はりまり   作:なんなんな

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ダイアゴン横丁に来たとこです。本当は原作の章構成に倣って杖まで決めてしまう予定でしたがよく考えたらここから倍くらい普通に行きそうなので次にまわします。


三話 横丁にきた

 細い路地の間にポンッと大きく短い音が響いて、姿現しが完了する。森の外で姿くらましを使ったそのままに直立不動だったスネイプに対し、魔理沙は多少空中に浮いた状態で現れ、膝もついてなんとかこけずに着地したという状態だった。出発するときにかぶって来た大きなリボン付きの三角帽も足下に落ちてしまっている。

 

「着地失敗か。こういうのには自信があったんだけどな」

「初姿現しで足から降りられただけで上等というものだ」

 

「そりゃ良かった。軽くショックだったんだ」なんて返しつつ、チョイとスカートの裾を掃って帽子をかぶりなおす。

 

「面白いなこの術。"そういう能力"を無理やり付加してる感じだぜ」

「……確かに、この魔法のコツは『どこへ,どうしても,どういう意図で』と、我が強く"無理やり"ではある。しかし……一度体験しただけで分析を?」

「何度でも好きに体験させてくれるワケでもないんだろ? それに、私なんてまだまだだぜ。術を"受け終わって"も、この程度のいい加減な推測……いや、推測にもならない"感想"しか言えない」

「……なるほど。しかし吾輩が見てきたほぼ全ての生徒よりは冷静で鋭敏な思考と言えよう。それよりも、さあ、着いたぞ。ダイアゴン横丁だ」

 

 スネイプの後をついて路地から一歩踏み出すと、その左右には石畳の曲がりくねった通りが延々と続いていた。その場から見渡すだけでも数え切れないほど沢山の珍妙な看板や品物、そして"胡散臭い"恰好をした人々の姿が目に飛び込んでくる。

 

「ほへー……」

 

 感嘆して言葉も出ないという風で、目と口がマヌケに開いている。

 

「どうしたね? また珍しい魔法でも見つけたか」

 

 魔法使いの子供にしては大げさな、それこそ初めて魔法と魔法使いを見たような反応に、スネイプは嫌な予感がした。瞬間移動のときのように"はじけ"られては面倒が過ぎる。全く、冷静なのかと思えばすぐに興奮するし他人をからかう。有能な"こども"というのは油断できない。

 

「いや……ホントに開けっ広げにやってるな、って。私の方じゃ魔法使いなんて師弟や主従でもない限り互いに研究のライバル同士でしかなかったから。こんな風にマジックアイテムやらその材料を活発に売り買いしてるのはちょっと驚きだ。予想はしてたが実際に見るとな」

「事情は分かったが、これからこの社会で暮らすのだ。少なくともホグワーツの生徒である7年間はな。慣れてもらわなければ困る」

「ああ。もう慣れた」

 

そう言って本当にもう慣れた様子だから大したものだ。内心軽くギョッとした。

 

「……それで、金はいかほど持っているのかね? 或いは、何らかの鍵や番号、合言葉などをミマから残されているとか。もしかするとこちらの銀行に金庫を持っていたかもしれん」

 

「鍵も金‹かね›も無いが金‹きん›なら持ってるぜ」なんて洒落っぽく言いながら帽子と頭の間に腕を突っ込み、引き抜いたときにはその手に金塊が握られていた。

 

「空間を弄ることは君の魔法では超高度なのではなかったのかね?」

「ああ、単純な世界を作って、隔絶魔法を織り込んだ布で作った帽子を出入り口にしてるだけだからな。簡単じゃないが、難しくもない。それに、出発前説明した方法でも"バラバラになっていい"ものなら少しづつ移動させれば計算量は抑えられるしな。……どのくらいあれば足りる?」

 

 金のレートを気にする魔理沙だが、スネイプにとってはそんなことは些事の些事だ。こいつ、今『世界を作る』と言ったか!?

 

「世界を……瞬間移動などより随分と高度なものに聞こえるが。正に神のような」

 

思わず立ち止まって魔理沙の顔を覗き込む。しかし、当の本人の態度は非常に軽い。

 

「おっと、これはそっちじゃ珍しいことだったか。だけど、そりゃ海があって山があって植物動物に人間が暮らして……なんて世界は私じゃとうてい作れないし、貰ってもすぐ壊しちまう。あくまで、無造作にモノを放り込めるだけの"箱"だよ。しかもコイツはさほど大きくもない。ウチの便所より狭いな」

「……それがそちらの常識だというのなら、頷くしかないのだろうが……これからこちらで学ぶにあたって、この認識の差は支障を産むやもしれんな」

「だろうな。スネイプ先生以外にはマジックアイテムの類は貰ったか買ったことにしてとぼけておくぜ。ってか、使わない方が良いかもな。それで、金のレートだが……」

 

 スネイプは一応理解したが、納得はいまいちできていなかった。しかし魔理沙がとにかく話を進めようとする。その気分屋具合に若干の不満を抱きつつも、仕方なしに再び足を進め始めた。

 

「恐らくその量で足りるだろう。無駄に高価なゴテゴテとした 愚か者向けの鍋を買わなければ、な。しかし細かいことは銀行に行ってみねば分からん」

 

 仏頂面のまま肩で風を切るような速足で歩く陰気な男の後ろをちみっこい金髪娘がちょこちょことついていく。何も知らない者が見れば訝しみ、事情(特にスネイプについて)を知っている者が見れば後でクスクス含み笑いをするような光景だった。

 鍋屋やら服屋やらを通り過ぎ、薬の材料を売っている店の前あたりで魔理沙が疑問を口にした。

 

「なあ、あんな保管法で品質は大丈夫なのか?」

 

道沿いに山積みにされた何らかの生物の内臓を指さす。あれでは変質は免れないし、虫も湧くだろうに。自分が調合するなら、あの材料は使いたくない。

 

「……確かに好ましいモノとは言えんが、保護呪文もかけてあるだろう。アレはさほど精度が重要な薬の材料でもないということもある」

 

保護呪文なんかかけたらそれこそ魔力的にも変化して魔法薬の材料失格なんじゃないか、という問いは飲み込んだ。魔法薬学教授のスネイプが『別にいい』と言っているのだ。別にいいのだろう。……何というか、魔法使い同士なのに互いにカルチャーショックを受けてばかりの二人だ。

 その後も道を更に進む。魔理沙が「動物屋のすぐ近くにワザワザ別で梟屋が有るのは何でだ?」と訊けばスネイプが「他の動物を集めたより梟の人気が高いからだ」と答え、スネイプが「先ほどの帽子の技術を応用すれば瞬間移動も容易なのではないかね?」と蒸し返せば魔理沙が「ティーポットの蓋には茶が注ぎやすいように穴が開いてるけどそれはつまり出入り口が二つある空間は維持が困難って証明なんだぜ」と分かりやすいような分かりにくいような説明をする。

 

「さて、グリンゴッツ銀行……魔法界唯一の銀行だ」

 

 そうやって歩くうちに嫌でも目を引く白く巨大な建物の前にたどり着いた。だが好奇心旺盛な魔理沙の金色の瞳は、そのわきから延びるダイアゴン横丁とは対照的な薄暗く陰気臭い(しかも実際に臭い空気が漂ってきている)通りも目ざとく見つけた。

 

「あっちはなんだ?」

「普通の子供なら銀行に気を取られて気付かないか見なかったことにするような雰囲気なのだが……まぁ、ミストウッドなら興味を持つと思っていた」

 

スネイプはうんざりしたように言葉を続ける。

 

「夜の闇横丁という。魔術用品や材料等を扱っているのはここと同じだが、特に闇の魔術……言わば攻撃的な魔法や陰湿な呪いの類いの専門店が並ぶ。しかも違法なものや盗品がかなりの割合で紛れている。客層は」

「当然輪をかけて胡散臭いな」

「左様。君もこちらの魔法に多少なりとも危機感を持っているのならば迂闊に近付かぬようにしたまえ。或いは、教師や魔法省等に目をつけられたくなければ……。もっとも、その分"掘り出し物"とも出会い易い上、逆に闇の魔術や生物の対策になる品も多いのだがね」

「ああ、覚えておくぜ」

 

横目で魔理沙の表情を窺う。この様子では来年には忘れて(それか覚えていてもワザと)平気で探索してるだろう。

 

「さあ、手早く換金しようではないか」

 

 言っても仕方がない。むしろ下手に探索して校則に触れることでもしてくれれば退学にもできよう。そう切り替えてグリンゴッツへと入っていく。ブロンズに輝く大きな扉の両脇には立派な赤と金の制服を身に纏った小鬼が立っていた。

 

「賢そうだな」

 

 浅黒くて皺が深く骨の出張った老け込んだような顔にずんぐりとしたプロポーション、そして極端に長い指。それらの特徴的過ぎる特徴が魔理沙とほぼ同じ大きさの体に捩じ込まれているのだから、……はっきり言ってしまえば小鬼というのはブサイクな種族である。

 しかしここの小鬼は、勿論先に挙げたような特徴はあるものの、背筋はスッと伸びて口元は引き締まり、目も真っ直ぐ前を向いて落ち着いている。身体を停止させておくというのは、意外なことに高度な脳を持ってきっちりとした教育を受けていないとできないのだ。

 

「ああ賢いとも。ホグワーツのノロマな生徒とは比べ物にならんほど厳格で忠実だ」

「『ホグワーツは最高の学校』じゃなかったのか?」

 

 小鬼の作法通りという感じのお辞儀を受けながらブロンズの扉をくぐると、その次には銀色の扉。何やら盗っ人を戒める詩のようなものが刻んである。『宝の他に 潜むものあり』……おおかた防衛の仕掛けのことなのだろうが、魔理沙にとってはそっちもお宝に思える。魔法界の銀行の防御など、いかにも堅そうではないか。

 

「非常に残念ながら、最高の集団でも千人も居ればウスノロが大半となるのが人間というものだ。ホグワーツでさえ"ああ"なのだから、もし吾輩がよりレベルの低い学校の教師となったらと思うとゾッとする」

「そりゃ生徒の方もゾッとするだろうぜ」

 

 ここでもまた左右に立っていた小鬼にお辞儀されたが、それはもう眼中にない。扉の先に広がる大理石のホールの見事さに目を奪われていた。

 百を軽く超える人数の小鬼がカウンターで記帳や宝石鑑定等を行っている。更にホールから無数に延びる通路の扉にはやはり小鬼が立ってこれまたキビキビとした態度で客の案内をしている。

 そんな様子を見まわしながらスネイプに続いて奥へ進み、カウンターに居た一人の小鬼に近付いた。カウンターは魔理沙の肩辺りまで高さが有り、小鬼たちは脚高の丸椅子に座って作業しているようだ。

 

「金をガリオンに換金したい」

「……モノはどちらに?」

 

 小鬼が机に手を置き少し乗り出す。スネイプが金を持っているものと思っていたのか魔理沙が金塊をカウンターに置いたのに一瞬驚いたような表情をしたが、そのまま流れるような動作で秤に乗せた。

 

「……39ガリオン8シックル19.3クヌートになります。端数を記録し、換金を実行しますか?」

「うむ」

 

「しばしお待ちを」と言って丸椅子から降り……そのままカウンターのかげにかくれる。魔理沙が覗き込もうと少し背伸びしたときにはもうコインの入った袋を抱えて顔を上げたところだった。

 それをカウンターの上に一度出して並べ、数を確認する。金貨39枚、銀貨8枚に銅貨19枚だ。金貨からそれぞれガリオン、シックル、クヌートで価値もガリオンが一番上なんだろうということは何も考えずとも理解できた。

 スネイプが頷くと、再び袋に戻してこちらに寄越し、換金は完了となる。作法は一流だけど愛想は無いな、という感想だ。

 

「29クヌートで1シックル、17シックルで1ガリオンだ」

 

 グリンゴッツから出る途中、銀の扉の辺りで思い出したようにスネイプが説明した。魔理沙は「ふ〜ん」と気の抜けた返事をしながら『距離でもないのに十進法を採用しないなんてバカだな』と思っていた。

 必要な物を揃えるのに十分な現金(スネイプが発言を訂正しなかったのでたぶん足りるのだろう)を持った二人はダイアゴン横丁をもと来た方へ歩く。

 

「まずは鍋屋だな」

「本屋の方が近いぜ? 教科書を売ってるのは別のところなのか?」

「そんなところだ」

 

 スネイプは半分急かすように魔理沙を鍋屋に連れて行った。その店の扉をぐぐれば、すぐにキンキラキンの純金鍋やら折りたたみ式やら勝手にヘラが回る自動掻き混ぜ鍋なんかが目に入る。しかしそんな鍋は即座に意識から外れて『標準二号』を探しにかかる。魔理沙は鍋の変な加工のせいで薬の質が変わるのをかなり気にする。飾りや魔法や折り目なんて糞喰らえだ。できるだけシンプルなものが良かった。

 

「二号ってのは……これか。ああ、私が持ってるどの鍋ともちょっと違うサイズだな」

 

 サイズを見つけたらあとは微妙なキズや歪みの吟味だ。これによって熱や圧力のクセが生まれ、場合によっては使い物にならない(魔理沙の基準で)。いくつか吊り下げられている錫製の二号鍋を眺めたり覗いたりぺちぺち叩いて調べていく。

 

「……これが良いかな。これにするぜ」

 

 十分弱の考慮の末、ようやく一つ決まったらしい。その旨を付き添い人に伝えようと声をかけたのだが、姿が見えない。どうやら鍋屋の中には居ないようだ。

 

「このくらい待つか、それが無理なら急かしてくれりゃいいのにな」

 

「やっぱり友達が少ないんだろうなぁ、スネイプ先生」なんて心の中で呟きつつ、戻って来るまで適当に他の鍋を見物していようかと店の奥へ踵を返した瞬間に丁度スネイプが入って来た。腕には何冊かの本を抱えている。魔理沙を本屋に連れて行きでもしたら大変(面倒)だろうからと、ワザワザ品定めに夢中になっているのを見計らって教科書を買ってきたのだ。

 

「急に居なくなったと思ったら、一人で本屋行ってたのか。何も言わずに生徒を置いて行くのは教師としてどうかと思うぞ?」

 

 会計を済ませた辺りで魔理沙が抗議する。スネイプはわざとらしい猫なで声で答えた。

 

「どうしたね、まさかとは思うが、心細かったのかね? "メルちゃん"」

「そうだぜ。『もう私、スネイプ先生が居ないと不安で不安でたまらないのぉ』」

 

同じくわざとらしく腕を広げて駆け寄る魔理沙。当然、スネイプはそれを見た目に反して機敏な動きでサッと避けた。

 

「買い物してくれるのは結構ですけど、暴れるなら通りに出てからにしてくれませんかねぇ? ス ネ イ プ 先 生」

 

しかし続く店主の注意は躱せず直撃。なにせ音速だ。振り返れば魔理沙がニシシとあの"悪戯顔"で笑っている。

 

 嵌められた!

 

 羞恥心で顔色が土気色からテラロッサのような赤褐色になったスネイプは「……失礼」と謝罪兼退店の挨拶だけ述べて、魔理沙の抱擁を避けるときより更に輪をかけて素早い動きで店を出た。

 

「そんなにイライラしないでくれよ。スネイプ先生から振って来たんだぜ?」

 

 いつの間にか鍋と教科書をしまい込んで追いついてきた魔理沙が弁明する。確かにそうだ。なんとなく振り回されている意趣返しにと大人げなく皮肉など言うからそれが返ってきただけだ。それは分かっている。分かっているから余計言葉にならない。

 

「さて、あと必要なのは杖だけだな」

 

 結局、さっさと忘れることにした。幸運なことに、魔理沙も程度を弁えているのか追い打ちはしなかった。歩く速さもそのうち元に戻り(それでも普通よりかなり速くて何人も追い抜かした)、やがて一軒の小さな店の前で立ち止まる。

 

《 オリバンダーの店―――紀元前382年創業 高級杖メーカー 》

 





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