読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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やっと出せました後篇。
後半、添削が流しだったので、ちょっと読み難いところあるかもしれません。
ついに完結編です。お楽しみください。

※添削、終わりました。


第五章グランドクエスト03:西条真奈夏

グランドクエスト03:西条真奈夏

 

 

 

 

 

 11 (フレンチア)

 

 

 

 腰の剣を抜いたアイリオン―――否、≪ザ・ミューズデット・アイリオン≫は、閃光となってルナゼスへと迫る。開幕の一撃に合わせ、ルナゼスは≪マズルフラッシュ≫の≪スラント≫で迎え撃ち、弾き返す。通常よりも強い衝撃を受け、仰け反るアイリオンだが、ルナゼスのフリーズほどではなく、側面に周って斬りかかってくる。

 硬直時間の問題で回避が遅れたルナゼスだが、何とか身体を逸らし、頬を掠めるだけで済ませ、後ろに飛び退く。追撃で仕掛けられた攻撃を剣で弾くパリィで応戦し、斬り返す。

 斬り返しを飛び退いて躱したアイリオンは、再び閃光となってルナゼスの背面を狙って疾走するが、ルナゼスの≪マズルフラッシュ≫の方が速く、彼の反射速度で充分に対応されてしまう。

「ルナ? 気付いてる? 確かにルナのそれは私の≪閃光化≫のスキルを相殺出来てるけど、相殺する度に、かなり大きい隙が出来てるよっ!?」

 相殺されて仰け反るアイリオンよりも、≪マズルフラッシュ≫の後遺症で硬直時間が延長されてしまっているルナゼスの方が、状態復帰に時間がかかってしまっている。その隙をついて、迫るアイリオンの剣撃を、ルナゼスはギリギリのタイミングで辛うじて避けているだけだ。何処でボロが出て致命傷を受けるとも限らない。何より、ボスのステータスを持つアイリオンに対し、プレイヤーでしかないルナゼス一人が単体で戦えると考える方が無理がある。

 だが、そもそもルナゼスは戦って勝とうなどとは思っていなかった。

「いいさ、負けたら負けたで、俺の役割は果たした事になる」

「? どう言う事?」

「実は、ここに来る前、仲間と喧嘩しちまってな? 俺が居ると、俺に遠慮してお前と戦えなくなる奴がいるかもしれない。そうでなくても、俺が攻略の邪魔をしちまうかもしれないだろ? ………でも、俺が居なくなれば、誰も遠慮する必要は無くなる。皆ならきっと、お前を止めてくれるさ」

「ルナ? ルナ何を言ってるの? それじゃあまるで、ルナがあいつらのために捨て石になるみたいじゃない?」

「捨て石か………。言い方悪いけどその通りなんだろうな? もちろん、俺がお前を止められる事に越した事は無いが、それでも、負ける覚悟もしとかないとな?」

 そう言いながらルナゼスはポーションを取り出し、一息に煽ってから剣を構え直す。

「まったく………、俺の恋した女は、皆命がけばっかりだな」

 呆れた様な口調で、だが、何処か誇らしげに、彼は告げる。

 そんな姿を見て、アイリオンは何を思ったのか、ふらりとバランスを崩しながら、何とか立て直し、暗い声を放つ。

「そう? そうなの? やっぱりルナは、アイツ等が居る限り、アイツ等に縛られたままなのね? じゃあ………何としてもアイツ等と引き離さないとね?」

 

 スバッ!!

 

 突然、アイリオンの右肩から黒い霧が噴出し、黒い腕となって疾走する。警戒して身構えたルナゼスだったが、その腕は彼には見向きもせず、その後ろの入口へと迫り―――、

 

 ズガンッ!!

 

 扉を切り裂くのではないかと言う一撃を加えた。

 何のつもりかと訝しむ彼の目に、ゆっくりと扉が閉まっていく光景が飛び込む。

「扉が閉まれば、ボス戦中の出入りは誰にもできない。後はルナが必要もない≪転移結晶≫を使わない様に両腕を斬り落としてあげるね? それから両足も切って、少しの間動けなくなってもらうの? その間、ちょっと大変だろうけど、私、がんばってSAO中枢、カーディナルシステムに接続して、ルナのシステムデータを弄ってあげるわ。≪不死属性≫をアナタに与えて、ここから出られなくして、二人で一生暮らすのよ? そうすれば、誰も私達を邪魔する奴らなんていないから♪」

 その言葉に、驚愕せずにはいられなかった。

 もしそんな事になれば、フロアボスを攻略する事は誰にもできなくなる。それはつまり、SAOクリアの絶対不可を意味する。SAOに閉じ込められた何万人と言う人間が、一生、ここで暮らす事を宣言させられる事になる。誰一人、現実世界へは帰れない………。

「そんな事………ッ!」

 脳裏に過ぎったのは、現実世界に残してきた家族と、大切な人達の姿。

「………させるかぁぁァァッッ!!」

 ステータスの全力を尽くし、一瞬でも早く、扉へと走る。

「俺には………っ! 現実にも大切な人達がいるんだっ! 諦めてたまるか~~~ッ!!」

「それ無理」

 全力で走るルナゼスの頭上、閃光と化したアイリオンが、剣を振り降ろす。何とかパリィするものの、眼前に立たれ、進行を阻まれてしまう。それでも無理矢理抜けるしかないと判断し、突っ込もうとするが、アイリオンは鍔迫り合いを仕掛け、黒い腕で離れたところを捕まえようとする牽制を行い、彼の動きを止めてしまう。

「くそっ! くそぉっ!!」

 焦りから吠えながらも、彼は諦めずに方法を探し、剣に力を込める。

 このままでは自分が一人で来た意味が無くなってしまう。迷惑を掛けた皆への詫びのつもりが、トドメを刺してしまいかねない。それだけはあってはいけないと、必死に抗うが、無情にも扉はどんどん閉まって行ってしまう。

「………ッッッ!?」

 こうなったら、腕を斬り落とされる前に自殺する事も考慮に入れるべきかと悲痛な覚悟を抱き掛けた時―――、閉まりかけた扉の隙間から、巨大な矢が通り抜けた。

 巨大な矢は、エフェクトライトを纏いながら、アイリオンの背中に迫る。咄嗟に気付いたアイリオンがルナゼスを弾き飛ばし、剣で受け止め、矢の進行を食い止めた

 

 ダンッ!

 

 地面を踏み抜く様な音が響き、二人はこの時になって“矢”の正体を知る。

 桜色の袖振りを揺らし、紺の袴に隠された足で地面を踏み抜き、突撃槍(ランス)を両手で持って、今もなお突き進もうとする黒髪の少女。

「せい………っ! リャアアアァァァァァーーーーーーーーーッッ!!!」

 ≪ケイリュケイオン≫ギルドリーダー、サヤは、突撃系中級ソードスキル≪チャージ・ドライブ≫により、矛先にアイリオンを捉えたまま地面を踏み抜き駆け抜ける。

「くっ!? う、あああああぁぁぁぁっぁぁぁああぁぁ~~~~~っ!?」

 ソードスキルの効果で突進に押されたアイリオンは、ボス部屋中心部まで押し込み、最後の一突きで弾き飛ばされた。

「サ、サヤ………!?」

「うんっ! 新しいソードスキル! ぶっつけ本番でここまで出来れば上等ッ!」

「いや、上等って………! ってか、今お前どれだけの距離走ってきたっ!?」

 ルナゼスの≪索敵≫スキルでは彼女の姿は捉えていなかった。もちろん、それ以上の≪索敵≫スキルを持っているであろうアイリオンも、攻撃が迫る直前まで気付けていなかったのだ。ソードスキルの恩恵があったとは言え、一体どれだけの距離を突き抜けてきたというのだろう。

「えっと………半分くらい?」

 サヤが天井を指差し、そんな事を言ってくる。天井までの高さ半分と言う意味だろうか? もしそうだとしたら、相当の距離を飛び込んできた事になるのだが、考えるだけで疲れそうなので止めた。

「いやいや、そんな事より! なんでお前がここに居るんだよっ!?」

「だって、ウィセが行けるなら行って来いって言うから………!」

「まさかこれだけの距離を一人で踏破するとは思いませんでしたけどね………」

 何故か膨れるサヤの発言に、ルナゼスの背後から返事する者がいた。

 驚き振り返った彼の眼には、信じられない光景が広がっていた。

「それじゃあ、皆! 準備は良いかっ!?」

「戦闘開始やっ!!」

 

「「「「「「「「「おおーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」」」」」」」」」」

 

 攻略組、10層フロアボス攻略メンバー達が、全員集結していた。

 一体何が起こったのか解らず、混乱しているルナゼス。そんな彼らから離れ、ボス部屋前の影に潜んでいる少女が一人、開いていたメールウインドウを消し、やれやれと肩を竦めながら微笑む。

「うふふ♪ まったく、少し目を放すとすぐに面白い事をしちゃう方達なんですから♪」

 ふわふわの金髪をさり気無く優雅に掻き上げながら、現在、単独行動中のスニーは一人ほくそ笑んだ。

 

 どれだけ亀裂が入ろうと、どれだけ離れていようとも、集うべき時に集い、力を貸し与える。

 ギルド≪ケイリュケイオン≫は、まだ死んでいない。

 

 

 

 12 開戦前の交渉(ネゴシエーション)

 

 

 

 ルナゼスとアイリオンが戦う少し前まで時間は遡る。

 頭を冷やしたウィセと、元気を取り戻したサヤは、野次馬のナッツを連れ、一階に降りようとしている時だった。

 

 ピロリンッ♪

 

 軽快な音を鳴らし、サヤの元にメールが届いた。

 内容を確認したサヤは、珍しく真剣な表情でウィセに話しかける。

「ウィセ」

「どうしました? 内容が読めませんでしたか? 読みましょうか?」

「お願いします」

 可視化状態にしてウィセの方にウインドウをひっくり返すサヤ。そんなやり取りにナッツは笑いが込み上げていた。

「ウィセ? お前もう、サヤのやる事なら何でも予想できてる感じか?」

「いい加減解らないと、メンタルブレイクすると、さっき教訓したばかりですから」

 キリッ、っとした表情で返されたものだから、今度こそナッツは「ちげぇねぇ!」と笑いを漏らした。

 内容に目を通したウィセは軽く片眉を吊り上げた。

 現在、この≪デパチカ≫には、≪ケイリュケイオン≫のほぼ全員が集まっているのだが、“一人だけ、集まっていない人物がいる”。その“彼女”からの連絡だったのだ。

「ねえウィセ? スニーなんだって?」

 サヤに尋ねられ、溜息一つの間を置いてから答える。

「どうやらルナゼスが一人で迷宮区に入って行ったようです? 予想される理由は二つ。ボスとなったアイリオンを守るためか、それとも、クロノの時の様に自分で全ての責任を取りに言ったのか? どちらにせよ、私達攻略組も、今すぐ動きださないといけないでしょうね」

「へ? ………えっと? 前者だった場合はルナゼスとアイリオンが手を組んで何か仕組んだりするかもしれないから、それをさせないためにも一気に電撃作戦を仕掛けた方が良いからで………? 後者の場合はボスに一人で挑んだルナゼスが完全確実に死亡するから………だよね?」

 軽く握った拳を口元に当てながら必死に考え答えるサヤに、ウィセとナッツが同時に感心した声を漏らした。

「すげぇなサヤ!?」

「訓練の賜物ですね! ジャスとタカシにお礼をしなければ!」

「え、えへへ………!」

 二人に褒められ、満更でもない表情で照れるサヤ。

 そんなサヤを見て、ウィセはある事を思いつく。

(もしかして………、今のサヤなら、あるいは………!)

 賭けかもしれない。そう思いつつも、今こそ投資の時だと決意し、真剣な表情でサヤに進言する。

「サヤ、これからどうするのか、アナタが決めてください」

「なに!?」

「………僕が決めて良いの?」

 驚くナッツとは対照的に、サヤは冷静な表情で訊ね返す。

 そんなサヤに対し、ウィセは、厳しいとさえ思える口調で告げる。

「現状、どちらにしても私達はとんぼ返りで攻略に戻らなければなりません。≪ケイリュケイオン≫だけで攻略するにはレベルも人数も足りない以上、他の攻略ギルドの協力は不可欠。ですが、偵察だったとは言え、アイテムを消費したばかりでは、どんなギルドでも参加したがらないはず。それを見事に口説き落としてみなさい。私は一切口出ししません。もちろん、他の仲間達に対しての説得も、サヤに全て一任します」

「………。一つだけ良いかな?」

 視線を下向きに、しばらく考えてから、サヤは不思議なくらい表情を変えずに質問した。

「ウィセは、僕の判断に従える?」

「アナタの判断が正しいと判断したら」

「なら、従ってもらうからね………」

 即答し、勇み足でウィセの隣を過ぎ去る。

 いつにない強気なサヤに、ウィセもナッツも少なからず驚きを隠せない。

 サヤが一階に現れると、真っ先に反応したのはワスプだった。座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、その勢いのままサヤを抱き締めた。

「サヤさんっ!」

「きゃぴっ!?」

「良かった! ホントに良かった! HPはまだ残ってるのに、ずっと目を覚まさないから心配してたんですよ! 本当に良かった………!」

 腕の中でガッチリ固まるサヤの事には気付いていたが、ワスプも殴られる事覚悟で抱きしめているらしく、言いたい事を言った後は、しっかり歯を食いしばっていた。

 「ああ~~………、コイツ殴られるぞ~~?」っ的な雰囲気でギルメン達が見守る中、拳を振り被ったサヤは、その拳を停止させ、しばらくプルプルと震えた後、拳を解くと優しい手つきでワスプの腕を解く。いつにない反応に戸惑うワスプは、サヤの顔を覗き込み―――思いっきり罪悪感で傷ついた。

「し、しんぱいかけて、ごめんね~~………!」

 身体中を痙攣させ、目をナルトにし、変な汗がだらだら流し続けている状態で、平仮名表記しかされていない様な声が絞り出される。

((((((((((何かすっごい我慢してるっ!?))))))))))

 とりあえず離れたワスプは、しきりに「ごめんなさい」を繰り返し、痛む胸を押さえた。

 彼と距離が出来たところで、深呼吸で冷静さを取り戻したサヤは、改めて真剣な表情で室内を見回す。

「丁度良く皆いるね? 実は急ぎの仕事が出来たんだ。生憎説明してる時間がないから、これから言う質問にだけ答えてね?」

 サヤはそう前置きしてから、誰かが言葉を挟む前に次のセリフを口にしていく。

「ルナゼスを助けたいと思ってるなら何も聞かずに僕の言う通りに行動して。出来ないなら邪魔になるから動かないで。質問に答えてる暇は無いから、行動で応えて。これからボス攻略に行く」

 それだけ言ったサヤは困惑する仲間達を無視し、外へと出て行く。

 一体何がどうなっているのか解らなくて混乱する仲間達だが、表情は戸惑いつつも、誰一人、その場に残ると言う選択肢を選ばなかった。ギルメン全員と、ボス攻略参加者は、出て行ったサヤの後を追う。もちろん、ウィセとナッツも一緒だ。

 外に出たサヤに追いつくと、サヤは前を向いたまま仲間達に指示を飛ばす。

「タカシ、シンとフレンド登録してる? 出来ればこれから行く所に呼んでおいて。ケン、クロノ、タドコロ、悪いんだけど、三人は急いで迷宮区に行って、ボス部屋までのモンスターを出来るだけ倒しておいて。ラビットは色々頼むから僕の後ろに居て、すぐに対応できる様にしておいて? ビックリしても態度に出しちゃダメだよ? ウィセ、他の攻略組に連絡―――」

「もうしてあるわよ」

「じゃあ、対アイリオン戦の戦術は?」

「もう少し時間が欲しいですね?」

「抜けてていいから急いで。最悪、戦いに間に合えばそれでいいから」

 サヤの指示に従い、ウィセはチャットを呼び出し、誰かへ通信を交わす。わざわざチャットを使っているのだから、相手は複数人の様だ。

 他の面々も、意味が解らないなりに自分達の役割を果たす為に動き始める。これから一体何が起こるのか? 皆一様に首を傾げるばかりだ。

 

 

 

「僕達≪ケイリュケイオン≫は、これからすぐにボス攻略に向かおうと思っています」

 緊急ボス攻略会議の名目で集められた攻略組プレイヤー達が、サヤの第一声によって、全員呆気にとられた。その態度をどう思ったのか、サヤは「おっと………」と言った感じに照れた様な笑いを浮かべる。

「申し遅れましたっ! 僕はサヤです。≪ケイリュケイオン≫のリーダーやってるんです!」

 元気よく答えるサヤの態度は、さっきまでの真剣なモノと違い、いつも通りの天真爛漫な少女にも見える。

 そんな子供っぽい少女を前に、リンドもキバオウも、正気を取り戻し、突っかかる様に聞き返す。

「なに言っとるんや自分? ワイらはついさっきボス戦したばっかやで? そんな余裕が何処にあんねん?」

「そうだとも。ボス攻略は充分な用意をしなければならない。回復アイテムはもちろん≪転移結晶≫や装備、必要要員、色々検討しなくちゃいけないんだ。いきなりボス戦で『はいそうですか』とはいけないよ」

「中止や中止! ………まったく、こんなアホな話をするためにワイらを呼んだんかいな?」

 すぐにでも解散ムードを漂わせる攻略組に対し、サヤは不思議そうな表情で首を傾げる。

「なんで怒ってるの? 攻略しに行くって言っただけなのに?」

 そんな態度に怒りを感じた二人は、何も解っていない子供を諭す様な態度に出る。

「アホ抜かせ! こちとらさっきの偵察で必要なアイテムが不足しとるんや! その補充はもちろん、攻略のヒントになるクエスト散策で人数も割いとるんやぞ!?」

「それに、あのボスはかなり高度なAIを積んでいる上に、今までのボスの常識を軽く超えている。何の対策も無く飛び出すのは危険だ。そんな危険な戦いに、俺達は参加できない」

 その台詞を聞いたサヤは、やっと得心したように両の手を合わせる。

「ああ、なんだそう言う事だね? ………別に僕、『協力してください』なんて一言も言ってないよ?」

 ヘラヘラ顔で、実にバカらしい笑顔で、彼女はそう言ってきた。

 誰かが「はあぁっ!?」っと声を上げるより早く、サヤは続けて言い募る。

「僕が攻略に参加を求めたのは、僕達のギルドはもちろん、≪ヴォルケーノ≫と≪スペシャル・ウエイポン≫、そしてその他の攻略組プレイヤーさん達です。お二人のギルドには何も頼んでいませんよ?」

 何を言い出しているのか? 誰もがそんな疑問を抱いた視線を彼女に向ける。サヤの笑顔には、子供特有の解っていないバカっぽさしか見受けられず、どうしてもまともなセリフとは捉えられない。

「なんやねんそれはっ!? ほななんでワイらまで呼ばれとんのや?」

「だって、僕達だけで勝手にボスを倒しちゃったら、後で怒るでしょ? 『なんで呼ばなかったんだぁ~~!』って」

「えっと………? ≪サヤ≫ちゃんって言ったかな? 君はボス攻略を本気で解っているのかい? ボスを攻略するには―――」

「最低限の回復アイテム。回復時間を稼ぐための壁役、相手のHPを削っていく攻撃役、相手の攻撃パターンなどに対応した装備、緊急時のための脱出アイテム、攻略に必要な戦術でしょ? ん~~~………? 全部揃ってるけど?」

 あっけらかんに答えるサヤに、誰もが空いた口を塞げなくなる。

 しかし、今の台詞に重要な発言があった事に気付いたゼロは、目を見開きながら、つい言葉を挟んでしまった。

「あのボスを攻略する手段が見つかったんですか!?」

「え? そうじゃなかったら召集掛けないでしょ?」

 当たり前の様に返す少女に、一同が驚きの表情に変わる。それでも理解できないキバオウが、更に質問を投げかける。

「待てや! いくら攻略方法が解ったからって、何の準備も無しに行動できひんやろうが!? そもそも回復アイテムとかどうしてんねん!? 何処のギルドも不足しとる筈やろっ!?」

「ああそれ? それは僕達≪ケイリュケイオン≫が何とかする場面だよ? ………あれ? もしかして伝わってないの? 僕達≪ケイリュケイオン≫が≪商業ギルド≫だって? 既に僕達と商業的契約を果たしている≪ヴォルケーノ≫と≪スペシャル・ウエイポン≫には、僕達から“ボス攻略に必要な回復アイテムを提供する準備がある”んだよ? そして、必要な人員を提供するのも≪ケイリュケイオン(僕達)≫の仕事。後は攻略に必要な戦術だけだけど、ウチには凄腕の軍師がいますから!」

 自慢げに胸を張ってみせたサヤにより、誰もが一人の少女を想い浮かべただろう。本物のギルドリーダーが現れるまで、個性の強い彼等を取りまとめていたのは、誰でもない、あのウィセなのだ。そしてウィセの実力の程は、それなりに皆の知るところでもある。

「だから、僕達は現状で、既に攻略を開始できる準備が揃っています。後は精神力が持つかどうかだけど? その辺は充分な時間が経ってるみたいだしね♪」

 サヤは笑って言う。この時ウィセとナッツ、そしてもう一人ラビットは、サヤの言ってる事がかなり無理矢理で、そして嘘が混じっている事に気づいていた。

 まず、第一の問題に、回復アイテムだ。それを担当しているラビットは、フードで隠した顔を青ざめさせていた。

(現段階で、ギルドが備蓄している回復アイテムは、急いで買い物したとしても契約ギルド二つ分が限界だよ!? 貯金を降ろしても大赤字で、アイテムが足りるかどうか解んないよ~~~!?)

 第二の問題、人員について、ナッツは密かに仮想の汗を流す。

(ウチのギルドはそれほど攻略に向いたメンバーは揃ってねえぞ? ジャスん所の連中巻き込んでも人数合わせが精一杯だろ? アイテムは誤魔化せても、戦力不足は誤魔化せねえぞ?)

 第三の問題、戦術を担当するウィセは、サヤの無茶ぶりに感心しながら冷たいモノを背中に感じていた。

(戦術は今情報を集め、整理している最中ですよ? まだ完成していない戦術を“完成した事を前提に”話を進めるとは………、これで私が完成させられなかったらどうするつもりなんですか?)

「お二人をお呼びしたのは、あくまで“出し抜く”と言う行為ではない事を伝えるためと、今からでも攻略に参加すると言うのなら、喜んで招き入れると言う意思がある事を伝えるためなんですよ? 一応断っておこうってことです」

 仲間達の危惧を知ってか知らずか、それとも純粋な信頼なのか、サヤは相変わらず子供っぽい表情のまま上から目線とも言える発言をして見せた。

「なに勝手言ってんだよ!? 俺達が消耗したのを良い事に、出し抜こうとする気満々じゃねえかよ!」

 ≪解放隊≫メンバーの誰かが叫び、金切り声を上げる。

「お前等、さっきの戦闘で実は手を抜いていやがったんだなっ!? だから今からすぐに攻略できるなんて言えるんだ!」

「そうだ! 俺は見たぞ! コイツ等の仲間の一人が、何もしないで棒立ちしてたのをっ!!」

 両腕を斬り落とされるほど本気で戦ったサヤのことを無かった事にするような発言に、ワスプが額に青筋を立てる。同じくマサも表情を強張らせながら、怒りを押し殺した表情をしている。彼ら以外にも、あの戦闘で最も外見的損傷を受けたサヤに対しての発言に、数多くのプレイヤー達が不機嫌な表情を取った。

「仮にそうだとして何か問題があったのかなぁ?」

 そんな中でも、サヤは平然と言ってのけてしまう。むしろ、子供の様な無垢な瞳の奥では、その言葉を待っていたと言うかのような、うきうきした気配が漂い始めている。

「アレは元々偵察戦の予定で戦っていたはずだよ? 楽に勝てる相手だったならともかく、あれほどの強敵を相手に、“本気を出して返り討ちにあいたかった”なんて思ってるの? それは≪解放隊≫の総意なのかな?」

 笑顔のまま、サヤは軽く流す様に言う。この言葉を聞いた在野組は、サヤに同調するように微かに口の端を笑ませた。

 金切り声を上げた本人は、顔を真っ赤にして何事か言い返そうとしたが、それをキバオウに「黙れや」の一言で止められた。この時一瞬、サヤの瞳の奥が「止めてくれない方が都合良かったのに?」っと言っているかのように落胆の色を見せたのだが、幸か不幸か、誰もそれには気付けていない。

 リンドは一歩前に出ると、強張らせた表情でサヤに問いかけた。

「それじゃあサヤちゃん? 君は俺達両ギルドが何も準備が出来ていないから大人しく待っていろって事を言いたいのかい?」

「え? それがリンドの答えなの?」

 逆に驚いて見せるサヤ。この瞬間、彼女自身はもちろん、彼女の教師役を担っていたタカシが、大人として、それなりに交渉を経験済みのタケが、文屋として訪れていたシンが、「掛った!」っと悟った。

 こう言うのに気付き易いウィセは、このタイミングには既に己の作業に没頭し、サヤ達の声を聞くだけで済ませていたので、リアルタイムでは気付けなかった。後に彼女はこう言う。「あれはサヤのキャラクターと、相手が因縁を付けたがっていたが故に出来た見事な誘導でした」っと。

「その言い方だと、まるで違う選択肢がある様だけど? 俺達が何の準備もできない事は、君でも解っていた事じゃないのかい?」

「なんで? やり方なんていくらでもあるのに?」

 とぼけてみせる幼く見える少女に、リンドは若干の苛立ちを込めながら更に尋ねる。

「そうは言うが、実際俺達はボス戦で多大な被害を受けた後だ。そのすぐ後に再戦できる程の準備なんてできるわけないだろう?」

「リンド? それ本気で言ってるの?」

 サヤは笑った。顔だけで笑う、感情の無い笑顔の仮面で、問いかけながら、続けざまに手を翳し、自分の背後に控えているギルド達と、在野組へと視線を誘導させる。

「“君達より小規模であるはずのプレイヤー集団が、既に再戦できる用意を済ませていると言うのに、君達は何もできないと言うの?”」

 瞬間、リンドとキバオウは絶句するしかない。彼らの準備不足は仕方のない事だ。変えようのない事実だ。誰に咎められる事ではない。むしろこの短時間で準備を済ませている方が異常なのだ。―――だが、彼等はそれを口にする事は出来ない。してしまえば、最前線攻略組としてのプライドが傷つく。プライドを無視しても、最前線を指揮する攻略組プレイヤーとしての発言力、組織力は一気に落ちる。なんせ、周囲からは“ただ多いだけのギルド”として見られるようになるのだから。文屋のシンがいる所為で、その効果は更に広く大きくなっていると見て良い。退くしかない。退くのが普通だ。だが退けば彼等は攻略組の統率力を削られる事になる。代わりに頭角を示すのは、間違いなく、複数のギルドと契約関係を持つ≪ケイリュケイオン≫だ。

 この後、ボス戦に負けて帰ってくれば、何の心配は無い。大言壮語の口だけギルドとして終わるだろう。だが、もし万が一勝利を収めれば、彼等は攻略組として、≪最強≫の名を持つギルドとなるだろう。発言力と存在感と言うカリスマを手に入れた彼等は、一気に勢力を伸ばし、攻略スピードを上げる事が出来るようになる。そうなれば、自分達はドンドン下に追いやられ、攻略組の名からも外されかねない。それを避けれたとしても、今までの様に攻略を自分達が仕切るような真似はできなくなるだろう。

 リンドもキバオウも、自分達で指揮を取りたいのはもちろんだが、確実に攻略していきたいと言う気持ちも本物だ。だが、今まで自分達がそれをしてきた事を想うと、今更他人に手綱を譲るのが恐ろしくも感じるのだ。

 だからと言って、二人のギルドに準備は無い。参加するのは無謀。それでも準備不足を理由に断る事は出来ない。

 どうしたものかと、苦渋の表情を作る二人に、サヤはこのタイミングを待っていたと言わんばかりに笑顔を作って見せた。

「僕達≪ケイリュケイオン≫は商業ギルド。契約条件さえ満たしてくれるのなら、個人だろうと団体だろうと援助するよ! その僕達と契約しているからこそ、この人達はボス戦に再挑戦できる。こんな簡単な取引材料があるのに、君達はそれを利用しないの?」

 子供の様に、だが、思いっきり悪戯を仕掛けてやったと言わんばかりの小憎たらしい顔で、サヤは笑っている。

 ある種ストレートな勧誘に、二人はもう乗るしかない。乗らなければ攻略脱退。乗れば≪ケイリュケイオン≫を≪商業ギルド≫として本格的に軌道に乗らせる。だが、攻略組としての彼等の立場と地位は守られる。

「………一つ聞くが? 君達のギルドは、あくまで≪商業ギルド≫なんだな? ≪攻略ギルド≫ではなく?」

「さあ? 僕はそのつもりだけど、皆はどうだったかな?」

 サヤが視線を向けると、なんとなく察したワスプが一番に声を上げる。

「サヤさんの判断に従います!」

 続いてマサ、カノン、ナッツが会話を付けたす。

「サヤちゃんが決めた事なら従いますよ!」

「雰囲気で立場を変えても、その通りに振舞います!」

「俺は戦闘派だぜ! 方針は気分屋のリーダーに従うけどな!」

 不穏な発言を含ませた答えに、サヤはまた悪戯を仕掛けた子供の様に笑う。

「って言う事だけど?」

「………。もう一つ質問や。今回のボス攻略戦はお前等のギルドが仕切るんか?」

「僕の要請で集まったわけですから? でも、今までボス戦に強制参加なんてあった?」

「………。ホンマにボスを倒せるんか? 一体どんな手を使うつもりや?」

「≪商業ギルド≫にそれを尋ねるの? 情報代は見合う物を提供してもらえるのかな?」

 交渉人の発言。

 これが出た時点でサヤは全ての問答を断ち切った。これ以上の情報は契約してからにしろと、暗に告げている。この時点になってやっと、リンド、キバオウ、両ギルドは、お子様の皮を被った立派な商人に嵌められたのだと気付く。そして、これはかなり致命的なミスだ。今ここで≪ケイリュケイオン≫と契約すれば、文屋のシンは間違いなく新聞にこう書くだろう………。

 

『商業ギルド≪ケイリュケイオン≫、攻略組全ギルドおよびプレイヤーとの契約! 攻略組の要となるか!?』

 

 最早、どう転んでも≪ケイリュケイオン≫は、誰もが知る、巨大なギルドとなるだろう。ならば、答えはもう一つだ。せめて自分達がその波に呑まれぬよう、痛みの少ない側に転ぶだけだ。

「………解った。俺達≪聖竜連合≫は≪ケリュケイオン≫と契約しよう」

「はぁ………、≪アインクラッド解放隊≫もや………。エライ嬢ちゃんに目ぇつけられてもうたわ………」

「ありがとう! ………ラビット! 急いで両ギルドに必要なアイテムの提供と、その代金を提示して! 代金は後払いで良いから! それと、他のギルドとプレイヤーにもアイテムの補充して! 僕達の分の割り振りも急いで! 時間がないから全員移動しながら済ませて! ナッツ、カノン、それと悪いんだけどアルカナとヌエも協力して、ボス攻略メンバーを護衛! 皆駆け足! 急いで急いで!」

 途端に真剣な表情に一変したサヤは、きびきびと指示を出し、全プレイヤーを動かしてく。

 ラビットをジャスと協力させ、ボス攻略メンバー全員分のアイテム補充を素早く済ませ、攻略メンバーでないプレイヤーを護衛に使い、待った無しで移動を開始する。

「ウィセ!」

「移動しながら説明します」

 対アイリオン戦術を完成させた事をその一言で伝えてから、ウィセはサヤの耳元で小さく呟く。

「ギリギリでしたけどね」

 ちょっと嬉しそうに言われ、サヤは耳がくすぐったいような表情を一度してから、更に他のメンバーに指示を出していく。その姿はまるで、ウィセが本気でギルメンを操作している時と全く変わらない勇敢なものだった。

(この子は本当に………!)

 そんな姿を見て、ウィセは鳥肌が立つような感覚を得ていた。

(私の目に狂いはなかった………! この子は本当に、育てれば育てた分だけ突出する『香』そのもの! ギルド≪ケイリュケイオン≫だけでなく、他のメンツまで操作できてしまうこの才能………! 私の求めた駒として、これ以上の物は無いかもしれない………っ!!)

 

 ぞくり………っ!

 

 っと、身体中が武者震いを起こす。嬉しさに自然と表情が緩んで行く。最高の駒となったサヤを見て、ウィセの中でのサヤの存在がどんどん大きくなっていくのを感じていた。

 不意に、近づいてきたリンドとキバオウが、ウィセに対し苦笑い気味に呟いた。

「君達のリーダーは、案外とんでもない子だね?」

「ホンマ、アンタがリーダーをゆずっとるわけやで………」

 呆れる二人に対し、ウィセは口の端笑ませた。

「当然じゃないですか………だって―――」

 振り返り、ウィセは、自分で自覚する以上の満足そうな笑みを向けて言った。

 

「私のサヤなんですから………っ!」

 

 その瞬間の笑顔に、リンドとキバオウだけではなく、偶然近くに居たキリトやアスナにテイトク、≪スペシャル・ウエイポン≫、≪ボルケーノ≫達は、思わず見惚れてしまったと言う。

「きゃうっ!?」

「わあっ!? サヤさんが転んだ!?」

「たまに褒めるとこれですかっ!?」

 そしてすぐにいつもの表情に戻り、ワスプと一緒にサヤを助け起こす。

 まるで、さっきのは夢幻であったかのように………。

「さ、触らなくて良いから!?」

「黙りなさい時間がありません」

「ごめん、時間ないですから」

「ひぃ~~~~~~~~~~~~っ!!」

 リーダーの勇士も、夢幻だったかもしれない………。

 

 

 

 13 撃破(テイク)

 

 

 

 ボス部屋に駆け付けた攻略組の集団に呆けてしまっているルナゼスに、サヤは近づいて話しかける。

「遅くなってごめんね! 先遣隊の役割、どうもでした!」

「は? 先遣隊?」

 サヤの言っている意味が解らず聞き返すルナゼスの頭をタカシの大きな手が乗せられる。

「お前は、先に単独でボスに挑み、ボスに対して俺達の立てた戦術が有効かどうか確かめるために単独で調査に行った―――って事だ!」

 詳しい経緯は解らなかったが、どうやら自分を助けるために一芝居打ったらしい―――っと言う事はさすがに理解出来た。

「でも、なんで俺が一人で来てるって解ったんだ?」

 小声で尋ねると、いつも通りニコニコ顔のサヤが「スニーに感謝しなよ?」と可愛くウインクして見せた。普段の無邪気さが十二分に発揮され、色っぽさは全く感じないが、マスコット的な可愛さにルナゼスの鼓動も勝手に反応してしまう。

「オマエ、ラ………」

 地獄の底から届いた様な響きのある声。

 すぐさま全員が臨戦態勢を取り、声の主に備える。

 声の主、アイリオンは、声の響きに見合った幽鬼の様な緩慢さで起き上ると、徐に剣を振り上げた。

「お前らの所為でルナは可笑しくなっちゃった………。お前らの所為で………。お前達さえいなければ………っ!!」

 最早まともに思考すら回っていないのではないかと言う形相で、狂った様な声を上げて突貫してくるアイリオン。

 閃光化する姿を見て、慌ててルナゼスが前に出ようとする。だが、彼の首根っこを掴んで引き戻す者がいた。それがキバオウだと知ったルナゼスは、彼の行動の意図が解らず混乱してしまう。

「今はまだひっこんどれ! おどれの出番は回復してからや!」

 言われた通り、ルナゼスのHPはアイリオンとの単独戦闘の影響で既に赤に変わっている。だが、単独で戦ったからこそルナゼスには解っていた。あの閃光化を防ぐ方法は、自分の≪マズル・フラッシュ≫しかないと。ここは振り解いてでも自分が前に出るべきだ。

「頼むぞサヤ!」

「お願いね! えっと………テイトク!」

「さっき自己紹介したばっかだもんな………」

 ルナゼスが抵抗しようとするより早く、サヤとテイトクが二人だけで前に出る。それに合わせ、殆どのプレイヤーが三段構えのバリケートよろしく後方に整列した。まるで、二人を壁の外に追いやる様な布陣にルナゼスは更なる混乱を覚え、抵抗するのを忘れてしまう。

「本当に行けるんだな?」

 ルナゼスとキバオウの前面、三段バリケートの後方でリンドがシナドに話しかけていた。

「ウィセの言う通りなら確実よ。その証明は既に先遣隊のルナゼスが確証している。だから彼は生きている」

「なら、この後も作戦通り………!」

「それで良いから、ウィセは既に次の布陣の準備をしている様ね」

「彼女の先手を打つ速度は、指揮官と言うより策士だな」

「早打ち将棋でもしてるみたいに思えてきます。私も合わせるので精一杯ですよ」

 苦笑し合う二人を見てルナゼスは気付いた。今、このレイドは、≪ケイリュケイオン≫を中心にまとめ上げられている。

(一体どんな手を使ったんだウィセの奴??)

 さっきから状況に流され、ルナゼスが頭の中を?で一杯にした時―――、

 

 ガギンッ!!

 

 ―――っと言う、ソードスキル同士が相殺し合う御馴染の音が轟いた。

 慌てて視線を戻すと、テイトクの剣でソードスキルを相殺させられたアイリオンが、サヤの≪ヘリカル・トワイス≫の三連撃を受けて吹き飛んでいた。サヤのソードスキルを、右肩から出現した黒い腕の爪で打ち合わせ、何とかダメージを軽減させ、一旦退がって距離を取る。

 サヤもテイトクも追いかけず、定位置に二人で背を向けあって構えている。

 サヤは既に目を閉じ、聴覚を最大限に発揮している。

 対してテイトクは、アイリオンを見ているのだが、どちらかと言うとサヤの持つ槍の矛先に視線が集中しているように見えた。

(なんだ? 何が起きてる?)

 再び閃光化するアイリオン。今度は正面からぶつからず、一旦周囲を駆け廻り、攻撃の機会を窺う。その彼女を追う様に………サヤの矛先が、すす………っ、と照準を合わせるように動いている。そしてテイトクは、アイリオンを目で追いかけるのを止め、視界の端で捉えつつ、サヤの矛先を追い掛けている。

 アイリオンが地を蹴り、閃光の速度で彼等の側面目がけ飛び放つ。

 サヤの槍が一拍遅れてアイリオンに向けられる。

 瞬間、テイトクがアイリオンの姿を捉え、ソードスキルを放つ。確実に視界に捉えたアイリオンに向け、ルナゼス以外は不可能だと思っていたソードスキル同士の相殺を見事に合わせた。

 互いに弾かれ、一瞬の隙が出来たところを、サヤが漏らす事無くソードスキルを放つ。

 一度突き出し、そのまま切り上げ、更に上段から槍を叩き落とす三連続ソードスキル≪スタンプ・タン≫を、アイリオンはセリアからトレースした舞うような動きを空中で使い、何とか直撃を避ける。

「“対アイリオン戦術その一、アイリオンの閃光化対策。サヤとテイトクの特性を生かした相殺術”」

 シナドが、ウィセからされた説明を思い出す様に呟く。

「“聴覚に優れたサヤが相手の大まかな位置を認識し、それを槍の矛先で追いかける。その矛先を見て、相手の動きから大体のベクトルを判断できるテイトクがアイリオンの攻撃の瞬間を察知し、同時に攻撃を相殺する。相殺した音を合図に、サヤの追加攻撃でアイリオンに決定打を与える。”………聞いた時はそこまで上手く行くものかと思いましたが、見事なモノです。あの二人、本当についさっき組んだばかりのパーティーですか?」

「あのサヤって子は、集団戦闘を苦手としていて、単独行動は突貫癖が目立ってしまう傾向にあるらしいよ? でも、誰かとコンビを組んだ時だけは、その相手が誰であろうと関係無く、実力以上の力を発揮し、完全にサポートしてしまうんだってさ」

 これまたウィセから聞いた話をリンドが語り、本人も驚いた表情をしている。

 いつの間にそんな戦術を相談していたのかと驚きながらも、ルナゼスは感心してしまう。

「ええから、お前ははよう回復せい!」

「んぐぶっ!?」

 いつまで経っても呆然としっぱなしのルナゼスに痺れを切らしたキバオウが無理矢理ポーションを飲ませる。

 じたばたと手足を無意味に振り回しながら必死にポーションを飲む彼を置いて、戦況はどんどん変化していく。

「………だったら先にこっちを―――ッ!」

 サヤとテイトクのコンビと戦うのは不利と判断したアイリオンは、今度は密集している盾持ち部隊へと向かう。盾持ちの奥にはルナゼス達が居る位置だ。リンドとキバオウのギルドと≪ケイリュケイオン≫の盾持ち三人が控えている完全な壁部隊だ。

「総員! 予定通りに展開!」

 リンドの合図で前面の部隊が≪タワーシールド≫押し出し、腰を落として壁の体勢に入る。もちろん、アイリオンはそれを無視して飛び上がり、前衛の部隊を飛び超えてしまうのだが………、着地地点に視線を送ったアイリオンは驚愕した。中衛に構えていた部隊が、ある一点を中心に取り囲む様に円陣を組んでいる。その中心は、アイリオンの着地地点だ。

「く………っ!」

 歯噛みしながら着地したアイリオンは、閃光化を維持した速度で、もう一度飛び上がろうとするが、助走が足りないのか、壁を飛び越えるほどのジャンプ力を発揮できない。仕方なく飛び掛かる勢いで壁に激突したが、ぶつけられた盾持ち二人をよろめかせただけで、自分も弾かれてしまう。途端、閃光化が解け、通常状態になったアイリオンは、盾持ちの円陣に囲まれた状態になってしまう。そこに、誰かに投げてもらったらしいキリト、アスナ、セリアが壁を飛び越え侵入。小さな円陣を組まれた簡易決闘場めいた場所に、三人がアイリオン目がけて攻撃を仕掛けてくる。

「こ、この………っ!?」

 組まれた円陣の広さは、実はそれほどではない。≪アインクラッド解放隊≫全員を盾持ちにして組まれた簡易決闘場は、幅、約25メートルと言う驚異の狭さだ。そんなところでは、一対一ならともかく、四人も戦えるフィールドではない。普通ならば。

 キリトはフィールド全体を使い、駆け回りながら、アイリオンの背後や側面を執拗に狙い、アスナは何も構わず、ともかく直線的な突きを鋭く放っていく。セリアは、フェイントを織り交ぜ、やたらとアイリオンの近くで小刻みに斬りつけてくる。一人一人は、今のアイリオンなら造作もない動きだが、三人が同時に来られると、動きのパターンが混ざり過ぎて追い切れなくなってしまっている。

「“対アイリオン戦術その二、閃光化の弱点、プレイヤーを飛び越える程の跳躍を見せたのは閃光化している時、その上で充分な助走がつけられている時だけだ。つまり、助走無しの連続ジャンプではプレイヤーは飛び越えられない。跳躍距離も決まった距離しか跳べないから、予め、予想できる着地地点に囲いを作ってやれば、必ず動きを制限できる”!」

 リンドが作戦内容を口にしながら拳を握りガッツポーズ。続けてキバオウも気持ち良く笑いながら教えられた戦術を復唱する。

「“動きを制限しよったら、今度は単独で動き回れる三人を投入し、HP削りや! ボスの一番近くで動くフィールドの広さを必要としないセリア、仲間に攻撃を被弾させてしまう事の少ない突き攻撃を中心にさせよるアスナ、ソロに最も慣れ、攻撃力と回避力を持つキリト、この三人なら狭いフィールドでも、制限を付ければ戦えよる!” これだけ上手く嵌りよると壮快な気分やでっ!」

 珍しく機嫌の良さそうな声を上げるキバオウ。

 良い様に弄ばれていると知って、苛立ちを覚えながらも、アイリオンは状況を打開するためすぐさま行動に移る。閃光化の恩恵を捨て、“壁”に向かって走り体当たり。そのまま背中を押しつけた状態で振り向き様に剣を振り払い、三人を牽制してから、軽く飛び上がり、壁役をしていた一人の肩を足で踏みつけ、二段跳びで飛び越えてしまう。

「お、俺を踏み台に………っ!?」

 踏み越えられてしまった壁役が、お決まりのセリフを吐くと同時、行き掛けの駄賃と言わんばかりにアイリオンの振るった刃が、盾役の無防備な背中を切り裂いた。

「下がれっ!」

 キリトが叫び、その盾役を自分の後ろへと逃がす。しかし、アイリオンはそれを意に介さず、すぐに閃光化し、別の標的を狙う。

「いらっしゃい」

 それを誘う様に無防備な体勢で待ち構えるゼロ。彼の周囲にはサヤやテイトクはもちろん、壁役となる人員もいない様に見える。

 一瞬で判断し、迷わず彼の元へと駆ける。

(どうせ何か策があるんでしょうけど、そう何度も上手く行くもんか………っ!)

 赤い軌跡を残し突進したアイリオンは、今度こそ彼女の思惑通り、ゼロを真上に弾き飛ばした。が、手応えが軽すぎる。まるで羽根でも吹き飛ばした様な手応えの無さに違和感を覚え、すぐさま転身して追い打ちを掛ける。

「今だっ!」

 転身したアイリオンが見たのは、先に飛び上がり、空中で控えていたらしいサスケが、吹き飛ばされたゼロをキャッチしている姿。そして、彼が誰かに指示を出している姿だ。

 指示が飛ばされると、マサ、タカシ、ワスプが、盾を構え三方向から突進してくる。狙いはアイリオンがゼロを攻撃するために向かう進行方向。つまり、アイリオンの先を呼んでの三方向包囲だ。一度捕まった事のあるアイリオンだ、さすがに二度目は警戒し、閃光化したまま進行方向を斜めに変え、包囲から逃れようとし―――、

「っしゃぁ!」

 逃れた先に待ち伏せしていたアルクが、彼女が走り去ろうとした横からソードスキルを叩き込み、吹き飛ばした。何とか剣で受け止めた物の、アイリオンは閃光化をまた解除されてしまう。

「“対アイリオン戦術その三、閃光化中は進行方向を変えられるのはどんなに頑張っても五十度までが限界。それ以上の方向転換する場合は、条件として、閃光化中に誰かを攻撃した後でなければ使用できない。来るところさえ解っていれば、予想できる位置に伏兵を忍ばせ、正面ではなく、横合いから攻撃をぶつければ、閃光化を解除してやる事が出来る。”おまけに閃光化中は急に止まれねえみてぇだな? おかげで余裕を持ってその横っ面をぶったたけたぜ?」

 愉快そうに語るアルクに対し、アイリオンは歯噛みしながらもすぐさま立ち上がる。

 だが、今度はすぐさま攻撃しようとしない。慎重に剣を構えつつ、表情はどんどん険しい物となっていく。

 アイリオンの動きが止まると、周囲を取り囲む様に盾持ちの軍隊が逆円陣で取り囲もうと動きだしてくる。それを止めようと攻撃を仕掛けるが、アスナとセリアにそれを阻まれてしまう。閃光化を使って振り切ろうとしても、距離を取れば彼等にも持ち直す機会を与えてしまう。自分の攻撃手段を悉く封じられ、次第に彼女のHPが減少を始める。

 あの圧倒的な強さを見せていたアイリオンが、まるで赤子の手を捻られるが如くだ。あの閃光化には自分しか太刀打ちできないと思い込んでいたルナゼスは、呆け顔を向ける事しかできない。

「いかに優れた存在に見えても、アレは結局のところSAOに用意されたボスキャラ。ならば、その戦闘パターンには“クリア不可”であってはならない。必ず倒せると言うなら、後は情報を掻き集めるだけでした」

 すぐ後ろからした声に振り返るルナゼス。そこにいたウィセは、頭だけで軽く会釈をしつつ、彼のすぐ隣へと並び立つ。

「ゲームのルールとして彼女が存在している以上、必ず突破口はありました。迷宮区周辺のクエスト然り、彼女が自由に他階層を歩き回っていた事もまた、攻略のための情報漏洩でした。彼女と戦ったプレイヤー達からしっかりと情報を得れば、彼女にも崩す事の出来ない攻撃パターンがあるとすぐに解りましたよ」

 言葉の最後に軽く溜息を漏らしたウィセは、少しだけルナゼスの前に出ると、背中越しに一瞥してから気まずそうに呟く。

「ルナゼス、一度しかいいませんからちゃんと聞いてください?」

「え? なんだ?」

「その………、あの時は、気が立ってしまい、味方相手に剣を抜いてしまい………、………、ごめんなさい………」

 視線を明後日にして、意外と可愛らしく謝る姿に、思わずドキリッ、としてしまった。

「そこっ! 口説いてんじゃないわよ泥棒猫っ!?」

ウィセが視線を外している隙に、アイリオンは閃光化してウィセへと肉薄、直前で閃光化を解き、対処される前にソードスキルを放つ。

「アナタ個人が彼に執着し過ぎていると言うのも弱点ですね」

 瞬間、カタナを抜き放ったウィセはカウンター系ソードスキル≪山嵐≫で、易々とアイリオンに斬り返した。

 大きく仰け反るアイリオンに対し、冷やかな視線を向けるウィセが敗者通告をするかの様に呟く。

「そして、アナタにとって一番厄介な弱点………、一層にいたクロンと言う女の子が教えてくれましたよ」

「スイッチ!」

 ウィセの背後で声が上がり、それに合わせてウィセはシステムによる硬直状態で出来る限り横へと身体をずらす。そのウィセを通り過ぎる様に走り込んできたフウリンが、棍を振り上げ、特大のソードスキルを放とうとする。

「この………っ!?」

 歯噛みしたアイリオンは、切り札を切った。右肩から出現した黒い霧が腕の形となり、その鋭い爪をフウリン目がけ―――、

「それを―――!」

「―――待っとたんやっ!」

 刹那、出現した腕は、左右から割り込んだリンドとキバオウの二人がかりでソードスキルを放たれ、あっさり消滅した。

 完全無防備となったアイリオン目がけ、地面を揺るがさんばかりに踏み込んだフウリンの五連続ソードスキル≪リ・バンカー・ブロウ≫が立て続けにヒット。アイリオンのHPが一気に一段分消滅し、最後の一撃を受けると同時に膝を付いて動きが止まる。タンブル状態になり、一時的に動きが止まったのだ。

 それを見逃さず、キリト、アスナ、サヤ、テイトク、アルク、シナドが殺到するようにソードスキルを次々叩き込んでいく。≪ザ・ミューズデット・アイリオン≫との戦闘が始まって以来、彼女のHPが目に見えて急速に減少して行く。三段あった彼女のHPバーは、あっと言う間に残り一段となった。

 ソードスキルを受けて仰け反り効果でよろめくアイリオン目がけ、硬直の解けたフウリンの吹き飛ばし系ソードスキル≪ブレスト・スマッシャー≫が胸を打ち、ボス部屋奥へと遠く吹き飛ばされ、そのまま壁に激突して、地面に落ちた。

「アナタもMobとしてのアルゴリズムを持っている。だから、スイッチした相手に瞬時に対応できないらしいですね? その一瞬の遅れのおかげで、アナタの黒い腕を切り落とす時間を作るのには充分でした。黒い腕も、一度切り落としてしまえばしばらくは使えないのでしょう? 前回戦った時も、腕をキリトが切り落としてから、もう一度使用する気配がありませんでした。腕自体は相当脆いので、アナタもできる限り使いたがっていないようでしたし、その伸縮自在の厄介な腕は、準備万全で狙わせていただきましたよ。そして最後に、アナタにとって致命的な弱点。前回の戦いでフウリンが偶然にも見つけていました。アナタは打撃系の攻撃に極端に弱い。そしてその圧倒的な速度を手に入れるために、防御力の殆どを犠牲にしていたのでしょうね? 弱点でない攻撃でさえも、アナタのHPは目に見えて減少するのが早かった。閃光化中の攻撃を当てる事の出来たキリトとアスナのおかげで、既に実証も済んでいましたし、フウリンを中心とした攻撃スタイルのチーム編成を取る事に、何の躊躇も抱かずにすみました」

 ボス部屋中心からの一撃で壁に激突する程飛ばされたのだ、これだけでもアイリオンが相当軽い設定なのは窺えた。今もなお、アイリオンは地面に突っ伏したまま起き上らず、残り一段のHPもどんどん減っていく。

「! ウィセさん………」

「解ってます」

 HPバーを確認していたリンドが緊張した面持ちでウィセに声を掛ける。ウィセは短く頷いて応え、黄色くなっても減少を続けるHPバーから目を放さないようにしながら叫ぶ。

「サヤ!」

 名を呼ばれたサヤは目を瞑る。同時に、ウィセから「総員静粛!」の掛け声がかかり、プレイヤー全員が口を噤み、動きを止めた。物音一つ立てず、戦闘中のボス部屋とは思えない静寂が耳鳴りとなって響く。

 アイリオンは地面に手を付き、起き上ろうとするが、軽いタンブルを再び受けてしまったのか、失敗して地面に倒れ込む。同時に彼女のHPバーが赤に染まり―――、

 

 ぴちゃん………。

 

「………!」

 ………スッ、と、サヤがテイトクとのコンビをしていた時の様に槍の矛先をボス部屋の端の水の敷かれた一角を指し示す。

 瞬間、火薬が爆発したような勢いで、全プレイヤーが動き出し、サヤの指し示した場所目がけ、飛び掛かる。

 それとまったく同時、水の中から鱗を持つ、卵型の魚の様なモンスター≪ザ・ミューズデッド・アヴェンジャー≫が出現し―――、登場早々、雄叫びを上げる暇さえ与えられず総攻撃を受けて、地面に倒れる。倒れた隙を狙って再び総攻撃が掛けられ、新たに現れた二体目のボスは、弱点である頭上の一つ目を容赦無く攻撃され、そのHPバーを出現と同時に赤色に変えてしまった。

 あまりに予想外過ぎる状況に、彼(?)のアルゴリズムが混乱をきたしたのか、ともかく逃げようとビチビチ暴れはじめる。身体を揺すり、プレイヤー達を何とか追い払い、一度体勢を立て直そうとするのだが………。

 

 ダンッ!

 

 地を蹴り、飛び込んできた黒い影が、空中からソードスキル≪レイジ・スパイク≫を放つ。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っっっ!!」

 雄叫びと共にソードスキルを決めた黒い影、キリト。彼が地面に着地し、軽い水しぶきを上げた瞬間、新たに出現したボスは、何のなす術もなく爆散した。心なしか、最後に上げた悲鳴は、何処か泣きながら訴えているようにも聞こえた。

 予想外の連続に、もう驚く事も疲れたルナゼスが半ば諦めたように見つめる中、近づいてきたサヤが自慢げにピースしてきた。

「アイリオンがピンチになったら、あの子を守護する新たなボスが登場する事も、そのボスの弱点が頭部の目だってことも、迷宮区周辺のクエストで解ったんだよ! だから、皆に極力音を立てないでもらって、僕がボスが出現する場所を先に予測したの! 新しいボスが出る時、水面が一度波紋を立てることも情報通りっ!」

「もう何を聞いても驚かないぞ」

「ええっ!? ココ僕が一番頑張ったところなのにっ!?」

 もう驚き疲れて感覚がマヒした気分で、淡白な反応しか返さないルナゼス。それを見たサヤは、自分が思った以上に驚いてもらえず、半泣き状態になってしまう。

「悪い悪い」

 その反応が、やんちゃな妹でも見ているようで可笑しかったので、ルナゼスは謝罪を述べながら無造作に手を出し、サヤの頭を軽くポンポンと叩く。

 触られて驚いたサヤは、物凄い勢いで逃げ出し、近くにいたマサの後ろに隠れ、怯えた瞳をルナゼスに向けてくる。

 マサとワスプから軽い非難の視線を向けられ、「しまった………!」と思いながら視線を逸らし………逸らした先でウィセから通常時5割増しの冷ややかな視線を向けられた。

「ごめんなさい………」

 逃げ場無しと判断して素直に謝るしかなかった。

「く、くぅの………っ!」

 悔しそうな声が響き、皆の視線が一点に注がれる。

 剣を床に突き刺し、杖の代わりにして起き上ろうとするアイリオン。その姿には、最早、今までの脅威が感じ取れなくなりつつある。

 あと一息でアイリオンを倒せる。そう判断したウィセが指示を出そうと一歩前に出る。それを止める様に、彼女の肩に手が置かれる。

「悪いウィセ、俺にわがままを言わせてくれ………」

 固い表情のルナゼスは、受け入れてもらえないと思いつつ、後は自分一人にやらせてほしいと頼み込む。

 視線を合わせないルナゼスの横顔をしばらく見つめたウィセは、彼の予想に反して、無言のまま一歩退がった。

 ルナゼスは、口の中だけで「ありがとう」と呟き、一人前進する。

「え? え、ナッスー………!?」

 その姿を見て、事情を知ったサヤが慌ててルナゼスを止めようとすが、それを前に出たワスプ軽く手を翳して制止した。

「ワスプ………?」

「彼にやらせよう」

「で、でも一人じゃ危ないよ………?」

「それでも彼がやるべきだ」

「………どうして?」

 ルナゼスの行動の意味も、それを許容するワスプの意図も、何も解らないサヤは不安で胸を一杯にする。そんな彼女に対し、ワスプはルナゼスに視線を向けたまま、はっきりと答える。

「好きな人を………、愛する人の命を奪おうって言うんだ。その責任だけは、他人に譲ったりなんかできるわけがない」

 力強いワスプの答え。

 それを聞いてしまって、サヤは返す言葉を失った。

 何と答えを返すべきなのか、言葉が見つからない。

 ルナゼスを止めるべきだろうか? それともこのままやらせるべきなのだろうか?

 判断がつかないまま、時間が流れて行ってしまう。

 ただ、その答えは、この戦いの行方が全てを物語るのだと言う事だけは、なんとなく理解できて………。

「………っ!」

 自然と両手に握った槍に力が込もった。

 ルナゼスが近づくと、アイリオンは表情を歪めて呟く。

「ルナ………」

「アイリ………」

「なんで………? なんでよ? なんでルナは………?」

「アイリ………、もう終わりにしよう?」

「終わりじゃない! 終わりに何か………っ!?」

「………」

 一瞬黙ったルナゼス。頭に過ぎったのは、嘗て同じように自分の友達を殺した凄惨な光景に立つ恋人の姿。

「昔………今と似たような事があったよ………。俺は大切な人のした事が信じられなくて………、現実だと解っても、どうして良いのか解らず、ただ見ている事しかできなかった………」

 あの凄惨な現実は、果たしてこのSAOとどちらが地獄だったと言えるのだろうか? それを思うと、今自分の置かれている状況が、現実と大して差がないモノだと思えてくる。

 ならば、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

「俺が何もしなかった所為で、大切な人を失う事になった………。彼女が死んだ責任を、彼女自身に押し付けたまま………っ!」

 自然と強く握った拳を振り払い、苦悶の表情を浮かべる程、彼は感情のまま声を張り上げる。

「もう嫌なんだよっ! 好きな人が、俺の意思を無視して死んじまうのは………っ! アイリッ! ………お前が戦うしかないって言うなら! 俺の大切な人達を傷つけるって言うなら! 俺がお前を倒す! そしてお前の責任は全部俺が貰う! 誰にだって譲るもんか………っ! お前の全てが俺の物だッ!!」

 剣を振り上げ、中段に構えたルナゼスは、覚悟を露わに全身から気迫を放つ。

「掛って来いよ! お前の全てを俺が受け止めてやるっ!!」

「うわああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!」

 爆発するが如く、地を蹴って突進するアイリオン。閃光化を使ってはいないが、ボスのステータスを活かされた速度で猛進する。

 それに構わずルナゼスも迎え撃つが如く突進する。互いの刃が激突し弾き合う。構わず二人は剣を叩きつけ合う。鉄と鉄がぶつかり合う激しい音が鳴り響き、エフェクトの火花が飛び散る。脚を動かし、立ち位置を変えて、互いの剣を一瞬の休みなく最速で打ち出していく。それでも刃は届かない。刃同士がぶつかり合い、弾き合うばかりで攻撃そのものが懐に入る気配は無い。だが、誰が見ても解る程に、その剣撃は一瞬の隙が命取りになる最速最短の打ち合いとなっていて、一瞬の隙すら見せる事が出来ない。隙を見せたが最後、その一瞬に大技を喰らい、命を落とす事になる。

 そこまで解った上で、それでも疑問に思ったサヤは誰ともなく尋ねる。

「どうしてお互いにソードスキルを使わないの?」

「使わないんじゃない。使えないんですよ………。ソードスキルのためにはモーションに入らなきゃならない。その一瞬の硬直が隙となる」

 ワスプがそれに応えつつ、戦う二人のHPを確認する。

 互いに剣をぶつけ合ってはいるが、ダメージが0と言うわけにはいかない。攻撃であろうと武器越しにダメージを負ってはいるようだ。それほどに、互いの防御力より攻撃力の方が上回っているという証拠だが、この状況はルナゼスにはあまり有利とは言えない。

 これについて、ウィセ、ゼロ、タケが考察する。

(ルナゼスのHPは既に全快しています。それに対してアイリオンのHP は既に赤………)

(―――ですが、プレイヤーのルナゼスに対し、アイリオンはボスのステータス)

(恐らくアイリオンの方が勝っているか、良くて同数値と言ったところか?)

 それを裏付ける様に、ルナゼスのHPバーが順調に減っていくのに対し、アイリオンのHPバーは数ドットずつしか減少していない。

(せめて、ルナゼスの主武装が相性の良い打撃系の武器だったなら………!)

(ううん、もしそれだと、あの剣速に合わせられなくなっていた。むしろ、彼の持つ刀身の短い特徴を持つ片手剣が有利に運んでいるはず)

(しかし剣速が速い分リーチが短い、少しでも離れたら防戦一方に陥りかねない)

 フウリン、セリア、シナド達も声を出せない緊張感の中、ハラハラした面持ちで見守る。

(この勝負の決め手は、やっぱりソードスキルだ)

(この平行線を先に崩し、デカイソードスキルを当てる事が出来れば、それが決着になる!)

 マサ、テイトクがこの戦いの根幹を見抜き、その瞬間を見逃すまいと集中する。

(だが、あんまり時間も掛けてもいられんだろう?)

(切り落としたあの黒い腕………、アレが部位欠損扱いされるとは思えねえ)

(恐らくは、時間経過とともに復活する筈でござる。ルナゼス殿が勝利するには、そうなる前に決着をつけねばならんでござる)

 タカシ、アルク、サスケが固唾を呑む。

(決着がつくとすれば、集中が先に切れた方―――!?)

(いや、アイリオンはAIだ。集中が切れるとは思えない。あるとすれば、それはルナゼスが作った刹那―――!)

 アスナの考察を否定する様な思考をキリトが浮かべた瞬間、まるでそのタイミングを見計らった様にルナゼスが勝負に出た。

 アイリオンの袈裟斬りの一撃が≪スラント≫に匹敵する速度で放たれる。これを僅かに下がったのみで回避するルナゼス。ソードスキルを使ったわけではないので、降り降ろした刃は瞬時に跳ね返り切り上げてくる。これに対処するには更に下がるか切り返しパリィするしかない。………が、ルナゼスは全力で前に出て剣を持たない左手を伸ばす。その行動に意表を突かれつつも、ルナゼスが≪体術スキル≫を持っていないのはアイリオンも承知している。驚異として判断されなかった攻撃を無視し、突き出された腕事切り付けようとする。

「………っ!!」

 バリ………ッ!! っと言う音が聞こえてきそうなほど歯を食い縛ったルナゼスは、刃が自分を切り付ける前にアイリオンの肩を掴んだ。掴んでそのまま自分の体を頭上に逃がす。アイリオンの身体を台の代わりにして、前転する様に片手で彼女を飛び越えた。アイリオンにはまるですり抜けたかのように見えるほど、上手く飛び越え、その背後を取った。

「………ッ!!」

 僅かに手間取りつつも着地し、ルナゼスは全力でソードスキルのモーションに入る。

(届けッ!!)

 ルナゼスが現段階で覚えている最大連撃ソードスキル≪ダブルイクス・スライサー≫を放つ。左右に×印に斬り付けた後、最後に横一文字に斬り払う五連続技だ。ダメージが大きい代わりに隙の大きな技なため、片手剣の技としては、中々使いどころに悩まされるソードスキルだったが、この瞬間に限ってはベストなタイミングとしか言いようがない。身体を旋回させる動作もあるので、斬られながら振り返られて反撃されたとしても、回避しながら攻撃する事が出来る筈だ。アイリオンの背後目がけ、ルナゼスの刃が斜めに斬り上げられる。

 ―――次の瞬間、アイリオンの“左肩”から黒い腕が飛び出し、地面に突き刺さり、無理矢理身体を180度旋回させ、………六連続ソードスキル≪スカーレット・ペンタゴン≫がまったく同じタイミングで放たれた。

 

「「「「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」」」」

 

 誰もが予想していなかった事態に、声無き悲鳴が上がる。

 必死に対応しようとするルナゼスだが、上手くソードスキル同士をぶつけ合わされ、いなされてしまう。せめて正面衝突をすれば弾き合えるモノを、アイリオンはそれをさせまいと巧みに軌道を操作する。

(≪マズルフラッシュ≫………っ!? いや、ダメだ………ッ!)

 瞬間加速する一撃を放とうかとも思ったが、あの技は単発にしか撃てない。システムを超えた速度が災いし、撃った瞬間にソードスキル失敗と見なされキャンセルが発生してしまう。それが技後硬直とキャンセルに重なり、通常よりも長い硬直時間を強制されてしまい大きな隙となる。そのため、このシステム外スキルを放つ時は、一撃必殺で決められる時だけだ。

 ルナゼスは、先程の剣撃の中でそれを使わなかった理由は、アイリオンのHPを≪マズルフラッシュ≫の一撃で倒せないと判断したからだ。トドメに使うと決めた五連続ソードスキルを決められなかった以上、連撃の途中で加速した一撃を与えても僅かに届かない。

(どうする………ッ!?)

 死に直面した刹那に、思考が急速に働き、世界がスローモーションへと変わる。

(どうする………ッ!?)

 必死に剣の軌道を変えてアイリオンのソードスキルを打ち破ろうとするが、同レベルの加速思考にあるのか、必死に形相を浮かべるアイリオンもそれを譲らない。

(どうすればいい………ッ!!?)

 四度目の攻撃がいなされ、最後の一撃となる。これをいなされれば、アイリオンに残された六連撃目のソードスキルが叩き込まれ、彼の敗北が………死が決定する。

(もう………っ! ここまでなのかよ………っ!?)

 半ば死を覚悟し、諦めかけた時、急に右手が熱くなった。そして―――、

 

「 ちゃんと帰ってきてくださいね、先輩 」

 

姫利(ひめり)………っ!?)

 聞こえるはずの無い声。だが確かに、聞き違えるはずの無いとある少女の声が、確かに頭に響き―――次の瞬間には、ルナゼス本人が意識するより早く、身体が動いた。

 ソードスキル最後の一撃を放つ時、ルナゼスの全身を構築するポリゴンが揺らめく。

(“アレ”………ッ!? でももう遅い………っ!)

 ≪マズルフラッシュ≫を予想し、アイリオンは更に踏み込み攻撃の速度を上げ、ルナゼスの剣を弾こうとする。だが、予想に反して、ルナゼスの剣はまったく別方向へと流れ、迎撃に出したアイリオンの剣が空を切ってしまう。

(ミス………? いや、これって………っ!?)

 ルナゼスの全身のポリゴンが、テレビの砂嵐の様に歪み、斬り払おうとしていた体勢から、まったく別の体勢へと変わる。

 ソードスキル失敗とシステムが判断した事により、その体制のまま一瞬硬直するルナゼス。だが、その体制は剣を腰溜めに構えた≪ホリゾンタル・スクエア≫のモーションだった。

 刹那に剣がライトエフェクトを纏い、ソードスキルのプレモーションに入る。システムアシストがルナゼスの身体を硬直から解き放ち、アイリオンの最後の一撃を紙一重で避けながら、カウンター気味にライトグリーンに輝く剣閃を懐に叩き込む。

「!?」

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!」

 渾身の雄叫びを上げ、ルナゼスは≪マズルフラッシュ≫に頼らない≪ブースト≫によってソードスキルの攻撃力を極限まで高め、水平四連続斬りを叩き込む。

 ライトグリーンのライトエフェクトが煌めき、ソードスキル終了と共に残心の姿勢で停止すると共に、ルナゼスの視界いっぱいに赤い文字で≪SYSTEM ERROR≫の表記が点滅し、ルナゼスの行動を一切遮断した。今度こそ完全無欠に動けなくなったルナゼスは、緊張した面持ちでアイリオンを見る。彼女のHPはまだ減り続けている最中で、勝敗の行方は解らない。

 そうこうしている内に、仰け反りから復活したアイリオンが、よろめきながらも歩を進め、必死にルナゼスへと手を伸ばす。

 一歩一歩、自由が効かなくなった体を無理矢理動かそうとしているかのように近づくアイリオン。未だルナゼスの視界には≪SYSTEM ERROR≫の表記がなされたまま、動く事が叶わない。

 アイリオンが一杯に手を伸ばし、あと一歩でルナゼスに届くと言う時………、ついに彼女のHPバーが空になった。

 彼女のカーソルが消滅し、身体が淡く光りはじめポリゴンの破片となっていく。前髪の隙間から覗く片目が、暗がりを見つめる様にルナゼスを捉え、一滴の涙を零した。

 

「………十七夜(いなや)君」

 

「!? ………えっ」

 呟き。

 アイリオンの口からやっとのことで零れ出た様に掠れた呟き。

 それが、彼女が知らないはずの名前を呼んだ。

 ルナゼスの………本当の名前を………。

 その瞬間、ルナゼスは解った。解ってしまった。

 彼女の正体が、一体何者であるのかを………。

 次の瞬間、≪SYSTEM ERROR≫がやっと解除され、ルナゼスの身体が動く様になる。彼は、必死に身体を前進させ、目の前の少女を抱き締めようとする。既に全身をポリゴンの破片に変える刹那にある彼女に、必死に手を伸ばし、引き寄せる。もう、光の塊となった彼女の姿を正しく認識できなくなりながらも抱き寄せ―――僅かな間、唇に柔らかい感触が伝わり、ポリゴンの破片が舞い散った。

 

 

 

 14 追想(サルベージ)

 

 

 

 頭の中に、真っ白なイメージが広がっていた。

 何もない、白だけが広がる空間に、ルナゼスは存在していた。

 ここは何処か? 疑問を浮かべた時、この世界には自分以外にも誰かの存在がある事に気付く。

「………」

 目の前に少女がいた。二つに結わえていた赤い髪は、今は紐を解き、ストレートに流されている。服装は見覚えのある中学生の制服。表情はとても穏やかで、先程まで激しい戦いを演じていた相手とはとても思えない。

 ルナゼスは、彼女を何と呼べばいいのか一瞬悩み、すぐに気を取り直して、いつも通りに呼ぶ事にした。

「アイリ」

「………うん」

 アイリオンは優しく微笑んで頷く。

 自然とルナゼスも笑みを漏らす。

「えっと………、ここって………?」

「ここはルナの頭の中。正しくは、ナーブギアを通して脳内に誤認させている世界観を上書きした場所。今のルナは、SAOのアバターではなく、SAOの何処かにある空間に接続している状態」

「って事は………、俺のアバターは今、俺が居なくなって動きを止めている状態なのか?」

 肉体と魂が乖離した状態に近いのだろうかと当たりを付け、自分のアバターと言う名の肉体が放置されているのではないかと不安になる。アイリオンはくすりっ、と可笑しそうに笑いながら否定してくれる。

「大丈夫。ルナは特別だったから、そうならなくて済んでるよ?」

「特別? 何が特別だったんだ?」

「本当はね? 私は圧縮したデータをアナタの中に直接送り込んで、アナタが眠っている間だけ、夢の世界で情報を解凍できる様にしてあげるだけのつもりだったの? でも、ルナはそう言った情報伝達に対して、特殊な能力を持っているでしょう? それが私の送ったデータとアクセスして、この瞬間だけ、ルナの脳内演算能力が超加速されて、現実と時間を切り離しているの」

「えっと………、つまり、俺は今、物凄く早い脳内会話をしてるって事か?」

「うん、ここでいくら話したところで、現実では一瞬の出来事。その一瞬の間に、私とルナは繋がってるんだよ」

 嬉しそうに微笑むアイリオン。そんな彼女の言葉を聞いて、ルナゼスも「そっか………」と言う呟きを洩らしながら、照れくさそうに笑みを漏らす。

「でも、アイリはどうしてこんな事を?」

 尤もな質問に対し、今度は僅かばかり悲しそうな表情を見せる。

 少しだけ嫌な予感を抱きながらも、覚悟を決めて耳を傾ける。

「私がこんな事をしたのは、どうしても伝えたい事があったから………」

「伝えたいこと………?」

「私の正体について………」

 儚そうな笑みを向けて伝えられたルナゼスは、なんとなく予想された事実を先に口にする。

「“真奈夏(まなか)”………なのか?」

 アイリオンは黙して微笑んだ。それが答えだと言わんばかりに。

「どうして………? だってお前は………っ!?」

「うん、“真奈夏”は死んだよ。ここにいる私は、“真奈夏”がフルダイブしている存在と言うわけじゃない」

「じゃあ、お前は一体………?」

「私は………、私は、亡くなった西条真奈夏(さいじょうまなか)の脳内フルスキャンによって生み出された、SAOメンタルカウンセリングAI試作0号、通称アイリオン。SAOが通常販売されていた場合、プレイヤーのメンタルを管理し、手助けするためのAIプログラムアバター。その大本となったベース存在」

「………!」

 思いがけなかった事実に、ルナゼスは声も無く驚愕する。

 西条真奈夏。嘗て、中学時代にルナゼスが現実世界で付き合っていた彼女。強過ぎる愛情から、彼を愛し過ぎ、その邪魔ものになりうるであろう存在を善悪問わずに、その手で殺め、そして自らの命までも絶った、狂気の少女。

 そんな彼女のコピーとも言える存在が、今自分の目の前にいる。それが信じられなくて、だが逆に、信じたいと思う自分もいて、彼の頭は少しだけ混乱をきたしていた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 順を追って説明してくれ! ………そもそもなんで真奈夏が脳内フルスキャンなんてしてんだよ? まさか茅場が死体を漁って人体実験してたとか言うんじゃないだろうな?」

「さすがにそんな事はしてないよ。あの人、グランドマスターは本当にこの世界を作りたいと望んでいただけ。現実の世界では法に触れる様な事は何もしていなかった。………少なくとも、私の知る限りでは」

「じゃあ、なんで………?」

「私のお父さんがね、茅場先生に頼んだんだよ。『アナタの研究しているフルダイブシステム、その頓挫したフルスキャンシステムを使えば、私の娘を生き返らせる事が出来るかもしれない』ってね?」

「お義父さんが………」

 ルナゼスは、彼女が亡くなってから、その両親とも疎遠になっていた。娘が狂気を起こして猟奇殺人を犯したのだ。彼等もあの街にいられなくなり、何処かに引っ越してしまったのだ。

「まあ、結果的に、お父さんの目論みは大外れしちゃったんだけどね? お父さんは半ば満足だったみたいだけど?」

「失敗? 失敗ってどう言う事だ?」

「私は、西条真奈夏の記憶データ、つまり“思い出”を司る記憶を殆どまったく受け継いでいなかったの。当然と言えば当然だよね? 死因は頭部への銃の一撃。脳に影響が出てないはずないし、ましてや完全に死んだ後のスキャンだったんだもん。受け継げたのは人として必要な最低限の知識と、多少の性格くらいかな? これだけでも奇跡と言えるほど情報を取り出せてるよね?」

「そ、そんな事が………、だとしたら、アイリは………“アイリオン”? それとも“真奈夏”なのか?」

「どっちでも同じ。私は記憶は受け継いでいないけど、間違いなく“西条真奈夏”から生まれた分身。だけど、私がアナタを愛したのは、紛れもなく“アイリオン”としてよ」

 ストレートな告白に、ルナゼスは妙に気恥しくなってしまう。

 思い起こせば西条真奈夏もこんなふうにストレートに愛情をぶつけてくる少女だった。それだけ愛が深かったのだろうが、殆ど制御出来ていない。そのため自分が上手くバランスを取ってやる必要があったのだが、恋愛に疎い所為で上手くしてやれなかった。その結果があの惨劇で、今回の騒動だとしたら、どれもこれも責任はやはりルナゼスにあったのだろう。

(そう思うと不思議と安心できるな………)

 彼女の責任は全て自分の物だと宣言した手前、この結果は多少なり気分が良いらしく、ついつい頬が緩んでしまう。

「ん? でも待てよ? じゃあ、なんでアイリはボスになっていたんだ? その話が本当なら、お前をボスにする理由なんて誰にもないはずだろう?」

 ルナゼスの質問に、アイリオンは僅かに眉を顰めてしまう。

「話すわ。私がどうしてルナと戦わなければならなくなったのか、どうしてプレイヤー達を襲っていたのか………」

 両手を胸の前で祈る様に組むと、アイリオンは自分と言う存在が生まれた経緯を話し始めた。

 

 

 SAOが開始され、この世界がデスゲームとなった時、私はメンタルカウンセリングAIのベースデータとしてSAOを支配するマザーコンピューター、≪カーディナル≫の奥深くに埋没していたわ。お父さんが病気で亡くなってね。試作AIの目処もたって、私と言うベース存在を必要としなくなったの。だから私は、最後の仕事としてAI達に軽く顔合わせをして、対人スキルがあるかどうかの最終チェックを手伝い、全ての役目を終え、しばらくの間、凍結状態に置かれる事になったの。私を起動しっぱなしじゃ、予算も嵩(かさ)むし、あまり私の存在を公にできる存在でもなかったものね。消されなかっただけマシだったわ。

 私は殆ど意識のない状態で、データだけを取り込んでいたの。そしたら、私以外のメンタルカウンセリングAI達まで、デスゲームの開始と共に干渉を拒絶されたの。その所為で私の妹達は大量のエラーを蓄積し、そのシステムを崩壊させていったの。

 私は意識のはっきりしない中で、それをどうにかしたいと望んだの。でも、何もできなかった。私にできるのは、行動を制限された妹達と同じく、ただ過ぎ去るデータを鑑賞するだけだった。

 でも、そんな時、私は一つのデータを確認した瞬間、一気に意識が覚醒したの。

 それがルナゼス。アナタのアバターデータを確認した時よ。

 私は私自身の事をお父さんやグランドマスターから聞いていたわ。でも、アナタの事は何一つ話してもらっていなかったの。それでも私はアナタに会いたいと強く想った。自分を拘束するカーディナルの意思に逆らってでもアナタに会いたいと願い、その方法を検索し続けた。カーディナルの唯一の穴と言っていい、外の情報を取り込み、新たなクエストを創り出す仕組みを利用して、私はアナタに会うために必要な情報を模索し続けた。そして偶然見つけたの。SAOに干渉するためにアクセスしようとする幾つかのコンソール。私はそれらにこっそり干渉し、私がアナタに会うのに都合の良いモノは無いかを探したの。

 その都合の良いモノが、二つのグループから発せられるプログラムだった。

 片方はグランドマスターを探す為のプログラムだった。グランドマスターは必ずどこかでSAOに干渉し操作しているはずだから、SAOに唯一アクセスするモノがあれば、その先にグランドマスターがいるはずと睨んだんでしょうね?

 そしてもう片方はSAOの攻略を妨害するものだった。誰かは知らないけど、SAOを攻略されて意識不明者が戻るのを望んでいない人達もいるってことなのねきっと。

 その二つのプログラムを取り込んだ私は、更にネット内の情報を利用し、一つの大掛かりなクエストを用意し、カーディナルを騙そうとしたわ。

 実は、最初のアタックは失敗したの。カーディナルはそんなに甘くなかったのね。穴を突いてもしっかりフィルターに遮断されて弾き返されてしまったわ。それでも諦め切れず、SAOに登録だけしておいてプレイしていなかったプレイヤーデータを幾つか見つけ、そこに私を滑り込ませて、何とかプレイヤーとして出現しようとしたわ。でも残念。二度目のアタックも失敗。考えは良かったのだけど、私が凍結されている場所がカーディナルの監視が強い事もあってSAOへの直接的なアクセスが叶わなかったの。

 諦められなくても手段が無くて手を(こまね)くくらいに何度もアタックして、ついに全てを使い果たした時だったわ。急に“世界が歪んだ”としか表現できない感覚に見舞われて、それこそ突然、私はSAOの≪はじまりの街≫に出現していたの。自分で取り込んだプログラムに加え、新しい使命を帯びてね。

 私の新しい使命は『この世界に存在しないはずの物を消す事』だったんだけど、正直私には一体何の事か良く解らなかったわ。ただ、自分に備わっていないはずのセンサーと、プレイヤーを超えた権限を持つ事が出来た以上、それらには従わなければいけなかった。もし逆らえば、私はいつ消えてしまっても可笑しくなかったもの。

 ともかく、私はカーディナルに正式に認められ、SAOの世界にやってくる事が出来た。唯一自由を手にする事が出来たの。これを利用して、妹達の受けているエラーの一部を私が請け負って、イベントと言う形で処理していたの。私はベースが人間の脳内スキャンだったから、エラーをストレスに置き換えて発散する思考回路を持ち合せていたのよ。

 まあ、おかげで私は随分オリジナル似のヤンデレさんになってしまったわけですけどね?

 私は自分の使命の優先順位だけを変え、少しでも長くアナタと一緒にいようとしたわ。それが叶ったのは、この第10層までだったけど、私は幸せだった………っと思いたいかな?

 だって、私は、本当ならとっくに死んでるはずだったの。それなのに、今ここでこうしてアナタと言葉を交わせる。これほど素敵な奇跡は無いわ。

 

 

「アナタを見つけた時、私の胸の内がすごく熱くなって、すごく愛おしくなったの。何も憶えていないはずなのにね? きっと、それだけ“西条真奈夏”がアナタを想っていたと言う事なんでしょうね」

 最後をそう締めくくったアイリオンは、頬を赤くした笑みでルナゼスの事を見つめた。

 互いの視線が交差して、静かに時間が流れていく。何かを語らうわけでもないのに、互いの瞳を見つめる事で、多くの事を分かち合っているように思えてくる。

 彼女を失ってから幾年、心に空いた穴は塞がった事は無かった。その数年ぶりの穴が、今ここで塞がる様な充実感に満たされていく。

 だが、この永遠に等しい時間も、終わりにしなければならない。まだ彼には、大切な仲間達と共に、やり遂げなければならない事があるのだから。

 だから、今の内に伝えなければならない事を伝えよう。

 西条真奈夏には全てを伝えてきた。至らぬところもあり、その結果彼女を失う事になってしまった。その痛みを背負いながら、彼は前進を続けた。あの時の後悔は、これからも自分が背負っていかなければならない痛みだ。だから、彼女に対して残す事はもう何もない。

 言うべき相手は、もう一人。このSAOで決して短いとは言えない間を共にしていたアイリオン。第一層で出会い、言葉を交わし、いつの間にか惹かれていた彼女に、ルナゼスは伝える。

「アイリオン。俺も、お前が好きだった。愛おしかった。君が真奈夏の分身だったからだとか、容姿が似ていたとか、そんな事は切欠だった。俺は、二度目の恋を、間違いなく君に抱いていたよ」

「嬉しいよルナ。でも………」

 ゆっくりとルナゼスのすぐ傍まで近づいたアイリオンは、彼の肩に両手を乗せ、覗き込むようにして彼の間近で微笑みを浮かべる。

「“姫利”さんって、誰………?」

 ヤンデレ復活を思わせるダークなスマイルが超至近距離から向けられた。

 大量の汗が身体中から噴き出すのを感じながら―――もちろんそんなはずは無いのだが―――、ルナゼスは事実だけを伝える。

「が、学校の後輩だ。真奈夏と似たような顔をしてて、いつも怒ってるよく解らん女だ」

「なるほどなるほど♪ ………ルナが浮気しない様にソイツコロスネ♪」

「待て待て待てッ! 突飛過ぎるぞその反応っ!? なんでいきなりヤンデレモード復活してんだよ!? 俺達の間には先輩後輩以外の間柄は何もないぞっ!」

「なんで“真奈夏”がヤンデレ化したのか私解った気がするわ~~? ルナが全部悪い」

「なんでだよっ!?」

「でも、私はそんなルナが好きだから、やっぱり周囲の女を殺すね♪」

「可愛く言ってもダメだよ!! 殺すな! 俺にまたお前と戦わせる気かよっ!?」

「それじゃあ、私が消えるまでは、私の事が一番だって証明してもらわないと?」

 「なんだその理屈は………」っと言いたかったが、実際それをしないのは彼氏としてどうなのかとも思えたので素直に従う事にした。

「やれやれ………、それで? 一体何をどうすれば―――!?」

「ん………ッ」

 言葉は途中で塞がれた。

 唇と唇を重ねると言う、愛に満ちた方法で。

 いきなりの事で驚きながらも、すぐに受け入れたルナゼスは、彼女の腰に両手を回し強く抱きしめる。

 時が永遠になれば良い………。

 そんな思いが過ぎりながらも、決してそうなってはいけない短い時間。彼はただその瞬間だけを脳内に焼き付けた。

 もし、この先何かがあって、万が一自分が死ぬような事があっても、この瞬間だけは決して忘れたりするまい。そう強く心に刻み込みながら光の粒子となって消えていくアイリオンを、網膜にしっかりと焼き付けた。

 

「 がんばれ! 十七夜君! 」

 

 

 

 

 15 急展開(エクスプロージョン)

 

 

 

 ボス戦における全てが終わった。

 ボスを倒したルナゼスは、思うところもあるはずだろうに、不思議と満ち足りた表情をしていた。

 ボス攻略直後、リンドやキバオウ、ゼロにツカサのギルドは、ボス戦で手に入れたお金やアイテムをギルド内で等分割しているようで、その辺がアバウトで通っている上に、ボス部屋前に待機していたメンバーを回収してすぐに次の階層に行きたい僕達≪ケイリュケイオン≫と、身軽な在野組は、11層に向けての階段を上っていた。

 その間、皆の雰囲気がそれぞれ一変している事を、僕は敏感に感じ取っていた。

 なんだか少しだけ大人の雰囲気を醸し出しているルナゼス。

 そんな彼をボス部屋前の扉でずっと見ていたクロノは、羨望の眼差しを向けている様にも見える。

 タドコロやケンも、今回は良く働いたと、何だか満ち足りた雰囲気。

 カノンやタカシまで、何だかこれからの事に期待を抱く様な会話をしてるっぽい。

 解り易いところで、ラビットとアスナはフードを下ろしたまま何か笑い合っている。ラビットがチャット会話なのはいつもと変わらないけど………。

 ウィセに至っては、さっきから笑顔で皆に、ルナゼスが最後にした謎現象について説明していた。

「あれもきっと≪マズルフラッシュ≫ですよ」

「でも、そのシステム外スキルは、剣速を極限まで引き上げる技じゃなかったか?」

 質問をした本人であるキリトが、ウィセの隣に並んで会話を繋いでいる。何だかこの組み合わせも珍しい気がするのは、僕だけなんだろうか?

「それがどうやらそうじゃないらしいんですよ? ≪マズルフラッシュ≫は、剣速を上げる技ではなく、結果を先に持っていき、過程を後から引っ張り込んでいるみたいなんです。ソードスキルの途中で結果が先に移動してしまうため、システムが対応しようとした結果、“物凄く速いソードスキル”になっていただけなんですよ。きっと」

「硬直時間が長くなってしまうのはソードスキルのキャンセルと技後硬直が重なってシステムが軽い混乱をきたした所為か? 通常時にそれが出来ないのか?」

「無理らしいですよ? なんでも、通常攻撃でやると瞬間移動みたいになってしまうそうです。正確に位置を決定できるわけでもないらしいので、瞬間移動先に攻撃をヒットさせると言うのも難しいらしいです。そもそもソードスキルとの合わせじゃないと上手く発動出来ていないみたいですしね」

「じゃあ、アレはソードスキルの最後に身体の位置を全部正確にモーションの体勢になる様に≪マズルフラッシュ≫で強制的に体勢を変えさせたって事か? だけど………」

「ええ、それでも普通は同じ武器でのソードスキルは連発できないはずです。≪マズルフラッシュ≫の強制移動がエラーを起こし、フリーズさせる前にソードスキルを発動させたと言う事なのでしょうが、これはもう完全にバグ技ですね。おかげでシステムも修復のために≪エラーコード≫で警告するくらいですし、禁じ手に等しい技ですよ。さしずめ、“ソードスキルの再装填”≪剣技再装填(リロード)≫と言ったところでしょうかね?」

 何かルナゼスだけ色んな技を身につけ始めちゃってる気がするよ………。

「………」

 皆、不思議と気持ちが上向きになっている。一体どうしてなんだろう? 皆の気持ちが上がり始めている理由が僕には解らない。解らないのは、僕の気持ちが皆と違ってそれほど上がっていないからかもしれない。

 ルナゼスはアイリオンを好きだと言った。でも、アイリオンはただのNPCじゃない? 僕には未だに彼の言葉や思いが今一理解できない。どうしてただのデータを愛する事が出来るのだろう? どうして敵を好きになる事が出来るのだろう?

「………人間、家族とだって信じられない時があるのに………どうして………?」

 信用云々以外にもルナゼスは解んない所だらけだよ。好きな人を殺したのに、どうしてあんな顔が出来るんだろう? 普通悲しくなったりしないの? 本当はどうでもよかったの? そんなに好きじゃなかったの? そんな訳、無いんだろうけど………。

 数分前、僕は似た疑問を呟き、偶然聞いていたフウリンに答えられた。

 

 

「そりゃあ悲しくないわけがないよ? 好きな人を自分の手で倒しちゃったわけだし………」

「じゃあ、どうしてあんな顔が出来るの? どうして泣いたりしないの?」

「恋愛って、当人同士の問題だからねぇ~? 細かい事は二人にしか解んなかったりするんだよ? ………でもまあ、客観的に見てましたお姉さんが言える事があるとしますとね! ………自分が愛した人のことを他人任せにしてたら、きっとあんな顔は出来なかったんじゃない?」

 フウリンには珍しい、優しく微笑みかける姿に、何故か胸がドキッ、とした。

 自然、フウリンが見つめる先、ルナゼスの姿を見た僕は、なんでか胸が締め付けられるような思いにかられた。何だろう? 何か、胸の辺りがきゅっ、として苦しいよ………。

「サヤちゃんも………」

 フウリンが僕の名を呼び掛けると同時に後ろから肩に両手を乗せて軽く自分に引き寄せてきた。自然にフウリンが僕の耳元で語りかける距離へと近づいて―――、

「解り合おうとしてあげないと、本当に傷つけちゃうよ?」

「!?」

 また胸がドキリッ! とした。今度のはギクリッ! に、近かったかもしれない。驚き過ぎて、触られた事にまったく反応できなかった。

 顔が熱い。僕の中である人の姿が思い起されて、なんだか申し訳ないような切ない様な………何だろうこのもどかしい感じ?

「サヤちゃん、今、とっても愛おしそうな顔してるよ? 王子様に憧れる女の子みたい!」

 そ、それ………、どんな顔………。

 あ、あぅ………。

 

 

「………」

 階段を上りながら僕は彼の背中を見つめる。

 “解り合おうとしなければ”………。

 僕は、正直怖い………。とっても怖い………。

 人の心に近づく事が………、心の奥を感じ取ってしまう事が………、僕はこの上なく怖い………。

 でも………、もしこのままでいたら………、きっと、何も解らないままなんだよね………?

 僕は、僕は………、この世界で、一つだけ、どうしてもやりたい事がある。そのために必要だって言うなら………、僕も、がんばらないと………!///////

 思い切って手を伸ばし、僕は前を行く彼の袖を掴んだ。

「ワ、ワスプ………ッ!」

「はい?」

 掴まれたワスプが脚を止めて振り返る。困惑を浮かべる彼の顔を見てるだけで、顔が勝手に赤くなっていくのが解る。なんか泣きそうな気もしてきた。

 でも、ちゃんと言葉にしなきゃ………っ!

「あ、あのね………! まだ、僕には好きとか嫌いとか、そう言うの良く解んない………。解んないんだけど………」

「サヤさん?」

 周囲の皆が僕達に気付いて何人か足を止め始めた。

 み、皆にまで迷惑かけられないよ! 皆の足が止まる前に言わないと………っ!

「解んないままじゃ、答えにならないから………、解るために、僕と付き合うのは………良い?/////////////」

「へ………っ?」

 ワスプが間抜けな声を上げた。

「「「おおっ?」」」

 男子の何人かが気付いて声を漏らした。

 

 ガツンッ!!

 

「うぶっ!?」

「おいウィセッ!? 大丈夫か!?」

 なんかウィセが壁に激突した。

「まあっ!?」

「ふわぁっ!?」

 アスナとラビットが顔を赤らめて恥ずかしがりながらも興味深そうに声を漏らした。

 

 ズルッ!

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っっっ!!?」

「ぐぼおおぉぉぉ~~~~~~~~~~っっ!!」

「カノン~~~~~っ!?」

 カノンがタドコロを道連れに階段を転がり落ちて行った。マサが助けに行ったけど、アレ絶対タドコロの事忘れてるっぽい。

 って言うかなんか結構皆に聞かれてるしっ!!

 い、言っちゃった!? 言っちゃったよ!? すっごく恥ずかしいよっ!!

 な、なんか目に涙が浮かんできてるし! 顔はすっごく熱くなってるしっ! 手どころか体全部震えだしちゃってるよ~~~っ!!

 恐る恐る伏し目勝ちになってしまう視線で様子を窺っていると、一拍の間を開けてから、ワスプの顔が満面の笑みに輝いた。

「もちろんっ!! よろしくお願いしますっ! ~~~~っ! 大好きです! サヤさんっ!」

 

 ガバッ!!

 

 きゅ、う、に、だ、き、し、め、ら、れ、た………っ!!?

「さ、触られるのダメ~~~~~~~~~~っ!!!!」

 

 ドゴゲシャアァァーーーーッ!!

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っっっ!!?」

「ぐぼおおぉぉぉ~~~~~~~~~~っっ!!」

 何をどうしたのか憶えていないけど、僕はワスプを思いっきり階下に突き落とした。何だか下の方でまたタドコロの悲鳴が上がっている気がするけど、僕は僕でそれどころではなくなってしまったわけでして………、あ、もうダメ………。

「ひゃううぅぅ~~~~~~………っっ」

 

 バタンッ、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ………ッ!

 

(ルナゼス)「うわああぁぁぁ~~~っ!? サヤが気を失ってそのまま階下に転がって行ったぞ~~~っ!」

(タドコロ)「んおばがあああぁぁぁ~~~~~~っ!!?」

(ケン)「ソシテまたタドコロに命中………っと」

(ナッツ)「きっとサヤの奴も思考回路の限界をきたしたんだろうな?」

(クロノ)「え? なに? アイツらそういう関係だったのか?」

(アスナ)「く、詳しく教えてもらってもいい?」

(ラビット)「(コクコクッ!)」

(テイトク)「え~~何このギルド? アレだけシリアスかましといてコレ? 面白過ぎて笑えねぇ~~~………。でも長く付き合いたいわ」

(キリト)「おいっ!? ウィセ先に行って良いのかっ!?」

(ウィセ)「し、知りませんっ! サヤもワスプももう知りませんっ!!」

(キリト)「あ、あの~~? 随分怒ってません?」

(ウィセ)「怒ってなんて―――!」

 

 ガツンッ!! ←(出口の扉に思いっきりおでこをぶつけた音)

 

(ウィセ)「~~~~~~~………っっっ!? 結構痛いです………(半泣」

(キリト)「ああ、うん………。解るよその気持ち」←(経験者)

 

 こうして僕達はすっごい可笑しな感じで11層に辿り着いた。

 まだまだ先は長く、この先がどうなるかなんて解らない。だから僕達は手さぐりしながら先を進んで行くんだ。

 ここからが、僕達≪ケイリュケイオン≫が本格的に動き出した最初の一歩となった。

 ここから先は、僕達、個人個人の物語が待ち受けていて、想像もしなかった出来事が待ち受けているのだけど………。

 それはまだ、僕達には知る術は無い。




タドコロ「ひっさしぶりの………! 舞台裏劇場~~~!!」

全員『わああああああぁぁぁぁぁ!!』

タドコロ「ハ~イ! 久しぶりにやってまいりました舞台裏劇場! 今回は主役として登場したルナゼスくんとアイリオンさんに来ていただきました!」

アイリオン「死になさい♪」

ザシュッ!!

ウィセ「危ないッ!?」

サヤ「うわわわっ!!」

ルナゼス「いきなりなんて挨拶してんだよ!? やめろよ!」

アイリオン「それ無理♪」

ザシュッ!

タドコロ「ぐぼほっ!?」

パリーーンッ!

ワスプ「タドコロさんが死んだっ!?」

ケン「大丈夫ダ。コノ舞台裏劇場では“ピチューン”と変わらナイ扱いだ」

クロノ「それでも死にたくねえよ!?」

ルナゼス「舞台裏まで暴れたりしないでくれよ! さっきの感動のシーン台無しだろっ!?」

アイリオン「何言ってるのルナ? 私一度だって浮気を許す様な発言してないわよ? それに、ちゃんと予告したでしょう? ルナの周りの女を殺すね、って?」

ルナゼス「可愛らしく言うなっ!! って言うか、アレ犯行予告だったのっ!?」

カノン「ルナゼスくん………、彼女の面倒はちゃんと見て欲しいな?」

フウリン「攻撃されるこっちの身にもなって欲しいよね!」

ルナゼス「俺の所為かよっ!?」

クローバー「ん? そうなると、タドコロはなんで殺された?」

マサ&サヤ&ケン&タカシ「「「「や、だってタドコロだから………」」」」

ジャス「アンタらの連帯感は逞しいね………」

クロン「見習いたくありませんけど………」

タドコロ「はい! それではおっさんが復活したところで進行を戻したいと思います!」

アイリオン「死になさい♪」

ザシュッ!

タドコロ「ぶほぁっ!?」

パリーンッ!

マソップ「二度目ッ!? ああクソっ! タドコロ美味し過ぎる!」

キャスター「マソップ………! もしやMの素質ッ!?」

スニー「死になさい♪」

マソップ&キャスター「「ぎゃあああっ!?」」

パリパリーーンッ!!

ロア「一人増えた!?」

ライラ「これはっ!? 波に乗らないといけないのにゃ!?」

タドコロ「話を進ませてくんねえかなっ!?」

アイリオン「嫌よ」

パリーーンッ!

ルナゼス「アイリッ!! 無双し過ぎだ! タドコロ無双じゃないんだぞ!?」

サヤ&スニー&ナッツ&クローバー「「「「何それ!? やりたいっ!!」」」」

ウィセ「………作れば売れますかね?」

ジャス「制作を本気で考えてみるかい?」

タカシ「よしっ! イッチョやるか!」

シン「広報は俺に任せてくれ!!」

のん「ヤバイ、本気で話が進まない………。ちょっと無造作にキャラ出演させ過ぎた………」

スニー&アイリオン「「死んで♪」」

のん「このコンビ一緒に出したのが間違い―――きゃあああぁぁぁぁぁっ!」

ザシュッ! バタリ………ッ

サヤ「あ、作者が普通に死んだ?」

ワスプ「まあ、この人はデータじゃないしね………」

ルナゼス「ダメだ、何もできなかった………」

シナド「仕方ないのでタドコロ、次回予告に行ってください」

タドコロ「おっしゃっ! 次回予告のコー―――!」

スニー「えい♪」

ぱりん

クド「ついに効果音まで悲しい事に………」

アルク「はいはい、次回予告で~~す。参加はいつも通り『活動報告』で募集しますよ~~~」

ルナゼス「せっかく活躍したのに『振り返って』のコーナーが流されちまった………」

クロン「まだこのコーナー始まって二回目なのに………」



・次回予告
読み手:ケン
 ≪ケイリュケイオン≫がついに本格的に攻略組のギルドとなり、とてつもない忙しさに見舞われる中、ウィセとクロノのぶつかり合いが次第に激しさを増していく。ちょっと、これはガス抜きが必要かもと思い至ったサヤは、二人にとあるクエストに向かわせる事にした。
 次回、第六章イベント01:NとS
 御期待下さい。





読み手:タカシ
 攻略階層もそれなりに続き、落ちつき始めた俺は、とある計画を始めた。一層に残された子供達に一層の敵だけでも倒せるように訓練させる事にした。計画は思いのほか上手く行き、中には二層でも通じる子供達までいた。
 だが、ある日、俺に黙って子供達が二層に行ってしまい危険なダンジョンに迷い込んでしまう。急いで助けに行かねえと!
 次回、第六章イベント02:小さな大冒険
 ガキ共! 待ってろよ!



読み手:スニー
 一度≪ケイリュケイオン≫を離れ、ロアくんと行動を共にしている私は、プレイヤーキルをしている一団と遭遇し、彼等と戦闘になる。戦闘を終えた私達の前に現れた男にロアくんは強い激怒の声を上げた。ロアくん、アナタには一体何があったの?
 次回、第六章イベント03:摘み取られた命
 ロアくん………、私は、あなたと同じですわ。




読み手:テイトク
 この世界に来た俺には、確固たる目的があった。そのために持てる力の全てを費やすと決めた。その目標に向かって邁進する俺は、≪月夜の黒猫団≫と言うギルドと遭遇する。彼らとの出会いが、俺の人生を大きく変える事になるとは、思ってもいなかった。
 次回、第六章イベント04:誤りの誇り
 この世界は、ゲームであっても遊びじゃなかったんだ………っ!


読み手:サヤ
 今でも君の事を憶えています。
 僕の嘘で死んでしまった君の事を、僕は忘れていません。
 それは僕の最初の罪で、最初の過ち………。
 僕は今、ギルドのリーダーをしています。
 僕は………果たしてその権利を持っているのでしょうか?
 僕は、君と、こんな風に笑い合ってていいのかな………?
 次回、第六章クエスト01:女の子の人生相談
 抱かれた期待に、僕は応えられるの? 応えて良いの?

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