読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

13 / 32
『―N―』さん提供。





第三章:ワスプサイドストーリー

 ソードアートオンライン、通称SAOの第1層。

 そこにある≪はじまりの街≫の一角に、一つの建物があった。

 建物の主が命名したその名は『アンダーグラウンドデパート』利用者の中では愛称として「デパチカ」などとも呼ばれている。

 本来であれば、夜の帳が降りた時分、そこにいるのは主である女性と、居候達であったが、その日は違った。

 居候達の代わりに、来店していた者達が宿泊させてもらっている。その面子の中に、ワスプの姿もあった。

 部屋の数の都合上、部屋を共にする事になった少年同様、寝台の上でその身を横たえていたのだが、彼はうっすらと目を開く。

 未だに寝入っている少年を起こす事なく、静かな手振りでメニュー画面を開けば、時刻はワスプが眠ろうとしてから二時間程しか経過していなかった。

(………やっぱり、昼間にあれだけ動いても、二時間休めば十分な事には変わりがない、か)

 まどろむ事もなく、既に目覚めと共に意識は完全に覚醒している。

 これには、ワスプの幼少期の体験が大きく起因していた。

 そっと寝台から降りると、そのまま気配と音を殺して寝室から出る。幸いにも同室の少年の目を覚まさせる事はなかった様だ。念には念を入れ、退室の際にドアを閉める時にも、なるべく音を立てない様に気をつけた。

 寝静まった「デパチカ」の中を歩き、外へと出る。

 その足取りのまま、道を歩き、手頃な場所にあったベンチに腰掛けた。

 そこでそっと、息をつく。

(慣れないな、特に親しいわけでもない人の傍にいるの………。あの頃はそんな事気にする事もなかったのに)

 物憂げに息を吐く。

 彼、ワスプこと蜂城要(ほうじょうかなめ)には、明るく話す事ができない過去がある。

 

 

 

 小学校二年生までは、彼も比較的ありふれた一般男子と遜色ない存在だった。

 幼馴染が大財閥のお嬢様であるとしても、逆に言えばそれ位のものだった。

 しかし転機は唐突にやってきた。

 小学校二年生の夏休み、海外旅行に出かけるため、飛行機で日本を発った。

 そして、事故にあった。

 気付けば飛行機は墜落し、生存者は彼一人。

 奇跡的にも、極々軽傷で済んだ。だが、そこで死んでいれば、地獄を見ずに済んだともいえる。

 彼は必死になって生きた。幼いながらに、元々そういった生存本能が強いところがあったのか、状況に応じて彼は対応力は目覚ましく発揮されて行った。

 手を傷つけながら、瓦礫の中を探索し、食べられる物を漁り、これからのサバイバルに使えそうなものを探した。子供の身体能力では、動かせるものなどたかが知れているが、それでも子供ならではの小柄な体を活かして隙間に潜り込み、ある程度の物を確保する事に成功した。

 だがうかうかしてもいられない。

 そこは自然が生い茂るジャングルのまっただ中。熱帯気候は人の死体をすぐに蝕む。死の匂いに釣られてくるものは存在する。

 それを幼い身に目覚めた過分な生存本能が感じ取ったのだろう、纏められるだけ纏めたものを手に、彼は飛行機の墜落現場から去った。

 ジャングルの中でのサバイバルは、そうして幕を開けた。この時既に、彼にまともな精神構造が残っていたかは定かではない。

 

 

 

 食料が尽きるまで細々と食い繋いでいたが、それにも限界はある。

 キャビンアテンダントの死体に突き刺さっていた果物ナイフや、貨物室で破損したコンテナから零れていたサバイバルナイフを武器に、狩りに臨んだ事もあった。

 しかし所詮は子供である、易々と自然の中で生きるモノ達を仕留める事などできはしなかった。

 そんな中で追いつめられていった彼の生存本能が、新たな可能性を生み出した事は、奇跡と言っても過言ではない。

 その力が目覚めてからは、極限状態にあった事も手伝ってか、生まれ変わったかの様な錯覚を覚えた。

 あらゆる感覚が鋭敏となり、世界の感じ方が変わった。特に集中した時の感覚器官の機能が段違いだった。反動もあったが、それでも狩りが成功するようになり、襲い掛かってきた猛獣の奇襲を察知し、返り討ちにできる様にもなった。

 蛇や(ワニ)などは鱗が強固な装甲として阻まれため逃げに徹したが、そうでないものは、すれ違いざまに弱点部位へと刃先を滑り込ませる事で仕留める事が出来た。

 常人には不可能な、死の危険が常に隣り合わせである攻防。それができてしまえる能力がその身に宿った、彼だからできる常軌を逸した手段。その頃には、既に人間性が摩耗してしまっていた事も関係するかもしれない。幼い精神であまりにも多くの劇的な体験を通し、色々な事が麻痺していた。死んでいた、と言い換えてもいい。

 生存本能が機能している反面、なぜか恐怖など刹那的瞬間に機能不全を起こす要因が消えた、歪な存在。

 反射行動でただ生きる。そんな存在となっていた彼に第二の転機が訪れたのは、サバイバルを始めてから六カ月の月日が流れた時だ。

 

 

 

 ジャングルの中を転々としていた彼は、現地で反政府活動をしていたゲリラに遭遇する。

 始めは彼の存在を訝しんだゲリラ達だったが、その特徴が現地人離れしており、しかも運よく知的な者が混じっていた事から、飛行機墜落事故の生存者なのではないかと見なされた。

 そこで彼等は目を見張る。

 日本人は総じて外人から幼く見られる。彼も例に漏れず、実年齢より幼く見られた。

 そんな幼子が、六カ月もの間、一人で生き抜いてきたのだ。その身に宿る高い能力を見抜いたその集団の頭領が、彼を戦力として手に入れるべく招き入れたのは、ある意味では当然の行いなのかもしれない。

 彼もまた、その誘いに自分を害する類のものを感じ取る事が出来なかったため、そのコミュニティに加わる事に異はなかった。ただ言葉が全くわからなかった事もあって、扱いはまるで野生の猛獣を手懐ける様なものだった事が印象深かった。

 

 

 

 徹底した調教という名の教育と、死と隣り合わせの訓練の日々も、彼にとってはぬるいものだった。

 もともと秀才肌だった彼の学習能力は凄まじく高かった。それが六カ月もの間、文化圏を離れていたとしても色彩を欠く事はなく機能し、逆に生死がかかっている事を感じ取ったからか、ありえない程の勢いで現地の言語を身につけ、身体能力を高めていった。

 他にも銃機の扱い、爆弾の作成方法から解体手段、人体の急所、効率の良い殺し方、毒の知識、手当の仕方、交渉術、乗り物の扱い、刀剣類の手解き、体術の指南なども、悉とく身に付けた。ただし食料が乏しい中での事だったため、栄養面が充実していなかった時もあったが、早々に大人顔負けの兵士として、暗殺者として機能する様になってからは重宝され、扱いも徐々にマシになっていた。

 ゲリラの元に加わってから半年も経てば、既にそこには味方にも恐れられる存在が誕生していた。

 その手で殺めた人の数は、計り知れない。闇に葬られた数も少なくはなく、数えようがないからだ。

 それが出来たのも、サバイバルから続いていた状態、人間性を欠いていたからこそ、できたのかもしれない。

 彼はその時、一人の人間としてではなく、一つの兵器として存在していた。

 子供を演じ、敵中に紛れて寝込みを襲う事もあった。小柄な体を活かし、物陰に隠れて留まり、敵勢力の制圧圏内に潜り込んだ後は前面のゲリラに射線を向ける敵兵の背中を突き、首を掻き切った。希少な狙撃銃を与えられ、遠く離れた標的の眉間を撃ち抜いた。孤児達に紛れ、市街に爆発物を設置した。商人に扮したゲリラと親子を演じ、供給した物資に毒を混ぜた。

 彼からすれば、下手な野生に生きる命より、簡単に殺める事ができる存在、それが人間だった。

 ゲリラで活動する様になって三年も経てば、かつての頭領は組織の幹部となり、当時の仲間達は全て息絶えていた。

 その中には、戦死した者もいたが、組織を裏切ったため、彼に殺された者もいた。

 いずれにしと、彼が日本人である事を知るのは、彼という兵器の所有者であり、彼を秘匿している頭領だった幹部しかいなくなっていた。

 常に変装して活動していた彼の正体は未だに知られてはいない。それはもう才能と言うしかない。隠者としての天賦の才。

 意識せずとも足跡を残す事のない存在。

 そんな存在を有する幹部を組織は恐れると共に味方である内は強力な戦力として見なしていた。

 だからこそ、第三の転機がやってきたとも言える。

 

 

 

 ある作戦において、幹部が率いる部隊は要所の襲撃を担当した。

 勿論彼も参加していた。

 作戦会議において、身分を偽り幹部と共にその場にいた彼であったが、唐突に感じた危険信号に従い、傍にいた幹部を押し倒した。

 直後に響く爆音。

 情報が漏れており、作戦会議を開いていた市街の一角にある建物を、政府軍が襲撃したのだ。

 混乱する中、生き残りたちは我先にと逃げ出した。

 至るところで怒号、悲鳴、雄叫び、銃声、爆音が上がり始める。

 押し倒され、難を逃れていた幹部もすぐに立ち上がり彼と共に戦線の離脱、立て直しを行おうとするが、その時彼は幹部を庇ったばかりに酷く負傷していた。

 一目で深刻さを悟った幹部は、彼を見捨てた。

 幹部の組織では手の施しようがない。つまり、助からない。

 助からない、という事は、使えなくなった、という事である。長年使ってきたとはいえ、使えなくなった兵器に用はない。

 彼が生きてきた世界とは、そういう場所だった。

 駆け去る幹部の背中を薄れ行く意識の中で眺めていたが、やがて彼は意識を失った。

 

 

 

 次に目が覚めた時、そこは清潔感溢れる病院だった。

 やってきた看護師に話を聞けば、自分は戦地救済のため訪れていたNGOにより保護、一命を取り留める事ができたのだそうだ。

 扱いとしては、過去にあった事故の奇跡的な生存者が、過酷な環境を生き抜き、現地で生活していたところを戦火に巻き込まれ負傷、救助されると共に身元を改められ様々な検査から合致した事からほぼ間違いなく日本人である事が解り、手厚く扱われているとの事だった。

 一週間も目覚める事なく、最初の内は生死を彷徨う事もあったとか。

 意識が戻ってから、すぐに日本の大使館に勤める人物と会った。

 念の為の本人確認のためでもある。

 そこですっかりたどたどしくなった日本語で会話して、唐突に何かが切り替わった様に感じた。

 蜂城要である事が確認されてからは、本来送るはずであった人生を取り戻さんとする勢いで、知識、教養を瞬く間に身につけ、故郷の中学校に二年生として通い始める事が出来た時は、必死にやればできない事は少ないのでは、と思った。

 その時の話しと、帰国してから再開した幼馴染のご令嬢が、すっかり見違える美人になっていた事などは、別の話である。

 

 

 

 

 過去を思い返していたワスプは、深く息を吸い、同じ様に吐き出す。

(思い返せば随分と変わったものだよね。ただの兵器であったあの頃に比べれば雲泥の差がある様に思える)

 一人物想いに耽っていれば、ふとした弾みに、今のワスプの彩りを占める存在が思い浮かぶ。

 それは、一人の少女。

 自分の初恋の相手。

 想いを煩わせる少女。

 自らの胸中を、恋と言う名の炎で炙る女性。

(………サヤさん)

 気付けば合わせていた自らの両の手を握り締めていた。

 あの想いを抱いた、一目惚れの瞬間は今でも鮮明に思い出せる。

(文字通り、寝ても覚めても、か………。重症だね、ほんとに………)

 ついに出会う事が出来、その名前を知る事も出来た。話せば話す程、聞けば聞く程に、今まで以上に愛しさが募る。

 想いを告げた時の反応には驚き、困惑したが、しかし一方でより愛おしく思ってしまう自分がいる。

(自分の事なのに、底が知れない。気味悪がられない様に気をつけないと)

 その後の仲間達の反応からしても、とても大切に思ってもらえている様だった。

 そんな状況を意図して作る存在を知ってはいたが、それとは違う事を、ここに来てから機能しなくなった、嗅覚的な超感覚に代わってより機能するようになった、直感から悟っていた。

(僕の好みの問題もあるんだろうけど、あそこまで人を惹き付けるんだから、僕みたいなのも一人か二人いそうだよね。ただサヤさんの反応からして、僕のように想いを告白した人はいなかった様だけど、これからはどうなるかわからない)

 恋に浮かれる頭を切り替えようと、徐々に熱を冷ましていく。

(僕は今でこそ、昔の様に人として振る舞えていると思う。でも兵器であった頃の僕も、紛れもない僕自身だ。“人”と“兵器”の間、“人間”、ってところかな………。そんな僕が、純然たる人として存在するサヤさんの傍にいる事は本当に正しいのかな)

 今まで目を背けてきたところを直視する。

(殺すべくして殺してきた人達の事は、今でも覚えている。きっと忘れない、忘れられない………。それにこれからも、僕は大切な存在のために、あの時の様に、殺す事を躊躇わない。命を奪う存在が、出てくるとは思う、でも。目を背けず、忘れる事なく、生きていく。それしか僕にはできないし、そうするべきだと思うから。僕が死ねば生き返るわけでもない。僕が死ねば、解決する事なんて、ない。だからせめて、人として、生きていかなきゃならないんだ)

 一時、幼馴染の親友とその両親に打ち明けた悩み。

 苦悶の末、見つけた答えを再認識し、鬱屈した気持ちを振り払う。

(そう、だからこそ、僕はこの想いに全力を尽くすんだ、可能な限り。もしかしたら僕以上に相応しい人がいるかもしれない。それ以前に、サヤさんに嫌われるかもしれない。気味悪がられるかもしれない。他にも色々な可能性があるけど、それを気にしてばかりはいられない。自分が今いる状況で、後で悔いが残らない様に、可能な限り誠実に………、生きている限り、頑張るだけだ)

 自分を鼓舞する様に想いを新たに固める。だがそれは、知る者が見れば、悲痛な覚悟を漂わせている様にしか見えなかった。

 先ほど振り払ったつもりになった、ワスプの過去は、それでいて色濃く彼の魂にこびりついている。故に、彼は振り払ったつもりになっても、その実、振り払えてなどいない。

 過去が存在する以上、彼の一部は兵器であり、知らずそれを自覚しているワスプが、自分の人間性に確たる自信を持つ事は出来なかった。

 それどころか、事人間性に関して言えば、逆に自信を喪失しているに等しい。

 今でこそ初恋という名の熱を有するが故に熱く、勢いがある。

 しかしそれが冷めた時、一石を投じられた泉の下がどうなるかは、ワスプ自身も解ろうはずがない。

 未だに夜の帳は降りたまま。

 頭上には仮想の星々が煌く夜空があったが、彼の心は暗闇の中に一人、ずっと佇んでいる。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




『―N―』さん提供。
ワプスメインのシナリオでした。
キャラ立てに最適だったので、本人了承の上、読み易いよう、多少手直しして投稿させてもらいました。
手直しと言っても、殆どは『―N―』さんが書いたままです。
皆さんも一緒に楽しめればと思います。

ちょっとシリアスでしたが、これはこれでありだと自分は思っています。
なんだか、過去設定がタドコロ達に比べて異常な世界の特別な体験となっていますが、この作品に、結構こう言う人も多いので、個人的には問題ないと思ってます。

それではまた、番外編でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。