読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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注:これは、現段階から見て未来の設定のお話。
ですが、まだ確定事項ではない事も多く、この先の展開次第では未来が変化する事もあります。そのつもりでご覧下さい。


番外クエスト01:一つの未来(前篇)

番外クエスト01

 

 00

 

 これは、ずっと先、SAOデスゲームが始まって二年後の世界。僕達の未来のお話。

 ケイリュケイオンも大きくなり、SAO最も盤石なギルドとして名を馳せ、“商業ギルドケイリュケイオン”の名を知らないプレイヤーはいないとまで言われる程、有名になった頃です。

 第23層にギルドホームを持ち、20~50層は、ケイリュケイオンの領地だとまで言われている。そこまでした覚えはないんだけど、ケイリュケイオン参加ギルドが、この辺に密集している所為なのかな? 

 ジャスさんのデパチカも第一層でかなり大きくなり、最下層プレイヤーを助けている。なんか、色々居候さんが増えて、とても大変な目に遭ってるみたいだけど………。

 うん、今にして思えば、本当に色々あったよ。

 レッドギルド≪バンダースナッチ≫との繰り返された激闘。助けられると思っていた人達を助けられなくて悲しんだテイトク。リアルで色々あるらしいシナドやタドコロ。ケンとラビットや、スニーとロアが、仲良くなってくれたり、良い事も沢山あった。

 ワスプに二度目の告白受けたり、ウィセがギルドを出て行ってケンカしたり、マサがユニークスキルを手に入れたり、ルナゼスとアイリオンのちょっと悲しい御別れがあったり………。

 思い返しても全部思い出しきれないほど、この二年間は本当に印象深い二年間だった。

 この物語は、ケイリュケイオンが最も安定した、70層付近での未来のお話………。

 

 

01

 

 

 コンコンコンッ!

 

 執務室で資料相手に格闘していた僕は、ノックの音に気付いて返事をする。

「ごめん、今手が離せない~~~! 勝手に入って~~~!?」

「失礼します」

 入ってきたのはサカキとシンの二人だった。

 ケイリュケイオン本部お墨付きバーショップ、≪琴の音≫の店主をしてくれているサカキは、あっちこっちから仕入れたクエスト情報を、訪れるお客さまに紹介してお金を稼いでくれている。そのため、店内ではRPG風に『マスター』なんて呼ばれてる人だ。

 隣に立つシンは、新聞屋さん。正しくは広報誌「アインクラッドレポート」という雑誌を刊行していて、色んなところにプレイヤーのインタビューなんかをしている。そのおかげで情報に明るい。サスケなんかと同じで、家で抱えている情報屋と言ったところかな?

 二人は、高低差の付いた執務室に足を踏み入れ、高いところの机でがんばって資料と格闘をしている僕へと視線を向けると、何だか嬉しそうな表情を作った。

「いや~~、ここに来ると本当に依頼仲介人を務めて良かったと思いますよ? サヤさんの畏まった服装なんて、ケイリュケイオン本部に訪れないと見られませんからね?」

「ホント、このサヤは貴重だよ? この写真一枚で金が動くほどだ! 今度オークションに出店してみない? 結構な値がついてケイリュケイオンの財政も安泰だよ?」

 サカキもシンも何言ってくれてるのかな?

 確かに僕の正装なんて本部にいる時しか着ないけどね。

 僕の今の格好は、これから祭事でも始める巫女さんの様な襲(かさね)白衣だ。ともかく生地が厚くて、SAOの中じゃなかったら動き難い事この上なかったね。

「こんなに重ね着するのは疲れるよ~~、いつもの戦闘服でも良いのに………」

「何を言ってるんです?」

 突然声が割り込み、空きっぱなしの扉から入ってきたのは、ギルド内で参謀役を務めてくれているウィセだ。僕みたいに過多な装飾は無いけど、ウィセの服装も充分襲(かさね)られた桜色の振袖に袴だ。正直、僕としてはウィセの格好の方が良い。交換してもらえないだろうか?

「アナタは中身がアレ(、、)なんだから、見た目くらいきっちりした方が良いの。少し目を放すと着たきり雀になるんだから。………はい、これが最後」

 持ってきた新しい資料の山を机の上に追加して、ウィセは憤慨してくる。

 ひゅえ~~~! まだ文字と格闘しなきゃいけないの~~~っ!?

「うぅ………、ウィセが厳しいよぅ~~………」

「なんですかもうっ? この程度で音を上げないでください。≪マスター・オブ・ギルドマスター≫の名が泣きますよ?」

「それ、全ギルドとの連合が決定した時に、皆が勝手に呼び出しただけじゃんっ!? 僕よりヒースクリフの方が似合ってるよっ!?」

 涙目になって訴えると、ウィセは溜息を一つ吐いて僕の頭に手を置く。

「はいはい。もう苛めたりしませんから、早く仕事を片付けましょう? 手伝ってあげるから?」

「わっ! わわっ!?」

 う、顔赤くなる………!

 ウィセとは色々、本当に色々あったから、こうして頭を撫でられると、どうしようもなく恥ずかしくなってくる………っ! それでいて嫌じゃないから抵抗も出来なくて………! 結局僕は大人しく頭を撫でられるわけでして………。

「ちょ………っ! そ、そんな素直な反応返さないでくださいっ!? ………もうっ、私だってまだ少し恥ずかしいのに………」

 ああ、どうしよう! ウィセまで顔を赤くしちゃった! 本当に色々あったから、僕達二人の距離感は、何だかふわふわしてる感じで新鮮な物になっちゃってるよ! な、なんとかしないと! でもどうやってぇ~~~っ!?

「本当に仲介役で良かったです。ウィセさんとサヤさんの百合なんて最近じゃないと見られませんからねぇ~~」

「二人が映った写真一枚で、ギルド内に亀裂作らせられるくらいだからな。俺も一枚欲しいぞ。ってか、撮っちゃダメ?」

「「ダメッ!!」」

 サカキとシンが変な事考えだした! 最近皆が僕達をからかっている気がするんだけど………、一体なんでぇっ!?

「そもそも、二人は何しに来たんだよぅ!? 冷やかしなら帰って!」

 僕が怒りながら言うと、サカキは「そうでしたそうでした」と呟きながら数枚の紙を取り出した。報告書様に紙に書き写したみたい?

「実はここ最近、他の作品キャラが参戦する≪パロクエスト≫の存在が確認され始めたんですが………、どうもそのクエストボスが複数存在し、どのボスも強過ぎて皆返り討ちにあってるみたいなんです」

「それだけならまだいいんだが、このクエストが期間限定物で、挑戦者が後を絶たない上に危うく死者が出かけたって話もあるんだよ?」

 む、それは穏やかじゃない。

 SAOで死亡者が出ない様に心がけるのは僕達の役目だ。早急に打てる手を打っておかないと。

「それで、そのクエストってどんなクエストなの?」

「全部討伐クエストですね? とあるボスモンスターを一対一で戦い倒す物です。勝つと報酬がもらえるみたいです」

 っとなると、ケイリュケイオンの攻略メンバーを呼び集め、戦いの準備をした方が良い。

 ええっと………この時間帯だと………?

「手が空いてる人達は、今頃≪琴の音≫に集合している頃合いでしょう? サヤ、息抜きがてらに行ってみますか?」

「行く! イクイクッ! 僕イッちゃうよっ!?」

「「「ぶ………っ!?」」」

 思わず飛びつく僕に、何故か皆顔を真っ赤にして噴き出した。一体どうしたの?

「サヤ。解ったから、今度から発音に気を付けてください。あと、僕行っちゃうとか言っちゃダメ」

「? うん………?」

「ダメだからね?」

「うん………」

 ウィセ? なんでそんなに強く言うの? 何だか目が潤んでるのには理由があるの?

 よく解らないけど、これで息抜きが出来る。僕はサカキとシンに先に行ってもらい、奥の部屋に移動すると、手早く支度に掛った。

「あ、この時間帯なら、上手くすればミスラの歌が聞けるかも!?」

 

 

 02

 

 

「まったく、あの子が無防備なのはいつまでも変わらないんだから………」

 ウィセはメニューを操作して手早く着替えると、開けっぱなしの窓へと近づく。

「………恥ずかしいので盗み聞きするなら笑い声を漏らさないでください」

「す、すみません。お二人があまりにも初々しいので………!」

 窓の外には≪セイクリッド・ドレス≫のふわふわドレスに身を纏うスニーが、後ろ手に手を組んだ状態で「うふふ………っ」と笑いを漏らしていた。笑う度に揺れる頭のリボンが動物の耳の様で何とも可愛らしい。

「ウィセさん、最初はあんなに戸惑っていらしたのに………、一皮向けると変わるモノですわね~~? 骨を折って助力した甲斐がありました♪」

「あ、アナタには感謝しています………」

 恥ずかしそうに呟くウィセに、スニーは嬉しそうに微笑みを向ける。この初々しい友人を自分が育てたのだと思うと、充実感が胸の内から込み上げてくる。これからも、出来るだけ一緒にいたい。そう思える女友達は、めったにできないのだから。

「私も≪琴の音≫に先に向かいますわね? 助力が必要なら声を掛けてくださいまし?」

「今日はロアと一緒ではないのですか?」

「パートナーと言えど、いつも一緒ではいられないのですわ。お仕事優先です♪」

 少し残念そうな表情を浮かべたスニーはそのまま壁を蹴って、三階から地面(、、、、、、)まで直通で飛び降りて行った。

 安全圏とは言え、スニーのステータスでもこの高さから落ちればある程度の不快精神ショックを受ける。以前の彼女ならそんなのお構いなしだったが―――、

「はっ!」

 気合一閃、背中に下げた大剣≪アルミアドワーズ≫のソードスキルで地面に接触する前に浮遊状態を作る。無事に着地したスニーは上方のウィセに向けてパチリと愛らしいウインクを一つ飛ばしてきた。

「変わったのは私だけじゃなくて、ケイリュケイオンにいる全員ですよ………」

 ウィセは呟き、今までの全員を思い出す。

 あのサヤでさえ、昔とは異なり、見た目と言う物を多少気にし始めている。誰もかれもが少しずつ変わってきている。その全てが、このSAOのおかげだと思うと、その一点だけは茅場晶彦に感謝の念を送っても良いと思えた。

 

 コンコンッ。

 

「中層警備を任されてるゼニガタだが、ちょっと良いか?」

「ゼニガタさん? サヤは今奥で外出準備中ですが?」

「中層で急ぎの依頼があってな? 交易関係なんだが………?」

「あ~~………」

 このタイミングでその話を持ちこまれると多少嫌な気持ちが過ぎってしまう。自分がいけば最速で済むが、サヤとのお出掛けは一緒にできなくなってしまう。

 っとは言え、仕事を疎かにはできない。ウィセはケイリュケイオンには負い目もある。

「解りました。私が行きます。先に入り口で待っていてください」

「解った。スマンな」

「い、いえ………」

 ウィセは内心、サヤとのお出掛けを挫かれた事に落胆していた。

(私達………友達らしい事、出来ているんでしょうか?)

 溜息を吐いたウィセは、サヤが出てきたら同じように落胆してくれる姿を見なければならない事に、嬉しいやら申し訳ないやら、そんな気持ちを心に抱く。

「キリトの様には行きませんね………。どうやったら結婚まで辿り着くのか………?」

 キリトはこの時、既に結婚しているのだが………その相手について、ここでは内緒にしておこう。この先ケイリュケイオンの活動次第で、未来が必ずしも同じになるとは限らないからだ。

 読者諸君の知っている通りになるのか、もしかすると、キリトが別の人間と結婚しているのか………、これらはまだ、確定してない未来だ。

 

 

 

 03

 

 

 

「~~~♪ ~~♪ ~~~~~~~♪」

 ≪琴の音≫に入ると、まず耳に届くのは特設ステージで歌声を披露する、ケイリュケイオンの歌姫、ミスラの美声が耳に入る。

 この時間、手の空いているプレイヤーはミスラの歌声を聞くためだけに此処に訪れるお客さんも多い。デザインは酒場だけど、老若男女を問わず、ここにやってくるプレイヤーは後を絶たない。食事が、料理スキルを上げている保護対象プレイヤーの手作りと言うのも、お客さんを引き寄せている原因の一つかもしれない。

 ミスラの歌が終わると、途端に上がる歓声。既にアンコールも繰り返された後の様子で、お客様は皆満足げな表情だ。

 僕は、周囲を見回し、ギルドアイコンが自分と同じケイリュケイオンの物を探す。

 うわ………っ、今まであんまり気にしてなかったけど、ウチのギルドメンバーになっている人結構多いや? お目当ての戦闘能力の高い人達は………?

「お、よう! 大将ちゃん! ≪琴の音≫に来たって事は………抜けだしてきたのかい?」

「酷いよゴオ………、ちゃんとウィセに許可貰ったもん! 本当はウィセも一緒に来る筈だったんだけど………」

「わ、わるかったよ」

 商業面を全体的に手伝ってくれているヘルパー役のゴオは、タドコロと同い年の気さくな人だ。初対面相手にも気さくにトークを繋いで行くので戦闘より商業関係の方が適任だと僕は思ってる。

 今日は≪琴の音≫に来てたんだ?

「ちょうど良いや! 今ケイリュケイオンで手の空いてる攻略メンバーっている?」

「手の空いてる奴らならあそこら辺にたむろってるぞ? 攻略メンバー………って言える連中ばかりじゃないがな」

「いいよ、あとはこっちで何とかするから」

「そうか! じゃあ、俺は仕事があるんで………」

 そう言ってゴオは今にも注文しようとしていた御客の席に突撃して行った。声を掛ける前に突進するのは、正直どうなんだろう? 凄いとは思うけど、気が利くって言えるのかな?

 そんな事を考えつつ、ゴオの教えてもらった方に行くと、先に行っていたサカキとシンが、お目当てのメンバーに話をしているところだった。よかった話が通っているなら早くて済―――。

「そしてウィセさんがさり気無くサヤさんの頭をなでなで………、照れてしまったサヤさんの反応にウィセさんまで照れてしまう始末でして………」

 

『へぇ~~~~~………っ』

 

 生温かい声が上がっていた。

「なんの説明してるんだよ~~~~~っ!!? クエストの説明が先でしょう~~~っ!?」

「ああサヤさん、やっときましたか? 大丈夫ですよ。そちらの内容は迅速に済ませ、雑談をしていただけですから」

「二人とも、仲が良いみたいで安心したよ~! 一時はどうなるかと思ってたけど、本当に良かったよ~!」

「リンちゃん止めてっ!? 恥ずかしい! 恥ずかしくて顔から火が出そうっ!?」

 本当にその時の話は今は止めよう! それはあの頃の僕達にはまだ確定されていない未来だ。

 ここでこれ以上話す内容じゃないよねっ!

「そんな事よりっ! これから皆に頼みたい事があるんだけど………、今手が空いてるのはこれで全員?」

 僕は席に座っている集団を一望して訪ねる。

 男性陣はさっき報告に来たサカキとシンを除き、ルナゼス、タドコロ、ナッツ、ケンの四人。

 対する女性陣は、僕を除き、ラビット、ヴィオ、ジャス、フウリン、スニー、アルク、クロン、シナドの八人もいる。サカキ達を足しても六人の男性陣より多いのは、それだけ女性陣が暇と言う事だろうか? あまり深くは考えないでおこう。

「話はさっき聞いたけど………、このクエストを私達で受ければいいのかしら?」

 シナドが椅子の背もたれに背を預けながら尋ねてくる。僕は、近くから椅子を引っ張ってきて座ると、内容を説明する。

「そうだよ。なんだか一般プレイヤーだけじゃ危険そうだし、軍や血盟騎士団の様な攻略組ギルドはこう言うのには非協力的だろうしね? この仕事は明らかにケイリュケイオンの分野だ」

「んで? このクエストって純粋にバトル物と考えて良いんだよな? とりあえず出てきた敵を倒せばそれでOKだろう?」

 ナッツの極論に苦笑する面々だけど、事実そうなのだから誰も否定しない。だから僕も肯定して頷く。

「その通り! 今回は本当にやっつけちゃえばそれで良し! 今まで見たいにプレイヤー相手じゃないから頭使う必要無いよ! バンバンやっちゃって!」

 僕が太鼓判押すと、ナッツは嬉しそうに口笛を吹いた。アルクも面白そうに嗤い、スニーは戦意を秘めた頬笑みを浮かべた。

「ようぉしっ!! それじゃあおっさん! 景気付けに一つ音頭でも―――!」

「お前等っ! ウチの大将のお達しだ! 気合入れて行くよっ!!」

 アルクの声に賛同して皆が拳を上げ『お~~~~っ!!』と答える。

「『もはやこいつの発言がネタの合図』っ!?」

 タドコロがショックを受けるのなんていつもの光景だ。

 よしっ! それじゃあ僕も、皆と一緒にクエスト参加だ!

 意気揚々と立ち上がった時、僕は背中に気配がある事に気付いて振り返る。

 なんかすごく悪モノっぽい笑顔のタケとシヨウの二人がいた。

「な、何二人とも?」

「なにっ、お前さんとどうしても纏めておきたい話があると血盟騎士団団長様からのお達しでな? こうして俺が仲介人に来てやったんだ」

 タケは他ギルドで傭兵扱いされてる事が多いので、こうしてギルド間仲介人なんて事もたまにやらされている。結構、いやかなり面倒な事を押しつけられるので、僕は彼の顔を見た瞬間に逃げる様にしていたんだけど、その所為で、タケはこう言った役を回されると、結構怒った感じに僕を追いかけてくるようになった。触られそうになるので、最近は大人しく従ってます。

「まあ、お前はそれだけ人気があるって事だ。大人しく付いて来てくれよボス?」

 おどけて言うシヨウの笑みが全然笑ってない………。シヨウもタケと同じで傭兵扱いで他ギルドに雇われているけど、こっちはむしろ似合ってるよね。自分だって嬉々としてやってるんだから、僕を呼びに来るのが面倒だとか言って怖い顔するの止めてくれないのかな?

「でも僕は行くっ! 自由のためにっ!!」

 隙を見て速やかに逃げ出した僕は、そのままの勢いで≪琴の音≫出て………、他のケイリュケイオンメンバーに待ち伏せされていた。

「僕に自由は無かった………」

「「良いから大人しく付いて来い。一々逃げ回られると面倒だ!」」

 ヌエとアレンが同時に訴えかけてくる。二人とも、最近また息ぴったりだね?

「これ以上面倒を掛けられると、僕達も仕事に差し支えますから?」

「………リーダーなら、その辺弁えてるよな?」

 ゼロとアルカナがそれぞれの目線で見降ろしてきた。どうでも良いけど、五人がかりで囲まれるとかなり怖い物があるんですけど?

「ふ、ふふふ………っ、ウチのリーダー、いつもながらリアクション最高………っ! まいど乙ッです………!」

 最後の一人、キャストは何言ってるのかだんだん解らなくなってきたよ。彼なりに賛辞を送ってくれているらしい事は最近分かってきたけど………。

 諦めて僕が立ち上がると、建物の影からワスプとテイトク、アスパラまで出てきた。

「それじゃあ、サヤさん? 一緒に御同行願います」

「あんまり世話やかせんなよ~? オレ達だって暇じゃないぜ?」

「これで俺もやっと仕事に戻れる。リーダー? これからは最初から素直に従ってくれ」

「何人用意してるのっ!? 僕一人を相手に一体何人用意してるのさっ!?」

 あまりの事実に度肝抜かれたよ! どれだけ必死になって捕まえに来てるんだよ!? 僕、そんなに聞きわけないと思われてるのっ!?

「思われてるのでござろうな?」

「信頼の賜物だって?」

「………良かったな? 皆大絶賛だ」

 サスケ、クド、アマヤまで出てきたっ!?

 捌き切れないっ!? こんなに出てこられても僕には捌ききれないよっ!?

「タドコロ助けて!? これ以上は僕じゃツッコミしきれないよ~~~っ!!」

「ツッコミ役におっさんヘルプっ!?」

 ショック受けてないで本気で助けてよっ!?

 僕の心の声も何処へやら………、連れていかれる僕を無視して、皆はクエストのために行動を開始してしまうのでした。

 僕もやりたかった~~~~っ!!

 

 

 

04

 

 

 

 始まったクエストは、どうやらパロディークエストを目的とされていた内容のようだった。特別に出現したフィールドを単独で歩いていると、そのボスキャラと鉢合わせする仕様になっているらしい。

 ケイリュケイオンのメンバー達は、一度入り口で集まってから、クエスト開始と同時に散開して捜索を開始する事にした。

 運が良いのか悪いのか、どうやら最初にボスと接触を果たしたのは、一番気弱なラビットのようだ。

 昔ほどオドオドしなくなったとは言え、やはり仲間のいないところで一人と言うのは心細く、モンスターカーソル(赤)の浮かぶ、白い軽鎧に身を包むサイドテールの女性を見つけた時は、どうしようかと戸惑ってしまった。もちろん、すぐにやるべき事を思い出し、白い少女にゆっくり近づいて行く。装備は何処となく血盟騎士団副団長、アスナの物と類似する。スカートが長い事と、桜色の短いマントが付いているところくらいが差異だろうか?

 ラビットが近づくと、それに気付いた少女が振り返り―――ニッコリと笑い掛けてきた。

「こんにちは」

「………!」

 あまりにはっきりとした好意を思わせる笑顔に、ラビットはたじろいでしまった。

 話に聞いていた強力なボスモンスターの印象は薄らぎ、何処か親しみのある普通のプレイヤーの様だ。カーソルが無かったらケンの様に勘違いしてしまいかねない。

「えっと………、こんにちは………」

 ラビットはとりあえず返事をしてみると、白い少女は「うん!」と元気よく答えて見せる。そしてすぐに、何か疑問に思い至ったかのように首を傾げ、人差し指を頬に当てる。

「え~~っと………、私、なんでこんな所に居るんだっけ?」

「え? 解ってないの?」

 これも何かのイベントの一環なのかと首を傾げるが、どうやらそうではなさそうだ。彼女は本当に何も解っていなさそうだ。

「う~~~ん………、ちょっと思いだしにくくなってるだけなんだけど~~………?」

 額に指を当てて難しい顔で悩む少女は、一瞬瞳にノイズを映すと、一瞬で何かを思い出したように顔を輝かせた。

「ああ! 思いだした! ………って言うか、サルベージ出来たよ。わたしNPCなんだ」

「!?」

 ラビットは驚いて目を見開く。

 自分の事をNPCと名乗る相手など、特別なAIを持ったSAO中イレギュラーな存在でしか見た事が無い。

 この少女はクエストモンスターであると同時に、特別なAIなのだろうか?

「うん! なんか色々話したそうだけど、私はクエストボスモンスターとして、戦わないといけないんだ? 君もそのつもりで来てるんだよね?」

 少女はそう言って腰から剣を抜く。

 三角形の尖った細い剣は、細剣カテコライズの様だが、初めて見るデザインだ。きっとクエストボスモンスター専用の剣なのだろう。

「名乗っておくね? 私はナノハ! 使う武器は細剣の≪レイジング・ハート≫! それじゃあ! 1VS1(ワンオ―ワン)で実戦開始!!」

 ちゃんと宣言をしてから、ナノハは剣を構える。

 状況が良く解らなかったラビットだが、口下手な彼女には上手く話の流れを汲み取って会話する事が出来ない。当初の目的通り、クエストクリアを狙って戦闘を開始する事にした。

(昔ほどじゃないけど………、もう少し口が上手くならないと情報収集大変だなぁ~~………)

 内心苦笑しながら、ラビットはフードを外して片手剣≪ネーベルリッパー≫を構える。

 先に飛び出したのはラビットの方だ。相手の出方は解らないが、強い事だけは想像できた。だから、成す術もなく潰される前に、戦いの流れを自分に傾けようとした。

 放たれた上級単発突撃技≪ヴォーパル・ストライク≫が神速の勢いで放たれる。

 ナノハはそれを単発≪リニアー≫で正確に弾き返す。

 相殺の衝撃で宙を舞うラビットは、身体を捻りながら着地し、間髪入れずに回り込んで剣撃を放つ。

 ナノハは正確に攻撃を受け止め、返す刀で≪リニアー≫を繰り出していく。

 ラビットも、名前の通り、兎の様に飛び跳ね、巧みに攻撃を躱しながら、お返しのソードスキルを選び放つ。

「うん! 速いし的確! 君はすごい腕だね! 何より攻撃に乗せた想いが、とっても純粋で心地いいよっ!」

「え? あ、はい………。恐縮です」

 なんだか戦技教官に褒められたような印象を受けて、思わずお礼を返すラビット。

 その反応にむしろナノハの方が嬉しそうに笑うと、構えを変えた。

「君みたいに強い相手なら、使っても大丈夫そうだね?」

 そう言ってナノハは、フェンシングの様な構えで左手に持つ剣を一杯に右に振り絞る。淡く淡く淡く、刀身が桜色に輝き始め、ソードスキルの発動を展開していく。

「これから見せるのは、私だけの専用ソードスキル! いっくよ~~~~っ!」

 『専用』と聞いてラビットは今覚えている最大連撃ソードスキルのモーションに入る。放たれる第一撃を確実に打ち返し、可能ならそのまま連撃のカウンターを見舞おうと言う算段だ。

「アクセル………っ! シューターーーー!!」

 NPCだからなのか、それとも本人の性格からなのか、もしくはサヤ達の様になんとなくの反射なのか、技の名を叫んだ少女は、桜色に染まったレイピアを、真直ぐ自分に向けて放ってくる。

 初動のモーションから、それが連撃系だと言うのは二年間の経験が教えてくれた。だからこそラビットは最初の一撃に全力を尽くし―――確実にその一手をソードスキルで弾き返した。

 体勢を大きく仰け反らせるナノハに、ラビットはすかさずカウンターの連撃を見舞う。

 二撃目の刃がナノハの胸を切り裂き、返す刃で三撃目を―――弾かれる。

「………っ!?」

 ラビットは目を疑った。

 弾き、ディレイ状態にしたはずのナノハのソードスキルが、まだ終わっていなかったのだ。ナノハの二撃目がラビットの三撃目を跳ね返し、そのまま勢いを殺さず肩を貫く。勢いに押され、軽く仰け反ったところに更に突きが放たれる。

 三発目が頬を掠め、四発目が左足を貫き、五発目が右脇腹に深く入った。

 迫る六発目でやっとラビットの行動が間に合い、消えていないソードスキルでパリィする。七発目の攻撃もパリィしたのだが、最後の八発目で自分のソードスキルを相殺されてしまった。

 衝撃で互いに退がるラビットとナノハ。HPバーの減りは、ラビットの方が若干大きい。彼女のスキルに戦闘回復(バトルヒーリング)スキルが無ければ、今の一撃で相当危険になっていたかもしれない。

 ポシェットから≪回復結晶≫を取り出したくなるのをグッと堪え、ラビットはナノハの様子を窺う。

(ソードスキル同士がぶつかっても相殺しないソードスキルなんて………! ソードスキルがキャンセルできないから、隙を作り易いし、出来た隙にこっちもソードスキルを叩き込めるけど………!)

 だが、ソードスキルが強制キャンセルされないと言う事は、体勢を崩しても、システムアシストによる超速度で攻撃されると言う事だ。それは純粋に脅威だ。

(しかもあのソードスキル。最初のモーション時間が長いだけで、一度放てば八連撃を自由な角度で放つ事が出来るみたい。これは結構ズルイよ………!)

 モンスターだから許されたスキルなのだろうが、ラビットは疑問を感じていた。今の攻撃の仕方は、どこか人間めいたものを感じる。いや、AIには違いないのだろう。ただ、随分と人間に近い、かなりの情報を積んだAIと見える。

(何かあるみたいだけど………、だからって負ける気はない!)

 思い出す今までの戦い。特に≪バンダー・スナッチ≫との激闘は文字通り決死だった。あの“戦争”と称された戦いに比べれば、この戦いなど大した事は無い。

 ラビットが戦意を衰えずに刃を構えると、ナノハは嬉しそうに微笑むと、左側一杯に剣を引き、再びモーションに入る。

「戦意が全く衰えない! 凄いね君! ………だから、私も本気で攻撃するね」

 静かに呟き、ナノハはソードスキルを発動する。

「ディバインーーー………ッ!」

 モーションに入った事で刃がエフェクトライトを放つ。

 明らかに突撃系の攻撃に対し、ラビットは思考を巡らせ、慌てて飛び跳ねる様に逃げる。

 モーションが完成し、ソードスキルが発動。ナノハは桜色の残光を残し、真直ぐラビットに向けて突進する。

 ステータスが許す限界まで使って走るラビット。その背中に向けてナノハの突きが放たれる。

「バスターーーーーッ!!」

 放たれた突きが斧が背中を打ち抜く寸前、ラビットは目標とする岩陰に自分の身体を隠す。重突撃系のソードスキルを受け止めるにはシーフでは厳し過ぎる。そのため選んだ防御手段は、周囲のオブジェクトを障害物として攻撃を避ける事だった。

 果たしてラビットの作戦は確かに成功した。結果的にそれは正しい判断であり、そのおかげで助かった。

 

 ただ、オブジェクトを貫通して、ナノハの刃はラビット目がけて激突した。

 

 オブジェクトにより攻撃力が削減されたのと、念のため防御態勢に入っていたおかげで助かったが、まともに受けていればそれだけでHPが全損していた。

 武器防御のおかげでHPもそれほど減っていない。ホッと息を吐いたその瞬間、エフェクトライトを失ったレイピアが、そのままの体勢で再び輝き始める。

「ブレイク………ッ!」

「これ、やば………っ!」

 嫌な予感にかられたラビットは脱兎の如く飛び退く。

「シューーーートッ!!」

 刹那、光が瞬き、爆発が起こった。

 突き刺さっていた岩のオブジェクトはポリゴンとして爆散し、衝撃波がラビットを襲い、吹き飛ばされる。もしも飛び退いていなければ、その衝撃波をまともに受ける事になっていた。

 それでも度重なる攻撃にHPは既にイエローだ。次に大技を受けて、耐えられるかどうか解らない。そしてナノハは、この絶好の機会を逃さない様子だった。

「本当にすごいね。だから、私も全力全開でお相手するね………」

 レイピアを再び引き絞るその姿には、先程までの教官めいた雰囲気は無くなっていた。言うなら、先程まで教えるつもりでいた人間が、対等な立場だと認め、積極的に勝利を掴み取りに掛る。そんな強大な気配が伝わってくる。

 ラビットは危機感を感じた。このまま戦えば間違いなく自分は死ぬのではないだろうか? 逃げるなら溜めの動作に入っている今しかない。幸い此処は結晶無効化エリアではない。ポシェットに仕舞っている≪転移結晶≫を取り出し使えば、脱出できる。

 ポシェットに手を伸ばしかけたラビットは、そこで一度目を瞑り、躊躇する。

(でも………、ここで逃げたら、サヤちゃんに迷惑掛っちゃう………)

 元々、自分は彼女に憧れてケイリュケイオンに加わったのだ。彼女の様に、怯えながらも、前に足を踏み出し、強く前進し続けるものでありたい。そう願ったから、自分は此処にいるのだ。

(アレから色々あって、サヤちゃんは全然強くなんかないんだって、思い知らされた。でも、私が憧れたサヤちゃんは………、私が目標にした姿は………、いつだって変わってない)

 何より、っと彼女は思う。

「あ、の人に………! 恥ずかしい、知らせ、は………したくないっ!」

 憧れた人物はもう一人いる。彼の強さが、勇ましさが、逞しさが、彼女の心に刻み込まれている以上、彼女が退く理由など、何処にもないのだ。

「………やる気だね? それじゃあ、いっくよ~~~~っ!!」

 ナノハの構えたレイピアが強く輝きを帯びる。今までの比ではない、強力な力の気配を感じる。

 ラビットは≪ネーベルリッパー≫を構え、迎撃の姿勢を取る。

 ナノハ真剣な表情になると、最強技のソードスキルを発動する。

「全力全開………ッ!!」

 ナノハが飛び出す。

 ラビットは、≪回避スキル≫≪ホッピング・ムーブ≫を発動し、軽快なステップを踏み、攻撃回避を行う。

 防御しきれないと踏んでの回避策。しかし、この時ラビットの目に映ったのは、チートレベルの早業だった。

 四条の閃光がまったく同時に放たれたのだ。

 まるで魔法スキルを使った魔法弾が突きのモーションに合わせて放たれるかのように、まったく同時に放たれたのだ。

 慌ててバックステップしながら回避を試みるが、突っ込みながらの同時四攻撃にさすがのラビットも回避しきれない。≪ホッピング・ムーブ≫はそれほど長い間使用できる物ではない。一瞬の攻防に使うのがやっとだ。だが、使用中はシステムアシストの恩恵により、攻撃する事が出来ない。つまり、剣によるパリィも不可能なのだ。

 それでも身体の制御が利く範囲で必死に回避を試みるラビット。

 腕、足、頬、胸を浅く貫かれる。それでも刺さったのは切っ先数センチだけだ。ソードスキルと言えど、この程度では大したダメージにはならない。

 ≪ホッピング・ムーブ≫が終了されると同時に、ラビットは剣を構え、防御姿勢に入る。ナノハの攻撃はまだ終わっていないのだ。

 一度引き戻されたレイピアが、一瞬の間をおいて再び四条の閃光を放つ。最初とまったく同じ、だが、僅かに軌道の違う攻撃を、必死に捌く。

 肩、太もも、脇腹、こめかみを貫かれたが、やはりこれも浅い。最初より深く、的確に身体に当たって入るが、HP全損と言う程ではない。

(まだ来る………っ!)

 防御姿勢を取ったまま、直感的に悟ったラビットは更に集中力を高める。

 システムアシストでなければ不可能なほど鮮やかな切り替えで、ナノハのレイピアがバックスイングされ、一気にラビットの身体を宙に弾きあげる。ソードスキルの効果なのか、剣で防御したにも拘らず、ラビットの身体は簡単に打ち上げられた。

「スラー・ライト・ブレイカーーーーーーーッ!!」

 剣を弓矢の様に一杯に引き絞り、解き放つと同時に叫ばれた技の名。正に星々の輝きが彗星となって襲ってくるような連撃。最後は打ち上げられたところに容赦のない追撃の突きを見舞う十連撃技。

 ここまで連撃でHPを赤くしているラビットが、もし最後の一撃を受ければ忽ち全損してしまう。

 幸い、防御の上からだったので身体は宙に浮いている物の動く事はできる。だが、単に防御しても、防御の上から貫ける程の攻撃力が相手にはある。

(何とかしないと………っ!?)

 咄嗟に思い付いたラビットはマントの内側にお守り代わりに入れておいた物に手を伸ばす。

「………っ!」

 マントの中に隠していた投擲可能短剣≪イーグル・ハンティング≫を左手で掴み投げる。残念ながら≪投剣≫スキルが無いので、システムアシストもなければ、大した威力もない。本来なら上手く刺さったところでソードスキルをキャンセルさせる事も出来ない悪足掻きに終わるところだ。

(でも、この短剣は………!)

 そう、この短剣≪イーグル・ハンティング≫には特殊な効果がある。空中に居る相手を攻撃した時だけ、攻撃力が増し、クリティカル率が格段に上がるのだ。地に足を付いて戦う敵が殆どのSAOでは中々使いどころの難しい、Mob対策武装だが、今この時だけは逆転の切り札だ。

(例えダメージ不足でも、クリティカルが入れば………っ!)

 クリティカル判定は、急所となる部分に攻撃が入れば、そう判定される。だが同時に、強力な攻撃が入れば稀に発生する物でもある。もし、この≪投剣≫無しの攻撃にクリティカルが入ってくれれば―――、

「………っ!?」

 ナノハの胸に軽く刺さった≪イーグル・ハンティング≫は、見た目に反した派手なエフェクトライトを放ち、クリティカルが発動した事を知らせる。結果、システムにより仰け反りが発動し、ソードスキルが強制キャンセルされる。

「これが最後のチャンスッ!!」

 叫んだラビットは、地面に着地すると同時に飛び掛かり、片手剣最強ソードスキル≪ファントム・ブレイク≫をナノハに叩き込む。

 互いに仰け反りによるディレイと、技後硬直で一瞬間が空く。

「くあ………っ!」

 仰け反りから回復したナノハが≪スター・スプラッシュ≫でラビットを襲う。

 しかし、通常のソードスキルなら嫌と言うほど見てきたラビットは、≪ホッピング・ムーブ≫で半分を回避、残り半分を片手剣カウンターソードスキル≪リターン・スラント≫で叩き伏せる。

 カウンターによって通常よりも長いディレイを受けたナノハに、ラビットは渾身のソードスキルを叩き込む。

 彼女が最も得意とするソードスキル、四方八方連続水平斬り≪ホリゾンタル・クロスエンブレム≫。敵を水平突撃斬りで切り裂くと同時、相手を中心に九十度直角に突きぬける。これを素早く繰り返す事で、上から見ると使用者の軌跡が十字架を刻んでいるように見える。これを二回繰り返す八連撃ソードスキル。ラビットはこの九十度の角度をさらに狭める事によって、まるで八芒星刻んでいるように見える事から、≪エンブレムスター≫と別称される様になっている。

 角度が狭まれば、刃が切り裂く面積も増え、ダメージも増大する。結果、ナノハのHPも限界を迎え、彼女のHPバーは空っぽになった。

 しばらく硬直していた二人はゆっくりとした動作で通常姿勢に戻る。

「あ~あ………、負けちゃった~………。やっぱりAIの私じゃ、上手くこの技を使いこなせなかったのかなぁ?」

 HPが全損しているにも拘らず、ポリゴン片になる事もなく暢気な事を言うナノハに、ラビットは多少驚きながらも、レイピアを仕舞う姿を見て自分も剣を収める。

 ラビットは、せっかく出来た会話のチャンスを逃さず、ずっと疑問に思っていた事を訪ねる。

「あ、あなた………、自分の事、AIって………」

「ん? 解ってるよ。………っと言うより、さっきデータをサルベージしたのかな?」

「さ、サルベージって………?」

 訝しむ表情を作るラビットに、ナノハは察したらしく「にははっ」と笑って見せる。

「私は、このコラボ企画用に作られたNPCモンスターだったんだけど、こう言う企画はボスが強くないと締まらないでしょ? だから、私の元になった初期動作テストプレイヤーによって、その思考や戦闘パターンをAIにコピーさせてあるんだよね? この性格はテストプレイヤーのモノじゃなくて、そのキャラをイメージして設定た物でしかないんだけど………、どう? そっくり?」

 笑いながら尋ねてくるが、元ネタを知らないラビットには頷いてあげる事が出来ない。仕方なく「かもしれませんねぇ~~」的な表情で微笑み掛けるしかない。

 ナノハも一緒になって笑いを返すが、ふと何かに気付いた様に虚空を見上げる。

「ありゃりゃ? クエスト終了後のイベントも時間制限があるんだ? 残念だけど、これ以上お話できないみたい?」

「え? そ、そんな………! まだ聞いておきたい事が………!?」

「ごめんね。所詮私はこの場だけの簡易AIなんだ。テスト時に取った個人のデータをそのまま破棄するのがもったいないって事で用意された活用の機会に乗っからせてもらっただけなんだ。でも、こうしてあなたみたいに強い子と出会えて嬉しかったよ。だから受け取って………私がアナタに送るクリア報酬」

 言葉と共に、ゆっくりとポリゴンの破片になっていく白い少女。

 ラビットの前には『習得スキル:≪ブレイク・シュート≫』のシステムメッセージが届く。

「ナノハさん………」

「じゃあね、私の力が、役に立つと良いね………!」

 そう言って手を振ったナノハは、桜色のポリゴン片となって淡く消え去った。

 ラビットは何処か物悲しい気持ちで受け取りながら、新しく習得したクエスト限定ソードスキルを確認してみる。

 剣を抜き、近くの岩の前、ゼロ距離に立つと、ソードスキル≪ブレイク・シュート≫を放つ。かなり硬い設定を与えられているはずのオブジェクトは、ソードスキルによる突きの一撃で、粉砕されてしまった。

 ラビットは、満足そうに頷くと、剣を鞘に仕舞い、報告のために元来た道を戻るのだった。

 

 

【ラビット、クエストクリア。獲得スキル:ゼロ距離突き技≪ブレイク・シュート≫】

 

 

 

 

 

 05

 

 

 

 ヴィオが出会ったクエストボスは、実に変な少年だった。

 つい先ほど、このクエストに参加していた女性プレイヤーが、単独なのを良い事に男性プレイヤーに囲まれ、しつこく言い寄られていた。

 そこに颯爽と現れたクエストボス、『イッセー』は、女の子ナンパする時は女の子胸を見て、そのありがたさに感謝の念を込めながらお願いしろと、バカな説教をして男達に殴りかかり………一瞬で袋にされた。どうやら、クエスト条件である『一対一でなければボスと戦う事が出来ない』は、当人にも適用されるらしく、戦闘能力は完全無欠に皆無だった。だが、HPが表示されず、カーソルだけが浮かんでいる状態で、何度殴られようと必ず立ち上がって向かっていく姿は、とても頼もしく映った。

 結局、彼はまったくもって一撃も与えられず、一方的に殴り飛ばされたが、最後には粘り勝ちして男達を追い払った。追い払われた男達も、倒す事の出来ないMob相手に延々戦うのに疲れた様子だった。おまけに謝るまで逃がすつもりもなく向かってくるので、むしろ不気味さを感じて、最後には頭を下げて逃げて行った。

 助けられた女性も、ちょっとだけ感動したのか、顔が赤くなっている。

 ヴィオから見ても、アレは惚れた女性の表情だった。

 二人っきりになってクエスト条件が達成され、『イッセー』にHPバーが出現するのだが、女性の方が戦意を失ったようで、戦わずに別れてしまった。

 正直、こんな物を見せられた後で、色々悩みどころではあったが、仕事と割り切ってヴィオは『イッセー』の元へ向かう。

「クエスト参加希望のヴィオです! アナタがクエストボスと言う事は聞きました! 私と勝負してくださいっ!」

「いよっしゃ~~~~~っ!! 俺好みの超巨乳女の子キタ~~~~~ ッ!! これはもうっ! 全力でお相手するしかないっ!」

「やっぱり帰らせて下さいっ!!」

 開口一番、弱腰になったヴィオは、自分の胸を両腕で隠そうとしながら半泣きで叫ぶ。隠そうとした胸は、彼女の細い腕に収まりきらず、二つの腕の間から、なおも存在を主張し続けている。

「うおおおおぉぉぉぉ~~~~~~っ!!? か、嘗て、こんなおっぱいを俺は見た事が無いっ!? 朱乃さんやリアスに並ぶ―――!? いや!? まさかこれはそれ以上っ!? 大きさだけではなく存在そのものが神秘であるかのように主張される“おっぱい”!! これを目の前にして興奮しない男子などいはしないっ!!  触りたい! 触らせて下さいっ!! せめて服の上からで良いんで鑑賞させて下さいっ!!!! お願いしますっ!!!」

 おっぱい見たさ全力で土下座する男が、目の前に出現していた。

 もはや“変態”の言葉すら生温い完璧おっぱいマニアに、SAO一、おっぱいの話題に困っているヴィオは、もうどうする事も出来ない。

「お願いしますっ! お願いしますっ!! お願いしま~~~すっ!!!!!」

 力強い土下座が続き、まったく戦いが開始される気配もない。

 正直、今すぐ誰かに変わってもらいたかったが、周囲には人影が全く見られない。どうやらこの場所に散策に来るプレイヤー自体が珍しい様だ。人影一つ見当たらない。

 せっかく手に入れたクエストボスとの対戦機会。ケイリュケイオンの一員として、みすみす逃すのは本意ではない。だが、このままでは話すら進みそうにないと判断したヴィオは、顔を赤くして、涙目のまま、精一杯の気持ちで呟く。

「み、………見る、だけなら………?」

「マジですかっ!? 良いんですかっ!? ありがとうございますっ!!!!」

 全力懇願の土下座が、絶賛感謝の土下座に変わった。

 ヴィオは慌てて付けたす。

「ふ、服の上からですからねっ!! それ以上はダメですぅ~~~~っ!!」

「そのおっぱいを見られるなら服の上からでも充分だぁ~~~~~~~~~~~っっ!!!!」

 ヴィオは以前、自分は騒ぎ過ぎだの声が大きいだの叱られた事があったが、その自分以上に熱血に声を上げる『おっぱい変態』には、あらゆる意味で敵わない気がした。

「さあ見せてくれっ!? 触らないからっ!! 見るだけだからっ!! これ以上近寄らないから~~~っっ!!!」

 自ら地面に線を引いてまでスタンバるイッセーに、ヴィオは勢いに押されて応えてしまう。

 ヴィオは、あまり考えず『見せる』と言う言葉に従うため、震える手で胸を隠す両腕を外し、視覚の邪魔になるであろう肩に掛けたケープを真ん中から開いて見せる。

 今更気付いたのだが、いつの間にかフィールドの端まで追いやられていたらしく、自分の背中が壁に追い込まれ、逃げ場が無くなっていた。こんな状況で自ら胸を晒し、他人に見せているという状況が厭らしい物に思え、ヴィオの顔がこれでもかと言うくらい真っ赤に染まっていく。目の端からは恥ずかしさで溢れる涙の粒が浮かび、緊張から鼓動が早まり、息が上がっていく。呼吸をすれば胸も上下するわけで………必然的にその光景は白い光とか靄が掛ったりする程に淫靡に映った。

 イッセーが鼻血を吹くまでに要した時間は0秒である。

「こ、これは何だっ!? こ、ここまで淫靡な光景を、悪魔になってからも一度も見た事が無いぞ………っ!? 裸の御姉様に言い寄られるハッピー人生を送っている俺でさえ、ここまでの光景を未だかつて見プ~~~~~~~~ッ!!!(鼻血噴出中)」

 彼女の名誉のために言っておくが、別に彼女は本当に胸を晒している訳ではない。肩に掛けたケープを開いて見せてはいるが、その下のチャイナ服に似た≪キョンシー・ドレス≫の胸元は開いていないし、首元までしっかりと止められていて、肌が晒されているところなど一切ない。

 ただ恥ずかしさから、彼女の顔が赤く染まって、涙目で、息が荒くなって、おっぱいが思いっきり強調されているだけだ。何だかむずむずして、膝を擦り合わせていたり、耐える様な表情で「んっ」と吐息を漏らしてはいるが、別に発禁モノになる様な事は何一つしていない。………はずだ。

「も、もう………、いいですか? これ以上されたら………わたし………」

「もっ、もう良いですっ!! 見たいですけど! ホント言うともっと見たいですけどっ!? これ以上見たら人として何かを失ってしまうような気がしますっ!! 俺、悪魔でドラゴンですけどっ!!」

 ホッとしたヴィオは、ケープから手を放して胸元を隠すと、これでやっと話を進められると腰の短剣に手を添えると、身体を回転させながら抜き放ち、自分の意識を戦闘モードへと切り替えさせる。

「それじゃあっ! 今度こそ私と勝負です! 『イッセー』さん!」

「おうっ! 俺もクエストボスとしてこの勝負、正々堂々と受けて立つぜっ!!」

「へ?」

 イッセーが『クエストボス』と自分の事を例えたので、ヴィオは面喰ってしまった。ラビットの時同様、彼が自分の事をMobと自覚しているAIであるという事実を、すぐには受け入れられなかった。

 そしてイッセーも、切り替えたからには勝負に待ったはしない。

「スタート!」

Count(カウント) Down(ダウン)!』

 イッセーが合図すると、左手に装着されていた赤い籠手が、手の甲部分に取り付けられている宝玉を光らせ、音声を発した。

 それを見たヴィオは、本能的に不気味な籠手だと思った。左腕を肘から指先まで完全に覆っていて、形が龍の腕の様にデザインされてる。何より不気味さを感じるのは、まるで取り外し出来る切れ目が全く見受けられない事だ。まるで、その籠手自体が彼の腕と言わんばかりの光景に、ヴィオは生理的な恐怖を感じていた。

(か、関係無いよ! ゲームの中なんだし! ああ言う装備もきっとありだ!)

 己を奮起して、ヴィオは駆け出し、得意の蹴り技で様子見をする。

「ヤァーーーッ!!」

 少し中国風の訛りが入った気合の声を上げ、≪震脚≫を放つ。

 イッセーは左腕の籠手で受け止めながら退がり、ダメージを軽減する。

 防御に重点を置いていると瞬時に悟り、短剣と蹴りを混ぜた攻撃を回転する様に叩き込んで行く。

 やはりイッセーは籠手で受け止めるか躱すばかりで攻撃する気配は見られない。

 一体どうしてだろう? そう疑問に思った時、イッセーの視線がさっきから一つ所に集中しているのに気付く。

「こ、こんなに幸せな戦いがあって良いんだろうか………?」

 イッセーが呟いた瞬間、ヴィオもその理由に気付く。

 ヴィオの装備はチャイナ風のユニーク装備で、スカートに深いスリットが入っている。その下は………完全無欠に素足である。ズボンを穿いている訳でも無く、キックガードように装備したプロテクターみたいな金属ブーツを装備してはいるが、そのお見足の殆どは露出している。もちろん、その奥に隠された純白は惜しみなく曝されてしまっている訳で………。

「きゃああああぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!?」

 慌てて両手でスカートを押さえながら全力で退がるヴィオ。対人戦の時はスパッツ系の装備を追加していたのだが、普段はMob相手で気にしなかったため、今回も装着するのを忘れていたのだ。個人的に、アレを穿くと擦れて違和感があるため、避けているらしい。だが、それが今は裏目に出てしまった。

 AIとは言え、完全無欠に男の子丸出しのエロ将軍に、思いっきり自分の純白を晒しまくってしまった。仲間内に知られたら、またこの手のネタでいびられる事間違いなしだ。

「な、なんで私、いつもこんな目に………?」

 望んでいる訳でもないし、気を付けてもいるはずなのだが、どうした事か、彼女はこの手のトラブルを引き起こし易い。なにか神ならざる物の手が左右しているとしか思えなかった。

「そして………、こっちは準備が整っちまったぜ?」

 イッセーがそう告げてニヤリと笑う。

 ヴィオは訝しく思って彼のHPを確認するが、既に黄色になる程ダメージが入っている。防御一辺倒だったのにこれだけダメージを蓄積しているなど、どう考えても弱過ぎる。っと言う事は、ボスキャラの定番、アルゴリズムの変化が発生するのかもしれない。

 ヴィオが股に挟んでいた手を放し、臨戦態勢に入ると同時、イッセーは左手を天に翳し、高らかに宣言した。

「輝きやがれっ! ブーステッド・ギアァァァァァァアアッ!」

Welsh(ウエルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) breaker(ブレイカー)!!!!!!!!』

 赤いオーラの光が彼を纏い、次の瞬間、彼の身体に龍を模した真っ赤な鎧が全身に装着された。

「これが龍帝の力! 『禁じ手(バランス・ブレイカー)』『赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』だッ!!」

 赤いオーラを噴き出しながら、赤い龍の帝王が降臨した。消費されたHPはそのままの様だが、明らかにステータス変化したのは目に見えて解る。

「でも………っ!」

 ヴィオは恐れず駆け出し≪震脚≫を放つ。だが、その攻撃は簡単に腕で受け止まられてしまい、HPの消費も1ドットあったかどうかだ。

「今の俺にその程度の攻撃が効くかよっ!」

 ヴィオの脚を押し返したイッセーは、無防備になったヴィオのお腹目がけて手を伸ばす。

 掌低の様な一撃を受けて後方に飛ばされたヴィオだが、衝撃の割にHPは殆ど減っていない。言ってしまえばただ触っただけと言っても正解に思えた。

(ううんっ!? 違うっ!?)

 お腹の辺りを気にしていたヴィオは、そこに小さな魔法陣の様な赤い光がクルクルと回っている事に気付いた。まるでマーキングを付けられたようなその表示に、何らかの仕掛けをされたのは明らかだった。

「よっしゃあっ! これで条件は揃ったぜっ!」

 ガッツポーズを取るイッセーに、ヴィオは自分の考えが正しかった事を悟る。

『待て相棒っ! まさかここでアレを使うつもりかっ!?』

 同時に、イッセーの左手の宝玉が光、意思を感じさせる音声を発したので、ヴィオは面喰って対応が遅れた。

「おうよドライグッ! ここまで来たらやるしかないだろうっ!?」

『ま、まてっ! この状態でも充分俺達が勝っている! この状況でわざわざお前の必殺技を使う必要などないだろうっ!?』

「必殺技ですかっ!?」

 そんな漫画みたいなお決まりのノリで、お決まりの『必殺技』を宣言されても………っと、驚きながらも、いやいや此処はゲームの中だし………っと、自分に突っ込んでみたり、意外と忙しいヴィオ。

 そうこうしている内に、イッセーは会話相手のドライグの制止も聞かず、左腕を翳す。

「忘れたのかドライグッ!? 俺は目先の欲望に走る男だぞっ!?」

『そんな理由で使うのかっ!?』

「くらえっ! 俺の必殺………っ!」

 ヴィオは自分がマーキングされている事を考慮して、避けようのない攻撃が来ると判断。ポシェットから≪回復結晶≫を取り出し、訪れるであろう攻撃に備える。

「『洋服崩壊(ドレス・ブレイク)』ッッ!!」

 パチンッ! と指が鳴らされた瞬間、ヴィオの服が全て一瞬で粉砕した。

 全てだ。防具、服、ポシェット、下着に至るまで余すことなく全て粉砕した。

 残されたのは、生まれたままの姿で短剣と≪回復結晶≫を握るヴィオの裸身だけである。

 そしてHPの減少も0だ。

「お、お、お、お、お、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~っっっっっ!!!!?? おっぱい広しと言えど、ここまで存在感のある魅力的なおっぱいは初めて見たぁ~~~~~~~~ッ!!!! 俺、悪魔だけど!! 一度死んで転生してるけどっ!? 生きてて良かったぁ~~~~~~~~~~~~っ!! おぶぱ~~~~~~~~~~っ(大絶賛鼻血噴火中)」

『うおおおぉぉぉ~~~~~~んっ!! やりやがった~~~っ! コイツまたやりやがった~~~~っ!! 伝説の龍帝の力で、女の衣服を脱がせる事だけに力を注ぐバカは、コイツくらいのもんだっ!! どうせ俺はおっぱいドラゴンさ~~~~~~っ!!』

 自暴自棄並みに悲鳴を上げるドライグに、多少なり思うところがあったのか、兜を鎧に収納しながらイッセーは左腕に呼びかける。

「す、すまん………っ、でも俺は、あのおっぱいの存在を目にしてから、絶対脱がしてみせると誓っていた!」

『アザゼ~~~ルッ!! アザゼルッ!! カウンセラーを………っ!? カウンセラーを呼んでくれ~~~~~~っ!! がはっ! がはっ!』

 恐慌状態に陥る相棒に「落ちつけドライグ! 例の薬だ!」と言って白い粉を左腕に振りかける。落ちついたらしいドライグは息を荒げながらも「効くなこの薬………」と、返すのだった。

 そして脱がされてすっぽんぽんのヴィオはと言うと………。

「…………………。はわぁ……………………っ!!??!?!!??」

 顔どころか全身を真っ赤に染め上げ、次の瞬間、盛大に悲鳴を上げた。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!?!????!??!?!!!?!!?!?!?!?」

 

 その場に座り込み、両手で要所を隠そうとするが、布切れ一枚ない姿では隠すべき場所が多過ぎて、彼女の細い腕二本では足りな過ぎる。何より押さえつけから解放された二つの双山は、両手を使っても隠しきれる物ではない。片腕で押さえつけても、その健康的な肌色の膨らみは、惜しげもなく曝され、その存在を本人の意思を無視するかのように主張している。

 この場にスニーがいれば、自分の物と比べる事さえ忘れ、呆然自失と見つめていただろう。

 他に男性プレイヤーがこの場に運よく居合わせていれば、慌てて≪記録結晶≫を取り出していたに違いない。

 現に、脱がせたこの男は―――、

「保存ッ! 保存だッ!! 脳内の記録フォルダに名前を付けて保存だ~~~ッッ!! 動画もアップだ~~~~ッ!! 今目の前で揺れているたわわな果実を一瞬たりとも逃す物かぁ~~~~~~ッッッ!!!」

 ―――鼻血を噴出しながらも必死にガン見している。

 まごう事無き変態が此処にいる。

「あ………、だめ………っ! 見ないで………っ!?」

 身体を縮こませながら地面を這う様に後ずさるヴィオ。その姿は、どうしようもなく淫靡で、男の欲望を嫌という程駆り立てた。

「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~っっっっっ!!!」

 意味不明に雄叫びを上げ、イッセーは血走らせた目で、ヴィオの姿を行動に至るまで食い入るように見つめる。

「やぁ~~~~~………っ! これ以上………見られたらぁ~~~………っ!」

 恥ずかしさでどんどん息が上がり、緊張で動けなくなっていくヴィオの姿は、弱々しい少女が、強姦に追い詰められたかのような印象を与え、並みの男なら、既に我も忘れて飛びかかっていた事だろう。

 そして、この並み以上の男はと言うと…………、

魔訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃーはーらーみたしんぎょう)観自在菩薩(かんじーざいぼーさーつー)行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃーはーらーみたじー)………痛って~~~~っっ!!!」

 一周回って仏閣に至っていた。本人悪魔なので、仏経を唱えて自分でダメージを受けている辺りおバカの証拠だろう。HPもちゃっかり削られている辺り、真面目に弱点と言える。

 とりあえず冷静になったイッセーは、ヴィオが新しい服を装備するまで土下座して謝り続けた。見るからに恐ろしい鎧を纏った男が、粛々と土下座する姿は何ともシュールな光景だった。

 着替え終えたヴィオは、イッセーから詳しい話を聞き、破壊された装備は時間経過と共にストレージに戻るらしい事を教えられた。

「そうじゃないと俺の能力はこの世界じゃチートなんで、補正が設けられたんです。はい」

「そうですか、じゃあ、せっかくの装備を失くしちゃったわけじゃないんですね?」

 ホッと一息吐いたヴィオは、咳払いを一つして、戦闘を続行する事にした。もちろん、今度はスパッツ着用のチャイナモドキだ。

 先程の戦いで反省したイッセーは、お詫びとばかりに一つ提案する。

「俺はこれから俺だけのスキルとして所有している『赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)』を使う。もしそれを防ぎ切ったら、さっきのお詫びとして、君の勝ちで良い」

「え? そ、そんなこと決めちゃっていいんですか?」

「良いんだよ。このクエストは俺の采配で決めて良い事になってるから。それに、俺のオリジナルは、女の子を泣かせたくない性格なんだよ」

「オリ、ジナル………?」

 イッセーの言葉にヴィオが疑問を感じて尋ねるが、彼はこれ以上は取り合わない様子だ。

「いくぞ? 最初から全開で行く。一瞬でも気を抜いたら、その瞬間HP全損だ。集中しろよ?」

 気になる事はあったが、尋ねてる暇はなさそうだった。

 ヴィオは短剣を構え、イッセーが行おうとしている攻撃に備える。

(あの鎧はとっても固い。単純な攻撃は通用しなかった。体術スキルでダメージを通せないのだとしたら、やっぱりソードスキルじゃないと………。それもあの鎧を打ち抜けるだけの力)

 可能性があるのは回数の多い連続技か、≪アーマー・ピアーズ≫の様な貫通系の技しかない。

 敵の技がどんなものかは定かではない。なら、連続技は一度発動してしまえばシステムによって自動発射されてしまう。それでは思わぬ反撃を喰らいかねない。ここは単発技で潜り抜けるべきだ。

 ヴィオは短剣を逆手に構えると≪アーマー・ピアーズ≫の上級スキル、≪アーマー・ディバイド≫のモーション準備をする。突撃斬激系装甲貫通ソードスキル。これなら、残りのHPを見るに、あるいは一撃で決められるかもしれない。

「いくぞ………っ!」

 前置きして、イッセーは高らかに叫び、己の力を発現させる。

「『龍星の騎士(ウェルシュ・ソニックブースト・ナイト)』ッ!!」

 瞬間、鎧の形が変形し、余分なパーツをパージし、速度に秀でたスリムな形態へと変化する。刹那の速攻はシステムの枠を超えたのではないかと見紛う深紅の閃光。ヴィオが気付いた時には、既にイッセーの拳は突き抜けた後だった。

「!?」

 驚愕に目を見張るヴィオ。一体何が起こったのか一瞬解らなかった。コンマの世界で次第に思考能力が追い付き始め、何が起きたのかを正確に理解し始める。

「な………っ!?」

 驚愕の声が漏れたのと、理解して行動に移したのは同時だった。

 現実時間、一秒を経て、ヴィオのソードスキル≪アーマー・ディバイド≫がイッセーの身体を貫いた。

 ヴィオのHPは赤に達していた。イッセーのHPは今の一撃で空になり、表示されていたHPバーと鎧が消滅した。

「いや、凄いな………。この速度の攻撃を受け流されたのは初めての経験だ」

「い、いえ………っ! 私も意識してやったわけじゃ~………っ!?」

 賞賛の言葉に慌てて答えるヴィオ。彼女の言う通り、それは意識して使った物ではなかった。今まで幾度となく繰り返した戦いの日々と、今は思い出となった猛烈なケンカの末に見に付いた、SAOで唯一十全に力を発揮できた中国拳法。化勁(かけい)によってイッセーの拳をいなしていたのだ。

「いや、ホントすごいよ。俺もカウンター技とか色々考えてるけど、君みたいなのはまだ試してなかったな? 今度練習してみようかな?」

 一人、何やら思案顔になるイッセーに対し、ヴィオは気になっていた事を尋ねようとした。しかし、聞こうとした矢先、イッセーの身体が深紅のポリゴン片となってゆっくり消え始めた。

「ん? ああ、もう終わりか? もうちょっと話す時間があると思ったんだけど………」

「あ、あの! えっと………っ!?」

 消えて行くイッセーを前に、ヴィオはケイリュケイオンの一員として、何か情報を聞き出さなければと慌てるが、聞くべき事を言葉として作り出せない。そんな彼女を可愛いと思ったのか、イッセーは歳相応の男子の様にニッカリ笑って告げる。

「俺の事は説明してやれる時間が無いみたいで悪い。今の俺が教えられるのは、俺達は本当にNPCでオリジナルから作られたAIって事くらいだ。………それと、これが俺に勝ったクエスト報酬だ。受け取ってくれ―――」

 イッセーの身体が全て深紅のポリゴン片となって消えた後、ヴィオの目の前に『習得スキル:≪スター・ソニック・ブースター≫』のシステムメッセージが表示された。

 ヴィオは、何か温かい物を贈られた気持ちになり、少しだけ胸を高鳴らせた。

「ありがとうございます。イッセーさん………、もし、あの人のオリジナルの人がいるなら、会ってみたいな」

 嬉しそうに呟くヴィオは「でも………」と本当に恥ずかしそうな表情で締めくくる。

「もう脱がされるのはイヤです………」

 あまた不運に見舞われたヴィオだが、全裸を男性に見られたのは、このSAOに来て初めての経験だった。

 

 

 

【ヴィオ、クエストクリア。獲得スキル:距離感無視突撃技≪スター・ソニック・ブースター≫】

 

 

 

 

 

 

 06

 

 

 

 未だ嘗て、SAOでこれほどの危機に見舞われたプレイヤーはいない。

 ルナゼスは、自分が戦う事となってしまったクエストボスから隠れながら、そう確信していた。幾多出現したボスモンスターも、狂気に満ちていたレッドプレイヤーも、あのケイリュケイオンが最も苦戦した最大の敵、≪バンダー・スナッチ≫も、この敵を前にすれば安い物だったと頷けた。現実でも、異能の力に目覚めてしまったばかりに、数多命の危機に追いやられた経験はあったが、それでも、ここまで恐ろしい状況に立たされた事は無かった。

 いや、もしかすると、この先、誰も自分以上の恐怖を感じる事などありえないのではないだろうか? これほどの恐怖を、他の誰かが体験したと言うのか? ありえない。

 事、SAOに於いて、これだけの恐怖に見舞われるなど、ありえて良いはずが無いのだ!

 ないのに………っ!

 

「あぁ~~~~ん♡ 一体何処に言ってしまったのかしら? 私の御主人様は~~~♡」

 

 女性的な口調とは裏腹に、重低音の野太い男声がルナゼスの耳に届く。

 き、きたっ!? 奴が来たっ!?

 片手剣≪スカーレット・エクレール≫を握り締め、身体中から緊張で汗を流す錯覚を得ながら、迫り来る恐怖に身体中が勝手に震え始める。

 茂みに隠れた状態で≪隠蔽≫スキルを全開で発動しながら、敵の様子を草木の隙間から窺う。

 そこには―――ボディービルダーも霞む、筋骨隆々のスキンヘッドが、超ハイレグのパンツ一枚で、内股になって女性の様な所作で周囲に視線を巡らせている。

 その怪物と言いたくなる筋肉男―――否、筋肉“漢”は周囲に視線を配らせながら、ウインクなんぞを飛ばして来ている。

(いかんっ!! また吐き気が………っ!?)

 胸元を押さえ、必死に込み上がる物抑えようとする。

 戦いが始まったのは数十分前だったか? 最初にその漢を見つけた時、表示された名前を呼んで目を疑った。それをそのまま日本語読みに戻すと、どうしても“チョウセン”と読めてしまう。まさか、コイツがあの“貂蝉”とでも言うのか? ありえない。

 驚愕している内に感付かれ、視界に捕らえられた瞬間、漢の目がハート型に変わり、頬が薄く上気した。

 そして、次の瞬間、求婚されながら追いかけ回された。

 最初こそ、ルナゼスも逃げてばかりではダメだと悟り、己が振るえる力を全て尽くして戦った。だがダメだ。あんな丸出し装備無しの恰好でいながらHPが殆ど削る事が出来ない。まるで肉の鎧こそ最強の装備だと言わんばかりの強固なステータスだ。

 最も恐ろしかったのは、貂蝉がその身体に見合う怪力や剛腕を持ち得ながら、攻撃手段にそれらを使わなかった事だ。それらの代わりに、奴は身体のきわどいところを押しつけてきたり、無理矢理自分の身体の一部を触らせようとしたり、ソードスキルだと嘯き唇を――――ガガガガガガッガガガガガガ!?!?!?

 思い出しただけでも恐怖が思考回路を破壊していく。何とも強烈な精神攻撃だ。

 ルナゼスのHPはまったくと言う程削られていないのだが、既にその心は疲弊を通り越して、満身創痍だ。よく心が折れていないと自分で自分を称賛したい。

 終いには、仲間内から単独で放つのは止めろと言われた≪ヴォーパル・ストライク≫に自分のシステム外スキル≪マズル・フラッシュ≫を全力で加えた必殺技、≪死闇電来一閃(しゃでんきいっせん)≫を見舞い、効率的なダメージを与えたのだが………、

「ああぁぁんっ♡ 御主人様が、私の身体をいきり立ったもので貫いて~~~♡」

 ―――戦意喪失。ルナゼスは涙を流しながら蒼白顔で逃げだして行った。

 今でも仲間を呼びたい気持ちでいっぱいだったが、こんな怪物の前に、自分の仲間を差し出す気分にはとてもなれず、かと言ってここで逃げて、別の誰かにあの怪物の相手をさせると言うのもおぞましい。

 結局、何も妙手が思い付かないルナゼスは、逃げ隠れしながら必死に打開策を考え続けているのだ。

 

「みぃ~~~つ~~~~けた~~~~~♡」

 

 そしてその逃避行は、あまりにもあっさり消え去った―――。

「をおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っっっ!!!!」

 もはや後ろは帰り見ない! 追い付かれる前に走る! ステータスが許す俊足を全開に、システムが許す限界を突き抜けて逃げる!!

 策も無しに戦える相手ではない! 単独でやりあえる相手でも無い!

 だが、これはクエストのルール上、絶対に一対一で戦うしかないっ!

 ならば攻略は不可能だっ!!

 纏まらない思考で必死に走るルナゼスは、もはや攻略を諦め、仲間との合流地点を目指そうかと本気で考えた時だ………。

「もうっ! 追いかけっこはここまでよぅ? 御主人様~~♡」

 ケイリュケイオン攻略組メンバーのアタッカーを任される様になった自分の俊足ステータスが………いとも容易く追い抜かれ、漢の腕の中に捕らえられてしまった。これだけでも暑苦しさと気持ち悪さで仮想HPがイエローまで削られた。

「捕まえた♡ さあ、御主人様? たっぷりと楽しみましょう~~♡」

「ま、待てっ! 待ってくれっ!! お願いです待ってくださいっ!? ま、ままま、まっ―――っっっ!!?」

 

―――この先、貂蝉の攻撃があまりにも気持ち悪いので、皆さんは他の女性キャラをイメージしてご覧ください―――

 

 

――イメージサヤ――

 

「ふわ………っ!? こんな風に………、肌と肌が擦れると………、身体中が、痺れるみたいに………っ、す、凄いよ………っ! 僕、だんだん………熱くっ!? ふああっ!?」

 

 現実。

「や、やめろ~~~………っ! お、俺にそんな趣味は………!? 仮にあってもやらねえっっっっ!!」

「まだまだ始まったばかりよ~~~んっ♡」

 

 

 

――イメージウィセ――

 

「こ、こんな風に、するの………アナタが初めてなんです! アナタ以外と、こんな事………想像だって、したくないです………。アナタの身体は………、こんなに固いんですね? こんなに………頼もしくて………。やっ!? は………っ!? んあっ!? ま、待って! 待ってくださいっ!? そ、そんあ―――っ!? 胸に、顔を、埋められたら………っ!? ふあああああんっ!! わ、私………っ!? こんなの解りませんっ!?」

 

 現実。

「嫌だ~~~っ!? 撫でるな触るな揉むな埋めるな~~~~っ!!! こんな世界は体験したくない~~~~っ!! ぐおおおぉぉぉぉっ!? 無理矢理埋めさせるな~~~っ!!?」

「あはぁんっ!!? 昂ってきた~~~~っっ!!!」

 

 

 

――イメージスニー――

 

「うふふっ、こんなに固くしてしまって? 私で興奮してくださってるんですのね? 嬉しいですわ………。どうして欲しいんですの? ほら、言ってみてください? 恥ずかしがらずに言って下さいな? こうして欲しいんですの? それともこう言う風にして欲しいんですの? そんな喘ぎ声ばかり聞かされても解りませんわよ? ちゃんとアナタの声で、アナタの言葉で教えて下さらないと? ………はい? いいえ、焦らしてなどいませんわ。だって、私、こんな事をするのはアナタが初めてなんですもの。本当に何も解らないから、アナタに教えてほしいんですのよ。 ………さあ、今度はアナタの手で、私に教えてください。あ、あんまり激しいのはダメですわよ? わ、わたくしだって………こう言う行為に怯えたりする、普通の女の子ですわ………」

 

 現実。

「茅場~~~~~~っっっ!!! ≪アンチクルミナルコード≫をぉぉ~~~~~~っっっ!!! ≪ハラスメントコード≫をヴぁアァァァァァっっっ!!! この怪物(モンスター)に適応してくれ~~~~~っ!!! 頼む茅場~~~~~っっっ!! 神様~~~~~ッッッ!!! システム様~~~~~~~っっっ!!!!!!!」

「ここからが本番よぅ~~~~っっっっ!!!!!」

 

 

 

――イメージフウリン――

 

「え? わぁっ!? こ、こんな事しちゃうの!? こんなことまでしちゃうのっ!? ま、待ってよぅ~!? 私、まだ、心の準備―――ふむうぅん………っ!? ず、ずるいよ~………。私の、ファーストキス~………。うぅ~………、せっかくの初めてだったのにぃ~………。そりゃあ怒るよ~! だ、だって………、アナタとの、初めて………だから………。もっと、ロマンチックに………。………はい、今度は、ちゃんと、ゆっくり…………んっ♡」

 

 現実。

「一思いに殺してくれええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!????」

「さあっ!! これが御主人様と私の、クライマックスゥ~~~~~ッッッッ!!!!!」

 

 

 

――イメージクロン――

 

「やあぁっ! ひゃやあっ!? やあぁぁ………っ!! だ、ダメですっ! 私なんかで………!? 私みたいにちっちゃいのとだなんて………、そんな大きいの、無理―――んくっ、んくぅ………っ!? や、やっぱりむりぃ………、大きしゅぎましゅ~~………。こんなの、こんなの咥えられ………んくっ! ふぅむっ! くる、ひぃ………っ! あぶぅむっ! ………! ケホッ! ケホッ! ………はうぅ………。………あ、やめちゃうんですか? あ、あの………、私、無理………です。でも………、でも………っ! ………がんばりますから………全部、私に出しちゃってください………! 他の人じゃなくて………わたしに………。~~~~………っっっ!!!」

 

 現実。

「あばばばあばがががっがあばばががばががあっがばっばばっぼぼぼぼぼっばばあおぼぼあおあがおぼあおがおあおあぼあごあががばぼあがああああああーーーーーーーーっ!!?!?!???!!??」

 ルナゼス、精神崩壊寸前。彼のHPは未だ減少する気配を見せない。彼の地獄はまだまだ続く。

 

「―――って、やめなさ~~~~~~~~~~いっっっ!!!」

 突如現れた少女が、ルナゼスを抱きしめる怪物を蹴り飛ばした。

 地面に着地した赤い髪の少女は、ルナゼスを素早く回収すると、離れた位置で下し、必死に抱きしめながら、涙目で剣を怪物に向けて威嚇する。

「私の、私だけのルナに手を出してんじゃないわよっ!! なにアンタッ!? 男でしょう!? 漢でしょうっ!? 可笑しいでしょう!? 男がルナを好きになるとかおかしいでしょうっ!? 病気なの!? 壊れてんのっ!? 変態なのっ!? 全部よねっ!? マッスルだしっ! スキンヘッドだしっ!! ハードゲイだしっっ!!!」

 あまりのショックに失神したルナゼスを愛おしげに胸に抱いて騒いでいるのは―――過去、色々あってこのSAOから消滅したはずのアイリオンであった。

 彼女にはHPもカーソルも存在しておらず、身体のあっちこっちが消えかけのデータの様にポリゴンがブレブレになっていて、その存在自体が今にも消えてしまいそうになっている。

「ぬふんっ!! この泥棒猫っ!!? 大人しく私の御主人様を返しなさいっ!!」

「ふざけんなっ!? ルナはね!? 私のなのっ!! 私だけのなのっ!! リアルにも私に似た女がいるらしいけど!? 意外と他の女にも言い寄られてるみたいだけどっ!? ルナは私の事が好きなのっ!! 私だけを好きでいないとおかしいのよっ!? だから私の好きなルナは誰かの手に汚されるものじゃないのっ!? 私のルナが私以外に穢されるなんてあっちゃいけないのっ!? 解るっ!?」

「昔の女が今更出てきて何を血迷った事を~~っ!? ぶちのめすわよ~~~っ!?」

「昔じゃねえっ! 今カノだっ!! 私だって消滅したはずなのに、なんでここに復活出来てんのかとか全然解ってないけどっ! これが私達の愛の力って奴なのよ! あと番外プレゼント? 見たいなノリよっ!!」

「キーーーーーッッ!! 少し御主人様との付き合いが長いからって、見せつけてるんじゃないわよ! 潰すわよっ!?」

「良いよ! やろうっ!? ()ってあげるっ! ルナに近づく盛りの付いた猫なんて全部切り刻んで干物にして晒してやる! その辺のサルとでもまぐわらせてやるっ! って言うかそれ以前の問題だ化け物っ!!」

「だ~~れが、視界に映すのも躊躇われるほどの化け物ですって~~~!?」

「おまけに変態色欲特殊性癖肉達磨人形嫌悪感肉体全体表現汚物標本糞○○○○○○○○(ピーーーーーーー)○○○○○○○○○○○○(ーーーーーーーーーーーー)○○○○○○○○○○○○○○○(ーーーーーーーーーーーーーーー)ッッッッ!!!!」

「そこまで言うんじゃないわよ~~~~~~ッッッ!!?」

 一人の男を取り合って、ありえない組み合わせが今激突する。

 いやもう、ホンットに色々ありえない………。

 

 

「う、うん………?」

 精神ショックから覚めたルナゼスは、今まで自分が何をしていたのか思い出せなかった。気を失う前、確かクエストボスを発見し、戦闘になったはずだが………はて? 自分はどんなボスと戦っていたんだっけ? そんな疑問と共に周囲を見回し、項垂れた状態の赤い少女にマウントポジションでえげつない光景を晒している怪物の姿があった。

 その光景は―――あまりにも凄惨過ぎるので、皆様はどうか別のイメージでご覧下さい―――

 

 

 

――イメージアイリオン――

 

「ちょっ!? ば、バカっ! アンタじゃない! 私が上―――んんっ!? こんな、こんな事して………っ! もう引き返せないんだからね? 私、何処までも付いて行くから? どんな所にも付いて行くから? 二度と離れないわよ? そんな私でも好き? 好きよね? 好きに決まってるよね? 返事なんて聞く必要無いよね? え? 好き? ほ、ホントに………? うん、うん、私も好き! もう放さないからっ! アナタのためなら親も殺すわ! 先生も殺すわ! 友達だって殺せる! 神様でも魔王でも()っちゃうからっ!! アナタの目の邪魔になる奴等は、全部ぜ~~んぶ、殺しつくしてあげるからね♡ だがら、もっと私を、私だけをギュッ、てして………♡」

 

 現実。

「お~~~~っほっほっほっほっ!! まいったか泥棒猫~~~っ!!」

「うぅ………っ、まさかレベル差無視で圧倒的な腕力を発揮するなんて………っ」

 本気で瀕死状態に追い詰められているアイリオンの姿があった。

 なんで消えたはずのアイリオンが復活してここにいるのか? 上に乗っかっている怪物に見覚えがある様な気がするのは何故か? そもそもレベル無視ってシステムどうなってんの茅場さん? っとか色々聞きたいことは山ほどあったが、そんな物は後で良い。自分が真っ先にやらなければならない事はただ一つ。愛すると誓った少女に駆け寄り、ありえなくなった逢瀬を今再び交わす事。

「アイリッ!!」

「ル………ナ………」

「アイリ! 今そっちに―――ッ!」

「最後に、会えてよかった………ガクッ」

 アイリオンはポリゴンとなって消えた。

「はやっ!? 本気で早すぎるっ!? ちょっと待てよっ!? これは酷いっ!! あんまりだっ!!」

 ありえない再会を果たした感動のシーンが一瞬で終了だ。せっかくアイリオンが出てきたのに全ては意味をなくすかのような酷い扱い。さすがのルナゼスもこの扱われ方には涙せずにはいられない。

「さあ御主人様~~♡ 邪魔物もいなくなったところでさっそく続きを~~―――」

「………るさねえ」

「はい?」

「許さねえぞ~~~~っ!!! この変態怪物色欲特殊性癖肉達磨人形(爆)嫌悪感心技体全面全体全開最悪最低表現汚物標本遊歩犯罪指定絶対壊滅存在自体有罪糞○○○○○○○○(ピーーーーーーー)○○○○○○○○○○○○(ーーーーーーーーーーーー)○○○○○○○○○○○○○○○(ーーーーーーーーーーーーーーー)―――ッッッッ」

「物には限度があるでしょ~~~~~~~~うっ!!!!?」

 ルナゼスの絶叫中に我慢できなくなった怪物がマッスルポーズで憤怒の表情を露わにする。怪物の見た目と相まって、その恐ろしさは殺人級。

 だが、ルナゼスの怒りはその程度の物で怯んだりなどしなかった。

 いや、怯めるネジが既に全部抜けていた。

 怒りを通り越し、悲しみを突きぬけ、一周回って絶望を打ち破り、笑う角を素通りし、希望すら踏みにじり、過去とか未来とか現在とか遠くに置いて―――、つまり、本人も良く解らない精神状態になっていた。『混乱』の一言で片づける以外に方法が無く、彼は考え無しに叫び、ありえない現象を起こした。

「『コネクト』!!」

 現実の世界で、確かに彼は、他所に自分とのケーブルを繋ぎ、自由にハッキングする異能の力を持っていた。このSAOでは、脳の信号が脊髄でシャットアウトされてしまう事が原因か、まったく使用できなかったのだが………何故かこの一瞬はそれが出来てしまった。出来てしまえた。

 もしこの場に茅場晶彦がいれば、思わず外れた顎を地面に落してしまっていたかもしれない。

 ルナゼスは、システムを制御し感情のままにソードスキルを放つ。

「喰らえっ!! アイリから受け取ったソードスキル≪スカーレット・ペンタゴン≫の≪マズル・フラッシュ≫!!」

 通常、ルナゼスの≪マズル・フラッシュ≫は、システムアシストを凌駕する思考短縮により放たれてしまうため、システムがモーション不足とみなし、強制キャンセルを発動してしまうため、単発技でしか試みる事が出来ない。そのため、ルナゼスも、このシステム外スキルを使う時は、単発技最強の≪ヴォーパル・ストライク≫を使用するのが殆どだ。

 だが、何故かこの時は、ルナゼスの中で色々な物が外れ、システムが一時的に書き換えられ、連続技でのそれが達成されてしまった。

 一瞬で赤い奇跡の五芒星が出現し、怪物を弾き飛ばしながらHPをありえない速度で削っていく。もはやそれは≪スカーレット・ペンタゴン≫ではなかった。だからルナゼスは即興でその技の名を付けて最後の一刺しと共に叫ぶ!

「≪闇明ける赤星の煌めき(スカーレット・スター)≫ッ!!」

 最後の一刺しが期せずして急所に入り、クリティカルダメージを受けた怪物は漢は、ついにそのHPを0にした。

 しばらくそのままの体勢で固まっていた二人。

 漢は、ふっ、と口の端を持ち上げて笑うと、最後の言葉をルナゼスへと送る。

「もう~~っ! 私の御主人様ってば堪え性もなく|早(そう)―――」

「良いから消えろこの化け物~~~~~っっっ!!!!!」

 こうして、SAO最大の敵はポリゴンとなって消えた。

 二度とこのような化け物が発掘されない事を、ルナゼスと共にケイリュケイオン及び、SAOプレイヤー全員が、心から平和を祈ったのだった。

 しかし、ルナゼスの苦難は続く。

 何故なら、敵を屠った彼の目の前には『クエストクリア。習得スキル:マッスルアップ』と言う肉体強化スキルが獲得された事を告げる、システムメッセージが届いていたのだから。

 

【ルナゼス、クエストクリア。獲得スキル:肉体強化スキル≪マッスルアップ≫+トラウマ】

 

 

 

 

 

 07

 

 

 普段は第1層、≪デパチカ≫の店長を務めているジャス。商業スキルで経験値を稼ぎ、レアアイテムを求め狩りにも出ていた彼女は、攻略組には劣る物の、それなりのハイプレイヤーだ。

 そんな彼女が戦う事になった赤い外套を纏う褐色の肌の男は、驚異の使い手と言わざるおえない。振るわれる双剣はソードスキルらしいエフェクトライトを放つ事もなく、しかし、その剣の速度はそれに迫る勢いで、一瞬でも気を抜けば、ジャスのHPがあっと言う間に0にされる。

 会話らしい会話も二言三言で終え、この不思議なAIとの戦いは今もなお続いている。

 互いに放つ剣撃の乱舞に、一瞬たりとも気を休めず、無数に放ち続ける。

「はああぁぁぁーーーーっ!」

 気合を入れた褐色男『アーチャー』は、名前の割には凄まじい剣撃打ち出し、ジャスを後方へと大きく退かせる。

「………っ! ふぅ~~~………、こう言うのの相手はこなたではなく、ケンかナッツ、もしくはクローバー辺りの仕事だろうに………」

 実力と言う名のレベル差に苦心しながら、ジャスは溜息を吐く。

「なに、そう卑下する物でも無い。私を相手にここまで持ちこたえただけでも僥倖と言う物だ」

 褐色の男は何処か気取った様な物言いで肩を竦ませる。不快にも感じられるその行動が、色男がやると様になっているのだから不思議な物だ。

「正直、君の様な子供がここまで持ちこたえるとは思っていなかった。軽く遊んで追い帰せば良いとさえ思っていたが………やれやれ、君は相当の腕前の様だ」

「おや? 嬉しい事を言ってくれるではないか? 私もまだセーラー服が着れると言う事かね?」

「さすがにそれは早いと言うものだろう? 年相応の服を好むなら、もう少しだな―――」

 ツッコミ不在ではこのネタ話は延々と続きそうだ。普段、ツッコミ役やナイスリアクション役が周囲に居たのが当たり前の生活をしていた物だから、ジャスはこの普通の状況に物足りなささえ感じる。

「退屈だね。お前様との会話は………」

「おや? そうか? それはすまない。私には小粋なトークと言うのは向いていない」

 アーチャーはそう言うと、再び双剣を構え、鋭く目を細める。

「では、私は私らしく、戦いで魅せるとしようか? 私のオリジナルはこれ以外に才能もないのでね」

 先程から聞く、『オリジナル』や『NPC』発言は気になったが、それを尋ねる余裕は残念ながらなかった。だからジャスは、アーチャーの放つ気迫に合わせ、自分もソードスキルのモーションに入る。

 直後、彼がモーションに入ったと悟ったジャスは、その瞬間で敗北を悟った。自分の力ではどうする事も出来ない脅威を感じ、戦慄を得る。

 どうすればいいのか必死に思考を巡らせる。その間にもアーチャーは専用ソードスキルを発動し、日本の双剣をこちらに向かって投げつけてくる。条件反射で弾き返すが、アーチャーの手には、いつの間にか新しい双剣が握られ、更には跳ね返した双剣も、回転しながら空中を旋回し後ろから迫ってきていた。

(どうする………っ!?)

 咄嗟に考えたのは、今まで窮地に立たされてきた攻略メンバーの仲間達。彼等はこの様な場面で、一体どうしてきただろうか? どうやって切り抜けてきたのだったか?

 そんなのは決まっている。誰もがその場の閃きで勝ち残ってきたわけじゃない。誰もが精一杯を抗って、それが偶然勝ちにつながったと言うだけに過ぎない。ならば彼女のやる事はただ一つだ。

「………っ! ~~~ぁぁ!」

 ジャスは頭で考えることを放棄して、本能のみでソードスキルを放つ。

 放たれた六連撃ソードスキルの刃が、システムで許されるギリギリの軌道で前後に振るわれ、挟み撃ちの様に迫ってきた四つの斬激をHPを削りながら辛うじて防ぎ切る。残り二発のソードスキルと、アーチャーが振り上げる巨大化した二刀の剣撃。ここまで来てパリィするという考えは浮かばず、ジャスは全力を掛けて刃を突き込む。互いの攻撃が命中し、衝撃によって吹き飛ばされる。

 地面を転がりながら瞬時に立ち上がったジャスは、自分のHPを確認する。今の攻撃は互いにクリーンヒットした。先に攻撃が入った方が衝撃に押され、攻撃力が減少していたはず。ならば必然的に自分のHPが残れば、それが勝利の合図となるはずだ。

 果たしてジャスのHPは赤になった物の意外と多く残った。どうやら自分が思った以上にアーチャーより早くに攻撃をヒットさせられていたようだ。一瞬安心しかけたジャスは視線を正面に向けて驚愕した。

 自分の予想に反し、アーチャーもジャスと同じくらいにHPを残していた。その上で彼は剣を捨て、SAOでゴブリン系のモンスターにしか見られない、弓矢を構えている。それも、巨大な弓に、螺旋渦巻く剣のような巨大な矢を番えている。

「我が骨子は捻じれ狂う―――『カラドボルグ』!!」

 アーチャーが叫び、矢を解き放たれる―――よりも速く、ジャスは本能を飛び越えて飛び出していた。ただ正面に向かって走り、放たれる矢が眼前を迫るのも無視して、≪リニアー≫を放つ。

 矢の一撃により粉砕するフィールド。巻き起こる土煙のエフェクトに、二人の姿は隠されてしまう。

 長い沈黙を経て、土煙が晴れると、そこには細剣の切っ先をアーチャーに突き刺すジャスの姿があった。

「見事な一撃だ。まさかあの距離で矢を躱し、私に一撃を入れてくるとは………」

「褒めてくれるのは嬉しいが………、白状すると、二度目はごめんだよ? ここまでで五回は死んだと思わされた………」

 頬に一筋冷や汗を流すジャスに、アーチャーはそれをまとめて賞賛する様に微笑み掛けた。

「ふふっ、それでも最後に勝ったのは君だ。ならば勝者は君であって間違いないだろう」

「そうかい? それじゃあ、勝利の褒美に一つ良いかえ? お前さんは何者なのかい?」

「なるほど。実に至極まっとうな疑問だ。残りの猶予は少ないが答えられるだけ答えよう。私は、いや、私達はこのSAO………ソードアートオンラインがまだベータテスト段階にも辿り着けていなかった頃、援助してくれる協力会社のキャラクターをアバターにして、動作テストをしていたのだ。同時に、その時のテストプレイヤーの思考パターンや台詞等をインプットし、カウンセリングAIの作成テストもされた。その時実験で生まれたのが私達と言う事だ」

「………! つまりお前様達は、人一人の行動や思考を直接トレースする事で、限りなく人間性に近づいたAIってことかえ? これは驚きだよ………」

「ふふっ、もっと詳しく説明してやりたいところだが、どうやらもう時間の様だ? そして受け取ってくれ、君に送る私を倒した報酬だ」

 その言葉を残し、アーチャーはポリゴンの欠片となって消えた。

 そしてジャスの正面に『クエストクリア。獲得アイテム:聖骸布』と言うユニーク装備を得たシステムメッセージが出現する。

 試しに装備して見たジャスは、なぜあの時アーチャーが生き残っていたのか、その理由を知って溜息を吐いた。

「なるほどね………、これを装備していたおかげで助かったと言う事かい?」

 ジャスが装備した≪聖骸布≫は、アーチャーの装備していた赤い外套となって、彼女の腰からはためいていた。

 

【ジャス、クエストクリア。獲得アイテム:≪聖骸布≫】

 


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