はりまり   作:なんなんな

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イギリスの駅の構造が分からなかったので書くのに苦労しました。
ハリポタ一巻を読み直してたら突っ込む先が改札口だったり柵だったりしますし。三巻を読むとどうも金属の柵っぽい?映画のレンガ壁のイメージが強いのもアレでした。
詳細分かる方いらっしゃりましたら情報ください。


五話 駅にきた

 あれから一ヶ月と少し経った。新しい魔法に触れ、そしてそのおかげで自分の研究になんとなく集中できなかった時間は、魔理沙にプラスとマイナスが複雑に絡み合った妙な感情をいだかせた。

 そして、ホグワーツへの出発当日の午前十時。魔理沙は三度目の瞬間移動と魔法論の教科書のおかげで、魔法界の瞬間移動の肝が『瞬間移動のイメージを"貼り付ける"』ことだというところまで解明した。これで少し機嫌が良い方に傾いたのだが、その後すぐにまた元に戻ってしまう。いや、急転直下のマイナスだ。ポートキーが連れてきたのは、"マグル側"のキングズ・クロス駅のかげの路地だったからだ。

 魔理沙はてっきりそのまま『9と3/4番線』に跳ぶものだと思っていたし、もっと言えば車内に直通も期待していた。それが、路地を出たとたんにスーツとジーンズばかり。ローブやマントなんて全く見ない。魔法界に行くつもりだった魔理沙はいつものフリフリエプロンドレスと三角帽。当然ながらマグルのなかではメチャクチャ浮いてしまい、道行く人々皆が振り返った。幸い、魔理沙が小さく可愛らしかったのが原因で人々の視線は優しいが、本人にはそんなこと関係ない(それに気付くほど余裕も無い)。まさかこの人通りの中で魔法を使うワケにはいかず、できることと言えば心の中で精いっぱいスネイプへの呪詛を唱えながら9と3/4番線を目指すことだけだったわけだ。スネイプは腹を下した。

 この場合、魔理沙は適当なトイレの個室にでも入って服を変化させれば良かったのだが、いかんせんこういう近代的に整った町の大きな駅になじみが無い。青と赤の人影のピクトグラムが何を表すのか分からなかった。

 一つ救いが有るとすれば、魔理沙が"入り口"に見当をつけるのに殆ど苦労しなかったこと。まず「ワザワザ『9と』と表すということは元々の9番線に近いってことだな」と考えてついでに「そんでもって10との間だ」とも考えた。その時点では真偽は定かでないが、他に拠るものも無い。とにかく今は進むしかない。

 推理に従い9番プラットホームと10番プラットホームの前まで昨日のスネイプばりの速足で突き進む。誰かとすれ違うたびにひそひそ声が聞こえる気がする。魔理沙は更に速く脚を動かした。そのせいで柔らかい金髪と白いリボンがぴょんぴょん揺れて余計に目を引いた。

 二分後、大急ぎの甲斐あって目的地に着いた。魔理沙はすぐに周囲を探る。やっぱり9と10の間の改札口の柵が怪しい。と言っても柵自体は普通だ。怪しいと思ったのは、寄りかかったりすぐ近くを通ったりする人が 全 く 居ないからだ。

 向こうに進めば10番線、こちら側は9番線という分かれ道なのだから、当然ここは最後の確認や待ち合わせをする場所になる。そうやって足を止めたらどこかに寄りかかって休みたくなるのが当たり前だ。でもここ……9番プラットホームと10番プラットホームの間では、皆律儀に直立でメモを広げたり時計をチラチラ見たりしている。まるで「そこには近づくな」と暗示をかけられているようだ。明らかに、認識阻害魔法の作用ととれる。

 柵が入り口だとして、それを開く方法(例えば漏れ鍋のレンガ壁なら杖で叩くこと)は分からないが、それは他の新入生やその家族が教えてくれるだろう。それこそ、魔理沙はこの壁に寄りかかって待っていれば良い。素早く近寄った勢いのままくるりと背を向け体重を預ける。「あ、これ、柵、無い」と思った瞬間には尻もちをついていた。

 しかしそれでミッションクリア。なんとも情けない恰好だが、魔理沙は念願の『9と3/4番線』に到着したのだ。魔理沙の頭上に《9 3/4》と刻まれた鉄のアーチがかかり、振り返れば紅色の蒸気機関車が静かに停車している。多少トラブルが有ったとはいえ、まだまだチケットに書いてあった発車時間の11時までは余裕が有る(むしろ速足になったおかげで到着が早まった)。プラットホームはマグル側の混雑が嘘のように空いていた。この分なら車両の中も席が選び放題だろう。

 魔理沙は何事も無かったかのように立ち上がって、ゆっくりと学生‹ガキ›を詰め込むには過剰に思えるほど高級感が漂う車体を眺めながら、良さそうな席を探した。

 結局端から往復して、前から三両目の真ん中辺りのコンパートメントに収まる。入り口から入って来る生徒たちを眺めたかったからだ。それをするには三両目は少し遠かったが、残念ながら一両目は指定席か何かのようで、そこからここまでは誰かしらが座っていた。早いといっても上には上があるものだ。

 やがてちらほらとアーチをくぐってやって来る人が増えてきた。魔理沙はその過剰とも言える視力を活用して観察を始める。

 如何にも金持ちで気取ってそうな青白い顔の親子。ふてぶてしい印象の蛙を持った、丸顔の鈍くさそうな子供とお婆さん。あ、グレンジャーも来ている。多くはマグルの服装でやって来たが、どうやって表のキングス・クロスを突破したのか、魔法使い(しかも小汚い)の恰好で(魔理沙とは違って)平気で入って来た者もいた。話し声やトランクのガタつく音、梟や猫の鳴き声が空間を満たしていく。大小様々な動物たちを見て、ペットを持ってこなかったのは失敗だったかなと後悔した。まぁ、来年にはポケットに妖精でも入れてくるさ。推奨ペットは梟と猫とヒキガエルだけど、問題は無いはずだ。さっきチラッと見かけた縮れ三つ編みの男の子の荷物からは巨大な蜘蛛の脚がとび出していたし。

 そうやって一年目も始まらないうちから来年のことを考えていると、突然コンパートメントの戸がガツンと音を立てるほど乱暴に開かれた。穏やかな時間を邪魔された魔理沙は少し機嫌を損ね、目を細めて振り返った。

 

「えらく不作法だな? そんなに無駄な力を振るって、戸が傷む以外に何か意味があるのか?」

「……んん………ぁぁ……」

 

 視線の先には二人の男の子が居たのだが、両方とも太っていて(精一杯良く言えばがっちりしていて)子供のくせに人相が悪かった。しかも頭の回転も良くないようで魔理沙の指摘にモゴモゴと聞き取れない声を漏らすばかりだ。何か、「誰か居ると思わなかった」みたいなことを言っているようではあるが。

 

「どうしたんだ二人とも」と、戸の向こうから声がする。もう一人近づいてきたらしい。魔理沙はその高慢そうな口調から、姿を見る前に顔を思い浮かべることができた。きっとあの青白い一家の子供だ。

 そして太っちょ二人を退けて本人が魔理沙の前に姿を現す。予想は当たっていた。横の二人と対照的に顎の尖った顔に浮かぶ表情と綺麗に撫で付けられたプラチナブロンドの髪を見れば、相当に甘やかされて育ったのは瞭然だ。

 

「その二人が騒がしいから文句言ったんだ」

 

 デブが中々問いに答えないので魔理沙が代わりに説明した。お坊ちゃんはやれやれと肩をすぼめた。

 

「それは迷惑かけたね。席を探すように言ったら張り切り過ぎちゃったみたいだ」

「まぁ、次から気をつけたらいいぜ」

 

 こんな歳、しかも入学前から子分を従えているなんて思った以上の金持ちらしい。確かに、線の太い二人が両隣に控えてるとまるで貴族と護衛だ。魔理沙も元々は大店の娘だったが、さすがにこんなにはっきりとした上下関係なんて持ち合わせていなかった。その時はもっと幼かったし、お付きが欲しいとも考えなかったけど。

 

 お坊ちゃんは「ところで君、荷物は?」と、コンパートメントの上の方にある棚を見て訊いた。入学に必要な品はなかなか邪魔っ気に嵩張るはずだが、それが見当たらない。それに魔理沙は「ああ、仕舞ってるんだぜ」と、膝に乗せていた帽子を指さした。原理はアレだが、まさかこっちには容積増加の魔法が無いなんてことはないよな、と心の中で確認しながら。

 

「へぇ、帽子の形の無限小物入れなんて珍しいね。ってことは、君はマグル出身じゃないんだな」

「ああ。一応な」

「じゃあ、ここ、相席いいかい?」

「ここを一人で占拠するほど幅を取る体形じゃないぜ」

 

 何が『じゃあ』なのか分からないが断る理由も無い。お坊ちゃんが戸をくぐって入って来た後ろで、手下二人が何処かへ行った。魔理沙が視線で追うのに気付いたのか「一旦置いてきた荷物を取りに行ったんだよ」と説明してくれた。

 

「僕はドラコ・マルフォイ。君は?」

 

 そう言いながら魔理沙の隣に座る。四人掛けコンパートメントで、向かい側の二つの席が空いているのに隣に座ってくるのは、そのキザったらしい態度もあって馴れ馴れしくて少し嫌な感じがした。しかし、よく考えればコイツが座らなければ隣にはあのノロマのどちらかが座ることになる。

 魔理沙は何も文句を言わずに名乗り返した。

 

「メリッサ・ミストウッドだ」

「ミストウッド? 聞いたことない名前だな………」

 

 何か引っかかるところがあるのか、もしかして"そういう情報"に強い家の子供なのか、と慌てて説明を付け足す。

 

「今まではちょっと魔法界とは距離を置いてたからな。聞かない名前なのも仕方ないぜ」

「ふーん」

 

 胡散臭い返答にドラコは少し怪しく思ったが、丁度そこに二人が戻ってきて棚に三人分の荷物を上げ始めたことで思考が逸れた。もう慣れたけど、このもたもたとしているクセに筋力が有り余ってガタついた、知性も品も感じられない所作はなんとかならないものだろうか。

 

「こっちがクラッブで、こっちがゴイルだ」

「へぇ。……私はメリッサ・ミストウッド。二人ともよろしくな。」

 

 二人はちょっと声を出して応えた。失礼極まりないが、二人を見分けるのは至難の業だと思った。もちろん、クローンじゃないのだから差は確かに有る。片方は少し顔がマシで背が低く、代わりに腕が不格好に長い。しかし、だいたいの雰囲気や役割は同じだし無口だから性格の細かい差も分からない。意識していればそのうち分かるようになるだろうけど、まず特別に意識を向けようと思う存在でもない。……とんでもない話だが、魔理沙は人懐っこい笑顔の裏でそんなことを考えていた。

 

「それにしても、荷物全部を入れられる小物入れなんてすごいな。僕のなんか箒一つ入れるのが精一杯さ。『無限』小物入れなんて名前だけだね」

「無駄に大きくてもそれはそれで不便も有るだろ」

「父もそう言って小さいやつしか買ってくれなかったんだ。大きな小物入れに何でもかんでも入れて、いざ一つ出したいときに『呼び出し機能』の調子が悪かったときの苛立ちは想像を絶する、ってね」

 

 何というか、横丁でも思ったことだがマジックアイテムを売り買いするというのは魔理沙にとってなかなか違和感のあることだった。今みたいに、買うのが当たり前のことのように話されると特にだ。

 

「君の帽子も高かっただろうね」

「私は渡されただけだからな。値段は知らないぜ」

 

 適当にぼやかして応える。自分で作ったなんて言ったら、またちょっとした問答になりかねない。魔理沙は新しい魔法を習うのが目的なのであって、自分の魔法を説明するために魔法界に来たわけではないのだ。

 

「じゃあ相当良い家柄なのかな? その服も上等だし。もしかしてもう魔法を使えたりするのかい?」

「一応な。家の秘伝だから、見せびらかしたりはできないが」

「……そうか」

 

 聞き分けの良いような返事だが、子供らしく露骨に残念そうな顔をする。『良い家柄』と言われてすぐだけれども、魔理沙は少々下衆な損得勘定を始めた。この子供はなかなかの財力持ちの情報通のようだし、ご機嫌を取っておくのも悪くない。あまり重要じゃない部類の"子供だまし"なら見せてやって損はしないだろう。

 

「ま、せっかく初めての汽車で一緒になった縁だ。ちょっと見ててくれ」

 

と、ポケットからこれまたレース付きの柔らかそうな白いハンカチを取り出した。

 仕掛けが無いのを確認させるように裏表を一度ずつ反して見せた後、親指と人差し指でつまんで上下に軽く五回ほど振る。その動きが止まったとき、魔理沙の指からぶら下がっていたのは真っ赤なベルベットの布きれだった。ドラコたちは完全に意表を突かれたかたちになる。なにせ魔理沙はまだ杖を出していなかったし、呪文も唱えていない。彼らが魔法を知っているだけに、その"予備動作"無しに自在に魔法を操るのを見たときの驚きは大きい。そうして「ん? どういうことだ? いつの間に?」と固まっている間に魔理沙は次の動作に移っている。今度はその赤い布を手の平に乗せ、くしゃくしゃと握り込み始めた。魔理沙の子供っぽい小さい手では片方に全てを納めることはできず、両手で抑え込むように隠す。

 そのまま一時停止。どうなるのかと期待が高まる。魔理沙は「よく見とけよ?」と言うような表情で三人それぞれに目を合わせた後、ゆっくりと指を開く。手の平の上に、さっきのベルベットと同じ朱色をした美しい薔薇の花が一輪咲いていた。

 魔理沙は茎の下の方をつまんでドラコに差し出した。礼の言葉も、手を開いたときには無かった茎がいつの間に何処からきたのか考えるのも忘れて素直に受け取る――

 

「痛ッ」

 

――と同時にチクリと指先が痛んだ。「そうか、棘か」と薔薇の特徴を思い出しつつ、違和感に気付く。棘の無いところで持ち直そうと思ったら指が離れない。よく見ると何本かの細い管のようなものが茎から伸びて自分の皮膚の下を這っている。ギョッとして心臓が跳ね上がったその時、指の上から魔理沙の手が重ねられた。近付いてくる金の瞳に今度はドキリとした。

 唇を少しとがらせて、フッと息を吹きかける。花の形がふわりと崩れて宙に溶け、細やかな光の粒と甘い香りがさらさらとドラコの顔を撫でた。

 次に魔理沙は、ぼけーっと手を見つめている坊ちゃんを横目に、向かいの席で羨ましそうにしている子分たちに☆を飛ばす。二人とも同じような動きで受け取ったが、片方は何故かそれを顔の前で構えた。ここからどうなるのかと思っていると、「齧ってみな」という魔理沙のジェスチャー。顔を見合わせ、ゆっくりと口に運ぶ。砂糖とも果物とも違う未知の甘さが口いっぱいにはじける。二人とも甘いものをもりもり食べてデカくなった甘味通なのだが、それでも驚く味だった。

 夢中になって食べる太った子供二人と呆けたお坊ちゃんを後目に、魔理沙はいつもの笑顔だ。この程度の手品魔術が魔法界の子供に通用するか内心不安だったが、結果は見事に大成功。もちろん、"魔法で起こされた現象"そのものとしては三人ともこれより凄いものを見たことは有るのだが、そこは表情と間の取り方の勝利。すっかり惹き込まれてしまっていた。

 

「良いパトロンを捕まえたかもしれないな」とほくそ笑みながら窓の外に目を移したところで、ボウと警笛が鳴り響いて汽車が滑るように走り出す。ホームの上で生徒の家族たちが手を振っている。誰かの妹らしい女の子が横を並んで走っていたが、十分に加速が進んでくると追いつけなくなって立ち止まり、その後はやっぱり大きく手を振っていた。

 やがてカーブにさしかかる。手を振る人々の姿は駅舎ごと見えなくなって、周りの景色が次々と通り過ぎていく。その滑らかな走りと今の自分を重ねて魔理沙はますます気分を良くした。マグルの世界での失敗はもうきれいに頭から抜けていた。




そらもうどんな男もイチコロやで

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