『ハイスクールイマジネーション』と同時進行形ですが、こっちの方もちゃんと進めていきたいですね。
こちらのファンの方には、遅くなって申し訳ありませんでした。
久しぶりの投稿ですが、楽しんで頂ければと思います。
~読者達のアインクラッド~
第六章イベント01:NとS
00
≪ザ・ミューズデット・アイリオン≫と言う強敵との戦いを終え、晴れて商業ギルドとして起動を開始する事になったギルド≪ケイリュケイオン≫。彼等はこの地位と名声を得るために、前回のボス戦でかなりの無茶をしてしまったため、いきなり経営ピンチの大赤字を抱える危機に陥っていたりする。
ともかく金銭とアイテムが足りていない。ギルドホームを持たない彼等は、拠点とする家も無く、だが人数だけが大所帯になってしまい、集まるのも一苦労と言う状況にあった。残念ながらタドコロが入手したホームの無料期限は尽きてしまい、全員が宿屋暮らしとなっている。
現在≪ケイリュケイオン≫に在籍するメンバーは12人。一つの宿屋に集合してしまうと他のプレイヤーに対し圧迫感を与えてしまう状況になってしまう。そのため、それぞれ相談して、別々の宿を拠点に数人ずつ固まっていたりする。尤も、約一名は現在別行動中で、この騒ぎとは無関係にあるのだが………。
さて、今回のお話は、相も変わらず問題だらけの≪ケイリュケイオン≫で起きた、小さないざこざの話である。
01
≪ケイリュケイオン≫のギルドリーダー、サヤは、眼が覚めてもしばらく布団の中から出ようとしていなかった。ここ数日、とてつもないデスクワークの山を抱え、殆ど外に出る時間も無く働き詰めにされている。身体を動かせない仕事など楽しいわけがない。楽しくない事を継続できる程、自分の頭はおバカではない。そもそも、戦闘系MMORPGで、何故筆記などやっていなければいけないのか?
そんな言い訳を頭の中で羅列し、もう少しだけこの柔らかい毛布の心地良さにまどろんでいたいと、
ノックされる音を無視し、サヤは布団にくるまる。いつもならノックの音だけで相手が誰か特定できてしまうのだが、何分寝起きな上に感じ取ろうとする意思その物を放棄していた。そのため誰が尋ねてきたのか解らない。
(うぅ~~………、眠くないけど寝かせてよぉ~~~………)
この先待っている事務仕事の数々が自動的に頭の中で蘇ってきて、ノックの音に恨めしそうな視線を送る。もちろん音が見えるわけではないので、適当な中空を睨んだだけだ。そしてすぐに目を伏せ、もう一度瞼を閉じて寝ようとしてみる。
誰かの声がするが無視する。
扉が開く音もしたがこれも無視する。どうせ入ってきたのは同室のウィセかラビットに決まっている。ウィセなら問答無用で叩き起こされるが、せめてそれまでの間は寝ていたい。ラビットならガン無視すれば向こうの心が先に折れる。今日はもっと休憩できそうだ。
後者である事を願い、サヤは必死に脳の動きを緩慢にし、眠りの世界へと落ちて行こうとする。
―――っと、不意に自分の頬に誰かが触れる感触がした。
とても優しい手つきで、頬に掛っていた髪を撫でる様にして後ろへとどかす。
こんなに優しい手つきはウィセじゃない。ラビットにも寝てる時に悪戯された事はあったが、あの時は頬を突かれた。それもかなり遠慮深けに。
これはどちらでも無い。そもそも頬に触れた指の感触が女性の物とはかけ離れていて―――、
「寝ている顔も、とっても可愛いですね………」
バチリッ!!
聞き覚えのある声に眼が見開かれた。視界に飛び込んできたのは想像通りの長髪の少年。前髪で顔半分が隠れた、優しげな顔を見せる彼の名はワスプ。現在、惰眠を必死に取ろうとしているサヤの彼氏に当たる存在だ。
サヤの目が覚めた事にも驚かず、ワスプはベットに頬杖を付いた状態でサヤの顔を覗き込みながら、笑顔を向ける。
「おはようございますサヤさん。今日はちょっとお寝坊さんですね?」
ボバンッ!!
一瞬で赤面症を拗らせたサヤ。普段は距離感などまるで気にしない筈の彼女だが、今回ばかりはそれが無性に気になり、慌ててベットから飛び降りようとする。
………が、慌て過ぎてしまったため、体勢を崩したサヤは、そのままワスプに抱きつく様な形で倒れ込んでしまう。
ワスプは咄嗟にサヤが怪我をしない様に抱き止めつつ、自分の背中を床に打ち付けた。
もちろん、ここSAOはゲームの世界なので、怪我などするわけもないのだが、鈍い痛みは結構リアルに伝わってくる。それを案じての行動だったのだろう。
―――で、結局ワスプに抱きついた状態で倒れてしまったサヤは、まるで“寝起きにハイテンションで彼氏に飛び付くメロメロ彼女”みたいな図を展開してしまったわけで………、
「にゃわはぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!??」
寝起きの第一声を悲鳴で飾る事となったのだった。
02
「―――っで、これって一体どういう状況………?」
しっかりと着替えを済まし、初めての彼氏にどう言う対応をしていいのか解らず、ともかくテンパって謝り倒し、何とかワスプに宥めてもらっても顔が赤くなって戻らなくなってしまったまま、「このまま恥ずかしいの消えなくなっちゃったらどうしよう~~~っ!?」っと、悶え続けていたサヤだったが、階段を下りた食堂のフロアで起きている状況に一瞬で頭が冷えた。
まさか、自分の体験した朝よりも、もっと意味不明な状況がそこで展開されているなど思いもよらなかったのだ。
「そもそもなんで俺がお前の命令に従わなきゃならねぇんだよっ!?」
バキャッ!
「ぶもっふ………っ!」
「この状況下で私に従わない事がどれだけのデメリットか解ってないんですかっ!?」
ドゲシャッ!!
「がぼぱ………っ!?」
「お前の行動は最近怪し過ぎるのがいけねえんだよっ!?」
ドバゴッ!
「あほ………んっ!?」
「そう言うのを疑心暗鬼と言うのです! 忙しいのですから言う事を聞いてくださいっ!」
バモギャンッ!
「らぱらぴゃ………ぁっ」
「…………」
サヤはあまり自信の無い目を瞑り、こめかみを人差し指でこつこつ叩きながら音に集中してみる。
………うん、ダメだ。誤魔化し様がない程に事実だ。
その結論が出て更にわけが解らなくなった。
一体何がどうすれば、クロノとウィセが言い合いを始め、更に互いに仲良く
どんなに考えてもその答えらしい答えを見つける事はできそうにない。
「サヤさん? 朝ごはんまだですよね? こっちにベーグルサンドっぽい味のする、≪ノイズフォッグの肉サンド≫って言うのを用意しましたよ?」
混乱するサヤに、ワスプが嬉しそうな表情で席を進め、朝食を用意してくれる。
混乱の極みにある状況に一度目を向けたサヤだったが、すぐに腹の虫に負けて席に着く。
「いただきま~~す。………あん、んむ………っ。あ、これ結構美味しい」
「気に入ってくれてよかった。………ふふっ♪ 本当に美味しそうに食べますね? アナタのそんな顔を見てると、僕の方まで幸せになっちゃいます?」
「え? あう………////// そ、そんなもん………かなぁ? ////////」
「こうしていつまでも貴方の顔を見つめて良いんだと思うと、アナタの恋人になれたんだって実感が湧いてきて、本当に………幸せなんです」
「はうわぁう~~わぅわ~~~………っ////////」
大の大人を蹴り合いながら口論する若者が賑わうフロアの片隅で、初々しいカップルの甘い一時が展開される。相も変わらずこのギルドはカオス方面に流れていくのが得意な様子だった。
「え、ええ~~~っと………? 喧嘩?」
長い食事を終え、やっと現実と向き合ったサヤ。ケンの説明により、ウィセとクロノが起こしている現象(笑)について教えられる。
「ソウそう。クロノの奴がナンかいきなり『最近のお前、なんか作為的な事を感じるんだけど?』みたいな事言いだシテ? ウィセもウィセで優しい言葉なんて掛けられないカラ、『文句言うならギルドを辞めれば良いでしょう? 誰も止めませんよ?』なんて言うもんだからツイに喧嘩になッタ」
可笑しそうに言うケンにサヤは未だに
「それがどうしてタドコロを蹴り合う事になったのだ?」
「タドコロが『仲間を傷つけるくらいなら俺を攻撃しろ~~~っ!!!』って言ったラ、二人同時に蹴りつけテタ!」
今では≪体術スキル≫まで使って蹴られまくるタドコロ。彼の悲鳴は既に聞こえなくなっている。
「た、タドコロ、カッコイイ~~~~っっ!!」
サヤの感性はいつもどこかズレている。
「………」
ドグシャラァァーーッ!!
「ちょっ!? ワスプ! 何を割り込んできてるんですか!?」
「跳び膝蹴りでインターセプトしてんじゃねぇ~~~っ!!」
そしてワスプは嫉妬に狂っていた。
「ダメだこいつ等! マジ
「もっとヤレェ~~~ッ!!」
腹を抱えるナッツに、万歳して囃したてるケンは、人生とても楽しそうだ。
マサ、カノン、ルナゼスは狩りに出ているので良心的なツッコミが起こる事はない。唯一、まともな人間がただ一人残っていたのだが………。
「………っ!(オロオロ、オロオロッ)」
フードで顔を隠したラビットは、今日も困った様に右往左往するばかりだった。
何はともわれ、ワスプがタドコロをインターセプトしたおかげで口論が中断された二人。互いに腕組をしそっぽを向き合っている。どうやらかなりおかんむりの御様子だ。
「さ、さやちゃん………! な、何とか………した方が、良いようぅ~~~………っ!」
何とかそれだけ呟く事が出来たラビット。確かに現状はあまり面白くないと頭を切り替えたサヤは、頭を抱えて悩み始める。
正直、友達などいた事が無いので喧嘩の仲裁などまったく解らない。だが、同時に彼女は知っている。仲良くなるためには絶対一度は喧嘩した方が良いに決まっているのだと。喧嘩して仲直りできれば、その後はずっと仲良く生きていける。彼女はそう確信している。
「でも、僕その方法知らないしなぁ~~………? あの時は向こうから歩み寄ってもらったしぃ~~~………」
悩むサヤは、何かヒントは無いかと周囲を見回し―――手付かずの書類の山が眼に入って失神しそうになった。どうやら喧嘩に夢中でウィセの仕事が止まってしまっている模様だ。
ダメだ! 早く何とかしないとあの山が全部自分に返ってくる!?
危機感を覚えたサヤは、できるだけ簡潔に、しかし皆の手を煩わせない方法で彼等の仲裁を計る事にした。
「二人ともッ!! 喧嘩するなら仕事で喧嘩してッ!! これ以上忙しいのにただ喧嘩するだけなら、僕にだって考えがあるよッ!!」
「「考えってどんな?」」
鶴の一声のつもりだったサヤは、クロノとウィセに同時に質問を返され、一瞬でひるんでしまった。
「うぇ!? え、ええ~~~っと………? 某イマジネーション学校に通ってもらうとか?」
「テンプレクロスオーバー乙!」←(ケン)
「っじゃなくて! ………≪ケイリュケイオン≫のウサギさんが、リーダーに代わってお仕置きと言う方向で………?」
「―――ッ!!(ブンブンッ!!)」
「「そ、それは………」」←(クロノ、ウィセ)
((((酷過ぎるだろう………))))←(ケン、ナッツ、ワスプ、タドコロ)
「じゃ、じゃあ………っ! 明日からずっと料理作ってあげないからねっ!!」
精一杯考えたサヤは、とてつもなくくだらないと自分で思い、羞恥で顔を真っ赤にしながら叫んだ。当然皆からの反応など返ってくるわけも―――
「テメエ等喧嘩してんじゃねえぞクソッたれぇ~~~~っ!!!」
「耳の穴から手突っ込んで顎ガクガク言わされたいんかいっ!!?」
「悪いが今日のおっさんはマジだ。大人モードで行かせてもらうぞ。………出てけ」
「人の恋路を邪魔する悪い子は………、毒蜂に刺されて死んじゃいますよ?(ニコッ)」
「ひっく、ひっく………っ! 喧嘩、やめてください………っ! お弁当………っっ!」
―――無い事もなかったらしく、ナッツとケンの口調が変わり、タドコロさんが
ツッコミ役が不在な事に悔やまれる見事な状況である。
「「ご、ごめんなさい………っ!」」
勢いに押される形で腰を折るクロノとウィセ。むしろ状況について行けてないのはサヤの方で、もう何が何だか解っていない感じであった。
っとは言え、やっと話が通じる状況になったのだ。ここで進めないわけにはいかない。
「そ、それじゃあ、解ってもらったところで二人にはクエストでも消化してもらおうかな? 未確認のクエストを一つ片付けてもらうから、二人はこのクエストを終えるまでの間に仲直りしておく事! 良いね!?」
「「「「解ったかっ?」」」
サヤの言葉に便乗するように中指を立てたり、親指で首を切ったりと、豹変した腹ペコ男子に煽られ、喧嘩中の二人は仲良く頷くことしかできなかった。
03
「なんでこんな事になるんですか………? 私にはまだやり残した仕事が山ほどあったと言うのに………」
「それはこっちの台詞。なんで俺がお前の巻き添えでこんなことしないといけないんだよ?」
とあるダンジョンの奥で、街中でのフラグを立ててから向かうと入る事のできる扉があるらしく、その奥では何やら中ボスレベルのモンスターが控えているらしいと言う未確認クエスト。二人は仲直りするためにそのダンジョンに向かっているのだが―――、
「人に罪を着せるのは止めてください。そもそもこの忙しい時期に、アナタが一人だけ渋り始めた事が原因なんですよ?」
「お前が怪しい配置の仕方してなけりゃ、俺だって素直に従ったっつうの」
「屁理屈ですね。私は適材適所の配置わけしかしてません」
「はっ!? だったらなんでお前だけレアアイテムを効率良くゲットしてるんですかね?」
「偶然でしょう? 大体私だけなんて事はないはずですけど?」
「お前だけが異常にゲットしてなかったら、俺だって怪しんだりしねえぇっての!」
「そんなに不満ならギルドを辞めれば良いでしょう? 因縁をつけたいなら余所でしてください!」
「お前に不満があるんだよ! ギルドには不満なんて一つもないね!」
「また屁理屈をっ! 私はサヤから分配配置を任され、それに準じているだけでしょう!!」
「サヤはあんなんだから騙され易いんだよ! お前こそそれを利用して職権乱用してんだろうがッ!」
移動中にもギャーギャー言い合う二人は、とても仲直りしそうな雰囲気は見られなかった。それどころかすごい勢いで溝を深めていっている気もする。
そんな二人の後をこっそり付けている者がいた。
フードコートで顔をすっぽりと隠した片手剣使いの少女、ラビット。
彼女は彼女で、二人と同じような気持ちを溜息交じりに呟いていた。
「なんで、こんな事になっちゃうの………」
―――回想。
『あの二人だけでクエスト行かせて大丈夫だったのでしょうか?』
『ワスプの心配も解るけど………、あのままここで喧嘩されても仕事片付かないもん』
『デモ、今頃二人で険悪度MAXになってPKしてたりしてナ?』
『………』
バタリ………ッ。
『サヤさん! サヤさんしっかりしてください!? ケンの言う事なんてただの厨二病ですから!!』
『そこまで言わずトモ………!?』
『まあ、とりあえず誰か影からこっそり付いて行ってやるくらいはした方が良いんじゃねえの?』
『タドコロがマジな事言ってる………。こりゃあ、二人は確実に殺し合うな!』
『表出ろナッツ………』
『や、やっぱり僕二人の後追いかける~~~………!』
『いやイヤ、サヤには仕事あるし………』
『でも、そりゃあ俺らもだろ? 今一番手が空いてる奴で、≪隠密スキル≫がそれなりに高い上に、リアルで存在感が薄い奴と言えば………』
『『『『『…………』』』』』
ラビットへと集中する視線。
怯えるラビット。
『お願いラビット!! 二人の後付けて守ってあげてっ!』
『………ッ!(ブンブンッ!)』
『お願いっ!!(キラキラッ☆)』
追いつめられるラビット。
『ラビットさん? どうしても行って欲しいとは言いません。行きたくなったら言ってください?』
ワスプ、サヤの背に隠れながら労わりの表情で―――剣を抜く。
ラビットは壁に背を付け、涙目になり怯えながら、頷く以外の選択肢を削り取られていった。
―――回想終了。
「ホント、どうしてこんな事に………っ!?」
くずおれてさめざめと泣き始める薄幸兎。彼女に受難はこの先火を見るより―――否、既に明らかなほど炎上しまくっている。現在進行形の山火事状態だ………。
なんせ二人とも今にも抜刀しそうなほど睨み合いを始めているのだから。
「帰りたい………! 温かい布団に眠りたい………っ!」
弱気MAX、振り切れオーバー、心の大切な部分を削られている様な心境で、ラビットは二人の後を付けていく。
何気に、これで尾行がバレたら、それはそれで命が無い様な気がした。
見つかった瞬間に二人からの八つ当たり気味のソードスキルが飛んできたとしても何らおかしい事とは思えない。
「考えれば考えるほど理不尽だよぅ~~~………っ!」
彼女の嘆きは、この後さらに悪化させられる事となる。
「なんだこいつ………?」
「私に聞かないでくださいっ」
喧嘩中の二人の前に、何か少しだけ涙目の少年が立ちはだかっていた。
身長約175くらいの、黒いつんつん頭をしていて、装備は腰に差した≪両手剣カテゴライズ≫の大剣の様だ。
「お前ら! 噂の≪ケイリュケイオン≫だろっ! あの10層ボスの≪アイリオン≫を倒したって言う!?」
「倒したのルナゼスだけどな………? ってか俺メンバーじゃなかったし?」
「むしろ、それがどうしたのかと問い返したいのですが?」
困惑する二人に、少年は剣の先を地面に突き立て高らかに叫んだ。
「アイツには俺も手痛い目にあった! 必ずリベンジしてやるって決めてたんだ! なのにお前らが倒しちゃったからそれもできなくなっちまっただろうっ!? どうしたらいいのか解んねぇから八つ当たりさせろっ!?」
「「なんて堂々とした八つ当たりだ………」」
げんなりする二人は、躊躇せずにそれぞれ剣を構えた。軽く怒りにまかせてオレンジになりそうな気配が漂っていて、妙に怖い。遠くで見ているラビットもきっと胃を痛めている頃だろう。
「よしっ! やる気があるみてぇだな!? いっちょ勝負―――!」
「それじゃあ、私はクエスト進行するので、そちらの相手をよろしくお願いします」
「おい待て! なんで俺がこいつの相手をしないといけないんだ!? ………さては、一人でクエストに行ってレアアイテムを独占するつもりだなっ!?」
「………(チッ)、じゃあ、私がこれの相手をしますからアナタがクエスト行ってください」
「やけに素直だな………? あ、もしかしてわざと勝負を受けて一人で帰るつもりか?」
「………(チッ!)、そんな訳無いでしょう。そもそもそんなに疑われたら私は何もできないじゃないですか!?」
「二人でやれば良い事だろうが! なんで分断したがりやがるんだよ! だからお前は怪しいんだよ!」
「………(イラッ)、信用してくれない相手と一緒に戦えと? ふざけてるんですか?」
「このクエスト受けたのは互いの信頼関係を作るためだろうが? 分断する意味がねえんだよ!」
「そう言うセリフは! 協調性を持ってから言いなさい! 常に疑いの眼差しで背中を見られれば警戒だってするに決まってるでしょう!」
「お前が怪しいのが悪いんだろうがっ!?」
「………。無視しないでくれねぇ………?」
剣を構える謎の八つ当たり少年を前に、口喧嘩を始めるウィセとクロノ。何故か対峙するべき相手ではなく、味方に対して一触即発の空気を醸し出して―――、
ガキィンッ!!
「この………っ!」
「こんにゃろ………ッ!」
―――出す前に即発して互いに刀と剣で鍔迫り合いを始めていた。
(やめてぇ! やめてぇ~~! やめてぇぇぇぇ~~~~~~~~~~っっ!!)
遠方より見守るラビットは、胃の辺りを両手で押さえ、本気で泣きながら心の中で叫んだ。これほどに見守っていてハラハラする二人組がいるだろうか?
「………。ま、まあ、落ちつけよお前ら? 喧嘩売った俺が言うのもなんだけど………、いやだからこそ余計にお前らのはマジでヤバイ気がするからやめろって? いや、眼がマジで本当に怖いから………」
「黙ってろ三下っ!? 後でちゃんと相手をしてやるから、まずはこっちを先に殺らせろっ!!」
「私は充分に冷静です!! この頭に血が上ったバカを沈めてから話を聞くので待っててくださいっ!」
「『
ガギュゥゥンッッ!!
ソードスキルをぶつけ合って吹き飛び合う二人に、少年は慌てて間に入って諌める。牙を剥いて威嚇し合う二人に挟まれるのはさすがに生きた心地がしなかったそうだ。
「やめてぇ………、ホント、もう止めてよぉぉ~~~~………!」
それを見ていたラビットは、既に泣き言しか出てこない状況だったと言う。
04
「どうしてこうなったんだろう………?」
泣きそうな声を漏らしたラビットは、洞窟の中に作られたダンジョンを進む、三人のプレイヤーの背を見つめながら、しみじみと呟く。
アレからなんとかクローバーと名乗った少年に宥められたウィセとクロノだったが、あの後も二人は事あるごとに衝突し、本気で斬り合いを演じる不始末。それをいつの間にか付いて行く事になってしまったクローバーが必死に仲裁しながらの行軍となっていた。
クローバーは、どちらかと言うと喧嘩好きで、戦闘になる度に楽しそうに突っ込んで行くのだが、戦闘が終わると、戦闘の仕方について二人が不平不満を言い合って喧嘩するので、何だか見てるだけでも疲れるやり取りが続いていた。おまけに彼の仲裁も全然上手くない。時には火に油を注いでしまう事まである程のダメっぷりで、険悪感は時間と共に増していっていた。
(これ、もう修復無理だよ………? この二人、絶対仲良くなれないよ………。犬猿の仲じゃなくて、日本狼とゴリラ並みの仲だよぉ~~………)
嘆くラビットの視線の先で、二人はまたも言い合いを始めていた。
「いい加減にしないと斬りますよ!」
「ちょっとドロップしたアイテムがなんだったのか聞いただけだろっ!?」
「何度も言いますが、答える義務はないでしょう!?」
「なんでそこでことさらに隠そうとすんだよ!? やっぱお前は信用できねえ!」
「誰もあなたの信頼など欲しくありません!」
「お、おい! なんかレアっぽいモンスター出たんだけど!? 行って良い? 行って良いよね!?」
「「少し黙れガキッ! 今大事な話の最中!!」」
「え~~~………!」
レアモンスターより喧嘩に夢中のウィセとクロノ。クローバーとモンスターは何故か互いに隣合って座って、大人しく喧嘩を眺めていた。
(訂正………、
もはや伝説級に評価される不仲は、その後も加速度的に悪化していく一方。負のスパイラルなんて言葉が目の前で実現されそうで、おっかなかった。
「―――では、このクエストのボスを倒した方が勝ち。負けた方は、今後一切勝った方に口答えしない。よろしいですね?」
「ああ、それで良い。約束忘れんなよ? 変な屁理屈立てて逃げんのも無しだかんな?」
「………あのさ? そのボス俺が倒しちゃったら勝負は俺の勝ちに―――」
「「斬られたいのか?」」
「俺、なんでここにいるんだろう………」
(ホント、なんで彼はあそこにいるんだろう………?)
ある意味に於いて、新たなタドコロ的役割を担っているのではないかとラビットは困惑しながら同情の眼差しを送るのだった。
一方タドコロ―――。
「ヘブシンッ!! ………ずずっ! 誰かおっさんの素晴らしい噂でもしてる様だな?」
「タドコロすごいっ!? くしゃみだけでそんな事も解っちゃうの!?」
「誰かこの嬢ちゃんに庶民的迷信について教えてあげて~~~っ!?」
「タ・ド・コ・ロ・さん?」
「誰かこの殺意全開の彼氏からおっさんを守って~~~~っっ!!!?」
平和な時間を過ごしていた。
ウィセは苛立たしげに髪を掻き上げながら散っていくポリゴン片を眺めた。今先程、戦闘中だった最後のモンスターを始末したところだ。
(決めました。このモンスターの様にクロノも始末します)
割と本気で彼女は決意していた。状況はラビットが危惧する以上の緊迫感にある。
徹底的に自分を信用せず、何かあるのではないかと探りを入れ続けるクロノは、ウィセにとって邪魔な存在でしかなかった。
(さて、そうと決めると今度はこっちの少年が邪魔ですね?)
彼女の冷たい視線が前を行くクローバーを見据える。
(いっそ二人まとめて………、いえ、オレンジカーソルになると後でギルメンへの言い訳が面倒ですね? さすがに二人を事故に見せかけて葬るのは面倒………でもないですね? ここのボスの強さ次第では上手くやれるかもしれません)
そんな悪巧みを抱かれている事など知らないクロバーが、前方に何かを見つけ二人に呼びかける。
そこにあったのは大きく立派な扉で、この先がボスのフロアであろう事は容易に想像が出来た。しかし、気になるのはその隣にある石盤だ。そこには意味深な事が書かれている。
『嘗て、この大地を荒らし、人々を苦しめた悪魔が存在した。その悪魔に、幾多の勇者が挑むも、その剣は悉く敗れ去った。その悪魔は邪悪な力を用い、勇者の剣を弾き返してしまうのだ。そこで人族はエルフ族と力を合わせ、この洞窟で取れる悪魔が嫌う鉱石で出来た矢を用いて悪魔の力を弱らせ、鉱石で出来た祭殿を作り、この部屋へと封じ込めた。この大地に平和が取り戻された―――』
「………つまりこの奥がボスって事か?」
「でしょうね。内容からして斬激属性が効き難いボスの様ですけど?」
「まあ、やるだけやってみようぜ? 賭けの事もあるしな。無理そうなら命優先って事で逃げだせばいいさ。元々このクエストの内容を確かめるのが目的だしな」
「ええ~~~~! 倒さないのぅ~~~!?」
「「うるさい」」
「………ちぇっ」
だだをこねるクローバーを一蹴して、二人は扉を開き中へと侵入する。そこは白い大理石にも似た石で出来た神殿の様な物がある広い空間であった。
慎重に奥へと入りながら周囲を見回す三人。『悪魔』と呼ばれたボスモンスターは何処にも見当たらない。
(? あれは………?)
ふと、ウィセの視界に入ったのは部屋の端の方に鎮座している台座だった。いや、台座と言うと語弊がある。それは間違いなく
(『悪魔の嫌う石で出来た矢を用いて―――』ですか? 演出が細かいですね)
彼女が一人納得した瞬間、クローバーが突然声を上げた。
「上だっ!?」
振り返るウィセとクロノ。彼等が眼にしたのは頭上から降ってきた巨大な目玉の怪物だった。丸く巨大な肉の塊に、巨大な一つ目と触手が生えただけの化け物。触手の先は二つにぱっくりと割れ、中から鋭い牙がぞろりと覗いた。どうやら触手の一つ一つが口になっているらしい。
「戦闘開始!」
「お前が命令すんなっ!」
悪態を吐きながらもクロノは命令に従って剣を抜き放つ。
「イヤッホーーー!!」
そして命令を聞かずに突っ込んで行くクローバーに合わせ、二人が連携して行動を開始する。
(あ………、クローバーが突っ込むって解ってたから二人の息がピッタリ揃った………)
部屋の外でこっそり覗き見ていたラビットは既に達観した面持ちでそんな感想を抱いていた。
当初の心配とは裏腹に、戦闘はかなりつづが無く進行していった。
っと言うのも、ラストアタックを狙うウィセとクロノに対し、ともかく戦いたくて突撃を連発してHPの削り役を買って出ているクローバーがいるおかげで、二人が互いを警戒せずに済んでいるのだ。
乱戦にかっこつけて、クロノのPKを狙っているウィセとしては好ましくない状況だったが、何としてでも狙いたい事でも無かったので適当にスルーしておく事にした。それよりもLAボーナスを、どうやって自分が取るべきか? その方がもっと重要な案件だ。
ボスのHPは順調に削られていき、あっと言う間にPHバーが黄色へと変わった。
ボスは、触手の口から発しているのか、甲高い咆哮を上げると、全身に紫色のオーラを纏い始めた。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!!」
構わず突っ込んだクローバーだが、アルゴリズムの変わった触手の口が、彼の攻撃を捌き、逆にダメージを与えていく。だが、クローバーは舌打ちをしてポシェットから早めのポーションを取り出し、口に咥えながら戦闘を繰り広げるという荒っぽい戦闘法を敢行する。
「………。予想してましたけど、クローバーはボス戦の経験が皆無みたいですね」
「ああ………、ボスのアルゴリズムが変わるとかお構い無しだな………」
「チーム戦もした事無いんですね。あれ、完全に単独戦闘用に思い付いた戦術ですよね?」
「あの≪ビーター≫でもあそこまで荒っぽい戦い方しないだろうに………」
呆れ半分に両手剣使いの少年を眺める中、二人はクローバーの独断専行を利用し、ボスのアルゴリズムを記憶していく。そんな中で二人はすぐに異変に気付いた。
「おい? なんかおかしくないか?」
「はい。HPがまったく減っていない」
「攻撃………入ってるよな?」
「その筈ですが………?」
二人が訝しんだ表情で眺める中で、クローバーのソードスキルがボスの隙を縫って直撃する。しかし、激しいサウンドと火花として飛び散る派手なエフェクトが上がるだけでボスのHPはまったく減る様子が無い。
「≪キークエスト≫………ですかね?」
「何かヒントになりそうなのあったか? ………って、あの石盤しかないよな?」
クロノが苦笑いして見せると、ウィセも肩を竦めて応じる。
「『悪魔が嫌う鉱石で出来た矢を用いて、この部屋へと封じ込めた。』………この文が間違いなくヒントですね。そして、部屋の隅には、この世界では珍しい弩まである始末。もう答えは決まりましたね」
「そうと決まればクローバーが抑えている内に―――!」
「さっさと弩の準備です!」
二人は同時に駆け出し、ウィセが弩の弦を弾き絞り、クロノが床に転がった石の矢を持ち上げ、
「―――って重ッ!? なんだこの重さっ!?」
「一人では無理です! 二人で………! って、それでも重いっ!? どれだけ重い設定にしてるんですか………っ!?」
二人は協力して石の矢を持ち上げるが、かなりの力を必要とされるらしく、引き摺るようにしか進めない。たった一メートルにも届かない距離にある弩に、設置するだけで思いの外時間がかかってしまう。傍から見ていたラビットはハラハラした面持ちで見守るしかない。
ようやく、矢を弩に設置した時、更に厄介な状況が起きた。
「あっ! くそっ!? こいつ放しやがれ~~~っ!?」
声に気付いた二人が視線を向けると、触手に巻き疲れて捕まったクローバーの姿が眼に映った。
「なんか捕まってますね? 投げ技でしょうか?」
「いやいやっ! アレ完全に捕まってるんだよっ!? 人質状態だっ!」
「プレイヤー一人分くらいなら撃ち抜けるでしょうか? 二射目を用意するのはちょっときついですよね?」
「こんな時に笑えない冗談言ってんじゃねえよ!?」
「冗談でも無いのですが………」っとも思ったが、それを口にするともっと面倒なのでスルーしておく事にしたウィセ。
「………っ! 仕方ない! ウィセ! 賭けは一旦中止だ! クローバーの救出を優先する!」
「ダメージが通らないボス相手にですか? 二人だけでは少々無理があるかと?」
「だからこの
「簡単に言いますが、このハンドルも意外と固いんですよ? あのボスも意外と動きますし、足止めなんて出来るんですか?」
難色を示しつつ準備だけ進めるウィセに、クロノは弩の発射台から飛び降り、肩越しに笑んで見せた。
「仲間を信じろよ! こう言う時のパーティーメンバーだろ?」
それだけ言うとクロノは、接近していたボス目がけ勇猛果敢に飛び掛かる。
「やれやれ………、ですが、まあ、好都合ですか?」
ハンドルを操作しながら薄くほくそ笑む。
(わざと外してクロノを撃ち抜くには絶好の好機。クローバーと言う目撃者も上手く言いくるめれば、ただの事故として処理できる。またとない絶好の機会)
ウィセはボスを狙うフリをして上手くクロノに
だが、一つ誤算があった。クロノもウィセも、思いの外手間取っていた。
クロノは一人で幾つもある触手の顎を躱しながら、時々盾にされるクローバーに気を使い、何とかウィセの狙う場所へとボスを誘導しなければならないのだが、これが思いの外上手くいかない。
加えて、ウィセの方も固いハンドルを両手で回してゆっくりと照準を合わせないといけないので、上手く微調整が出来ない。クロノが相当上手く立ち回ってくれない限り、当てるのは難しそうだ。最悪クロノにだけ当てても良いと思っているウィセだったが、触手に逃げ回るクロノを狙い撃つのはそれはそれで難しかった。
(一瞬、一瞬でも動きが止まれば………!)
せめて後一人か二人いれば、何の危機感も無くすんなり終わりそうなイベントを、二人は長い時間を掛けてクリアしようと試みる。
しかし、時間は刻一刻と刻まれ、次第にクロノの集中力にも限界が近づく。加えて、悪い事は重なっていく物で、触手に捕まっているクローバーのHPが少しずつ削られ始めたのだ。
「くそっ! こうなったら一か八か………っ! ウィセ! 何とか特攻して一瞬でも動きを止めてみる! その一瞬の隙を突いてくれ!」
言って駆け出すクロノ。ウィセはハンドルを回し、狙いを定める。
「でああああぁぁぁぁぁっ!!!」
一か八かの特攻。クロノの突撃系ソードスキルが真っ赤なライトエフェクトを伴ってボスの目玉を直撃。ダメージこそ発生しない物の、仰け反ったボスが一瞬だけ動きを止めた。
「今だっ!!」
ニヤリッ、とウィセの唇が笑みを作る。
(ええ、狙わせてもらいますよ………。ボスとアナタを同時に撃ち抜ける場所を―――)
ハンドルを回し、最後の微調整を整え、弦の留め金を外そうとしたその瞬間―――
ガタンッ!
「「っ!?」」
ハンドルが、つっかえる様にして止まった。
慌てたウィセが、一度軽く戻してから力を込めて回し直す。また、ガタンッ! っと言う音が鳴ってつっかえたが、今度はちゃんと回った。どうやら横回転していた台座が、石か何かを挟んで一瞬だけつっかえてしまっただけのようだ。
だが、これが致命的となった。
「うわっ!? しま………っ!?」
仰け反りから復活したボスは、今度はクロノを触手で絡め取り、持ち上げてしまう。これで前衛組は全員捕まった事になる。
ウィセはハンドルを操作して弩の狙いをボスに定めるが、それに反応したボスが、クローバーとクロノを盾にする様にして後ずさりを始めた。
「す、スマンウィセ………っ! 俺まで捕まっちまった………!」
「うおおおぉぉぉ~~~~っ!? 助けてくれ~~~っ! ちょっとHPヤバくなってきたってぇ~~~っっ!?」
「………」
ウィセは何事か逡巡するような強張った表情でボスを見据える。わざわざボスがプレイヤーを盾にして動きを止めていると言う事は、この矢を撃ってもプレイヤーにだけ当たって消滅する可能性があるのかもしれない。それを危惧して僅かに思考する時間が生まれたのだ。
しばらく沈黙して思考していたウィセは、ハンドルを回し、弩の狙いを定め直す。
この行動に焦ったクロノとクローバーは二人して抗議の声を上げる。
「お、おいっ!? 何のつもりだよっ!?」
「待て待てッ!? 見えてる!? 俺見えてるっ!? そのまま撃ったら俺達ごと貫いちまうだろうがっ!? 俺はまだ死ねないんだよっ!?」
「………」
「ウィセ………っ! お前やっぱり………っ!? 俺達ごとボスを倒すつもりなのかよ!? 見損なったぞっ!! 一人で逃げるならまだしも―――そんなにレアアイテムが欲しいのかよっ!?」
「少し黙りなさいっ!」
叫んだウィセは最後の微調整を済ませると、留め金に手を掛けながら強張った表情のクロノへと優しく微笑み掛けた。
「アナタが言ったんでしょうクロノ?『仲間を信じろ』と………? こんな時こそ仲間を信じてくださいよ?」
「!?」
自信に満ちた瞳で、滅多に見せない微笑みを向けられ、クロノは疑心暗鬼の心を無理矢理覚悟でねじ伏せる。
「わ、分かった!! 俺はお前を信じる! やれっ! ウィセ~~~~っ!!!」
「ええぇ~~~~っ!? いや、無理だろうっ!? おい待てやめろっ!? アイツには無理だってぇ~~~!!」
二人が対極的な叫び声を上げる中、ウィセは内心ほくそ笑んでいた。
(こう言う時は扱い易い方ですよね? 『仲間』とか『信じる』とか、やたらと使いたがる方に限ってこう言う手に簡単に引っ掛かるんですから………。クロノ、アナタには私が≪ケイリュケイオン≫で安泰に過ごす為の礎になってもらいます………)
ボスが動かない事と、未だ二人を盾にしている事をもう一度確認したウィセは―――、
―――留め金を、
―――躊躇なく、
―――外した………。
ヒュゴッ!!!
短い轟音を鳴らし飛び出す石の矢。
自分に向かって迫りくる巨大な矢に対し、クロノは緊張で目を一杯に見開く。
ヒュガッ!! ………バアァンッ!!
矢はボスを外れ、盾にしようと伸ばしていた触手を数本薙ぎ払い、そのまま背後の神殿と思われる柱の一本に突き刺さった。
信じられない………。そう言うかのようにクロノの目は見開かれ、地面へと落下していく。
その後、一瞬の静寂の後に響いたのは、ポリゴン片が砕け散る悲しげな音………。
「さようなら………、愚かな
05
何故? どうして? あのウィセが?
そんな疑問が浮かぶ中、見開いていた目をパチパチと瞬きし、もう一度状況を認識する。たった一発しか使えなかった矢はボスから外れ、自分のすぐ脇を過ぎり、ボスの触手を何本か吹き飛ばし、背後の神殿の柱へと激突した。クロノは―――縛られた触手が断ち切られ、地面へと落下していた。
「ウィセ………、なんで? なんで………? “なんで矢を外したんだ”っ!?」
クロノの叫びと共に、断ち切られた触手がポリゴン片となって砕け散った。
ボスは、斬られた触手を一瞬で再生させると、再びクロノを捕まえようと触手を伸ばし―――、
バゴンッ!!
背後から倒れてきた柱に潰され、地面に倒れ伏した。
「………へ?」
倒れた拍子に投げ出されたクローバーが疑問の声を上げると、歩み寄ってきたウィセが溜息交じりに告げる。
「まあ、ちょっと一か八かでしたけどね? この神殿―――もとい祭殿も矢と同じ鉱石で出来ているなら、弱点になりえるだろうと思いましてね? 試しに柱を壊してみました。出来なかったら大ピンチでしたね」
「な、なんでそんな賭けみたいな事を………? 危うく全員やられるところだったんだぞ?」
「全員が助かる方法がこれしかなかったので?」
何でも無い様に告げるウィセに、クロノは多少なりとも感銘を受けた様子を見せていた。
ウィセは刀を構え直す。
「さあ、さっさとトドメを―――っ!?」
言葉の途中、ウィセは突然流れた触手の一撃を受けて壁際まで吹き飛ばされてしまう。
慌てたクロノとクローバーが立ち上がるより早く、
「し、しまったっ!?」
「うを~~~っ!? また捕まった! 放せよ~~~!?」
二人を地面に抑え込むようにして抑えつけながら、目玉の悪魔は、のっそりと立ち上がり、血走った目でウィセを睨みつける。まるで手痛い一撃を受けた事に怒りをあらわにするかのように。
壁に叩き付けられたウィセは、壁に寄りかかりながら立ち上がり刀を構えるも、その表情には焦りの色が滲み出ていた。
(予想外に復活が早いですね………。HPは今ので削れたみたいですし、もう無敵化は解けているのでしょうけど………、ちょっとまずいでしょうか?)
にじり寄ってくる悪魔が瞳の中心を赤く光らせ始める。何かしらの魔法的攻撃が来るのであろう予感を感じ取り、ウィセはソードスキルで何とか出来ないかと構えを変える。だが、その見込みが薄い事は、彼女自身が良く解っていた。
(まったく、欲をかいて、全員を助けてクロノまで懐柔しようなどと考えるべきではありませんでしたね。やっぱりあそこで纏めて始末するべきでした。やれると思ったんですけど………)
そんな打算の失敗に内心溜息を洩らしたい気持ちになりながら、彼女は聡明な頭脳を用いて必死に打開策を考える。しかし、無情にも瞳の赤い光は煌々と輝き、今にもビーム的な物が発射される寸前となっていた。逃げ道は触手と壁に封じられ、何処にも存在しない。
「ウィ、ウィセ!? 逃げろ~~~っ!!」
(せめて一瞬でも隙が出来れば先手を取れる物を………っ!?)
いよいよ覚悟を決める時かと思われた瞬間、突然ボスが仰け反り、HPバーが僅かに減少した。その理由は不明だ。不明だが、驚いて硬直する時間も、迷っている時間も、もはや存在していない。
「はあああぁぁぁっ!!」
地を蹴る。
エフェクトライトの輝きを纏った刀『菊一文』を手に、ウィセは身体を捻りながらボスに向かって突っ込む。
一閃、二閃、空中回転しながら放たれた刃が、クロノとクローバーを抑えつける触手を切り裂き、“クロクロコンビ”を救出。地面に着地すると同時に切り上げた一撃でボスの目玉の中心を切り裂き、引いた刀でトドメの突きを叩き込む。四連続突撃系ソードスキル『
ボスは震えながら技後硬直状態に入ったウィセを睨みつけ、触手の顎を伸ばすが、それが彼女に届く前に、彼はポリゴンの破片となって爆散した。後には、クエストクリアのシステムメッセージとファンファーレのエフェクトサウンドのみが残された。
ウィセは刀の“露払い”をして
「クエスト、無事クリアです」
06
「び、びっくりしたよぅ~~~………っ」
ボス部屋から大急ぎで逃走している最中のラビットは、通路のモンスターにタゲられる事も無視して大急ぎでダンジョンの外へと向かって走っていた。
ウィセがクロノ達が捕まっているのにも拘らず矢を向けた時はどうするつもりなのかとハラハラしたが、やっぱり彼女は明晰な頭脳の持ち主だったと感心させられた。しかし、モンスターのスタンが思いの外早く回復した時にはどうなる事かと再び慌てさせられた。ウィセがピンチになり、やむなく自分が割り込み、ボスの背後からソードスキルを叩き込んだ時は見つかってしまわないかと冷や汗をかいた物だ。一撃見舞って即逃走しても、ボスのHPバーが尽きるまでは、安心はできなかった。すぐにウィセが動いてくれなければ、自分も逃げるタイミングを逸していたかもしれない。
「で、でも………、見つかる事もありませんでしたし………っ! ボスも力を合わせてクリア! もう大丈夫だよね!?」
正直、これ以上監視し続けるのは胃への負担が限界突破し、精神的不衛生になりそうだったので、ラビットは言い訳を並び立てて一足先に帰る事を正当化した。
………まあ、彼女のこれまでの功績を知れば、誰も咎める事はないだろう。
07
「悪かったよ、ウィセ」
クロノからその言葉を告げられた時は多少なり驚愕してしまい、思わず目を丸くしてしまった。
「なんです急に?」
「お前はさ、やっぱり怪しい行動とかあると思うんだよ? やっぱりそこら辺とかちょっと気になるんだけど………?」
「謝ると見せかけた喧嘩でしたか」
半眼になったウィセに、クロノは穏やかな表情で首を振った。
「いや、もうそう言うの止めようと思ったんだよ」
「人を疑う事をですか?」
「『疑わしい』って意味じゃあ、変えるのは難しいけどさ? でも、怪しかろうとなんだろうと、ウィセは俺達の仲間だろう? あの時だって、俺ごと撃ち抜けばボスを倒せたはずなのに、お前はそうしなかった。だから信じる事にしたんだよ。信じるってそう言う事だと思ったんだ? お前の事は怪しいし、不安だけど、でもちゃんと仲間をやってくれている。なら、根拠はないかもしれないけど最後まで信じてみようって思ったんだよ」
「根拠も無いのに信じるのはバカのする事だとも言いますよ?」
「じゃあ、これからそんな馬鹿をよろしく頼むよ。どうせウチのギルドは変な奴らばっかりなんだし、“馬鹿”が増えたところで大した変化も無いだろう?」
否定できない事に渋面になってしまうウィセ。その表情に思わず笑みを漏らしてしまうクロノ。
「ウィセ、これからよろしく頼むな? 俺もお前を信じ続けるよ」
最後にそう微笑まれた瞬間、ウィセは頬を薄く赤くすると、そっぽを向いて頭を掻き始めた。彼女の胸には、何とも言い難い居心地の悪い感情が込み上げていた。
(なんだって言うんですか? この気持ちは? なんで私がこんな気持ちにならないといけないんですか?)
「ほ、ほらっ! さっさと帰りますよ!」
気まずさを誤魔化す様に、ウィセはぶっきらぼうな声を上げ、それを照れ隠しと受け取ったクロノは微笑みながら答える。
「ああ、分かったよ!」
二人の間にあった溝は、どうやら埋められた様子だった。
それはそうと、二人の後ろを惰性的に付いてくる少年がいた。言わずもがなのクローバーである。
彼は、さよならするタイミングを逸してしまい、これからどうすればいいのだろうと悩みながら、とりあえず二人の後を追いかける事にした。どうせ街に入るまでは道は同じはずなので、咎められる事は無いはずだ。
だが、彼はそもそもどうして二人について行っているのか? その根本的な理由を完全に見失っていた。はて? 自分は一体何でこんな事をしていたのだったか? その悩みを考え始めると、自分が此処にいる事が場違いの様に思えてきてしまう。いや、そもそも自分は仲間でも何でも無いわけで、このまま付いて行く事自体、正真正銘の間違いではないのか?
思い至った瞬間、彼は此処にいてはいけないと言う焦燥感を覚え始め、必死に別れのチャンスを窺うが、仲良くなったらしい二人のやり取りは何処かむず痒い雰囲気を醸し出していて声をかけにくい。正直、クローバーの苦手な空気だ。ああ言う男女が仲良く話している時の独特の空気と言うのは、彼にとって未知数の空気なのだ。下手に話しかけて怒られた経験も何度かある。
じゃあどうすればいい? その疑問は解消されず、自然と歩が弱々しくなってしまう。自分を置いて先を歩く二人の背中が、何か尊い物に思え、同時に喪失感が胸に去来し始めた。
―――不意に二人が同時に振り返る。
「なにしてるんだよ? 早く来いよクローバー」
「置いて行きますよ? クローバー」
「あっ! 待って待って! 今行くから!」
08
数日後、11層のボス部屋が攻略されて丁度三日が経ったであろうかと言う頃、最前線で最も迷宮区に近い街を拠点にしている≪ケイリュケイオン≫で、ウィセとクロノは無事に仲直り―――、
「だから、なんでお前があそこで出張ってくんだよ!? あそこは俺が行くところだっただろうがっ!?」
「前以て決めていた段取り通りに行動しただけでなんで一々文句言われないといけないんですっ!?」
―――している訳でも無く、もはや恒例行事となった二人の口喧嘩は今日も続いていた。その癖二人とも手は休める事無く、皆で分担している書類整理(商業ギルドとして求められたアイテムと、現在ギルドが所有しているアイテムの整理確認)は、手を休める事無くきっちりこなしていた。もう、二人とも喧嘩慣れしているのが見てとれて、誰も二人の喧嘩を止める気が無い様子だった。
「二人ともまた喧嘩してるの~~~………?」
第一層の≪デパチカ≫でアイテムの補充をしてきたサヤは、二人の様子に落胆したような溜息を吐く。その後ろではすっかり護衛役として板に付いてしまったワスプの姿もあった。
「少しは仲直りしたと思ったのに………、どうして二人とも喧嘩しちゃうのかなぁ?」
「まるで磁石の同極ですね~~~?」
ワスプが苦笑を浮かべると、それを聞いたマサが「ん~~?」っと悩んだ表情になりながら否定を口にした。
「いやいや、アレはどっちかって言うとSとNでしょ?」
「え? なんでです? お互い反発しあってるじゃないですか?」
「磁石で同極同士はお互い距離を取って離れるでしょ? でもあの二人はお互い気になるところがあるからやたらとぶつかり合っちゃうんじゃないかなって? お互い無視しようとしても気になってくっついちゃうんですよ。悪い意味でですけど………」
苦笑いするマサに、聞いていたタドコロ(何故か逆さ吊りにされ簀巻き状態で顔に落書きされている上に『私は悪い事をしました』っと書かれた張り紙を張り付けられている)が、もっともらしく頷きながら納得する。
「『犬猿の仲』って言うより『喧嘩するほど仲が良い』って奴だな」
「意味は解るけど二人とも仲直りしてないよ? それでも仲が良いの?」
頭を抱えるサヤ。端っこの方では、何故か正座させられているクローバーと、それを睨み降ろし腕を組んでいたルナゼスも、同時に頭を抱える様に首を傾げた。なにがあったのかはともかく、二人もサヤ同様によく意味が解らなかったらしい。
「ああんもうっ! 俺、お前のそう言うところ大っ嫌いだっ!!」
「嫌いで結構ですっ! 私もあなたの事など好ましくありませんっ!!」
「嫌いとか言い始めちゃったけどあの二人?」
オドオドし始めるサヤに、ケンは適当な笑みを浮かべてなだめる。
「大丈夫大丈夫。アの嫌いはホントに嫌ってるワケじゃないかラ?」
「そうなの?」
「ソウそう。『好き』の反対は『嫌い』じゃなくテ『無関心』だって言うだロウ?」
「え………?」
きょとんとするサヤに、タドコロとマサが苦笑い気味に首肯した。
「嫌いって言うのは、相手の嫌いなところが解ってるって事だもんな? 興味が全くない『無関心』よりは相手を気にしてるって事だ」
「本当に嫌いなら、相手にだってしませんもんね?」
苦笑いを浮かべ合う彼等と共に、サヤは呆然とした表情でウィセとクロノを見つめる。
二人とも、既に口喧嘩を終えて、別の話題に移っている様子だ。確かに、互いの事を嫌ってはいる様だが、“仕事上の付き合い”をするくらいなら苦にならない程度には仲も良いらしい。これなら充分、仲間と言っても差し支えない様にも見える。
≪ケイリュケイオン≫は新しい仲間、クローバーを(いつの間にか)加え、今日も今日とて変な方向に前向きに進められていく。
09
でも………、それってつまりさ………?
「本当に人を嫌いになった事が無いんだね………」
~あとがき~
今回はウィセとクロノを主役に描かせてもらいました。
ウィセがクロノくんをPKしなくて本当に良かったですね。
クローバーがいつの間にかギルド入りしているのですが、何故かルナゼスくんに正座させられていましたね。
後々語る予定ですが、読者からすぐにツッコミ来そうなので先にお話させてもらいますと、クローバーくん、以前の第五章の番外編で、別のパーティーに入っていたんですよ。ですが、ノリと勢いで≪ケイリュケイオン≫にギルド入りしちゃったもんだからパーティーメンバーに御迷惑おかけしちゃって、その事についてルナゼスくんの御叱りを受けていた次第です。
大した事件になるわけではないのですが、そう言う事なので作中の矛盾ではありません。
ワスプとサヤは純情な関係で進んでいらっしゃいますね。このままゴールインするのか、それともやっぱり一度お別れしちゃうのか、目が離せません。
何気にラビットがチャット無しで会話するシーンが多かった事に後で気付きました。設定忘れてるわけじゃなかったのですが、これはこれで中々新鮮ですね~~。
09の台詞は一体誰の台詞なのか? 存分に皆さん悩んでください。
まあ、バレバレかもしれませんが………。
久しぶりの投稿となってしまいましたが、キャラブレが起きていなければと願う次第です。それではまた次回に―――。