読者達のアインクラッド   作:秋宮 のん

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第三章クエスト01:NPCもどきの鍛冶屋

第三章クエスト01:NPCもどきの鍛冶屋

 

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 ケンはどう見ても標準男子だ。

 何処をどうやってもそこに個性を見いだせず、平均で平凡で平坦で平常な存在だ。あまりに標準過ぎて、彼の姿は此処、SAOではNPCと勘違いされる程の物だった。

 彼自身、自分の置かれた状況は気にしてなどいない。そもそも、彼は周囲の変化に対して無感動なところが多く、あまり激情と言う物を強く表に出さない様な少年だ。

 そんな彼が、≪鍛冶スキル≫を客相手に使用できる様になった時、試しにNPC鍛冶屋に本気でなりきったら、どれだけ騙せるのだろうか? そんな疑問から、試してみようと思い至ったのは、さほど可笑しな事でも無い。

 そして、それに気付いた彼の仲間が、面白がって賭けをするのは、かなり自然な流れである。

「それで? 誰がどれに賭ける?」

 主犯のタカシが訪ね、机の上に置かれた『PC』『NPC』の札に視線を向ける。

 今回、この賭け毎に参加したマサとスニー、そして人数合わせでスニーにいきなり呼び出されたカノンの三人は、全員同時に『NPC』の札を指差した。

「賭けにならねえなっ!」

「先生も同じ方に賭けるつもりだったんですね………」

 呆れるマサに、タカシは誤魔化す様に大笑いして見せた。

「あの~~………、クジ作ったんですけど………これで決めます?」

「カノンくんナイスですわ! やっぱり気のきく男の子を呼んだのは正解でしたわね。使いっぱしり最高です!」

「スニーさん、ギルド入りしても黒いんですね………」

 そしてクジで分けられた結果は………。

「「余計な事をしてくれたカノン………」」

 スニーとタカシは、二人落ち込み気味に呟く。

「僕の所為ですかっ!? わざわざクジまで作ってあげたのに責められるのは僕なんですかっ!?」

「落ちついてくれカノン。俺は、すごくいい仕事したと思ってるぞ! GJカノン!」

「皆さんどんだけケンさんがプレイヤーってバレない事を信じてるんですかっ!? この信頼関係すごいですねっ!?」

 こうして、ケンがNPCのふりをして鍛冶屋をする裏で、彼等の戦いは始まった。

 

 

 

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「………」

 

 カキンッ! カキンッ! カキンッ!

 

「………ン、イイ感じだ」

 自分の剣を打ち直しているケンを、近くのオープンテラスで変装して見守っていた。

「ほう? ケンは自分で自分の剣を打っているのか?」

「何かいつもあんな感じです? アイツが自分の剣を誰かに預けてるところなんて見た事無いな?」

 タカシが顎をさすり、マサは友人を改めて観察して、色々なことに思い至っている。

「それよりタカシさん? 私達は考える事がありますでしょう?」

「割り勘でどうだ?」

「………そうですわね。それより決闘でどっちかが八割賄うと言うのはいかがかしら?」

「あくどいお嬢様だ!」

「そんなに愉快そうに言ってもらえると、こちらとしても恐縮ですわ♪」

「なんでお二人とも負ける事前提で話し合ってるんですか………」

 固い声をカノンが漏らしていると、ケンの元へさっそくお客さま第一号が現れた。

 

「強化をお願いできますか?」

 長い髪を左サイドにまとめた少女が、≪ベンダーズ・カーペット≫に座るケンに話しかける。

「いらっしゃ―――イッ!?」

 見上げたケンが、言葉尻を詰まらせた。地ベタに座っているケンに合わせて、膝に手をやって前屈みになった少女は、身長が150前後にも拘らず、とても女性的な魅力に溢れるスタイルを持っていた。何より前屈みになる事で強調された胸は、装着しているプレートアーマーを押し上げ、余りある。腕に挟まれた桃色の果実は、大して露出してもいない胸元で、存在感の大きさを強調しまくっている。

 別段、女性に弱いわけでもないケンだったが、それでもこの女性の胸は異常なほどに映える。邪な感情を100%カットできる聖人君子でも、思わず目が行ってしまうような広告効果を秘めていた。

 

「なん、です、の? あれ、は………っ?」

 遠目でもその凄まじさは充分に伝わったのか、スニーが愕然とした表情で、声を漏らす。彼女には珍しい、錆び付いた歯車が軋む様な喋りが、その心境をこれでもかと語っている。

 スニーは思わず自分の胸を見降ろし、縋る様な思いで両の手で触れて見る。

「………!? ………~~~~っ!?」

 何かに焦る様に手を上下させ、何もない空間を行ったり来たりさせる。

 そして、またサイドポニーの少女に目を向ける。

 絶望的な表情で、目元に涙まで浮かべながら、また自分の胸を見降ろし手を上下。

 数度繰り返し、耐えられなくなったスニーは助けを求める様に皆へと視線をやり―――全員がサイドポニー少女の胸に釘付けになっていた。

「な、なんだアレは………? どうしたら女の胸は、あそこまで存在感を放てるんだ? まるで張りのある果実じゃないか………?」

 本当に愕然とした表情のタカシ。

「え? ええ? なんか………、よく解らないけど………凄いものだ………」

 女性の胸以外の何かを見た様な声を漏らすマサ。

「正直、女性の胸ばっかり見るのは欲望に塗れた人だけだと思ってましたけど………、すみません、これは見ちゃいますよ………」

 何やら自分の価値観まで変わってしまったらしいカノン。

 スニーは、縋る物を失った表情であわあわと視線を彷徨わせ続け、………そして心が折れた。

「――――――――……………(涙」

 死んだ魚の瞳で、スニーは空を見上げるしかない。

 此処に女性メンバーが他にも誰かいれば………、そんな思いにかられながら、スニーは天を仰ぎ続ける。

 そして密かに、スニーはサイドポニーの少女に、行き場のない嫉妬を悲しみと共に送るしかないのであった。

 

「~~~っ!? な、なんか寒気が………?」

「………(見ルナ見ルナ………)」

 

 一人目の客が去って行った後、スニーはやっと我に返った。

 行き場の無い悔しさを発散するため、涙目のまま、彼女は勢いよく拳を握る。

「ぜ、絶対にケンくんをプレイヤーだと思わせてみせますっ!!」

(((声が潤んでる………)))

 握った拳が震えているスニーは、ここに来て初めて本格参戦である。

 

「片手用直剣だ。強化を頼む」

「オウ、任せてくだサイ」

 

 次に現れた男は、メガネをかけたバンダナの男。何処となくオタクさんな雰囲気を纏っているが、SAOが元々ゲームである事を考えると、さほど珍しい人間とも思えない。

 背中にはタワーシールド、装備は軽金属鎧と、タンクプレイヤーの典型装備が見て取れる。ある意味に於いてタカシと同類だ。

 ケンが片手用直剣を受け取り、槌を振り降ろす中、強化を頼んだ男はただ見つめているだけで、特段気にした様子はない。強化を頼む時の台詞といい、プレイヤーと気付いた素振りはなさそうだ。

「このままでは私(わたくし)達の負けは確実。やはり一手仕掛ける必要がありますわね!」

 そう言って立ち上がったスニーに、マサは訝しげに問いかける。

「一手仕掛ける、って………、どうするんだ? 直接目の前でバラすのは反則だぞ?」

「それは依頼人とケンくんに私の事が言ったと認識された場合だけです。なら、気付かれなければいいのでしょう? ………≪ミスディレクション≫タイプ≪インヴィジブル≫!」

 突如、スニーの姿は全ての人間の視界から消えさった。

「「「リアル透明人間っ!?」」」

「素早く他人の死角に避けているだけですわよ」

 スニーの声はすれども姿は見えず、誰にも彼女の存在を認識する事が出来ない。

 出来るのは、サヤの様に、視覚に頼らない人間くらいのもだろう。

 スニーは誰にも認識されないのを良い事に、ケンの客の背後に近づくと、そっと耳打ちした。

「その方はプレイヤーですわ」

「っ!?」

 驚いた男が周囲に視線を巡らせるが、誰の姿も見られない。

「あ、スマン失敗した」

 同時に強化を終えたケンが詫びを入れるが、男は先程の声に不気味さを感じてしまったのか「い、いや、かまわねえ!」っと早口に言って去って行ってしまった。

「あら? 失敗だったかしら?」

 皆の場所に戻ってきたスニーは片頬に手を当てて首を傾げる。

 なんとなく状況を察した三人は(そりゃあ、いきなり誰もいないところから声がしたら怖いよ………)と仲良く呆れるのであった。

 

 続いて現れたのは、無言でケンの前に立ったアックス使いだ。

 ケンは一度その相手を見上げ、しばらく黙った後、軽く声を掛ける。

「いらっシャイ。武器の強化がお望みカイ?」

「………ああ、この斧を頼むよ」

 男は斧を預けると、その場で胡坐をかいてケンと目線を合わせる。

 

「では、今度こそケンくんの正体を看破させてまいりますわ!」

 そう言ってスニーは再度≪ミスディレクション≫にて消えさり、現場に向かおうとした。―――が、突然後ろから腕を掴まれ、そのまま組み伏せられてしまう。

「一応、僕達も賭けているんで、妨害させてもらいますよ?」

 そう告げたカノンは、長い棒の両先端に、打撃用の膨らみのある、両手棍カテゴライズ≪アサルトスタッフ≫をスニーの首に当てる。

「さすがですねカノンくん? 私の≪ミスディレクション≫を初めて打ち破っただけの事はありますわね?」

「確率低いんですけどね………、僕だって見えてるわけじゃないですよ」

「うふふっ、謙遜する所は割と好きですわよ。………ところで、もしかして私、このまま襲われてしまうのでしょうか?」

「へ?」

 スニーに言われたカノンは、そこで初めてスニーを後ろから羽交い締めにしているという状況に気付いた。

「カノンくん………大胆ですのね?」

 わざとらしく顔を赤らめて恥ずかしがるスニーにカノンも顔を赤くして狼狽する。

「ち、違うんですっ!? 僕は別に疾しい事をしようとしたわけじゃ―――!?」

「ああ~~………、別に気にしてねえぞ俺達は?」

「うん。なんて言うか………絵的に全然煩わしくないし」

 タカシとマサが、わりと落ち付いた口調でカノンをフォローする。

 スニーから離れたカノンは、その台詞に逆にダメージを受けた。

「男として、むしろそこは突っ込んで欲しいですっ!? 今だけはタドコロさん並みに弄られた方がマシでしたよっ!?」

「だってカノンくん、女の子みたいであんまり嫌悪感出ませんから………?」

「傍から見ても危機感を感じなかったぞ? むしろ百合百合しい場面に、眼福だった」

「タドコロさんがやっていたら、今頃牢屋送りでしたよ。カノンくんは大丈夫じゃない?」

「皆さん心広過ぎっ!?」

 カノンがダメージに打ちひしがれる中、ケンと依頼人は何やら会話を始めていた。

 

「………なあ、聞いてくれないかNPC鍛冶屋」

「………ナンダ?」

「………俺さ、この世界が始まった時、大切な友人を置き去りにしちまったんだ」

「………ソウカ」

「後悔してる。………でも、仕方がなかったんだ。そうしなければ、俺はそいつと一緒に死んでいたかもしれない。俺には、そいつを引っ張っていける力なんて無かったんだ」

「………」

「でも、だからって罪悪感が消えるわけじゃない。もし、可能ならさ、俺は罪を償う事が出来ると思うか?」

 槌の音が鳴り響く中、しばらく黙っていたケンは、ケンの強化を成功で終えると、斧を返しながら口を開いた。

「別にナニもしなくて良いダロウ?」

「………」

「たぶん、ソイツは気にしてナンテいないぞ? お前の親友なんダカラ、お前の気持ちは解ってるんダロウ? きっと怒ってなんてイナイ。ムシロ気にしてナイ。それでもどうしても償いがしたいナラ、そうだな………?」

 ケンは斧を返すとウインドウを開きメニューを操作してフレンド申請を送る。

「やり直すノモ一つの手デスヨ? 互いに自分の居場所は出来てるんダシ、変に係わるヨリ、ここから始めた方が良いんじゃナイ?」

「………」

 しばらく黙っていた男は、次第に表情を和らげると、「そうだな」と小さく呟き、フレンド申請を受け入れた。

「ヨロシク。初めまして(、、、、、)ツカサ」

「ああ、初めまして(、、、、、)だケン」

 二人はそう言って笑い合うと、何事もなかったかのように別れた。

 

 

 

 

 

 

「えらいもん見ちまった気がするんだが………?」

 タカシの言葉に三人は無言の肯定を送る。

 話の内容から、なんとなく察してしまった面々は、他人の過去を勝手に覗き見した気分になって、何とも言えず、あの場からすごすごと立ち去ってしまった。

「あ! でも賭けは私達の勝ちで良いですわよね? だって、ケンくんPCってバレてましたし?」

「この状況でそんな黒い事言えるスニーさんにむしろ尊敬の念を抱きますよっ!?」

 スニーとカノンがじゃれ合いを見せ、ようやく場の雰囲気が軟化しかける。

 だが、マサは少しだけ考えてしまう。ずっと一緒に旅してきたケンに、そんな過去があった事を彼は知らない。そもそも、他の皆の過去も、自分はろくに知らない。ギルドメンバーとして、仲間として、それで良いのかとつい思い悩んでしまう。

「どうしたマサ?」

 ふいに掛けられた声に振り向くと、いつの間に現れたケンが、訝しむ表情を作っていた。相変わらずの標準男性的な顔と装備で、気を抜くとNPCと間違えそうになる。そんな彼にも、嘗て、友人と呼べるものがいた。

「ケン、俺さ、お前の事………」

「別に良いダロウ?」

 マサの発言を最後まで聞かずに、ケンは言葉を重ねた。

「誰にだって、過去はアル。だからって、全部話す必要ナンテ無いんデスヨ?」

「………そうだな」

 マサは笑って答える。

 ケンも笑って応じ、二人並んで帰路に付く。

 それに気付いた三人も二人を受け入れ、仲良く談笑しながら歩き始める。

 

 誰にだって過去はある。マサも、嘗て自分を引っ張ってくれた仲間を全て失った。だが、その過去を知っているのはタドコロくらいで、他には誰にも伝えていない。

 それと同じように、ケンも、自分の過去を誰かに話す必要なんて無いのだ。仲間の条件とは、過去を知ることではない。もっと別の何かなのだ。

 例え、その過去に思い何かがあったとしても、それを誰かに伝えるのは、偶然知られてしまった時以外、必要な事ではない。

(((そう、過去は誰にだってある………)))

 嘗て、大切な存在を火の海に亡くした過去。

 嘗て、周囲から浮き続け、辛い立場に追いやられ続けた過去。

 嘗て、死の恐怖に怯えていた仲間に気付けず、間接的に殺してしまった過去。

 彼等にもまた、拭えぬ過去がある物なのだ。

(もしかスルト、それは他の奴等も………)

 ケンは、他の仲間達の事を思い浮かべながら、空を仰ぎ見る。

 いつも笑い続けるサヤも、冷やかに何でもこなすウィセも、いつもふざけたタドコロも、アイリオンを追い求め続けるルナゼスにも、他にも出会った者達も、等しく何か過去があるのかもしれない。

 それを知る時は訪れたら、自分達は今の心地良い関係を続けられるのだろうか?

 そんな不安が的中する未来が待っている事など、この時の彼等には、知る術などなかった。




此処にきてやっとイベント募集です。
先に番外クエストから書いていくので、ちょっと遅くなるのは勘弁してください。

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