はりまり   作:なんなんな

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シーズン初戦なので初登板です。野球要素は有りません。
原作の章構成と話数消費が噛み合ってきていい感じ~↓
誤字、脱字、主述の捻じれ、腹の捩れ、設定誤認等を見つけた場合はそっと耳打ちしてくれると助かります。



十五話 玉遊び

 ドタバタのハロウィーンが去って十一月に入ると、ホグワーツは思い出したように寒さを増した。空から地面まで寒々しい灰色で塗りつぶされ、湖は恐ろしいほど冷たい藍色をしていた。二日に一回はイカと目が合うスリザリン生以外は、湖全体が全く眠ってしまったと勘違いしてもおかしくないだろう。みんな日ごとに一枚また一枚と重ね着が増え、指定ローブのフードに有難味を感じている。ハグリットは毛皮と雪景色でほとんど完全に雪男と化していた。

 そんな中、一層元気になってきた一団がいる。各寮のクィディッチ選手たちだ。この週末のグリフィンドール対スリザリンの一戦を皮切りに、ホグワーツはクィディッチシーズンとなる。その勝敗が寮対抗の得点に与える影響はかなり大きく、普段目立たないハッフルパフの数少ない寮対抗杯優勝パターンは最下位からクィディッチ点でごぼう抜きしてそのまま独走というものだった。反対に持ち前の優秀さ(狡猾さ)で平常点を重ねるスタイルのスリザリンにとっても気が抜けないシーズンだ。そういう理由で、ハッフルパフとスリザリンは伝統的に強いクィディッチチームについて研究と継承を行っていた。

 その結果、スリザリンが辿り着いたのは制圧型の攻めを前提とした徹底的な体格主義。とにかく速くスニッチを取ることが役割のシーカー以外は……いや、シーカーでも出来るだけ大柄の選手を取った。

 個人の技量は、その選手が卒業してしまえば残らない。"伝統的に"強いチームを作るには影響しない要素だ(もちろん有った方が良いが)。その点、「体格の良い選手を取る」という明確な基準と、そのような選手を活かす戦略は必ず継承できる。もちろんプロ一直線の天才や革命的なリーダーの前に敗れる事もある。しかし、そんな選手も数年後には卒業でバイバイ。後には天才に甘やかされたせいで弱体化したチームが残る。……グリフィンドールが昔からそんな感じだった。

 そして、今年のグリフィンドールは優秀なシーカー――伝説のハリー・ポッターを手に入れたと知らせが入ったのが一ヶ月前のこと。

 スリザリン生たちは心の中でハリーを呪う作業にいつもより熱心になった。実際に呪いの技を試した者も居るかもしれない。もちろん悪口も盛んになった。反対にグリフィンドール生やスリザリンに対抗心を持ついくらかの他寮生はハリーを称賛するのに躍起になっいる。「また僕をダシにして喧嘩してるよ」とうんざりするハリーに、ウッドは「ハリーがシーカーなのは極秘のはずなのになんで広まったんだ?」と頓珍漢なことを言った。

 

「今年のグリフィンドールは確実に調子付いて来る」

 

 スリザリンチームキャプテンのマーカス・フリントはゴツゴツした顔に余分に皺を付けて深刻な表情だ。

 天才が湧くにしても即戦力1年生シーカーというのはヒドい。考え得る限り最悪のタイプだ。あと7年も開始即150点試合終了のプレッシャーを受けることになる。

 

「ヤツは一年生だが……一年生だからこそ、全力でかからなければならない」

 

 フリントが立てた作戦はこうだ。グリフィンドール戦ではとにかくハリーに嫌がらせをする。この際ファールでも持ち場の放棄でも何でもいい。その試合では負けるかもしれない。しかし、早い内に少しでもクィディッチに対するトラウマや、あわよくば怪我でもさせておくことでその次の試合の不調や数年後の伸び悩みを産み出せるだろう。その間に癖や能力の詳しい研究をして、今度は"勝つための"対策を立てる。

 ……なんだかスポーツの趣旨から外れているようだが、スリザリンチームは至って真面目に考えたつもりだった。

 

「そういう戦略から言やぁ、本を取り上げちまうってのは有効かもしれないな」

 

 校庭でハリーから『クィディッチ今昔』を没収してきたらしいスネイプに、魔理沙が当たり前のように気安く声をかけた。

 

「なんのことやら。図書館の本の校外への持ち出し……それにグレンジャーからの又貸しを取り締まったまでだ」

 

 魔理沙はよくやるもんだと呆れた。校外っつっても校庭だろうに、また適当な理由をこじつけたな。いったいハリーの何がスネイプをこうまで駆り立てるのか。関節痛か何かだろうか――最近歩くときに片足を引き擦っているが、それでも尚昼夜問わず律儀に校内あちこち歩き回ってはハリーに出会うたびに難癖つけて減点している。

 

「メリッサ、こんなところに居たのか。一年生はこれから応援の練習だよ」

 

 ドラコが呼びに来た。魔理沙はうげぇと僅かに舌を出した。

 一体感バツグンの応援もスリザリンの名物なのだが、これにはそれなりの練習が必要だった。暖炉を中心に孤を描く談話室をそのままグラウンドの観客席に見立ててウェーブやコール、応援歌を繰り返した。当たり前だが、全員の動きが揃って初めて意味が有ることなので「私は上手く出来るから」とかと言って抜け出すことはできない。みんなが上手くなるまでやり直しだ。

 応援の効果をイマイチ信用していない、そもそもクィディッチの勝敗にさほど興味が無い魔理沙にとってはモチベーションの無い苦痛の塊だった。プレーならともかく、応援なんてもっとワイワイ自由にやればいいじゃないか、と。

 ……だからと言っても、サボって先輩方に与える悪印象の方が影響がデカいのが現状。結局いつも大人しく参加している。

 ふとスネイプと目が合った。

 

「あー、そうだな。すぐ行く。……何だよニタニタしやがって」

「いや、何も?」

 

 そうはぐらかすと、片脚を引き摺っているとは思えない素早さで職員室の方へ行ってしまった。ハリーへの憎悪とはまた様子が違うが、スネイプは魔理沙に対しても意地悪で、何か苦戦しているのを見る度に喜色を浮かべた。毎週末押しかけられては好き放題されることへの意趣返しなのだが……

 

「全く、またたっぷり弄ってやらなきゃな」

 

 それが災難を呼び込んでいることに気付いているのだろうか。

 

「スネイプ先生と仲いいんだね」

「それアイツに言ったらお茶吹いて否定するだろうよ」

 

 魔理沙に言わせれば、むしろスネイプはドラコがお気に入りのようだった。魔法薬学の授業ではハリーへの減点の半分もの高頻度でドラコに加点していた。それも、やはり初めて顔を合わせたその時から。これも謎である。

 そろそろ一度本格的に人間関係を探ってみるのも面白いかもしれない。得点時のオーオーという低いコールを反復しながら、魔理沙は新たな計画を練り始めた。

 

 そして試合の朝が来た。スリザリンチームはこれ以上ないほど殺気立ち、ドラコは「これは本格的にハリーをどうにかするかもしれない」とウキウキしてきた。寮から出て大広間では、スリザリンの反則にグリフィンドールがどう対応するかの議論や一年生シーカーへの期待、それに心配の声があちこちから聞こえた。デブ二人はソーセージを革袋に詰め込んでいた。観戦しながら食べるつもりらしい。ダフネはそれを横目に見ながら、せめてもう少し手に脂の付かないものにすれば良いのにと思った。二人のローブの裾は、既に今まで蓄積した脂やお菓子のカスで灰色っぽくなっていたのだ。

 11時になると、城は殆どもぬけの殻になった。学校中の人間がクィディッチ競技場に集まり、選手たちが出て来るのを待っていた。

 決められた席に座りながら、ドラコはグリフィンドールの応援席に目を向けた。学年や男女が無秩序に入り乱れている集団の上の方に「ポッターを大統領に」と書かれた横断幕が掲げられている。

 

「あの布を墜落の受け止めに使ってやった方がポッターのためになるだろうよ」

「学生シーカーで大統領になれるならプロ選手は世界征服できますわね」

「この人気ならそれもそのうち有るかもしれないな」

 

 全く、ついこの間怪物の侵入騒ぎが有ったというのに、観客席を見渡すと教授連中がそこかしこで能天気な表情をしていた。ハグリットものそりのそりとグリフィンドール席の辺りを横断幕の方へ動いている。魔法族のクィディッチへの熱狂は理解し難いものがある。

 クラッブがソーセージを食べ始めたころ、グラウンドの両端から選手たちが現れた。津波のように歓声が沸き起こる。審判を務めるマダム・フーチを間に挟んで、真紅と深緑のローブが向かい合った。もちろんそこにハリーも居る。顔は緊張しているが、それで身体が縮み上がっている様子は全くなかった。

 

「さあ、皆さん、正々堂々戦いましょう」

 

 マダム・フーチは顔をスリザリンの皆さんの方に向けて言った。

 

「よーい、箒に乗って」

 

 両チームの選手が箒に跨るのを確認し、マダム・フーチはクアッフルを投げ上げた。一拍も無く笛が鳴り響く。試合開始。14人の選手と、1人の審判が空へ飛びだした。

 

「さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました――何て素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります」

 

 実況席に座っているのはどうやらグリフィンドール生らしい。駅で蜘蛛を持っていた男の子、フレッドとジョージの友人、リー・ジョーダンだ。

 少々危険なパスカットでクアッフルがスリザリンに渡る……ディフェンスを突き抜けたところにブラッジャーが突っ込んで再びグリフィンドールへ……フリントが急上昇で通り過ぎざまに捥ぎ取った――。

 端々でグリフィンドール贔屓な気がするが滑舌良くユーモア有る名実況と目まぐるしいパス回しと共に、試合は若干スリザリン有利でゆっくりと進んでいる。

 魔理沙はその更に上空へ目を向けた。ハリーが鷹のように旋回している。こうして他プレーヤーとの接触を避けながらスニッチを探すのが、グリフィンドールの戦略だった。基本的に身軽な代わりに華奢なシーカーによく見られるやり方だ。

 反対に、スリザリンのシーカーのテレンスはチェイサーに混ざって……時には箒でブラッジャーを打ち返しながら、乱戦の最中を縫って飛んでいる。恵まれた体格で得点に貢献しながらチームメイトと情報交換することでスニッチを見つける作戦。スリザリンのお家芸である。

 その作戦の通り、スリザリンチェイサーのピュシーがスニッチを見つけた。……しかし、ピュシーがそのとき(運悪く)クアッフルを持っていたせいで、実況のためクアッフルを追っていたリーもそれに気付いてしまった。当然「ピュシーがゴールに向か――今横切ったの……アレは……スニッチか! スニッチです!!」という具合に試合の最重要ファクターの存在をアナウンスした。

 ハリーももちろん聞いていた。グンと急降下する。

 スリザリンの陣形が、バッと蝙蝠傘を開くように組み変わった。

 

「避けろ! ハリー!!」

 

 至近距離を囲んだ三人のチェイサーに気を取られていたハリーの髪をブラッジャーが掠った。テレンスがズイズイとにじり寄り、フィールド端に追いやっていく。丁度スリザリンサイドだ。死角から急上昇で体当たりを繰り出したフリントに歓声が、弾き出されてあわや観客と衝突しそうになったハリーにはブーイングが叩きつけられた。

 そこで笛が鳴った。あまりにも明け透けなタックルは反則だ。プレーが止められた。グリフィンドールにフリーシュートが与えられ、10点を手に入れた。しかしそのうちにスニッチは再び身を隠してしまった。

 仕切り直し。ハリーが上空へ離脱し、試合の中心はクアッフルの攻防へ。フリーシュートを防ぎ損ねたキーパーのブレッチリーのパスから、フリント、ピュシー、またフリント……驚異的なことに、途中ブラッジャーが顔にぶち当たったのも何のその。長い腕を振りかぶってバシッとシュートを決めた。ボールは悔しそうに顔を歪めるウッドから、チェイサーのスピネットへ。

 不意に強い違和感が襲った。長らく感じていなかった薄ら暗い魔力。

 魔理沙は感覚のままにさっと目を走らせた。

 

「おいおいマジかよ」

 

 ニンバス2000がおんぼろ流れ星でもしないような凶暴な挙動をとっている。そして観客席ではスネイプがハリーを凝視してブツブツ言っている。なんてこった。あのおっさん、とうとう実力行使に出やがった。

 しかし……いや、もう一人居る……。

 と言うか、呪ってる本命はそっちだ。

 

「クィレル……!?」

 

 スネイプの斜め後ろの席で同じく、否、もっと険しく悪意に染まった表情でハリーを見つめる者が居た。スネイプが対抗魔法をかけているのか、別の呪いをかけているのか分からないが、ともかくクィレルがハリーに呪いを仕掛けているのは明らかだ。何か撃ち込んでやるか……いや、あの狐、実力を隠している。できれば直接攻撃魔法は使いたくない。

 

「見ろよメリッサ! ポッターのやつ、タップダンスの練習でもしてるみたいだ」

「もう見てる。傑作だ」

 

 双眼鏡を覗いて大はしゃぎするドラコの横で、魔理沙は腹の前に両手の指を交差させて握り込んだ。小魚が跳ねるような感覚が、次第に魔法を使っても身体が持っていかれそうなほどの衝撃に変わっていく。ニンバス2000がハリーを振り落とそうとする力を手の中に引き受けたのだ。

 ハリーはホッと息を吐いて汗を拭った。一時は箒から投げ出されそうになったが、ガタガタと微かに揺れる程度に落ち着いてきた。しかし、今度は前にも後ろにも身動きが取れない。ブラッジャーが来た。どうすることもできない。脇腹にめり込んだ。勢いで箒を軸に一回転して元の格好に戻った。観客席からは悲鳴が上がったが、ハリーはあまりのことに自分で笑ってしまっていた。

 ウッドはクアッフルとハリーの様子とどっちが重大か決めかねている。なんだか様子がおかしい気がするが、ハリーは天才だし、箒は最高のものだし、上空で待機するという作戦は崩れていない。グリフィンドール席にも何とも言えないざわつきが広がり始めた。

 

「ハリーは何やってるの?」

「僕はクィディッチ通だと思ってるんだけど、ああいうテクニックは見たことないな。でもパフォーマンスかな……笑ってるよ」

 

 ハーマイオニーの質問に、ロンは自信無さげに答えた。少なくとも『クィディッチ今昔』にはあんなプレイは載っていなかった。

 

「ありゃぁマズい顔だ……あんまり痛いと笑っちまうんだ。人は」

「ハリー、さっきからおかしいよ。動けなくなってるみたいだ」

 

 ウッドがタイムを取った。ハリーと何か話をしている。……持ち場に戻った。試合再開。二人はもう少し経てば箒の調子が戻ると思ったようだ。

 

「ニンバス2000がそんな、バカな。故障なんかそうそう起こるもんか。それに最新式の箒に手出しできる人間なんて限られちょる」

「じゃあ何だって言うの?」

 

「絶対誰かがやってるんだよ」と、ロンが至極当然なことを言った。

 

「あのままじゃブラッジャーの的だよ。試合が続く限り、兄さんたちもハリーにずっと構ってられないし」

 

 その言葉と同時にハーマイオニーは観客席の既にあたりを付けていたところを見た。予想していた光景がすぐに目に入った。

 

「やっぱり、スネイプだわ。ハリーをジッと睨みつけてる。基本から上級まで、杖無し呪いの典型だわ」

「見ろ! ミストウッドもだ!」

 

 ハリーへの嫌がらせと聞いて反射的にスリザリン席を見たシェーマスも声を上げた。スリザリン有利で沸き立つ緑の群衆の中で、一人だけ身動きもしない。「まさか」と呻いてハグリットがハーマイオニーの双眼鏡を捥ぎ取り、ハーマイオニーはシェーマスの双眼鏡を奪い取ってスリザリンの席を見た。

 

「どうする?」

「ハリーが退場したらその時点で棄権と一緒さ。シーカーは一人だから」

「ならいっそ棄権するべきだ」

「棄権しちゃったら何百点差どころじゃない大負けになるんだよ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。今は自由がきかないだけで済んでるみたいだけどそのうち……」

「私が行くわ」

 

 言い合いするシェーマスとロンに双眼鏡を投げ返し、ハーマイオニーは観衆をすり抜けて駆けだした。ハグリットはまだ「いや、まさか」と唸って双眼鏡をあちらこちらにせわしなく動かしている。教員がそんなことをするとは思えないし、一年生が箒に何かできるとも思えない。他に誰か居るはずだ。

 その間にもグリフィンドールチームの調子はどんどん落ちていた。みんなどうしたものか迷っている。なんの問題も無いのに「心配だから」といって持ち場を捨ててしまったら戦犯確定だ。しかしスニッチが現れてもハリーが動けなかったり、またブラッジャーが襲い掛かって今度は頭に当たりでもしたら大変どころの騒ぎではない。

 

「メリッサさん、大丈夫ですの? 顔色が……」

「そうでもない」

 

 魔理沙の額に汗が浮かんだ。箒の動力魔法についてまだまだ素人なもんだから押さえるのは完全に力技で、しかもかなりの遠距離で難易度は高い。ニンバス2000のパワーはこの前流れ星を抑え込んだ時とは比べる気にもならない。長引けば魔力効率負けの要素は極めて大きい。どこかのタイミングで魔力補給したいが、なかなかその時が見つからない。

 

「クィレルめ……こんなときだけ根性見せやがって……」

 

 そしてスネイプは近くに居る上に私に先生呼びを強要してくるんだから、いいかげん先生らしくズバッと直接解決してくれ。いくらこちらの魔法使いが周囲の魔力に鈍感だからってすぐ斜め後ろに犯人が居ることに気付いてないワケじゃないはずだろ。

 

「テレンスが急旋回! スニッチか……!? しかしハリーは動かない! いや、箒がおかしくなったか……?」

 

 ハリーの箒の揺さぶりはついに激しさを取り戻した。ロンとハグリットはもうすっかり青ざめ、バックヤードを疾走していたハーマイオニーも上から響くどよめきで状況の悪化をひしひしと感じた。階段を駆け上がり、腰を屈めて再び観客の間を縫う。スネイプの背中が見え、気が逸る。足下をうろちょろされて、何人かがつんのめったり尻もちをついたりした。通り過ぎざまに、魔法で床板のほんの一部を砕いた。メキメキと軋みが広がって、数秒後、スネイプの周り三メートルくらいが崩れた。

 これでハリーの飛行を妨げる者は居なくなった。切羽詰まって爪先だけで箒にぶら下がった態勢で下の選手にどうやって受け止めてもらおうか考えていたところだが、一気に持ち直す。急がなければならない。70点もの差が開き、おまけにテレンスの箒の先端すぐ近くをスニッチが飛び、今にも手を伸ばそうとしている。

 ゴウッと音を立てて急降下。さっきから観衆はどよめきっぱなしだ。あそこまで酷い乱調も、ここまで鋭い飛行も皆見たことが無かった。

 

「そうだよ! これがニンバス2000だ!」

 

 もうテレンスの横だ。もう先に手を出した方が勝つ。割って入ったフリントが手を出した(暴力)。笛が鳴った。リーがフリントを罵倒しながらフリーシュートをアナウンスした。ここでプレーを止められるのは水を差された気分だったが、箒が直ってやっと仕切り直しとも言える。ハリーは一つ咳をして、気持ちを切り替えた。

 が、マダム・フーチは「試合終了」と宣言した。テレンスがスニッチを掲げて飛んでいた。

 一拍遅れて、スリザリン席から爆発のような歓声が上がり、グリフィンドール席からは困惑の声とヤジが飛んだ。マダム・フーチに何か投げつけようとした生徒もいた。

 もちろんフィールドの中に居るグリフィンドールチームが詰め寄った。「テレンスよりフリントの反則が先だった」「プレーが止まっている間だからスニッチは無効だ」と口々に叫んだ。しかし、マダム・フーチはこう答えた。

 

「フリントのファウルの方がテレンスのキャッチより先でした。が、テレンスのキャッチの方が私の笛より先でした」

 

 ワケが分からない。さらにまくし立てれば「ルールの文面と過去の判例に従えば、プレーが止まるのは笛が鳴った瞬間で、キャッチはそれより先だから有効と取る」ということだった。マダム・フーチも悔しそうな顔をしていた。

 

「20対240でスリザリンの勝利です」

 

 リーはそれだけ言って拡声器を放り投げた。グリフィンドール生はちょっとした暴動が起こりそうなほど荒れ狂っていた。スリザリンへの暴言はもちろん、マダム・フーチへの不満。期待外れのハリーへの悪口——これは故障したニンバス2000の信頼性の問題という方向に変わった。一方スリザリン席では千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのよう応援歌が響いていた。

 

 試合から数時間経った。チームのミーティングとマダム・ポンフリーの治療からやっと解放されたハリーは夕日に照らされる校庭を横切ってハグリットの小屋へ向かっている。ロンとハーマイオニーがそこに居るとネビルから聞いた。あの二人なら余計なことを言わないでいてくれるだろう。談話室で「何でマジメにやらなかったんだ」と的外れなことを言われるのは我慢できなかったなかったし、逆に「ハリーは悪くない。ニンバスの故障のせいだ」と弁護されるのも嫌だった。ニンバス2000は素晴らしい箒だ。あんなの何かの間違いだ。チームメイトやマクゴナガルに言われて、次のハッフルパフ戦までにニンバス社へ検査に出すことになったけど、「異常無し」で返ってくるに決まっている。

 

 

「……本当に、最低だ」

 

 ハーマイオニーの説明を聞いて、ハリーは中々言葉が見つからず、絞り出すように言った。

 

「でも、メリッサはどうか分からないけどね」とロンが付け足した。

 

「シェーマスが言うには、箒の動きが激しくなったとき、メリッサは君の方を見るのをやめて何か食べてたみたいだし。それにトロールのときは助けてくれた」

「でも、メリッサはスネイプと仲が良いよ。頼まれたら聞くかもしれない」

 

 そうだと本気で思っているワケではないし、もちろんそうであってほしくもないが、今のハリーの口からはネガティブな言葉が出るようになっていた。

 

「スネイプに命令されたらやっぱり聞くのかしら」

「スネイプはそんなことやるようなヤツじゃない。命令なんてもってのほかだわい」

 

 三人が魔理沙がどちらの味方なのか話す中、ハグリットがスネイプまで無実だと主張しだした。

 

「スネイプがどうしてわざわざハリーの箒に呪いをかけなくちゃならん」

「ハグリットも見たでしょ? あのとき、あの行動。瞬きもしないでずーっと何か唱えてたわ」

「それこそハリーを守ろうとしてたんじゃろう」

 

 ハリーは、まさかハグリットがこんなに分からず屋になるとは思いもしなかった。もし万が一スネイプと別の誰かが呪いをかけているのに気付いても、ニヤつきながら傍観こそすれ妨害することは決して無いだろう。ロンも「スネイプをなんでそんなに信用できるんだよ。普段のを見れば分かるじゃないか。あいつって相当歪んでる」と言って説得しようとしている。しかし、ハグリットは「ホグワーツの先生がそんなことするワケない」の一点張りだ。

 

「確かにグリフィンドールに意地悪をするところも有るが――」

「ハグリット、スネイプはおかしいよ。その、グリフィンドール嫌いを抜きにしても」と、ハリーは黙っていたことを言う決心をした。

 

「ハロウィンの、トロールが出たとき、スネイプが一人だけ四階の方に行ってたのを見たんだ。それで、その次の日から片足を引き擦ってる。魔法でもなかなか治らない大きな怪我をしたに違いないよ」

「それか、マダム・ポンフリーの治療を受けてないのかもしれないわ。やましいから」

「足を引き擦ってるのは知らんかったが……そのときの話なら聞いちょる。スネイプもトイレに駆けつけたはずだ。怪我しとったらそうはいかん」

「大怪我したすぐは痛くない。僕だって今になって痛くなってきたもの」

 

 ハリーはローブの下で湿布薬まみれになった横っ腹をさすりながら言った。

 

「トロールは僕たちが相手した。それに二階だし。だから、あの時スネイプに大怪我させるようなのは、四階の犬だけだ。スネイプは四階の廊下の先に行こうとしてたんだ」

 

 四階の犬。立ち入り禁止の廊下の先へと続く仕掛け扉を守る、三つ頭の怪獣犬。

 遡ること一か月と少し。マルフォイに騙され、フィルチに追われて夜中の校舎を逃げ回ったことがあった。そうしてハリー達三人とネビル(持ち前の不幸が重なって同行していた)は四階の廊下に迷い込んだ。その時遭遇したのが、トロールにも引けを取らない巨体と三つの頭を持つ犬である。一目散に逃げ出して事なきを得たが、もし、先に進むために対決することになったら……あの犬はどれほどに危険だろうか。見当もつかない。きっと四人まとめてあの世行きだ。片足だけで済んだ分、スネイプは優秀なのかもしれない。

 

「何故フラッフィーのことを知っちょる」

 

 ハグリットは驚いて茶を注ぐポーズのまま固まっていた。

 

「そっちこそ、あの犬を知ってるの?」

「そりゃ知っとる。あいつをあそこに置いたのは俺だ。守りの一つとしてダンブルドアに頼まれて」

「あの先に何が有るの」

「訊かんでくれ。重大な秘密だ。代わりに俺もお前たちがそれを知っている理由を訊かんから」

「でもスネイプが狙ってるんだ」

 

 ハグリットはこれにも「スネイプはホグワーツの先生なんだから有り得ない」と応えた。

 

「お前たち、そのことは忘れるんだ。アレはダンブルドアとフラメルの秘密なんだ。先生方でも多くは知らん。アレに首を突っ込んどると、箒事故も――俺は有り得んと断言するが――スネイプの呪いも関係なく死ぬことになりかねん。ハリー、せっかくあの人から生き延びたのに、好奇心なんかのために死に急がんでくれ。……さぁ、今日はもう早く帰って寝るんだ。明日、また別の楽しい話をしようじゃないか」

「ただの好奇心なんかじゃないよ。重大なことならなおさら――」

「若いころは大まじめにバカをやらかしちまうもんなんだ」

 

 ハグリットは疲れた様子ながら、頑なに三人を追い出した。

 

「フラメルって、誰だろう」

 

 城の方へ振り返りながらロンが言った。ハグリットの忠告は三人には届かなかった。




次はクリスマスなので楽しい話にする(*決意)

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