第三章イベント02:少女の冒険が始まりを作った
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男達は必死に追いかけていた。
フードコートで顔も身体もすっぽり覆い隠した仕入れ屋『兎』、それが目標だった。
追いかけている三人の男は、最前線で戦う攻略メンバーではない。その三歩手前で適度にレベリングしている戦う気などない安全圏を求める存在だった。そんな彼等が仕入れ屋を追い掛けていたのは、単純な理由で、彼女の持つレアアイテム狙いであった。
仕入れ屋『兎』は、第一層攻略時、リーダーが死亡したと聞いて、≪はじまりの街≫で大人しくしていても、攻略できないかもしれないと危機感を抱き、外に出てきた。だが、やはり戦うのが怖かった『兎』は、仕入れ屋と言う生業を行う事で、攻略に貢献する事にした。
だが、『兎』はSAOにおいて、恐喝紛いの盗人が出てくるなど考えた事も無かった。
SAOはデスゲームであり、プレイヤーはそこに閉じ込められた同じ囚人なのだ。ならば、自然と互いを助け合うのが普通なのだと思っていた。もちろん、互いの思考やリズムの違いでいざこざがあったり、不仲であったりもするだろう。それでも、根本的なところでは助け合うものだと思っていた。思いたかった。
だから、≪ベンダーズ・カーペット≫に、客寄せに置いたレアアイテムを狙って、いきなりソードスキルを撃ち込まれた時は衝撃だった。慌てて逃げ出して気付いた時にはフィールドに出てしまっていて、罠に引っ掛かってしまった。
ロープを使った簡単な足払いの仕掛けだったが、草の影に隠れて見えず、引っかかってしまった。倒れたところを三人がかりで抑え込まれ、何かを無理矢理飲まされた。≪麻痺≫のアイコンが表示され、上手く動けなくなった事で、自分が何を飲まされたのかやっと解った。
両手両足を念入りに縛られ、口にも
敢え無く≪ベンダーズ・カーペット≫を奪われた。
「おい、他のアイテムも取れないのか?」
「いくら≪麻痺≫状態でも力は入れられるんだ。勝手に手を動かしたりできねえし、下手してハラスメントコード入力されても困るだろう?」
「ちっ、まあ、カーペットの中にある分でも充分か………」
「ところでよ………、俺ずっと気になってたんだけど? 『兎』の素顔?」
男達はいつも顔を隠し、声一つ上げた事の無い『兎』の正体が気になり、無理矢理フードコートをはぎ取った。元々耐久力の低いフードコートは簡単にはぎとられ、ポリゴンとなって消えた。
そこに現れた顔を見て、男達は一斉に色めきだった。
フードの奥から現れたのは、黒味がかった茶色いセミロングの髪と、涙を浮かべたエメラルドグリーンの瞳。丸く整った顔立ちの割に、大人っぽい印象を与えるのは生粋の日本人ではなく、ハーフだろう事が予想された。そして、胸の部分は慎ましやかではあるが、確かに膨らみがある様にも見える。
「マジかよ………? コイツ女だぜ?」
男の一人が感嘆の声を漏らす。
予期していなかったわけではない。男にしては背が低い印象は確かにあったし、情報屋の『ネズミ』もまた女性プレイヤーだった。「もしかしたら」と言う感情は確かにあったのだ。
だが、実際目の前にした事で、彼等は少なからず衝撃を受けていた。
男達は、その日本人離れした美貌を前に、無意識に唾を飲み込む。
「おい、どうする………?」
「ここは圏外で………今なら………」
「や、やるのか? マジでやんのかよ?」
「どうせ此処はゲームだしな………、別に生身の身体を襲ってるわけじゃねえし………」
「そ、そうだよな………? 生身じゃねえんだよな?」
『生身じゃない』そんな言い訳が頭に思い浮かんだ男達は、道徳的な何かを失念していった。
元々彼等は普通のゲーマーだった。特に18禁ゲームを愛用していたわけでも、エロ思考が強かったわけでも無く、普通にSAOの壮快感を楽しもうとしていた連中だった。
それが、突然デスゲームとなり、彼等の中で何かが狂った。必死に理性を保とうと、彼等はレアアイテムを求めて欲求を満たし、より自分達の都合が良い寝床などの環境を整えるために、金稼ぎに没頭していた。
そんな彼等が、もし、自分達の目の前に、無抵抗の女性がいたとして、この世界が現実ではなく、ゲームだと言う免罪符を手にしていたなら? この暴走は、起こるべくして起こった事態とも言える。
普段ならハラスメントコードにて守られる現象も、フィールドに出てしまえば例外として扱われてしまう。
男達は心の隅で芽生える罪悪感と、死の恐怖に曝され続けたストレスを、心の中で押し合いさせる様に、震えた手をゆっくりと『兎』へと伸ばす。
「………ッ!!」
必死に逃げようとする『兎』だが、身体を縛られ≪麻痺≫状態であってはどうする事も出来ない。彼女にできるのは、ただ奇跡を願って、祈る事だけだ。
(誰か………! 誰か助けて………っ!!)
我慢できず瞳から涙が零れた時、―――ガチンッ!! っと言う鋼を地に突き立てる音が鳴り響く。
男達は一斉に飛び退き、音のした方に視線を向ける。小さい崖の向こう側から、突然アイコンが出現した。色がグリーンであるところからプレイヤーと解る。それがゆっくりと移動していき、ガリガリガリガリ………ッ、と鈍い音が足音の様に響いて行く。
時間帯はまだ昼間だが、何処か不気味な気配を漂わせる音は、男達に充分戦慄を与えた。
アイコンが崖の影から出てくる。そこに現れたのは狐の面をした着物姿の少女だった。
身体つきは華奢で、とても力強そうには見えない。だが、その手に持つ巨大な
だが、明るい場所に不気味な少女が現れたとしても、彼等の頭に浮かぶのは「滑稽」と言う言葉だけだ。何より、顔に装着している面の装備は、どう見ても目の部分に穴が開いていない。例え装備品とは言え、オブジェクト化されている物であるなら、視界を妨げるのは当然だ。なら、この少女は顔を隠す為に目の前が見えなくなっている事になる。それが男達を安心させた。
「おいおい、なんだお嬢ちゃん? 俺達に何か用か?」
「用があるならちょっとこっちに来ないか? 一緒に遊んでやるぜ?」
下種な言葉を口にしながら、彼等にその覚悟などまったく無い。ただ、自分達が有利だと勘違いして、優越感から調子に乗って言っているだけだ。実際に彼等が求める状況になってしまえば、逆に戸惑ってしまい、緊張で震えてしまう事だろう。
それがまるで解っているかのように、狐面の少女は冷静な声で返した。
「遊び? 遊んで―――ったのですか?」
一瞬言葉に詰まらせて発言する“狐”。男達はニヤニヤと余裕の笑みを向ける。
「ああ、遊びさ! お前も遊びたいなら混ぜてやるよ! だが、混ざりたくないなら帰ってくれないか? 遊びの邪魔なんでなぁ?」
男達が笑い声を上げる中、『兎』は助けを求める様に首を振った。
“狐”は、しばし考える様に小首を傾げ、ゆっくりと元に戻すと、抑揚のない声で話しかけてくる。
「本当に遊んでいたの―――ですか? その女の子、泣いてるみたいですけど?」
「遊び遊び! なんか、コイツ一人で泣きだしてるけど、俺達は遊んでるだけなんだぜ? それを何を大げさに―――!」
言葉を返していた男が声に詰まった。「女の子? 泣いている?」何故この少女は、仮面越しでそれが解るのだろうか? 仮面を付ける前に確認していたのかもしれないが、それでも胸の内につっかえる様な疑問が残った。
他の二人はまだ気付いていない。
“狐”は男の発言から納得したように頷く。
「つまり、貴方達は遊ぶのが下手なんだ。誰かを泣かせてしまう遊びをしても、自分達だけが楽しめればそれで良いわけだ」
声に抑揚はない。ただ事実を事実だと認識する様で、何だか人間味を感じさせない。
言葉のチョイスに憤慨した一人が、腰から≪シミター≫を抜く。
「ああん? 舐めてんのかお前? 俺達と遊んで欲しいわけ?」
一人の行動に呼応したかのように、他の二人もそれぞれの武器を手にする。
そして、“狐”を中心に、左右と正面に陣取り、油断なく構えを取る。
すると、“狐”は首を一度傾げ、まあいいか、と言いたげに頷く。
「遊び? 楽しいなら遊びは好きだ―――デスヨ?」
“狐”はそう返してから、周囲に聞こえない声で「違う、これはケンだ………」と呟いたのだが、もちろん男達には聞こえていない。
むしろ火が点いた様に、彼等は一斉に襲い掛かった。
「じゃあ、たっぷり遊んでやるよ!」
男達は次々と剣を振るい、“狐”に反撃の機会を与えさせない様に上手く連携を取って攻撃する。傍で見ていた『兎』は思わず悲痛な声を上げて涙を零す。が、そんな心配など杞憂だった。間断なく攻撃する男達の攻撃を、“狐”は最低限の動きで躱し、軽く槍の柄で弾く程度で全回避して見せたのだ。
あまりに余裕のあり過ぎる姿に、男達はだんだん寒い物を感じ始めた。
仮面を付けて、視界を妨げているのにどうして躱せる? その疑問は次第に恐怖へと変わって行く。
「こう言う遊び? いいよ。こう言うのは得意だから」
抑揚のない声が響き、重たそうな槍を片手で持ち上げ、一回転させてから構えを取る。
一瞬たじろぐ男達だが、すぐに気付いた一人が叫ぶ。
「カーソルだ! きっとこいつ、≪索敵≫でカーソル表示させて、それで俺達の位置を掴んでるんだ!」
なるほど、それなら攻撃を躱せたのも頷ける。
その理論に穴がある事など無視して、男達は無理矢理納得すると、それの対処法として、ソードスキルを使用する。いくらカーソルで位置を捉えても、ソードスキルのスピードからは逃れられないはず。
既に、その考えが縋るような物になっている事など気付かず、男達は一斉にソードスキルを放つ。しかし、これらの攻撃もまた、“狐”の槍捌きにて受け流され、逆に圧倒されてしまう。槍の矛先と石突を使い、同時に三人分の武器を薙ぎ払われ、男達は地面に武器を落としてしまう。慌てて武器を拾い上げた男達は、そこでやっと気付いた。アレだけ攻撃していたにも拘らず、目の前の狐面の少女のHPバーは、一ドットも消費されているようには見えなかった。
「どうしたの? 遊ばないの? もっと遊ぼうよ? 君達が望んだ遊びなのでしょう? だったら、最後まで堪能しないと勿体無いじゃないですか?」
抑揚のないその台詞に、ついに男達の心が折れた。今、自分達は得体のしれない物と対峙している。それを実感し、彼等は恥も臆面も無く、一目散に逃げて行ってしまった。
「え? あ、あれ………?」
そんな彼等が過ぎ去って行った後、“狐”の少女は、初めて感情の籠った呟きを漏らす。
『兎』は、そんな少女を見つめていると、彼女は徐に自分の面に手を掛け、外していく。
「あれ~~~………? 遊びは………? 何か僕失敗した?」
果たして面の下から現れたのは、狐の様な獣顔―――ではなく、もしかしたら自分より幼いのではないかと思える、丸みを帯びた普通の少女の顔だった。あどけない顔立ちは、日本人特有の可愛らしさがあり、着ている服と相まって七五三のようにも映る。
「ええっと………? もしかして、遊びじゃなくて、本気で襲われてた? 僕?」
首を傾げる彼女は幼く可愛らしい。
だが、それでいてとてつもなく強い。
危険なところを助けてもらった事もあって『兎』の目には、少女の姿が幼い
「ねえ、君? 大丈夫?」
いつまでも立ち上がらない少女に、狐の少女が問いかける。
『兎』は立ち上がると、慌てて身なりを正そうとするが、いつも被っているフードコートを失くしてしまったのを思い出し、恥ずかしさのあまりオドオドしてしまう。
「だ、大丈、夫………、ケガして、ないから………」
答えた後で気付いた。
自分は今、初対面の相手に話しかけている。
これが勢いと言うものだろうか? 助けられた時の感動とは実にすばらしい。
「そっか、なら良かった」
笑顔を向けて少女は、腰に両手をやると、前屈みになって『兎』の顔を覗き込んで来る。いきなりの大接近に慌てる『兎』を無視して少女は笑いかける。
「君のお名前は? 僕はサヤ」
「ら、ラビット………!」
「ラビットか~~♪ 見た目通りの可愛い名前」
「はぅ………っ!」
直球な台詞に真っ赤になったラビットは、頭がくらくらし始める。
そんな状態ながらも、なんとかお礼を言わないと、と考えてしまった結果、軽く暴走気味の思考が働いてしまう。
「あ、あの………っ! 何、か………っ! 入用はありますか………っ!? 私、仕入れ屋なんですぅ~………!」
「あ、そうなんだ! じゃあ………あ、ラビットって貰える?」
「ぷひゃぁ………っ!?」
恥ずかしさで暴走気味の頭には痛恨の一撃だった。
ラビットは何も解らなくなるほど混乱して、適当にまくし立ててしまう。
「そ、そんなのダメでぇす………っ!? 仕入れ屋の独占反対………っ! 私を個人でなんて!? 恥ずかしい………っ!? どうしても欲しいなら注文してからにしてくださいっ!」
「注文したらラビットもらえるの?」
「ぱひゅ………っ!?」
もはや表わす言葉もない。
「それじゃあ、ちょうど欲しいアイテムがあったんだ? 三日以内に全部集めてくれると助かるんだけど? ………あ、注文は音声メールで良い?」
フレンドの誘いを送りながら訪ねるサヤに、ラビットは自分でもよく解っていない状態でOKをタップ。そしてサヤの両手を捕まえる。
「きゃあっ!」
今度はサヤの方が女の子らしい悲鳴を上げる。
構わずラビットは掴んだ両手をブンブン振り回す。
「ま、任せてください~~っ!? 仕入れ屋の意地に掛けて~~~っ!? 必ず収集して仲間になってみせましゅう~~~~~っ!?」
「きゃああああ~~~~~~っ!! お願いだから触らないでぇ~~~っ! 僕触られるのダメなの~~~~~~っ!!」
先程までの子供っぽい顔から一変、女の子特有の羞恥で真っ赤な顔のサヤは「きゃ~~~っ! いやぁ~~~~っ!」と女の子っぽい悲鳴を上げる。
ラビットはナルト目で真っ赤にした表情で延々サヤの手を振りまわすのだった。
そして、サヤと別れたラビットは、後に依頼を受けてしまった事を後悔する事になるのだった。
よもやその縁が、とあるギルドの第一歩になるとは、この時は誰も知らなかった。
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第1層主街区、≪はじまりの街≫、住民地エリア。
SAOのデスゲームが開始されてから数カ月、リアルでは冬も近づき、何処かで雪でも降りだす頃合いでしょうか?
このSAOには季節感があまり感じられませんが、噂では別階層で季節に合わせた気温変化が見られるそうです。夏の暑い日差しは浴びたくないですが、一度くらい、SAOで雪を見て見たいとは思いますかね? 本格的に寒そうですから行く気はしませんが。
私は、行き付けでもある、プレイヤーが開いているお店の扉を開くと、中に居る店主の女性が笑みを向けて出迎えてくれた。
「よく来たのぅクロン、こなたの『アンダーグラウンドデパート』へようこそ」
「ジャスさんこんにちは。そして皆さん、相変わらずの顔ぶれですね」
私は、どう見ても中学生くらいにしか見えない女性店主、ジャスさんに頭を下げます。切りそろえられた髪が、余計に幼く見えて、恐らくSAO最年少であろう私と、大差が無いようにも思えてきます。
彼女にあいさつした後、今度は周囲の人たちに挨拶をします。
真っ白髪に、真っ白なコートを着ている、真っ白好きな男性、ヌエさん。SAO攻略にも、お金稼ぎの狩りにも面倒臭がってサボっていたら宿代を切らしてしまったとかで、現在はこのプレイヤーショップ『アンダーグラウンドデパート』通称“デパチカ”で居候中の身です。何やら雑巾がけをさせられている様ですが、働かざる者食うべからずなのでしょう。
壁に寄り掛かってズボンのポケットに手を突っ込んでいるのは、同じく白髪外はねバージョン、ナッツさん。細い目に掛けられたメガネ、不機嫌そうに吊り上がった眉、身体のラインは細く、全体的に理知的な雰囲気を出していますが、不機嫌そうな顔がデフォルトで何処かの問題児にしか見えません。
黒のフード付きコートを着て、カウンター前席に座っているのはアルカナさん。半開き薄い目に、鳶色のショートヘアー。前髪の右側をバックにしている、髪型に拘りが見られる少年さん。
その辺の棚を物色していた男性は、赤みが掛かった鮮やかな茶髪に、黒みが掛かった栗色の瞳をもつテイトクさん。ストレートヘアーのショートだが若干ボサッとしていて見るからに容姿に気を使っていらっしゃらない御様子。身長は高めですが、あまり恰好良くはないですね。
今日はもう一人、お客さんが来てるみたいですが、こちらは良いでしょう。
「相変わらずとか言うなよ………、なんで俺がこんな面倒な事………」
ヌエさん、ぶつぶつ言いながらしっかり雑巾がけをしています。磨かれた机が心なしか綺麗になっている様な?
「大体、汚れたりしないSAOで掃除なんて意味が―――あいった~~~っ!?」
文句を口にしていたヌエさんが、いつの間に後ろに立っていたジャスさんにお尻を突き刺されて飛び上がりました。いくら安全圏とは言え、ナイフでの≪リニア―≫をいきなり突き刺すとは、子供容姿に反して恐ろしい人です………。
「文句言ってないでしっかり仕事をせよ? その雑巾は掃除用アイテムで磨いた分だけ≪輝きエフェクト≫が追加されるようになっているんだよ」
それで磨かれた机が綺麗になっていたのですか。納得です。
ヌエさん、刺されたお尻をさすりながら涙ぐんだ目で壁に寄り掛かっているナッツさんを睨みます。
「ナッツだって、居候じゃないかよ? なんで俺だけ………」
「おいおい? お前と一緒になんかすんなよ? 俺はしっかり狩りで稼いで宿代提供してんぞ? “デパチカ”がここまで大きくなった理由に俺の稼ぎを入れても良いくらいだ?」
「お前様の稼ぎも大した量じゃないさね。大体、お前様も支払いを面倒臭がって、請求するまで払いに来ないじゃないかい?」
「んあ? そうだったか?」
全く反省していない様な笑顔を向けるナッツさんに、ジャスさんは溜息を漏らしています。本当に、この人は面倒な人を抱え込んでしまうのですね。同情はします。巻き込まれたくないので協力はしませんが。
「………よっ、久しぶりクロン。なんかしばらく顔合わせてなかったか?」
「お久しぶりですアルカナさん。最近、攻略ペースが早くなっているので、ちょっとだけ上層の街を見て周っていたんです」
「………え? 大丈夫だったのか? クロン一人で?」
「別に街の外には出ませんでしたから。 第4層のフィールドボス攻略も、明日には始まるそうで、予定ではもう三日もすればボス部屋には辿り着けるのは確実らしいです」
「え? もう4層クリアー? 思ったより早いな………」
私の情報を聞いて反応を見せたのはテイトクさんでした。
この人、時々何かを考える素振りを見せるのですが、それは決まって攻略に関してが殆どです。以前≪閃光≫や≪黒の剣士≫と言う言葉に心当たりはないかと訪ねられましたが、まったく意味不明でした。特に≪ビーター≫の噂には拘りがあるらしく、やたらとその手の情報を集めていらっしゃるご様子です。一体何なのでしょう?
「それよりジャスさん? 今日は私に御用があると言う話でしたが? 一体なんでしょう?」
「ああ、その話かい? 実は、こっちの旦那がお前様に話があるとかでねぇ? ちょっと付き合ってやっておくれよ?」
言われた私は、ずっと気にしていなかったもう一人の客へと視線を向けます。
相手の人も、このタイミングに合わせるかのように振り返り―――とても見たくなかった厳つい表情と対面してしまいました。私は速攻で決断して踵を返します。
「そう言えば、今日は家で≪調合スキル≫をとことん上げる予定でした。また後日改めさせていただきますね?」
「今日はお前様が、その≪調合≫に必要な材料を買いに来る日だったと思うがねぇ?」
ジャスさん、相変わらず目聡く憶えていますね。
仕方なく、私は先程の厳つい顔の男性と向き合います。こっそり視線で周囲の人に助けを求めて見たりなどしてみましたが、皆さん視線を逸らすか、むしろ面白そうに見ているかのどちらかです。薄情者ばかりの“デパチカ”常連に、≪呪いスキル≫が何故存在しないのかと、怨嗟の念を送るばかりです。十歳の少女を守ろうと言う気概のある男性はこの世界にいないのでしょうか?
「よぅ、お嬢ちゃん。俺はタカシと言うものだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
気さくに声を掛けられた物の、まるでこれから子供を質屋に連れて行こうとする借金取りが現れた様で、恐怖しか感情が浮かんでこないのですが………? 私のリアル
「それでぇ………、私に一体なんの用でしょうか?」
お願いですからいきなり誘拐とか言い出さないでくださいね?
「実は………君を質屋として買い取らせてもらいに来た」
「―――ッ!」
まさかの不安的中っ!?
「すまぬのぉ………、家も、居候を四人も抱えた状態で、この店を維持していくには無理があったのじゃ………」
ほろりと涙を拭うジャスさん。
ってぇ、えええぇぇぇ~~~~~~っ!? 犯人ジャスさんですかっ!?
「店主? これくらいでどうだろう?」
「もっと値はつかぬかのうぅ?」
「ふふふっ、アンタも欲張りだねぇ? なら、このくらいでどうだ? この嬢ちゃん相手なら文句はないさ」
「ふふふっ、お前様も中々見る目があるではないか?」
ちょっと、二人でさっそくお金的なやり取りするの止めてくださいっ!
ナッツさん! 笑ってないで助けようと言う意思はないんですかっ!?
ヌエさん! これを隙とばかりに掃除サボらないでくださいっ!?
テイトクさん! 何を呆けてるんですか!? 助けてくださいっ!
アルカナさんだけ、腰の剣に手を当ててくれてますね! ありがとうございます!
「………あ」
「ん?」
「………(フイッ」
ちょっ!? 厳つい人と目が合ったからって視線逸らさないでくださいよっ!?
どの人も役立たずしかいないのですか!? “デパチカ”!?
「はっはっはっ! そろそろ許してやるかな?」
「そうだねぇ? クロン、完全に顔が真っ青だし?」
「え? ええ?」
途端に悪者二名が愉快そうに笑い声を上げ、私の方に向き直る。
「いやぁ、悪かったな? 俺はタカシと言うものだ。君があまりにも驚いてくれている物だから、つい悪乗りしてしまった。俺の顔を見て驚かない子は………一人くらいしか見た事が無かったからな?」
「こちらの方は、顔に似合わず良心的な男でねぇ? サーシャと言う女性と二人で、一層に取り残された子供達の面倒を見てるんだよ。デスゲームが始まってから数カ月過ぎたが、未だに取り残されている子供がいるらしくてね? 中には上層に上がっちまった子もいるものだから、彼が自分の足で探しまわって保護してるんだよ。もちろん、保護した先は普通の教会で、変な所じゃないよ?」
そ、そうでしたか、ビックリしました………。いえ、考えて見ればSAOで人身売買が成立するはずがありませんよね? なんせ≪ハラスメントコード≫が存在するんですから。
でも、あの顔であんな事言われたら、普通は勘違いしてしまいますよ。冗談と言うモノは考えて言って欲しいです………。
「それで、こちらの方が私に何用でしょう? ………まあ、話から大体察しますが?」
「お察しの通りだ。俺は、ここに小さい女の子がいると聞いて、訪ねに来た。もし、必要ならウチの教会で預かろうと思ってな」
「それであたしに訪ねに来たんですね?」
「いや、てっきりこっちの店主かと思ってね! さっきまで騙されてからかわれてていたところさ!」
何やってるんですかジャスさん!? いくら厳つい顔の人が訪ねてきたからと言って、自分の童顔使って他人をからかうとか、どんだけ体張ったネタ使ってるんですかっ!?
「少女の気持ちを思い出して、楽しかったよ? またお相手してくれると嬉しいねぇ?」
「その時は是非とも協力させてもらうよ」
笑い合うこの二人、もはや子供の私には付いて行けません。悪だくみする大人に子供は関わるべきではありませんね。どうやら人は子供から大人になって行くにつれ、純粋さが無くなって行くようです私の
「それでどうだろう? 君は既に自分で生活を盛りたてる事が出来ているようだが? 家に来るつもりはあるかい? 俺としては君を保護したいところだが、その必要性が君に無いと言うのなら、無理強いはできないからな」
先程の話の流れの所為で、保護と言う言葉がそのまま誘拐に思えてしまうのですが、その疑いは消して考えるとしましょう。一時的にですが。
っとは言え、どちらにしても私自身が保護を求める気持ちはないわけでして………、それならこの話は無しと言う方向に持っていきましょう。私は今の生活で充分に成り立っていますし、フィールドに出ても戦う事が出来るくらいのレベルや技術もあるわけですし。
そう思って断る旨を伝えようとした時、突然デパチカの扉が開かれ、フードで顔をすっぽり隠した闖入者が現れました。一体何事でしょう。
「あ、………あの………っ!? あ………、あぁ………っ! ~~~~~~っ!!」
「おやラビット? 久しぶりじゃな? こなたが譲った≪ベンダーズ・カーペット≫は役に立っておるかえ?」
「あ、う、が………っ!」
何やら口をパクパクさせていたラビットと呼ばれた闖入者は、勢いでカウンターに飛び付いたまま、訳のわからない呻き声を漏らす。しばらくすると、諦めたようにメニュー画面を呼び出しチャットを始めました。
「なになに………? おや? ギルドに入る事にしたのかい? そいつはめでたいねぇ? ………え? それでなんで依頼受けてるんだい? しかもなんだい? この最前線でしかとれない様なアイテムの山は? ………は? まだある? これがギルドに入る条件だとしたらなんてぼったくり―――はあっ!? なんで注文しないとギルドに入らないとか言っちゃってるんだい!? それでこの無茶な注文かい!? その場で断れば良かっただろうに? ………へえ、そいつはお優しい女性だね? それがどうしてそんな話に傾いてるんだい? ………ああ、もう、解ったわよ。お姉さんが人数見つくろってあげるから、アナタは他のアイテムを最優先で取りに行きなさい? 時間ないんでしょう?」
珍しくジャスさんが口調を崩して手振りでラビットを急かしました。ラビットは何度もお辞儀して、慌てた様子で出て行きます。忙しない人ですね? 何かあったんでしょうか?
「突然だけどクロン、ちょっと頼まれてくれないかえ?」
「私にですか? 一体何を?」
「さっきのはこなたの友人でのぅ? ≪ベンダーズ・カーペット≫時代にちょっと面倒を見てた子なのだ? 今では、あの子も自分で仕入れ屋なんてやってるんだが、今回晴れてギルド入りする事になったらしくてね?」
なんと、それはすごいですね! 最前線が第4層となっている今現在、発足されているギルドの殆どが最前線で戦う者達、最近では“攻略組”と呼ばれ始めている猛者ばかりだ。大出世とも言えるギルド入りは確かにおめでたい事ではあるのですが………。
「それで、私に頼みが回ってくる理由はなんでしょう?」
「実は、どう言う事かあの子、ギルドリーダーに誘われた時にテンパッてしまったらしくてねぇ、仕入れ屋の依頼を受けないと仲間入りしないって言っちゃったらしいんだよ? しかも相手の要求を全部引き受けちゃったらしくてね………一人じゃ回収しきれない量のアイテムを請け負ってしまったと言う事態なのさ?」
それ、完全に自業自得ですよね? って言うか、ジャスさんに泣き付いて来たんですか、あの方?
「悪いんだけど、ここから適当な奴見つくろって良いから、ちょっとアイテム回収を手伝ってやってくれないかい?」
「「「「え? 俺達傭兵扱いですか?」」」」
「武器扱いさね」
一斉に意見を述べる常連に対し、ジャスさん一刀両断です。素晴らしいですね。
ジャスさんには私もずっとお世話になっていましたし、彼女からの頼みなら断る気はありませんが………、さて、一体誰を連れて行ったものか………?
「そう言う事ならちょうど良い。俺も協力させてもらうぞ?」
「タカシさんが?」
「俺はタンクだ。充分役に立てると思うが?」
タンク! 壁役がいると言うのは確かに心強いです。この申し出は素直に受け取りましょう!
「それではお願いしますね。他に誰か、付いて来てくれる人は………」
視線を順に、ヌエさん。
「面倒臭い」
ナッツさん。
「収集は趣味じゃねえ、バトルしか興味ねえよ」
アルカナさん。
「気が進まないなぁ~~、何より疲れそう………」
テイトクさん。
「ん~~~~~………、原作と関係なさそうだし、止めとくか? 俺もパス」
なるほど、ここにいるのは基本的に面倒臭がりしか揃っていないんでしたね。
私は頷いてアルカナさんの袖をひっぱります。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね?」
「なんで俺なんだよっ!?」
それはもちろん、根本でアナタ達が押しに弱く、こちらから頼めば結局応じる他人本位の人間だと知っているからですよ。
だったら後は個人的に一番近くに居ても
ヌエさんはさっき掃除サボっていたので、存分に掃除をがんばってもらいましょう。
ナッツさんは暴言が多いので疲れます。パスで。
テイトクさんは時々良く解りません。
アルカナさんは、明らかにツンデレさんなので、これを利用しない手はありません。
「お願いしますね」
「理由もない一言っ!? ………仕方ないなぁ、解ったよ」
「「素直じゃないねぇ~~」」
タカシさんとジャスさんが同時にニヤニヤとした笑いを浮かべますが、アルカナさんは「なにがっ?」とぶっきらぼうに言うだけです。他の方達はもう一押しを待っているようにも見えたのですが………、他人の言葉待ちの人に気を使うのも疲れるので止めましょう。何より、この自分本位なメンバーがケンカせずにいられる理由は、ジャスさんと言う恩人がまとめてくれているからです。彼女のいない状態では、連れて行っても喧嘩発生の火種となるだけでしょう。
私が、メンバーを決めた事を頷いて伝えると、ジャスさんは頷き返し、メニューから細剣を取り出して立ち上がりました。
「それじゃあ、残ったお前様達はこなたと一緒にアイテム回収に
「「「なんでそうなるっ!?」」」
「居候と金も落とさないくせに入り浸る客は黙って従え」
「「「は、はい………」」」
ジャスさん最強ですね………。
っていうか、二手に分かれないといけない程、回収アイテムが山積みなんですか? 一体どれだけ依頼を受けたんでしょう?
こうして私達は、ラビットさんが求められたアイテムを求め、第4層のサブダンジョンに向かったのでした。
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クロン達が先に出発してすぐ後、一時休業で店仕舞いの準備をしていたジャスの元に、とある人物が二人現れる。
「おや? 買い物に来たのですが、今日はもう閉店ですか?」
「珍しいでござるな? この時間は前線からも客が来る稼ぎ時でござろう?」
「おやまあぁ、お前様達かい? ちょうど良い。今連絡を取ろうと思っていたところでな? ちょっと頼まれてくれないかえ?」
「「?」」
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第4層、サブダンジョン、≪シュトロム洞穴≫。
驚異的な風が時々吹き抜けるこの洞穴は、強風が巻き起こった時の安全地帯を見極める事が最重要となる。強風が吹く前の前兆として、微風が洞穴内を流れる。それを素早く認識して、安全地帯へと逃げ込む。これが出来ないと、強風に攫われ、洞穴の入り口まで飛ばされてしまうのだ。ダメージはないが、強風によって入口付近まで飛ばされる感覚は、滅多に体験できない、ノーベルト絶叫マシーンさながらである。
普段は深夜、踏破済みのサブダンジョンを探索して、誰にも接触する事無くレベリングに集中するワスプは、このダンジョンの特性をありがたいと感じていた。なんせ、このめちゃくちゃな設定のおかげで、足を踏み入れるプレイヤーが殆どいないからだ。トレジャーボックスに興味はないが、他のプレイヤーと接触しないで済むと言うだけで、気がいくらでも楽になった。
(っとは言え、本当はこんな事してる場合じゃないんだけどね………)
数十日前、最前線攻略がまだ2層であった頃、彼はとある少女と出会った。
いや、出会ったと言うには語弊がある。彼は一方的に彼女の姿を目にしただけなのだから。
だが、あの一瞬は今でもワスプと言う少年の心に強く刻み込まれていた。
(『第二層、決闘騒ぎ』………、僕は、初めて彼女の存在を知った………)
ただ目撃しただけだった。偶然、人だかりが出来ているところに足を踏み入れ、偶然目撃しただけの少女の姿。しかしそれは、ワスプと言う少年を劇的に変えるに充分な存在感だった。
(こんな気持ちになるのは初めてだけど………、でも、はっきりと解った。これは恋なんだ。生まれて初めてした、初恋で、一目惚れ………)
あの時の、彼女の姿を思い出すたびに、ワスプはとてつもなく胸が熱くなっていく。遠くから少し耳にしただけの声を鮮明に覚え、今でも再生できてしまえる。
最初は怖くて逃げだしてしまったが、今ではどうしても会いたくて仕方が無い。
一人の少女がギルドを立ち上げようとしているらしい事を耳にした時は、間違いなく、彼女はそこにいると確信できた。あの時一緒にいたもう一人の少女、あの二人が知り合いなら、ギルドを創設し、最前線で戦っていても可笑しくはない。
(会いたい………、あってこの気持ちを伝えたい………)
募る想いを胸に、ワスプは最前線まで足を踏み入れたのだが………、結局愛しの少女の姿は何処にも見つけられないのであった。
仕方なく彼は、適度なレベリングを求め、この地にやってきたわけだ。
風が止んだのを確認し、タワスプは岩の影から出ると、モンスター狩りに戻った。
片手用直剣≪ダマスクスソード≫を抜き放ち、モンスターの気配がするところを勘で狙い、一気に駆け抜ける。
このエリアのモンスターは、数が多いが殆どが弱いモンスターばかりだ。攻撃力の高い武器を持っていれば、それほど苦戦はしない。
「ん?」
駆け抜ける先で、何やら声が聞こえた様な気がした。≪索敵スキル≫の派生スキル≪望遠≫を使い、確認すると、三人組のパーティーが苦戦しているのが見えた。
(最前線で見るのは初めてだけど、やっぱりダンジョンで苦戦するパーティーはいるものだな)
ワスプは狙いを定めると、パーティーを追いこんでいる敵に狙いを定める。
盾持ちの男が巨大ネズミと大群コウモリを相手に攻撃を防いでいるが、その後ろに控えているのは片手剣士の男が一人と、どう見ても十歳程度の短剣使いの女の子だけだ。
(どうしてこんな階層にあんな女の子が!? ともかく助けないと!)
盾持ちの男が何とか防いでいるから戦えているようだが、数が多くて三人だけでは苦労しているようだ。
「………タカシ! スイッチだ!」
「出来るかこの状況で!」
「先にコウモリだけでも散らします!」
短剣使いの少女が必死に大群コウモリに斬りかかるが、思った様に数が減っていない。どうやら彼等のレベルがそもそも低めの様だ。これはさすがに危険だ。
ワスプは一番手っ取り早く潰せそうな巨大ネズミに狙いを定めると、突撃単発技≪レイジスパイク≫にて、ネズミを切り裂く。
「………うおっ!? いきなり誰だよ!?」
「援護します。今の内にスイッチを………」
ワスプに言われ、少女と盾持ちの男が素早く入れ替わる。片手剣士の男は、行動が遅れてしまった事に、少し歯噛みしながら、少女の援護に入る。
ネズミがワスプにタゲを取って、襲いかかってくるが、この手のモンスターは走り回る暇を与えず、超接近状態で戦えば意外とあっさり倒せてしまう。防御も薄いステータスなので、ソードスキル一発で大きく仰け反ってくれる。ワスプにとっては苦もない敵だった。
ほどなくしてあっさりポリゴンとなったのを確認したワスプは、瞬転して三人の助けに入ろうとしたが、振り向いた時にはその必要は無くなっていた。
最後に決めた少年は、片手剣≪アニールブレード≫を振り払い、流れる動作で腰に収める。
(やっぱり、武装から見ても、上層に上がってくるような人達には見えないな?)
気になったワスプは、彼等に話を聞いてみる事にした。
4
クロン達を助けてくれた少年の名はワスプと言うのだと教えられた。
彼は、とある人物を探していて、この階層をあっちこっち探しまわっているのだと言う。このダンジョンには、上の階層を目指す事になった時、苦にならない様に適度なレベル上げを行っていた最中との事だ。
「それにしても、君達はどうしてここに? 見たところ、装備もレベルも4層には合わない様に見えるけど?」
「それを言われると痛いところなんですけど………」
「いやっはっはっ! 俺は結構あっちこっち行ってるからそれなりのレベルでな? それで大丈夫だろうと少し調子に乗っちまった次第だ! いやぁ~~、本当に面目ない!」
「………そう思うならもっと申し訳なくしてくれ?」
苦笑いのクロン、豪快に笑うタカシ、小声で文句を言うアルカナ。
そんな彼等の雰囲気は、デスゲームとなったこの世界では見られないほど自然体で、ギスギスしているか、デスゲームの恐怖で緊張している事の多いプレイヤーばかり見てきたワスプには、とても魅力的に映っていた。
「ところでワスプ? お前、ソロか?」
「え? そうですけど?」
いきなりタカシに話しかけられ、少しばかり戸惑うワスプ。
そんな少年に、彼は厳つい顔でニヤリと笑って見せる。
正直、この手の顔を嫌と言うほど見た事のあるワスプには、何がとんでもない事を言われるのではないかと、つい想像してしまう。
「実は俺達、このお嬢ちゃんのお使いで、このダンジョンにあるって言う、≪弾ける水≫を取りに行く最中だったんだ? ここはそれほど強いモンスターも出ねえから、三人でもどうにかなると思ったんだが、やっぱり最前線はどこも厳しいねぇ? そこでお前さん? もしソロなら、俺達とパーティーを組まないかい? もちろんタダとは言わねえ。俺達に協力してくれたら、アンタの探し人に付いて、俺達もできる範囲で協力してやるさ! どうだ?」
一気にまくしたてるタカシの声は、とても親しみがあり、内容も全て真っ当な事を言っているのだが、その厳つい顔で言われると何か誤解してしまいそうになる。
っとは言え、ここで誤解する程、ワスプは人を見る目が無いわけでも無く、すぐに頷いて了承して見せる。
「構いませんよ。僕も、人探しに手伝ってもらえるなら大助かりです」
「そいつはありがたい! それじゃあ、アンタにはさっそく手伝ってもらいたいんだが………、このダンジョンの最奥に至るまで、レベル上げを手伝いながら進んでくれないか? 俺達のレベルで勢いづいても、途中で躓くだけだからな!」
「え、ええ、いいですけど………?」
「よしっ! それじゃあ行くぞお前等!」
タカシはアルカナの背中をバンバン叩き、速やかに進んでいく。
それを後ろから追いかけながらクロンとアルカナは思った。
((まるで良いカモを見つけた詐欺師の様だ………))
これから行く場所が賭博場だと錯覚する様な光景に、二人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのだった。
5
ワスプをメンバーに加えたクロン達は、瞬(またた)く間にダンジョンを制して行った。
特にクロンのレベルアップは今までにない進展速度で、今日一日だけで数回目のレベルアップ表示を確認した。
その理由はよく解っていた。
(みなさん、お人好しなんですから………)
困った様な笑みを浮かべながら、クロンは内心で感謝の念を送る。
全員のフォローを中心に考え、LAを避けて、敵の攻撃を捌く事に集中するワスプ
壁役を一身に引き受けるタカシ。
口ではなんとでも言いつつ、やはり最年少のクロンが気にかかるのか、極力クロンのサポートに回るアルカナ。
アイテム収集などでソロ経験しかないクロンだが、こんなに気を使われては、むしろ乗っかる事の方が礼儀とさえ思える。クロンは大人達の気遣いに気付かないフリをして、レベルアップを甘んじて受け入れる。
強風エリアを抜け、広い空間に出ると、そこは安全圏エリアだった。天井に穴が空き、日の光が直接降り注ぐ空間はとても和やかで、風景としては安心できる。だが、あまり安心できない事もあった。ここがいくら安全圏でも、その空間の周囲は完全に崖になっている。まるで落下したら即死亡のコロシアムに立たされているかのような状況に、一同は冷や汗をかいたが、広場は相当広いので、自分達から崖に近づかなければ落ちる事もなさそうだと判断できた。
ちなみに、アルカナが試しにその辺に落ちている、石コロのオブジェクトを崖に向かって落としてみたところ、途中で砕ける事無く、眼下遠く見える川に落ちて見えなくなった。あの川が何処に繋がっているかは不明だが、落ちて生き残ったところで、その後に待っている死亡フラグは間逃れないだろうと容易に推測できた。
拍子抜けだったのは、少し休んでから安全圏を出た一同が先に進むと、その先にある一本道の坂を登りきったところで目的の≪はじける湧水≫に辿り着いた事であった。
「これがは≪はじける水≫なのか? ………確かにシュワシュワと泡を弾けさせてるけど………?」
アルカナは、薄水色の液体が小さな気泡を絶えず上げる泉に、違和感を覚えて、微妙な声を上げる。同じ意見だったらしいワスプとタカシも、表情に困った様子だった。
「皆さんこの泉で採れるアイテムのレア度を解ってないんですね? 手間がかかった分だけの価値は充分にありますよ?」
≪調合スキル≫を持っているクロンだけが、その価値をしっかりと見抜いた様子だったが、答えを教えるつもりはない様子だった。
≪採取≫を行ったクロンは、これで問題無く帰宅でき、ジャスにも今までのお礼が少しは返せたかもしれないと意気揚々と帰り道を急ぐ。
途中、ワスプは後ろ髪を引かれるように足を止め、周囲に視線を配る。
(………? さっきから誰かにつけられてるような気がするんだけど………? 僕の≪索敵(サーチング)≫に引っかからないなら気の所為かな?)
「ワスプ、そろそろ帰るぞ? この辺もポップ率は悪いが、モンスターが出ないわけじゃなさそうだ?」
タカシに呼ばれ、ワスプは思考を中断して集団に追い付く。
先程通り過ぎた安全圏に辿り着いた彼等は―――そこで出会ってしまった。
「………あら? たまにはフィールドに出て見るものかしら? 怪しいのが一つ」
安全エリアの中心で、座って休んでいたらしい赤い髪の少女。二つに結わえた髪を手で軽く払い、何の前触れもなく腰から剣を引き抜く。
クロン達は危機感を感じて身を強張らせる。
「………おい、アンタなんのつもり―――」
「用の無い奴はすっ込んでなさい」
アルカナが何か言おうとした時、彼の眼前に迫った赤い髪の少女は≪レイジスパイク≫でいきなり切り飛ばした。いくらなんでもいきなり襲ってくるとは思っていなかったアルカナは、その攻撃をもろに受けて吹き飛ばされてしまう。
瞬間、赤い少女もソードスキルを胸の中心に受け、吹き飛ばされる。
少女の動作に気付いてワスプがソードスキルを放っていたのだ。彼女の動きが早過ぎて、アルカナを庇うつもりが間に合わなかった。
赤い少女は宙返りして、簡単に着地すると、楽しそうな瞳をワスプに向ける。
「そう、アンタよ。アンタに用があるの………。私の仕事だから、ちょっと付き合いなさい?」
呟いた瞬間、赤い少女は赤い影となってワスプに突進する。
同時に前に出たワスプは片手剣≪ダマスカスソード≫で赤い少女の一撃を正面から受け止め―――切れずに吹き飛ばされた。
「………っ!? 皆離れろっ! 良く解らないけど、この子の相手は僕だ!」
「もう逃げてます!」
空中でバランスを取りながら叫ぶワスプに、クロンが吹き飛ばされたアルカナと共に遠くの岩場まで退避していた。第一層残り組だけが会得するシステム外スキル≪危機感知即逃亡≫は、こんな突発的な状況に存分に役立つ。
赤い少女は逃げ隠れする二人を無視して、地面に着地する瞬間のワスプへ単発突進技≪ヴォーパル・ストライク≫を放つ。回避しようの無い瞬間を狙われ、あわや一撃貰うかと思った瞬間、その攻撃は間に入った盾が攻撃を妨げた。
「悪いが、俺はタンクだ。鈍足な俺が逃げ隠れするのは向いてない」
「タカシさんっ!?」
攻撃の間に割り込んだタカシは盾を前面に構え、次なる敵の強襲に備える。
「アンタは興味もないし、関係もないんだけどな………」
「何の仕事かは知らないが、おいたが過ぎるぜ? ちょっとお仕置きが必要か?」
「出来る物なら」
少女は怪しく微笑むと、『アクセルステップ』で一気に加速、タカシの脇をすり抜け、エフェクトライトを纏った剣で、ワスプへと左右二撃撃ち込む。慌ててタカシが片手棍を構え、後ろにいる赤い少女を攻撃しようとするが。身体を捻った少女は続いて左右からタカシへ二撃を与える。
平面四連撃技≪ホリゾンタル・スクエア≫の複数照準攻撃。ソードスキルをただ使うだけでなく、システムアシストを解除しない程度に身体の動きを制御して、一つの技で複数の敵を攻撃する、ソードスキル技術の上級業。
現在の最前線でも、使い手は片手に数える程度しかいない事だろう。
吹き飛ばされた二人、倒れるタカシには目もくれず、何とか踏みとどまったワスプに向けて、赤い少女は次々と剣激を放つ。
対抗してワスプも繰り出される剣を巧みにさばいて行く。
何とか起き上ったタカシは、猛スピードで攻防を繰り返す二人を見て歯噛みした。
「くそっ! ここが安全圏じゃなかったら、今ので終わってやがった………! なんだこいつは!?」
その疑問は隠れているクロンとアルカナも同意見だった。
正直な話、クロンもアルカナも、最前線で戦えるほどのレベルではない。かと言って、第1層で“外”から助けが来るのも待つ程、楽観主義でもない。それなりにレベルは上げ、危機的状況に対してある程度の対処くらいはできる様に備えている。そんな二人が今目の前で繰り広げられている戦いを目にして、自分達との実力差を感じられないほど愚かであるはずがない。
「アルカナさん………、ワスプさんは、最低でも最前線で戦える実力者でしたよね?」
「………あ、ああ。ちゃんと聞いたわけじゃないが、このダンジョンで余裕を持てるほどの実力だ。最前線にソロで挑むだけの実力はあるように思える」
「そのワスプさんが………どんどん圧倒されているように思えるのですが?」
クロンの漏らした不安の通り、ワスプは次第に追い詰められていた。
安全圏と言う事もあって、HPさえ、削られてはいないものの、少女の繰り出す剣を捌き切れず、ソードスキルを身体に掠めてしまったり、反撃する回数がだんだんと減ってきているようにも思える。
赤い少女は逆に、ワスプの行動パターンを読み取り、攻め手の効率が上がり始めている。
「だったら………っ!」
ワスプは安全圏なのを良い事に、少女の剣を無理矢理掴むと、外側に開き、無防備となった彼女の身体にソードスキルを叩き込む。
吹き飛ばされた彼女は、それでも空中で身体を捻って軽やかに着地して見せると、愉快そうに笑みを強める。
「さっすが~~っ! そう言うの見せて欲しかったのよ!」
地面を蹴飛ばした少女は、真直ぐワスプへと突っ込む。反撃のため、ワスプは剣を振るうが、少女は無理矢理剣を掴み、その動きを封じると、無防備となったワスプの身体目がけ、ソ-ドスキルを叩き込む。
溜まらず地面をローリングして距離を取るワスプだが、少女は休む事無く攻め続けてくる。
「………今、ワスプがした行動を、そのまま返しやがった!?」
傍で見ていたアルカナが、驚愕に声を上げる。
今、ワスプがして見せた、刃を無理矢理掴んで防御を開かせる技は、見た目に反してとても技術がいる。そもそも相手が武器として使っている剣を掴む事自体が難しいのだ。相手だってバカではなく、あからさまに剣を掴みにかかれば、誰だって剣を逃がすなり、逆に斬り付けるなりと、いくらでも考えつくし、行動できる。それをさせないためには、掴む直前まで片手に意識を向けさせない事と、相手に防御を意識させる事が必要になる。さらに、そこから剣を外側に開かせるためには、剣を外側にどけるのではなく、剣を掴んで“身体ごと”傾けるつもりでやらなければ上手くいかない。例え単純なステータス数値が身体能力として反映されるSAOでも、身体の重心やバランス感覚までは現実とあまり変わらない。
それを見ただけでやってしまえる赤い少女は、明らかにワスプの所作全てを見抜いていると言える。それはつまり、ワスプの動き全てを相手が熟知し始めていると言うのと同義である。
「………助けましょう!」
堪え切れずと言った様にクロンは提案する。
「………助ける? どうやって助けるつもりだ? あの戦闘は上級者同士の戦いだぞ? 俺達が割り込んでも足手纏いになるだけじゃないのか?」
アルカナの懸念も最もだった。そもそも、上級プレイヤーのワスプが苦戦し、自分達より防御に秀でているはずのタカシが、あっさり守りを抜かれた。自分達が戦うにはレベルから技術まで、何もかもが追い付いていない。
だが、クロンはアルカナの言葉に対し、瞬時に返答する。
「いえ、ここは安全圏です。私達が切られても、誰もHPに支障をきたしません。それはつまり、誰かが切られたところで、庇う必要が無いのです!」
「………庇う必要が無いのなら、助け合わずとも戦える。弱い奴が居ても足手纏いにならない………?」
クロンの言葉を噛み砕き、それが有効かどうかを頭の中で整理するアルカナ。
しかし、彼は首を振る。
「………いや、やっぱり弱い奴が間に入っても互いの進路妨害や、盾に使われたりと邪魔になる可能性が高い。下手に出るのは危険だ」
「でも………っ!」
何か言いかけたクロンを手で制し、アルカナは続きを話す。
「………無暗に出て行っても、ワスプの足を引っ張ってしまう。ここから見る分でも、あの赤い少女が異常な速度でワスプの技術を盗んで行っているのが解る。アレをなんとかしないと、俺達には何もできない」
戦っている相手の動きを見るだけでコピーし、自分の業として昇華してしまう驚異的な才能を持つ赤い少女。あの技術のコピーを何とかしなければ、何も解決はしない。
それを聞いたクロンはしばし俯き、考える素振りを見せると、ある事をアルカナに問いかける。
「あの人のコピーは、誰に対してでもやるんでしょうか?」
「………は? いや、そんな事までは解らないが?」
「仮に、仮にもしそうだったとしたら………!」
6
「ぐわ………っ!」
体術スキル≪震脚≫による蹴りを側頭部に受け、軽く斜めに体勢を崩される。その隙を突いて、四連続ソードスキル≪バーチカル・スクエア≫を叩き込まれ、ノックバックを受ける。
(さ、さすがにこれだけ不快な精神ショックを受けると、身体に痛みの様な物を錯覚し始めるな………! 何とかして状況を覆さないと!)
そう考えつつも、ワスプには何も思い付かない。いや、幾つか手段だけなら思いついていた。だが、試したところで安全圏と言う終わりの無い戦場では、あまりに意味の無い手段ばかりなのだ。彼にとってこんな不毛な戦いは初めての経験だ。何処にどう落とせば終わるのかが全く解らない。
(ただ殺すだけなら楽なのに………!)
そう思いつつ、何とか圏外へ誘いこめないかと色々試しているのだが、赤い少女はそれに乗ってこない。むしろ、ワスプが圏外へ逃げるようなら他の三人を狙うと言わんばかりに、わざとらしく視線を三人に向けてくる。
(僕がなんとかしないと………っ!)
今までずっと、一人で戦場を戦い抜いてきた彼は、誰かと共に戦う方法を知らない。何度もパーティーを組んだ事はあったが、そこには、協力し合っていたのではなく、自分がカバーしていたと言う方が正しかった。だから彼は一人で守ろうとする。例え強敵を目の前にしても、彼は前進する事を恐れない。
そして、赤い少女もまた、恐れを知らず、正面から斬り合ってくる。
その身が砕け散るまで戦おうとする二人は、傍から見れば気が狂っているとしか思えない。何より、圏内である以上、終わりの無いこの激闘に、意味すら理解できない。
そもそも意味などないのだ。
意味の無い戦いに終わりは来ない。
もし、この場に終止符を打てるとしたら、それは―――、
「ワスプさん!」
名前を呼ばれたワスプは驚く。こちらに向かってクロンが短剣を片手に走ってくるのだ。
「スイッチしろワスプッ!」
その後ろから声を張り上げるアルカナ。
ワスプは思わず首を振って否定したくなったが、いつの間にか自分の後ろに回り込んでいたタカシが、体ごとぶつかって、無理矢理スイッチさせる。
スイッチしたクロンは、ソードスキル≪アーマー・ピアース≫を繰り出すが、簡単に避けられ、お返しのソードスキルを叩き込まれて倒れてしまう。赤い少女はそれを見ても休まず、思いっきり手を振り上げて更なるソードスキルを叩き込んで行く。
「邪魔」
たった一言を告げて放たれたソードスキルが、幼い少女の身体をボールの様に跳ねまわらせる。
「クロンちゃん!」
「行くなワスプ!」
幼い少女を助けようと飛び出すワスプだが、タカシがそれを体で制する。
上級プレイヤーのワスプでも、タカシの重量を引きずって歩ける程のステータスはまだ持ち得ていない。
「放してくださいっ! このままじゃあの子が………っ!」
「落ちつけ! 今突っ込んだらクロンが飛び出した意味が無くなる! あの子はチャンスを作りに行ったんだ!」
「でも、あの子のレベルじゃ………っ!」
「信じろ! あの子が必死に考えて取った行動を! お前を助けようとしたあの子を信じろ!」
「く………っ!」
ワスプは歯噛みする。
必死に追いすがろうと短剣を振るうが、悉くを躱され、お返しのソードスキルを度々叩き込まれる。もはやこれは暴力でさえ無い。ただの公開凌辱だ。
それでもタカシはワスプを止め、アルカナも剣を抜きながらも動こうとはしない。
そしてクロンも、一番辛い場所に立っているにも拘らず、小さな手を振り回し、果敢に赤い少女に立ち向かっていく。
何度目か吹き飛ばされた時、クロンは勢いを失ったように立ち止り、肩で息をしながら赤い少女を睨みつける。
少女の方は、クロンに対してあまり興味が無いのか、冷めた瞳でタダ見つめるだけ。皮肉の一つさえ言ってこない。
クロンは短剣を構えながら思考する。
(たぶん、もうそろそろ………)
一瞬、視線でアルカナに合図を送り、クロンはがむしゃらに飛び出す。
「それ、もう良いって………」
呆れた様子でお返しのソードスキルを放つ少女。諸にカウンターを受けたクロンは、敢え無く吹き飛ばされ―――、同時に割り込んだアルカナが三連続ソードスキル≪シャープ・ネイル≫を叩き込む。吹き飛ぶ赤い少女。すぐに体勢を立て直し、少し表情に怒気を込めて再び前進してくる。
「用の無い奴等は引っ込んでろって言ったでしょう!」
≪ヴォーパル・ストライク≫を使って突っ込んで来る少女に対して、アルカナは―――自らソードスキルにツッコミ、変わりに≪スラント≫を少女の首を狙って斜めに斬り降ろした。
互いに吹き飛び、倒れたところを狙って、タカシが盾越しに突進する。瞬時に立ち上がった少女がこれを躱し、タカシの背中目がけてソードスキルを撃ち込もうとするが、そこに飛び掛かったクロンがしっかりと腰を掴んでぶら下がる。これにはさすがに赤い少女は戸惑った。こんな攻撃でも何でもない行動に一体なんの意味があるのか?
迷った瞬間、一瞬、少女の動きが不自然に止まった。
一瞬のフリーズの後、すぐさまクロンを引きはがそうとするが、そこにアルカナとタカシが左右から飛び掛かり、彼女の両腕を封じる。
しがみつくと言う行為、それを戦闘に持ち込むのが理解できない少女は、またもや不自然なくらいに動きを止めた。
「いまだワスプ!」
叫んだアルカナの声にワスプが飛び出す。いままで助けに出られなかった鬱憤を全て晴らす様に、彼は渾身の力を込めた≪レイジスパイク≫を、少女の首に叩き込んだ。首だけが傾いた状態で動きを止める少女に、ワスプはトドメとばかりに、現在覚えている最上級ソードスキルのモーションに入る。
刹那、赤い少女が、鋭い眼光でワスプを睨みつけた。
「―――テムコンソール、ID―――………っ」
少女の口が素早く何かを唱え、次の瞬間にはとんでもない異常ステータスで自分に取りつく四人を≪ホリゾンタル≫だけで四方に弾き飛ばす。
「やってくれちゃうのね? 私にアンタ達雑魚のスタイルを覚えさせて、簡易劣化を狙ったわけね? 私もアンタ達の行動をトレースしながらだったから、まんまと罠に掛っちゃったわ?」
四方に飛ばされた面々に視線を向けた少女は、鋭い笑みを向けて剣を構える。
「来なさいよ? 全員まとめて潰してあげる………♪」
クロンは短剣を構え声を張り上がる。
「私達下層プレイヤーの技術は上級プレイヤーに比べれば拙い物、相手の技術を盗むあなたでは、技術差の広い私達を同時に相手にすれば、必ず隙が出来ます! 更に言えば、先程アナタのもう一つの弱点も確認させてもらいました! いきなり戦闘パターンの違う相手に入れ変わられると、瞬時に対応できないみたいですね? それなら、四人がかりの波状攻撃で、隙を作り、必ず………!」
最後の台詞は言葉にせず、視線で皆に伝えた。視線の先にあったのは………安全圏内の境界となっている深い崖だった。あそこに落としてしまえば、如何なプレイヤーと言えど、すぐに上ってくる事は無いはずだ。もしかしたら死んでしまうかもしれないが、そんな事を言ってられる状況でも無い。
四人は示し合わせる事もなく、それぞれの速度で飛び出し、波状攻撃を開始する。元々急凌ぎで作ったパーティーだ。互いの身体が進路を妨げ、邪魔し合ったり、誤って仲間にソードスキルを当ててしまうなどあったが、それでも彼等は止まる事無く赤い少女に攻撃を仕掛け続けた。
対する赤い少女は、目まぐるしく変化する予想外の連続に、だんだん思考能力が緩慢になって行くのを感じていた。
今まで彼女は、自分より圧倒的に強い者相手にして、そこから技術を盗み取ってきた。だが、それはつまり、上級者の戦い方ばかりを見てきた事になる。ほぼ素人に毛が生えた程度の連中が集まり、一心不乱に泥臭くも諦めずに襲ってくる状態は、今までに見た事が無い。綺麗に整っていないからこそ、連続して起きる不測の事態。それが状況を解析しようとする彼女の思考に大量のエラーを溜めこんで行き………一瞬、ほんの一瞬、彼女の動きが止まった。
「ぜあああああぁぁぁぁぁっ!!」
タカシの振るった片手棍のソードスキルが、彼女の後頭部に炸裂し、僅かに仰け反る。
我に返った少女の両側面からアルカナとワスプが≪ソニック・リープ≫と≪レイジスパイク≫を叩き込んでくる。
その一撃を少女は前に踏み出し、迫る攻撃を躱した。そして周囲にいる全員を薙ぎ払うため≪ホリゾンタル≫で力任せに吹き飛ばす。三人の男が、腰にソードスキルを貰い、軽く吹き飛ばされる。そんな中を、たった一人、その低さから射程外に存在していたクロンが飛び込み≪ラウンド・アクセル≫を少女に叩き込んだ。
大きく吹き飛ぶ少女は、空中で体勢を整え、下がろうとする身体を制止するため、地面を踏ん張って勢いを殺す。
薄く土煙が立ち込める中、クロンは全身全霊を賭けて真直ぐに飛び込む。
「やああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
声を張り上げ、単発突撃ソードスキル≪アーマー・ピアース≫を叩き込む。
それを幅の広い片手剣を盾にして受け止める赤い少女。
「調子に、乗るな………っ!」
少女が叫び、ステータス任せに跳ね返そうとした時、盾にしている剣に、度重なる重量感が追加されて行く。
ワスプ、アルカナ、タカシが舞い戻り、幼い少女を後押しする様にソードスキルを重ねてきたのだ。さすがに防御しきれず弾き飛ばされた赤い少女に向けて、軽く後ろに傾く身体を無理矢理制御したワスプが、最後の≪レイジスパイク≫を放つ。
「やらせる―――っ!?」
ワスプを迎撃しようと少女がソードスキルのモーションに入るが、剣が光を纏いかけた瞬間、何かが剣にぶち当たり、モーションの姿勢が崩される。モーション不十分とみなされ、システムはソードスキルを発動させない。そしてワスプのソードスキルは、既に放たれている。
見事、腹部に命中した赤い少女は吹き飛ばされ、崖っぷちに向けて真直ぐ飛んで行く。
「このっ!!」
そこでやっと意図に気付いた少女は、地面に剣を突き立て、無理矢理勢いを殺そうとする。剣が地面を削り、大量の土煙が上がり、互いの姿が煙の向こう側に消えさった。
どんどん後退していた赤い少女は、あと一歩と言うところで勢いを完全に殺し、無事に地面に着地する。
「ふふふっ、私をここまで追い詰める奴なんて初めて………、でも、これは違うっぽいかな? まあ、いいや。せっかくだしこのまま―――!」
戦闘を再開しようとした赤い少女は、いつの間にか眼前に現れた男に、驚愕で目を見開く。
「御免ッ」
マフラーで顔を隠した男は、背中の曲刀抜き放ち、単発ソードスキル≪デス・クリープ≫を見舞う。
空中に浮いてしまった赤い少女に向けて、更に現れた白衣の男が短剣を構える。
「これも仕事なので、不意打ちすみません♪」
そう言って笑った男は、全然笑っていない瞳で少女を見つめ、短剣を振り被る。
「え? ちょ………っ! ズル………ッ!?」
最後まで言わせてもらえず、赤い少女は≪アーマー・ピアース≫に打ち抜かれ、崖下へと落ちて行く。
「ちょっ!? アンタら覚えてないさいよ~~~~~~~~~~………っ!!」
赤い少女の声は、洞窟内に反響し、最後にバシャンッ、と言う水音を響かせて静まり返った。
土煙が晴れた後には、マフラー男も白衣の男も消えており、必然的にクロン達は、自分達が敵を落とす事に成功したのだと認識した。
「や、やりました~~~~………」
へにゃへにゃと
「みんなお疲れ様。さっきの奴が戻ってくるとも思えんが、一応、休むのは一層に戻ってからにしよう?」
座り込むアルカナとクロンに呼びかけたタカシは、クロンをひょいっ、と肩に乗せると、少々疲れた足取りで帰路に付く。アルカナも意見は同じだったらしく、少々疲れた顔ではあるが、黙って後を追いかける。帰りはあの強風に運んでもらえば良いのだから楽なものだ。
ワスプは一度だけ足を止め、振り返ると誰もいない景色を眺めた。索敵スキルにも何も映っていないが、ワスプはそこに誰かがいると信じて声をかける。
「助けてくれたならお礼を言います。ありがとうございました」
その言葉が届く範囲に、誰かがいるかどうかは解らなかったが、ワスプはそれだけ言って三人の後を追った。
四人の姿が完全に消えた後、誰もいないはずの圏内、その岩陰に、突然カーソルが出現した。残念な事に、ワスプが声をかけたのとは反対方向の場所にだ。
現れたのは、曲刀を背にしたマフラーを巻いた忍び装束の男と、医者か科学者が着ていそうな白衣を纏う長身の男。
二人は顔を見合わせると、肩を竦め合った。
「中々に勘の鋭い御仁でござったなゼロ殿? 彼をゼロ殿のギルドに誘ってみては?」
「僕はまずサスケくんを誘っているのですがね?」
「拙者は隠密。雇われる事があっても、決して組織に属する事は無いでござる」
「では、アルゴさんがギルドに入ったらどうします?」
「ふっ、決まっているでござろう? 同じギルドに入り、アルゴ殿のために粉骨砕身の―――」
「決まっていた事を聞いて申し訳ありませんでした。それじゃあ、僕達も帰ってジャスさんから報酬を受け取りに行きましょうか?」
「まだ話は終わっていないでござる~~~っ!?」
「Operating tableの上でしたらいくらでも聞いて差し上げますよ?」
「それっ、手術台の事ではござらんかっ!? 発音良いでござるなぁっ!?」
7
無事、第一層に“デパチカ”に戻ってきた面々は、皆一様に疲れた表情をしていた。その原因を作った張本人は、先程から頭を下げっぱなしでいた。
彼等を手伝ったワスプも、お礼を兼ねて、“デパチカ”に招かれている。
「本当に助かったよ? この子達の無理を聞いてくれてありがとうね? お前様」
「い、いえ、別に………、なんか、困ってる人を見ると放っておけない性質でして………、ただの御節介ですよ?」
「なあに、最近じゃその御節介すらしないような世の中だ? お前様の行動は感謝こそされ、謂れを受ける物ではないよ?」
「きょ、恐縮です………」
正直、ワスプは目の前の、どう見ても子供にしか見えない女性に大人口調で話されると、戸惑ってしまう。そんな彼の戸惑いを置いて、クロンはジャスから出された、比較的甘めの飲物をちびちびと飲みながら尋ねた。
「それで、このラビットの依頼主はいつ受け取りに来るんですか?」
ピロリンッ!
「 既にこの場所で渡す旨を伝えた。もうすぐ来る頃 」
「この距離なんですからチャットじゃなくて口で言ってくださいっ!?」
クロンのツッコミに対し、委縮したラビットはチャット内に「 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理 」と乱立し始めたので、さすがに全員が立ち上がって「解ったよ! 悪かったよ!」とラビットの狂行を止めたのであった。
すると、そのタイミングを見計らったかのように、“デパチカ”の扉が開かれた。
「すみませ~~んっ? ここにラビッ―――ぎゃんっ!?」
そして、入ってきた黒髪の少女は、段差に躓き、強かに床に額を打ち付けた。
店内の全員が静まり返る中、少女の仲間と思われる面々が後ろから溜息を漏らした。
「まさかこの段差で躓くとは想定してませんでした………」
「うふふっ! サヤさんったら………、まったく期待を斜め上に裏切ってくれる人ですわね~~♪」
「サヤちゃ~~ん? 大丈夫~~?」
「助け起こしてやりたいんだが………、触ったらたぶん怒るよな?」
「だから僕は助けませんでシタヨ?」
「お前が一番ひでぇなっ!?」
ぞろぞろと入ってきた集団は、全員が全員、カーソルに同じギルドマークを持っていた。羽の間に弦が引かれた杖に、双頭の蛇がとぐろを巻いているマークは、単純なギルドマークしか作らない他ギルドに比べて、凝った作りになっていた。
「あ、あの………っ! サヤ、さん………っ! 大丈夫………っ!」
心配になったラビットが震え気味の小声でサヤと呼ばれた少女に声をかける。
ラビットが初めて口を開いたので、彼女の声を初めて聞いた面々は眼を大きく見開いてしまう。
「あ~~、うん………。痛い様な気がするだけで、実際痛くないし、大丈夫………」
立ち上がったサヤはラビットの横に立つと、彼女に手を翳して仲間達に紹介する。
「それで、この子が僕の仲間に入ってくれるって言う新しい仲間だよ!」
簡潔な説明に対し、仲間達はポカンッ、っとした表情でフード少女を見つめる。
「ま、まさか仕入れ屋の『兎』を手なずけていたとは………、何と言う人徳でしょう? この子には人を引き付ける才能でもあると言うのですか?」
「姫嬢ちゃんの気持ちはよく解るぜぇ………、実は嬢ちゃんが選んだ相手って、皆才能持ちとか、有力者ばかりなんじゃねえの?」
「そうかもしれませんねぇ~? ………。うふふっ、ありえませんわね~~♪」
「ちょっ!? 今おっさん見て否定しなかったっ!?」
「「「「「………(サッ」」」」」
「『全員右向け右』っ!?」
一糸乱れぬ対応に声を上げるコートの男。ギルドを立ち上げていると言う程の最前線組、攻略組にしては、随分と態度の明るい人々ばかりだった。
興味が惹かれたジャスは、ラビットの主人に対して挨拶をする。
「お前様がギルドのリーダーかい? ウチのラビットを引き受けてくれるんだって? この子が誰かと少しでも会話してるところなんて初めて見たよ。少々難しい子だが、これからよろしくしてやってくれるかい?」
「うん! もちろん! “お姉さん”のご期待に応えられるかは解らないけど、一緒に頑張って行こうと思ってるよ!」
ガタタッ!
『なにぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!?』
“デパチカ”にて、魂の叫びが上がる。
あまりの大音量に、耳を押さえるサヤは、周囲の反応に面喰って戸惑った表情になってしまう。
「な、なに? 僕何か間違えた?」
「はっはっはっはっ! いやなにっ! 皆驚いているのさ! ジャスさんを一目で年上と見抜いたのはサヤちゃんが初めてだろうからなぁ!」
「あ、タカシだ~!」
豪快に笑って見せるタカシに、知り合いだったらしいサヤが手を上げて挨拶。
同時に飛び出してきたフルプレートの少年が瞳を輝かせてタカシに駆け寄った。
「先生っ! お久しぶりです!」
「おおっ! マサか? 少し見ない内に大きくなったか?」
「SAOで身体的変化は起きませんよ!」
「そうだったなぁ! 相変わらずクエスト中なのか?」
「僕はプレイヤーだ………」
「え? 嘘? あれ? 一層に居た時のNPCじゃ―――」
「誰だ? 今『嘘』と言ったノハ?」
「あら? ナッツくん?」
「んお? スニー?」
「第一層でパーティーを組んで以来でしたが………、うふふっ、鈍足ですわね」
「いやぁ~~! モンスターを見るとつい狩りをしたくなっちまってなぁ! お前と俺じゃあ、付いてるもんも同じくらいなのに、どうしてこんなに差がついたんだろうなぁ?」
「付いてるとは何の事を指してるのかしら♪(怒」
「はっはっはっ! Sだねぇ!? 俺にそれを言わせようってか! 言っちゃうよ俺?(喜」
「うふふふふふふふふ………っ(怒」
「んははははははははーーーっ(喜」
「………あれ? 何処かでお会いしませんでしたかお姉さん?」
「………そうですね。そんな気がしますが………思い出さなくても良いかもしれません」
「そうですね。別に思い出せないのなら大した事じゃないでしょうから?」
「ええ、そうです」
「…………あれ? 何か皆、意外と知り合いが多い? ここで交友関係が無いのはおっさんだけ?」
何だか人間関係で状況がカオス化して行きそうになったが、何とか話をまとめ、無事にラビットが新しいギルドメンバーに入った。
更に、サヤの目標とするギルドの方針、攻略組のサポート及び非戦闘組の生活サポートという内容を聞いたジャスとタカシが、それぞれギルド入りすると言いだした。
「お前様達と組むと、ここも良くなっていきそうだ。これからよろしく頼むよ?」
「第一層は広く、いろんな奴等がいる。俺達はそれぞれ一層の代表者って事で、いっちょよろしく頼むぜ?」
「わ~~いっ! 良く解んないけど、解らない内に仲間が増えた~~~っ!」
サヤが喜ぶ端で「本当によく解らない内に増えて行きますね? 虫の増殖を見ている気分になってきました………」っとウィセが溜息を吐く。
その後、ちょうど“デパチカ”と言う店にいた所為もあって、今日は一日全員が泊まる事となった。さすがに部屋が足りなかったので、居候組はタカシに連れられ、今晩だけ教会で寝る事にされ、他は男子が三人一部屋、女子が二人一部屋を与えられた。
ちなみに部屋割はサヤとウィセ、クロンとスニー、タドコロとマサとケン、ルナゼスとワスプと言う風に分けられた。クロンだけは、自分の寝床に戻ると遠慮したが、スニーに捕まって存分に可愛がられる事が決定した。
そして、皆が騒ぎ、そろそろ解散しようかと言う空気が滲みだした頃合い、ワスプはとある少女に声をかけた。
「あの………、もしかして、第二層で『決闘騒ぎ』に巻き込まれてた………?」
「はい?」
「んお?」
『決闘騒ぎ』に巻き込まれたウィセとタドコロは、同時に声を返す。
確信したワスプは一つ頷いて、少女に向けて口を開く。
「すみません、ちょっと大事な話があるのですが、良いでしょうか?」
ワスプに誘われた少女は、少し不思議そうにしながらも了承した。
8
「それでさ? 僕になんの用なの?」
“デパチカ”裏、既に日も沈んだ暗い中、ワスプに呼び出された僕は、首を傾げた。
ワスプは、少しだけ躊躇してるみたいに、何だか一生懸命に話し始めた。
「実を言うと、僕はサヤさん達を第二層での決闘騒ぎで見かけていました。それで、その………、サヤさん、僕は―――」
さっきまで躊躇しているだけだった表情がだんだん赤くなって行く。すごく『恥ずかしい』と言う気配と、『伝えたい』と言う気配が一緒になって伝わってくる。
なんだろう? 良く解らないけど、ワスプの表情を見ていると胸の奥がざわざわしだした。良く解らないけど、ちょっと怖くて、不安で、でも決して悪い物ではない何かが近づいて来ているみたいで………、なんだか、すごく………。
ワスプは意を決したような表情になって、その言葉を言った。言ってしまった。
「君に、一目惚れしました。
あの時君が見せた表情に、仕種に、声に………笑顔に、心奪われました。
僕からの一方的な事で、君からすれば僕なんて得体の知れない奴だって事はわかります。
でも、この気持ちが抑えられなくて、なかった事にはしたくなかったんです。
だからこうやって直接伝えたかった。ぶつけたかったんです。君に………。
急な事だからすぐに返事が欲しいなんて言いません。
わからない事があれば、知りたい事があれば何でも答えます。
だから………考えてみて、もらえませんか?」
その言葉の意味を、僕は正しく理解できなかった。
だから最初は首を傾げていた。一体何を言われたんだろう? ワスプは何を伝えたいんだろう?
直接的な言葉がないと、僕はすぐにそれを理解できないのかもしれない。
でも、やっぱり僕も人並みに女の子で、言葉の内容を噛み砕いて行けば、それが何を伝えようとしている言葉なのか、やっぱり解ってしまうわけで………。
「ぁ………!」
気付いた途端、胸の奥がキュッ、と締め付けられて、どうしようもないほど顔が熱くなって行った。
考える事は出来なかった。ただ、僕は今、目の前の男の子に告白されたんだと言う事実だけが頭の中をぐるぐると廻っていた。
「へ? ………へ?」
告白された。告白された。告白された。
生まれて初めて男の子に告白された。
「ぁ………ぅぁ………っ!」
僕の事を、好きなんだと言ってくれた。こんな僕の姿を見て、惚れたと言ってくれた。
こんな僕を………! ずっとベットに寝たっきりで、きっと痩せ細っている様な女の子を………! 好きだって言ってくれたっ!!
どうしていいのか解らない。
何かを答えなきゃと思うけど、それ以上に、僕の中に真直ぐ向けられた思いが強過ぎて、僕にはどうする事も出来なくて………。
「う、うわぁぁ~ぁ~~~………っ!」
声が震えて、顔がどんどん熱くなって、なんでか涙まであふれて来て、落ちつかなくて自分で自分の身体を抱きしめてみたけど、熱くなっていく顔を見られるのが恥ずかしくなって、慌てて両手を頬に当てて、それから、それから………っ!
「サヤさん………」
「………っ!」
心臓が、弾け飛んだ。
名前を呼ばれただけで、僕の身体は妙な反応を見せるようになってしまった。
ああ、うん………限界かもしれない。
お姉ちゃん? 聞こえていますか?
聞こえないよね。ごめんなさい。
事件ですお姉ちゃん。僕………、ボクね………?
「え? あ! ちょっと! サヤさん!?」
生まれて初めて、告白されちゃいました………。
あと、なんか頭に衝撃ありました。
9
突然倒れてしまったサヤの姿に、ワスプは面喰っていた。
倒れたサヤは顔を真っ赤にしたまま、涙目になって眠っている。
束ねている髪も、地面に広がっていて、まるで和風の眠り姫みたいだ。
そんな感想が頭を過ぎりながら、ワスプは溜息を吐く。
「………えぇっと、これは………流石に予想してなかったですね。とにかく、このままにはしておくわけには………」
困惑しつつもサヤを助け起こそうとした時、気配に気づいて止まる。
「…………」
向けた視線の先には、見た事の無い銀の髪の少女がいた。とても幼く、サヤと同じくらいなのではないかと見受けられる年頃の少女。
ワスプは警戒した。彼女からは昼間に襲われた赤い髪の少女と似た雰囲気が合ったのだ。
虚ろな瞳をこちらに向けたまま、少女はしばらく見つめ、ふいに視線を外すと、そのまま何処かへと消えるように立ち去ってしまった。
「今のは………?」
何もかもが不可思議な存在に、ワスプは首を傾げる事しかできない。
そんな不思議体験をしてしまった所為だろうか? 普段なら気付ける人の気配に気づくのが遅れ、その人物が背後に現れるまで、気付けなかった。
慌てて振り返ると、そこには、サヤと同じ黒髪の大和撫子が、とっっっっても冷ややかな瞳でこちらを見据えていた。彼女の後ろには、付いて来たらしい顔を真っ赤にしたクロンと、物凄く楽しそうな笑みを浮かべるスニーとナッツも一緒だ。他にも顔を蒼白にしたマサと、珍しく表情に影を落としているケンの姿も見受けられる。
恐らく、無防備なサヤの事が心配になって―――などと言う理由でスニーが皆を嗾(けしか)け、一緒になって覗きに来ていたようだ。
それは良い。いや、まったく良くは無いのだが、一先ず置いておこう。
そんな事よりも、冷やかに、ただ冷やかに見下ろしているウィセの事がワスプには気になって仕方がない。それはもう、命の危機を感じるほどに気になって仕方がない!
「…………それで? 何をしたんです?」
「やましい事は何もしてませんが………! とりあえずすみません………っ!」
生まれて初めて土下座した。ここまで自分を捨てて頭を下げたのは生まれて初めての体験かもしれない。これだけ訳も解らない状況で、本気の誠意と言う物を心に抱ける試しなど、この先一生ないかもしれない。
「マサ?」
「解ってるよ、ケン」
そして、それでも許せなかったらしい人物が二人程いたらしい。
「ごめんサヤちゃん………。守るって決めたのに、肝心なところで………ごめんっ!」
「ああモウ、本当に心配………。いつも無防備だナンダと思ってましたケド、もう本当に………ちょっとツラカセヤ?」
マサとケンは同時にワスプの両腕を捕まえると、そのまま立ち上がらせた。この先どこに連れていかれ、何をされるのかと冷や汗を流すワスプに―――。
「ああ、イイです二人とも。面倒なのでこの場でやりましょう?」
「「了解」」
曲刀を抜いた少女に公開処刑を言い渡された。
「んははははっ! なんだ? お前らんとこメッチャ楽しそうじゃねえかっ!? 超イベント目白押しでよ!?」
「うふふっ、でしょう? だから私、ここが好きなのですわ♡」
「おーーしっ! 決めた! 俺もギルドに入るぞ! こんな楽しそうな場所、見逃す手はねえぜっ!!」
「あ、ナッツくん? サヤさんを苛める時は―――」
「なんだよ? 俺に楽しませてくれねえのか?」
「―――
「んははははっ! じゃあ、お前がいじる時は呼べよ? 俺も一緒に楽しませろ!」
「イイですけど………、二人だけで取ると、ウィセさんに嫌われるので、適度にお願いしますわね?」
こうしてこの後、ナッツとワスプが新しくギルドに入る事になったのだが、それをサヤが知る事になるのは、当分先の事になるのでした………。