はりまり   作:なんなんな

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ひさびさにこのながさのはなしをかいてあたまがいたいです
でもきのうのしんやかきすすめていたほうはもっとながかったです
しかもおりばんだーさんがはなふぇちというせっていでした
ねておきたられいせいになったのでぼつにしました


四話 杖屋にきた

《 オリバンダーの店―――紀元前382年創業 高級杖メーカー 》

 

 とても高級店とは思えない狭い店幅に埃っぽいショーウィンドウ(しかも飾ってある杖はたった一本)という店構えだが、『高級杖メーカー』なんて看板を掲げてて文句を言われないのだから、高級店なんだろう。看板の文字も全体的にかすれているけど。

 スネイプはそこに入っていく。「マジか。腹いせにしょぼい店で買わせようとしてるんじゃないか?」……なんていう失礼な考えは、店の中の空気を感じた瞬間に霧散した。天井近くまで積み重ねられた数え切れないほどの細長い箱の列の間から漂う気配は、確かに超一流の『作り手』のものだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 良い年の取り方をした老人特有の温和な声がしたと思ったら、目の前におおかたそのイメージ通りの老人が立っていた。

 

「おお、セブルス。セブルス・スネイプじゃな。久しいのう……26センチの樺の木。指先の動きに忠実で魔力の集中性能も高く、繊細な呪文に向く」

「左様ですな。私もこれほど使いやすい杖は無いと思っておりますよ。……で、今日はこの娘、ホグワーツの新入生の杖を買いに来たのです」

 

老人の話をぞんざいに流して、横にいた魔理沙を少し前に押し出す。星一つ無い夜空の月のような目……魔理沙に言わせれば『一流ベテラン研究者特有のイッちゃってる目』が、魔理沙の大きな瞳を覗き込んだ。

 

「マクゴナガル先生はときたまそのような用事でいらっしゃるのじゃがな……スネイプ先生は初めてじゃな」

 

老人の瞳の中に映る自分の瞳に映る老人と目が合った。

 

「お名前は?」

「メリッサ・ミストウッド」

 

 老人は「ふーむ」と唸った。魔理沙はなんとなく偽名を見透かされてそうだと思ってひやりとした。しかしすぐに老人が「それでは拝見させていただきます」と言い、ポケットから巻き尺を取り出して次の動作に入ったことで多少安心した。バレなかったか、バレたとしても支障はないということだ。このタイプの人間が、まさかぺちゃくちゃと他人の秘密を広めたりつまらない呪いに精を出したりはしないだろう。

 

「杖腕は?」

「杖腕って?」

 

そのまま利き腕のことなのだろうか。それとも、何かしら他の要因(例えば魔力の流れ方)で杖を持つべき腕を判断する基準があるのだろうか。そう思案していると横からスネイプの説明が入った。

 

「利き腕のことだ」

 

利き腕のことだった。

 

「なら両方だぜ」

「両方? では、何か緊急のことがあった場合に咄嗟に出るのはどちらですかな?」

「その出来事に近い方。真ん前なら多分半々の確率だ」

「ふぅむ。身体は左右で微妙に違うものじゃからのう。この店ではその微妙な筋肉の付き方等からも振りやすい杖を選考していくのじゃが……」

「じゃあとりあえず両方採寸してみて杖の選択肢が多く残る方を杖腕にするぜ」

「さようですか。では、腕を伸ばして。そうじゃ……」

 

 先程から老人の手の中で待機していた、銀色の目盛りの入った長い巻き尺が自動で採寸していく。

 肩から指先、手首から肘、肩から床、その後指の一本一本に絡み付いて太さ長さを調べ、何故か頭の直径や脚の諸データ、左右の鼻の穴やその間なんかも測られた。

 それが終わり、さあどんな杖が出てくるかとワクワクする魔理沙だが、当の老人が「うーむ……」と唸って何やら考え込んでしまっている。

 

「どうしたのですかな? 何か不具合でも?」

「いや、スネイプ先生、左右の寸法に全くもって違いが無いのじゃ。確かに数字の上では多少の違いはあるのじゃが、おそらく今日一日のむくみやなにやの調子。明日には逆転も有るでしょう。そして予想が正しければこのまま左右均等に成長する……。どちらを杖腕としたものか……」

「じゃあ問題無く両方で使えるってことじゃん。何言ってんだ?」

 

 魔理沙の冷静な指摘に「おお! 確かにそうじゃな。ではではこれから杖の選考に入りましょう」と言い残して老人は箱の列の間に消えた。これにスネイプは眉をひそめてため息をついたが、魔理沙は特に気にしていなかった。研究者には変なヤツが多い。あの爺さんもそういうことなんだろう。箱の壁の向こうから老人が語る。

 

「オリバンダーの杖は強力な魔力を持った物を芯に使っております。多くは一角獣のたてがみ、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線。他にも私や父祖らが選び、残した良質な芯材たち。一角獣も不死鳥もドラゴンも何匹も居って、しかも、例えば同じ不死鳥の尾羽でも尾の左端の羽と真ん中の羽では様子が違うために杖の性能も変わるのじゃ。『兄弟杖』として特別な因果でつながりはするのじゃがな。そして本体となる木材も同様。それに仕上がりの長さ太さでも変わる。じゃから一つとして同じ杖は無い。もちろん、ピッタリと一人一人に合う杖をお渡ししますから、他人が貴女の杖を使ったり、貴女が他人の杖を使ったりしてもしっくりと来ない。自分の杖程の力は出せないわけじゃ」

 

老人は一つの箱を列から引っ張り出してきた。

 

「もちろん、儂を遥かに凌ぐ杖職人が作った杖なら分からんが……そんな者はそうそう居ないと自負しておる。さあ、ではまず、これを。サンザシに一角獣のたてがみ。25センチ、なかなかの弾力」

 

 簡単な説明とともに杖が差し出されたが、魔理沙はまさかの文句をつけた。

 

「もっと短くて手元で振れるのが良いと思うんだが」

 

 なんとなく合っていない気がする。無論、魔理沙は相手を一流の職人と踏んでいたから文句を言う予定は無かったのだが……老人の方もあまり合わせようとしていない感じがするのだ。

 

「いやいや、貴女には長い杖が合う。これでも短いかと思うほど。ほんの小手調べじゃ。多少は合わせたが、の。それにピタリと合う杖ならば長くとも思い通りに振れるものじゃよ」

 

 そう言われて納得(まさか短い方にズレているとは思わなかったが)し、とりあえず握ってみた。確かに重さの感覚からして、その長さのわりに軽く振れそうだ。老人が「では少し振ってみてくだされ」と言うので、その手元のジェスチャーの通り縦に振ってみる。杖はスポンッと音をたてて魔理沙の手から抜け飛び、老人の眉間にクリーンヒットした。

 

「ううむ、ここまで合わぬとは予想外じゃ」

 

老人は額をさすりながら杖を片付け、また新たな杖を出してくる。

 

「これは向いておるはずじゃ。クルミにドラゴンの心臓の琴線。32センチ、あらゆる呪文に適応」

 

 今度はどうやら真剣に当てにきているらしい。おとなしく受け取って、さっきと同じように振る。すると、杖先から赤や緑の火花が飛び出し……申し訳なさそうにヌルッと魔理沙の手から杖が滑り出た。老人はその手にすぐさま次を突っ込んだ。

 

「クマシデに一角獣のたてがみ。33センチ、主にとことん尽くす」

 

暫く静かにしていたが、やがてブルブル震え始めて、最後にはさっきと同じように抜け出た。

 

「うーん、難しい。このどちらかで材と芯は確定して、あとは個々の差を合わせていくだけじゃと思ったのだが。まさか拒絶とは」

「杖に拒絶されたのか、私は」

 

 魔理沙には杖というものがどういうものか分からないが、どうも性格というものがあるようだ。そして初めの杖は盛大に突っぱね、あとは「申し訳ないですが別のご縁で……」という感じ。しかも二つの説明は如何にも"何にでも合う"ような言い回しだった。それにも合わなかったと思うと少々凹む。

 

「いや、そう気を落とされるな。全くもって気が合わないのなら初めからうんともすんとも言わん。何かが起こるということは、第一印象は良いのじゃ。問題は杖が貴女の魔力を引き出し始めてから起こっておるということになる」

 

 魔法の杖たちによる判定は『第一印象が良くてちょっと付き合ってみるとすっ飛んで逃げたくなるような人』ということか。なんて追い打ちだ。

 

「あー、こういうのはよくあるのか? 杖が逃げるみたいな」

「いや、なかなかお目にかかれない。相性が悪ければ無反応か暴発がほとんどじゃ。良ければ持ち主が望むような光景……多くは美しい光や温かさなどが辺りを包む。どっちでもなければ地味な光や火が杖先から出るのう。……杖が飛び出すのは………そうじゃ、ミストウッドさん、貴女は杖無しで魔法を上手く操れるかね?」

「ん、まぁ、一応な」

 

なにやら思い当たった様子の老人に、曖昧な答えを返す。一応本当のことだ。ガッツリそっちを武器に生きてきたとまでは言わなくてもいいだろう。

 

「ならば、杖を振るときに何らかの魔法を使おうとしておるのじゃな? それが問題なのじゃ。杖無し魔法のために既に集中や加速などを完了した魔力を、杖が更に高密にしようとしてしまって異常な性質の魔力を産みだす。結果、杖が危険を感じて逃げ出すのじゃ」

「いや、私は何かの魔法を使おうとはしてないぜ? 考えてたことと言や、せいぜい『できたら暗い色の杖が良いなー』くらいなもんだ」

「ならば次は発散させるように意識すればよかろう」

 

 スネイプの低い声がまたもや横から指摘した。しかし魔理沙は不満気に眉を寄せた。「わざわざそんなことしなくちゃならないんなら杖なんて要らなくないか?」と、杖職人を前にしてこの言いようである。老人は困ったように笑ったが、スネイプは変わらずしかめっ面で返答した。

 

「魔法界には『杖』という単語が入る諺がごまんとある。法やスポーツのルールにも必ず杖に関するものが有る。それほど杖の携帯は常識で、言わば文化なのだ。もちろんホグワーツでも杖を持っていることを前提に話が進む。君が、教授らや学友たちから何度も繰り返される『何故杖を持っていないのか?』という問いに7年の間逐一答えるつもりならば吾輩は別に構わんが」

「それは面倒だ」

 

 魔理沙はやれやれと首を振って、プラスの考えを探す。そうだ、体内では魔力を増幅させること"だけ"にとことん集中すれば、魔法の威力強化というメリットも生まれるのではないだろうか。どんな魔法を使うか考えつつそれをするのは簡単じゃないだろうけど、要は慣れだ。

 

「じゃあ、うん、つづけてくれ。爺さん」

「では先ほどの杖から。貴女にはクルミかクマシデ……そうでなければクリが合うと思うのじゃ」

 

 差し出された杖を握る。今度は手元に魔力が集まらないよう意識して。杖の先端から風が吹き出し始めた。

 

「ふむ。良くはなったが、これではないのう」

 

 サッと取り上げ、今度はそのひとつ前の32センチのクルミの杖。先ほどより激しい火花が上がるも老人は納得しない様子。これまたひったくるように取ってしまう。

 クマシデ、クルミ、クリ、他のどれか、クマシデ、クルミ………という風に杖をどんどんと試していく。なるほど、確かに老人の言った通り魔理沙にはクマシデとクルミとクリが良いようだ。他では明らかに反応が悪い(レッドオークと、あとトウヒとかいう木が偶にマシな反応を示した)。一つ文句をつけるとするなら、興が乗って来たのかどんどん交換が早くなってきて、特に取り上げる動作が乱暴すぎて手が擦り切れそうになることだ。魔理沙が何回かに一度 杖を持つ手を変えなければ今頃血が滲んでいてもおかしくない。まあ、そうなったら回復すれば良いだけの話だが。

 しだいに杖の木はクルミとクリの二種類に絞られ、代わりに芯の種類が増えていく。『不死鳥』と言えば『尾羽』だったのが『飾り羽』も登場しはじめ、更には「儂は好きではないのじゃが……」と言いつつ『ヴィーラの髪』とかいうのも出てきたりした。

 

「クリは芯によってその性質を大きく変え、また、使用者にも引っ張られるのじゃが……別の性質として、魔法生物学、薬草学、又は飛行の才能に優れる者に惹かれる傾向があります」

「まあ、自信あるぜ」

「そうじゃろうそうじゃろう。そしてクルミ……こちらはその適応能力が特徴じゃ。あらゆる呪文、治癒に変身に闇の魔法にと、本当にありとあらゆる呪文を完璧にこなす。貴女の難しい魔力にも合わせる気概を持っておるじゃろう。しばらく使えば"面倒くさい"意識も不要になるはずじゃろうて」

「そりゃあ結構なことだぜ」

 

 老人はどうやら軽い皮肉のつもりで言ったらしいから、魔理沙は全然気にしていないという風に芝居がかった横柄さで応えた。

 

「そこでこの二つを試していたのじゃが……貴女の性格から察するにいずれ"おかしな"使い方も試すことが有るじゃろう。となれば、クリでは少々対応力不足じゃ」と、老人は店の奥から一際長い一本を取り出してきた。

 

「クルミにスフィンクスの髪。45センチ、筆舌に尽くし難い」

 

 その(残念ながら)真っ白い柄を握る。杖先に変化は無い。しかし、腕に走る感覚が複雑に変化している。試されている。「杖のくせになかなか粋じゃないか」と魔理沙の口角が少し上がった。さっきまでの杖とは真逆に集中力を上げ、次々にやってくる魔力の波に追従し、追いつき、先を予測して同調する。

 その作業はあまりに静かで、本人以外……特にスネイプには何をやっているのかサッパリ分からなかった。取り敢えず杖職人としての見解を聞こうと老人に声をかけようとするも、口を開く前に手振りで止められる。よく分からない状況に唸り声が出た。その瞬間、真横で火花の爆発が起こった。

 スネイプは思わず「プロテゴ」と、盾の呪文を唱えたが、どうやらもともと無害らしかった。飛び散った光は壁や老人の体などに当たると更に小さな火花に別れて跳ね返る。やがて光の乱舞が止まったとき、散りばめられた輝きによって辺りはまるで星空のようになっていた。

 

「いやはや、素晴らしい。全くもって、素晴らしい。かように難しい魔女と杖の奇跡的な出合に立ち会えることこそ杖作りの誉れじゃ……!」と、老人は感激に震えている。

 

「その杖は昔っから店の奥に仕舞い込んであったものでのぅ。我が父にして先代でもあるジェルベーズ・オリバンダーの話では、芯材はなんとあのギーザの大スフィンクス『アブル・ホール』の髪だそうな。製作者であるオリバンダーの先祖をはじめ、今まで試した数人の魔女と魔法使いはみーんな精神を病んで聖マンゴ送りになった、とも」

「聖マンゴが何だか知らないが、何てモノ渡しやがる」

 

 つまりあの魔力の波を上手く乗りこなせなければ、そのまま飲み込まれて気が狂ってしまうということだ。やはり魔理沙の予想は正しかった。この爺さん最高にイッちまってる。評価の言葉自体はほぼ変わらないが印象は180度変わった。やって良いことと悪い事の境界が曖昧すぎる。『心という器はひとたびヒビが入れば二度とは……』だ。敵意もなしに精神面の危険をしかける人間は隔離するべきだと魔理沙は思う。きっとそれはこっちの常識でもそうだ。魔理沙が横目で見上げれば、スネイプも苦々しい表情をしているのだから。

 

「そうかっかなされるな。その話は父が酔っていたときにしたものじゃ。儂も本気だとは思わんよ。……若い頃、試しにお客様に持たせてみようとしたら奥から走ってきた父にぶん殴られましたがね。父が儂に手を上げたのは後にも先にもその一度きりじゃった……」

「どう考えてもガッチガチの"ガチ"じゃねーか! まずお前が聖マンゴに入れよ」

 

 魔理沙は思わず声を荒らげたが、老人には全くこたえていないようだ。笑顔のまま話し続ける。

 

「ははは、これは手厳しい。しかしながら、ピッタリとフィットしたじゃろう? ええ、貴女も今更他の杖にしようとは考えておらんはずじゃ」

「ちぇっ……」

 

 知らないうちに危ない橋を渡らされていたのは気に入らないが、全く、老人の言うその通りだ。今まで試したどの杖よりも……いや、今まで手に触れた全てのものよりしっくりくる。腕だけは確かなのが許せる点であり、イラッとするポイントでもあった。

 

「いや、素晴らしいものを見させてもらった。儂は、儂が売った杖とその持ち主を全て覚えておるが、貴女はその記憶の層の一番上に居続けるでしょうな」なんて調子の良いことを言いつつ、老人は杖を茶色の紙で包んで箱に戻し、魔理沙に手渡した。

 スネイプが老人に7ガリオンを渡し、これで買うべき品は揃ったことになる。

 店を出たところで背の高い老婆が「スネイプ先生」と声をかけてきた。

 

「おや、マクゴナガル先生。……そちらも、新入生の案内ですかな?」

 

 どうやらこの厳格そうな、エメラルド色のローブを着たマダムもホグワーツの先生のようだ。そして、その後ろに緊張した様子で荷物を抱えて立っているいかにも真面目そうな若い夫婦と、もっと緊張しているらしいもじゃもじゃ栗毛の女の子が新入生とその家族ということで相違ないだろう。魔理沙は、向こうには両親が居るのに何故先生が案内しているのか疑問に思った。

 

「ええ。こちら、ミス・グレンジャー。あとは杖を買えば買い物は終わりです。そちらは……今来たところですか?」

 

てんこ盛りになっているはずの荷物が、二人については魔理沙の持つ杖の箱だけなのを見てそう判断したようだ。

 

「いや、こっちもこれで最後だったぜ。先に買ったものは重いし邪魔だったから一旦置いてきた」

 

 本当は帽子にしまったのだが、そのことは誤魔化しておく。

 

「そうですか。では、9月になったら学校で。気を付けて帰るのですよ。スネイプ先生が付いている以上危険は無いでしょうけれど」

「おう、またな」

「それでは」

 

マクゴナガルに続き、グレンジャーの家族も軽く頭を下げて通り過ぎる。

 女の子が真横にきた辺りで魔理沙が口を開いた。

 

「杖屋の爺さんには気をつけろよ? 私はさっき殺されかけた」

 

それを聞いて一家は揃って目を見開いて硬直。マクゴナガルは不機嫌そうな顔で魔理沙に近付いた。

 

「ミス・……えー………」

「メリッサ・ミストウッドです」

「ありがとうセブルス。……ミス・ミストウッド。あまり初対面の人をからかうものではありません。貴女にとっては大したことない冗談でも、言われたその人にとっては非常に恐ろしいことかもしれないでしょう。それに、私もこの店のお世話になっていますし、個人的にも気分が良いことではありません」

「確かにミストウッドの悪戯癖は私も手を焼いておりますが」

 

スネイプは「ああ、"顔から火が出て"焼けてたな」という小声のちゃちゃ入れを無視して言う。

 

「この事はほぼ真実ですぞ」

「では、貴方もミスター・オリバンダーがミス・ミストウッドを殺そうとした、と?」

「さしたる説明も無しに危険な杖を渡されましたな。後から聞いてみれば死にはしないようですが……今まで試した者は皆、精神疾患で聖マンゴ行きになったと」

 

 マクゴナガルが黙ってしまったので、それっきりでその場は別れる。向こうからしたら非常に感じの悪い相手になったかもしれないが、仕方ないことだ。魔理沙に危機があったのは純然たる事実。『あの緊張に冷や水をぶっかければどんなに震え上がるだろう?』という悪戯心が有ったのもまた事実だが。

 結果。グレンジャー一家は店に入った途端に一本のブドウの杖を差し出されたのだが、そこから店を出るまでに百回近く「これは安全なのですか?」と口にした。魔理沙が見ていたら大いに笑っただろう。

 で、その魔理沙たちは同じ頃にはダイアゴン横丁の端っこ近くまできていた。「教授方には丁寧な言葉を使うものだ」「相手の実力を見ない限り普段の話し方で行くってポリシーなんだぜ」「では吾輩はその格が無い、と?」「おま……いや、スネイプ先生が自分でやめろって言ったんだろ」なんて言い合いつつ更に歩くと、最後にレンガの壁に突き当たった。

 

「ここがダイアゴン横丁の玄関口、『漏れ鍋』だ」

「となるとやっぱり普通の壁じゃないわけか」

「左様」

 

「よく見ておけ」と言い、スネイプが杖でいくつかのレンガを叩く。するとみるみるうちにブロックが組み変わり、大きなアーチになった。その先は小汚いどっかの中庭のようだった。その先の扉を入る。やはり薄汚れたパブだった。不思議な雰囲気を持っている魔法界の"常人"の服装も、この薄暗い店の中では何やら浮浪者めいたものに見える。

 バーテンダーの爺さんが、「スネイプ先生がここにいらっしゃるとは珍しい」と声をかけてきた。「新入生の案内だ」とだけ応えて通り過ぎる。魔理沙の方は入学を祝福する言葉に元気よく返事した。

 そうやって裏口からまっすぐ進むと、今度はパブの玄関に突き当たる。

 

「ここまでが魔法界。ここから出ればマグルの世界だ」

 

 漏れ鍋の向こうの魔法界とはうって変わって、スマートな服に身を包んだ人々が歩道を行き交い、その向こうの車道を自動車が走っている。『マグル』とは何かと訊こうと思ったが、見たら分かった。つまり魔法を使えない人間のことだ。

 

「えらい街中だな。大丈夫なのか?」

「漏れ鍋のすぐ前の歩道までは認識阻害がかかっている。正確にはそこまでが魔法界だ」

 

 言われてみれば確かに通り過ぎる人たちは(そうだと知っていなければ誰も入りたがらないような安っぽい店構えだがそれでも不自然なほど)漏れ鍋に見向きもしない。魔理沙たちが居ることにすら気付いていないようだ。

 

「そして、君が気にしていたホグワーツへの行き方だが」とスネイプが言い出して始めてそのことをすっかり忘れていたことに気が付いた。なんだかんだ言って、魔理沙本人も知らぬ間につい浮かれていたらしい。

 

「キングス・クロス駅という"表向きは"マグルの駅が有る。その『9と3/4番線』からホグワーツ……の近くのホグズミード行きの汽車『ホグワーツ特急』が出る。これが切符。乗るべき日にちと時間も書いてあるから見ておきたまえ。そしてこれがキングス・クロスまでのポートキー……つまり瞬間移動装置だ。普通ならこんなものは用意しないのだが、君は海の向こうのアイルランドに一人で住んでいる。普通とは言えぬだろう」

 

 魔理沙は切符など一瞥もくれずポケットに突っ込み、ポートキー(外見上はただの割れた試験管)をしげしげと眺めた。

 

「9月1日の午前10時になれば跳べる。君はそれに触れているだけで良い。吾輩が短時間で適当に呪文をかけた許可証も無い粗雑品であるから、その一度しか使えないがね。……分解はしないように。一個を調べた程度で再現はできんだろう?」

「なんで分解するつもりって分かった?」

「見れば分かる」

「ならもう一個欲しいって思ってるのも分かるよな」

「……いいや? 全く」

 

 スネイプは眉を上げてとぼけた。魔理沙は「ケチだなー」なんて言ってふくれながらポートキーを慎重に帽子にしまった。

 

「それではつかまりたまえ」

「おう」

 

 スネイプの肘の辺りに腕を巻き付けて、再びの姿くらまし。魔理沙の家の森……昼間、案山子ゴーレムが立っていた辺りに着いた。今度はしっかり足の裏だけで着地できたが、やはり術を完璧に見破るまではいかなかった。一回目で思った通り、"外"に対して殆ど魔力による操作が無いことははっきりしたんだが……。

 

「出発前にも言ったことだが、そう簡単に姿くらましを会得できるなら学校は要らん」

「はぁ……まぁ、だろうな」

「そうだ。……では、またホグワーツで会おうではないか。その時、君が"利口な"生徒であることを願う」

「任せとけ」

 

 スネイプはフンと鼻を鳴らし、背を向けた。そして次の瞬間には姿が消える。魔理沙も踵を返して森へ消えた。

 スネイプの言った通り、向こうの魔法をワザワザ焦って自分で解明する必要は今のところ無い。湯気が立ち肉汁が溢れるステーキのように魅力的に好奇心をそそるが、敢えて我慢しよう。学校が始まってからだと周りの目もあって自分の研究は進められないだろうから、出発まではそっちをやっておいた方が効率的だ。

 

 そうして二人が自室に戻ったのは奇しくもほぼ同じタイミングだった。スネイプは喋り過ぎで喉がカラカラなのに気付き、魔理沙の方は知識欲に負けて魔法論の教科書を開いたのだった。




「魔理沙に合う杖の芯材を作るために何度も魔理沙の腕を切り落として骨髄を引き出す」案をボツにしたのは確実に英断。

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