10
「ん? マサ、コンナ所でどうした?」
「あ、ケン?」
迷宮区から戻ってきたサヤ達一行は、迷宮区に最も近く、ボス攻略の拠点ともなる≪タラン≫の街の宿に移住していた。
戻ってすぐ、宿代節約のため、サヤとウィセ、ケンとマサ、タドコロの三部屋を借りうけ、各々自由行動に移っていたのだが………。
もうすぐ寝ようかと思ったケンが、相部屋となったマサが帰って来ていないのが気になり、探しに行ってみれば、何の事はない、一階の食堂でボケ~ッとした表情で席についていただけだった。
「寝ないの?」
「うん、もう寝るよ」
微笑を浮かべ答えるも、マサは立ち上がろうとしない。
意味が理解できなかったモノの、なんとなく気になったケンは、お付き合いで向かいの席に着く。ついでにNPCの店員に声を掛け、飲物を二つ頼んだ。十秒もしない内に木製のコップに注がれた飲物が運ばれてくる。さすがはゲームだと感心しながら、それを受け取り、片方を無言でマサに差し出す。
「ごめん、良いの?」
謝ってから訪ねるマサは無表情に頷き、自分の分に口を付ける。
「ありがとう」
礼を言ったマサは、大事に扱うように両手でコップを持ち上げ、味わうようにゆっくり喉に流し込む。
そして二人とも、少しだけ微妙な表情になる。
不味くはない。だが美味くも無い。
前の街から移動してきたばかりなので、食堂のメニューは把握していない。それが痛い失敗になったようだ。
ケンは、声には出さず、しかし表情で解り易く「悪い………」と謝り、マサは苦笑いで「気にしないで」と応える。
二人とも、コップの中身を制覇するため、ちびちびと口を付けながら、ゆっくり飲みほしていく。
ケンは無言の間に「どうしよう?」と考えていた。
何やらマサが考え事―――っと言うか悩みを抱えているらしい事はなんとなく気付いていた。今日、ずっとからかっていたタドコロが、やけにマサを気遣っていたので、何かある様な気はしていた。それに、これは自分が特別なのだが、どうも自分はこう言った『訳あり』的な相手に縁がある。自分を置いて去って行った友人然り、恐怖を押し殺そうとしていたサヤ然り、その所為か、なんとなくマサも、それに類する気配を漂わせているのを感じ取っていたのだ。
とは言う物の、自分が何かしてやりたいと思っている訳ではなく、だからと言って放っておいて良いと思うほど薄情なつもりも無く。結局どうしたら良いのか解らずにいた。
「ナニか不安でもあるの?」
結局ケンは、何も気付いてない事にして話を振ってみる事にした。
果たしてマサは、ちょっと気まずそうに返す。
「今日の事で、ちょっとね? 帰る途中で皆の良い点と悪い点を言い合ってたよね?」
「うん、サヤがぼろくそ言われまくって泣いたヤツね」
「ああ、うん………、アレはちょっと可哀想だったね………」
その時の光景を思い出して思わず笑いが込み上げるを我慢し、マサは自分の事を話す。
「俺の悪い点で『もう少し攻撃して欲しい』って言うのがあったよね? アレでちょっと………」
「ん? 何か問題あったの?」
「いや、問題って言うか………? やっぱり、戦い方って自分の心が出ちゃうものなんだなぁ~~って、思っちゃって………」
「心?」
「………、俺が臆病になってるって事………」
言われてたケンは、マサが盾でガードする所を、ちょっとくどいくらい見ていた事を思い出す。仲間を気遣って、盾ガードを集中していただけだと思っていたのだが、戦闘が怖くて出不精になっていただけなんだろうか? そう言う考えが浮かぶが、すぐに否定した。マサは、自分以外が狙われている時も積極的にガードしていた。あれは戦闘を怖がっている者の動きではない。
(いやぁ………、思い出してみれば、コノ人、時々怖がって震えていたような………?)
変な邪推が脳裏を過ぎったので、そちらについては考えない事にした。
「俺さ、一階層でちょっと色々あってさ………、ずっと塞ぎ込んでて、もう二度とパーティーなんて組まないと思ってた………。でも、俺を見つけたタドコロさんが、ここまで引っ張って来てくれて、俺自身も『こんな事じゃいけない』って思うようになって………、でもやっぱり、戦ってる時に思っちゃうんだ。………『怖い』って」
マサの告白に、ケンはどう返して良いのか解らない。
『ちょっと色々―――』の部分は幾つか予想できるが、そこを訪ねるのはマナー違反だ。そこを聞いてしまったら、相手がわざわざぼかして言っている意味がない。
正直に言えば「そうか」の一言で済ましてしまいたかったのだが、それは礼儀に反する以前にデリカシーが無さ過ぎる。顔には出さず、首を捻って唸りたくなるほどに頭を回転させ、なんとか言葉を返していく。
「でもさ、今日はあんまり怖がってるようには見えなかったよ? 確かに攻撃はあんまりしてなかったみたいだケド、防御ミスしたり、仲間に怪我させたりしていないし………、何より、攻撃してる時は全部確実に当ててタシ」
っと言いつつ、
(あ、そう言えばコノ人、ソードスキル使ってるところ一回も見てない………!?)
などと言う事を思い出していたりした。
もちろん言葉には出さず、顔にも出さない。この際、何もかも忘れる気満々だった。
そんな事知る由も無いマサはマサで、困った様に苦笑を漏らした。
「今回は、俺よりサヤちゃんが危なかっしくて、自分が怖がってる暇がなかっただけだよ」
「うわぁ~~………、コレ以上ない納得の理由………」
二人、サヤのハチャメチャぶりを思い出して呆れた様な、疲れた様な、乾いた笑いを浮かべる。
「本当に………サヤちゃん、本気で危なっかしくて………、タドコロさんって、一層フロアボスや、二層のフィールドボス戦にも参加してる様な人なんだよ? 本当は全然弱くないのに、今日はサヤちゃんを気にかけ過ぎて、すっごい目立たなかっただけなんだよ………。いや、悪い方には逆に目立ってたかもだけど………」
「ヤバイ………。僕、タドコロに色々謝ってあげたくなってきた………」
マサとケンが目元を拭い、溢れそうになっていた涙を堪える。
サヤに対しては酷い謂われよう、タドコロに対しては急な株価上昇であったが、その頃の二人はくしゃみ一つする事も無く、自分達の時間を過ごしている事だろう。
溜息一つで場の空気を改め、ケンは比較的やさしい声音で(っと言っても、彼は感情の起伏が小さいので解り難いのだが)、マサに話しかけた。
「じゃあさ、これからもがんばってサヤを守らないとね? 盾を持ってるの、マサだけなんだから」
マサは一瞬、驚いた様に目を見開き、すぐに微笑みを浮かべる。
「そうだよね? あんな小さい子もがんばってるんだから、俺達が頑張らないとね!」
「ハハッ! サヤが聞いたら頬を膨らませて怒りだすよ?」
「何それ? 俺もみたい。俺達の時は目の光り失ってたよ?」
「僕はソッチに興味が引かれたよ。どんだけ怒らしてるんダヨ?」
その後、二人は弄り易いサヤをネタに、適当に笑い合って、充分落ち着いてから床に着くのであった。
サヤに対しては失礼極まりないが、意外と事実が多いのが悲しい所である。
11
変な時間に目が覚めた。
特に物音もなっていないのに、ふとした瞬間、勝手に瞼が持ち上がった。
普段は、一度寝てしまえば指定時刻までぐっすり眠り、時間ピッタリに目が覚める自分が、妙な事もあるものだ。
そんな風に思いながらも、彼女―――ウィセはまだ残っているまどろみが消えない内に寝なおそうとする。
不意に視界に入ったのは、真っ暗な中に差す薄銀色の光。寝る前に閉まっているのを確認したはずの開いた窓。そして、目を瞑ったまま、ベットの上で上体だけを起こしている黒髪の少女。
一瞬、それが同室のサヤである事が解らなかった。自分と同室している相手など、サヤ以外にないはずなのに、そこにいる少女が同じ人物である事が受け入れ難かったのだ。
銀月の光に照らされながら、ベットの上で静かに
(そんな訳無い)
だが、冷静な彼女は、頭に浮かんでしまった幻想的な姿を否定し、現実的な彼女へと目を向ける。
相変わらず印象は変わらない。子供っぽさなど微塵も感じられない。ともすれば、見た目より少し年上に見えそうな程の雰囲気を漂わせている。
だが、それは幻想だ。あまりにも理想的な瞬間を見てしまったので、そんなロマンチックな幻想を抱いてしまっただけだ。『美術品』に対する評価と同じで、『人間』を見る時の評価をしていないだけだ。
そう、自分に言い聞かせて見つめ続けると、そこにいるのが幻想的な令嬢ではなく、ちょっと大人っぽい空間に居るだけのサヤに見え始める。
そら見た事か、自分は寝ぼけて幻想的なイメージを求めてしまっただけだ。
結論付けて寝ようとした時、目を瞑ったまま微動だにしていないサヤの口から、声を掛けられた。
「起こしちゃった?」
それは、紛れもなく自分に向けられた疑問だ。こちらを気遣った小さな声が、普段のサヤと違って、やはり大人びて聞こえる。
(まあ、この子の場合、控え目になれば年相応の女の子に見えるってだけなんだろうけど………)
「勝手に目が覚めただけです。でも、アナタは何をしているんです?」
無視して寝た振りをしても良かったが、なんとなく気になった事を訪ねる。睡魔に負けて勝手に寝てしまうまでのちょっとくらいの間、子守歌代わりに話をしていても良いかもしれない。そう思ったのだ。
「音を聞いてたの。寝る前の日課なんだ」
「日課? いつも、私より先に寝てたと思いますが………」
「そうなんだけど………、結局この時間に勝手に目が覚めちゃってね? 音を聞いてからまた寝直してるの。そうしないと寝つけないみたいで………」
それには気付かなかった。サヤを自分の同室にすると決めた時から、彼女に対して注意を払っていたつもりだったが、こんな日課を持っていた事は知らなかった。
「なんで音を聞くの?」
少し興味が湧いた彼女は、本当は聞かないつもりでいた事を訊いてみる事にした。
サヤは、ずっと目を瞑ったまま、顔をこちらに傾ける。
「音が僕の現実だからかな? 実はよく解ってないんだ。ただ、SAOが始まってから、ずっとやってる事なんだ。あ、もしかして寒かった?」
今更のように訪ねるサヤに、ウィセは少しの違和感を感じた。
この子はどうして目を閉じたままでいるのだろう?
『音を聞くため』と言えばそうなのだろうが、自分と話している時にまで、顔を向ける事はあっても目を開く事はしない。深い意味はないのかもしれないが、妙に気になった。
(まあ、気にしても仕方ないか………)
「SAOでは風邪を引きませんから気にしなくていいです。寒くも無いので御自由に」
その返答は、波風を立てない為、相手の求める返答を選んでの物だった。だが、これを聞いたサヤは、目を瞑ったままの満面の笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう。やっぱりウィセは優しいね」
唐突に、ウィセの胸中が掻き乱される様な感情を抱いた。
それをサヤに気取られまいと、毛布を手繰り寄せ、寝返りを打って背を向ける。
(優しい………? なにも、何も知らないくせに………っ! 私が、どんな気持ちで………っ!)
奥歯を噛み締め、怒りとも憎悪とも取れる感情に震えながら、ウィセは必死に残ったまどろみにしがみ付き、眠りに落ちて行く。
だから彼女は、ゆっくりと瞼を開いたサヤが、とても悲しそうに見つめていた事に、気付けなかった。
12
「何処の街も、御飯は美味しくないんだね………」
朝食を食べている最中、サヤは残念そうな表情でそんな事を漏らした。
朝起きた時点でウィセは既に何処かへと外出していて、朝食は一緒にしていない。そもそも朝になってからの集合時間は決めておらず、皆バラバラに朝食を迎えている。
ウィセを除く四人全員が同じ席に集合はしていた物の、サヤと一緒に食事をしているのはマサだけである。既に済ませた二人、タドコロは皆の集合を漠然と待ち、ケンは消費したアイテムの確認のため、軽く店を周って帰って来たところだ。
この辺の適当さは、やはり集団行動に慣れていない初心者パーティーの姿だろう。
「そう? この≪タランの麦飯≫と≪サグの葉巻きの肉団子≫は、結構いけるよ?」
「そうなの? 味見して良い?」
正面の席で少し灰色がかった御米(らしき物)と、葉で包んだ肉団子(らしき物)を食べていたマサの発言に、サヤは興味を引かれた。
「いいよ。肉団子の方で良いよね?」
「うん! 頂戴!」
笑顔で答えたサヤは、小さな口を開いた状態で机から身を乗り出してくる。
一瞬意味の解らなかったマサは、口を開けたまま瞼を閉じて、何かを期待して待っているらしいサヤの姿を呆然と見つめてしまった。
「………あ、ソッチは良いんだ?」
先に気付いたケンは、微妙な表情になる。
何が良いのか解らないマサは目をぱちくりし、次いで気付いたタドコロが噴き出しそうになるのを我慢している。
現実逃避していたマサの思考回路も正常に戻り、サヤが何を期待しているのか理解して、途端に恥ずかしくなった。
(触られるのダメなのに『あ~~ん』は良いのっ!?)
言葉できないツッコミが胸中で響き渡る。
ケンが言っていた事を理解し、恥ずかしくなってくるマサ。何か適当な事を言って逃げようかとも考えたが、眼前で小さな口を開けたまま待っているサヤは、結構待たされていると言うのに、疑っている気配が全く見られない。まだかまだかと、ワクワクしている雰囲気ばかりが伝わってくる。
(これっ、絶対に食べさせてくれるって信用しきってるよね? 自分で食べるとか言う選択肢まったく無いよねっ!? だけどやっぱり、変な意味は全然含まれてないんだよねっ!?)
口に出して助けを求めたいところだが、タドコロは噴き出すのを必死に我慢し、ケンは無表情に成り行きを見つめるだけだ。マサがどうするのか純粋に興味があるだけ。そんな目をしている。
(く………っ! や、やるしかないのか………っ!?)
生まれて初めて女の子に『あ~~ん』をすると言う体験に、内心ドキドキ、半ばハラハラ、しながらフォークで半分に切り分けたお肉の破片を一つ刺し、ゆっくりとサヤの口元に運んで行く。
別に、やましい事をしようとしている訳でもないのに、鼓動の早鐘が真面目に仕事をこなしていく。こなし過ぎてこっちはオーバーヒートしそうだと危機感に似た感情を抱きながらも、やたら遠くに錯覚する距離をゆっくりゆっくり埋めて行く。
残り10cm、7cm、、5、4、3、2、1………っ!
ひょい………っ。
マサのフォークに刺してあったお肉が、別の箸に奪われた。
「あ」
そのままお肉は別の箸によってサヤの口の中に放り込まれる。
パクッ! もぐもぐ………。
サヤは椅子に座り直すと、味を確かめるように少々長めの
その隣りでは、箸を持ったウィセが、冷やかな視線をマサに送っていた。
途端に悪戯を仕掛けようとしたところを母親に見つかったような錯覚を得るマサ。
関係無いはずのケンとタドコロまで居住まいを正して居心地悪そうにしている。
「っで? 何やってたんです?」
「ご、ごめんなさいっ!!」
条件反射で母親に謝る子供が一人。
「それで? 誰も咎めなかったと?」
「正直悪かったと思ってるっ!」
「いたいけな子供騙す様な事してすみませんっ!!」
普段は感情の起伏に乏しいケンだが、この時ばかりは声を固くした。
タドコロも自分の方が年上だと言う事も忘れ、男のプライドかなぐり捨てる勢いで謝る。
「うぐぅ………っ、本当にこっちの方が美味しい………! こっちにすれば良かった………」
そして、サヤだけが何も解って無い顔で暢気に味の評価を下しているのだった。
その様子に呆れて溜息を吐いたウィセは、サヤに女の子として最低限の危機感と恥じらいを教育するべきだろうかと、本気で悩んでしまう。
「ねえウィセ? ウィセはここで何か別のお勧めある?」
おまけに、いつの間にかやってきていたはずのウィセを、普通に受け入れ、食に対する道を歩もうとする。
「ある意味、アナタは大物ですね………」
ウィセの発言に皆一斉に頷く。
とりあえず、二人の朝食が終わるのを待って、ウィセは話を切り出した。
「サブダンジョンに行きませんか?」
「ナンデ?」
ウィセの発言に真っ先に食いついたのはケンだった。昨日は迷宮区で強敵のMod相手にレベリングに勤しんでいたのに、今日は方向転換してサブダンジョン。その意味をすぐには捉えられなかった。
「昨日、私達が迷宮区に言った理由は、前線メンバーに先駆けて、迷宮区の宝箱を獲得していく事でした。ですが結果は惨憺たるもの」
言われて全員が「あーーー………」と納得して遠い目になる。
せっかくレベル的に厳しい迷宮区に、危険を承知で突っ込んで言ったのに、目的の宝箱は全部が全部空っぽ。レアアイテムのドロップも無く、収穫は経験値くらいの物だ。これでは危険を冒してまで迷宮区に先駆けた意味が無い。
「そこでサブダンジョンです。今朝早く情報を仕入れてきたのですが、この街のNPCが近くの森に≪バテリング・ボア≫と言う、強いモンスターがいて、狩ってくれる人を探していると言う情報を頂きました。どうやらこれは町の手助け的なクエストのようです。サブダンジョンも未踏破ですから、宝箱が手付かずである可能性は充分にあるかと?」
「でもよう? また昨日みたいに先駆けしてる奴がいるんじゃねえか?」
タドコロの不安に、ウィセは何の気負いも無くすぐに切り返す。
「大丈夫です。現在この街に滞在しているプレイヤーは、殆ど全員が前線組。つまり、迷宮区の攻略を優先する人材ばかりです。そのため、攻略に関係の無い、サブダンジョンには近づきません」
「なるほど! それなら、今度こそ、俺達がアイテムを独占できる!?」
「はい。それも高確率で」
マサの答えを首肯すると、皆の顔が途端に明るくなっていく。
ウィセは、自分の作戦が上手く言った事に胸を撫で下ろしていた。この程度の予想はしていたが、それでも皆が受け入れるかどうかは解らなかった。もしかすると、彼らの内誰かが「攻略を優先したい」と言い出すかもしれなかったからだ。もし、そんな事を言われたら少々面倒な事になっていただろう。
(考えていた最悪のケースへの対処をしなくて済んで良かったです)
例え最悪のケースになったとしても説得する自信はあった。
それでも事が楽な方向で纏まり、安堵の息をこっそり漏らす。
後は、サブダンジョンのクエストボスモンスター≪バテリング・ボア≫のLAを自分が手にするだけだ。
無論、彼女は欲張りはしない。無理なLAは取らない。だが、無理でないと判断したなら、彼女は積極的に奪いに掛るだろう。
全ては、自分の利益になる物のために、他人を上手く利用していく。
第二階層、最前線拠点≪タラン≫の北東に、木々の生い茂るサブダンジョンが存在する。森と表現するに間違いはないが、第一層の≪ホルンカ≫西の森に比べれば、明るい印象を受ける。だが、こっちは少しだけ盛り上がった崖が、道の役割を担っていて、ルートがあらかじめ存在しているようにも見える。道なりに進む事もできるが、SAOでは決められた道、侵入不可エリアがあまり存在しない。とりあえず見える空間にはすんなり入り込む事が出来る。なので、マップデータがあれば、森の道を辿らずとも、最短ルートを真直ぐ突きぬけて行く事も出来た。
もちろん、ウィセ達はそんな横着な選択肢は選ばなかった(何気にサヤだけが、何も考えず真直ぐ進もうとしたが、すぐ全員に止められていたが)。道が存在していない場所は、けもの道と言うにも憚られるデコボコ道。完全な自然と言って差し支えない。おまけに、そんなところにもモンスターはポップするので、戦い難い事この上ない。そもそも未踏破のダンジョンではマップデータもある筈がない。本物の死が隣り合わせのSAOで、そんな無茶は誰もしたがらなかった。
第二階層は≪牛≫をメインとした階層らしく、この森に入っても、出てくるのは牛ばかりだ。違いがあるとすれば、フィールドの牛に比べて毛色が違う事だろうか。
「はっ!」
物陰に隠れてモンスターに近寄っていたケンが、背後からファーストアタックを華麗にさらう。さすがに攻撃力の低い短剣スキルでは、最前線のサブダンジョンモンスターを一撃必殺とはいかなかったものの、たった一撃でヒットポイントを赤色に変える事が出来た。
牛モンスターは三体くらいで固まって行動していたので、一体が攻撃を受けた事で、残りの二体もケンに気付いて視線を向ける。
「どりゃあっ!!」
そこに投げ込まれたナイフが、一体の牛の背後に命中し、バックアタックを成功させる。タドコロの投剣スキル≪シングルシュート≫だ。
投剣スキルは、SAO内で唯一の遠距離攻撃手段だが、ソードスキルに比べると攻撃力が乏しく、投げたナイフは使い捨てになる事が多いため、こんな序盤で獲得する様なスキルではない。だがタドコロは、敢えて投剣スキルを得る事で、何度もチームに貢献している(その事実を以前のパーティーでは認識されなかった事は、彼なりにショックを受けているところではある)。
ナイフが突き刺さった事によりタゲが移る。二体の牛がケンに迫る中、一体だけがタドコロのいる反対方向に向けて猛然と突進する。
その一匹に、隠れていたサヤとウィセが当時に両側面からソードスキルを打ち込み、一瞬でポリゴン片へと変える。
ケンに迫っていた二体の牛は、彼の前に躍り出たマサの盾に妨げられ、二体とも攻撃を弾き返される。
「スイッチ!」
すかさずケンが叫び前へ出る。合わせてマサが斜め後方に飛び退く。
単発ソードスキル≪アーマー・ピアース≫が打ち込まれ、一体の牛がポリゴン片へと爆散する。
『
「はあっ!」
片手剣専用ソードスキル、二連撃技≪バーチカル・アーク≫が炸裂し、最後の牛も敢え無く爆散する。マサがこのパーティーに入って、初めてのソードスキルだった。
「ふぅ~~~………、だいぶ集団戦も慣れてきましたね~~~」
息を吐いて集まるメンバーに、マサは激励する。
皆の表情も一様に充実している。
ウィセの睨んだ通り、このダンジョンには一人のプレイヤーも足を踏み入れていなかった。御蔭様で彼らは、見つけた宝箱と言う宝箱の中身を全部独占する事が出来た。おまけに狩りに来るプレイヤーも来ないので、狩り場を独占出来ている。レベリングも効率良く進み、全員が全員、前線組に追いつこうとするレベルになっていた。
一つ懸念が残るとすれば、たった一人、サヤだけが未だに集団戦に不慣れを示しているところだ。随分マシにはなってきたのだが、サヤは仲間の事を気にかけ過ぎている。仲間を気に掛けると言う意味ではマサも同じだが、彼には盾がある。仲間を庇うには最適の装備だ。だがサヤの場合は槍装備であり、仲間を助けたいのなら支援に専念するべきなのだ。それなのにサヤは、味方の盾になろうとしたり、積極的に前出ようとしたりと、猪突猛進の癖が目立つ。
少しずつ自制し始めてはいるが、チーム戦を確立できる様になるには、もう少しかかりそうだ。
(でも、このまま行けば、第二層フロアボス戦に参加する事も夢じゃないかもしれない)
ウィセにとって、それは早すぎる目標だと思っていた。だが、メンバーの成長力は彼女の予想を遥かに凌いでいる。このクエストでレア装備を獲得して、更に補強すれば、その未来も充分現実的な物となろうとしていた。
後は、どれだけそれを自分の利益に変えられるかだ。
(ここのクエストボスは、ランダム出現でしたから、運悪く、群れで集まってるところに突っ込まないようにしなくては………)
油断無く、慢心無く、ウィセは状況を分析し、常に先を見据えて行動する。
「おっ! 宝箱はっけ~~ん!!」
「おお~~~っ! これで十個目!」
道也に進んだ先、崖に囲まれた少々広い空間、その真中に宝箱が一つ鎮座しているのを見つけ、タドコロとサヤが嬉しそうに駆けて行く。
「サヤちゃん! 走ると転ぶよ~~!」
マサが心配して忠告すると、サヤはピタリと止まり「は~~~い」と素直に従って早歩きに変える。
その従順さにケンと顔を見合わせ「仕方ないなぁ」と言った感じに苦笑し合い、後を追い駆ける。
そんな微笑ましい光景にも眉一つ動かさず、ウィセだけが足を止める。
パーティーから離れる事が危険なのは、彼女とて重々承知の上だ。だが、見るからに何かありそうなだだっ広い空間、そこに一つだけ鎮座されている宝箱。何かある予感がして、その空間に足を踏み入れるのを躊躇われる。
「? ウィセさん、どうかして―――」
それに気付いたマサが声を発したのと、タドコロが宝箱を開けたのは同時だった。
突然、マサとウィセの間に魔法陣の様な光の紋章が出現し、不可視の壁となって二人を別つ。驚いたのはマサだけでなくウィセも同じだった。彼女は警戒心から全体を見回せる場所として、入り口前を陣取っていただけで、自分が追い出されるとは思っていなかったのだ。
すぐさま曲刀を抜き、周囲に視線を送るが、自分の周りには何も起こらない。それの意味する所を悟ったウィセは、残念そうに溜息を吐いた。
「せっかくの駒、全部捨て駒にしてしまったかもしれませんね」
まあいい。彼女はそう思い直し、一人で狩りに戻る。ソロプレイは毎朝早朝に訓練し、慣らしている。このダンジョンのモンスターの特性は充分理解した。ソロでも問題はないだろう。一人狩りに戻りつつ、ついでで彼等を助けられないか検討してみよう。
ウィセと言う少女にとって、仲間より、自分をこそ優先にする存在。
彼等の事は、ほぼ諦め、しかし、数人でも生き残っていた場合を考え、この後の行動に頭を巡らせる。
(ああ、そう言えばマサが私が足を止めていたのを見ていましたね? っとなると、罠が解けて私がいないとなれば、私に嵌められたと勘違いしているかもしれませんね?)
その確率が最も高い事は、今までの人生で何度も経験してきた。
だから彼女は、既に彼等の事を見放していた。もうどうせ、パーティーには戻れないだろうから………。
13
タドコロが宝箱を開けた途端、出口が完全に封鎖された。それに合わせ、崖の上から八体の野牛モンスターが飛び降りてくる。その内の一体が、さっそくタドコロにタゲを取ったらしく、猛然と突っ込んで来る。
急な事態に慌てたタドコロは、槍に手を掛けながらも、もたついてしまって対応が遅れてしまった。そこに素早く割り込んだサヤが、己が槍の柄で野牛の脚を払い、思いっきり転倒させる。
「大丈夫っ!?」
「おおっ! 助かった!」
声を掛け合い、互いに野牛から距離を取る反対側、入口付近に残っていたマサとケン。
マサは、一度に二体の野牛に狙われ、片方を盾で防ぐ物の、もう片方の一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。幸い、彼の装備はアーマータイプの重装甲型。この一撃を受けても殆どヒットポイントは減らなかった。立ち上がるまでの僅かな隙も、駆け付けたケンが≪ダガー≫で斬り付け、タゲを取る事で時間を稼いでくれた。
マサの体勢が整った所で、ケンも無理な攻撃は止めて大きく下がる。
全員が合流し、自然と背中合わせになって円陣を組む。野牛達がそんな彼らを警戒するように、周囲をぐるぐると回り、突撃する隙を窺って前足を鳴らす。
「! ウィセは!?」
気付いたサヤが問いかける。これにはマサがすぐに答える。
「さっきの罠で締め出されたんだ! あの人だけ外だよ!」
その返答にタドコロとケンが不安な表情を僅かに浮かべる。
自分達とてそれなりにプレイをしてきた。彼女がいなくても戦える自信はある。だが、彼女の才覚が、抜きん出ている事だけは否定しようがない。
モンスターに囲まれ、逃げる事の出来ないこの状況で、彼女の力を借りれない事の痛さは、単純な人数差よりも大きい事を理解していた。
だが、一人だけ、サヤだけが安堵したように小さく息を吐いた。
「良かった………、じゃあ、ウィセは無事なんだよね?」
それは彼女の事を気に掛けた、優しい言葉ではあったが、逆にマサは不安な表情を浮かべてしまう。
「解らないよ………。このダンジョンに一人で取り残されたら、無事に帰れるのかどうか………」
不安を口にした後、彼は失敗に気付いた。
安堵していたはずのサヤの表情が、目に見えて不安色に染まって行く。
「早く………、早くいかないと………!」
焦りに表情を浮かべるサヤに、マサは余計な事を言ってしまったと後悔する。
更に不運は続くもので、よく見ると、野牛の一体の毛色が違う事に気づく。そのモンスターのカーソルを確認して、驚愕に目を見開く。
モンスターの名は≪バテリング・ボア≫。クエストボスモンスターだ。
ボスモンスターと言っても出現場所が固定されていないモンスターで、ランダムポップ式なため、その強さは通常のボスモンスターに比べれば弱い事には違いない。だが、このサブダンジョンで危険な所は、ランダムポップ故に、大群のモンスターと一緒に出現したりなどの、最悪のケースが存在する所にある。
今正に、自分達はその場面に立たされてしまった。マサは、まだ新しい過去の傷口が開いて行くのをまざまざと感じ、次第に体全体が震え始める。
「マサ! しっかりしろよ!」
タドコロが声を張り上げるが、既に彼の耳は半分しか聞こえていない。
それを感じとったのか、それともただの偶然か、一体の野牛がマサ目がけて突っ込む。
「!」
咄嗟に盾で受け止めるが、そのまま吹き飛ばされてしまう。地面に倒れる彼に、別の野牛が追い打ちを仕掛ける。咄嗟に前に出たサヤがタドコロの時と同じように足払いを掛けて止めるが、別方向から来た野牛に吹き飛ばされてしまう。
「あうっ!」
「サヤちゃんっ!?」
「余所見するなっ!」
マサにタゲを取っていた最初の一体が更に追い打ちを仕掛けて来て、それをケンが一撃入れて止める。だが、次々攻撃を仕掛けてくる野牛の群れに、追加の攻撃が出来ず、已む無く下がるしかない。
「この………っ! 散れよお前らっ!」
叫んだタドコロが≪ヘリカル・トワイス≫で敵を退けに掛るが、二撃目が、≪バテリング・ボア≫の角に弾かれ、体勢を崩してしまう。
それを逃してくれるほど、相手の数は少なくない。すかさず突進してきた野牛の一撃を受け、エリアの端まで吹き飛ばされてしまう。
「………! はっ!」
それを見たサヤが、続けて≪ヘリカル・トワイス≫を放ち、敵を散らす。その隙を付いて、ケンはマサに手を貸しながらタドコロの所まで下がる。サヤもバックステップでそれに続く。
四人は崖を背に集まり、何とか攻撃方向を一方向に絞るが、追い詰められている事に変わりはない。
「………っ!」
何とか場を切り抜けようと、最も俊敏なケンが率先して前に出るが、相手は耐久力とパワーの塊みたいなものだ。ソードスキルによる硬直時、あっと言う間に潰されてしまう。そのためケンはシステムに頼らず、己の業を持って戦わなければならない。だが、この世界に於いて、ソードスキルに頼らない事は、生半可な事ではない。
まず、速度が違う。システムアシストがあるのとないのでは、雲泥の差がある。
次に攻撃力だ。これもまた、圧倒的にソードスキルの方が上で、武器の攻撃力に頼った戦いだけでは、どうしても決定打に欠くのだ。
もし、パーティーに生粋のタンクが一人でもいれば、状況はまた違ったかもしれない。だが、唯一の盾持ちは、鎧装備の中では軽装、未だ彼は“生粋”のタンクではないのだ。
ケンの不利を悟ったサヤが、逸早く援護に回るが、圧倒的に数が多すぎる。二人だけでは回しきれない。
「マサ! ケンとスイッチだ! ケンのヒットポイントがヤベェ!」
タドコロに言われ、慌ててマサはスイッチにする。
俊敏性を高め、回避に自信のはるはずのケンでさえ、数の差に押し切られ、ヒットポイントをギリギリイエローに染めていた。
「ケン! これっ!」
同じくタドコロとスイッチしていたサヤが、素早くポーションを手渡す。ケンは、空いている片手で受け取ると、一気に飲み干し、空になった瓶を捨てる。
「早く………っ! 早く回復してくれ………っ!」
珍しく彼の声が焦りの色を示している。
SAOでの回復アイテムは、使えば瞬時に回復すると言う物ではない。ポーションアイテムは、使用した直後から、一定時間を掛けて、ゆっくりと回復していく仕組みになっている。そのため、ヒットポイントが黄色に変わったら、危険になる前に回復しなければならない。おまけに、ポーションはいくら飲んでも最初に飲んだ一つ分しか効果を発揮しないので、一度にたくさん飲む事も出来ない。
回復中で何もできない焦燥を味わいながら、ケンは冷静に周囲を見て、何とか打開しようとする。しかし、彼の頭脳では、この絶望的な状況を好転させる手段は思いつかない。
「うおわっ!」
マサの防御が回らないところから入り込んだ野牛がタドコロを吹き飛ばし、ヒットポイントを黄色に変える。
合図を無視して割り込んだサヤが≪ソニック・チャージ≫で野牛を押し返し、タドコロとスイッチする。
急いでタドコロがポーションを飲む中、状況は更に悪くなっていく。
未だに敵の一体も倒せていない状況で、マサのヒットポイントが黄色に変わったのだ。
唯一の壁役、回復の時間を稼ぐ要が、今最も最大のピンチに瀕している。
だが彼が下がれば、誰も壁役になる物がいない。通常の戦闘ならともかく、この数にクエストボスが加わっていては、盾無しは命取りに近い。せめて、前衛にもう一人、攻撃力を持つ主力、そう、例えばウィセの様な曲刀使いがいてくれれば、随分楽な状況になっていたはずだ。
だが、ここに彼女はいない。一人だけ罠の外に締め出されてしまった。無い物ねだりをしていても始まらない。
マサは思う。自分が動くわけにはいかない。ここに盾持ちは自分しかいないのだから、だから絶対に皆の盾にならねば!
同時に、彼は生存できない可能性が如実になって行くにつれ、自分や仲間のヒットポイントが減って行くのを見るにつれ、胸の奥に仕舞っていたトラウマが、どうしようもなく溢れ、体中が勝手に震え始める。
(また、また俺は………っ! 皆を失うの………っ!?)
14
元々マサは別のパーティーと組んで、≪はじまりの街≫を出て行った。
SAOの仕様変更に際し、彼は他の皆と同じく泣き叫び、家に帰せと喚き散らすばかりだった。≪はじまりの街≫で塞ぎ込み、リアルに帰れないと言う事実に押し潰されそうになっていた。
そんな彼に、声を掛けるパーティーがあった。
落ち込み、立ち上がる気力も、泣き叫ぶ余力も無くなっていたマサに、優しくて、それでいて力強く手を引いてくれた。共にフィールドに出て、拙いながらもがんばってモンスターを倒し、レベルが上がった時には、それだけで泣きそうな気分になった。
彼らとなら何処までだっていける。きっとアインクラッド攻略だって夢じゃない。
次第にそう思うようになったマサは、元気を取り戻して言った。
そう、≪ホルンカ≫で、≪アニールブレード≫獲得のイベントをする、あの時までは………。
彼らのパーティーに元ベータテスターはいなかった。アルゴの攻略本も、この時にはまだ発行されていなかった。だから誰も知らなかったのだ。実付きの≪リトルネペント≫の実を割ってしまったら、周囲にいる≪リトルネペント≫を全て呼びこんでしまう事を………。
メンバーは皆バラバラに逃げた。リーダーの指示で、戦うのを諦め、一人でも多く逃がそうとして、散り散りに逃げた。
≪リトルネペント≫の群れに襲われ、刻一刻とヒットポイントを削られていく中、マサはギリギリで≪ホルンカ≫まで辿り着いた。
荒い息を整え、ヒットポイントを回復し、ようやっと一息ついたところで、仲間の事を思い出した。
皆、もう村に逃げてきているだろうか? 自分が逃げ切れたのだから、皆ならきっと大丈夫だ!
その時の彼は、純粋にそう思い、信じて疑っていなかった。それだけ仲間達は頼りになり、そして強かった。だから彼は待ち続けた。皆が帰ってくるのを幾日も幾日も待ち続けた。
まだ来ない。今日も来ない。いつになったら戻ってくるんだろう?
その理由はすぐに思いついていた。だけどそんなはずはないと、彼はやっぱり待ち続けた。
だが、さすがに半月も経って、彼の強情な思い込みも音を上げ始めていた。
それでも希望を失いたくなくて、彼は≪はじまりの街≫に戻った。
≪黒鉄宮≫の石碑には、全プレイヤーの名前が記されている。ゲームオーバーになったプレイヤー、つまり、死んでしまった者の名前には横線がされる事になっている。
きっと、皆の名前には横線なんてされてない。自分が集合場所を間違ってしまった。ただそれだけだ!
そう言い聞かせながら、彼が見上げた石碑には―――仲間の名前全てに横線がされていた。
そんな筈が無い。そんな筈が無いのだ!
アレだけ強く自分を導いてくれた彼等が、自分より先に死ぬ事なんてありえない!
「嘘だ嘘だ!」と喚き散らし、怨嗟の言葉を吐きながら、石碑を殴りつける。仲間の名前に引かれた横線を擦り、叩き、殴り、「消えろ消えろ!」と必死に懇願する。
それでも横線は消えない。仲間も生き返らない。石碑はただ【Immortal Object】の表示を出現させるだけで、黙して真実を告げるだけだった。
その後彼は、仲間を失った絶望にくれ、ただ呆然と石碑を眺め続けた。
仲間の弔いのつもりで訪れた、タドコロがやってくるまで、彼はずっとそこに居続けていたのだ。
その時のマサは、まるで生きた屍の様で、SAOに死が存在する事の証明にも見えた。
15
アレから自分はタドコロに引っ張られ、少しずつ変わってきたつもりだった。
時々やってきて、軽く話しかけてくれるタドコロへの恩も感じていたし、何より自分の手を引っ張ってくれた仲間達のためにも、こんな所で塞ぎ込んでるばかりではダメだと思った。
そんな時、サヤと言う女の子に出会い、あれよあれよと言う間にパーティーを組んでしまい、個性的な仲間と共に、またアインクラッドを駆けている。これは奇跡なんだと本気で思っていた。
だけどそれは大きな間違いだ。自分は何も変わっていなかったし、アレはやっぱりただの偶然だったんだ。自分はもう一度立ち上がるべきではなかった。パーティーを組むべきではなかったのだ。現に、自分達はまたあの時と同じ過ちを繰り返しているじゃないか!?
「マサ! スイッチ!!」
「!」
意識が闇の中に沈み掛けた刹那、散々練習してきた合図に、条件反射で身体が動く。
敵の攻撃を盾で弾き、同時に斜め後方に飛び、後方に控えていたもう一人と交代する。
瞬間、マサは目を一杯に見開いた。
てっきり今の掛け声はケンの物だと思っていた。前衛の自分と交代する相手など、彼以外にいない。だから、マサも躊躇無くスイッチした。だけどそこに居たのは―――、
「僕が時間を稼ぐから! その内に回復してっ!!」
「嬢ちゃん! 無茶だっ!!」
タドコロが叫ぶ通りだ。マサは、急いでポーションを飲みほしながら、サヤと変わろうとする。だが、サヤは一度だけこちらに視線を来ると、すぐに前を見据えた。
「!」
瞳が、本気で怖がっていた。いつもの呑気な笑い顔じゃなく、これから死ぬかもしれないと言う事態を理解した、諦めたような怯えた瞳。
胸が痛くなった。彼女は自分を犠牲にして、自分達を生かそうとしているのか!?
「サヤちゃんっ!!」
息のつまりそうな激情がマサの口から迸った瞬間、野牛達が一斉にサヤに襲い掛かった。
ああ………、終わった………。また僕は、仲間を死なせてしまった………。
そんな絶望に彩られた彼の視界に―――しかし、少女は悠然と地に立っていた。
迫りくる攻撃の順番を正確に知っているかのように、軽く右に逸れ、一体目の野牛の攻撃を躱す。その時、槍の柄で側頭部を軽く打ち抜き、バランスを崩して倒れさせるのを忘れない。右から来た二体目の突進にはぶち当たったかのように見えたが、そのままクルリッ、と右回転しながら左に逸れ、攻撃を躱す。頭上から襲おうと飛び掛かってきた三体目には、回転中にしゃがむ事であっさり通り過ぎ、回転の勢いのまま槍を水平に薙ぎ、同時に突進してきた四体目と五体目の脚を同時に払う。六体目はさすがに槍の柄で受け止めたが、自分が吹き飛ばされる前に後方へといなす。いなした瞬間を狙って突っ込んできた七体目は、≪体術スキル≫≪
一瞬の攻防だった。
滑らかに動くサヤの動きに、まるで野牛達の方が合わせているかのような、そんな自然な流れ。その凄まじい防御スキルに、マサ以外の二人もポカンとしていた。
アレは本当に、さっきまでのサヤちゃんなのだろうか? そんな疑問を抱く程に、彼女のスタイルはがらりと変わっていた。常に棒立ち、敵の攻撃をいなし、防御のみに専念。攻撃と言える物も、相手の隙を突いたカウンターのみで、自ら攻撃する事は一切ない。まるで達人が素人相手に稽古でもつけているかのような状況に、皆目を奪われてしまっていた。
そんな状況で、マサがその事に気付いたのは、奇跡に近かったかもしれない。
サヤが目を瞑っていたのだ。目をつぶり、耳を澄ます様にじっとして、真剣な表情からかなり集中している様子だ。目を瞑ったまま戦っている事も驚愕だが、それよりもマサが衝撃を受けたのは、ずっとサヤが肩や足を震わせていた事だ。
震えている。何かに脅え、必死に耐えようとするかのように、彼女は小刻みに身体を震わせている。
何度も迫る野牛の群れを、悉くいなしながら、それでも彼女は怯え、震え続けている。
やがて、いなしきれなかった一撃がサヤを吹き飛ばし、地面に叩きつけられるが、瞬時に立ち上がって、槍を構え直す。やはり目は閉じたまま、じっ、と集中する。
いなす、払う、受ける、吹き飛ばされる。
繰り返し繰り返し、追い詰められていく中で、それでもサヤは立ち上がり続けた。
震える口が、何かを呟き、繰り返される突進を受け流し続ける。
やがて、恐怖が押し寄せてきたのか、身体をぶるりと震わせたサヤは、激情のままに叫ぶ。
「もう二度と………! 誰かの死ぬ音なんて聞きたくないっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、マサは悟った。
(サヤちゃん………、君は、俺と同じ思いを、ずっと胸の内に抱えてきたんだね………)
サヤが吹き飛ばされる。地面を転がる。
その隙を突いて猛進する≪バテリング・ボア≫。
さすがに避けられず、目を見開くサヤ。
激突の瞬間、鉄の鈍い音がその一撃を妨げた。
マサの盾が攻撃を受け止め、彼の渾身の力で逆に押し返す。
盾を捨て、彼はサヤに向き直ると優しい声音で言う。
「ありがとう。もう大丈夫だから、サヤちゃんは下がってて」
「………大丈夫? 怖かったんでしょ?」
サヤの心配そうな瞳が、自分の心を見透かしていたらしい事を知って、意外と敏い所も「本当に子供みたいだ」と笑いが込み上げてしまう。
「大丈夫。君が守ってくれた分、今度は俺が君を守るよ」
そうだ。自分は一度救われた。今は亡き仲間達に救ってもらった。
もう一度塞ぎ込んだ時も、タドコロに救ってもらい、サヤ達には、大切な物を取り戻させてもらったんだ。
だけど、自分はまだ何もしていない。何も返していない。
今は亡き仲間にも、今共にいる仲間にも………。
マサは振り返り、野牛の群れを睨みつける。
今度は自分が返そう。仲間に貰った分だけ全部。自分がどれだけの物を貰っていたのか、それを伝えるために!
マサは駆ける! 盾を捨て、嘗ての仲間達から受け取った≪アニールブレード≫を片手に、突進する。
「タドコロさん! サヤちゃんをお願いします! ケン! 無理に戦わなくて良いから、できるだけ多くタゲを取って逃げ回って! 俺が一体ずつ片付けるっ!!」
仲間に指示を出し、最もヒットポイントが少なくなっている野牛に向けて躊躇せずに、突撃技≪ソニック・リープ≫を放つ。思惑通り、この一体は既に限界で、真正面からの一撃でも充分に倒す事が出来た。
すかさず側面から
(でも、ありがたい!)
迷わず、マサはタゲの取れていない野牛に向かい、疾しる。
野牛も受けて立つかのように突進してくるのだが、激突の瞬間、身体を捻り衝突を紙一重で避ける。角の先端が身体を掠めて行くのを感じながら、同時に背中一杯に剣を振りかぶり、斜め縦斬り≪スラント≫を側面から叩きつけた。
無理な体勢のソードスキルであったが、何とか地面に手を付いて着地、野牛のヒットポイントが空になるのをしっかり確認してから疾走。こちらに気付いて走ってきた野牛に真正面から垂直横斬り≪ホリゾンタル≫を放ち、爆散させる。正面衝突だったので、僅かにヒットポイントを持っていかれたが、問題は無い。
「これで三体!」
「五体デスヨ!」
声に振り返ると、タゲを取っているケンが、二体の野牛を≪ラウンド・アクセル≫で同時に斬り飛ばしたところだった。
戦わなくても良いと言ったのに、何気に活躍する頼り甲斐のある友人だ。
「ナイス! ケン!」
「サスガに三体もいなくなれば余裕もデマス」
「こんな状況でも平凡そうな表情をしてるだね」
「平凡のナニが悪い………?」
「いや、むしろ頼もしい!」
残り二体の野牛に向けて二人で飛び込む。突進するしか攻撃手段の無い野牛は、迷い無く迎え撃ちに来る。激突の瞬間、またマサは横に飛び退く。ただし、今度は回避を優先させ、カウンターは狙っていない。攻撃を空ぶって走り抜ける野牛は、マサの斜め後方に待機していたケンの二連続ソードスキル≪クロス・エッジ≫によって、側面から十時に斬られ爆散した。
「ラスト!」
叫んで振り返ったマサは驚愕する。数を減らす事に集中し過ぎて、≪バテリング・ボア≫がタゲから外れてしまい、サヤを守るタドコロへと突っ込んでいた。避けるのも受け流すのも難しい一撃を、タドコロは無理矢理槍の柄で受け止めるが、彼のSTRでは≪バテリング・ボア≫の一撃を止め切れず、簡単に吹き飛ばされてしまう。
あっと言う間にタドコロのヒットポイントが赤になり、地面に叩きつけられる。
その隙を狙って突っ込むボスに、もちろん容赦などは無い。
(まずいっ! 距離が………っ!)
二人から離れ過ぎたのが災いし、すぐに追いつけない。自分より早いケンは、七体目の野牛を倒す為に、自分より遠くで待機させてしまったので、更に離れている。
追いつけないっ!
≪バテリング・ボア≫が前足を鳴らし、一気に突っ込もうとした刹那―――。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
やけくそ気味の声が響き、野牛の背中に飛び付くサヤの姿があった。
野牛は、背中に乗ったサヤを追い落とそうと、ロメオの様に暴れまわる。
「サヤちゃんっ!? 無理し過ぎただよっ! まだ回復してないでしょっ!?」
「だ、だってタドコロが―――うわわっ!?」
見た目通り非力なサヤは、野牛に跳ね飛ばされ、地面に尻持ち付いてしまう。その時、槍を手から零してしまい、丸腰になったサヤに向けて、怒り狂った野牛が前足を高々と上げて踏み潰そうとする。
「―――っ! 間に、合えーーーーーっ!!」
左肩に振り被った剣が、エフェクトライトを伴ない、斜めに振り降ろされ―――地面に激突する寸前に跳ね上がり、Vの字を刻む様に切り上げる。片手剣スキル、二連撃技≪バーチカル・アーク≫。現在マサが使える最大の技。
だが、さすがはクエストボス。≪バーチカル・アーク≫を受けてもヒットポイントは黄色。タゲをマサに変えた野牛は、角を下向きに構えると、技後の硬直状態を受けているマサに向けて突き上げる。
何とか硬直が解けるのが間に合い、間に剣を挟むが、盾を使わない防御では野牛の一撃を止められず、そのまま頭上高くに持ち上げられてしまう。
ヒットポイントもだいぶ減らされ、真上に飛ばされたので、野牛は追撃態勢を取っている。
(落ちてきた所にもう一撃入れる気っ!?)
空中で動きがとれないマサが焦りを覚えるより早く、槍を拾うのを諦めたサヤが飛び上がり、宙返りするようにして蹴りを放つ。≪体術スキル≫≪
「足りないか………っ」
ケンの口から洩れた苦渋通り、マサが地面に戻ってくるより早く、野牛がディレイから復活―――、
「ギャボオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーーーーッ!!」
―――するかに見えた野牛の額に、エフェクトライトを纏った槍が深々と突き刺さる。
アレはなんだっ!?
皆がそう思って槍の来た方に視線を向けると、タドコロが右腕を突き出した状態で、似合わないニヤリ顔で笑っている。
(投剣スキルで槍投げしたのか!?)
そんな事が可能だったか? そんな疑問も浮かぶのは当然だが、彼の使っていた槍は、そこそこレアな貫通系武器であり
先日、ウィセがケンに譲った≪
ただ、この状況に於いて、それはかなりの有効手段として作用した。
度重なる三連続ディレイの前に、さすがにマサが体勢を整え直す余裕は充分だった。
ソードスキルの連発で、殆どのスキルが
「これで―――っ!!」
だからこそ、マサは剣を限界まで振り被り、渾身の一撃を打ちすえる!
「終われーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
単発ソードスキル、垂直縦切り≪バーチカル≫の青いエフェクトライトが残光を放ち、≪バテリング・ボア≫を一刀両断に切り裂いた。
一瞬の静止を待って、≪バテリング・ボア≫は、その巨体の全てをポリゴンの破片として破砕した。
上空に消えて行く破片を眺めながら、皆一様に呆けている。
「勝った、の………?」
最初に言葉を漏らしたのはサヤだった。
その言葉を皮切りに、次第に勝利を実感し始め、全員拳をグッと握り―――疲れ切ってその場で倒れた。
「か、
「同じく………」
「はは………、俺もだよ」
へたり込んだ三人は、生き残った実感を噛み締め、余韻に浸る様に笑いを浮かべた。
生きている。生き残っている。
皆で戦い、生き残る事が出来た。
マサの胸に少しずつ暖かい物が満たされていく。
「お~~い、若者共~~~~? おじさんはその中に入るなってか~~~? 今回はタドコロさん、最後に重要な役決めたと思うんですけど~~~?」
一人、投剣スキルを放った場所から動いていなかったタドコロだけが、微妙に遠い所に取り残され、淋しそうに声を上げる。
「あ、ゴメン、タドコロ忘れてた」
「酷過ぎだぞっ!?」
ケンの軽口に答えながら、腰を上げたタドコロはやれやれ、っと言った感じに合流してきた。
タドコロが合流したのを確認した三人は立ち上がり、そして「じゃっ、帰ろうぜ!」とタドコロが締めようとする。
「ウィセ追いてっちゃダメだよ!」
すかさずサヤから非難めいた声で刎ねつけられ、タドコロは「忘れてたっ!?」とショックを受ける。
「仲間を忘れるなんて………、さすがに酷いよタドコロさん………」
「タドコロ最低~~~」
「おっさんいびり止めてくれよ!? 悪かったよっ!? 本気で悪かったよ~~~っ!!」
この時、同じく忘れていたケンは、難を逃れられた事を、タドコロに胸中で感謝するのだった。
16
サブダンジョンの隅から隅まで周っていたウィセは、広大なダンジョンの宝箱を全部一人占め出来た事に、僅かばかりの安堵を抱いていた。
クエストボスがいっこうに現れない事には疑問だったが、それはとある場所に辿り着いた事で氷解した。ダンジョン奥の坂道がいくつか増えた辺りで、先程分かたれたパーティーの空間を、見下ろす事の出来る場所が一つだけあったのだ。
残念ながら侵入不可は継続だったが、これはちょうど良いと思い、そこからパーティー達を見降ろし、観察していた。
危機的状況に追い詰められた方が人間の本性が出る。ウィセはそれが解っていただけに、サヤの防御能力には驚かされた。特に防御一辺倒だったマサが、盾防御を捨て、攻撃のみに集中した姿には目を見張る物があった。タドコロも何気に隠し玉を持っていたようだし、ケンもケンで秀でた何かは無かったが、堅実かつ確実に敵を減らしていた。技術も平凡だが、それ故に確実性のある存在とも言える。
特に最後のチームワークは、彼女の頭脳でさえも賞賛を送るべきと言う結論を抱かせるほどに見事だった。
(この駒、捨てるには惜しかったわね………)
彼女の中では既にパーティーは解散していた。
あの状況下で自分だけが窮地からはみ出たのだ、彼等は自分を糾弾する事だろう。「あんなに大変だったのに、お前は何処で何をしていたんだ!?」っと。
彼女に言わせれば、どうせ侵入不可だったのだから、自分には何もできなかった。ならば、その間にダンジョンの宝箱でも取りに行っていた方が何倍もマシと言うものだ。
無論、そんな理由が通るとは思っていない。それが通らない事くらい、今までずっと経験してきたのだから。
だから彼女は、マサ達が勝利したのを見届けた後、彼等が付かれて街に戻るまでの間、もう少し狩りを続けようと決めた。決めてダンジョンを散策中、十分くらいでサヤに見つかった時は、正直驚いてしまった。
「ウィセ~~~~~~~~ッ!!」
一瞬逃げようかとも思ったが、こちらに駆け付けてくるサヤが、あまりにも満面の笑みだったので戸惑ってしまい、行動が遅れてしまった。
次の瞬間には両手を取られ、大感激のサヤに力一杯上下されてしまう。
「うわあぁぁぁぁ~~~~~~! よかったぁ~~~~~っ! ウィセが入り口にいなかったから心配したんだよぅ~~~~っ!? 先に街に帰ってるかも知れないと思ったけど、念のために探しに来といて良かったよぅ~~~~~!」
「や、やめ………っ! いた―――くないけど、痛い気がしますっ!」
無遠慮に上下される腕に耐えかね、無理矢理解くと、ちょっと反省したらしいサヤが、照れくさそうに頭を掻いた。
「いやぁ~~~! よかったよかった! ………さすがに、あの罠抜けてからの戦闘はきつかったから、すぐに見つかって本当に良かったぜ………」
割と本格的にげっそりするタドコロと、何も言わずに笑みを漏らすケン。
その奥では、マサが少しだけ目に涙を湛えていた。
「良かった………、本当に良かった………、今度は、誰も………!」
放っておいたら本格的に泣きだしそうなマサ。
それをこっそり慰めるタドコロ。
知らないフリをしてやり、サヤと一緒にウィセに笑いかけるケン。
(………この人達………、なに………?)
ウィセは、愕然とした表情で彼等を見回していた。
(なんで、誰も責めないの? なんで誰も何も言わないの? あんな状況に遭わされれば、例え悪くなくても責めたくなるでしょう? ………なんでしないのよ? 貴方達?)
困惑が極まり、疑念の様に胸中を渦巻く。
そんな中、ウィセの手が温かい物に包まれる。
もう一度、サヤがウィセの手を取ったのだ。
今度は先程みたいに振り回さず、優しく、愛おしむ様に、両手を包む。
そして、彼女はいつも通りの暢気な、だが、とてつもなく嬉しそうに、幸せそうに笑うのだ。
「帰ろう! ウィセ!」
無邪気過ぎる彼女の笑みは、ウィセにとって一番の疑問で、しかしそれは決して悪い物ではないはずで………。
彼女はただ、困惑する事しかできず、戸惑うばかりだった。
力の限り書きました………。
後篇は丸一日かけて書ききりましたよ。
キャラぶれとかあるかもしれませんが、そこは『すみません』。
直せるところは直していきたいと思いますので、また御感想ください。
余談ですが、クエストボスの≪バテリング・ボア≫は牛じゃなくて猪なんですよ。
『オックス』が雄牛で、『ボア』になると猪になってしまうんです。
どうしようか迷ったのですが、書き終えた後に気付いたので、そのまま出しました。
勘違いさせてしまってすみません。
ちなみに≪バテリング・ボア≫とは解りやすく言って『破城鎚の猪』と言う意味です。
『バテリング』が『強力な一撃』と言う意味があるそうですよ。