読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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いや、もう余った部分をこっちに持ってきただけなので、後篇ちょっと少なめですが、まあ、楽しんでもらえれば幸い。


☆バレンタインイベント☆:後篇

 

 

 

 

 ・スイート or ビター?

 

 

 再び物語はSAOへ………、バレンタインイベント後、こっそり夜中のカップルを撮影していたのはライラだけではなかった。文屋魂を燃え上がらせたシンもまた、こっそりカップルのイチャイチャシーンを撮影しまくり、明日の号外ネタを回収していた。もちろん、昼間の≪ケイリュケイオン≫主催の喫茶店の出来事も取材済みだ。

 翌日の朝刊は羞恥心の叫び声が木霊する一日になるかと思うと、シンの顔から笑みが消えない。

「さてさて、今度は何処に行きましょうか? ここは色々矢印が混雑しているアルカナ達のところかな? それともいつまでも初々しいままのラビット辺りか―――って、ここはマンネリ気味だな? コアなファンは飛び付くかもだが、今回は時間も限られてるし、ライラとキリトがどんな感じになっているかでも調べるか? あっ、それともサチに男の影が本当に無いのかを調べて見ても良いかもだな? アルゴの様子も気になるところだ。最近じゃサスケに気持ちが傾き始めてるみたいで妙に女の子らしいからなぁ~♪」

 悪い笑みの止まらないシン。行き先を次々思い浮かべ、出来るだけ多くを周るために道順を検討し始める。

「シン? あんまり悪い事してるとゼニガタに通報しちゃうよ?」

 突然背後から掛けられた声に仰天したシンは、漫画みたいに身体中を跳ねさせる。

 振り返った先に、黒髪を結わえた幼い顔立ちの少女を捉え、胸を撫で下ろした。

「サヤちゃん………。あんまり驚かせないでくれよ? ウィセ辺りにでも見つかったのかと思った~~」

 「アハハッ」と軽く笑って見せるシンに、サヤはウインドウを呼び出しながら呟く。

「なるほど、先にウィセに報告した方が効果的なんだね?」

「最近サヤちゃんが黒い事覚えて敵わんっ!? ウィセのおバカっ! 純粋無垢だった女の子を黒く染めやがって!!」

「っとか言いつつ、操作の邪魔するために、僕にやたらと≪デュエル≫を申し込むの止めてくれない!? ………トレードに変えればいいってもんじゃないよっ!?」

 しばらく頑張って操作しようとしていたサヤだったが、シンのしつこさに根負けして、溜息を吐くと、徐に≪デュエル≫を承認した。

「あ」

 っと言う間にカウントが進み始め、シンは慌てて「始める前から降参で~~~す!!」っと叫んで≪デュエル≫を終わらせる。

 今度はサヤの方から≪デュエル≫を挑まれたが、シンは苦笑いを浮かべて表示を無視した。

「程々にするんでそろそろ許してくれないか?」

「まあ、ライラほど騒ぎになってないから別に良いけど」

 やっぱりライラは騒がれるほど遊び呆けているのか。そう思うと自分も負けてられるかと言う文屋魂が擽られもしたが、サヤがジト目で見つめてきたので諦める事にした。

「ところでサヤちゃんはなんでこんな所を一人で歩いてるの? 仕事が終わったなら家に帰ってウィセとお話とかしてると思ったんだけど?」

「ギルド当ての苦情を処理してて、それの帰りだよ」

「じゃあ、この後はウィセとアバンチュール?」

「みょ、妙な言い回ししないでよ………//////」

 赤くなって視線を逸らすサヤ。思わず「可愛いなぁ~~~♡」っと言いながら頭をなでたくなるのを堪え、同時に少しだけ寂しいような気持ちを抱く。

(やっぱりサヤちゃんにとっての一番はウィセか~~? ワスプにカノンと言い、意外とサヤちゃんを狙ってた男子も多かったと言うのに、この子の一番を射止めたのがあのウィセとはね~~~? 決闘場で二人が向かい合った時はここまでになるとはさすがに思わなかったけど………)

 この少女の一番は、境界線が無いと言う事は、シンだけがなんとなく感じ取り始めていた。彼女には“友人の中で一番”、“異性として一番”、“家族の中で一番”、そんな括りが存在せず、“好きな人の中で一番”の一択状態なのだ。その明確な順位は、彼女なりの評価基準がある様で、まだ解明しきれていないが、とりあえず彼女の中で一番の相手はと言うと、やっぱりウィセの様子だった。

 それが恋愛対象としてかどうかは、境界線を持たない彼女の感性からは察し難い。

「もう………っ、ともかく、僕の仕事は終わったし、もう帰るからね! あんまり騒ぎ起こさないでよ?」

「解った解った。程々(、、)にしますよ」

 シンの言い回しに不安そうな表情をするサヤだったが、言うだけ無駄と考えたのか背を向ける。―――が、何かを思い出したようにすぐに振り返った。

「そうだ。シン、これ上げる。渡す相手に困ってたら余っちゃって。せっかくだから食べてよ」

「?」

 シンはサヤに差し出された小箱を無造作に受け取ってしまう。

 早く帰りたくなっていたのか、サヤは箱を受け取ってもらうと、笑顔で軽く手を振って小走りに去って行く。

 首を傾げながら箱の中を確認したシンは、―――受け取るべきではなかったと後悔した。

 中に入っていたのはチョコだ。それもかなりのレベルで作られたバレンタインチョコ。明らかに本命用としか思えないデコレーションの効いた分厚いハート形のチョコに、シンは苦虫を噛み潰した様な気分で、無理矢理笑みを作る。

「サヤちゃん………、こう言うのは義理チョコと違って、かなり酷ですよ?」

 本命ではないと解っている自分に向けて本命チョコを適当に渡されたのでは、その複雑な気分は筆舌に表わし難い。義理チョコを貰った方がまだ喜べたと言うものだ。

「特に………少なからず、君の事を想っている相手には、ちょっと痛いぞ?」

 呟きながらシンはチョコに齧りつく。一見固そうだったチョコは、口の中に入った瞬間すぐに溶け始め、アインクラッドでは中々味わえない極上の甘みを伝えてくれる。

「美味い………」

 少し切なそうにシンは呟き、もう一口チョコに齧り付く。

 口の中はとても甘いチョコに満たされているのに、胸の奥は苦い気持ちで一杯だった。

 

 

 

 

 ・まだ伝えないから………っ!

 

 

「い、いた………っ!」

 現在、攻略最前線のとあるエリアにて、アスナは探していた人物を発見した。

 アスナの事に≪索敵スキル≫で気付けたのか、振り返った少年が、蒼い瞳で彼女を捉える。

「………どうしたアスナ?」

「どうしたはこっちの台詞よっ!? なんでこんな日にこんな場所にいるのよっ!?」

 つい怒った感じに叫んでしまったアスナだが、声のニュアンスを捉えられない彼は困った表情を浮かべるしかない。察したアスナは、もう一度同じ言葉を正面から、ゆっくりと口に出して伝える。

 やっと言葉が伝わった少年は、軽く笑って答えた。

「………スニーが、『今日はチョコの材料をたくさん集めると、レアアイテムと交換してもらえる日』だと教えてくれた。今日一日で何度もレアアイテムと交換してもらったぞ!」

「アマヤくん、またスニーに騙されてるっ!?」

 真実を知ったアスナは思わず声を上げてしまう。

 サヤとは別の意味で無垢な笑みを向けているアマヤが、彼女の目からはどうしても不憫に見えてしまう。

 いい加減彼は、彼女の言葉を鵜呑みにするのは止めた方が良いと気付いてくれないものだろうか? 以前それとなく尋ねた時は「仲間を疑うくらいなら、疑わずに騙される方が良いさ」と格好よく言われてしまい、ついアスナの方が黙り込んでしまった。

(あの時もっと強く言っておくべきだったかな?)

 悩みはしたがどうしても実行には移せない。何気に自分もそれ(、、)でアマヤを弄った事が数えきれないほどあったりするのだから。

 今更罪悪感にさいなまれそうになりながら、再び材料集めのために狩りと採取に向かおうとするアマヤを慌てて引きとめる。

「もうイベントは終わったわよ! これ以上は意味が無いから帰りましょう?」

「………そうか。………じゃあ、お礼にアスナを送る」

 そう言って、自然に優しくできるアマヤは、キリトとは違う魅力かもしれない。人当たりが良いと言うわけではない。ただ単に自然体で他人に優しく出来てしまえるのだろう。

 アスナもごく自然に彼の隣を歩いてしまう。

「………ああ、………そう言えば今日一日ずっと動いてたからお腹空いたな。………家まで持つかな?」

 お腹を擦りながら心配げに呟くアマヤに、アスナは少し考える素振りを見せてから、あるモノをオブジェクト化する。手の平に現れた少し大きめのチョコを、何気ない動作でアマヤに差しだす。

「はい、あまりモノで良ければ上げる」

 そっぽを向きながら言ってしまったが、意味は伝わったらしく、嬉しそうな笑みを作ったアマヤは、お礼を言ってからチョコを受け取る。実に美味しそうにチョコを頬張るアマヤの顔を見ていると、無性に胸の奥がときめいてくる。

 少しだけ歩調を緩めたアスナは、胸に手を当てながら、アマヤの背に向かって呟く。

 

「アマヤくん、………私、アナタの事………好きになったんだよ?」

 

 風に溶け込む様な小さな呟き。

 例えアマヤの聴覚が正常であったとしても、聞き取るのは難しかったであろう呟き。

 ―――っが、まるでその声が聞こえたかのように立ち止まったアマヤが、振り返り、アスナに向けて首を傾げている。「今何か言ったのか?」っと尋ねているかのように。

 何も聞きとれない筈の少年が、どうしてか自分の心にだけは察してくれる。それが嬉しくて、いつしかアスナは彼に心を揺らがせ始めていた。

 それでも彼女は何も伝えない。伝えないまま笑みを向けるだけに留める。

 この想いが、嘗て恋をした少年への代替なのか、それとも本心なのか、それを見極めるまで、彼女は黙って笑顔を向けるばかりだ。

「でもっ! いつか答えを見つけるからね!」

 彼女の言ってる事が色々解らないアマヤは、『?』を浮かべるばかりだった・

 

 

 

 

 ・例え幾多時が過ぎようと

 

 

 忍者サスケと言えば、≪ケイリュケイオン≫に所属するSAOの中で本物の忍だ。その能力は本物中の本物。MMORPGと言う縛りがあるにもかかわらず、彼が潜入調査してきたオレンジギルドの本拠は数知れず。かの有名な≪ラフィンコフィン≫のアジトを突き止めたのもサスケの力が大きく貢献したと言える。

 それほどの逸材でありながら、その事を知るのは≪ケイリュケイオン≫でもごく一部の人間だけ。リーダーのサヤですら(っと言うか、彼女の場合は天然もあり)その忍としての実力を正しく理解してはいない。

 それは何故か? それもまた、サスケが忍者としてのクリオティ―だとも言えるのかもしれない。それほどの腕を持ちながら本性を他人にけどられない。正に忍と言うに相応しいだろう。

 ………それが故意であったなら。

 

 ぶっちゃけ、『サスケ=忍者』よりも、有名な例えがあると言うだけだ。

 

「アルゴ殿! 拙者へのチョコは無いのでござろうか!? 拙者、アルゴ殿が喫茶店に出ていないと知って探しまわっていたのでござるよ!? やっと見つけた拙者に御褒美は無いのでござろうか!? いや、あると信じるでござる!」

「勝手に自己完結すんなヨ! って言うか、なんでお前は、私のいる所を必ず見つけてくるンダ? 特にフレンド登録もしてないのに一声呼んだだけですぐに現れやがッテ!」

「アルゴ殿がお呼び立てもうすれば、例えレッドプレイヤーの中心だろうと、ボス部屋の中だろうと、入浴中であっても参上するでござるよっ!!」

「最後の入浴中は躊躇しろよ変態ッ!?」

「勘違い召されるなっ!? 入浴中なのは、拙者でござるっ!!(キランッ!」

「どっちにしても躊躇しろヨ変態~~~ッ!?」

 ………っとまあこのように、『サスケ=アルゴの追っかけ』のイメージの方が強いのだ。

 そこら辺のプレイヤーに尋ねれば一発で返ってくる事だろう。「サスケ? ああ、アルゴの追っかけしてる奴な?」―――っと。

 そしてその認識は強(あなが)ち間違いでもない。

 なんせ、バレンタインにサスケと会う事を危惧したアルゴが、73層にある、とあるダンジョンの奥深くに存在する、モンスターがポップしない代わりにとてつもなく入れ組んだ迷路が存在し、その更に奥の隠し部屋にまで侵入していたにも拘らず、しっかりサスケに追いつかれてしまっているのだから。

 ここまで来ると性質の悪いストーカーにも思えるが、サスケは別にずっとつけている訳ではない。気が向いたり用事が出来たり、逆に呼ばれた時にくらいしか行動していない。ただ、ゲームの≪索敵≫を遥かに超えるアルゴレーダーなるシステム外スキルが彼の中にデフォルトで備わっているだけだ。

「ってか、毎度聞きたかったんだけどヨ? どうしてそんなに私が良いんダヨ? お前んとこの≪ケイリュケイオン≫なら、美人の宝庫ダロウ? ………そりゃあ、そのほとんどが既に相手がいるみたいだけドヨ?」

「アルゴ殿以上の美人? はて? そこまでの逸材などおられたか?」

 サスケの当然と言うかのような反応に、逆にアルゴの方が照れて顔を真っ赤にしてしまう。

 同時に、サスケの元にピロリンッ♪ と、メールが届いた。

 試しに開いてみた中身は………、

 

送信者:スニー

文章:サスケくん? よく解りませんけど、何だか腹が立ったので、帰ってきたら覚悟して置いてください?

 

(スニー殿は勘が鋭いでござるな………、おや? またメール?)

 

送信者:ウィセ

文章:何故か解らないけど、帰ってきたら折檻するわ。逃げたら殺します。本気で。

 

(冗談に聞こえんでござるよ………。おやおや? またでござるか?)

 

送信者:ジャス

文章:殺

 

(最早確信しているでござるかっ!? って言うか、漢字一文字がむちゃくちゃ恐ろしいでござるよ~~~っ!?)

 その後も、ギルメン女子勢から次々とメールが届いたが、ひよったサスケは全て無視する事にした。

(アルゴ殿以上に優先する事は無いでござるっ!)

 切腹並みの決意だった。………と、後に語った。

「ったく、なんでそんなに私が良いのかネェ? 解んないもんダネ。こっちにその気はないって言うのに………」

「何を言うでござるか?」

 サスケは気のないアルゴのセリフにも嫌な顔一つせず、むしろ微笑みながら告げる。

「“好きになってほしいから好きになる”のではござらん。“好きになったから好きになってほしい”のでござるよ」

「な、なんだよそれ………/////? そんな事言っても、私が好きになるとは限らないだロウ? 他の子を探そうとか考えないのかヨ?」

「拙者、例え幾星霜の月日が巡ろうと、アルゴ殿がアルゴ殿でいる限り、想う気持ちが揺らぐ事は無いでござるよ」

 何処までもただ真直ぐな返答に、さすがのアルゴも赤くなった顔を隠す為にそっぽを向く。

 彼に追っかけられて二年近く。それでも彼の事を迷惑だと思っても、嫌いになれない理由がこれだ。二年間………彼はまったく実る気配のない相手に、揺らぐ事のない恋をずっと続けて来ている。それを成就させてしまって良いのかは、正直未だに解らない。それでもアルゴはその時に思ってしまった。少しくらいなら、それが報われても良いのではないか? っと。

「ほらヨ」

「おっ!?」

 アルゴはポケットにしまっておいた一口サイズのチョコを無造作に投げてよこした。

 受け取ったサスケは、それが何かを認めると、期待通り飛び跳ねて喜んだ。

「言っとくけど、義理だかンナッ!?」

「それでも一歩前進でござるっ! いつか、拙者と一緒に祝言を上げてくれる日が来ると、信じ続ける思いは変わらんでござるよっ!!」

「なんかお前の執念ランクアップしてなイカッ!?」

 彼の恋が実る日は、案外そう遠くないのかもしれない………。

 

 

 

 

 ・ちょ………っ!? これはさすがにきついッ!?

 

 

 アレンはギルド≪ケイリュケイオン≫の中では異質な存在だ(むしろ≪ケイリュケイオン≫に異質で無い奴がいるのかと言うツッコミはスルーしてほしい)。彼はチームでありながら単独行動をとる事が多い。仲間とつるむのが嫌というわけではなく、ただ単に一人で行動するのが癖になっているのだ。

 っとは言え、一人が平気と言うわけではない。むしろ、仲間の大切さを知った今となっては、誰かと一緒にいる方が楽しいと思えている。

 そんな彼だったが、夜の広場にて、彼は何をするでもなく、ぼう~~ッとしていた。特に理由は無い。強いてあげるとすれば、カップルだらけの夜の街に疲れ、いかにも人がいなさそうな街を選んで黄昏ていた―――などと言うところか。

「よおっ! アレンこんな所にいたのか?」

 急に声を掛けられ、振り返ってみると、そこに無邪気に笑うクローバーの姿があった。その背後には、彼に連れてこられたのか、シヨウ、コウ、エンドの三人も揃っている。

「どうした? って言うかなんだこの組み合わせ?」

「暇してる奴見つけた!」

 アレンの質問に即答するクローバー。対して、他の連中は微妙な苦笑いを浮かべる。どうやら好意的に付き合ってるわけではないらしい。本当に暇をしていたので、仕方なく付き合っていると言った感じの様だ。

「何か用か?」

 怪訝な表情で尋ねるアレンに、クローバーはニコニコと嬉しそうな笑みを向ける。連れてきた仲間に手招きし、皆で輪になったところで懐から何かを取り出し、それを全員に配る。その正体がチョコだと知った瞬間、クローバーを除く全員の表情が引き攣った。

「今日は親しい奴にチョコを渡す日なんだってよっ!? 友チョコとか言うのもあるらしいから、俺もジャスに頼んでチョコもらってきた! アスナが作ったチョコだから間違いなくうまいぞ! 俺からの友チョコ、存分に味わってくれ!!」

 無邪気な笑みで告げるクローバー。その輝く笑みに対し、全員青い顔でアイコンタクトを始める。

 

アレン(おいっ! こいつはバレンタインの意味をちゃんと理解しているのか!?)

コウ(いやいやっ! このガキ絶対知らないぞっ!? 正しい意味を知らずに送ってるよっ!?)

エンド(今までも色んな事があったが………、さすがの私もこれには動揺してますよ)

シヨウ(ははは………っ、男同士で友チョコとか………、食いたくねぇ………)

 

 げんなりしていく四人と対照的に輝く笑みを向けるクローバー。誰か、はっきりこの場で彼を諭そうとすれば良かったのだが、彼の笑みがあまりにも純粋で、つい一様に口を閉ざしてしまう。

 彼の邪気のない心を守るため、彼等は渋々チョコを口にするのだった。

 そのチョコは、嫌になるくらいうまかったと言う………。

 

 

 

 6

 

 

 

 ・言っておきますけど………、何もありませんでしたからねっ!?//////

 

 

 私、ウィセは現在、サヤと二人だけの秘密にしている同居用の家で、悶々とした気持ちで部屋中を歩き回っていました。

 遅い。遅いのです。サヤの帰りがまったくもって遅いのです!

 喫茶店が終わり、ライラへの苦情で借り出された事は知っています。けど、何だか遅すぎない? 私を持たせてるんだから、もう少し早く帰ってきてもいいのではないかしら? いえ、あの子が最近忙しい立場になっている事は解っているつもりよ? その原因の一端が私にあると言う事も理解してるつもり。でも、私をここまで連れ戻したのはあの子だし、そもそも私を無理矢理引き戻したサヤが私をないがしろにすると言うのは如何なものかしら?

 バレンタインと言うイベントで私にチョコを渡さないと言う選択肢を取った以上、少しでも私との時間を大切にしようとは思ってくれないのかしら?

「って、私は結婚記念日に帰りの遅い夫を待つ嫁ですかっ!? 何を焦ってるんです!」

 そうだ。焦る必要はない。今日がどうあれ、普段は私とサヤは特別な関係にあるのだから。友達として私もサヤの事を信じて待つべきなのです!

「………でも、サヤから友チョコを貰えないのは寂しいわね」

 せっかく仲の良い友達が出来たのですから、ここは是非とも友達らしい事をしたいモノです。

「? ちょっと待って? なんで私はサヤからのチョコを待ってるの? 友チョコなら別に私から渡しても問題無いんじゃないかしら?」

 何故今まで気付かなかったんでしょう? こうして自分からサヤに渡すチョコも用意していたと言うのに、順番的にサヤから貰うものだとばかり思い込んでいました。何故?

 ともかく、そうと決まれば、サヤが戻ってきた時、さっそくチョコを贈るとしましょう!

 しかし、友達にチョコを贈るなんて………それ以前にプレゼント自体が初めてです。ずっと以前、ケンに≪チャクラム≫を渡した事はありましたけど、アレはプレゼントと言うのとは全然意味が違いましたし………。

 ここは、緊張しない様に予行練習でもしておきましょう! 何事にも練習するのはいい事ですしね!

 

 ガチャッ!

 

「ただいま~~~!」

「お帰りなさいサヤ~~♪」

 どうしてこのタイミングで帰ってくるんですか~~~~~~~っ!?

 あまりのタイミングに危うくサヤに勘違いさせる発言を漏らしかけてしまったじゃないですか!?

 くぅ~~………っ! この小悪魔! 早く帰ってきてほしい時には来ないくせに、時間が欲しいと思う時に限って素早く帰宅するんですから!

「今日は疲れた~~~………、しばらくこの手のイベントはいらないよね? 明日から通常業務だっけ?」

「ええ、そうですね。明日からまた―――っと言うか、明日も私達は忙しい事でしょうね?」

「うわ~~んっ、一日くらいお休みが欲しいよ~~」

「ふふっ、まったくその通りね。お風呂温めて置いたけど入るかしら? それとも軽く食事にする?」

「御飯はいいや。ライラ追いかけてる途中で摘まみ食いしてたからお腹一杯だし。お風呂は………、せっかくだし入ってきちゃうね?」

「なんなら一緒に入る?」

「そ、それは………///// あ、明るいところではちょっと………/////」

「あら? 暗くしたら良いのかしら?」

「はうっ!? ///// も、もうっ! からかわないでよ! ////// 入ってくるから覗いちゃヤァだよ?」

「はいはい♪」

 真っ赤な顔をして脱衣所に去って行くサヤを微笑ましく笑い掛けながら見送る。もう本当に、あの子は私相手でも未だに見られるのがイヤなのかしら? それとも恥ずかしがってるのかしらね? 女の子同士なのだから、そこまで気にする必要もないでしょうに♪

 お風呂上がりのサヤのために、冷たい飲み物を用意し、寝床の準備を手早く済ませておく。お風呂から上がったサヤはどうするかしら? すぐに寝てしまうかしら? それとも少しだけお話したいと言ってくるのかしら? 時間もそれほど遅くないし、もしかしたらちょっとだけお話したいと思ってくれるかもしれないわね♪

 サヤの事をあれこれ考えながら支度していると、何だか嬉しくなって鼻歌まで歌ってしまう。あの子は本当に私の何もかもを乱すんだから、本当に困った子だ♪

「…………~~~♪ …………」

 

 違うだろ私っ!!!

 

 サヤにチョコを上げると言う目的忘れてませんか? サヤからチョコが貰えない以上、私の方からチョコを渡すのは当然の流れでしょう!? せっかくのお友達イベントをこんな所でふいにしてどうするのよ!

 私は床に手を付き思いっきり落ち込んでから、改めて気持ちを奮い立たせて起き上る。

 さあ、まだ間に合うわ! 今からでもチョコを渡すイメージトレーニングを―――!!

「長湯しちゃってごめんね? 良い御湯だったからウィセも入っておいでよ?」

 真っ白な浴衣姿のサヤが、解いた髪を前の方に垂らし、タオルで水気を取りながら私に呼びかけた。

「じゃあっ、そうさせてもらおうかしら? ああ、サヤ? ここに冷たい飲み物置いておいたからね?」

「わ~~いっ! ありがとうウィセ! 上がったら、少しお話しようね?」

「ええ♡ もちろん♡」

 まだまだサヤとお話できる!

 今日はもうちょっと二人だけの時間を過ごせるんだ?

 サヤとはずっと二人で暮らしてるけど、いつまで経ってもお友達と一緒にいられる時間は楽しくて仕方ないわ~~!

 いつか、スニーやレン達とも友達として過ごせるようになれれば良いのだけど………? でも今は、もうちょっとだけサヤと二人だけの時間を楽しんでいたい気もするわ~♪

 私はルンルン気分で脱衣所に入り、服を全部剥ぎ取り、浴室に入る。シャワーで軽く身体を洗い流してから、香りがしばらく残る入浴剤の入った湯船へと浸かる。柔らかくて甘い花の様な香りのする御湯に、私はしばし表情を緩める。サヤもこの匂いを気に入ってくれたかしら? 彼女と過ごす様になってから、気にし始めたアイテムだったけど、アスナからのおすすめでもあったし、問題は無いわよね?

「………♪ …………」

 

 だから違うでしょ私っ!!?

 

 私は湯船に顔を突っ込み、しばし己の愚かさに打ちひしがれる。

 い、いけない………っ! 情緒不安定だ私………! こんな事では色々いけない。なんと言うか………、なんだか間違った方向に一直線に進んでしまう様な気がする。もう少し身を引き締めよう。

 湯から上がった私は、しっかりと水気をタオルで拭き取り、水色の浴衣に着替える。サヤと一緒の御店で買った色違いの御揃いだ。これを着る度に、少しばかり照れくさくて、ちょっとだけ戸惑ってしまう。御揃いなんて、同じ物を着ていると言うだけで、大した事ではないと思っていたけど、サヤとやると何だか妙にむず痒い。まだまだ私には解らない事が多いです。

「サヤ、上がったわよ?」

 わたしは声を掛けながら寝室に入ると、窓際の椅子に座ったサヤがチラリ、とこちらを横眼で確認してすぐに目を閉じて顔を背けた。

「うん。ウィセ、こっちに余り物のチョコあるし、一緒に食べない?」

「? ええ、良いわよ。せっかく皆で作ったチョコですものね?」

 サヤ、目を瞑っていると言う事は外の音に耳を傾けてるのかしら? 寝る前にアレをしないと落ち着いて眠れないと以前は言っていたけど、最近は特にそんな事もしなかったのに? それに窓も空いてないわ? 何だか今日のサヤはちょっと妙ね?

 私はサヤと向かいの椅子に座る。小さな丸い机の上に小皿が置いてあり、中にはイベントで消化しきれなかった一口チョコの山が乗っている。

 そうだ。チョコと言えば私のチョコをサヤにプレゼントしなければ!

 友チョコはなんと言って渡すのが良いのかしら? せっかくサヤがチョコを食べようと言ってくれているのだから、このタイミングでチョコを渡しておきたい流れよね?

 どんな風に渡すべきか、ちょっとイメージトレーニングを―――、

 

 

 私は立ち上がるとサヤの後ろに回り込む。彼女の肩に両手を乗せ、軽く体重を掛けて密着する。戸惑う彼女に、私はできる限り優しい声音で語りかける。

「サヤ、私からもチョコを贈らせて下さい?」

「ウィセのチョコ?」

「そう………、さあ、あ~~んして?」

 そう言いつつ私は彼女の首に腕を回し、片手で彼女の口にチョコを差し出す。彼女の横顔を後ろから密着して覗き込みながら、真っ赤な顔で戸惑いつつも口を開けるサヤに―――、

 

 

 どんな妄想してるんですか私はっ!?

「どうしたのウィセ? なんで突然顔を覆ってるの?」

「自分の恥ずかしさに悶えているだけです。気にしないでください」

「?????」

 何をやってるんですか私は………?

 何か毒電波みたいな妄想をして一体どうしたと言うんでしょうか?

 少し落ち着いて考えを改めましょう。もっとソフトに、ナチュラルに、私達らしい仲の良い友達的な映像を―――、

 

 

「どうぞサヤ。私からのバレンタインチョコです」

「ウィセのチョコ? でもバレンタインって男の子に上げるんじゃなかったの?」

「これは同性にも送れる友チョコですから、気にしないで?」

 そう言いつつ、私は封を解いて、チョコを取り出し、それを口元まで差し出す。

「あ~~ん?」

「それじゃあ、いただきます。あ~~~ん………」

 差し出したチョコを食べようと、顔を突き出すサヤ。その口が閉ざされる瞬間を狙い、私はチョコを引っ込める。空気を食べたサヤは、一度困惑した表情で私とチョコを見て、もう一度口を開けて待ちかまえる。

「はい、あ~~ん?」

「あ~~ん」

 でもやっぱりチョコを直前で引き戻す。

 サヤが追いかけて犬みたいに食いつくが、簡単に避けてしまえる。

「~~~~っ! ウィセ~~~~………!」

「ごめんなさい。冗談よ」

 涙を瞳の端に浮かべるものだから、私も可笑しくなりながらも謝る。

「今度はちゃんと上げますよ」

 私はそう言いながら、椅子から立ち上がり、彼女のすぐ傍まで迫り、口にチョコの端を咥え、身体ごとしな垂れかかる様にサヤに近づく。

「はぁい、どうぉぞ」

「ウィ、セ………! /////」

 顔を赤くしながらも、サヤは私に応える様に口を開き、そのままチョコを―――、

 

 

 アホですか私はっ!?

 

 ガツンッ!

 

「っっ!? ウィ、ウィセ!? なんでいきなり額を机にぶつけてるのっ!?」

「愚か者への制裁を下しているだけよ………」

「ヘッドバットが制裁? 机が何か悪い事したの?」

 ズレた質問をするサヤに苦笑いを浮かべつつ、私は自分の妄想を振り返り、バカバカしさに目眩を起こしそうになった。

 なんだと言うのでしょうか今の妄想は? 途中まではお友達っぽくて良かったのに、なんでいきなり思春期の男子みたいなエロ妄想に発展すると言うのでしょうか? 私達の事を監視している何者かに毒電波を大量送信させられているのではないかと思えてきましたよ?

「………~~~~っ! もうっ! 変な事してないでウィセもチョコ食べてよっ!」

 おっと、サヤに怒られてしまいました。

 そう言えば、さっきからサヤばかりチョコを摘まんでいますが、私は殆ど手を付けていなかったわね? いけないいけない。

 私は一言謝ってからチョコを一つ摘まんで口の中に放り投げます。

 うん、程良い甘みが私の理性を取り戻させてくれる。

 この調子でもう一度、冷静にイメージトレーニングを―――、

 

 

 ドサリッ、とベットに押し倒されてしまう私。その上から覆い被さる様に乗り掛ってこられる。

「サ、サヤ………!?」

 上気した頬、切なそうに潤む瞳、何かに耐える様に荒い呼吸、溶けてしまうのではないかと思う程に熱い吐息。

 サヤは私を見つめながら、苦しそうな声を絞り出す。

「ウィセがいけないんだから………っ! 僕、ずっと待ってたのに………っ! こんなに僕を待たせるんだからぁっ!」

「そ、そんな………っ! そんなの私だって同じです………っ! いつまで経ってもサヤがチョコをくれないから、だからいっそのこと自分でと思って………」

 懐からチョコを取り出しサヤに見せるも、彼女の昂りは収まりが付かない様に身体を小刻みに震わせている。

「もう………、それじゃあ我慢できないもんっ!」

「きゃあっ! サヤッ!?」

 サヤは私が胸元に翳していたチョコに顔を埋め、口だけで封を解きに掛りました。僅かな危機感を感じた私は、何とか抵抗しようと試みるも、両手の手首をサヤに掴まれ、ベットに張り付け状態にされてしまった。それでも体をよじり、僅かばかりに抵抗を試みるも、互いの服が淫らに着崩れるだけで、何の抵抗にもならない。

 やがて、チョコを取り出す事に成功したサヤはチョコを口に咥えたまま私を見降ろす。サヤと私の体温で、チョコが解け始め、黒い雫がぽたぽたと私の胸元に滴り落ちる。

「ウィセ………」

「サヤ………」

 次第に思考能力が正しく機能しなくなって行き、気付いた時には―――

 

 

 ―――防御無効単発ソードスキル≪兜割≫にて、私は自分の妄想を断ち切った。

「ありえませんっっ!!!」

 思わず叫び、部屋中にソードスキルの効果音と声が響き渡り、中々に騒々しい状況を創り出してしまっていた。

「なにっ!? なんなのっ!? 幽霊でもいたのウィセっ!? なんで何もないところでソードスキルッ!?」

「すみません………、もうどうしようもないので聞かないでください………」

「一体ウィセに何があったのっ!?」

 本当にもうっ、一体何なんですかこの妄想軍は? これは本当に私が考えた妄想だと言うのでしょうか? 確かに少しくらいありえ無くても、希望や願望の入った想像をしようとはしてましたが、まさか私の明晰な頭脳があんなイカれた妄想をしようとは………。

 一体何でこんな妄想をするのよ? もっとまともに友達らしい事とか考えられないの? 例えば………、………。………。はっ!? よく考えたら、私は今まで友達がいなかったわっ!? その所為で願望とリアルの妥協点が定まらず、ついついへんてこな想像をしてしまったんだわっ!?

 まさか自分の友達力が低い所為でこんなバカげた一幕を演じていたなんてっ! なんて愚かなのッ!?

 私が真実に打ちのめされていると、痺れを切らしたらしいサヤが、椅子から立ち上がって大声を上げた。

「いい加減にしてよウィセッ!? せっかく僕がチョコ持ってきたのに、殆ど食べてないじゃんかっ!? そんなに僕のチョコが食べたくないのっ!?」

 私はびっくりしてサヤの顔を見つめ返す。

 確かに、私はサヤを待たせてしまったし、さっきからものの見事な奇行を演じてはいたけれど、サヤがここまで怒り出すなんて、今までに一度も見た事が無い。どうしてサヤはこんなにまで怒っているのかしら?

「ご、ごめんなさいサヤ。確かに、私の態度が悪かったわ………。でも、そんなに怒らないでも………?」

 席に座り直して謝るも、サヤは椅子に腰を降ろした後、そっぽを向いて無視してしまう。こんなにへそを曲げたこの子を見るのは初めてだわ。どうしよう? もしかして私嫌われてしまったのかしら?

 ものすごく不安になり始め、ハラハラしながら挽回の方法を探し視線を彷徨わせ―――私はその違和感に気付いた。

 サヤが持ってきた余り物の一口チョコ。よく見ると茶色い普通のチョコの中に、白いミルクチョコが三つほど混ざっている。私達、一口チョコにミルクチョコなんて作ってたかしら? 材料の問題で、一口チョコは全部普通のチョコだったはずなのだけれど?

「あ………」

 そうか………!

 疑問と共に瞬時に気付いた。なんて間抜けな話だろう? 私はこんな解り易いサインを見落としていたなんて………。

 そもそも、サヤは本当に私の事を友達だと思っているのかしら? もしそうだと自信を持って言えるのなら、この答えに辿り着く事のなんと簡単な事か………。

 思い返せば伏線なんていくらでもあった。

 サヤにしては珍しく、人の事を誘っておいて視線を逸らしていた。

 二人でお茶会気分に浸っていたと言うのに、自分から話を持ちかけようとしなかった。

 私が奇行をしてる事より、チョコを食べない事にばかり怒っていた。

 そしてずっと、私がチョコを摘まむ度に視線がチラチラと私を確認していた。

 解ってみれば簡単なこと。そして、とても嬉しい事だ。

 思わず、くすりっ、と笑いが漏れてしまう。

「ごめんなさいね、今度はちゃんといただくわ」

 私は残りのチョコの山から、三つだけのミルクチョコを選んで取り出す。すると、サヤの顔が解り易く反応した。私の予想は確信に変わる。これはサヤがこっそり私に送ろうとした“友チョコ”なのだと。

 これは予想でしかないけれど、きっとサヤは何処かで友チョコの存在を知って、慌ててこのミルクチョコを作ったんでしょうね。だけど、バレンタインもギリギリの夜中に、今更渡すのが恥ずかしくなったのね。きっと、私と同じだ。渡す事自体がなんだか恥ずかしく思えて、直接渡せなかった。でも、貰っては欲しい、だからこんな回りくどい手を使った。………たぶん、私もそうだったんだ。直接渡すのが恥ずかしくて、何とか誤魔化せないかと言い訳の材料を探し、あんな妄想までしてしまった。私もサヤも、結構動揺してたってことね。サヤの方が可愛らしいけど………。

 チョコを一つ、口に含むと、サヤがもう隠しきれていないバレバレの表情で私を不安そうに注視している。この子は本当に解り易い子だ。だからこそ、このチョコに込められた気持ちも、痛いほどに伝わってきてしまう。

 私が目を閉じ、チョコの味を噛み締めていると、不安そうな声でサヤが問いかけてくる。

「お、美味しい?」

「………。ごめんなさい。味が全然解らないわ」

 私の返答に、思わず笑ってしまいそうになるほど慌てるサヤ。そんなサヤを可愛らしく思いながら、続きを口にする。

「だって、このチョコには、愛情が一杯籠められていて、味が解らないんだもの………!」

 SAOに来て以来―――いや、この世に生まれて以来、二回目の笑顔を私は浮かべていた。

 一度目は≪ケイリュケイオン≫に帰ってきた時に、仲間の皆に迎え入れてもらえた時。

 そして二度目は、サヤからとびっきりのプレゼントを貰った今日………。嬉し過ぎて、思わず目頭が熱くなってきた。

「―――!」

 私の顔を見て、真っ赤になったサヤが、自分の胸を両手で押さえて身を引いた。ビックリした顔がまた愛おしいとさえ思えてしまう。

「そうだサヤ、私もサヤにチョコを渡そうとしてたの。食べてくれる?」

「僕、にも………?」

 真っ赤な顔で戸惑った風に聞き返すサヤ。どうしたのかしら? 今日のサヤはいつにも増して動揺してるみたいに見えるわね?

 可笑しく思いながらも、笑顔でチョコを差し出す。サヤは受け取り、何かに躊躇するそぶりを見せてからチョコを一齧りする。しばらく咀嚼していたサヤは、ウルウルと瞳を潤ませ、手で口元を押さえると、震えた声で言葉を紡いだ。

「ウィセの言う通りだ………」

「え?」

「胸がつっかえて………、味なんか全然解んないよぉっ!!」

 

 ガタリッ!

 

 思考が、一瞬停止してしまった。

 気がついた時には目の前にサヤの顔があった。

 え………、っと心の中で言葉が漏れる中、感極まった様な表情で私の額に自分の額を押し付けているサヤの存在を認識し―――そのまま思考できなくなった。

 生まれて初めて、ここまで驚いたかもしれない。驚き過ぎて、自分の置かれている状況が解っているのに、何の反応も示す事が出来ない。

 ただ、ぼんやりと眺めてしまった私は、「あ~~、サヤの瞳って光を反射していなかったのね~~。現実では盲目のサヤの肉体をそのままアバター化したからかしら? でも、近くで見るとこんなに綺麗なものなね~~………」なんてことを冷静に考えていた。

 椅子がキシリッ、と小さな音を奏でる。

 その音がスイッチだったように、私の意識が現実に追いつき始めた。

 机が床に倒れている。サヤが飛びついてきた時に倒してしまったのね。私は椅子に座ったままで、サヤはそこから覆い被さる様に私に額を押し当てている。手で私の両肩を押さえ、私に全体重を預けない様にしている。私は………―――!!! ///////

 思考が追い付きもっと混乱した。さっきも似たような状況を妄想してはいたけど、現実になると比較にならないほどの衝撃に、胸がズキズキして何もできなくなってしまう。なのに………、不思議と抵抗しようとは思わなかった。なんなのかしら、この気持ち?

「………サヤ?」

「ウィ、セ………」

 サヤの顔は真っ赤だ。サヤの瞳は光を反射しないから私の姿は見えないけど、でも、見えなくても解る程に顔が熱い。きっと私もサヤに負けず劣らずに真っ赤になっている。

 サヤは我慢しきれなくなった様に言葉を絞り出す。

「ウィセ………、僕、ウィセが欲しい………」

「わ、わたし、も………、サヤの事が、欲しい………」

 何を呟いているのか、自分でも解らなくなってきそうなほど、ぼんやりし始め、私達はとろけた様な瞳で互いを見つめ合い………そして―――、

 

―――リアルに二時間ぐらい硬直していた―――

 

「ウィセ? “ウィセが欲しい”とか言っちゃったけど………、具体的にどうすればいいんだろう?」

「ごめんなさい。それ、今私がしようとした質問とまったく同じなの………」

 正直もう耐えられなかった。

 何だかよく解らない気持ちが、理性すら吹き飛ばして互いを求めているのだけど、具体的にどう行動したらこの謎の欲求を満たせるのか、まったくもって検討が付かない。今ならからかわれるの覚悟でスニーに相談のメールを送ってしまいたい気分だわ。

 互いにわなわなとした気分で見つめ合って、互いを求め合っているのに、その方法が解らなくて、ヤキモキしてしまっている。この欲求は、これだけの時間が過ぎても収まるどころか最初より昂っているようにさえ思える。

「そ、そうだっ! 一緒に寝ようっ!!」

 やっと脱出口を見つけた様にベットを指差すサヤ。私もなんだかそれが合っている様な気がして救われた気持ちで飛びついた。

「そうしましょうっ!」

 私達は慌てて背中合わせでベットに腰を掛けると、明りを消したり、アイテムを仕舞ったり、明日のためにアラームをセットしたりと、大慌てでメニューを操作する。

 く………っ! なんてことっ!? 焦り過ぎて手が震えるわっ! さっきから違うボタンを何度も押してしまって、ドンドンメニューの深いところに―――!

 

【倫理コード設定を解除しますか?  Yes/No】

 

「―――――ッッ!!!!!」

 声にならない叫びを上げながら、私はNoに向けて慌てて指を突き出し―――

 

【Yes】

 

 違うっ!? 違うのっ!? 本当に違うんですっ!!?

 私は意味が無いと解りつつもメニューに飛び付く様にして倫理コードの設定を元に戻す。

 あまりに焦り過ぎて息を荒げていると、後ろの方からどたばたと音が聞こえた。振り返るとサヤが何やら一人で慌てていた。

「ち、違うからっ!? 違うもんっ!? 違うんだよ~~~っ!!?」

 反応からして、どうやら私と同じミスをしてしまったようだ。なんかちょっと安心してしまった。

「サヤ、焦らなくても、私は何処にも行ったりしないわ」

「ウィセは前科あるよ?」

 痛いところを突かないでほしいわね。しかもそんなに真面目な表情で。

「じゃあ、何処かに行ってしまおうかしら?」

「僕は居てくれるって信じるからっ!」

 必死になって言い募る辺りがとっても可愛い。

 くすりっ、と笑いを一つ漏らし、私は先にベットに上がると、自分の片側の毛布を捲り、そこを軽く手で叩いてサヤを呼ぶ。

「ほら、サヤ」

 一瞬で顔を輝かせたサヤは、「うんっ!」と元気に頷いて、半分飛び込むようにして潜り込んできました。

 電気を消し、二人一つのベットに潜り込み、互いの顔を覗き込むようにして寝転がる。

「な、なんか………、今日はいつもと違う感じだね?」

「そ、そうですね? 誰かと一緒に寝るのが初めてというわけでもない筈なんだけど………」

 以前、仲直りパーティーと称してスニーにお泊まり会をさせられた時も、スニーと一緒にベットで寝た事がある。あの時も随分緊張したが、今回はまるで意味が違う様な気がする。一体何なのかしらこの気持ち?

「えへへ………、ウィセ………」

「なんですか? サヤ」

 思わず笑いが込み上げているサヤに、私も吹き出しそうになりながら問いかける。

「解んないけど………、なんか嬉しくて」

「そうね………、私も、すごく楽しいわ」

 私達は互いに手を出し、指を絡め会うと、自然と額をくっ付けあって眠りに付いた。その日は、幸せすぎて内容が憶えられない夢を見た。

 

 

 

 7

 

 

 

 アラーム音が頭に響いて意識が覚醒した。

 もう朝なのね? 憶えていないけどとっても素晴らしい夢を見ていた気がするわ。

 せっかくの気持ち良さを邪魔されるのは不快だったが、そうも言ってられる立場でもないので、何とか意識を覚醒させようとする。だけど、今日は何だか毛布が気持ち良過ぎて中々意識が覚醒できない。

 それにしても本当に気持ちの良い毛布ね? 昨日はこんなに気持ちい毛布を使っていたかしら?

 疑問に思いつつも、その気持ちい毛布を手で手繰り寄せ、顔に埋める。何とも心地良い弾力が顔中に広がり、安心してしまう。このまま二度寝してしまっても良いかもしれない。

 ますますその毛布から抜け出せなくなりそうになった時、その声は聞こえた。

「んふぁ………ぅ………」

「? ………っ!?」

 サヤの声だとすぐに解り、自然と彼女の姿を探そうとして解った。

 私が真央に埋めている毛布は毛布なんかじゃないっ! サヤの胸だっ!!

 私が想像していた以上の弾力が顔を埋め尽くしていた事に驚愕しつつ、急いで離れようとするが、サヤに頭を抱え込まれていて逃げ出す事が出来ない。それどころか、何だか足もすごく絡みついていて、自分の足が今どうなっているのか解らなくなってる。互いに服も結構な乱れ具合で、大変危険な露出度になっている。ここが二人だけの秘密のホームで良かったわ。こんな姿誰かに魅せられた物じゃないモノ。

 私は焦りながら彼女の胸から逃れようとするが、その度に彼女の口から、普段なら絶対聞く事のできない様な艶めかしい声が漏らされ、結局諦めさせられてしまった。

 しばらく待てば、サヤのセットしたアラームが鳴って、自分で起きるでしょう。そう考えて待つこと十分、サヤは煩わしそうに頭を転がし、薄く眼を開けました。どうやらアラームが鳴っているようです。

「サヤ、朝ですから起きましょう? 仕事をしなければ?」

「………ヤァ………ッ!」

「『ヤァ』って………? ちょっ、ちょっとサヤッ!?」

 サヤは寝ぼけた様な眼でアラームを解除すると、さっきよりも一層力を込めて私を胸の中に押し込めてきました。

「今日は………、ウィセと………、一緒………♡ えへへ………♪」

「こ、この子完全に寝ぼけてるの………? ちょっとサヤッ!」

 多少声を荒げてみましたが、完全にサヤは眠ってしまったようです。耳が良い癖にこう言う時ばっかりいい加減な耳ですね。まったく………。

「………、今日だけですよ?」

 仕事に対し妥協したのは初めての事だったが、それでも私は素直にそんな言葉を漏らしていた。

 今日一日くらい、サヤの休日に付き合ってあげても良いですよね?

 

 

 

 

 8

 

 

 ・私がオチ役ですかっ!?

 

 

 その頃、サヤとウィセ不在の≪ケイリュケイオン≫本部。

「サヤッ子も、ウィセも戻ってこないし………、今日はアンタ一人でやりくりしておくんな?」

 ジャスに任命されたクロンは、目を大きく開いて驚く。

 すぐに、アスナ、サチ、ゼニガタなどがサポートに入るが、二年間ですっかりレベルアップしてしまったサヤと、元々ハイスペックだったウィセの二人が抜けた穴は想像以上だった。

 

「ウィセさんと………、サヤさんの………っ!! ばかぁ~~~~~~~~っっっ!!!」

 

 生まれて初めて本気で上げるクロンの罵声(悲鳴)が鳴り響く頃、二人は暢気にまどろみを分かち合っているのだった。

 




本気で待たせっぱなしで申し訳ない。
いつの間にか皆居なくなってないよね?
最新したので呼んでくださいっ!

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