読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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長くなりすぎたので前篇、後篇に分けました。ページ内に収まらなくて申し訳ない。


第一章イベント01:マサのトラウマ ウィセの戸惑い(前篇)

第一章イベント01:マサのトラウマ ウィセの戸惑い

 

 0

 

 VRMMOゲーム、ソードアート・オンライン。世界初のフルダイブ系のゲームにして、発売当初から絶大な人気を誇ったこのゲームは、今では脱出不可能なデスゲームとなっている。

 このゲームに参加する事となった僕、甘楽弥生―――いや、ゲームの世界らしく『サヤ』とアバターネームを告げるのが正しいのかな? 僕は第一層にて、攻略組プレイヤーを手助けする事を目標として、このゲームで生きて行く事を決めた。

 

『これはゲームであって、遊びではない』

 

 このゲームの制作者にして、デスゲームの首謀者、茅場昌彦は言った。

 この言葉は真実であり、現実に戻ることを目標としている僕としては、安全かつ確実にゲームを攻略していきたいと思っている。

 まあ、僕のレベルじゃあ攻略組の仲間入りなんて無理だけどね………。

 それでも前に進み続ける限り、何かできる事はあるはずだと信じて、僕は今、第二層へとやって来ていた。

「………っで、具体的に僕は何をすれば良いんだろう?」

 考えてなかった………。

 まず僕がやらなければいけない事は、考える事なのかもしれない。

「いいや、モンスターと戦いなから考えよう」

 この猪突猛進の性格に、自分で危機感を抱きながらも、戦い好きの僕は結局直さないのである。

 

 1

 

 岩と森林に囲まれたサバンナを連想させる第二層のフィールド。その中で最もモンスターが強いと情報のある西部平原、たった一人で歩く少女がいた。

 的確な情報を知っている物が見れば、このフィールドをソロで歩くなど自殺行為だと誰もが言いそうな危険地帯を、少女は悠々と歩く。

 彼女が歩くたびに、背中を流れるストレートロングの黒髪がさらさらと流れ、陽光を反射して、オニキスの様な不思議な輝きを称えている。身体全体の作りは細身ではあるのだろうが、やつれているという印象は無く、むしろ女性としての理想的な容姿を思わせる、絵に描いた様な大和撫子スタイルだ。

 装備は最低限の鎧装備に殆どが革装備と、敏捷を重視しているのが窺え、腰に差しているのは、二層では上等と言える曲刀カテゴライズの≪シャムシール≫を帯刀していた。

 彼女は攻略メンバーとして第一層ボス戦にも参加した事のある逸材だが、個人的な理由から攻略パーティーを解散し、今は己の武器を強くするため、素材アイテム回収できるモンスター生息区域へとやってきていた。

 顔立ちや健康的な肌の白さからも、彼女が文句無しの美少女である事は疑い様がないのだが、その目だけは―――まるで真っ黒な絵の具を落とした様な黒い瞳だけは、美しい大和撫子然とした彼女には似つかわしくない、冷やかさが窺えていた。

 冷やかな瞳は周囲を確認する様に右へ左へと移り、次いで、ぴたりと正面を見据えて止まる。

「おかしいですね………、一向にモンスターがポップしてこない?」

 彼女が呟きを漏らす通り、本来なら強力な野牛モンスターが絶えず徘徊しているはずの平原には、まったくと言う程気配がない。比喩などではない。彼女の索敵スキルでも探知できず、目視でさえも影一つ見当たらない。

 これが現実の世界なら、何かの脅威を避けるため、一時的に群れが移動している―――などとも考えられるが、ここはゲーム世界。システムのアルゴリズムに従っている以上、フィールドには必ずモンスターがいるはずなのだ。

 もしかすると先客が来ていて、フィールドのモンスターが枯渇しているのかもしれない。………とも考えたが、ポップされる時間も決められているのだから、これだけ待っても出てこないと言うのは明らかにおかしい。

 そこまで考えて、彼女の明晰な頭脳は一つの仮説を打ち出した。

 それとまったく同時に、その答えは正面方向からやってきた。

「ううぅ~~~~~~~わあぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!」

 そんな悲鳴を上げながら走ってくるのは、二階層時点では大変珍しい、和風の作りをした蒼い着物の様な革装備をしている、槍を持った少女―――っと、比喩表現なく、ここら一帯のフィールドモンスターを全部引っ張ってきたのではないかと言う大群の野牛モンスターの群れであった。

「やっぱり………」

 それを冷ややかに見つめ、自分の仮説が正しかった事に、むしろ呆れを感じてしまう。

 正面から走ってくる少女は、こちらに気付くと―――

「た~~すけ~~~………、られないよね~~~~っ!?」

 ―――と言う至極尤もな悲鳴を上げていた。

 当然も良いところだ。

 こちらが複数のパーティーを組んでいれば、やりようはいくらでもあるが、今の自分はソロなのだ。正面から来る槍使いと組んだとしても、とても相手取る事など出来ない。

 さっさと見捨てて安全地帯まで下がろうと考えた彼女は踵を返して―――ふと、とある疑問を抱いた。

 どうして彼女はこんな大量のモンスターに()()()()()が出来た?

 やろうと思えばやる事は出来る。ともかく周囲のモンスターに一撃与え、タゲを取ればいいのだ。だが、見たところ追われている少女もソロプレイヤーの様子。そんな彼女がわざわざタゲを集中させる様な危険をおかすものだろうか?

 興味を引かれた、もう一度逃げる槍使いの少女に視線を向けると、その答えはすぐに解った。

 何と槍使いの少女、逃げながらも槍を後方に突き出し、矛先だけをモンスターに当て、僅かずつではあるが、しっかりヒットポイントを減らしているのだ。その根性だけは呆れるほどに上等なのだが………、その所為で、かなりのヘイトが溜まってるらしく、一向に見逃してもらえないらしい。

 槍の矛先だけでダメージを与えているので、倒すのにも時間がかかる。やっとの事で一体倒したかと思えば、その一体分がポップしてきた所に突っ込んでしまい、またもやタゲられる始末。

「バカですね………」

 彼女の現状を表わした、実に端的な言葉だった。

 しかし、彼女の明晰な頭脳は、これを好機と捉えた。

 見捨てようとしていた足を再び戻し、今度は逃げ回る槍使いの元へと走る。

「そこの岩を中心に回り続けなさい!」

「うわあ~~~いっ!!」

 果たして返事だったのかどうか怪しい悲鳴だったが、自分の指示通り、彼女は大きな岩を中心に、その周囲を円を書く様に回り続けた。

 モンスターの数は多かったが、それ以上に周回する距離が長い。グラウンドを周るアヒル親子―――否、文字通り牛(ムー)の群れの様に土煙を上げて同じ所を走る集団。その先頭が牛ではなく、半泣きの少女と言うのは滑稽だったが、今それは良い。

 曲刀を抜いた彼女は、群れが視界を通り過ぎるのを見守りながら、ソードスキルのモーションに入る。ソードスキルが発動し、剣がエフェクトライトを伴ない振り払われる。狙い違わず、その一撃は群れの最後尾を走る野牛の背面をしっかりと打ちすえる。

 背面効果もあり、モンスターはソードスキル一発でヒットポイントを空にし、ポリゴン片へと爆散する。

 それを確認した彼女は、僅かな微笑を口元に浮かべる。

「そのまま周ってください! 私が数を減らします!」

「お願いしま~~~すっ!!」

 彼女はこれを繰り返し、少しずつだが確実にモンスターの群れを撃破して行った。

 自分は労せず安全に、本来なら強力な平原のモンスターを短時間で大量に撃破して行ける。おまけに逃げる少女から「経験値泥棒」と罵られる事も無く、自分は武器強化用素材アイテムを回収できる。そんな思惑を抱いていた彼女は、スムーズな事の展開にほくそ笑まずにはいられなかった。

 

 

「あはは、は………、助かりました………」

 アレから数時間。あれだけ騒いでいた槍の少女も、さすがに疲れ切った感じにお礼の言葉を漏らす。それでも笑顔だけは絶やさない辺り、充分に図太いと言えるだろう。いくら肉体的な疲労の無いSAOの中とは言え、すぐ後ろに死の恐怖が迫っている状態で、最高速度を維持し続けるのは相当なプレッシャーだったのだろう。お礼を言った少女はそのまま腰が抜けた様に地面に座りこんだ。

 先程のモンスター集団を倒した事で得られたアイテムを整理しながら、彼女は槍の少女の様子を見る。

 明らかにレアアイテムの革製防具に対し、槍はモンスタードロップでもない、二層の町に売っている≪スピアアングル≫と言う、誰でも手に入れられる代物だ。右腕には籠手装備をされているようだが、こちらも普通に売買されている。ただ、もっと効率の良い防具が他にあるので、珍しいチョイスではある。

 しかし、一つだけ違和感を放つ物があった。少女が穿いているズボンは、どう見ても男物。ただでさえ小柄な少女が穿いている所為で、随分とブカブカに見える。上だけ着物なので不格好にも映るが、そこは着物を羽織りの様に広げているので、ギリギリ許容できる範囲だ。

 よくよく見れば、顔は丸みを帯びていて、濡れ羽色の黒髪は、首の辺りで纏められていると言うのに風に曝されふんわりと広がる。黒曜石の様な瞳からは、人を疑う事を知らない子供の様な無垢さが感じ取れた。

 目の前の少女も、彼女とは別の意味で大和撫子と言えるだろう。

 彼女がストレージ内のアイテムを整理し終わる頃、槍の少女が思い出したように顔を上げる。

「あっ、まだお礼してない!」

 そう言って立ち上がるのだが、立ち上がっただけで特に何も考えてなかったらしく、バツの悪そうに視線を逸らす。

 (バカだ)

 今度は口に出さず、目の前の少女に呆れる。

 少女の方は、間も持たせようとしたのか、焦った様子で話しかけてくる。

「え、えっと………! 見たところソロみたいだけど、ここには何しに来たの?」

 答える義理も無い―――っとも思ったが、黙ってつき放す意味も無かったので端的に答える。

「武器の強化素材を集めに来たんです」

「あっ、僕と同じ!」

 何が嬉しいのか、一瞬で笑顔になる少女。その笑顔が何か裏があるのではないかと疑うが、あまりに邪気の無い姿に、疑う方がバカらしくもなってくる。

「僕もここで槍の素材集めしてたんだ! やっぱり武器のレベルは重要だよね!」

 嬉しそうに話しかけてくるが、彼女としてはどんな言葉を期待されているのか解らず、居心地が悪い気がした。故に言葉を返せず、見つめ返しただけだったのだが、少女の方は何を勘違いしたのか、再び焦り始める。

「そうだっ! 素材集めしてるって言うなら、僕の持ってる素材を上げればお礼になるよね!」

 名案とばかりに問いかける少女は、やっぱり無邪気な笑顔。そもそも、彼女を助けるにあたって、大量のアイテムと経験値を手に入れたのは彼女の方なのだが、少女の方はまるで理解していない様子だ。

(これは………)

 その姿に、明晰な彼女の頭脳が一つの案が浮かべた。

「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えても良いですか?」

「うんうん! どうぞどうぞ!」

 互いにメニューを開き、トレードによってアイテムを受け取った彼女は、すかさず質問を投げかける。

「アナタもソロなんですか?」

「うん、パーティーメンバーに入り損ねちゃって………、これでもやると決めた事があるから、ソロはきついんだけどね………」

「『やると決めた』? なにをですか?」

「攻略組のお手伝い。手助け。一層の時はコルと消費アイテムの提供してきた。………僕一人分の補給じゃ、大した役にも立たなかったみたいだけど」

 第一層フロアボス戦において、リーダー役を務めていたディアベルと言う男は、ボス戦で命を落としている。その情報くらいはちゃんと入ってきているらしく、少し気落ちしてか、笑顔も苦い物に変わった。

 当時その場にいた自分にしてみれば、ボスの特徴がベータ時代と違う事は予想できていたにも拘らず、LAを取りに行って敗れた、自業自得以外の何物でもないのだが………。どうやら目の前の少女は、アイテムの提供をしただけと言う、本気で関係の無い責任を感じている様であった。

(わけが解りません………)

 そう思いつつも口には出さず、彼女は試しに提案を持ちかける。

「それじゃあ、私とパーティーを組みませんか?」

「え? 良いのっ!?」

 一瞬で目を見開き、期待に瞳を輝かせる少女に、彼女は内心でほくそ笑む。

「はい。パーティーメンバーが欲しいと思っていましたから。アナタの『やりたい事』は手伝えませんが、その手助けくらいなら」

「全然良いよっ! ずっとソロで本当は怖かったんだ! 一緒に居てくれるだけでも嬉しいよ!」

「そうですか? ソロでこんな強力なモンスターのいる所まで来ているので、てっきり腕に覚えがあるのかと?」

「ううん、全然何も知らないできた。ここに素材アイテムをドロップできるモンスターがいるって聞いてただけ」

 命知らずだ。やっぱりバカだ。

 そう思ってももちろん声には出さない。

「それでは、私が戦い方を教えましょうか? これでも第一層のフロアボス戦に参加していましたから自信ありますよ?」

「本当にっ!? 何から何までありがとうっ!!」

 完全に大はしゃぎする少女を見て、彼女は思う。

(想像以上に御し易い………)

 少女は何の疑いも持たず、それどころかMMORPGプレイヤーが最低限持っている警戒心も抱かず、すんなりパーティー登録をして、挙句、効率が良いので先程助けた時の方法で、この辺のモンスターを狩ろうと提案したら、あっさり了承してしまった。危機感のまったく無い少女の対応に、上手く行き過ぎて怖いとさえ思えた。

「あ、そうだ。名前教えてくれる?」

「名前なら、左上の方に自分以外のヒットポイントが出ています。そこに名前が―――」

 言いかけて、彼女は思い止まる。そう言えば自分のネームはちょっと読み難い。Wiseと記載されているので普通にローマ字読みすればいいのだが、目の前の少女にはそれも和訳できなさそうな危うさがあった。

「ああ、違うの。ごめんね」

 何かを察したらしい少女は、そう謝罪してから言い直す。

「僕、まだ読めない字が多くて、英単語は全然解んないんだ」

 『字が読めない』

 一瞬、それは何の冗談かと思った。

 確かに、目の前の少女が見た目相応なら、小学生と言っても間違いではないだろう。だが、それでもローマ字読みくらい、最近の小学生なら知っていそうな物だ。ましてやネットゲームをする様な人間が『読めない』などと言うのは一体どう言う事だ?

 彼女の明晰な頭脳も、これにばっかりは首を傾げてしまう。

「でも、アナタ自分の名前は―――」

「ああ~~~………、それは別の人に教えてもらって打っただけなんだ………。だから、なんでこれがそう読むのか、僕には解んなかったり………」

 バツの悪そうな表情をする少女に、彼女は呆れて溜息を漏らした。

 余計御し易い。だが、次いで面倒でもある。

 そう思いつつも、目の前の少女が自分にとって都合が良いのは変わらない。だから彼女は明晰な頭脳を持って最善の答えを返す。

「『ウィセ』と言います。よろしくお願いします」

 そう言って手を差し出す。

 案の定、少女は満面の笑みで応えた。

「『サヤ』だよ! これからよろし―――!」

 一瞬、少女が握ろうとした手を止めて、不思議そうに自分を見つめてきた。

 これまでの対応の違いに面喰い、素で疑問を向けてしまう。

「どうかしましたか?」

「あっ、ううんっ! 何でも無いよ! これからよろしくね!」

 しかし、少女は何でも無かったかのように両手で包み込むようにして応える。

 彼女―――ウィセも笑顔で応えた。

 良い『駒』を手に入れられたと、本当の笑顔を浮かべて………。

 

 

(………、さっきの変な違和感………、気の所為だったのかな………?)

 握手を交わした後、サヤはモンスターのタゲを取りに走りながら、そんな疑問を浮かべていた。

 生来、視力を持たなかった彼女にとって『気配』と言うモノは五感と同じくらいに当然の感覚として備わっていた。そのため、ウィセに対する危機感を敏感に感じ取っていたのだが………、現実では足も動かせず、出不精だったサヤは人と触れ合う回数が極端に少なかった。そのため自分の本能が鳴らす警笛を、正しく理解する事が出来なかった。

 

 

 2

 

 

 SAOはあくまでゲーム空間であり、その中で動かす僕達の身体も、電脳で作られたポリゴンでしかなく、どれだけ激しい運動を続けたとしても、それが肉体的疲労に繋がる事は無い。

 だけど、身体を動かすと言う行為事態は、精神的な疲労に繋がるものらしい。

 正直、どんなに走り回ったところで、肉体的な疲労が無いのなら、周囲の映像が流れるだけで、苦になる事なんて無いと思っていた僕は―――壮絶な後悔と共にベットの上で完全に伸びていた。

「い、痛い………、いや、本当に痛いわけじゃないんだけど………、なんだから身体中が筋肉痛になったみたいに痛い気がする………」

 弱々しい声で嘆いていると、すぐ隣でベットに座ったウィセが冷静な声で応じてくる。

「それは気の所為です。『走る』と言う行為を続けていた所為で精神的に疲労しているだけで、身体に別状はありません」

「でも、あんなに走り回ったんだよ~~~~? 僕、朝からずっと走ってたから、本気で十二時間近く走り回ってた事になるんだよ~~~? 絶対ポリゴンの身体も影響出てるよ~~~~………」

 そんな訳無いと自分でも解ってるんだけど、そんな気がする程疲れているのだから仕方ないよ。

 僕の内心と同じなのか、ウィセは呆れたように冷ややかな視線を送ってくる。

 その視線がどう言う意味なのか、『視覚』からでは理解できない僕でも『気配』としては感じ取れて、何だか気まずい気持ちになってしまう。

 日中、僕がタゲを取り、ウィセが背後から一撃で敵を狩ると言うチームプレーを続けていた僕達は、必要な素材アイテムを大量に取り入れる事に成功した。すぐに町に戻り、鍛冶スキルを持つと言う噂の人の元へ行こうと僕は誘ったのだが、ウィセは「私はNPCの鍛冶屋で良いです」と言っていたので、なんとなく僕もお付き合いでそっちに行った。

 そして、宿に戻って休む事にしたんだけど、ウィセが同じ部屋を二人で泊まった方が宿代がかからないと教えてくれて、今は僕がとりあえずの寝床にしている宿に同居する事にした。この時、またウィセから奇妙な『気配』を感じた様な気がしたんだけど、ウィセの態度や言葉は変わらず親切だ。きっと『視覚』を取り込んだ事で、僕の『感覚』も鈍り始めているのかもしれない。

 実を言うと、第二層に上がって以来、変わらず僕は、攻略に最も貢献しているプレイヤーに、消費アイテムやコルの提供をしようとしていたのだが、ディアベルのいなくなった攻略組は、まったく統率がとれていないらしく、リンド組とキバオウ組の二つの派閥に分かれているようだった。そんな状態だから、僕がアイテム提供しようとすると「どっちの派閥に味方するのか!?」と言う一波乱が起きてしまった。以来、僕は彼らとの係わりを一時断つ事にした。

 確か第三層に上がればギルドが設立できるらしいと言う話だったし、その後から様子を見ながら、手助けして行こう。なんなら何処かのギルドに入って、アイテムやコル回収の手伝いをするのだっていい。ともかく今はその時のために、自分の蓄えを作ろうと思っている。

 そう言う意味では、ウィセの様な効率の良い狩りを考え付いてくれる味方が出来たのは本当に幸いだったよ。

 ベットから顔だけを上げた僕は、ウィセの顔を見て、勝手に顔がニヤ~~っと、ニヤけてしまう。

 それに気付いたウィセが、少し怪訝そうな『気配』を出したけど、特に表情は変えていない。

「ねえウィセ………、僕とパーティーになってくれて―――」

 

 ぐうぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………っ。

 

 「ありがとう」と言いかけたところで、僕のお腹が盛大な音を鳴らした。

 途端に羞恥に顔を赤らめて行く僕。ウィセは相変わらず冷ややかな視線を送るばかりだが、『気配』が物凄く呆れた様な物に変わっている。これは恥ずかしいっ!!

「あ、あはは………っ、ゲームでもお腹の音ってなるんだね~~………?」

 照れ隠しにお腹を押さえながら起き上り、適当な事を言って誤魔化す。

 肉体疲労の無いSAOでも、食事行為だけは現実と変わらず必要なようだ。正直、SAO内での食事は、NPCの味覚が独特なんじゃない? っと疑いたくなるほどに微妙だ。元々少食なのも相まって、この世界での食事はあまり好きではない。それでも空腹を堪えるのはリアルでなくとも実に難しい。

 僕は呆れるウィセを誘って、食堂に向かう。

 この後、ウィセから「料理スキルを覚えれば、好みの味付けをする事ができますよ?」と聞かされ、いつかスキルに余裕が出来た際には、必ず料理スキルを手に入れようと固く誓うのだった。

 

 

「え? 第二階層に≪エクストラスキル≫があるの?」

 ウィセとパーティーを組んで三日後の朝、ウィセのお勧めで『このお店で一番マシ』な朝食を、眉間に力を入れながら食べている最中、そんな話をウィセに振られた。

「情報屋のアルゴが口を閉ざしているらしいのですが、どうやら体術スキルがこの階層の何処かで手に入るみたいですよ?」

 口を閉ざしているとは言え、あの『ネズミ』で有名な情報屋が言うのなら真実なのだろう。口を閉ざしている理由はよく解んないけど、エクストラスキルと言うのには興味がある。デスゲームとなったSAOでは戦闘用スキルは必須項目だ。できる事なら手に入れたい。

「何処に行けばいいのかな? できる事なら手に入れたいけど、今まで見つかっていないのなら、簡単には見つからないよね?」

「それならある程度の見当は付いています」

 危うくスプーンを落としそうになって、慌てて両手で捕まえる。

 問いかけるつもりで視線を送ると、ウィセはいつも通りの冷ややかな視線で、淡々と答えてくれる。

「今まで見つかっていないと言う事は、普通のプレイヤーが行かなそうな場所にあると言う事。アルゴ以外に情報を持っていない所を見るに、ベータテスト中に見つかっていないらしい事も考える。なら、攻略に関係ない場所であるのは確実。≪体術スキル≫と言うくらいだから、それらしい場所にクエストが用意されているはずです。なにしろゲームですから。奇を(てら)うような事をしても、プレイヤーから批判の声が上がるだけです。だとするなら、この階層エリアで最も可能性が高い場所は東部の山頂でしょう。未踏破エリアである事も条件に入っていますから、だいぶ奥まで行かないといけないと思うけど」

 僕、唖然とするしかありません。

 そりゃあ、僕はそんなに頭の良い方じゃないけど、それでもウィセみたいなのが平均って言うのは違うと思うんだ。皆情報って言うのは何処かからか手に入れてくるもので、自分で『推測』する様な人は滅多にいない。それなのに、ウィセはそれがさも当然と言う態度で≪エクストラスキル≫の在り処を付き止めてしまった。

「ウィセ………すっごい………」

 思わず羨望の眼差しを向ける僕に、ウィセは表情を変えず「そうですか?」っと首を傾げた。

 また一瞬、ウィセから嫌悪感に似た『気配』を感じた気がしたけど、たぶん気の所為だ。今のタイミングでウィセが嫌悪する必要があったとは思えないし。

「それじゃあ! 今日は東部に行くんだよね!? ≪エクストラスキル≫探しに!」

「ええ、そうだけど………、少し落ち着いてください」

 ワクワクして思わず立ち上がる僕に、ウィセは苦い表情で嗜めてくる。

 注目を浴びそうな行動だった事に気付いて、恥ずかしくなった僕は「スミマセンデシタ………」と棒読みで呟きながら着席。熱くなった顔を見られない様に俯いてみたり………。

 終始冷静なウィセは、着席した僕に釘を刺すように言う。

「とりあえず、出発前にアイテムの補充はしっかりしてくださいね。前みたいに、とりあえずフィールドに出てModに突っ込む様な猪突猛進な行動は控えてください」

 羞恥心で人は殺せると思う………。

 

 

 3

 

 

 第二層東の端の岩山。

 そこを、とある少年が必死に前へ進んでいた。

 少年はケン(KEN)と言う名のダガー使いだ。彼は二日前に、自分の拠点としている宿屋の食堂で≪エクストラスキル≫がこの階層にあるらしいと言う噂を耳にしていた。その時は、あまりおいしくない料理を腹に収める事に集中していたため、何処の誰の会話だったのか確認していなかったのだが、その後自分なりに情報収集した結果、本当にそのスキルがあるらしい事を掴んだ。後は、情報屋からマップ情報を買い、まだ未踏破のエリアを虱潰(しらみつぶ)しにすれば必ず見つかる。スマートではないが確実な方法だと信じ、彼は探索を続けた。

 結果、二日も掛ってやっと所在を突き止めた時には、その場で倒れ込みたい気分になった。

 西の平原に比べれば、モンスターは強くないとは言う物の、これだけ奥に入り込めばモンスターのレベルも冗談ではすまない。それに、彼はとある事情でソロプレイヤーを続けているので、AGI極振りの≪短剣スキル≫使いでは、決定的に攻撃力に劣る。普段のレベリング中は、影から敵に近づきファーストアタックを決めて、一気にたたみ掛ける事で、何とか成立させているが、未踏破エリアをソロで挑めるようなスタイルではない。

 そんな彼が、こんな山奥まで入り込む事が出来たのは、僥倖と言う他ないだろう。

 キツイ岩道を歩き、岸壁に囲まれた小空間に、湖と一本の樹―――そして小さな一軒家を見つけた時は、やっとたどり着けたという感慨に浸った物だ。

「ふぅ~~………。す、すみませ~~ん!」

 一度息を吐いて、ケンは声を掛けながら小屋の中に入る。

 小屋の中に、NPCの古い胴着を纏った老人を見つけ、その上に『?』マークが出ているので間違いなく彼がクエストの鍵だと悟る。

「入門希望者か?」

「はい!」

 老人の言葉を受け、言葉を返すと、彼は外へに出て岩壁に囲まれた庭の端へと連れていかれる。

 そこには高さ二メートルはあろうかという大きな岩が三つ、意味あり気に立っていた。

 老人は、その内の一つ、一番手前の岩に手を置くと―――、

「お主の修業はただ一つ。両の拳のみでこの岩を砕くのだ。できればワシの技の全てを与えてやろう」

「………は? イヤ待てっ」

 慌てた少年は、制止の声を上げるが、老人はまったく意に介さず。

「できるまで山を降りる事は許さん。汝には、その証を立ててもらう」

 言うが早いか、懐から取り出した筆を素早くケンの顔に走らせ、ネズミの様なお髭を書かれてしまう。

 クエスト上で発生したイベントだ。顔に書かれたペイントは、クエストを達成するまで消える事はないだろう。

 その事実に青ざめた少年がNPC相手と解っていながら、それでも抗議の声を上げる。

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。いくらゲームだからって、こんなの壊せるわけが―――」

 

 バガアアアァァァァァァーーーーーーンッ!!!

 

 直後鳴り響く豪快な音と、幾つもの岩が地面に落ちて軽い揺れがケンの元へと伝わってくる。恐る恐る、その方角に視線を向けると、三つあったはずの大岩の一つが崩れ去り、石の破片となって周囲に散らばっていた。ポリゴンとして消滅しないのは、元々壊れるエフェクトが存在していたからだろうが、それにしても突然どうして岩が砕けたと言うのか?

 呆然と見つめているケンの隣を通り過ぎ、NPCの老人が岩が崩れた場所へと向かう。

「おおっ! 見事に修行を成し遂げたか! よろしい。お前にワシの技の全てを教えよう! あと、その髭も消してやる」

 老人は言いながら懐から筒を取り出し、中の液体を、破壊された岩の近くに立っていた誰かへと振りかける。

 土煙のエフェクトが消え、立っていた誰かの姿が目視できる。

 そこに立っていたのは、オニキスの様な黒い髪を風に靡かせる、絵に描いた大和撫子の様な少女が、冷やかな表情で立っていた。

 え? あの子が、あの大岩を砕いたの?

 その事実にやっと気付いたケンは、思わず声を漏らす。

「「うっそ~~~んっ」!!?」

 奇しくもその声は、別の場所から上げられた声と重なって掻き消された。

 まだ砕かれていない二つの岩の内、ケンが砕くように言われていない方の岩の下、自分と同じように顔に髭のペイントを書かれた、日本人形の様に華奢な女の子が、がっくりと地面に手を付いて項垂れていた。

「なんで? なんでなの? どうして僕より後に挑戦したウィセが、たった一日であの岩砕いてるの? 僕がおかしいの? いやいや、これはいくらなんでもおかしいでしょう? あの岩を一日? おかしいおかしいおかしいよ~~~………」

 挫折する少女の声は、日本人形めいた姿と相まって、怪談に出てくるお化けの様にも思えた。

 だが、気持ちは痛いほど解る。まだ挑戦していない自分でも、この岩がかなりの耐久値に設定されている事は理解出来た。それこそ、一生かけても破壊できないのではないかと言う、無茶苦茶な設定のはずだ。ソードスキルを使って良いのならともかく、素手で壊すなんてどう見ても不可能だ。

 唖然とするケンの脇を、岩を砕いた少女は一瞥する事も無くすりぬけて行く。

 それに慌てたもう一人の少女が、半泣き―――いや、もう完全に泣いている状態で呼び止める。

「ああ~~~っ! ウィセ待ってよ~~~! 置いてかないでよ~~~~っ!!」

 どうやら相方らしい女の子に呼び止められた少女は、一度振り返りこそするが………。

「御飯くらいは持ってきてあげます」

「うえ~~~~んっ!! その余裕の気遣いが心に痛いよ~~~~~っ!!」

 そして、少女は引き返してくる事も、振り返る事さえもなく、そのまま真直ぐに立ち去ってしまった。

 後に残されたのは、同じ使命を押し付けられ男女が二人。

 片や、来たばかりで既に挫折しかけている少年。

 片や、相方に置いて行かれ、そのまま怪談の幽霊にでもなってしまいそうな勢いで、膝を抱えて子供の様にしくしく泣く女の子。

「………ナニこの絶望的な空間は?」

 その空間を創り出している要因は、間違いなく自分にもあるのだが、どうしても言葉に出さずにはいられなかった。

 

 

 既に日はとっぷりと暮れ、空には星が瞬く様になった時間。一心不乱に岩を殴る面白髭の男女が二人いた。

「うえ~~~~ん………っ! 壊れないよ~~~………っ!」

「なんだよコレ………っ! 本気で壊れる気がしねえ………っ!」

 ソードスキルの再現で拳を打ち出してみても、正拳突きの型を取ってみても、殴り付ける岩は、頑丈な姿を未だに崩す事はない。

 今朝方の少女が岩を砕いて見せたのは、何かの幻か、もしくはただのイベント映像の様な気がしてきた。もちろんそんな筈がないのは、今も隣で泣きながら岩を殴っている女の子の頭上にカーソルが存在し、立ち去った彼女がこの子の相方であるのが証明となっている。

 しかし、この青い羽織を着た子はよく泣く女の子だ。

 泣いているくせに、一向に挫折する気配は見せず、疲れて休む事はあっても、休んだ後は立ち上がって、すぐに岩を殴り続ける。

 自分も似た様なものだが、既に一日前からやっているらしい彼女の方が、精神的苦痛も大きいはずだろう。

 そんな風に女の子の頑張る背中を見つめていると、疲れたらしい女の子が手を休めて座り込む。

「ううぅ………っ、なんで僕はこんな所でNPCと一緒に岩を殴ってるんだろう? これ、実は何かのイベントなの? 何か僕は変なフラグでも立てちゃったの?」

「ちょっと待てっ」

 聞き逃せないセリフが耳に聞こえたケンは、女の子の独り言に対して声を掛ける。

 女の子はビックリした様子で飛び上がると、手をパタパタさせたり、目まぐるしく視線を彷徨わせたり、顔を真っ赤にして慌てふためく。見事な狼狽っぷりだった。これだけ忙しない狼狽する姿は中々見られない事だろう。

「あ、あのあのあの………っ! なんでしょうっ!? お夜食ですか!? 僕自分の分のパンしかありません! かったい奴しかないです!? 本当ですっ! もしくはイベント発生とかで戦い挑んできたりするんでしょうかっ!? 止めましょう! 半秒で地面を舐める事になりますよっ! 主に僕がっ!! ………って、きゃ~~~~っ!!」

 一体何があったの、急に足を滑らせた女の子は、一人で後ろに転び、頭を思いっきり岩にぶつけて地面に倒れた。

 何をどう勘違いして、どの様な慌て方をすれば、ここまで無様で面白い現象を起こせるのだろうか?

(面白過ぎて逆に笑えない………)

 そんな感想を抱きながら、痛くはないはずだが、痛い気がする頭を押さえて顔を真っ赤にしている女の子に、ケンは言葉を投げかける。

「とりあえず大丈夫?」

「できれば今の件(くだり)は忘れて欲しいよ………」

「ああ、うん………。そうしようか?」

 一応冷静になったらしい女の子に、ケンは改めて伝える。

「言っとくけど、僕はNPCじゃなくてれっきとしたPCだからね?」

「ふえ?」

 変な声を上げて顔を上げる女の子。しばらく、座り込んだまま見上げていたその子は、唐突に理解したのか、顔をどんどん赤く染めて行く。

「え、いや? だって? そんな軽装過ぎる革装備、いくらなんでもNPCくらいしかしないんじゃ? ………って言うかそんな装備、何処で手に入れられるの?」

「いや、僕もそう思うケド………。服は普通に売ってたよ?」

「え? え? でもそんな………? 今まで見てきたNPCの平凡さに完璧に溶け込んでいるように見えるんだけど?」

 かなり失礼な事を口走っている。

 これが自覚していて、特に気にしてるわけでもない件だから良かったものの、コンプレックスを抱えている人間だったなら、一発で怒髪天だ。

「平凡のナニが悪いんだ? そう言う人間もいるんデスヨ? 何よりカーソルあるんだから解るだろ?」

「………」

 しばらく赤い顔で沈黙していた女の子は、耳や首まで赤くしていき、見てるこっちいたたまれない程赤面して―――両手で顔を覆って地面に伏せた。

 これが漫画なら沸騰したヤカン並みの蒸気が上がっていた事だろう。

「………重ね重ねすみません………」

 やっとの事で絞り出した声は、とてつもなく弱々しく、女の子らしい物だった。

 

 

「僕はサヤって言います。よろしく」

「僕はケン。まあ、よろしくな」

 そう自己紹介が成立したのは、アレから数分の事だった。

 わりと早く復活した女の子、サヤは、地面に女の子座りして笑いかけてくる。

 さっきまで泣いたり恥ずかしがっていたのが嘘のようだが、子供と言うのは喜怒哀楽が激しいと言うものだと、納得する事にした。

「昼間の女の人は君の友達?」

「うんっ! ウィセって言うの! 八日くらい前かな? 一緒にパーティー組むようになって、二人で≪エ()ストラスキル≫を手に入れるためにここまで来たんだよ!」

 不覚に可愛いと思ったケン。

 ≪エ()ストラスキル≫を≪エ()ストラスキル≫と言い間違えてるところが、子供っぽい対応と相まって、実にマスコット的な可愛らしさを放っている。

 っとは言え、感情の起伏を表情に出すのが苦手なケンは、努めて冷静な対応で応える。

「八日って言うと、二階層の転移門がアクティベートされた時か? って事は、二人は二階層カラの知り合いって事? 今まで一階層をソロで挑んでいたのか?」

 自分も同じく、一階層をソロで挑んでいた身なのだが、だからこそ、それがどれだけ困難な事なのかを身を持って理解していた。

 まず、ソロだと戦闘中ピンチになっても誰もカバーしてくれない。それだけで死の危険性は上がる。加えて、パーティーを組む事で受けられる経験知ボーナスなどももらえない。

 ソロであれば、倒したモンスターからドロップするアイテムも経験値も、全部一人占めできると言う利点は確かにある。だが、SAOに於いて、生き残りを優先される世界でソロで挑むのは死にに行く様なものだ。ソロでそんな事が出来るのは、元ベータテスターか、相当ゲーム慣れしているネットゲーマーだけだろう。

(俺を置いて行った、アイツのように………)

 一瞬、思い出したのは、SAOを始めるきっかけとなった友人の後ろ姿。SAOの仕様が変更になったあの日、自分を置いて去っていた友人の背中。

 ケンの中には憎しみもなければ絶望も無い。自分を置いて行った事への怒りももちろん無い。正直、ケンにとってはどうでも良いとさえ思える。ただ、去って行った彼は、今頃何処で何をしているのだろうか? それだけがちょっとだけ気になっていた。

「うん、すんっごい大変だった! 死にかけたのだって一度や二度じゃ無かったよ! 安全マージンは取ってたつもりだったのに、迷宮区に挑む事も出来なかったよ!」

「それでよく二階層にこれタネ………?」

「うん………、一番最初にウィセに出会えなかったら、今頃僕は永遠に野牛の群れの先頭を走っていたかもしれないよ………」

「どんな状況でソンナ事態になるんだ………」

 遠い目をするサヤは、それが冗談でも無く本気で言っているのが伝わってきて、つい群れの先頭を走る女の子の姿を連想してしまう。

 

 大群の野牛モンスターの群れ。

 土煙を上げて大地を蹴る群れの先頭には、青い羽織を着た日本人形じみた女の子。

『我にちゅじゅけ~~~~っ!!』

 

 想像して、噴き出しそうになったのは生まれて初めてだったかもしれない。

 ケンは、口の端にまで迫ってきた笑いを噛み殺し、努めて冷静な態度を示す。

「でも、今は相方のおかげで強くなってるんだろう? 良かったじゃないか」

 とは言いつつも、彼の脳裏に浮かぶのは、クエスト終了と共に、さっさと帰ってしまった少女の姿しか思い浮かばず、幾許(いくばく)か不審に思ったのだが………。

「うん! ウィセに会えて本当に嬉しい!」

 無邪気な笑みを漏らすサヤを見ていると、そんな邪推も杞憂に思えてしまう。

 そんな風に他愛無い話をしていると、結構な時間が過ぎてしまったのか、気付けばケンは欠伸を噛み殺していた。

 一度岩を見つめて考える。

 大抵の事はそつなくこなしてきた自分だが、結局は自分は凡人だ。ここを探し当てるのだって『虱潰し』と言う最終手段を取ったから見つけられたにすぎない。なら、慌てずじっくり岩砕きを続けるべきだ。なんせ、一日で砕き切るのが非常識だと言う事は、目の前の女の子が証明している。

 そこまで考えたケンは、アイテムストレージから寝袋を取り出し、休む事にした。

 第一層に居た頃、町に戻らずダンジョンの安全圏で寝る事で、レベリングの効率化を図ろうと思い、買ったものだったのだが、実際にやってみた時は、とても眠れる状況ではなかった。いくら安全圏と解っていても、すぐ近くを徘徊するモンスターの足音や、遠吠えを耳にしながら安眠できるわけも無く、殆ど眠る事が出来なかったのだ。

(その点、ここは静かだし、近くに誰かがいてくれると思うと落ちつけるな)

 その相手が小さな女の子と言うのは、甘えているようで気恥しい気もしたが、だからと言って、猫髭(もしくはネズミ髭)を書かれた状態で町に戻る気はとてもなれない。

「あ、もう寝るの?」

 寝袋を取り出したケンに気付いて、サヤが訪ねてくる。その目は≪寝袋≫と言うアイテムを初めて見たらしく、ちょっと興味をそそられているようにも見えた。

「ああ、サヤも今日はモウ休んだ方が良いよ」

「ううん。音が迷惑じゃなかったらもう少し続ける」

 てっきりサヤも休むのかと思ったが、彼女は立ち上がると、再び岩に向かって拳を叩き込みはじめる。鈍い音しかならないので、寝るのにそれほど苦にはならないが、小さな女の子一人が頑張ってる隣で、自分がぐうぐう寝ると言うのもどうなのだろう?

 気まずさは感じた物の、ここまでの探索と岩殴りで疲れていたのも事実。眠気に勝てなかったケンは、サヤに「がんばり過ぎちゃダメだよ」と、一声かけてから寝袋にくるまった。

 

 

 ふと眼が覚めた。

 視界に映るのは寝る前より濃い闇で、随分夜遅くになっているのだと解る。

 なんでこんな時間に目が覚めたのかと疑問に思いながらも、重い瞼に従ってもう一度夢の世界に行こうとした時だ。

 

 ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ………。

 

 定期的なリズムで岩を殴る音が聞こえ、それの意味する所に思い至り飛び起きた。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 ケンの目には、こちらに背を向けたまま一心不乱に岩と格闘する幼い女の子の姿が映った。

 慌ててメニューウインドウを開き、時間を確認して驚いた。既に小さい子が起きている様な時間じゃない。こんな深夜に活動しているプレイヤーは、夜型の少数プレイヤーぐらいの物だ。

「お前、ちゃんと休んだのか?」

 不安になって訪ねると、サヤは背を向けたまま、何の事はないように答える。

「うん。もう、五回くらいは休んでるよ」

 その答えはつまり『休んだけど寝てはいない』と言う事だとすぐに解った。

 小さな女の子の無茶に寝袋から飛び出たケンは、心配になって質問を続ける。

「僕はちゃんと寝たのかって聞いてるだよ」

「仮眠は取ってるよ。三回くらい」

「殆ど寝てないんじゃないのか?」

「あはは、そうかも」

 軽く笑いながら、それではもサヤは懸命に拳を打ち付ける。ただ一心不乱に、粉骨砕身の言葉を体現するかのように………。

「なんで、そんなに頑張るんだよ?」

「ん~~………? 別に言われるほどがんばってるつもりはないんだけどね~~………」

 困った様に苦笑いを浮かべるサヤは「ただ………」と、言葉を続ける。

「こっち来て以来、あんまりちゃんと寝れた事無いし」

「!」

 言われてやっと気付いた。サヤの身体だが小刻みに震えている事に。最初は無茶な打ち込みを続ける所為だと思っていたが、SAOで身体にガタが来る事はない。つまり、肉体的な疲れや疲労による痙攣は起こさないのだ。それなのに体が震える理由は、麻痺状態などのデバフを受けて、動きの鈍った身体を無理矢理動かそうとしているか、単純に寒いのか、………それか、怖くて震えている以外にありえない。

 ここは仮にも安全圏だ。そもそもデバフを与えるモンスターはここまでの間にいなかった。当然カーソルを見てもデバフ表示はされていない。夜とは言え、この階層はそれほど寒い場所ではない。だとすれば、答えは一つだ………。

 ここに至ってケンは、自分の目が曇っていた事に気付かされた。

 目の前にいるのは女の子なのだ。いくら安全圏から抜け出し、戦いに身を投じているとは言え、すぐ隣で死が見つめるデスゲームで、恐怖を感じないはずがない。

 サヤは懸命に岩を殴る。何かを考えまいとする様に、必死に必死に………。

 表情には何も表わさない。ただいつものように暢気(のんき)そうな笑顔を浮かべて、下手くそな拳を打ち付ける。

 小さな女の子が、恐怖と戦おうとしている姿を見て、ケンは一つの決意を胸に固める。

 

 

 4

 

 

(余計な事は考えない。余計な事は考えない。余計な事は考えない)

 この世界に来てから、それば僕のおまじないになっていた。

 頭の中で必死に言葉を反芻させながら、心の中では沢山の事を考える。

 二層に来てからはウィセって言う友達が出来た。リアルじゃ家族かお医者さんくらいしか話し相手がいなかったから、とっても嬉しかった。宿の食事は美味しくなかった。病院食と比べると良い勝負だと思う。あ、やっぱりこっちの方がマシ。病院食は食べる気がしなかったもん。槍スキル、向上したなぁ~~。槍スキルは範囲攻撃が多いってウィセが言ってた。多対一に向いてるのかな? 違う? あ、槍スキルは攻撃力低いんだっけ? お腹すいてきたかな? いや、さっき食べたし。三層に上がったら料理スキルを何としても手に入れよう。そう言えば三層に行けばギルドが作れるんだっけ? ギルド作ればボーナス経験値ももらえるはずだし検討してみよう。ウィセは手伝ってくれるかな? 今は一時的にパーティー組んでるだけの様な気もするし、もしかしたらそこまでは手伝ってくれないかも? そしたらまた一人になるかも? ラッツがいなくなった時みたいにまた―――

 

(余計な事は考えない。余計な事は考えない。余計な事は考えない)

 

 拳に力を込めておまじない。

 頭に浮かぶ考えを消して、心の中を別の考えて埋め尽くそうと、もう一度考える。

 そう言えばここで倒した≪トレンブリング・オックス(雄牛)≫から≪トレンブリング・オックスの肉≫がドロップしたっけ。食材アイテムで御肉が出るなんてなんて贅沢なんだ! って喜んだけど、かなり硬くて筋張ってて、あんまり美味しくなかったんだよね。ウィセは「≪カウ(牝牛)≫の方は、まだマシでしたよ」って、珍しく苦い顔で言ってたっけ………。きっと本当に“マシなだけ”なんだろうなぁ~………。そう言えばフロアボスってどんなんだったんだろう? やっぱりでっかくて怖いのだったのかな? 強い奴ほどでっかいのがゲームの御約束だって姉さん言ってたっけ? そんなのと戦って皆怖くなかったのかな? ディアベルさんもそんなのと戦ったから―――

 

(余計な事は考えない。余計な事は考えない。余計な事は考えない)

 

 必死に逸らす必死に逸らす。

 黙ったり、じっとしていたりすると、どうしても考えてしまう事柄。それから目を背けるために、足が竦んでしまわない様に、歩き続けるために、余計な事は考えず、別の考えをともかく頭に満たし続ける。

 リアルに居た頃は、ベットの上で窓を開き、流れる風や音に耳を傾け、ただゆっくりと流れる時間を楽しむばかりだった。そんな僕が、今ではこうして岩相手に拳を連打しているなんて………昔の僕が聞いたら驚いて腰抜かしそうだよ。

 ウィセは今頃何してるのかな? コレ結構大変だもんね。今頃久しぶりのベットの感触を味わってるのかも? そう言えば御飯持ってきてくれるって言ってたなぁ。何持ってきてくれるんだろう? って、楽しみにしてたら明日も砕けない様な気がするよ………。

 本当に………いつまで、こんな事、してるんだろう………?

 でも、途中でやめたら、きっと………、この先の全部、やめる事に………。

 弱気が心に指した時、鈍い音が隣から聞こえてきた。見なくても解る。ケンが岩叩きを再開したんだ。

「………ケン、眠かったんじゃないの?」

「別に、僕も早く終わらせたくなっただけデスヨ?」

 少しおどけた様に言うケンは、だけど、僕の事を気遣っている『気配』を惜しみなく出していて、ちょっとだけ、嬉しかった。

「ありがとう」

 だから僕は、笑ってお礼を言った。

 ケンはそっぽを向いて「何の事だか解らナイ」と呟いていた。

 

 

 5

 

 

 ガラガラガラガッシャーーーーンッ!!

 

 響き渡った二つの轟音。その音源たる大岩二つは、ほぼ同じタイミングで崩れ去り、石の欠片となって周囲に散らばった。

 ケンもサヤも、歓喜の声を上げることなくその場で大の字に倒れ込んだ。

 サヤは相変わらずの満面の笑みだったが、疲れた表情をしている。同じくケンも、さすがに徹夜が堪えてげっそりとした表情だ。

 まさかあの大岩を、自分が一日で破壊する事になるとは思わなかった。うんざりしながらも、そこには幾許かの達成感があった。きっと、隣でがんばる女の子が居なければ絶対に試みなかった行為で、達成させる事の出来なかった結果だろう。そう思いながらも、同時にもう二度と同じ事はしないと心に誓う。元々平凡だった人生に、少しだけ変わった事をしたいと思って始めたSAOだったが、丸一日徹夜して大岩を砕くなど、今後一切体験したい物ではない。

(やっぱり平凡が最高だな)

 平凡である事の幸福を再認識したケン。そんなケンに、倒れたままのサヤが声を掛けた。

「ねえ、ケンはソロなんだよね?」

「そうだよ。ソレガどうかした?」

「じゃあさあ、ケン………」

 サヤは頭だけ動かし、逆さ方向に見えるケンの顔を無防備に覗き込んで笑う。

「僕達とパーティー組もう! きっと楽しい!」

 常に平常運転を心がけるケン。それ故に感情の起伏に乏しく、つまらない人間と思われがちだ。そんな自分を積極的に誘って、「きっと楽しい」などと(のたま)うのは、この無防備な女の子くらいだろう。

 接触こそしないモノの、意外と顔が近かった事に慌てながら、ケンは苦笑と共に答えた。

「いいぞ。お前の保護者さんがそれで良いって言ったらな」

 一応相方がいるらしいので、そう答えたのだが、サヤは途端に頬を膨らませた。まだ消えていない猫髭の所為なのか、地でそうなのか、普通に可愛らしい。

「ウィセは友達。保護者じゃないよ。………まあ、若干、お世話にはなっていますが………」

 歯切れ悪いその台詞にまた苦笑が漏れ出る。

 腰を上げたケンは、サヤに手を貸そうとするが、サヤは恥ずかしそうに頬を染めて自分で立ち上がると、服の埃を手で払いながら俯き「大丈夫。自分で立てりゅ………」と語尾を噛みながら答えた。

 幼くてもしっかり女の子しているんだな。男に触るのは恥ずかしいのか?

 子供の可愛らしい反応に微笑ましく思いながらからかうように疑問を投げかける。

「世話になってるのは本当なんデショ? 子供が背伸びするもんじゃないよ」

「な、なんだよぅ~~………! ケンだって僕と年変わらないでしょう?」

「ナニを言う? 俺はこれでも十七だ」

「二つしか違わないじゃんっ」

 膨れて言うサヤの発言に、ケンは一瞬耳を疑った。

「二つ? 五つの間違えじゃないの?」

「それじゃあ僕小学生だよっ!? これでも十五! 大人でもないけど子供でもない」

 腕を組み、顎に片手を置きながら「ふむ………」っと考える。

 サヤの頭に手を置こうとして、思いっきりビクつかれたので止めて、とりあえず彼女の身長と自分の身長差を手で計って………。

「その若さで、サバ読むのは早いぞ?」

「この人、検討した上で僕の話全く信用してないっ!?」

 

 

 5

 

 

 一度町に戻っていたウィセは、しっかりお腹を満たした上で、サヤの様子を見に来ていた。

 要領の悪いあの子の事だ。昨日の夜は、その前の徹夜がたたって寝こけてしまっているかもしれない。きっと大岩も壊せていないに違いない。今頃泣きべそかきながら自分の名前を無駄に呼ぶような迷惑行為をしているかもしれない。むしろ怨嗟の籠った恨み事を口にしているとも考えられる。

 彼女としては、岩が壊れていないのなら様子を見に行く必要も無い気がしたが、ここで放っておいて拗ねられても困る。せっかく手に入れた都合の良い駒を簡単に手放すのも惜しい。仮に関係が良好なままでも、あの顔で傍をうろつかれるのは、こちらの精神的に迷惑だ。そう言った意味でもサヤには何としても≪体術スキル≫を獲得してもらわなければならない。

 一つ気になる事があるとすれば、自分と入れ替わりにやってきたプレイヤーだが、さすがに子供を相手にどうこうする事はないだろう。したとしても犯罪防止コードで監獄行きになるだけだ。

 逆に仲良くなっていたらどうしたものか? まさか彼がスキルを獲得するまでさらに足止めと言う事はないだろうか? さすがにその時は見捨てよう。

 あれこれと色々考えながらウィセが目的の場所に到達した時、彼女は目を見開いて驚いた。

 そこにあったはずの岩が二つともなくなっている事にではない。それではなく、自分の『駒』の事だ。

 

「もう~~っ! もう~~~っ!! なんでケンは信じないのさ~~っ!?」

「ごめんムリ。それムリ。うん、いや、でも………、う~~~ん、やっぱ無理」

「否定以外に何も思い付かないって酷いよっ!?」

 

 ウィセの前で、サヤが涙を目の端に浮かべながら声を荒げている。

 サヤが怒っている姿を見て、ちょっと戸惑ってしまった。

 自分がどんなに面倒な役目を押し付けても、適当に雑用を頼んでも、泣くか笑うかしかしなかったサヤが、全然怖くないとは言え目を吊り上げて怒っている。ちょっと珍しい光景だ。

(いや、あの子も怒る時は怒るってことなのかな?)

 人の心はやはり理解に難しいと溜息を吐いて見ていると、こちらに気付いたサヤが飛び付く勢いで走ってきた。

「ウィセ~~~ッ!! ケンったら酷いんだよ! あ、この人新しくパーティー組む事になったから! 人の事子供扱いするんだよ~~~っ!」

「その支離滅裂な話し方はツッコミ待ちですか? それとも単純にアナタがバカなんですか?」

 初めて『バカ』と言う言葉が口から出てしまった事に内心慌てたが、サヤの様子からして特に気にしていないらしいと解ると、胸を撫で下ろした。

「きっと両方だよ」

「ケンが酷いっ!?」

「そうですか」

「ウィセが納得しちゃうっ!?」

 連続で苛められたサヤは、勢いを削がれたらしく、項垂れながらも恨めしそうな目で二人を見つめる。

「パーティーの件は………、できれば話してからにして欲しかったです。まあ、今回は良いですけど。元々二人だけと言うのも心許無かったですから」

 ただ、この男が扱い難い駒でない事を祈るばかりだと、言外に隠しながら、付け加えておく。

「あと、アナタは子供ですから子供と言われても仕方ありません」

「そうじゃなくて! ケンは十七で僕と二つしか違わないのに、僕の事子供子供って―――!」

「え?」

「え?」

 流れる沈黙。

 サヤの事を見つめ直すウィセ。

 じっくり一分間見つめ直し―――不意に視線を逸らす。

 その行動の意味を徐々に理解し始めたサヤ。沸点と共に顔の赤みが増していき、爆発と共に両手を上げて叫び上げる。

「ウィセまで僕の事子供扱いしてる~~~~~~~ッ!!」

「いや、だって小学生にシカ見えませんよ?」

「すみません。同意見です」

 かなり神妙な顔をした二人に言われ、泣きたいんだか怒りたいんだか解らない様子でサヤは暴れまわった。その姿は欲しい物を買ってもらえず、身体全体でだだをこねる子供の様に無様だった。

((どう見ても子供だ………))

 ウィセとケンが同意見を浮かべるが、サヤの方はもう自分でも何が何だか分からなくなっている様子だった。

 ウィセは額に手を当て、溜息を吐きながら忠告する。

「とりあえずクエスト終了して、顔を拭いてもらってきたらどうですか?」

 しぶしぶ従うサヤの目には、納得できないと言う気持ちでいっぱいの涙が浮かんでいた。

 

 

 6

 

 

「うぅ~~………、やっぱりまずい~~~………、前にウィセの教えてくれたレストランの≪トレンブル・ショートケーキ≫を食べて見たいよ~~~………」

「あんなの、おいそれと買ってたら、宿代も高く付きマスヨ?」

 宿にある食堂で朝食と格闘している最中、悲しみ一杯で呟いた僕の愚痴を、正面に座るケンが苦笑いで嗜めてくる。

 ≪体術スキル≫会得から数日、僕らは三人でのチームワークを養うため、ひたすら戦闘を続けていた。相変わらずウィセの提案に頼りきりだけど、彼女ほど頭が切れるメンバーもここにはいないので仕方ない。試しにケンや僕が提案した狩り方法は、試すまでも無くウィセに一蹴されてしまった。

 ケンの武器は短剣らしいのだが、自分の武器は自分で鍛えたいらしく、鍛冶スキルを獲得している。僕も彼のスキル向上を手助けする意味で、自分の槍を預けて見ようかと思ったんだけど………。

「止めといた方が良い。僕の鍛冶スキルはマダ熟練度が低いから失敗すると思うよ」

 っと、本人から拒否られてしまった。僕の槍≪スピアアングル≫の強化限度は10だから、そんなに気にしなくても良いと思うんだけどなぁ?

 ちなみに、僕の≪スピアアングル≫は現在七回の強化を使用している。その全てをたった一つの効果アップに使用してる。それは、僕がモンスタードロップで手に入れたそこそこレアな槍を使わず、強化上限が極端に多い製品物を使っている理由なんだけど………、まあ、それは特に問題じゃない。

 とりあえず、今日も今日とて平原に出て、追っ駆けっこ(集団を引き連れる役は交代になりました。でも僕の順番が長い気がするのは気の所為かな?)の続きでもするのかなぁ? っと思っていたんだけど、朝起きたら、部屋の中にウィセがいなかったんだよね。

 僕は寝ていても人の気配には敏感に感じ取れる。だから、ウィセが朝早くに出て行ったのは気付いていたけど、気配が解るからって覚醒している訳ではないので、それ以上の事は解らないし、訪ねる事も出来なかった。ウィセは何処に行ったんだろう?

「あ、そうだケン。ずっと聞きたかったんだけどね? ウィセがあんまり優秀で聞く機会なかったんだけど………」

「ナニ? 僕で答えられる事?」

「人の事を子供と間違える人には解らないかもしれないけどね」

「ソレ、まだ気にしてるの………?」

 僕の背が平均より低いって言うのは、この世界に来てから知った事だけど、それでも小学生はないと思うんだ。それはいくらなんでもあんまりだよ。

 ちょっと恨みがましく思いながらも、話が進まないと僕が困るのですぐに修正する。

「僕たちみたいに三人パーティーって戦力的にどうなの?」

「バランスの問題もあるケド、とりあえずこのメンバーはちょっと厳しいと思うよ」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「前衛は僕とウィセだけ、サヤは後衛だけど、正直サヤに後ろから突かれそうになった事一度や二度じゃないし」

「ご、ごめんなさい………」

 後ろから突くだけなのがこんなに難しいとは思わなかったんだよ~~~。

「何より盾持ちがイナイのが辛いよ? スイッチする時、相手の仰け反りを誘発しなきゃいけないから、タイミングが限定されるし、強い相手の時は後ろに下がって回復しないといけないから、その間抑えてくれる相手が必要だしね」

 「そこら辺はシーフの僕じゃあ、躱せても抑え込んだり踏んばったりは苦手なんダヨ」と溜息を吐くケンは、パーティー全体の防御力の無さを忌避しているらしい。

「せめてレア装備とかで攻守をある程度カバーできればイイんだけど、そこら辺はヤッパ、積極的にボス攻略してる連中と差が付いちゃうんダヨ」

「でも、レアアイテムもレアドロップも、迷宮区とかじゃないと手に入り難いんじゃない?」

 もちろんサブダンジョンでゲットできなくもないだろうけど、下手すると迷宮区より危ない可能性もあるんだよね。安全マージンを考えると、そちらの方がいいかもだけど、できれば僕達もアインクラッド攻略に一役買いたい。今のままじゃ、誰かが攻略するのを待ってる人と変わらない。それが悪い事だと思ってるわけじゃないけど、やっぱり、僕としては何か支援をしたいんだよね。そして、この世界で手っ取り早く支援するのは、やっぱり強い方が良い。でも僕達のレベルは、未だにボス攻略をした最前線組とは差があるわけで………。

「じゃあ、今からなら迷宮区の宝物取り放題かもしれませんよ?」

 悩む僕達に聞き慣れた声が届いた。

 視線を向けると、ちょうど今宿に戻って来たらしいウィセの姿があった。

 ケン曰く、僕と二人で並ぶと親―――姉妹みたいだと表現される大和撫子なんだって。そう言うケンは、僕が話しかけていると、周囲から何かのクエストでも発生させたのか? と勘違いされる程に見た目NPCな人だけどね。これは決して僕達の事を親子みたいだと表現した事への当て付けじゃないよ。うん、断じて違うよ。

「お帰りなさいウィセ! 何処行ってたの?」

「今日、フィールドボス攻略が行われると聞いて見に行ってました。先程ボスが倒されましたよ」

「お、じゃあコレでこの階層の迷宮区に行ける?」

「はい。しかも、前線メンバーは今、アイテムの補給や、ストレージの整理などでしばらくは動けないはずです。今迷宮区に入れば宝箱を独占できますよ」

「ソイツは良い」

 ケンが軽く笑い、ウィセが冷笑を浮かべる。この二人、時々気が合ってるような気がするんだよね………。戦闘中に手段選ばなかったりする所とか………。

「それじゃあさっそく行こう。僕の準備は出来てマスヨ」

「もちろん私もです。けど………」

「う、うわわっ!? 待って待って! すぐアイテム補充してくる~~~~っ!!」

 慌てて僕は立ち上がり、宿を飛び出す。急いで回復アイテムを補充して、二人と合流しないと!

 

「はあ………っ、やっぱりですか………」

「ナンで昨日の内に消費アイテム補充しとかないカナ………」

 

 背後から聞こえた二人の呆れ声が、僕の胸にグサグサ突き刺さります。本当にごめんなさい………。

 

 

 7

 

 

 第二層主街区≪ウルバス≫。

 この層にやってきたばかりの少年、マサは、何だか遠い所まで来てしまったような感慨を受け、すぐに「まだ二層じゃないか………」と首を振る。

(無理も無いかな………? ずっと黒鉄宮に閉じこもってたもんなぁ………)

 太陽さえ、久しぶりに見たかもしれない。そんな風に思いながら、掌で電子で作られた太陽から目を庇って見上げる。

 彼の出で立ちは、フード付きのローブを着ているため、よく見えないが、歩くたびに鳴る僅かな金属音で、軽度の鎧装備を付けている事は誰にでも予想出来た。第二層に上がってきた以上、それなりのレベリングは済ませている人物なのは間違いない。だが、そんなはずの彼には、まったくと言っていい程覇気が見られず、まるで死の恐怖から≪始まりの町≫に残って閉じこもっているプレイヤーの様な雰囲気を醸し出していた。

 背中に背負った片手用直剣は、最前線を目指す物なら誰もがクエストに挑む≪アニールブレード≫。それも既に何回か強化を試みた後の様で、それなりの輝きを感じる。ローブの隙間から見える鎧も、レアではないモノの、それなりの一品。とても誰かがゲームをクリアーしてくれるのを待つ人間とは思えない十全の装備だ。それだけに、彼の覇気の無さは違和感を醸し出して奇妙な感じだった。

「わりぃマサ! 待たせちまったか?」

 そんな彼に手を振って近づいてきたのは二十代前半と思われる青年。背中に差した槍は、この辺りでは少々レア度を見せる前線メンバー御用達の一品だ。その反対に、防具系の装備はレザータイプの革装備で統一されていて、身軽そうではあるが、逆に防御力に危機感を与えそうな革装備のみだ。アインクラッドがまだ二階層しか攻略されていないとは言え、何処で見つけてきたんだ? っと、逆に聞きたくなるような現実世界のシャツとジーンズにも似た装備。

 二人並べば前線メンバーなのか、それとも装備だけが充実してるだけの二人組みなのか、まったく見分けがつかなくてちぐはぐな組み合わせにも見えた。

「お帰りなさいタドコロさん。特に待ってませんよ。でも、良かったんですか? せっかくの前線メンバーだったのに離脱してきちゃって?」

「いやあ、最初から抵抗あったんだよぅ~? なぁんかウマが合わねえっつうの? 何言っても空気扱いって感じでよ? 居心地悪いし、長くいる所じゃねえ思ってたんだよ。最近は特に、キバオウ一派と揉め事も多くなってきたし、フロアボスとやり合う前に抜けた方が良いよなぁ~~感はあったんだよ」

 饒舌に語るタドコロと呼ばれた青年は、身振り手振りを加えて長々聞いてもいない説明を続けて行く。

 あまりに長い説明に飽きたのか、途中からマサの表情は暗い物に変わって視線を彷徨わせていた。

「おい、お前よ、マサよ? 話聞いてる?」

「え、あっ! すみません、ちょっとぼうっとしちゃって………」

「お前も話聞いてねえのかよ!? タドコロさんの話は良い話なんだから最後までちゃんと聞こうぜ!?」

 オーバーアクションでわざとらしく驚いて見せる青年に、マサも可笑しそうに微笑を浮かべる。だが、その表情にはやはりどことなく陰りが見受けられる。

 そんなマサの態度に、一変して難しそうな表情で頭を掻くタドコロ。

「あ~~~………、まあ、だから………、つまりだな?」

 タドコロの態度の変化を不思議そうに見上げるマサ。タドコロはそんな彼の首に腕を回し、肩を抱く様にして近づける。

「お前の所為じゃねえって事だよ。元々俺が抜けるつもりでいて、お前が良い切欠だったってだけだ。解ったか?」

「! ………はい」

 タドコロの言わんとしている事を悟ったマサは、今度こそ笑顔を向けて返事をした。

 まだぎこちなさも見受けられるが、今はそれでも良いかと決めて、タドコロは肩から手を放す。

「よぉしっ! それじゃあ行きますか!?」

「何処に?」

「バッカ、狩りだよ狩り! 迷宮区に行くんだよ!」

「え? いや、俺は良いけど………、タドコロさん、さっきボス戦したばっかりじゃあ?」

「そのためにお前にアイテム買うように頼んでおいたんだろうっ!?」

「いや、そうだったけど………、タドコロさん? 俺は二層に来るのは初めてで、ここまでそれなりに戦ってきたとは言え、二人分のアイテムを補充するコルも、ストレージ容量も無いんだけど?」

「………あれ? タドコロさん、またミスっちゃいましたか!?」

「タ、タドコロさん………」

「そんな呆れた目で見つめんなよ!? 大丈夫だよ! 一応、予備のアイテムあるから!」

「幸先不安だな………」

 先を考え、流れを読む事に長けていながら、まったく空気が読めない相方に、マサは精神的な疲労を感じずにはいられなかった。

(まあ、それでもめげず、フレンドリーな人だから、俺も此処にいられるんだけどね………)

 つい数日前まで、ずっと見つめ続けた黒鉄宮の碑を思い出し、慌てて頭を振って忘れ去る。

 今は、思い出す時じゃなく、前に進む時だ。

 二人並んで歩こうとした時、不意に気になる影が横を通り過ぎた。

 二人は自然と足を止めると、その影を探す。それはすぐに見つかった。

 濡れ羽色の長い黒髪を首の辺りで纏めた、青い羽織を着た日本人形の様な女の子。背は低く華奢だが、健康的な肌の白さや、丸い顔立ちは、幼いながらも大和撫子に相応しい容姿に思える。黒曜石の様に黒い瞳は、キョロキョロと、何かを探す様に忙しなく動いている。先程から、行ったり来たりと同じ道を歩いては、何かを考えるように唸っている。

「どう見ても迷子だよな?」

「ですよね?」

 二人は同じ見解に辿り着くと、どうした物かと悩んでしまった。

 あんな小さい子が迷子になっていると言うのなら、良心としては助けてあげたい。だが、例え相手が幼い女の子とは言え、いや、ある意味幼い女の子だからこそ、そこに男子がそれも二人で声を掛けると言うのはどうなんだろう? むしろ相手に警戒されてしまうんじゃないだろうか?

 かと言って、本当に迷子だったら、このまま放っておくのは良心が咎める。

 二人は困った顔を突き合わせ、しばらく考え………。

「よぉし! ここはこの、エンターテイナー・タドコロさんに任せておきなさぁい! ナンパ男も真っ青な、見事なトークで―――」

「あ、じゃあ俺が行ってきます。タドコロさん、そこで待ってて」

「『お前が行くくらいなら俺が行くっ!?』」

 実際問題、前線組でありながら、仲間達とそりが合わずに抜け出してきたと言うタドコロに、初対面の女子を相手に軽快なトークを繋げるとは思えなかった。

 っとは言え、自分もトークに自信があるわけじゃない。ここは出来るだけ当たり障りのない会話で繋いで、なんとか必要最低限の情報を聞き出そう。そう決意して、背中を向けている女の子に近づく。

「ねえ、君―――」

 普通に声を掛けようとして近づいた時、女の子の方が踵を返して走ってきた。偶然近くまで近付いてしまっていたマサの正面に女の子が体当たりするコースだ。

「「わわっ!?」」

 互いに気付いて、躱そうと身体を左右に傾けるが、気が合ってしまって同じ方に躱し合ってしまう。結局勢いを殺せず、女の子はマサの腕の中にすっぽり収まって―――、

「ひぎっ―――!!!」

 瞬間、女の子は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまい、マサの方も、想像以上に柔らかい女の子の感触と、自分の腕の中にすっぽり収まってしまう何とも言えない居心地の良さに目を白黒させてしまう。

「ラッキースケベ………」

 すぐ後ろで相方の冷ややかな声がマサの胸に突き刺さった。

 そんなつもりは全くないのに………。そう思いながらも、固まった女の子が怪我をしていないかと、自分から放すつもりで肩に手を置こうとして―――。

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」

 

 かなり本気の悲鳴が世界に木霊し思考を驚愕に埋め尽くされる。

 あまりに女の子らしい高音の悲鳴に、それが目の前の女の子から発せられた物だとはすぐに気付かなかった。悲鳴だけを聞いていたなら、映画やドラマなんかに出てくる危機に瀕したヒロインを思い浮かべていたかもしれない。それだけに女の子の悲鳴は可憐な響きがあった。

 そしてマサは、この時、その意外性について固まってしまった己を恨む事になる。

 女の子が右手を振り被り、涙を一杯浮かべた瞳を強く閉じながら、拳を握り―――光る。

「へっ!?」

 ≪体術スキル≫の存在をまだ知らないマサは、それが体術専用のソ-ドスキルの類である事に気付かず、次の瞬間、思いっきり顔面を殴られ、きりもみしながら三回転くらいして、地面に激突した。後方三メートルくらい離れていたはずのタドコロの脚元にまで吹き飛ばされ、偶然目撃したギャラリーが唖然とした表情で見つめていた。

 圏内は安全地帯なので、ヒットポイントが消費される事はないが、ソードスキルを喰らえば軽いノックバックは発生する。よもやそれを己の身を持って体験する事になるとは思わなかったマサは、何だか無意味に泣きたくなった。

「は、ハラスメントコード。ハラスメントコード………!」

 更に物騒な追い打ちが聞こえ、マサは慌てて飛び起きる。

 それに反応して自分の身体を抱きながら飛び退く女の子。これは完全に誤解された。下手な発言は自分の首を絞めるだけだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれる!?」

 さすがに看過できないと判断したのか、さっきまで冷ややかな視線を送っていたタドコロが仲裁に入る。

「ハラスメントは勘弁してやってくれ! コイツもあんな事するつもりはなかったんだよ! ちょっと声を掛けようとしたところに、偶然アンタが踵を返してよぅ………?」

「………でも触った」

「そ、そうだけどよ………。コイツだって悪気はなかったんだよ! なあ?」

「あ、ああ! 本当! ごめんね! 驚かせちゃって! 謝るよ!」

 腰を折って誠意を見せて謝る。このまま土下座も辞さない覚悟で謝り倒す。

 隣に立っていたタドコロも一緒になって腰を折ってくれる。こう言う時は親身になってくれる良い相棒だ。

「でも触られた………」

 だが、女の子は許してくれず、肩をふるふると震わせ、黒曜石の瞳からはたっぷり涙が溢れている。

 ヤバイ、女の子の涙、それも本気バージョンには強烈すぎる力がある。良心と言う名のヒットポイントがガンガン減らされていく!

 同じ事を心に抱きながら、タドコロもマサも、SAOでは出さないはずの冷や汗をダラダラ流していた。芸の細かいゲームである。

「あ、安心してくれ穣ちゃん! コイツは確かに悪い事をしちまったが、本気で悪意も無いしわざとでもねえ!」

「ああ! 今のは本当にすまなかった! 事故とは言え、触った事にはこの通り謝るよ! でも、本当にわざとじゃないんだ!」

 騒ぎに気付いたギャラリーがぞろぞろと集まるのを感じながら、二人は必死に頭を下げる。

「………本当に?」

 対して、女の子の方も、怒りと羞恥が治まってきたのか、未だに涙目だが、その視線はだいぶ柔らかな物へと変わって行った。

 ここで最後のダメだしをすれば、この子は許してくれる。それを敏感に感じ取ったタドコロは、マサの援護射撃をするために最後の一言を捻りだす。

「本当だとも! いくらこいつが男で、アンタが可愛くたって、小学生にナンパな気持ちは抱かねえよ! 一〇〇%良心だったって言えるぜ!」

 この時、マサでさえもタドコロにしては珍しく良い言葉回しだと思った。相手を貶めず、事実に基づいた証明だと。

「………僕、一五だよ」

 黒曜石の瞳を完全な黒一色に染めた女の子は、徐にメニューを開き、犯罪防止コードを探し始めた。

「「スミマセンデシタ~~~~~~~っ!!!」」

 二人は全力の土下座を遂行する事にした。

 

 

 8

 

 

「………っで? 何をどうしたら、その二人をパーティーに招き入れる流れになったんですか?」

 一通りの話を聞いたウィセは、本気で頭痛を覚え、こめかみを押さえながら訪ねる。

 その隣りでは、もうどうとにでもなると達観した様子のケンの姿もあった。

「え? だって二人も迷宮区に行くって言うから、それじゃあ皆で行った方が安全マージン取れると思って?」

 いつも通りの暢気な表情で、不思議そうに首を傾げるサヤ。その後ろでは、自分達でさえ、どうしてこうなったのか解っていない様子のマサとタドコロの姿があった。

「サヤ、アナタは危機感と言う物を覚えた方がいいです。ええ、本当に………っ!」

 彼女には珍しい本気の声音で、サヤの両肩を掴みながら訴える。今までにない迫力を感じたサヤは、触れられた事に対する驚きと相まって、結構本気で怖くなっていた。

「う、うん………、ウィセが言うなら、がんばってみる………」

 そう返しつつも、サヤにとっては充分な危機感を抱いたうえでの行動だった。あの後冷静になって、二人の『気配』に集中してみれば、怪しい気配など微塵も無かった。ただ単に失礼なだけだった(子供扱いされた事はまだ根に持っている)。

 それで、二人からお詫びの印として、とあるレストランの≪トレンブル・ショートケーキ≫を奢ってもらう事となって、だけどサヤはこれから急いで迷宮区に行かなければならないから、後で奢ってもらおうと思った。そしたら、彼らも迷宮区に向かうと言うのだ。じゃあ、皆で行けば互いをカバーし合える上に、後で合流する手間が省けるではないか。そう考えての行動だった。

 話を聞いたウィセは額を押さえ、ケンは「話を聞いても思考回路が理解できナイ」とぼやき、マサとタドコロまで「これで良いのか?」と顔を見合わせて戸惑う始末。

 何がおかしいのか解っていないのは、当人のサヤ一人だけだ。

 ウィセは、頭が痛くなるのを堪えながら、状況を整理し直す。

 彼女の明晰な頭脳は、こんなカオスな状況に於いても正確な思考を十全に働かせてくれる。

 サヤの行動原理と思考回路は考えるだけ無駄と判断し、そこは省いた。ようは、使える『駒』が一度に増えたと考えればいい。

 この二人はサヤに『セクハラ事故』の負い目があり、恐らく同じ女である自分が警戒心を露わにしても、仕方がないと諦めるだろう。その負い目に付け込めば、操るのは容易になる。長く使えるカードではないが、早い内に上下差を意識させれば、この先も使い易さは維持できるはずだ。

 一人、ケンにだけはカードはないが、こちらは放っておいて問題はないと判断できる。このタイプは、自分に火の粉が降りかかっても、明確な悪たる存在を見つけない限り、それに対して行動したりはしない。あからさまな行動にさえ注意すれば、ある程度の指示は聞いてくれるはずだ。

(うん、それと言って問題はない………)

 細かい部分の修正を頭の中で演算しながら、彼女は状況を受け入れる事にした。

「じゃあ、迷宮区に急ぎましょう。これ以上時間を掛けると足の早い前線組に追い抜かれてしまいます」

 ウィセが納得したので、ケンはそれに頷いて応え、サヤは何も考えてなさそうな暢気な笑顔で付いてく。

 残された二人も、時間が惜しいのは事実なので解らないなりに後を追いかける事にした。

「な、なんか突然変な事になっちゃったね………?」

「そうだな。でもまあ、結果オーライだろ? 図らずも、パーティーメンバーが出来たんだからよ?」

 タドコロに言われ、マサは、はっとしたように視線を向ける。

(俺………、いつの間に………?)

 二度とパーティーは作れないかもしれないと思っていた。タドコロと言う理解ある人間に拾われたのは、ただの偶然だと思っていた。それが何故だろう? まるで偶然が重なる様に、波乱万丈の内にパーティーメンバーが揃ってしまった。

 いつか誰かが言っていたような気がする。偶然が重なれば、それはもう“奇跡”なんだと………。

 

 

 9

 

 

 第二層迷宮区のMobは大抵が牛男と言う様なオーク的な魔物が中心だ。その所為だろう、腰にだけ布を巻いたほぼ裸の男の様な魔物が多い。ウィセに限らず、今までのサヤの人となりを見てきた彼らは、その半裸のMobを見れば、悲鳴を上げずとも嫌がるのではないか? っと危惧した。だが、実際にはそんな事はなく、むしろなんでそんな危惧をしたの? っと言いたげに首を捻っていた。

 そのおかげ―――っと言うわけでもないのだろうが、案外迷宮区の攻略は順調に進んだ。

 現在も、≪トーラス輪投げ男(リングハーラー)≫と言う、わっか状の刃を投げてくる半裸大男に対して、サヤは戸惑う事なく戦っている。

 戦いに於いて、ウィセは出来るだけ自分がLA(ラストアタック)を取れるように立ちまわっている。それは、パーティー内で決めた『アイテムはゲットした人の物』と言うルールを守りつつ、できるだけ自分が得するためだ。もちろん、あからさまなLAを狙っていては、サヤはともかく他に不信がられる。なので、LAの狙いは、レアアイテムを落としそうなモンスター、もしくは、自分が必要とする素材アイテムをドロップできるモンスターに絞り、無茶なLAの取り方を控える事で『比較的多くLAを取る』というスタンスを手に入れている。

 特にタドコロに関しては、前回のフロアボス戦で共に戦った事のある相手だ。何かしら勘付いていないとも限らない。サヤのカオスの所為で、互いに声を掛け損ねているが、仲が良かったわけでもなければ同じパーティーだったわけでもない。なので、互いにスルーする事に決めたようだ。

 ≪トーラス輪投げ男(リングハーラー)≫が、わっかの刃を持ったまま殴りかかってくる。それを一度後方に下がっていたウィセは、まだたどたどしい集団に向けて指示を飛ばしていく。

「マサ、ガード! ケン! すぐにスイッチを!」

 声に従い、マサが盾でトーラスの一撃を受け止める。攻撃が弾かれたトーラスが一瞬怯み、その隙を突く様にケンが走る。

「スイッチ!」

 ケンが声を出してタイミングを伝えると、それに合わせてマサが飛び退き、ケンの視界をクリアにする。一気に駆け込んだケンは、短剣のソードスキル、≪ラウンド・アクセル≫を叩き込む。まるで円を描く様に素早く放たれた二連撃技が決まり、トーラスは大きく傾く。

「サヤ! タドコロ!」

 最後のトドメを二人に指示する。LAを狙う時はここで自分が決めに行くが、既に前二回の戦闘でLAを取っているので、ここは二人にやらせる。

「は………っ!」

「りゃあああーーーっ!!」

 二人掛け声を上げ、同時に飛び出す。

 サヤは速度のある突撃技≪ソニック・チャージ≫。

 タドコロは二連続突き技≪ツイン・スラスト≫。

(今度は上手くやりなさいよ………!)

 内心ハラハラしながら様子を窺う。

 飛び出したサヤが、見事にトーラスの胸を打ち抜き、≪遅延(ディレイ)≫を継続させる。今まで何度か外していたタイミングだったが、今回は上手く行った。しかし―――、

「―――っと!? あっぶねぇ~~~~っ!!」

 前に出過ぎた。続けてトドメの二連撃を放つはずのタドコロの射線に入ってしまい、危うく自分が刺されるところだった。

「わわっ! ごめ~~~んっ!」

 何とか手首を返して、サヤを避けたタドコロだったが、無理な軌道変更の所為でソードスキルが途中でキャンセルされてしまう。一撃は入った物の、二撃目が放たれない。トーラスのヒットポイントも数ドット分残っている。

「まったく………っ!」

 念のために控えていたウィセは、積極的なLAはしたくないのだが、と内心毒吐きながら、曲刀ソードスキル≪リーパー≫の縦切りを前に出て放つ。距離敵にギリギリではあったが、それも計算していた距離。目算通りトーラスの腕を斬り飛ばし、そのままポリゴンの破片へと爆散させる。

 曲刀、≪シャムシール≫を腰の鞘に収め、ウィセはサヤの方へと向き直る。

「サヤ、今度は前に出過ぎです。あのままタドコロのソードスキルを受けていたらアナタが危ないところでした。タドコロも、犯罪者としてオレンジカーソルにされていたかもしれません」

「あうぅ………っ、ごめんなさい………」

 叱られた子犬の様に、しゅんっ、と項垂れて謝るサヤ。

 ウィセはそんな彼女の隣に立ちながら努めて優しい口調で助言する。

「≪ソニック・チャージ≫の様な突撃技を使いたがるのはアナタの悪い癖です。今回はそれが適していましたが、後続が控えている事を考えて、急所狙いではなく、脇を狙うべきでした。もしくは狙いを上下に絞れば、後続も対応し易かったはずです」

「うん! 次は頑張る!」

 両手の拳を握って気合を入れ直すサヤの姿に、他のメンバーも安心したように、もしくは癒された様に和む。

 正直、ウィセにとってはこれがあるから困るとも言える。

 サヤは他人の助言を素直に受け入れる。覚えが悪いのか、性に合っていないのか、集団戦では、度々ミスを重ねるサヤだが、それも今までソロで戦ってきた時の癖と考えれば、合点はいく。ただの役立たずなら切り捨てる事も考えたが、サヤの従順さは捨てるに惜しい。何より、この子の独特の雰囲気は、周囲の人間から(けん)を抜く。おかげで今みたいな場面でのウィセがLAを取る事態が増えても、誰も咎める気など起こさない。サヤの雰囲気は良い隠れ蓑にもなるのだ。

(っとは言え、今回はあまりLAを乱発したくはないですね………)

 ウィセがそう危惧するのも理由がある。

 それは、迷宮区に入ってから連続しているとある不運が原因だ。

「おっ! 皆! 宝箱発見したぞ!」

「わ~~~いっ!!」

 タドコロの声に逸早く反応したサヤが、『ごはん』の言葉を聞いた子犬の如く駆け付ける。

 その後を追いながらケンとマサが二人同時に「子供か………っ」と呟いてしまう。

 三人でサヤとタドコロを追いながら、その表情は少しばかり険しい物になっていた。

「今回は………ありますよね?」

「だと良いケド………」

 マサの呟き、返答するケン、沈黙するウィセ。

 三人が追いついた先では、苛立たしげに宝箱を蹴るタドコロと、しょんぼりしているサヤの姿があった。

 概ね三人の予想通りの姿だ。

「また空なのね………」

 さすがに落胆の色を隠せないウィセ。

 既に迷宮区をそれなりに奥に進んできたはずだと言うのに、ここに至るまでの宝箱は全て空っぽばかりなのだ。前線組を出し抜くつもりで急いできたと言うのに、コレでは意味がない。レアアイテムが彼らの主目的ではないのだが、それでも逸早く駆け付けた未踏破ダンジョンで、行く先々の宝箱がカラと言うのは、さすがに堪えていた。

 誰かに責任転嫁して責める者こそいなかったモノの、皆の表情は一様に暗い物になってしまう。

「でもすごいね~~~、僕達だって早めに来たのに、それより早く迷宮区に潜り込んで先々進んでる人とかいるんだ~~~?」

 ただ一人、サヤだけが暢気な呟きを上げている。

「そんな奴、元ベータテスターでもないと無理だろうケド………、それにしても早いよなぁ~~………?」

 マイペースと言う意味ならケンも負けていないだろう。

 サヤのように暢気ではないが、それでも自分のリズムを崩している様には全く見えない。

 この中でダメージが大きいとすれば、自分を含めた三人だ。ウィセはそう思い、すぐに「いや」と心中で否定した。自分はLAの乱発で大量のドロップアイテムを収穫している。サヤは失敗ばかりでLA率ゼロ。マサは防御を中心としたスタイルらしく、こちらもLAはゼロ。殆ど繋ぎ役を務めるケンは時たまLAに成功しているが、ラストを任されているはずのタドコロはサヤのミスの煽りを受けたり、サヤに気を使い過ぎて自分が失敗したりと何度もLAを逃している。

 明らかにダメージが大きいのはマサとタドコロだろう。

(溜まる前にガスを抜いておきたいのだけど………)

 ストレージを整理するフリをして考える時間を稼ぐ。ウィセの行動に、皆もヒットポイントを気にしたり、ストレージを確認しだす辺り、ウィセの立ち位置が確立し始めているのは明らかだった。

「でもさ、ただのベータテスターじゃない人で、こんなに早く迷宮区を抜けられるフットワークの軽いパーティーっている物なの?」

 先程の話を続けるサヤは、ストレージに書かれた文字と格闘しているのか、珍しく険しい顔でメニューと睨めっこしている。文字が読めないと言うのは、やっぱり嘘ではないようだ。新しい字を見つけたら隣のマサに尋ねて読んでもらっている。

「………、あ~~~………、まあ、心当たりがいない事も無い~~~………よな?」

 サヤの質問に肩を竦めるだけだったケンの横で、未練がましそうに空の宝箱を調べていたタドコロが、ウィセへと流し目を送り―――ウィセがちょっと気持ち悪そうに引いた。

「タドコロさ~、普段はまともナノニ、流し目すると超怪しいね」

「『アナタの視線に犯罪の色を感じます』っ!?」

 よく解らないショックの受け方をしながら落ち込むタドコロを無視して、サヤとマサがウィセを見上げる。

「二人は心当たりある人がいるの?」

「ええ、まあ………、第一層フロアボス攻略の時に、ね………」

 己をベータテスターのチーター、略して≪ビーター≫と名乗り、元ベータテスター達に向かいかけた恨みの矛先を自分へと集めた男。一層フロアボスのLAを獲得し、黒い様相を纏った盾無しの片手剣使い。恐らくウィセの知る限り、今現在、尤も最強のプレイヤーに類する一人。

 

 ―――キリト。

 

 彼に対して何らかの感慨があるわけではないが、この場で名前を出す事に意味があるかどうか悩んでしまう。ここにいる者に限って、彼を恨む物はいないかもしれないが、それでも名前を聞けば印象付くのは確かだ。それがどんな方向に転ぶのか解らない以上、無暗矢鱈に名前を使うべきではないだろう。

 タドコロが言葉を濁した理由とは異なるが、ウィセはそう結論付けて適当にぼかす事にした。

「第一層のボス戦の途中、ディアベルが戦死してレイドが混乱しかけた時、率先して前に出て、ボスを倒した剣士がいたんです。彼ならば、迷宮区に先に入ってさえいれば、宝箱の全てを取って行くのは可能かもしれません」

 っと言いつつ、明晰な彼女の頭脳では、彼一人では、一度戻った前線組を出し抜くために急いだ、自分達に追いつかれずに先回りするのは不可能と結論付けていた。いくら優秀なプレイヤーとは言え、回復アイテムや、モンスターの撃破に時間は掛ってしまうのがソロプレイヤーの弱みなのだ。それなのに自分達は未だに追いつけていない。彼には優秀なパートナーがもう一人付いているのかもしれない。

(まあ、そんな事はどうでも良いか………)

 そう、≪ビーター≫キリトにパートナーがいるかどうかなどどうでも良い。

 問題なのは、今自分達が彼の先駆けの被害を被っている事だ。

 サヤとマサは、何だか気が合ったのか、ボスを倒した剣士についてワクワクした感じに話している。マサも、サヤの事を「サヤちゃん」と呼んで妹に接する様な態度なのを見ると、案外相性が良いのかもしれない。ケンはケンで、先程からタドコロをからかって遊んでいる。年上相手に物怖じしないマイペースなケンと、やたらと気さくなタドコロ。この二人もまた相性が良いのかもしれない。

(サヤのカオスで寄せ集めただけのパーティーだけど、案外うまく回っている………。この回転を鈍らせる要因は早めに解いておきたい………)

 今後の苦労を考え、ウィセはストレージ内にあった、自分にとって不必要なアイテムをオブジェクト化する。

「ねえ、これ、さっきのトーラスからドロップしたんだけど?」

 そう言って差し出したのは、丸い円形の刃に布が巻かれ、握って使う事のできる≪円月輪(チャクラム)≫だった。

「私は投剣スキル持ってないのでいりません。投剣と体術スキルがあれば、使えますが、何方かいりますか?」

 ガス抜きの施し。いらないと言われたとしても、自分が渡そうとした行動を見せれば、相手に悪印象を与える事はない。なんなら、後でお金に換えて皆で分配してしまっても良い。そう考えた上での計算された行動。

「僕、体術スキルしかない」

「俺はどっちも持ってません」

「ああぁ………、タドコロさんは心が広いので、別の奴に譲ってやりますよぅ~~?」

「サヤとマサがいらないなら僕がもらいますケド」

「あっれぇ~~? 今のスルー何処かで憶えがあるぞ~? これはフィールドボス攻略会議の時か~~?」

「じゃあケンに上げるわ」

「どうも」

「うおぉ~~い? タドコロさんは此処ですよ~~~? 見えてますか~~~?」

 軽くタドコロが無視される中、ウィセはケンにトレードしながら考える。

 これで、ケンの内心は多少緩和されたかもしれないが、他二人はそうもいかないだろう。そろそろ遅くなってきた事も考えると、帰ってから今後の事を考えた方が良さそうだ。

 この時、サヤについてはガス抜きどころか息抜きすら考えなかったのは―――、

「ここの牛モンスターは美味しそうじゃないよね~? 迷宮区の牛モンスターなら、美味しそうなお肉がドロップできると思ったのに~~………。でも、今日は帰ったら≪トレンブル・ショートケーキ≫~~~♪」

「あ、忘れてた………」

 一人だけ幸せ絶頂期にいて、ガス抜きの必要性が全くなかったからである。




後篇に続く。

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