び出し、赤と黒の髪を軌跡の様に流し―――激突した。

 

 

 互いの剣が何度も閃き、何度も紫色の障壁が眩く発生する。

 もはや決着の方法は精神的な疲労から、アバターを動かす気力失わせる事にしか無い。

 ソードスキルを叩き込み、壁に押し付け、地面に叩き付け、また激突して―――、それを繰り返して互いの精神を削り合って行く。

 この消耗戦で劣勢に立たされていたのはウィセの方であった。時間を確認する暇も無く、曲刀を振るい続ける彼女は、次第に精神が疲労によって参り始めていた。ヒットポイントが無い故の永遠の剣舞。いくら無限の体力を持つアバターであっても、精神までは仮想ではない。アバターを動かす意思は、間違い無く本物なのだ。使い続ければ消耗し、疲弊していく。

 集中が続かない。今でも笑い続けて剣を振るう赤い少女に、こちらの精神が間に合わない。ソードスキルの数も圧倒的に負けている。四連撃が限界かと思えば、五連撃技を繰り出し、ウィセの身体中に≪アンチクリミナルコード≫が乱立しまくる。不快な精神ショックがアバターの操作を誤らせ、弱ってもいないのに、片膝を付いてしまう。その隙を狙い、さらなる連撃を叩き込まれ、倒れてしまった。

(連撃の回数が多いだけで………っ!!)

 それで勝てる程、対人戦は甘くない!

 心の叫びすら置いて行く勢いで、ウィセは片手倒立気味に蹴り上げ、アイリオンが振り降ろそうとしていた剣の柄を足で抑え込む。一瞬出来た隙に、もう片方の足で刃を蹴って逸らす。前転する要領で起き上り、お返しの四連撃を叩き込み吹き飛ばす。

 地面を後転しながら転がったアイリオンは、すぐに立ち上がって間髪入れずにステップイン。休む暇も無くウィセも応じて剣を振り抜く。

 刃が打ち合わされ、鍔迫り合いになる。

 突然足に不快な精神ショックを受け、一瞬体勢が崩れる。その隙を付いて体当たりされ地面を転がされる。

(足を踏まれたくらいで転がってしまうなど………っ! 集中力が削られていますか………!)

 自己分析しながらも負けたくない一心で、ウィセは立ち上がり刃を構える。手首を利かせ、くるくると刃が回るような動きで、相手に軌道を読ませないようにしながら突き込む。相手のパリィを上手くすり抜け、顔面に炸裂。ソードスキルで無いのでノックバックは発生しないが、それでも視界を一瞬だけ塞いだ。

「………~~~~ぁぁぁっ!!」

 肺から空気が漏れる様なか細い声を上げ、首を落とす様に左から右へと横切り、右から左下へと斜めに斬り、くるりと曲刀を回す様に切り変え、袈裟掛けに斬り上げる三連続ソードスキル≪クレセント・トライア≫を間断なくぶつける。システムアシストを後押しするように身体を動かし、ブーストを掛ける事も忘れずに放ち、相手に与えるショックを上乗せしようとする。

 赤い少女の身体から三つの≪アンチクリミナルコード≫が輝き、“ウィセの身体から四つの≪アンチクリミナルコード≫が輝いた”。

(視界を塞がれたのも関係無しに≪バーチカル・スクエア≫を叩き込んできた………っ!?)

 解っている。この戦いは相手を蹴落とした方の勝ちだ。自分よりも相手の方が上だと思い知らせる事が勝負の分かれ目だ。だからウィセは常に最善を選び攻撃を撃ち込んできた。劣勢に立たされている今でも、総合的な攻撃命中率と、ダメージ率は、圧倒的に自分の方が上のはずだ。

(なのに、怯む様子が無い………っ!?)

 焦りはない。彼女の明晰な頭脳は、こんな状況でも臆せず冷静に思考を続けてくれる。だが、その上であっても、彼女にはアイリオンと言う少女が理解できなかった。

(常人が持ち得ているはずの精神的な疲労が訪れない? 興奮した人間が、アドレナリンの大量分泌でハイになる事があるとは聞きますが………! いくら肉体の無いSAOだからと言って精神の限界は何処かで来るでしょうっ!?)

 ステップインと≪ソニック・リープ≫を掛け合わせてきた一撃を、何とか躱し、剣を持つ腕を掴み、捻る様にしつつ同時に足を払い、地面に叩き伏せて抑え込む。倒せないのなら体術で抑え込んでしまおうと考え、護身術を試みたのだが―――。

「あっはっ! すごい! こんなのもあるわけねっ!?」

 アイリオンは力任せに拘束を解き、無理矢理ウィセの首を掴むと、片腕で振り回し、壁に叩きつけてから地面に叩き付け、上に乗っかる様にして腕の関節を決める。

「こんな感じ?」

(く………っ! やはり抑え込んだところで痛みも関節ダメージも無いSAOでは、ステータスによる力任せで簡単に剥がされますか………っ!)

 おまけに、アイリオンはまたしてもウィセの動きから体術を読み取り、真似して見せた。先程のウィセと違い、ステータス上ではアイリオンが勝っているため、今度は無理矢理解く事が出来ない。

 地面に押し付けられたウィセを見降ろしながら、少女は空いている片手で剣を掴み、執拗にウィセの身体を何度も突き刺す。乱立する≪アンチクリミナルコード≫が嫌な音を上げてウィセの身体に不快感を与えて行く。

「ねえお終い? アナタは私の仕事とは関係ないみたいだけど、ガス抜きにはなるの。だからもっと何か隠してるなら教えてよ?」

 無邪気にそう言って笑う笑顔を見上げ、ウィセはその笑みに嫌悪感を抱いた。

(同じ無邪気な笑みでも、随分と種が違うモノですね………)

 その笑みを見ていると首の後ろ辺りがチリチリと焼けるような感覚がした。人を本気で嫌悪するのは初めてかもしれない。絶対にこの相手にだけは負けたくないという気持ちが膨れ上がってくる。

 そんな反抗的な少女の瞳を見降ろし、アイリオンはつまらなそうに突き刺す手を止めた。ソードスキル無しではノックバックは発生しない。これではウィセを虐めてる気にもなれないのだろう。かと言って、この体勢ではソードスキルは放てない。なにか面白い事はできないかと切っ先をウィセの首元に押し当て、ゆっくりと下にずらしていく。

「!」

 切っ先が少し襟から服の内側に滑り込んだ時、ウィセの中の女が、一瞬反応してしまった。それでもウィセは外面には全く出さず、ポーカーフェイスを完璧にこなす。

「………ふ」

 にも拘らず、赤い少女は嬉しそうに口の端を持ち上げる。顔が整っている所為で笑うとやたら美少女に見えるのだが、状況が笑みの意味を嫌という程語っていて、あまりに好感が持てない。

 アイリオンは、片手でウィセの腕を決めたまま、うつぶせ状態で見えるうなじの辺りを切っ先で突く。そのまま切っ先で撫でるように滑らせ、服の襟から内側に入り込ませようとする。

「………!」

 ウィセはわざと怯えた様に一瞬反応して見せた。チャンスだったのだ。ここは現実ではないので、服に刃が走っても、耐久力が持つ限り消える事も破れる事も無い。精々赤いエフェクトライトを零し、耐久力が少しずつ減少していくだけだ。アイリオンが自分の反応を見て遊ぶつもりなら、絶対に背中に刃を潜り込ませるために、僅かに体勢が崩れるのだ。

 幸い、右手にはまだ≪シャムシール≫を握っている。彼女が体勢を僅かに逸らした隙にソードスキルを地面に向かって叩き込む。体勢が悪いのはウィセもアイリオンも変わらないが、曲刀カテゴライズの≪リーバー≫は肩に背負うようにして剣を構えるモーションから放たれる。ギリギリこの体勢でも放つ事は出来る。ソードスキルが地面に叩き込まれれば【Immortal Object】が表示され、攻撃が跳ね返される。その衝撃で脱出できるはずだ。

(さあ、反応を返す私で遊んでみれば良いです………)

 ウィセとて女としての自分を捨てている訳ではない。こう言った行為に羞恥心を感じるのも確かだ。だが、それをやるのが女である事と、他に観衆の目が無い事で、彼女は幾分か冷静でいられた。何より、絶対にこの女に負けないと言う意思が、羞恥心を圧倒的に超えていた。

「………」

 だが、少しだけ計算違いがあった。アイリオンは、後ろから背中に剣を入れるのは体勢的に難しいと判断したのか、服の内側に入った切っ先を横にスライドさせ肩を通り過ぎ、前の方へと押しこんでいく。

(そ、そっち………!)

 背中より恥ずかしい位置に移動した事で、僅かに動揺してしまうが、どちらにしても深く入れようとすれば体勢は崩せる。

 ウィセは僅かに上気してしまった頬を逆に利用して、いかにも悔しそうな表情を作って見せる。

 気を良くしたらしいアイリオンは小さく笑いを漏らしながら、刃を滑り込ませていく。冷たい刀身の感触が胸の内側に滑り込んで来るのに、僅かな羞恥心を抱きながら、ウィセはチャンスを悟り≪シャムシール≫を握り締めた。

 

「そう言う行為は感心しませんわ」

 

 その声は、まるでその時を見計らったかのように掛けられた。

 ウィセとアイリオンが同時に視線を上げた。瞬間、ライトグリーンの閃光が、アイリオンの顔面に叩き込まれ、ウィセの上からたたき落とされる。

 瞬時に身体を弾ませ立ち上がったウィセは、確認した相手の隣に立ち呟く。

「生憎、礼は言いませんよ。まだ私は戦えていましたから」

「うふふっ、それはとても残念です」

 あまり残念そうでない声音で、ウィセを助けたゴールデンヘアーの少女は固頬に手を添えて笑う。

 片手剣の使い手、ふわふわした黄金の髪を持ち、ドレスの様な柔らかい衣装を纏った女性、スニーは片手剣を構えウィセの隣に並ぶ。

「ウィセさんには不快かもしれませんが、私もああ言う手合いが少々苦手でして、助太刀しますわ。うふふっ、圏内ですからいくら叩いても良いんですのよね?」

 まるでSッ気でもありそうな微笑みにウィセは肩をすくませて答える。

「手加減しないのでしたら、ご自由にどうぞ」

「あら? 半分冗談でしたのに………? ウィセさん、もしかしてちょっと怒ってらっしゃいます?」

「怒る? ………私には解りません。ただ、アレを嫌っているのは確かですね」

 二人視線をアイリオンへと向ける。

 アイリオンは立ち上がると、標的が二人に増えた事を逆に嬉しそうに笑みを強めた。

「いいねぇ? この二人相手なら、前の槍の子より実りがありそう………」

 その台詞に、不思議とウィセは嫌悪感を強めた。

「なんでしょう? 良く解りませんが、アナタの言うところの怒りが芽生えた気がします。スニー、やっぱり私から言いますね? アレを徹底的に叩くのを協力してください」

「喜んで御協力させていただきますわ♪ 私、何だか身体が熱くなってきた気分です♪」

 赤い少女を前に、黒と金色が並び立ち、刃を構える。

 “圏内激闘”と呼ぶにふさわしい激突、その二幕目が開始されようとしていた。

 

 

 6

 

 

 その頃ケンは………。

「………」

 街の中心で鍛冶スキルを黙々と上げている。まだレベルが低いので商売用の看板は出していない。

「隣、良いか?」

 訪ねてきた男に視線を向ける。一瞥しただけで視線を戻し、簡潔に答える。

「良いデスヨ」

「そ、そうか………」

 少し微妙な表情をして≪ベンダーズ・カーペット≫敷いた男は、同じ鍛冶スキルを持っているようで、さっそく鉄を槌で撃ち始めた。

 鉄を打つ音が響く中、彼のぼそりとした声がケンの耳に届いた。

「隣のNPC、なんかカーソル出てる気がするんだけど………、もしかしてなんかのイベントでも発生させちゃったかな?」

(この扱いにも慣れたな………)

 

 

 7

 

 

 ウィセ、スニーは短く会話を重ねただけで、すぐに戦闘を再開した。

 最初に飛び出したのはウィセ。アイリオンに向けて、真直ぐ刃を振り降ろす。

「そんな単調な技が、今更効くわけ無いでしょう!?」

 アイリオンは二連撃技≪バーチカル・アーク≫で、刃を払い、二刀目をウィセにぶつけて押し返す。簡単に食らったウィセは、何の抵抗まないまま後ろへと下がり―――ニヤリとほくそ笑んだ。

 アイリオンが何かに気付いたのは、既に後頭部から突きぬける様な≪アンチクリミナルコード≫が発生した後だった。

 先程までウィセの後ろにいたはずのスニー。彼女が、いつの間にかアイリオンの後ろに回り込み、何らかのソードスキルを放っていたのだ。

「………こんのっ!」

 たたらを踏みながらも踏み止まり、お返しのソードスキルを放とうとしたら、今度は足に衝撃が突き抜ける。今度は『リバウンドステップ』で戻ってきたウィセに技を貰った。

 片膝を付いた状態に倒されたアイリオンに向け、スニー、ウィセの二人は、まるで互いがダンスパートナーであるかのように優雅な所作でモーションを起こす。二人の中心にいるアイリオンは、左右から交互に放たれるソードスキルに挟まれ、何度も弾かれる。

 スニーの片手剣、三連撃技≪シャープネイル≫。

 ウィセの曲刀、三連撃技≪クレセント・エアー≫。

 二人の刃は、互いがダンスに応える様に放たれ、まったく同時に静止し、美しい演舞の一時を披露した。

 アイリオンが再び地面に倒れたところで二人の硬直が解け、ウィセが≪踏破≫にて踏み潰す。さすがに食らってばかりでは気に入らなかったのか、『ローリング』で回避する赤い少女。

 彼女が立ち上がったところ目がけ、ウィセが斬りつけに掛る。

 左右から繰り出される通常攻撃に、アイリオンは真っ向から答え、パリィして見せる。

 ウィセは、大きく大上段に剣を構え、そのまま真直ぐ振り降ろし、力でアイリオンを押さえ込む様にする。ステータスが上のアイリオンは、口の端を持ち上げ鼻で笑い、力で押し返したところを単発突撃系ソードスキル≪レイジ・スパイク≫で斬りつけ―――いつの間にか側面に現れたスニーが≪スラント≫にて叩き付け、相殺させる。

 アイリオンの表情が驚愕に歪んでいく。この女は一体いつから此処にいたのか? それが全く思い出せない。

 そんな彼女の混乱を知るかのように、無防備を晒す姿に余裕の笑みを作って見せるウィセ。

「………ぁっ!」

 小さく声を張り上げながら≪セル・リッパー≫を顔面に放ち、その場に倒れさせる。

 慌てて飛び起きたアイリオンは、自分に向けて前方左右から突っ込んで来る黒と金を見た。

 スニーの≪ソニック・リープ≫とウィセの≪リーバー≫が同時に放たれ、アイリオンを中心に閃光をクロスさせる。同時に二人分の突撃技を受け、なす術も無く再び地面に倒れる。

(驚愕モノですわね………)

 ウィセとコンビネーション攻撃を立て続けにはなったスニーは、頬に汗が一筋流れる様な気分を味わう程驚いていた。

 ウィセは戦闘を再開する前にスニーに伝えた事は「私が合わせますので、得意なやり方を実行してください」の一言だけだった。だからスニーは半信半疑に自分のやり易い戦いを勝手に独断で行動して見せただけだ。それがどうした事か、スニーは自分が誘導されているのではないかと疑いたくなるほど見事なコンビネーションを実行していた。

 最初に両側から敵を挟み、前後、もしくは左右から交互にソードスキルを放ち多大なダメージを与える技が、システム外スキルコンビネーション技『ダブルライン』。絶対にコンビを組む仲間を傷つける事の無い、連撃系ソードスキルを使う事が重要とされている。

 二度目にはなったのは『クロスファイヤー』と言い、突撃系のソードスキルで敵を十時に斬り裂くコンビネーション戦法。この時、片方がタイミングを外さないと、突っ込んだ互いがぶつかってしまったり、遅れすぎて二撃目を回避されたりなどするのだが、ウィセは当然の様に合わせて見せた。

「スニーは相手がモンスターでなくても容赦無く攻撃してくれるので合わせ易いです」

(わたくし)は、勝手に動く個人にあそこまで完璧に合わせられるウィセさんに驚いているんですが………」

「いえ………、身近に素直なくせに、失敗の多い困った存在がいまして………」

「それは面白そうな存在ですね~」

「他にも、エンターテイナーを自負する人と、その人を淡々と貶めるNPCもどきと、目だたない盾持ちと、最近は御節介な出たがりが増えましたもので」

(わたくし)のパーティーと似たり寄ったりですね~~~」

「私は今、アナタのパーティーと、ウチのリーダーが出会わない事を深く望みました」

「どうしてそこでそんなにも真剣な眼差しをしていらっしゃるんですか? 出会うと一体何があると言うんですの?」

「混沌が二つ合わさったものを、なんて名称すれば良いのかしら?」

「ああ、今、ウィセさんの懸念している物が解りました。………リーダーさんって、今何処にいらっしゃいます?」

「会わせる気ですか………っ!?」

 ニコニコ顔のスニーに、軽く恐怖を感じたウィセは、絶対この女にはサヤを合わせまいと心に誓った。

「あっはっはっは………っ、まいったなぁ~………、さすがにこれは参ったかなぁ~………?」

 声に振り返り、二人は身構える。

 アレだけ決定的に薙ぎ払ったはずの赤い少女は、何食わぬ顔で立ち上がり、依然凄まじい殺気を保っていた。

「………っ!」

「スニー待ってください」

 咄嗟に行動に出ようとしたスニーを、ウィセが制止する。

「先程の『消える技』を使うつもりなら、これ以上は見せない方が良いです」

「………何故ですの?」

「彼女は最初、単純なステップも知らない様な存在でした。それが、私のステップをいくつか見ただけで、それを全てマスターしてしまったんです」

「見ただけで、ですの?」

「はい、恐らく技術的に不可能で無いのなら、彼女は何でも覚えてしまえるはず。アナタの『消える技』の正体は私にはもう解っています。アナタほどではありませんが、一瞬程度なら私にも真似できる。その事があの子にバレてしまうと―――」

「まさか、私の『ミスディレクション』までコピーすると?」

「可能性がある以上、あまり見せたくないのです。もしコピーされたら手に負えません」

 苦虫を噛み潰したような表情になるスニーだが、言われている事も尤もで、これ以上自分の技を見せるのは憚られた。何よりアレは、同じ相手に多用しすぎれば効果が薄れてしまう。連続使用には向いていない。

 アイリオンは「まいったまいった」と口零しながら、その表情は実に楽しげに歪めている。

「本当にまいったよぅ~~………。これじゃあ私も火が点いちゃう? ちょっとだけ………、ちょっとだけ、私の本気を見せてあげる。安心して? ここは圏内だから、死ぬ事は無いよ? そもそも私、仕事以外でプレイヤーを消す事出来ないし………」

 その言葉の意味するところが、まるで、自分はプレイヤーではないと言っているかのようで、ウィセは怪訝に眉をひそめる。しかし、この場でそれについて問い詰めるのは憚られた。相手を気遣ってではない。そんな余裕もない程に、少女から放たれる気配が豹変して行ったのだ。

 刹那、長距離最速移動技術『アクセルステップ』にて、アイリオンは真っ赤な閃光となり、スニーの正面に陣取った。

「………っ!?」

 咄嗟に防御しようと≪アニールブレード≫を掲げる。

 真っ赤なエフェクトライトが下から上に斬り上げられ、スニーの身体は冗談みたいに大きく吹き飛ばされる。そのまま遥か後方にあった建物の壁に叩きつけられ、彼女は悲鳴にならない声を漏らし、地面に倒れ込む。

「………ッ!」

 スニーがやられた姿を目撃し、ウィセは焦り気味に飛び退く。彼女がやられた具合からして、今のアイリオンのステータスが、異常な数値に変貌した事は理解できていた。だが、同時に『何故?』と言う疑問も浮かぶ。アイテムを使った素振りもスキルの類とも思えない。なのにどうして、突然彼女のステータスが急上昇する事態に至ったのか?

 疑問は、自分の真横に移動した、赤い少女の笑みにかき消された。

 ウィセは冷静に判断し、この一撃は躱せないと判断。武器にこれ以上ダメージを与えるのを恐れ、圏内である事を考慮し、空いている左腕で防御しようとする。

 次の瞬間、左腕を薙ぎ払い、身体に直撃したエフェクトライトが、彼女を世界から遠ざける勢いで突き飛ばし、気付いた時には全身を不快な精神ショックが襲い、スニーの上に倒れ込んでいた。

「なにが………っ!?」

 さすがに混乱しそうになる頭を無理矢理抑え、何とか起き上るウィセ。一人では危険と悟り、スニーを助け起こすのだが、彼女は自分よりも重傷らしく、未だに目眩のするらしい頭に手を添えていた。

 ウィセは、視界の端に映る赤い少女がモーションに入った事を悟り、慌てて声を張り上げる。

「スニー! 早く―――!」

 言葉は途中で呑み込まれた。

 軽く100メートルはあるのではと予想される距離を、アイリオンは真っ赤な残光を残し、一瞬で踏破。眼前に迫る鮮血色のエフェクトライトが、ウィセとスニーを容赦なく襲う。

 ≪アンリクリミナルコード≫がまだ有効なのか? っと疑問に思えるほどの衝撃は二人を貫き、再び壁に叩きつけられる。

 間髪入れずに赤い少女の六連撃ソードスキルが叩き込まれ、二人は思わず膝を付く。互いに剣を地に突き立て、杖代わりにしている物の、不快な感触が全身に残っていて、上手く身体を動かせない。

(圏内でこれだけ立て続けに攻撃を受けると、ここまで不快な精神ショックが全身を支配すると言うのですか………!?)

 二人が精神ショックに立ち直るより早く、ディレイを終えたアイリオンは嬉しそうに笑みを向ける。

「これは私にしか使えないソードスキルよ。ここまで色々教えてくれたお礼に見せてあげる」

 アイリオンが右後方に剣を思いっきり引き、力を溜める様に一瞬硬直する。刹那に鮮血色のエフェクト光が剣に纏い、ソードスキルの発動を知らせる。

 動けないスニーは剣を盾の様に構える事しかできず、衝撃に備え歯を食いしばる。

 ソードスキルが放たれる瞬間、ウィセの手が、まるで剣の意思によって導かれたかのように勝手に動いた。それは、日々戦い続けてきた戦士としての本能だったのか、それとも本当に≪シャムシール≫の意思だったのか………、襲い来る剣檄に対し、刃は絶妙な角度を持ってパリィを試みる。

 左から斜め右に斬り降ろされる一撃を、なんとか同じ方向に斬りつけ、いなす。

 右から左へと真直ぐ横に引かれる剣撃を、切り上げる様にして、何とか押さえる。

 左右に斬り上げる二つの刃を刃と鍔に当てて何とか防ぐ。

 ここまでの三連撃を受けた瞬間、ウィセは本能的にある予感を抱いていた。

(防ぎ切れない………っ!)

 咄嗟に剣を引こうとするのだが、何故か手は動いてくれない。まるで剣の意思が主に逆らうように、次の攻撃に対して対処しようとする。

(ダメ………ッ!)

 心の叫び虚しく、身体は勝手に動く。

 ≪バーチカル・アーク≫の逆を刻む様に左下から斜めに斬り上げられた刃が、頂上で瞬時に跳ね返り、右下へと斬り伏せられる。刃と柄で攻撃を何とか受け止めた瞬間≪シャムシール≫の刀身は砕け、ポリゴンの破片となって消えて行く。

 言い様の無い感情がウィセの胸に去来する中、アイリオンは一杯に剣を引いて、ほくそ笑む。

 咄嗟に割り込んだスニーが刃を盾に構えるが、次の瞬間に放たれた鮮血色の突きが≪アニールブレード≫の刀身を砕き、彼女の胸を真ん中から貫いた。

 ≪アンチクリミナルコード≫の紫色に光る障壁が発動しているにも拘らず、その衝撃は、後方にいるウィセの胸をも貫いたかのように思えた。

 二人は、もはや全ての気力を失い、地面に倒れ込む。

「≪スカーレット・ペンタゴン≫、私だけが使える六連撃ソードスキルよ」

 空中に鮮血色の残光が五芒星の星型を描き、その中央を真直ぐ射抜く様に突きを放った姿勢のまま、アイリオンは楽しげに告げる。

 精神ショックの蓄積によるものか、気を失っている二人を愉快そうに見降ろし、すぐに何かを思い出したかの様に表情を一変させる。

「いけない、つい夢中になり過ぎちゃった………。この二人は違うみたいだし、仕事に戻らないと………」

 踵を返し、背を向けて歩き出すアイリオンは、腰のポシェットから≪転移結晶≫を取り出す。

「ありがとうね。おかげで随分ガス抜きできたと思うよ。皆少しは楽になったかも?」

 そんな言葉を残し、アイリオンは転移の光に包まれ消えて行った。

 

 

 8

 

 

 その頃、広場の中央で鍛冶スキルを上げていたケンは………。かつて無い衝撃に見舞われていた。

(なんだコイツは………っ!)

 ケンが驚愕していたのは隣に陣取っていた鍛冶スキルで商売をしている男だ。名をアスパラと言うらしい事を、客との会話で知ったのだが、この男のあり得ない能力に、気が狂いそうになっていた。

「ほら、出来たぞ? 見てくれ」

「………、完璧な仕上がりじゃないか! もう、インゴットから剣を精製しても良いくらいじゃないのか?」

「そう言ってくれるなら試みたいところだが、生憎、インゴットからの精製には火床がいるだろう? さすがに持ってねえよ」

「そりゃそうだ。でも、お前が失敗したところなんて見た事ねえぞ? この分ならすぐにお金も溜まって、店持ちになれるって!」

「そうだな。いつかは自分の店を持ちたい物だ。その時はよろしく頼むよ」

「おう、常連さんやらせてもらうぜ」

 そう言って去って行く客。

 ケンは、口の端が勝手に持ち上がるような気がした。

(コイツ、これで一体何度目の強化成功だ?)

 先程から訪れる客は、どう見ても前線メンバーに匹敵する人物ばかりだ。っとすれば、当然に強化を頼む武器も、かなり難易度が高くなっている物が多いはずだ。だと言うのにこの男、ずっと傍にいるケンの目の前で、一度たりとも失敗している姿を見せていない。

(恐ろしい………、こんな男が居て良いノカ? プレイヤースキルとか言うレベルじゃないデスヨ?)

 これだけの存在が最前線にいるのだ。攻略具合も格段に上がる事だろう。だとしたら、この男と付き合いを持っておくのは、ありとあらゆる意味で良いのではないだろうか? それに気付いたケンは、男に話しかけて見る。

「なあ、アンタ? 随分景気良いみたいじゃナイカ?」

「え? お、おお」

 ケンの事をNPCだと未だに思っているのであろう、アスパラは戸惑った表情で答える。面白そうなのでケンはそれを利用して話を進める。

「ちょっと、僕の剣も打ってみてくれないか? アンタの力量を見て見たい」

 言いながら自分の使っている短剣を差し出すと、男は「なんだ? 俺どっかでクエストフラグ立てたのか?」と呟きながら了承してくれた。クエストだと思っている所為か、お金の交渉無しだ。もちろん、報酬は払うつもりでいた。以前、マサが手に入れたLAアイテムをケンは預かっている。パーティーメンバー全員が、あれの処理に困っていたのでちょうど良い。この男に押し付けてしまおう。ケンはそう考えていた。

 ほどなくして、出来上がった短剣を見てみると、今まで見てきたとおり、強化限界までフルで成功しきった逸品が返って来た。ケンは、内心で小躍りしつつ、あくまでNPCを装って、メニューを操作する。

「良い腕を持ってるじゃナイカ? それなりの報酬を払いたいんダケド、今は手持ちがナイ。代わりにコイツで許してくれないか?」

 そう言ってトレードメニューを呼び出し、アイテムを送る。

 アスパラは慌てた様子でアイテムを受け取ると、嬉しそうな表情を浮かべた。

「おおっ、マジでレアアイテムが返って来た! やっぱ何かのクエストだったのかよ!? ラッキーだな俺!」

「ああ、それとこれも登録しておいてくれるか?」

「お、おお!」

 興奮冷め止まない様子の男に、ケンはフレンド登録の有無を申請。アスパラは深く考えもせずに『OK』ボタンを押してしまう。

(これでヨシッ!)

 胸中ガッツポーズをとるケンの事など知らず、アスパラはクエスト成功に表情を緩めていた。

 その後、彼が入手したアイテム≪マッスルマン・パンツ≫の処理に困らされることになるのは、この場を立ち去ってしばらく後の事であった。

 

 

 9

 

 

「おい、オマエら生きてるか?」

 呼びかけられた声に反応して、ウィセは目を覚ました。

 意識が覚醒してすぐに瞼を開かず、しばらく瞳を閉じたまま周囲の気配に気を配る。

 背中に当たる固い感触からして、壁に凭れるようにして座らされているらしい。肩に触れる温かく柔らかな感触は、恐らくスニーの物だろうと推測した。

「おい? 聞こえてるか?」

 また声が掛けられ、片頬をペチペチと叩かれた、煩わしい気はしたが、念のため、まだ寝たフリをしてみる。すると、先程掛けられたのとは別の声が耳に届いてきた。

「クロノ、あんまり乱暴にするな。相手は女の子だぞ?」

「してるつもりはないんだが………?」

「お前はもう少し女の子に対する接し方を勉強しろよ………」

 周囲から漏れる軽い笑い声から推測して、人数は恐らくは四人。全員が男の様だ。

 とりあえず、危険はないと判断したウィセは、いかにも今気がついたという様子で瞼を開く。

「おっ、二人とも気が付いたか?」

 どうやら図らずもスニーと同じタイミングに目を覚ましたようだ。最初に周囲に視線を巡らせ、状況確認。

 恐らくパーティーメンバーであろう四人組。その内、一番近い二人の片方が、頭まですっぽりと覆うフードコートを着用しているのだが、僅かに白い髪が覗いて見える。性別が解り難いが、声からして明らかに男だ。

 どうやら、アイリオンとの戦いで負け、そのまま気を失ってしまったらしいところを、このパーティーが見つけたと言った流れらしい。

「………。強姦されそうになった時は、『きゃ~~』と悲鳴を上げるべきでしょうか? それとも問答無用で殴り飛ばすべきでしょうか?」

「後者が良いと思いますよ」

 目覚めてすぐのスニーは、あまり状況を正しく理解していない様子で呟いたので、ウィセは深く考えずに“的確な対処”を伝えた。

 焦って飛び退くフードコート。だが、もう一人は「へ?」っと言った顔をして行動が明らかに遅れた。

「解りましたわ。乙女の防衛本能と言うわけですわね」

 ニッコリ笑ったスニーは、次の瞬間、ソードスキル無しの平手を、思いっきり男の頬に見舞った。

 案外面白いくらいに吹き飛ぶ男の姿を、ウィセは「SAOでもこれは痛そうだ………」と冷静に推察するのだった。

 

 

「はあ………、まさかあそこまで徹底的にやられてしまうとは………、少し落ち込みますわねぇ………」

「圏内戦闘でなければ、先に圧勝だったんですがね」

 スニーとウィセは、互いにベンチに座って休みながら、溜息を深く吐いた。

 その周りにはクロノと言うフードコート男がリーダーを務めるパーティーが、少し距離を取って集まっていた。ちなみに、スニーは殴った事を一言も謝っていなかったりする。

 大体の話を聞いたクロノは、面倒そうに頭の後ろを掻いた。

「いくらPKにならないからって圏内でプレイヤー襲うかよ普通? その女、かなりヤバいな」

 ウィセ達は襲ってきたアイリオンの事を掻い摘んでしか教えていない。名前や特徴はできるだけ伏せ、噂の領域を最小に留めていた。理由はウィセの方にある。彼女個人としては洗い浚い全部言ってしまった方が楽なのだが、こちらは今、ルナゼスを抱えている。アイリオンの悪い噂を自発的に出しているなどと思われれば、後々面倒な事になるので下手な事は喋らない事にした。

(ルナゼスを抱えるのは失敗だったかもしれませんね? アイリオンの事で重荷になるようなら早々に切り捨てますか)

 サヤを中心としたメンバーの説得は大変だろうが、言いくるめる自信はある。彼女にとって必要なのは、自分にとって都合の良い存在かどうかだけなのだ。

「あの方、お仕事とか言ってプレイヤーを狙うのですね? 周囲に注意を呼び掛けた方が良いかもしれません」

「そうですね。少なくとも、彼女に出会った時点で痛い思いはしないといけないかもしれませんが………」

 彼女は明らかに自分たち以上のダメージを受けたはずだ。それだと言うのに、まったく意に介した風もなく戦闘を続行していた。彼女を屈服させるには圏外でヒットポイント0にさせるか、あるいは何らかの方法で徹底的に精神を消耗させるしかないだろう。

(まあ、まず後者は失敗してるに近いですが………)

 前者の方法を考えなければと本気で考えるウィセの隣で、スニーは憂い帯びた表情で溜息を吐く。

「それにしても、剣を失う事になったのは………、さすがに堪えましたわ」

「………」

 これにはウィセも同感だった。いつかインゴットにして新しい剣にすると決めた己の分身、それを失ったのが何よりショックだった。

 あの時、≪シャムシール≫は、まるで己の意思を持ち、主を守るために動いたかのように思えた。現実主義者のウィセは、それを否定するが、同時にその通りだと思い込む事にした。事実などどうでもよく、ただそう思いたい。それほどに、ウィセにとって、≪シャムシール≫の存在は大きかった。

 それでも彼女は冷徹に、己のために気持ちを瞬時に切り変える。幸い、新しい剣は己の手中にある。それも≪シャムシール≫を超える剣が。だから彼女は『問題無い』と結論付けた。どのような気持ちを抱えていようとも、それらをまとめて『問題はない』のだと言い聞かせた。

 だが、この事に巻き込まれたスニーの方はそうはいかない様子だった。彼女は剣を失い、予備もない様子。フィールドボスへの参加は果たせたものの、もはやフロアボスには間に合わないだろう。

 考えて見れば、彼女の戦力は十二分に大きかった。それをこんな所で足踏みさせるのは勿体無い気もする。何よりウィセは、自分がフレンド登録した相手、すなわち駒候補を、ここで削るような真似をしたくはない。

 ふと思いついたのは、自分がLAアイテムの事だ。

 一瞬だけ頭の中で思考し、言葉を整理してから、彼女はいかにも同情する様な表情で提案する。

「スニー、先程は助けていただきありがとうございました。もしよろしければ、これを受け取ってくださいませんか?」

 ウィセがトレードで表示したアイテムは≪ゲイルスラッシャー≫。フィールドボスのLAボーナスとして手に入れた剣だ。

「え? ウィセさんこれは………、よろしいんですの? (わたくし)、これだけの物を前に遠慮なんてしませんわよ?」

「構いませんよ。それに、これは≪片手剣スキル≫の派生スキル≪両手剣スキル≫です。生憎、私は曲刀なので、習得できませんから………。スニーのスキルで≪両手剣≫は使えますか?」

「えっと………」

 スニーは自分のメニューを確認して見て、ぎょっ、とした表情になった。何事かと首を傾げるウィセに、スニーは驚愕冷め止まぬ表情で告げる。

「どうやら、先程の圏内戦闘で、スキル熟練度が派生スキル獲得域に達したみたいです………?」

「は?」

 言われて驚いたウィセは、自分のメニューを確認すると、こちらもかなりの熟練度に達していた。

「これは………、彼女との戦いも無駄ではなかったという事ですね………」

「の、ようですね………。うふふっ、これなら遠慮なく受け取る事が出来そうですわ」

 スニーが笑ったのでウィセも微笑みを返す。

 スニーは剣を受け取ると、さっそくスキルを設定し≪ゲイルスラッシャー≫をオブジェクト化する。

 両手剣カテゴライズ≪ゲイルスラッシャー≫は、鮮やかな翠色の刀身を持つ諸刃の剣だった。片手剣よりも太く長く、だが、その名の通り風を切るかのように素早く振るう事が出来る。スニーは一振り二振りして、満足そうな笑みを向けると、それをストレージに戻した。今は専用の鞘が無いので、腰に差す事が出来ないのだ。

「ありがとうございますわ。ウィセさん。私、とても嬉しいです」

「いいえ、構いませんよ。でも、もしおつりが来るようでしたら、いつか困った時は助けてくれると嬉しいです」

「是非! ですから、必ずピンチになってくださいね! 絶対に余分に助けますから!」

「それはつまり、恩は買うより売っておきたいと?」

 何気に黒い部分を見せつつ、本当に嬉しそうにするスニーに、とある人物がはしゃぐ姿が連想される。

 途端に何だか癪に障って難しい顔になってしまう。

「まあ、何事も丸く収まれば十分と言うモノです」

 その後二人は、クロノ達のメンバーに送ってもらい、それぞれの宿へと帰って行った。

 スニーは≪両手剣スキル≫を手に入れたばかりで、しばらくは熟練度上げに没頭する事だろう。っとなれば、やはり彼女のフロアボス参戦はありえない。少し惜しい気持ちになりながら、ウィセはフロアボス攻略について考えを巡らせるのであった。

 




後篇に続く!

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