はりまり   作:なんなんな

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遅くなって申し訳ありません。理由はフッターに。
変な時間の投稿ですがニートではないです。
そしてほとんど毎度のことですが誤字や主述のねじれが心配です。今回は思考シーンが多いので特に。
あとなんとなく揃っていたサブタイトルの「~~きた」がとぎれました。悲しみ。


八話 組分け帽子

 マクゴナガルに続き、再びホールを横切る。向かう先はあの玄関にも引けをとらない程巨大な、大広間の扉。先頭のマクゴナガルが近付くと、ひとりでに開いて中の賑わいが溢れ出した。

 四つの長テーブルが真っすぐに伸び、上級生たちが着席して「今年はどんな子が入って来たんだろう」とこちらを見ている。その顔を見返しながら視線を遠くに移していくと、今度は教師や職員たちの席が目に入る。ニコニコと穏和な笑顔を浮かべる白鬚の老人(こいつが校長、ダンブルドアだろう)を中心に、小人やらゴーストやら大男やら……見た目だけでも個性的な面々が顔を揃えていた。スネイプも向かって左端の方……気弱そうな顔をしたターバン男の横に、いつもよりは多少マシな仏頂面で座っている。

 そして頭上には無数の蝋燭とゴーストたちが浮かんで赤と青の光を揺らし、その更に上……普通なら天井が見えるはずの位置では星空が輝いていた。

 マクゴナガルはその真ん中を通って上座まで新入生を連れて歩く。上級生もゴーストもみんな通り過ぎたところから振り返ったので、その視線が外れることはなかった。教師席がある壇の前で横一列に並び直したとき、魔理沙は誰とも目が合わない方向を探すのに苦労した。

 

「本当の星に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」

 

 列の、魔理沙が居る所とは逆の端の方からハーマイオニーの蘊蓄が聞こえてきた。どうにも興奮で声の音量調節を間違えているらしい。ドラコが「そんなことくらい僕も知ってたけどね」と呟く横で、魔理沙は「天井に星空を映すのと天井をぶち抜いて防風雨の魔法をかけるのとどっちが効率的だろうか」と算用をはじめた。

 その目の前を何か汚い物が通り過ぎる。とんがり帽子だ。つぎはぎだらけ皺だらけのそれを、マクゴナガルはあろうことか一年生の目の前に用意したスツールに置いた。つまり、大広間に居る全員の眼前、この場の"中心"だ。自分があの帽子だったらあまりのみすぼらしさと恥ずかしさに舌を噛んで自害するだろうと考える魔理沙をよそに、当の帽子は堂々と(胸なんて無いが)胸を張っている感じがする。それどころか、破れ目の一つを口のように動かし、皺枯れているようにも張りが有るようにもとれる声で高らかに歌い始めた。

 

曰く、「私は頭脳を持つ帽子」

曰く、「グリフィンドールには騎士道を尊び勇気ある者が集う」

曰く、「ハッフルパフは優しく誠実」

曰く、「レイブンクローは知性に優れる」

曰く、「スリザリンは狡猾で手段を選ばない」

そして、「君の頭に隠れたものを 組分け帽子はお見通し」

 

 上級生たちが帽子の歌に拍手を送り、新入生たちは難しいテストが無いらしいことを喜んだ。この場で暗い顔をしているのは二人、ハリーと魔理沙だけだ。

 ハリーは今まで(かなり極端な)マグルの伯母一家の下でゴミクズのような扱いを受けて育ってきたためにかなりマイナス思考だ。テストが無ければその分「入学案内は間違いでした」と言われるのが早まる(テストに受かるという考えはほぼ無い)ような気がしたし、頭を覗く帽子なんて被ったらそれこそ「記憶を辿ってみるとあなたはただ同姓同名なだけで、英雄『ハリー・ポッター』とは人違いです」と、ここ最近の不思議な出来事の"タネあかし"をされそうだ。そうでなくても、自分が勇敢だったり狡猾だったりするとは思えないし、特別優しい感じもしない上にここまで無知を晒しまくっている。もし自分が本物の『ハリー・ポッター』だとしても、その経歴が『生き残ったけどホグワーツには一日も残れなかった男の子』に変わるだけかもしれない……頭の中は悲観でいっぱいだった。

 魔理沙の方は寮に入れるか否かの心配は微塵もしていないが、頭を覗かれるのはマズいと焦っていた。魔法の隠蔽もなにも、精神を読まれてしまえば全部オジャンだ。帽子が登場したときの上級生たちの反応を見る限り、これは恒例行事のようだが……魅魔はこのことを知っていたのだろうか? 魔法の認識の違いを指摘し、伏せた方が良いと提案した張本人であるスネイプは? 今までの入学生で、知られたくない秘密を持つ者は居なかったのか? この帽子が秘密をばらしたり、第三者によって情報が抜き出されたりしなければ問題は無いのだが……。後ろを振り返りスネイプの表情をうかがうも、こちらを見さえしていなかった。

 

「アボット・ハンナ!」

 

 そう考えているうちに儀式は始まる。ABC順の先頭であるおさげ髪の少女が名前を呼ばれ、もつれ気味な速足で前へ出た。緊張からか、はたまた元からなのか、ピンク色に染まった頬がなんとなく印象に残る顔だ。そしてこれまた緊張からか、椅子に座る前に帽子を被った。その後思い出したように腰かける。尻が座面に触れるか触れないかのタイミングで帽子が叫んだ。

 

「ハッフルパフ!!」

 

 マクゴナガルに促され、ハンナは右(新入生目線では左)から二つ目の机へ向かった。生徒たちと太った修道士のゴーストが拍手で迎える。帽子の歌の通り、ハッフルパフのテーブルには純朴そうな雰囲気の生徒が多かった。続く「ボーンズ・スーザン」もハッフルパフ、「ブート・テリー」はレイブンクロー。組分け帽子は(かかる時間に多少の幅はあるものの)テキパキと新入生を振り分けていく。

 その様子を見て、Bの段が終わるころには魔理沙の気分も幾分かマシになっていた。オリバンダーの老人のように職人気質みたいなものを感じるのだ。それに自分の魔法はまだ未熟だし、盗まれたところでさして損でもないかもしれないという開き直りもある。あえて危機感を持つとすれば、こっちでの読心術という技の位置付けだろうか。"こういう"アイテムを使うなどの準備や高度な技術が必要なものなのか、瞬間移動のように"割とよくある"ことなのか。魔理沙のよく知る魔法では、相手を操って記憶や思考を暴露させる方法はメジャー(?)だったが、ダイレクトに精神を覗くという話は耳に入ってこなかった。そういう意味では空間系魔法と同様に興味深くもある。読心術を学んで、ここで読まれた分を読み返してやろうという悪戯心というか反骨心のようなものも湧き始め、「そう言えばネビルはどうなったか」と蛙を抱く丸顔の少年の姿を横目に見てニタつく余裕も戻った。

 一方、ハリーの表情は曇りっぱなしだ。むしろ酷くなっているかもしれない。というのも、自分が突っ立っている前で他の子がどんどん組を決定させていくのを見ると、マグルの学校でグループ決めのときにことごとくハブられていたのを思い出すのだ。ただのABC順だと分かってはいるものの、染みついたイメージというのはなかなか頑固なもの。"あの"一家から離れる喜びで忘れていたが、そもそも『学校』自体が苦手だった(むしろ得意なものなんて無いかもしれない)。

 それはさておき、いつの間にかドラコの手下二人がスリザリンに放り込まれ、「フィネガン・シェーマス」が長考の末グリフィンドールに入れられたその次。「グレンジャー・ハーマイオニー」と魔理沙の知る名が呼ばれた。今までの生徒とは違う様子で、サッと出て来てグイっと被る。いかにも待ちきれないというふうだ。そして「アイツはどの寮だろう?」と思う間もなくグリフィンドール宣言。ガリ勉だからレイブンクローだろうと思ったが、グリフィンドールと言われてみれば、確かにそれっぽいとも思える。パチル家の母親の言葉を真に受けるワケではないが、ざっとテーブルを見た感じレイブンクロー生は根暗(寡黙)な印象で、列車で体験したグレンジャーの強烈な自己主張とは相反する。逆説的に考えれば、グレンジャーのガリ勉と熱弁は承認欲求によるものでは? ……これは"使える"かもしれない。

 どっかから受信した濃いスリザリン思考に、組分け帽子は「スリフルパフ!」と、ありえない言い間違いをした。

 そしていよいよ順番は「ロングボトム・ネビル」へと廻る。案の定、胸にヒキガエルを抱えて……いや、たった今それを失った。列から椅子までの短い間に転んでしまい、トレバーはここぞとばかりに跳ね逃げる。クスクスと笑いが起きる中、一瞬は蛙を追おうとするも今は組分けが先と思い直した様子で帽子を手に取った。本日二人目の立ち組分けである。魔理沙もドラコもハリーさえも……見ていた皆(ハッフルパフ生も)があの鈍くささはハッフルパフだろうと思ったが、何故かしーんとしたまま宣言が上がらない。もしかしてどの寮にも入れずにお引き取り願われる実例(自分の未来の姿)を見せられることになるのかとハリーが気を揉みはじめたころになって、ようやく帽子が「グリフィンドール!」と叫んだ。意外な判定へのざわつきはすぐに爆笑に変わる。ネビルは帽子を脱がないままテーブルへ向かったのだ。なんとか途中で思い出したらしく次の一人であるマクドゥガル・モラグに渡したものの、その顔が赤く照り上がるのを防ぐことは不可能だった。グリフィンドールの寮旗の色にそっくりだ。

 

「ああ、アレは確かにグリフィンドール生だよ」

 

 そう耳打ちしたときにはもうドラコの番。余裕綽々といった態度で椅子へと向かう。魔理沙との雑談で緊張は解れきっていたし、自信も有る。我ながら頭もなかなか良いし、魔法も使える方だし箒も上手い。何より聖28族と呼ばれる正真正銘の純血魔族であり、しかも特に栄えているマルフォイ家の人間だ。自分はスリザリンに違いない。

 

「スリザリン!」

 

 そう。このように頭に触れるか触れないかという最速のタイミングで組分けされるのも当然ということだ。手に取った瞬間にはスリザリンの『s』まで出ていた。

 望む結果を手に入れたマルフォイはすまし顔で手下たちの待つテーブルについた。さて、次は……

 

「ミストウッド・メリッサ!」

 

 さっきのマルフォイほどではないが落ち着いた足取りで組分け帽子のもとへ向かう。どの寮になるだろうか。

 マクゴナガルは名前を読み上げながら、「あの意地悪さはスリザリンに違いない」と思っていた。同じ理由でハーマイオニーも。マルフォイも理由は真逆だがスリザリンだと予想した。しかしそのスリザリンの寮監(担任のようなもの)であるスネイプはグリフィンドールと予想。パチル姉妹もグリフィンドール。ハリーは具体的にどことは思わなかったが、何となく同じ寮になれたら良いと思った。

 さあ、では、帽子の判断やいかに。

 そんな一部の注目をよそに、魔理沙はゆっくりとした動作で自前の可愛らしい帽子を脱いで、代わりに臭そうな組分け帽子を頭に乗せた。

 

「(読心の魔法をかけるくらいなら、ついでに劣化防止の魔法もかけたらよかったのにな)」という心の声に、地下から湧き出るような低い声が反響した。

 

「(劣化防止ではなく修復が必要だったろう。私はあの時代からこの姿だったからね)」

「(おう、もう読まれてるのか。プライバシーも何も有ったもんじゃないな)」

「(そちらから語り掛けてきたように感じたが)」

「(試しに思ってみただけだぜ。試す必要もなかったらしいが、な)」

「(……そうかね。しかし、そんなに警戒せずとも良い。私の本懐は考えを読むことではなく、考え方を読むことなのだ。つまり、未来を向いて行くべき寮を決める)」

「(本懐、ねぇ……結局、過去やらも読めることは読めるんだな)」

「(参考にする)」

「(それに、本懐の方もそっちはそっちで厄介な能力だが……まぁ、いい。それで、私の未来は?)」

「(今から見るところだ。フーム、さっきと打って変わって難しい……)」

 

 機転は効く。魔法の才能も申し分無い。筋力は女の子らしくひ弱だが知覚とバランス感覚で群を抜きに抜いているし、自分の身体に手を加えるのも厭わない。そして知能は高く、立ち回りは上手く、一方で思い切りも良い。……或いはかなり気まぐれとも言えるが。能力の面で言えば、優秀なグリフィンドール生であり、また、レイブンクロー生でスリザリン生だ。

 ならばその信念はどうか。となると、今度は三つのうちどこにも該当しない。ある一つの価値観に没頭することは無く、知識を求めるが知識そのものに喜びを感じはせず、同じく力を欲してはいるが……「なにがなんでも」というほど切迫していない。快活だが正義を軽んじ、勤勉だが不真面目で、悪戯だが親切だ。善悪や効率の判断基準が独特……いや、正確には根底的に善と悪というものの存在を"信じて"いない節があるからして、既存の枠組みに納めにくいという問題も見えてくる。無意識の善意(それと悪意)というものは一応備えているが、ふと思案が入ればそれが簡単に覆ってしまう。深層意識は複雑怪奇(もしくは極端に薄弱)すぎて既存四寮に収める指標にはならない。

 表面的な性格を考えても……勇気も知識も狡猾さもどれもこれも非凡だが、一つだけ突出しているというものが無い。というより、やはりグリフィンドール的な要素とレイブンクロー的な要素、そしてスリザリン的な要素が繋がって絡み合っている。狡猾さが勇気を助け、知識を得るために勇敢であり、その優れた知性が狡猾さを産み出す。逆回りも然り。この回廊を以て自身を高め何を為そうというのか? そうして探っていくと、しかし、やはり先には何も見えない。或いは、今どの寮に入るかで決まるとも言える。なればこそ、この組分けという仕事にやりがいを感じつつも、一方で、どこかの寮に決めるのが惜しい気もする。『組分け帽子』の名に反するが。

 様々な可能性が浮かんでは他の可能性に掻き消される。創設者四人の知恵を与えられて生まれた組分け帽子だが、それ故に複数人で取り合いをしている気分になってきた。

 

「(なー、まだかよ?)」

 

 そんな苦悩もつゆ知らず、当の魔理沙は不満の声を上げた。あまりに長すぎる。観衆もいよいよ訝し気にコソコソ話を始めた。この帽子、まさか丁度私の番でぶっ壊れたんじゃないだろうな。

 

「(君はどこに行きたいかね?)」

「(私が決めていいのか)」

「(いいや。答えを聞いて、私が判断する)」

「(なんだそれ。……でも、まあ、そうだなぁ、まずスリザリンは無しかな)」

「(ほう……? 君は手段を選ばず狡猾であることに抵抗が無い方のはずだが。それに、"おともだち"もスリザリンだ)」

「(単純にあのテーブルには人相が悪い奴が多すぎる。それに、だ。"歌い"文句も毛色が違ったし、見た感じも……スリザリンって他の三つから嫌われてるだろ。も一つおまけに"手段を選ばない"そいつは得するが、周りは色々と迷惑らしいぜ)」

「(そうかね? スリザリンは強大な魔法使いを多く輩出してきたのだが。『例のあの人』も能力で言えば間違いなく史上でも屈指であった。……若いうちに"そういう"手合いを色々と見ておくのも勉強ではないかね?)」

「(知ってるぜ、それ。百虫蠱毒だろ? 共喰いし合って生き残ったのが最強ってな)」

「(むしろ寮内での腹の探り合いならレイブンクローの方が熾烈だろう。スリザリンは外に敵が多いからか、或いは血縁者が多いからか、内の結束は固い。対してレイブンクローは勉学への執着が強いからな)」

「(じゃあレイブンクローも無しだな。……それとスリザリンの孤立は割とサラッと認めるんだな)」

「(認めるところは認めよう。そして、学内で敵ができたとしてもそれをものともせずのし上がるのがスリザリン生の強みだ。しかし、ふーむ、レイブンクローも無しかね。『確かに偏屈そうな顔が並んでるぜ』か。研究者気質の愉快な生徒も居るのだがなぁ……)」

 

 魔理沙は「そういうのもういいからさっさと決めてくれ」と思った。それが出来たらとっくにやっているのだ。帽子はまたも「フーム」と唸った。

 

「(正直さ、面白そうな奴らにはこっちから出向いていくつもりだからこの際"寝心地"が良さそうなハッフルパフでも良いんだが)」

「(フーム……)」

 

 ハッフルパフに入ったメリッサをシミュレートしてみる。……ああ、ダメだ。メリッサの甘え上手乗せ上手とハッフルパフの優しさ従順さがガッチリ噛み合ってミストウッド王国が出来あがる様がありありと見える。これはイカン。

 

「(……グリフィンドールはどうだね?)」

「(正義と騎士道だろ? 私もそれ自体は別に構わないんだが、それを特に"売り"にして『他とは違う』なんて言ってるようじゃ健全な状態にはないと思うぜ。この予想と私が聞いた前評判を合わせれば……たぶん、正義感の押しつけが酷いんだろう。主義に合わないことに一々喰ってかかって、それで自分を曲げないから騒ぎが多いし、正しいことをしていると信じているから反省も無い。……なるほど、グレンジャーは承認欲求よりこっちかもしれんな………)」

「(ふむ。自分のやることにいちいち文句を付けられてはたまったものじゃない、と。フーム……)」

「(そのフンフン言うのやめてくれ。いい加減夢にでも出そうだ)」

 

 魔理沙はもう相当にうんざりしていた。長いのもそうだが、頭に響く法螺貝のような唸り声で脳が沸騰しそうだ。実際には念話で、音(波)は出ていないのだからそんなことは無かろうが。それでも精神的にクるものは有る。

 そもそも寮を性格で分けるなよ。同じようなのを纏めちゃったら煮詰まって極端なヤツになっちゃうだろ。

 というか散々歴史ある儀式だのなんだの言ってた組分けがこのグダりようだ。いや、単純に私に合わないだけかもしれないが、でも、まあ、つまり、こっちの世界に私は合わないということだ。

 

「(なー、もうサイコロでいいだろ)」

「(いや、少し待っておくれ。ウーム……)」

「(だからそのフンフン言うのやめろ!)」

「(今のは『ウーム』だ)」

「(朽ち果てろオンボロ糞帽子)」

 

 ここで帽子を地面に叩き捨てなかった魔理沙はえらい。

 

「(分かった。そうだ。もう既に形骸化したものだが……)」

 

 組分け帽子は魔力の強弱ではなく系統を見始めた。杖と呪文が普及して魔力の調整が半自動化されているために、魔術師それぞれが持って生まれた系統……四大元素は錬金術師や一部の強力で研究熱心な魔法使いにしか縁の無いものとなっている。しかし(若しくは「つまり」)、ホグワーツの四人の創始者たちもそれぞれ得意な系統を持っていたし、それはそのまま四寮にも当てはまる。グリフィンドールは炎のライオン。ハッフルパフは土の穴熊。レイブンクローは風の鷲。スリザリンは水の蛇。

 さて、この娘は。……少しの土と……水! 組分け帽子の中のスリザリンな部分がガッツポーズ。そして蛇語は持ち合わせていないが蛇に縁も有る。

 ともかく、拮抗が崩れた。

 

「スリザリン!!」

 

 今度は念話と実音のダブルで魔理沙の脳が強烈に揺さぶられた。左耳でシンバル、右耳でトランペット、真後ろでティンパニを同時に全力で鳴らされたような衝撃と言えば分かりやすいか。もはや打撃だ。

 

「だからうるせぇんだよこのファッキン痴呆帽子がッ」

 

 そういうわけでこんどこそ組分け帽子を脱ぎ棄てた。なにが「スリザリン!!」だ。散々もたもたフンフンしやがって。

 魔理沙はその可憐な容姿に似つかわしくない荒々しい足取りでスリザリンのテーブルについた。憤怒と疲労と呪詛が溶け出したようなため息に、誰も(スリザリンに決まったら真っ先に祝福してやろうと決めていたドラコさえも)話しかけなかった。流石は空気の読めるスリザリンである。

 一方の帽子は叩きつけられたからと言って特に気分を害したりしてはいない。この長いホグワーツの歴史の中で、例えば本人の気に食わない寮に入れたりすれば、その怒りをぶつけられたことはそれなりに有った。いや、それにしてもメリッサの捨てっぷりは見事だったが。そう、自分が普通の三角帽子だった頃の持ち主であるゴドリック・グリフィンドールを思い出す。彼は頭に血が上ると(熱を逃がすためなのか)よく帽子を脱ぎ捨てた。丁度いまの投擲のように強烈なスナップを効かせて。

 それに、確かに信じ難いほどの長丁場だった。複数の寮で迷うこと……特に、優れたグリフィンドール生は優れたスリザリン生の資質を持ち合わせることが多い("一本道を突き通すか横道も厭わないか"以外はほぼ同じ)ため、その二つで迷うのは良くあることなのだが……それでもここまで迷った例を探そうと思えば700年は記憶を遡ることになるだろう。頭も汗腺も無いが額の汗を拭いたい気分だ。普通、迷ったときはだいたい血統でさっさとケリがつくのだ。スリザリンは純血魔族を保存する意図で血の濃い魔族を優先して入れるし、逆に純血主義に極めて批判的な家の生まれならスリザリンには入れない。

 ……はて、そう言えばミストウッド家とはどんな家だろうか? 或いは彼女はどんな環境で育ったのか? 先ほどの組分けは"参考にする"材料を殆ど探っていない。そのことを嫌がっている様子だったから、そりゃあ避けるべきだが、しかしあそこまで煮詰まればやむなし……そちらにも手(手なんてry)を出すのが正常な手順だ。それが思いつかないほど混乱していた……? フーム、これは、私もまだまだということだろうか。1000年もこの仕事をこなしてきて、それでも反省の機会はこうして現れるのだからホグワーツは素晴らしい。

 まるでナメクジが這うような動きで椅子の上の定位置に戻りながら、組分け帽子は決意を新たにした。魔理沙は「あんな気持ち悪いものを頭に乗せていたのか」と余計に機嫌を損ねた(向かいに座っている人相極悪な男爵のゴーストには特に何も思わなかった)。

 多少のアクシデントはあったものの、その後は帽子も調子を取り戻して組分けを進めている。「ミストウッド」の次の「ムーン」がハッフルパフ、その次、Nの段に入って「ノット」がスリザリン。Oが飛んでPの「パーキンソン」もスリザリンと進んで次にパチル姉妹。パドマはレイブンクロー、パーバティはグリフィンドールへと分けられた。続く「パークス」が済めばいよいよ本日のメイン。

 

「ポッター・ハリー!」

 

 名前が呼ばれた瞬間、英雄が現れたことへの感嘆や本物かどうか訝しむ声なんかで相当の騒ぎになった。みんなハリーの顔をよく見ようと首を伸ばしている。上座から遠い席の生徒の中には立ち上がる者も居たほどだ。しかし、いざ帽子を被ると今度は逆にシンと静まり返る。帽子の宣言を聞き漏らすまいと固唾を飲んだ。『ハリー・ポッター』への注目度はこんなにも高いのかと魔理沙は目を丸くした。

 当の本人はそんなもの気にもならない。口から心臓が飛び出てそのままバウンドで逃走しそうだ。もしメリッサ並みの時間がかかるようなら途中で吐くかもしれない。そしてそういうマイナス思考が更にお腹を痛くした。

 

「フーム……」と、鼓膜が揺れないのに声がする。慣れない感覚はハリーを余計に委縮させた。

 

「(難しい。これまた難しい。一年にこう何度も悩むことになろうとは。はてさて、どうしたものか……勇気に満ちている――)」

「勇気に満ちてる? 僕が?」

 

 組分け帽子の言うことは嬉しいが、それが正しいとは思えない。そんなこと今まで言われたことが無いし、現にこうして縮み上がっているのだ。それでも、組分け帽子は自信満々という様子だ。

 

「(そうだとも。勇気に満ちている。君の心の奥底ではね。そして、頭も悪くない。『いい成績だったことは無い』だって? いやいや、どうやら君はこれまでは学べる環境に無かったようだし、学ぶ意欲も無かったじゃないか。もとの生活では"数遊びなんかよりベーコンエッグの上手な焼き方の方が10倍は役に立つ"からね。しかしこれから君は学ぶに十分な時間と環境を与えられる。自分の脳みそがそう捨てたものじゃないことに気が付くのに10日もかからんだろう。……多少めんどくさがりの気があるようだから、目の覚めるような点数が答案に記されることはないかもしれないけれど。いいかね? ……ふむ、そして臨機の才も申し分ない。必要とあらば多少のルールも破る。そして『自分の力を知りたい、試したい』という欲求もムクムクと高まっている)」

 

 そして蛇語と(一部マグル出身者が含まれるものの)由緒あるポッター家という家系。そう見ればスリザリンだが……両親ともグリフィンドールの反純血主義で、その他の縁もグリフィンドール寄り。そして本人もかなりの一本気だ。今の悲観癖だって「こう思ったらこうだ!」という気質が裏目に働いているからだろう。典型的『スリフィンドール生』だ。

 

「(グリフィンドールとスリザリン、君はどっちが良いかね?)」

 

 ハリーは広間の寮端の机を交互に見た。やっぱり、どうにもグリフィンドールの方が感じが良さそうだ。

 

「(それはスリザリン生が歳の割に落ち着いた表情をしているからではないかね? 利口で狡猾だからといっても、その矛先が君に向きさえしなければ彼らは理想的な味方になるとは思えんか?)」

 

 確かに、言われてみればそうである。ドラコ・マルフォイも気取って嫌な感じだったけど、気取る分だけお金持ちで物知りなようだった。それに、フレンドリーでもあのメリッサって子のようにスリザリンに行くことだってあるらしい。組分け帽子が歌った『真の友』とはそういうことなんだろうか。見た目に騙されず付き合ってみてから判断するという……でも、付き合ってみてやっぱりダメだったとしたら取返しがつかないし。

 それに、そうだ。

 

「(やっぱりスリザリンはダメだ。ヴォルデモートとその仲間の出身寮だって聞いた)」

「(ほう? 皆そう言うが、さらに私はいつも言うが、彼は確かに強大であった。君も恐らく強大になれる。問題は君自身がその力をどう使うかではないかね? それに出身者で言うならば、スリザリンはマーリンの寮でもある。『どこかで見たことがある』と? そうとも。入学案内の差出人、ホグワーツ校長アルバス・ダンブルドアの経歴である『マーリン勲章』のマーリンだ。ピンと来ないかね。そうさな……ダンブルドアを近代で最高の魔法使いと呼ぶ者が多いが、マーリンを史上最高の魔法使いと呼ぶ声の方が多いと言えばそれが分かるかね? そもそも、君は"彼と同じ"ホグワーツ生になろうとしているのだよ?)」

「(僕をスリザリンに入れたいの?)」

「(君の内に秘める素質はスリザリンのものと言える。そして、その心の在り方やここまで築いた人間関係を重視するならばグリフィンドールへの道も広い。しかし……そうかね。スリザリンは嫌か。いや、申し訳なく思う必要は無い。確かにスリザリンは悪名高い。君が『狡猾』という言葉を嫌い、『正義』という言葉に惹かれたならば、確かに君はグリフィンドールの誇りを以て正義を為すだろう)」

 

 組分け帽子は確認するように一拍おいた。ハリーは心の中でそれに頷いて答えた。

 

「グリフィンドール!!」

 

 帽子を脱ぎ、ハリーは重い足取りでグリフィンドールの席に向かった。これまで命令ばかり受けて、魔法界にだって「それまでのどんな生活よりマシだろうから」という理由で飛びついた少年が、人生において初めて何かを選択した(しかもこの先7年とそれ以上を大きく左右する)という責任感とか重圧というものが一歩一歩を重く感じさせたのだ。しかし、この重さは心地良いものだった。もしかすると、本来『歩く』という行為はこういう感覚を伴うものなのかもしれない。

 グリフィンドールから上がる歓声の中、ハリーは監督生(寮生の幹部のような存在)のパーシー・ウィーズリーと固く握手を交わした。

 反対にスリザリンのテーブルのムードは一気に落ちることになる。ハリー・ポッターが来なかったのもそうだが、グリフィンドールがそれを自慢するのが分かりきっているからだ。と言うか、もう既に「見たかスリザリン! ポッターはグリフィンドールだ!」なんて下品な煽り文句が聞こえてきている。

 

「あーあ、こりゃ特大の火種だな」

 

 魔理沙はやっぱりハッフルパフが良かったと思った。グリフィンドールが調子乗りなのもスリザリンが目の敵にされているのも予想通り過ぎる。さっきとはまた別のため息に「ほんとよね。トロールに棍棒よ。ことある毎にポッターとあの人のことでからかってくるに違いないわ」と、上級生の魔女が応えた。

 

「私、ジェマ・ファーレイ。スリザリンの監督生よ。よろしくね。ホントはもう少し早めに自己紹介したかったんだけど、その……間が悪かったみたいだったから」

「いや、気を使わせて悪かったな。よろしく。えーと、ジェマ先輩」

「あー、えっと、僕からも、おめでとう。スリザリンに選ばれて良かったよメリッサ」

 

 ドラコも先を越されたと思って口を挟んだ。しかし――

 

「吾輩からも祝福の言葉を送っておくとしよう」

 

ゴースト男爵の祝福とは程遠いおどろおどろしい声のせいで次の言葉が出せなかった。

 組分けはやがて終わりに差し掛かり、ハリーと同じコンパートメントにいた赤毛の少年「ウィーズリー・ロナルド」がグリフィンドール、「ザビニ・ブレーズ」がスリザリンに決まって終了となった。マクゴナガルが椅子と帽子を片付け、それが終わると校長であるアルバス・ダンブルドアの出番となる。腕を大きく広げ、新入生への歓迎の意思をそのまま顔に出すようにニッコリと笑って演説を始めた。

 

「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎の宴の前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! 『わっしょい!』『こらしょい!』『どっこらしょい!』以上!」

 

 ハリーと魔理沙がそのユーモアセンスに(悪い意味で)脱帽している間にダンブルドアは再び席につき、出席者たちは拍手喝采し、テーブルに並べられていた大皿に料理が湧き出た。

 あの校長よりネビルの方が優れたコメディアンだろうとかそういうことは置いておいて、たった今から魔理沙たちは正式にホグワーツの一年生。歓迎会の始まりである。




もともとハッフルパフで談話室で寝るところまで進めて(3万字ほど)いたのですが、誤字確認で読んでるときにふと「ハリーもドラコも蚊帳の外だけどこれどうなの?」と思い、ガッツリ書き直しました。英断だったと思います。

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